どうする家康感想あらすじレビュー

どうする家康感想あらすじ

『どうする家康』感想あらすじレビュー第28回「本能寺の変」

2023/07/24

ドラマのタイトルロゴに狼と白兎が登場したかと思ったら、秘密基地めいたスタイリッシュ寺子屋へ。

今週も幼少期の織田信長が描かれます。

本作は「一回単位でわかりやすく」作られているとされます。しかし、脈絡なくやってくる時系列戻しや、回想シーンがあまりに唐突。今回冒頭の信長幼少期は、前回放送を見ていないと意味がまったくわからないでしょう。

つくづく不親切なドラマです。

その幼い信長が暴れ出し、人々が部屋に倒れていたかと思ったら、猫のような動きで父・織田信秀を蹴り飛ばす。

信長の武力やメンタル面を描いているのでしょうけど、そうだとしたら甘く感じてしまうのです。

『麒麟がくる』の信長は、子役でなく本役であったという違いはありますが、即座に人の急所を狙いにいく恐ろしさがありました。

本作は、作り物の感じがしてなりません。

可哀想なのは、子役の筆の持ち方が酷いこと。朝ドラ『らんまん』では、子役がきちんと筆を立てて持っています。

彼らは経験があまりない、真っさらの状態です。ゆえに演出がどう反映されているか?がすぐにわかる。

大河と朝ドラでは、所作指導において大差があるということです。

 


どうする燃え盛る場面

書庫で寝ている織田信長。

今週もまた、家康の城にあった部屋と全く同じような部屋ですね。

そして突然起きたかと思ったら白刃をかざし、演じる役が土方歳三なら素直に見られそうな、江戸時代以降のような殺陣で戦います。

京雀が親切な棒読み説明台詞で、「本能寺が燃えていて大変だ」と話してくれますが、そこにいる野次馬の緊迫感がゼロ。

火事の現場に近づいた経験があるとわかりますが、時に炎が目の前にやってきそうなほどの勢いに感じたりします。ゴォオオオと音が迫ってきたりする。

弛緩しきった画面からは、そんな怖さがまるで伝わってきません。

映画版『魔界転生』のラストシーンのようにしてくれとまでは言いませんけどね。どうにかならないものでしょうか。

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あらすじ:おじさん構文バージョン

ヤッホー( ✌︎'ω')✌︎

ワイルドなウルフ信長が、本能寺に、入ったって!( ◠‿◠ )

やっぱり、信長は、ここに、泊まるよなッ!家康チャンは( ^ω^ )どうするのーッ!^_^

家康チャン、堺に行くってヨ♪(´ε` )ギスギス、してたし、かわいい女の子に、癒されたいヨネ( ͡° ͜ʖ ͡°)

でも、できる家康チャンは、信長が、本能寺へ、入ったという知らせを、受けて察知!運命ダネ!家康チャンは、堺へ向かうンダ(๑╹ω╹๑ )

ここで、堺の商人たちと、手を結んで、家康は信長を討った後もばっちりw あの雑魚い光秀とは違うし♪(´ε` )

するとそこにお市チャンキタ――――――――!!( ✌︎'ω')✌︎

女神降臨!!そこで市チャンから、あることを聞かされちゃって、家康は戸惑うんだよね♪( ´θ`)ノ

もう、信長を討つなら、今夜しかないでしょ!家康チャンは、そう思ったのに、ゲス光秀のせいで_:(´ཀ`」 ∠):

ちょっと、ここから、厳しいこと言ってイイカナ?この大河、腐ェミ媚び酷くねwwww キッショいBL本能寺とか、マジで、いらんからwww

まあそれでも、あの駄作『麒麟がくる』よりはマシという現実www

あとさ、今回で最悪の本能寺とか言ってる奴www お前、それ『天地人』と『シエ』見ても言えんのww『花燃ゆ』見たオイラからすればまだまだ甘いwwww

※念のため断っておきますが私は『麒麟がくる』が大好きです

 

どうする愛宕百韻

時間が巻き戻され、3日前になりました。

本作お得意の時系列いじりが初っ端から炸裂し、初回からずっと見続けている視聴者も混乱されることでしょう。

そんな小手先のテクニックを用いながら、光秀がペラペラと並べる説明セリフがもう辛い。

しかも、こうきました。

ときは今 雨が下る 五月かな

突っ立って詠むあたりが絶望的です。

『麒麟がくる』でも、明智光秀が本能寺の変の前に開催していた【愛宕百韻】は出てきません。それでも序盤、連歌会の席で三好長慶暗殺計画があったため、その重要性はわかりました。

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本作の脚本家にとって、連歌会のことなんてどうでもよいのでしょう。

私も含めた本作への批判意見は「史実と違う!」からではなく、歴史への敬愛が欠如していることから来ていると感じます。

 


どうする陰謀論者

家康は、まだまだマザーセナ神秘の呪文に取り憑かれています。

教義「兎が狼を喰らう」ですね。

それを察知した家臣が「計画性がないよ」と宥めていますが、洗脳から解かれる過程を視聴者に見せているのでしょうか。

YouTubeで文字だらけの変な動画を見ちゃったおじさんと、それに戸惑う周囲に見えてしまい、あまりに辛い。

史実に即しているかどうかという以前に、陰謀論にハマっちゃったおじさんの観察なんて、胸が痛くなるばかりなのです。

これは大河ドラマでやることなのでしょうか。

このドラマもさっさと陰謀論から抜け出して欲しいと切に願います。

◆高知東生さんが語る「陰謀論」から抜け出した瞬間 「信頼している全員が一斉に笑った」(→link

 

どうするキャンプに使えそうな帽子

南蛮渡来の帽子も妙です。

パタゴニアで買ってきたような帽子(参考価格6,580円)。

日本史の考証すら怪しいスタッフに、西洋史考証を求める方が間違っているんでしょうけれども、それにしたって他になかったのか。

 

どうする茶室

茶室の意義をどう理解されているのか。

茶室が重要なのは、狭いから密室となること。

それなのにこのドラマは、オープンテラスで策略をペラペラと大声で話すから、茶室の意義がわからなくなります。

 

どうする回想で穴埋め

スカスカなドラマの特徴として「回想シーンが多い」ことが挙げられます。

本作はまさにそう。

マザーセナの自害とそれに慌てる神の君を流す意味はありますか?

いや、ありますよ! 聖女の死により、信仰を高めねばなりません! 信康? あれはまだカルマ値が高くない!

徳川家臣団がそういう教えを奉じるカルト集団に見えてしまいます。

本多忠勝は、なぜあんな目を見開いて、クワッとして、信長を討つとか言うのだろう。

まるで洗脳されているような目つきでおそろしい。役者の目力の強さがアダとなってしまい、非常に残念です。

井伊直政も、お小遣いとお菓子がもらえるから伝道活動についてくる子どもみたいに見えるし……。

 

どうする「焼け木杭」

ドラマに“偶然”は必要でしょう。現実だってそうした積み重ねと言えるかもしれない。

しかし、それにしたって限度があり、堺でお市の方に出くわしますか?

確かに「家康が堺に来ていると聞いたから」とお市の方に説明させていましたが、あんな風に街中で本多忠勝がわざとらしい二度見をするとは、まるでコントのような動きです。

しかも、あれだけしつこくマザーセナ妄想を描いておきながら、お市とあった瞬間に

「焼け木杭(ぼっくい)に火がつくかも」

とか家臣が言い出すって何事でしょう。

切り替えが早すぎるし、そもそも二人は「焼け木杭」というほどの間柄でしたか?

言い方が昭和レトロにもほどがあり、往年のスポーツ紙かよ!とツッコミたくなる。

今時の若者は確実に知らないでしょうから、敢えて説明させていただきますと「焼け木杭に火がつく」とは昔恋愛関係にあった両者が出会い、復縁する様を言います。

家康とお市はそもそも燃えていないでしょうよ。幼少期の初恋程度では「焼け木杭」とは言わない。

もっと湿っぽいムフフな状態にまで到達した二人だからこそ、消えたと思っていた火が再燃するわけで、こんなスポーツ新聞のエロ面みたいな言い回しが、とにかく聞いていられません。

きっと、あれだ。頭の中ではシュミーズを着用したエロ人妻像が残っているんだろうな。キャミソールではそそられないレトロさ。

朝ドラ『らんまん』では明治の流行語である「イチャコラ」を使っていて効果的でしたが、こちらは単に古臭いだけ。むしろよろめき人妻シュミーズを連想して気分が悪くなるだけでした。

それと、本作お得意のイチャイチャ場面も、家康はぬぼーっとしているようにしか見えませんでした。

お市がなんとなくいい感じの演技をしているのに、家康は何か別のことを考えていそうなほど虚な目に見える。

焼け木杭というよりも、バーベキュー場で投げ捨てられた炭程度と言いましょうか。

それが狙いだったんですかね。

わざとらしく義務感漂わせながら二人を覗いている家臣団も愚かすぎて見ちゃいられない。

 

どうするぼっち信長

信長のわけのわからないトラウマ思い出シーンは、一体なんなのでしょう。

悪趣味な真っ赤な服。

わざとらしい信秀。

何もかもがしんどくなってくる。

そもそも織田家の間取りがわかりません。あの天井から光が差し込む秘密基地はなんなのでしょう?

要するに、岡田准一さんと藤岡弘、さんが顔を近づけ、アクションをすればいいという発想の元に描かれたのでしょうね。

「友達を一人だけ持っていい」と語る信秀に、意味を見出そうとしてはいけません。戦国時代にそんな約束があってたまるか。

そんな、ぼっち信長にする理由は、家康とだけズッ友にしたいからだとしたら、どんだけくだらない描写だったんだ。

 

どうする史上最低の本能寺

いや、しかし、本能寺の変がまさかこれほど酷くなるとは想像できましたか?

・信長の寝室が使い回しセット

・甲冑を着た相手に刀で斬りかかる信長。日本刀は固いものにぶつかると容易に折れます。手にしている武器ライトセーバーじゃないんですよ

・信長の動きが江戸時代以降の殺陣

・あんなに傷を負っても槍を豪快に振り回す信長。リアリティがない

・さらに、リアリティのない吐血

・信長に顔を近づけられた相手が嫌そうな顔をしている。わざとらしいこのモブは松本潤さんが演じていた! で、だから何? 幻をみるほど家康に殺されたかったわけですか。だから何?

・「家康〜家康〜」と叫ぶ信長。『江』でヒロインの幻に語りかけていた信長以来の酷さ

・ペンキをぶちまけたような血糊

・どこかやる気がなく、ヘロヘロしているモブのみなさん

・鎧武者をまとめて串刺し

アクションシーンも酷いのに、家康が地蔵のような顔をして悩む場面が挟まるから、もう何が何やらわかりません。

声を潜めると、全く聞き取れないのはどうしたものか。

しかも目の前にはマザーセナの木彫り兎がある(※現在の価格換算で推定一体500万円・慈愛の国教団にとって重要な収入源です)。

この場面で、ボケーっと突っ立っている家臣団をどうにかしてください。ちゃんと所作指導をしてください。

ピアノのピロピロ音を背景に、あの木彫り兎を映されると本当に混乱してきて……気が遠くなりそう。

『真書太閤記 本能寺焼討之図』(渡辺延一作)
こんな大河ドラマ本能寺の変はイヤだ!NHKは過去の失敗を繰り返す?

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ともかく大河史上最低の本能寺は達成できたと思います。

おめでとう……と言っていいですかね。

 

どうした伊賀者五百人

伊賀者を含め、京都には五百人を潜ませてありましたよね。

彼らは何処へ消えた?

入念に準備を整え、信長を殺す予定だったのであれば、連絡網の構築もあったはずで、なぜ彼らに家康を守らせないのか。護衛のメンバーもつけていないのか。

そもそも、信長を殺した後の逃亡ルートはどう設定していたのか。

入念な準備というのなら、なぜ堺との交渉をもっと早くに進めていなかったのか。

とにかくもう簡単な疑問ばかりが湧いてきて、しかもどれ一つとして説明はなく、ただ単に「神君伊賀越えしますよ、史実ですからね」というのであれば、困惑するしかないでしょう。

 

どうするゲス秀吉と山賊秀長

ついに織田信長がいなくなりました。

悲しい気持ちになったか、それともスッキリしたと感じるか。

油断してはいけません。

今後は、ゲス秀吉が前面に出てきますよ。山賊みたいな弟の豊臣秀長もセットです。

秀長役の方は、もしかしたら退場が前倒しにされてしまう可能性もおありでしょう。

本人には気の毒というほかありませんが、そのまま出続けるメリットとデメリットを考えると、今年はデメリットが勝りそうです。

◆佐藤隆太、ビッグモーターCM出演契約解除発表 所属事務所公式サイト(→link

 

どうする明智光秀

明智光秀はわざと下劣にしているそうです。

『麒麟がくる』の逆張りも極まれりですね。

家康饗応のときに出した魚が腐っていた――今では否定されたそんな話にこだわり続け、長々と魚にこだわっている。

むろんフィクションですから何を持ってきてもよいですが、信長作品では手垢にまみれた陳腐な話なのに、周囲の誰もが止められないから、全体としての仕上がりもゆるくなるのでしょう。

「くそたわけが!」

そんな汚い言葉がある意味合っているのが切なくなってきます。

 

どうする走り方とプロレス技

伊賀越えに期待していますか?

あの、ちょこちょこした走り方しかできない家康に?

信長直伝のしょうもないプロレス技なんて、誰が期待していたのか。演出の自己満足にしか見えません。

 

どうする回収されない伏線

無音にして、家康が突如「信長ー!」と叫ぶ。

血まみれの信長が出てきて、わざとらしく音楽が盛り上げ「家康ー!」と叫び返す。

なんじゃ、そりゃ。

顔は完全にチベットスナギツネです。

 

臭いというか、そんな評価の対象にもならないというか……センスの酷さだけはわかります。

「やれんのかァキンカン頭!」

と本能寺から出てきて、距離感数メートルで叫ぶ信長も酷かった。もう何もかもが酷い。

だいたい信長もバカ過ぎませんか? あんなに水色桔梗に囲まれておきながら、そこに居たのが光秀でなく家康だと思っているとは……。

光秀軍もあれだけ至近距離にいた信長を確保できないなんてどうかしている。

鉄砲が大好きな本作ですから、射殺して首を取っておけば、その後、秀吉に敗れることもなかったでしょうよ。本当に命を賭けて、信長を討ちにやってきているのか、疑問に感じるばかり。

そして、極めつけが回想です。

若き日の相撲――こんな展開になるなら、前回もアドリブなどせず、相撲を入れるべきだったのかもしれません。

ペンキをぶちまけたような真っ赤な衣装も、何が言いたいのかわかりました。ああいう色の衣装で家康と相撲をとった日が幸せ♡と言いたいのでしょう。

結局、現場の判断で脚本を変えたことが仇となり、伏線すらへし折られました。

◆「どうする家康」松本潤&岡田准一のアドリブ光る本能寺前夜の12分(→link

本能寺の変という戦国最大のイベントということもあってか。

視聴率は前回の10.0%から12.7%へ急回復したそうですが、こんな調子では視聴者を引き留めておくのは厳しいのでは?

無茶苦茶な展開で、もはやドラマなんて言えません。

現場で作り上げていくリアリティーショーか、ライブコスプレ余興劇か。

本作の関連記事では、さんざん「伏線回収!」だの、意味を深く読み解く内容を目にしてきましたが、結局、ただの誤読だったのでは?とすら思えます。

◆NHK大河「どうする家康」SNSで「神回」の声続出!壮大な伏線回収とだめだめ家康の火遊び…第19回みどころ(→link

まぁ「伏線回収」という文字が、ネット上では数字を取れるキーワードなのでしょう。

それにしても、さんざん信長を殺す殺す言っておいて、今さら感動的にまとめようってのは、どういう魂胆なのでしょうか。

何もかもが空中分解しています。

そして再度問い掛けたい。

伊賀者はどこに消えましたか? 溶けて消えましたか? そう思っていたら来週出てくるとか?

そんなRPGの召喚獣みたいな伊賀者でいいんですか?

なぜ入念な準備をしていたのに危険な伊賀越えになりますか?

 

どうするステラ

今年の大河ドラマは“盛り上がり”とは程遠い状態になってしまいました。

書店の家康本コーナーは縮小し、そのぶん朝ドラ『らんまん』が占めるようになっている。

昨年の大河で大いに売れたせいか、大量に準備されていたであろう大河土産も、いつの間にが減っています。

提灯記事だけは、あいかわらず亡霊のように出てくるものの、テンプレートがあり「ネットでは」の部分だけ差し替えれば間に合うようなものばかり。

毎週日曜日の20時45分になると「ネット震撼」といったタイトルの記事が流れています。

さすがに「これやヤバい……」と、NHK側も気合いを入れたのか。

くどいほどの番宣も大量投入してきました。

朝ドラの再放送枠までジャックしていたほどで、さらには公式メディアのステラも頑張っています。

例えば以下の記事ですが、

◆#28 織田信長襲撃される?「徳川様がやりおったんや」(→link

タイトルの時点で何かおかしくありませんか。

「やりおったんや」とは京都言葉として不自然では?

むろん当時の言葉は再現できないことも踏まえ、現代語としても違和感が残る。

自然な言葉遣いであれば「徳川様がやってもうた」ぐらいでは?

「やりおったんや」とは厳密に過ちとも言い切れないけど、もっと他に言い回しはあるはず。それが記事タイトルに持ってこられたせいで、脚本のチェックが緩いのでは?ということを再認識しました。

次の記事もタイトルからして脱力です。

◆ついに、本能寺の変――岡田准一「信長が死んだ後にこそ家康(松本潤)は変化を遂げる。“信長は家康に何を残せるのか”を表現したい!」(→link

いったいこの家康は「誰かが死んでから変わる」ということを何度繰り返してきたのでしょう。

瀬名の時にも散々語られていましたよね。

そして、鳥居忠吉は? 夏目吉信は? 鳥居強右衛門は?

ここまで来ると「変わる変わる詐欺じゃないか!」とツッコミたくもなります。

 

どうする良識の欠如

公式であるため、無理にでも持ち上げなければならないせいか。

ステラでは他にも妙な記事があります。

◆ 松本大河の中間決算~歴史物語か人間ドラマか~(→link

「松本大河」とはいったい……。

『鎌倉殿の13人』ならば「三谷大河」となったでしょう。

脚本家ではなく意図的に主演俳優を前面に出したとすれば、意識そのものが時代錯誤。

性加害とその隠蔽で大問題になっている芸能事務所の俳優を、なぜ今、前面に出すのか。

しかもこの事務所の主演と準主演が、台本を無視してまで暴力的なBLシーンにしていて、それを見どころとして喧伝するのだから危機意識が欠如しています。

◆信長・岡田准一、「どうする家康」で家康の耳かみつくシーンはアドリブ「欲かいちゃった…反省してます」(→link

◆『どうする家康』岡田准一、織田信長役は挑戦だった「僕と松本くんだからこそ生み出せるキャラクターに」(→link

◆「どうする家康」岡田信長のゾクゾクする魅力 演出統括・加藤拓が振り返る(→link

暴力的な現場のやり取りを、出演者が笑い混じりでネタとして語っていますが、シャレになってないでしょう。

本作の磯プロデューサーは、男性同士の屈折した感情を描くことがお好きなようです。

『平清盛』でも、清盛と源義朝の暑苦しく強引な河原での一騎打ち。

清盛の目から見ると頼朝の顔が義朝に見えてしまうといった奇抜な演出がありました。

『どうする家康』も、家康と信長にそうした妄想を持ち込んできました。『麒麟がくる』の信長と光秀に先を越されたことが気に入らなくて、絶対超えると気合を入れているようにすら思えたものです。

異常なまでの番組宣伝。

裏方とは思えないほどのでしゃばり方。

そうまでして出来上がったのがこの様ですから言葉を失うばかりです。

 

どうするジャニーズ頼り

磯Pの妄想じみたBLは、それこそ二次創作で繰り広げていただきたい。

よりにもよってこのご時世にやることそのものがふざけていて、各種ニュースを見ていても何も感じないのでしょうか?

◆TV局の「ジャニーズ離れ」がジワリ加速…広告業界は“ステルス降板”で大手企業ほどCM起用に二の足(→link

◆ジャニー喜多川氏「性加害問題」で新証言 服部吉次さんと友人が明かした壮絶被害と恐怖の記憶(→link

◆社説:ジャニーズ問題 性加害の真相から逃げるな(→link

◆ジャニーズ事務所、国連人権理という“外圧”でいよいよ自民党政権からも追及されるか(→link

何を忖度しているのか計りかねますし、NHKとジャニーズの関係なんて心底どうでもよい。

今年の前半に出ていたこうした記事が真実だとすれば、度し難いとしか言いようがありませんが。

◆新NHK大河『どうする家康』主演に。滝沢秀明の後継者「ジャニーズのキング」になるのは彼しかいない(→link

◆木村拓哉は外された?松本潤、「どうする家康」主演抜擢の裏で飛び交う憶測(→link

私が認識できているのは、この状態になってもなお庇うことがどれほど恥ずかしいことであるか。

視聴者の気持ちすらわからない、公共放送と化しています。

◆ 「弱者の気持ちがわからない」ジャニー氏性加害擁護のデヴィ夫人、社会的地位を“身分”と勘違いするヤバさ(→link

◆ ジャニー喜多川氏〝擁護〟で大炎上したデヴィ夫人と山下達郎の「共通点」(→link

◆カウアン・オカモト氏、デヴィ夫人に反論「勇気を振り絞って言っても、あなたのような人に否定される」に寄せられる支持(→link

◆デヴィ夫人に「お前が日本の恥だよ」 性加害問題のジャニー喜多川氏擁護に現役警察官が激怒「完全に頭にきた」(→link

ジャニーズの人気は安泰。どうせ時間が過ぎれば風化するだろう。

とでも考えていたのかもしれません。

本当に、今年の大河は「日本の恥」になるのではないか。そう問われている気がします。

「民放ならまだしも、公共放送でこんなものを流す気がしれない」という海外の投稿も目にしました。

まさしく国の恥、大河どころか汚泥が流れているのが、2023年日曜の夜です。

日本史ファンと名乗る方が、この性犯罪の擁護をしている様も見かけました。

若衆だの、男色を持ち出し、伝統だのなんだの、トリビア混じりで語っているのです。

私は日本史上の男色にしても、歪で当時苦痛を訴えることができなかっただけだと思います。調べれば調べるほど、暗い気持ちになります。

戦国時代の男色
戦国時代の男色は当たり前だったのか?信玄や義隆ら戦国武将の実例を見てみよう

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そういう苦痛を緩和するための積み重ねの果てに、私たちは生きているのだと思いたい。

ゆえに、ここで性犯罪を見逃すということは、未来に苦痛を丸投げすることでしょう。未来の人々から軽蔑されるということでしょう。

果たして、それでよいのでしょうか?

こういう忖度記事もあるわけですが、

◆なぜNHK大河ドラマは史実とかけ離れているのか…ドラマ好きライターが「どうする家康」を見て感じること 令和の感覚で作られた大河だからこそ描けることがある(→link

令和になってこのドラマを庇うって、どういう倫理観なのやら。

私はドラマ以上に正義を好むので、こんな気持ちにはなれません。

 

彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず

ドラマの総大将であるプロデューサー・磯氏の敗因を探ってみたいと思います。

彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず。『孫子』謀攻篇

『どうする家康』が嫌い、貶め、嘲笑していた『麒麟がくる』序盤に出てきた引用箇所ですね。意味は有名なので省略。

磯氏は同じことを繰り返すのだとは感じます。その上で勝因と敗因の分析がおかしい。

たとえば磯氏が手がけた朝ドラ『なつぞら』は、過去の朝ドラ主演女優を揃えて話題をさらいました。

今回も過去大河主演主演をかき集めてきています。

しかし朝ドラ『なつぞら』はそれで成功したのではありません。

大森寿美男氏の脚本が、歴史やテーマへの愛にあふれ、丁寧に描かれていたからこそ。

朝ドラ『てるてる家族』、大河ドラマ『風林火山』でも執筆経験がある大森氏は、重圧の中で見事な脚本を描いていました。

◆ 「なつぞら」脚本・大森寿美男氏 100作目の重圧に胃薬手放せず 演劇に挫折「日陰歩いて…出来すぎ」(→link

本来の勝因は緻密な脚本なのに、そこを読み違えた結果が今回なのでしょう。

一番いいところを届けるとのことですが、

◆「一番いいところを一番素直に届ける」NHK大河「どうする家康」制作統括・磯智明チーフ・プロデューサー(→link

◆ 大河ドラマ「どうする家康」 磯Pが語る制作舞台裏(→link

その「いいところ」の判断が誤っていたらどうしようもありません。

そもそも今回の大河ドラマを脚本家の古沢良太さんにお願いしたいと思っていました。

古沢さんは民放のドラマでも数々の面白い作品を書かれているので、彼の持っているセンスを大河ドラマにいかしたいと思っていたのです。

私なりに今回の脚本家について調べてみました。

一話形式で、どんでん返しを入れるパターンは得意である。

といっても、役者の力量が重要。アドリブで補い、インパクトのある演技ができる俳優の作品であると、成功とみなされることが多いと感じます。

そして、指摘されている欠点もまとめてみました。

・騙そうとして、後からネタを無理に繋ぐ。ネタのためにネタを仕込む、雑な伏線回収

・強引なプロット。それが通じるなら何とでもできる

・しかも騙したトリックにおいて、説得力が欠如している

・話の語り口が退屈で、冗長、しつこく、面白くない

いやいやどうして『どうする家康』の欠点と同じではありませんか。

磯氏からは、大河ファンや歴史ファンへの憎しみすら感じます。過去の大河ドラマや歴史そのものを小馬鹿にするようなことをして、その一要素に挙げられるのが衣装です。

◆「どうする家康」信長役・岡田准一を支えた衣装の力 人物デザイン監修・柘植伊佐夫と議論の日々(→link

この組み合わせは『平清盛』でもそうでした。あのドラマの衣装には大変ガッカリしたことを思い出します。

私は平安時代の襲の色が好きで、実物でいつか見てみたいと楽しみにしていました。

しかし『平清盛』ではそうした襲や様式を一切無視していると、語っていました。皇室や朝服はそうでもなかったようですが。

そういう衣装へのアプローチはあります。

張芸謀(チャン・イーモウ)監督とワダ・エミさんのコンビは有名ですね。

私も大河以外のドラマでそういうアプローチをするのであれば、特にそこまで気にならなかったとは思います。

私は『47 RONIN』も好きになれるくらい、判定が緩いはずなのですが。

こういう歴史好きの心を逆撫ですることは、本人にとっては憂さ晴らしであり、知的な騙し合い程度のつもりかもしれません。

しかし、大河ドラマという枠は一人のものではありません。そのリスクを考慮して欲しいのです。

 

主は怒りを以て師を興(おこ)す可(べ)からず

主は怒りを以て師を興(おこ)す可(べ)からず。『孫子』「火攻篇」

怒りの感情に任せて戦争を始めてはいけない。

「怒りに任せてはいけない……」

そう自分を戒めなければならないほど、今回は色々考えさせられました。

磯氏のインタビューからは、大河ファンや歴史ファンを嫌っている、少なくとも重要視していない姿勢であることは感じます。

そして提灯記事にもお決まりのパターンがある。

「歴史ファンは史実とちがうと怒るけどw それ歌舞伎にも言えるのwww わかってみるのが歴史好きでしょww」

こういう論調であり、SNSの投稿でも見かけます。

そして怒りの記事に対しては、冷笑しつつ「ならドキュメンタリーでも見ていればw 真実なんてわかんないしww」と返せばよいという論調も形成されていきます。

◆NHK大河ドラマを子供に見せてはいけない…明智光秀が本能寺で信長を襲った理由は「私怨」ではない 歴史への誤解を植え付ける恐れがある(→link

私なりにこうした論調に反論しておきますと、ドラマとして純粋につまらない、歴史抜きにしてくだらない、歴史への敬愛にも欠ける――それに尽きます。

ドラマとしての不快感、お粗末さへの怒りのみならず、以下のような記事があがってくることも辛い。

◆【どうする家康】「お前そういうところだぞ明智」と言いたくなる、慌てた光秀(→link

歴史上において功績を成し遂げた人物に、こういうことを言いたくなるってどういうことでしょう?

私にとって歴史作品を鑑賞するときに起こる感情は、「鯉の滝登り」、登竜門の境地です。鯉が滝を登り、龍になる――そういう高みを目指す様を見たい。

苦難を乗り越えて上を目指し、高潔であろうとする姿にこそ魅せられる。

誰かを小馬鹿にしたくて歴史を扱う作品を見るなんて、そんなことをしてどうなるのか?

別に『麒麟がくる』を持ち出さなくとも、私には明智光秀への思い入れがあります。

司馬遼太郎『国盗り物語』を読み終えた後、数日間は呆然として、思い出しては涙ぐんでしまったこともあります。

そういう感動した気持ちごと、今年はバカにされている気分です。

寿司店主が客に向かって「酢飯の上に生魚載せて食う奴なんて気がしれないよねw」とは言いませんよね。そういう非常識さを感じます。

だからこそ不愉快。歴史的に正確であるか、そういうことではない。歴史が好きだという気持ちそのものまで、今年は踏みにじられる思いがあるのです。

繰り返しますが、これが民放のバカ時代劇なら、ここまでショックは受けません。

大河ドラマという特別な枠でおちょくられると、前提となる期待もあるだけに、心理的なダメージが大きくなってしまいます。

ファンダムの場外乱闘も悪化し、歴史をまるでマウントの道具のようにするヤリトリも見えてきました。

歴史が好きであることが恥ずかしい。そういう気持ちが募ってきてしまったらどうなってしまうのだろう。

誰かに今年の大河を見ているとは周囲に言いたくないし、歴史語りも当分したくない。そんな風に思えてしまうのです。

まぁ、『陳情令』がらみで魏晋について語り合う機会があれば、むしろ積極的に参加したいとは思いますが。

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“忘羨”こそ最上の幸福! 陳情令と魔道祖師は“知音”の世界だった

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日本の戦国時代への忌避感が高まってしまった。こんな日が来るとは思いもよらなかった。去年とは正反対です。

去年は、人生最初の推しである源平合戦の人々が、実写化されて出てきました。

緊張感を滲ませつつ、馬の背で揺られている畠山重忠

獰猛な獣のような顔で、敵を追い詰めてゆく壇ノ浦の義経。

冷酷冷徹な顔で、義経や敵を追い詰めてゆく頼朝。

悲しい義経への恋心をにじませて舞う静御前。

目を見開き、坂東武者を鼓舞する北条政子

歴史が好きでよかった。報われた。そういう感動がずっとあって、ともかく幸せでした。

わざとらしく号泣したとは言いません。何もしていないのに、目元に何かが沁みて、気づけば視界がぼやける。そういう瞬間が去年は何度もあったのです。

しかし今年はそれが全くない……。

むしろ苦々しい気分になる。これではまずい。歴史の素晴らしさを思い出したくなり、武者絵や博物館の図録を見返してしまいました。

やっぱりこういう模様はいい。

そう往年時代劇の舞台衣装を見ていて、同時に気分が猛烈に悪くなってくる。

脳内にマザーセナのどピンク衣装だの、アイスクリームの精霊となった三河武士団の衣装(スイカバーや抹茶カラーの連中がいるでしょ?)が浮かんできて、怒りと失望がどっと吹き出し、悪化してしまったのです。

本作を好きだという方にとやかく申し上げることはありません。

好きな作品を全力で愛せばいい。

しかし私は、肝心の脚本家から歴史への愛は感じられません。プロデューサーからは嫌悪や嘲笑すら感じます。

小馬鹿にされつつ、自己実現の道具にされ、それでいて最も重要なことに「つまらない」と来ている。

同様の意見をお持ちの皆さまはNHKへ直接ご意見をお届けください。

批判記事が一本世に出るより、はるかに有用であることでしょう。

◆NHK みなさまの声(→link

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文:武者震之助(note

【参考】
どうする家康/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-どうする家康感想あらすじ

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