織田信長が天下統一に王手をかけたところで、腹心の明智光秀にあっけなく殺されてしまう衝撃――。
大河ドラマにせよ、その他の映画やマンガにせよ、【本能寺の変】ほど確実に数字が見込める戦国コンテンツはありません。
ゆえに、ただいま放送中の『どうする家康』でも、3回分の放送で入念に準備が進められ、7月23日の第28回放送でいよいよ本番へ突き進もうとしています。
しかし、同時に困惑している視聴者も少なくないでしょう。
今回の家康は「信長を殺す」と多くの家臣に打ち明け、本能寺周辺には伊賀忍者を多数伏せておくなど、自ら暗殺を実行しようとしています。
「だったら直前に行われた富士遊覧の際に殺しておけばよかったのでは?」
「入念に暗殺計画を進めているなら、同時に避難ルートも考えていたはずで、そうなると“神君伊賀越え”で危険な逃亡劇になる展開はおかしいのでは? もっと安全なルートを用意してなかったの?」
などなど、大きな疑問も湧いてくるのです。
大河ドラマがフィクションであるのは当然。
しかし、その世界の中で辻褄が合わないとなれば、モヤモヤするのは当たり前であり……こんなことも気になってきたりはしませんか?
「過去の戦国大河で、本能寺の変はどんな風に描かれてきたのだろう」
今年の『どうする家康』だけが突出して妙なのか。
それとも他にもっとおかしな本能寺の変はあったのか。
過去の戦国大河ドラマを振り返りながら、今年と比較してみましょう。
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大河ドラマ60年の歴史で戦国作品は?
1963年に大河ドラマが始まって以来、実に多くの戦国作品が放送されてきました。
その中でも「本能寺の変」が登場した、あるいは言及された作品を以下にざっと挙げてみましょう。
1965年『太閤記』
1973年『国盗り物語』
1978年『黄金の日日』
1981年『おんな太閤記』
1983年『徳川家康』
1989年『春日局』
1992年『信長 KING OF ZIPANGU』
1996年『秀吉』
2006年『功名が辻』
2009年『天地人』
2011年『江〜姫たちの戦国〜』
2014年『軍師官兵衛』
2016年『真田丸』
2020年『麒麟がくる』
2023年『どうする家康』
実に15作品にも及び、最初に扱われた1965年『太閤記』の時点で【本能寺の変】は異例の事態に陥っています。
織田信長を演じた高橋幸治さんの人気があまりに高く、視聴者からの延命嘆願が殺到したため、二ヶ月も延期されたのです。
世相に影響される事例であり、脚本家や出演者の苦労は並大抵のことではなかったでしょう。
1973年『国盗り物語』では、大河ドラマ史上初のハンディカメラが導入されました。
本能寺で奮闘する信長を背後から撮影するという迫力映像が流され、1992年『信長 KING OF ZIPANGU』では、心身共に疲労しきった光秀が、信長を討ち果たした後にその心境を告白しています。
心理描写に注目した動機づけと言えるでしょう。
一方で1996年『秀吉』では、おおらかな秀吉に対し、生真面目で神経質な光秀が描かれました。
そんな光秀に、徳川家康がそれとなく謀反を唆す流れであり、大河ドラマ全体を振り返ってみて見えてくる傾向としては、以下のようなポイントが感じられます。
・斬新な映像効果
・時事問題を反映させる
・ミステリ的な仕掛け
・心理描写
・いかにカリスマのある俳優が信長を演じるか
しかし、長所と短所は往々にして表裏一体であり、極端な失敗作と言えるものも出てきてしまいます。
ファンには悪名高い『天地人』と『江〜姫たちの戦国〜』です。
『天地人』第19回「本能寺の変」は爆発だ!
映像効果を斬新にしたい――その志はわかった。
それにしたって、限度ってものがあり、それを大胆に超えてしまったのが『天地人』です。
同作では、もはやこれまで!と悟った信長が、こんな言葉を発しています。
「綺麗事ではこの世は治らん! 信じるは己のみ!」
そして本能寺が爆発!
なんじゃそりゃ……と脱力しそうになりますが、まぁ、出火後の急激な燃焼と、火薬による爆発はあったかもしれない。そこはもう突っ込みません。
そんなことよりも視聴者の失笑を誘ったのは、あまりにお粗末でプラネタリウムじみたVFXでした。
しかもここで挟まれる映像が、当時問題視されていた「サブリミナル効果ではないか?」としてクレーム沙汰になったのです。
今振り返っても、しみじみと脱力してしまう『天地人』。
駄作大河として筆頭候補に挙がる作品ですが、まだまだ序の口、このドラマを甘く見てはいけません。
実はこの爆発直前、信長はどこかにワープして、上杉謙信に「もっと人の和を大事にしろよ」といったお説教をされていました。このドラマで信長と謙信に面識はないのに唐突です。
なお、謙信を演じていたのは阿部寛さんでした。
大河ドラマで越後の龍と甲斐の虎、どちらも演じるとなれば滅多にない偉業のはずですが……話を前に進めて、次に注目したいのは長澤まさみさん演じる真田幸村の姉・初音。
彼女が、明智光秀の首を絞めるという展開に突き進みます。
未見の方は頭が混乱して「ネタ? それとも記憶違い? こいつは一体何を言ってるのだ?」と嘆きたくなるかもしれませんが、まだまだ『天地人』の底力はこんなものじゃありませんよ。
この本能寺の変の放送回ですら、箸休めのようにイチャイチャする直江兼続とお船夫妻が描かれていたのです。
NHK出演者はあまり愚痴をこぼさないとされています。
しかし、こんな織田信長を演じさせられた吉川晃司さんは、かなりの不満を漏らしていたとか。
そのリベンジは、2013年『八重の桜』で見事な西郷隆盛を演じ、2019年のAmazonプライム『MAGI 天正遣欧少年使節』で織田信長を演じたことで晴らされたかもしれません。
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2023年の朝ドラ『舞いあがれ!』では、大河内というパイロット訓練校の教官を演じました。その際、台本の段階でかなりの意見を出し、理不尽な役柄にならないようにしたそうです。大河内は作中屈指の常識人となりました。
苦い経験から、NHKでも筋を通すことを学んだ吉川さんらしい役作りだと思います。
『天地人』の失敗ポイントをおさらいしましょう。
・粗末なVFX
・意図がわからない演出
・役者が不満を募らせるような脚本
・オリジナルキャラクターの暴走
・空気を読まないほど、カップルをイチャイチャさせる
では次に『天地人』と共にワースト戦国大河と評される『江〜姫たちの戦国〜』を見てみましょう。
『江』第5回「本能寺の変」は主役が邪魔だ!
浅井長政とお市の方の間に生まれた浅井三姉妹――その最年少であり、まだ幼い江(ごう)が本能寺とどう結び付けられるのか。
無理に関連付けることなく、主人公とは別に描ききればよいだけのこと。
にもかかわらず注目されるとなれば、嫌な予感しかしませんよね。
さっそく振り返ってみますと、第5回放送の「本能寺の変」で、どう見ても子どもではない上野樹里さんが演じる江は、親と離れて本能寺に呼び出されます。
大河ドラマでは、こうした子どもに見えない役者の起用はしばしばあります。
『鎌倉殿の13人』では、幼少期の北条泰時を坂口健太郎さんが演じ、「成長著しい金剛」とテロップが出て話題となりました。
それでも、不自然な描写が短く、かつ視聴者がドラマのストーリーにのめり込んでいればそこまで問題視されません。『どうする家康』でお人形遊びをするデカすぎる竹千代が批判されたのは、それなりの理由があったうえに、『江』視聴者にとっては嫌な予感させたわけですね。
『江』における本能寺の変も、事件だけ見れば、そこまで問題の描写はなかったのかもしれません。
ただし、死を目前にした信長の前に「江の幻」が出てくるまでは……。
どういうわけか信長は死の間際、江の幻に感激し、思うまま存分に生きたと語り、そのまま業火の中に消えるのです。
あれは一体何なのか?
死ぬ直前に、デカすぎる少女(姪)のことを考える信長は何なの? 気持ち悪い少女趣味でもあったの? そんなことより、嫡男・信忠が巻き込まれることに思いを馳せましょうよ!
その人格描写に疑問が止まらないまま、視聴者の悪夢は続きます。
なんと家康決死の伊賀越えに、江もついてくるのです。
とにかく邪魔だろ!
何でもかんでも歴史事件に主人公を絡める必要はあるのか!
そんなツッコミを入れたくなりますが、一つ言えるのは、このドラマは「江がどこにでも出てくる」以外は、それなりに真っ当な作りではあったということです。
場面場面を切り取って見れば、そこまで破綻はしていない。
光秀の動機も、信長の厳しい態度のせいであり、そこまでぶっ飛んではいません。
演じる役者も見事でした。
豊川悦司さんはカリスマ性のある信長を熱演。
森蘭丸役の瀬戸康史さんも健気で切ない姿を見せました。
森蘭丸(森乱)は美少年で信長の色小姓とされがち 実際は5万石の大名だった
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爆発したり、ワープしたり、『天地人』のように血迷った展開にはなっていません。
言えることは一つ。
主役の江さえいなければ……戦国大河として、そこまで悪くなかったのかもしれない、そう、江さえいなければ……。
『江』における失敗ポイントをおさらいしましょう。
・どこにでも出てくる主人公の江が鬱陶しい
・『篤姫』脚本家のネームバリューで売り込む気質が強い。本能寺は序盤のためかその効果も残っていて、そこまで案外叩かれていない
・お菓子をやたらと食べる江の姉である初といった、漫画のようなキャラクター付を本能寺の回までしているのが鬱陶しい
・本能寺と主役を無理矢理に絡ませた結果、伊賀越えまでおかしなことになった。つまり、主役の脱出手段を深く考えていない
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