「起請文がねえと死ななくちゃならねえ」
鎌倉殿である源実朝に、そう迫るのは執権の北条時政。
物陰から、三浦義村と和田義盛がその様子を覗いています。
今すぐ実朝を助けたい義盛を止める義村。
時政が実朝に出家を迫っていると説明した上で、これは謀反であり、北条義時サイドに寝返るつもりだと説明するのですが……義盛には全く話が通じない。
わからなくてもいいから俺に従っていればいい。
そう説き伏せても、義盛はこらえきれず、ドカドカと乱入してゆくのでした。
25年かけて築いた地位が1ヶ月で崩壊
無謀だとわかっていながら実朝を館に連れ込み、必死の形相を浮かべる時政に、無情のナレーションが入ります。
伊豆の小豪族に過ぎなかった男。
二十五年かけて築いた地位が今まさに崩れようとしている――。
その間、わずか一ヶ月。
時政の失墜を予感させる長澤まさみさんの言葉。
と、そこへドカドカと義盛が突入し、「仔細はわからねえがこのお方に刃を向けるなんてとんでもねえ!」と時政に訴えます。
鎌倉殿が起請文を書いてくれない。
時政がそう説明しても、んなもんちゃっちゃと書いちまえ、と義盛が雑に対処しようとする。
それでも断る源実朝の方が、ことの重大性を理解していますね。
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義盛がイライラして、起請文など後で破いてしまえば問題ないと語気を荒らげても、粗末に扱えば身体中から血を噴き出して死ぬと怯えています。
「そんな死に方をした奴は聞いたことがない!」
キッパリ断言する義盛。 おぅ、その通り!
そもそも、この起請文は誰が書かせようとしているのか?
というと、場所が変わり、時政に詰め寄るりくの姿が映し出されます。なんとしても起請文を書かせねばとけしかけている。
時政の館は、すでに軍勢に囲まれていて、北条時房がいますぐ鎌倉殿を引き渡すよう兵に告げています。
りくは必死です。
鎌倉殿だって痛い目に遭わせればいいと口走り、躊躇してしまう時政の尻を叩きまくる。
鎌倉殿を引き渡せば終わる!
生き延びるためだ!
知家の徹底した仕事ぶり
外では時房が、自分が中に入って説得すると義時に訴えています。
しかし義時は、義村が説き伏せると言うばかり。気を揉む時房と冷徹な義時、そんな対比があります。
確かに義時は頼朝に似てきました。
冷たい顔で、弟を殺す――と指示を出していた頼朝にそっくりですね。
そんな父の様子に耐えかねたのが息子の北条泰時です。このようなことをさせるわけにはいかないと言い出す。泰時は母である八重にも似てきましたね。
それでも即座に口を出すなと返す義時。時房もたまりかねたように、父上には死んで欲しくないと弱音を吐く。と……。
「太郎、これが私の覚悟だ! 鎌倉を守るためなら、父も子もない」
悲壮な表情で義時が決意のほどを説明しますが、泰時は納得できません。
見かねた八田知家が泰時に寄り添い理解を促します。
「いいかげんわかってやれ」
これまで義時が何人の御家人を謀反の罪で殺してきたことか。親だからと許したらどうなるのか。御家人全てを敵に回すことになる。
そして知家はあらためて義時に語りかけます。
「構うこたねぇ、首を刎ねちまえ」
この人は、本当に自分の汚れ仕事を理解していますね。
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阿野全成を殺すとき、雷雨となって他の連中が怯えていても、冷静に始末できていました。
知家は神罰に当たりかねない汚れ仕事を進んでやることを理解しています。敢えて時政殺しを促すことで、義時の負担を軽減しているのでしょう。つくづく偉い、素晴らしい人物です。
義時は落ち着き払ってこう言います。
「まずは鎌倉殿をお助けする。それからだ」
妻の脱出を画策する時政
実朝は何か夜食を口にして、時政はどこか虚脱したように座り込んでいる。
そこへ義村が入ってきて、館が囲まれていことを告げます。同時に、義時の頼みでこの場にいることも打ち明けると、今度は時政が頼みごとをします。
義村が、義時の頼みで時政の間にいることが大事ですね。
義時なりに、自らが父を殺さずに済む手札は切った。しかし、それを御家人たちに知られたら意味がない。たとえポーズでも、自身が父を殺すつもりだと見せておく必要がある。
そのためには、我が子や弟から「冷血と思われるリスク」を承知で、ことを進めている。実に大した人物となりました。
すると時政がいよいよ腹を決めたのか。りくに鎌倉を離れるように諭します。京都にいる平賀朝雅ときくを頼れと言うのです。
「しい様は?」
「ここに残る」
そう言われ、りくは京都行きを断りました。
彼女の真意がどうにもわからない。坂東なんて嫌々来ていて、できれば立派な夫と凱旋するように京都へ戻りたかったのでは?
たとえそれが叶わぬ夢となっても、坂東で死ぬより京都に戻る方が良いのでは?
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時政は、そんな妻を説き伏せます。
鎌倉殿のそばにいれば外の奴らは手出しができない。義村の手引で無事に逃げることができたら、残った時政が鎌倉殿を引き渡し、降参する。義時は親思いだから、頭を丸めて手をついて謝ったらきっと許してくれる。
息子のことを心底信じているのか、単にりくを説得するためなのか。時政の真意もまた不明ながら、妻を助けたい気持ちに嘘偽りはないのでしょう。
すると、りくの目も潤んできた。
自分でも止められない。京都に戻るよりも、夫と別れない方が大事。そんな思いが、涙と共に滲んでくるような、圧巻の美しさがあります。
「ほとぼりが冷めれば、また会える日も来る。平六、あとは頼んだ」
「りく殿のことはお任せください」
こうして、りくを逃す算段が整えられてゆきます。
時政に諭されたりくに対し、義村が着替えを渡し、廊下で待っていることを告げると、彼女もキッパリと告げます。
「京へは参りません!」
彼女は一体何を考えているんだ?
夫への愛に気づいてしまった
義村が門を出て、義時の前に現れました。
「執権殿は?」
「あれを説き伏せるのは骨だぜ。りく様が親父さんの横で石みたいに動かない」
そう言うと、怖い思いをさせて悪かったと詫びつつ、使用人たちを外へ出します。彼らの中に着替えを済ませたりくも紛れていました。
実朝が、義盛に「武衛」を説明しています。
武衛とは?
兵衛府のことを親しみを込めて呼ぶもの。実朝は去年まで武衛で、今年はその上の「羽林」となった。
「ウリン?」
一つ賢くなった義盛です。
「羽林」は近衛府の唐名(とうみょう・中国風の呼び名)であり、ここで注目したいのは、まだ幼いにも関わらず父や兄よりスピード感のある昇進しているころでしょう。
すでに右近衛中将(うこんえのちゅうじょう)となっています。
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政子の前に、りくがやってきました。突然の義母到来に驚いていると、彼女が深々と頭を下げてきます。
「どうか頭をおあげください」
「夫は死ぬつもりでいます。このようなことになってしまって、ことを収めるには自ら命を絶つより他ないと思っています」
「父がそう言ったのですか」
政子が愕然としていると、りくは言い切ります。
「言わずともわかるのです。此度のこと、企んだのはすべて私。四郎殿は私の言葉に従っただけ。悪いのは私です」
そうりくは訴えます。
彼女はここまできて、どれほど夫を愛しているのか気づいてしまった。ひとまず館から出たのは、自分が助かるためではなく、夫の助命嘆願に賭けたのですね。
妻に振り回され、執権の立場を失った――時政は不幸なようでいて、これだけ愛されているのならば、本望でしょう。
きっと二人にしかわからない世界があるはず。
鎌倉を引っ張っていくのはお前だ
義時が正面から攻める隙に、自分が裏から回ろう。
知家が奪還作戦を打診すると、鎌倉殿を危険な目に遭わせるわけにはいかないと断る義時。
二人で手立てを講じているところへ、北条政子がやって来ました。
「父上を助けてあげて」
「鎌倉殿をお助けしたらすぐに攻め込みます」
「親殺しの汚名を着てもよろしいのですか!」
「……五郎、尼御台が御所へお帰りだ」
あくまで突っぱねる義時に、政子はなおも訴えかけます。
頼朝様は確かに非情な方だったけれど、慈悲の心はあった。義高の時も、義経の時も、許す気持ちはあった。願いは叶わなかったけど、信じようとした。それを義時はそばで見ていたはずではないか。
そう説得するのですが、頑なに義時は「尼御台をお連れしろ!」と言いきる。
しかし、彼の心に波は立つでしょう。政子の言葉には説得力があります。
いい加減頃合いだろう。義盛がそう思っているところで、時政が実朝の前に座りました。
座るだけで絵になる、流れるような所作の坂東彌十郎さん。彼は無理強いをしたことを謝りつつ、こう褒め称えます。
「鎌倉殿の芯の強さ、感服致しました。いずれは頼朝様を超える鎌倉殿となられまする」
そう言い、義盛に連れて行くように促します。
「じいは来ないのか?」
「ここでお別れでござる」
「来てくれ」
義盛が「参りましょう、ウリン」と促すと、時政は義時に伝えるように言います。
「あとは託した――北条を、鎌倉を、引っ張っていくのはお前だと」
「承知仕った!」
政子の土下座
義盛に引き連れられ、実朝が屋敷の外へ。義時らが無事を確認すると、実朝は政子の姿を認めます。
「母上も見ていたのですか」
「ご無事で何よりです」
そして義盛が、執権殿である時政が覚悟を決めていて、義時に言葉を伝えるようにと話すのですが……肝心の言葉を思い出せない。
「忘れたのか?」
「すまん」
義盛が認めると、実朝が言います。
「あとは託した。北条と鎌倉を引っ張っていけ」
「ありがとうございます」
そう返す義時。この言葉を、死の床で父から聞けないこの不幸よ。父の死にゆく顔を見つめながらそう託されたらよかったでしょうに……。
それに義時だって歳をとった。
泰時はあの調子ですから、自分も将来、我が子に愛想を尽かされてこうなるかもしれない。そんな緊張感があります。
権力と引き換えにして、彼らは普通の父と子であることを失ってしまったのです。
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だからこそ義時はこう宣言します。
「攻め込むぞ」
「兄上!」
「父上は死にたがっているのだ」
泰時は、生きて自分の罪を償ってもらおうと言いますが、義時は政(まつりごと)に私情を挟むことはできないと断固拒否。
それでも政子は懇願します。
「私は娘として、父の命乞いをしているのです!」
そう政子が跪くと、まるでそれに酔ったように御家人たちも膝をついてしまいます。私も胸にグッときて、何かわからない得体の知れないものが体の中を流れていきました。
彼女には人の感情を動かす力があります。
理屈じゃない、訴えかける特別な力がある。理屈なんてどうでもよく、彼女に頼まれたらひれ伏すしかない。そんな説得力がある。
【承久の乱】での演説が楽しみになってきました。
こんな人物は二人といない、無双の説得力――小池栄子さんが毎週、高みへ登っていきます。
美しいのに清らかで荘厳。人ではないような、特別な魅力があるんですよね。
泰時の妻・初の魅力
時政が静かに短刀を抜き、頸動脈にあてています。
仁田忠常もそうして自害していたように、当時は江戸時代のように作法は決まっていません。頸動脈の方が、切腹より合理的です。
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と、そこへ八田知家がやってきて、刃を止める。
「息子でなくて悪かったな」
淡々と確実に仕事をこなす知家。確かに、ここで息子が止めたら、私情に思えなくもありません。
実朝が御所に戻ると、実衣と千世が出迎えました。
千世が無言でそっと実朝の胸に身を寄せると、実朝はこわばった手つきでそっと抱き返します。
時政は剃髪し、食事を差し入れられています。
鎌倉は、一応の落ち着きを取り戻しました。
事態が一段落して、帰宅したのでしょう。泰時が妻の初に、顛末を話しています。
時政は名越で、りくは御所にいるのだとか。そして御沙汰は間も無くでる。
しかし泰時は、義時が裏から手を回すことを恐れています。初が義父である義時の心中を察するように「覚悟していた」とフォローしても、泰時は吐き捨てる。
「あんなものを見せられて、どうやって父を敬えというのか!」
「何もわかっていないのはあなた!」
執拗に駄々をこねるような泰時に、初が叱るように諭すように語りかける。
義時は自分のようになるなと伝えたいからこそ、泰時を呼んだのではないか。そう確信を込めて夫に語ります。
この初の造形は、新しいようで古典的に思えます。
東洋の賢妻とは、夫を厳しく諌めることが模範とされます。『貞観政要』の唐太宗の妻である長孫皇后が典型例です。
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ただし、時代によって理想の女性像は変わり、女子マネージャーとか、夜のお店にいそうなお姉さんとか、女性アナウンサーとか、専業主婦などなど、そういう像が反映されるのもドラマです。
それゆえ大河ドラマのヒロイン像も、本来の古典的賢婦からウケを重視して変えられます。
謎の味噌汁やおにぎりを振る舞うと、問題解決してしまう、など。史実では夫をやりこめるような逸話が美談として残されている女性でも、かなり甘ったるく、現代人向けにされることがありました。
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今年はそういう女性像ではなく、古典回帰をしているところが斬新。
初がにっこり笑った顔を思い出せない、見た記憶がない、しかし、とても魅力的で優しくて、なくてはならない妻だということがわかる――非常に高度な描き方ではないでしょうか。
微笑むことは多くの人ができる。愛想笑いなんてものもある。
けれども、諫言はちがう。お愛想で諫言できる奴はいない。
それを初はできる。これぞ賢婦、父の義村が言う通り、凄まじくいい女です。
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文官たちの時政裁定は?
実朝が、時政の処分を軽くするよう義時に頼んでいます。
謀反人だと義時が冷たく返しても、手荒な真似はしないで欲しいと切実に訴えています。
「私は全てを忘れようと思う。頼む、私が乞うておるのだ」
そんな実朝の言葉を受けた義時は、文官たちの裁定を聞きに……。
大江広元が、冷静に、これまでの謀反人の名を挙げて参ります。
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これまで謀反を企んだ者は皆討ち取られていて、なぜ北条殿だけ許されるのか?と異を唱えるものが出てくる。
広元は賢い。これは彼自身の考えではなく、義時に媚びるつもりも全くありません。
客観的に世の感情がどう動くかのみを考察している。私情を挟まないからこそ信頼できます。
では他の文官は?
三善康信が困惑しつつ、鎌倉殿の意図は無視できないと返すと、二階堂行政はキッパリと厳罰を主張。どこぞに流罪にすると強硬な姿勢です。
流罪がよい落とし所だと広元は結論を出しました。
死刑は白黒がつくけれど、流罪は場所と年数によって軽重が調整できるから便利――確かにその通りです。
義時はここでお任せしてしまうんですね。
彼は権力者だから、普通に意見を言うことができない。勝手に忖度されるかもしれないし、脅しになるかもしれない。父親だからこそ、肩入れはできません。
そこで三善康信が伊豆に帰っていただくと言い、二階堂行政は手ぬるいと吐き捨てれば、康信は時政が伊豆で頼朝を助けたからこそ今の鎌倉があると引きません。
広元がここで義時に「いかがかな」と促して、やっと彼はこう言います。
「息子として礼を申し上げる」
「では伊豆へ」
そう決まりました。
文官たちは自分の意見を言っているようで、そうとも言えない。
三善康信は実朝や御家人の意見を推察して理論展開し、二階堂行政は過去の判例を持ち出している。大江広元はそのすり合わせをして、義時が受け止める。
彼らは、官僚としての訓練を積んでいるからこそ、こういう判断ができるんですね。
自分の感情やら親しい者のことばかりを前面に出してしまう義盛や時政とは、そこが違います。
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では義時はどうなのか?
彼は、ある意味、天命に委ねているのではないでしょうか。
自分なりの最善を尽くして、三浦義村を使った。これが効果を発揮していて、義村がりくを逃したからこそ、彼女が政子のもとに駆けつけ助命嘆願し、政子が土下座して御家人たちの空気を変えた。
助けるというのは、知家のように物理的に刃を止めるだけでなく、別の手段もあります。
人事を尽くして天命を待つ――義時はそういう境地にいて、父の命を天に向かって放り投げたのだと思います。
おそらくや頼朝もそうだったのでしょう。
選択肢が少しずれていたら、彼の弟や身内も死なずに済んだのかもしれません。
義時は、賭けに勝ちました。
ウグイスが鳴いてるな
「伊豆か……」
時政が御沙汰を聞いています。
生まれ育った土地でゆっくりと残りの人生を過ごすようにと伝える義時。りくも共に伊豆へ向かうとのことです。
これは妙な話です。
義時ほどの男が、誰の入れ知恵でこうなったか知らないわけもない。二人をくっつけて、また悪だくみを働いたらどうするのか。
「あれがいればわしはそれだけでいい。よう骨を折ってくれたな」
時政がそう言うと、冷たい目で義時が返します。
「私は首を刎ねられてもやむなしと思っておりました。感謝するなら鎌倉殿や文官の方々に」
嘘ではない、彼の本心でしょう。
父親が助かって欲しいという気持ちがある一方、無謀な企みを働いて迷惑をかけ、死んで当然だと突き放したくなる気持ちが半々で、どちらも嘘偽りないのでは?
と、冷たい天命を知る者の顔が消え、ただの息子の顔が戻ってきます。
「父上……小四郎は無念にございます。父上にはこの先もずっと側にいて欲しかった。頼朝様がお作りになられた鎌倉を父上と共に守っていきたかった。父上の背中を見てこれまでやって参りました。父上は常に私の前にいた……」
洟をすする義時。
「私は父上を……私は……」
「もういい」
「今生の別れにございます。父が世を去るとき、私は側にいられません。父の手を握ってやることができません。あなたがその機会を奪った。お恨み申し上げます」
言葉を詰まらせる義時。子として父に恨みをぶつけています。
ここで鳥の声が外から響いてきます。
「あの声。何の鳥かわかるか?」
「いえ」
「ウグイスだよ」
「ウグイス?」
「ホーホケキョだと思ってるだろう。違うんだ。ホーホケキョと鳴くのは雄。雌を口説くときに鳴くんだ。普段はジャジャジャジャ……ありゃウグイスだ。間違いない」
元久2年(1205年)閏7月20日、初代執権北条時政が鎌倉を去る。
彼が戻ってくることは二度とない――。
長澤まさみさんがそう語り、ウグイスの声が重なります。
これは鳥の問答のようで、時政の告白だと思った。
とびきり魅力的な雌に求愛するために、この雄はずっとホーホケキョと鳴き続けた。鳴き続けて血を吐くことになった。
どこまでもバカだと思う。そんな格好つけて全てを失って、どこまでバカなんだろう。
でも、愛ゆえに何もかも失うというのも、それはそれで一つの生き方だと思う。これはこれで彼の生き方だと思えました。
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しかし……。
父との別れを告げた後、トウを呼び出す義時の恐ろしさよ。
泰時の見立ては、満更はずれておりません。
りくとの別れ
「あの人のみすぼらしいところは見たくない」
実衣が姉の政子にぼやいています。二度と会えないかもしれないのだから、きちんと礼を言うようにと釘を刺す政子。
いったい誰なのか?
と思えば、相手はりくでした。
彼女は傲慢に「私がどんな惨めな姿でいるか見にきたなんて、品が悪いにもほどがある」と毒吐きつつ、館から着物を届けさせたからご期待に添えないとおめかし姿を見せます。
実衣がしらけきって出て行こうとすると、政子が礼を言う。
義母上がいて父上は幸せだった。父は変わった。十歳は若返った。
実衣もそれに同調しています。
娘の目からみれば、ジッジッと鳴くウグイスがホーホケキョと鳴き出したようなものなのでしょう。漠然と過ごし続けるより、愛に燃える。
りくは憎々しげに、礼を言うのはあの人のことばかりと返し、北条ではいい思い出がひとつもないと言い放ってます。
二人はそれが本心ではないと気づいていて、過去のエピソードを持ち出す。
政子の妊娠中、男児を生むには顔を険しくするといいという話で、政子の顔に笑っていた。
頼朝の挙兵時、伊豆大権で何ひとつ掃除を手伝わず、若く美男の坊主に話しかけていた。
「あのかわいい子は今頃どうしているのか」
りくがおどけて言うと、伊豆に戻ったら会えると返され、まんざらでもない様子。
しかし、美男の小僧も仁王像のようになっているかもしれないと実衣がちゃちゃを入れると、彼女らは昔のように笑い、そして、りくが深々と頭を下げます。
「お世話になりました」
りくの礼儀正しい最後の挨拶に、同じく深々と頭を下げることで敬意を表す政子と実衣。
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思えば伊豆の小豪族一家のままならば、こんなことにはならかったのでしょう。
権力と引き換えに一体何をどれだけ犠牲にしたのか。
そう思うと同時に、彼女らの“男らしさ”がしみじみと実感されます。
“男らしい”という言葉は敢えて使いました。
男だけがそうするように誤解されているけれども、女性だって発揮するのだから、本来そこに性別は関係ありません。
それがどういうわけか、同性のフェアプレー精神は男性特有のものとされ、女性はドロドロの関係が定番とされてきた。
しかし本作はそうではなく、政子と八重、政子と亀もどこかさっぱりしていたし、そうかと思えば男同士の粘りつくような陰湿バトルもあった。
例えば、本作で屈指の「ドロドロの悪感情」を体現していたのって、源行家とか比企能員あたりですよね。
そこに性差はなく、男女双方にあるのは、当たり前でしょう。
暗殺者トウの腕を掴む義村
女中に化けたトウが、りくのいる部屋へ来て、配膳をしています。
トウの背中には小刀。毒を使わないところが義時らしさかもしれません。
食べ物を吐き出したり、致死量に至らないなど、毒殺には不確実なところがあり、ターゲットをきっちり殺すのであれば刃物の方が万全です。
いや、そういうことでないですね。
義時よ……父のりくへの愛を聞いて、あんなに泣いておいて、結局殺す気かよ。まったく、実によい育ち方をしていやがる。
するとそこへ、のえが現れました。
どうやら最後の秘訣を聞きたいようですが……何の秘訣かって? 北条とうまくやっていく方法ですって。
「無理矢理なじもうとしないこと。あとは誇りに思うこと」
「誇り?」
「私は北条に嫁いだことを誇りに思っていますよ」
「ご無礼いたしました」
のえはそう引き下がります。
りくの厄介な気質をのえが引き継ぐと、面倒なことになります。
義時は出世し、そして妻の愛を失いました。のえは心底義時を愛することはないのでしょう。
さあ、のえも立ち去り、トウの再挑戦だ!
あらためて彼女が背中の小刀を握りしめる。
しかし今度は三浦義村がやってきました。
「伊豆へ会いに行きますよ」と義村が告げると、「来なくていい」と即座に拒絶するりく。
とことん夫を愛してますね。伊豆大権現でイケメン僧侶に話しかけていたし、義村や頼朝にしなだれかかるようなこともあった。それがこんなに貞淑になってしまって。
京都行きを拒んだあたりから、りくの純愛が昇華されていって素晴らしい。
彼女はようやく理解できたのでしょう。自分にとって、しい様以上の男はいない。しい様と比べたらあとの男なんて塵芥だと。
すると義村が何やら意味ありげに
「あんたは会わなきゃいけない。俺に借りがある」
と二人に近づき、りくの背後にいたトウの腕を掴みます。
「何者だ?」
睨みつけつつ義村が近づくと、ここから先は激しい殺陣の展開。
狭い屋内から広い庭へ舞台を移し、山本千尋さんと山本耕史さんのキレのある動きが続きます。
当時ならではの動きで、こうも軽やかかつ本格的なアクションが見られるのは眼福としか言いようがありません。
トウはともかくとして、義村はちょっと強すぎるんじゃないか?と驚かされますが、数多の戦場に出てきた武士ならではでしょう。
最終的に義村がトウを掴み、嬉しそうにこう言います。
「俺の女になれ」
ここはスケベ心で口説いているとも思えません。
誰が頼んだか丸わかりの殺し屋など、手札として最高だから浮かれているのではないでしょうか。
これだけ使える暗殺者を妾にするのはもったいないし、暗殺の定番は閨の中。こんな棘のある花は、そういう意味では危険すぎます。安全な美人は他にいくらでもいるでしょう。
手札としては実に使える。トウを手元に置いておけば、義時を牽制できるし、何なら北条の弱点を探ることも可能かもしれない。
義村としてはそういう楽しみの方が大きいのではないでしょうか。
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殺伐とした鎌倉を生き延びた三浦義村|義時の従兄弟は冷徹に一族を率いた
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これはあくまで私見ですが、義村は本作随一のわかりやすい思考回路で、こいつならこうするだろうとピンと来る。
もし自分が同じ立場ならというときの思考が一致していて、すんなり合点がゆく。
彼は、勝つか負けるか、その二元論で毎回勝つ方にベットする……とは思うのですが、他の方の感想やレビューを見ていると、「義村が一番得体が知れない」とされていて、困惑を深めています。
最初の仕事は平賀の暗殺
りくも伊豆に流される――義時からそう御沙汰を聞かされ、彼女はふてぶてしく、都でなければ鎌倉であろうと伊豆であろうと同じことだと吐き捨てます。
そして吠える。
「私を殺そうとしたでしょ? 安心なさい、私はもうあなたのお父上を焚きつけたりしないわ。ああ、くやしい! もう少しでてっぺんに立てたのに。でもね、私の中の火はまだ消えておりませんから。このまま坂東で朽ち果てるなんてまっぴらごめんだわ! あらやだ、こんな品のない言葉使ったことなかったのに」
まくしたてるりくに、義時はしみじみと言います。
「あなたはとうに坂東の女子だ」
「やめてちょうだい!」
りくもバカね。ほんとうにバカね。
坂東の猪みたいな男を手玉にとったはずが、自分がかえって絡め取られて変わっていた。本気で愛してしまった。なんて可愛い女性なのだろう。
そんなりくは、それでも義時相手に焚き付けます。
執権につかなかったのか?と確認した上で、尻を叩くように吐き捨てる。
「意気地がないのね、この親子は」
手の届くところにあるなら取れ、何をしているのか。
あなたはそこに立つべきだと諭し、それを餞(はなむけ)の言葉だと締めくくります。
「あらやだ、餞は送る側がするものでしたね」
「父上と母上の思い、私が引き継ぎます。これは息子からの餞です」
それから幾日が経過したのでしょうか。
場面変わって、義時が腰に扇と刀を挿し、黒い服を着ています。
新緑のような緑が深くなり、ついに黒く……筆記具は扇になりました。出世と覚悟が反映された服です。
その傍らで、のえが鏡を手にしています。
思えばドラマ序盤で鏡などありませんでした。そもそも坂東武者たちは身だしなみなど気にしていない。
文明によって変わりつつある鎌倉。
義時の新体制となり、最初の仕事は平賀朝雅の抹殺でした。罪状は実朝に代わり、鎌倉殿になろうとしたこと。
義時はわかっています。あれがそもそも北条政範を毒殺し、畠山重保に罪をなすりつけ、そのせいで畠山は滅亡した。それがなければ父が鎌倉を去ることもなかった。
抹殺相当の案件――。
それは確かにそうですが、いきなり妹の婿を殺すというのも実に義時らしいです。弁明の機会すら与えません。
二階堂行政がただちに下文を書くと、京都では藤原兼子と後鳥羽院がその命令を知り、不快感を募らせていました。
断りもなく、と露骨に不快そうな兼子。
後鳥羽院は、自分が朝雅の主ではなく鎌倉がその立場を主張していることにイラ立っています。
かくして朝雅は殺されました。
兵たちに囲まれ「鎌倉殿になろうと思ったことはない!」と弁明するも、群がる武士を前に呆気なく始末される。
朝雅の情けなさ、みっともなさよ……。
あれだけ立派な甲冑をつけ、そのくせ血の気が引いて顔面蒼白とは情けない。
源義光(甲斐源氏の祖)の子孫だと思うと、ますます軽蔑が募ってくる――討ち果たす側の武士の気持ちに傾いてしまう――と、ふと我に返り「鎌倉の思考回路はおそろしい」と気づかされます。
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なお、このとき史料準拠による朝雅は、囲碁の目を数えてから後鳥羽院の前から退出したそうで、ドラマでそういうクールな格好良さがないのは残念なようで因果応報、ありだと思えます。
山中崇さんがこれまたお見事でした。
残された妻・きくは「なんてことを……」と動揺し、中原親能は怯えています。
「鎌倉は怖い……もうたくさんじゃ」
そう心の底から言い、きくに逃げるように促すのでした。
犬の喧嘩に怒りを隠せない
慈円が読経している最中、後鳥羽院が平賀朝雅の名を呟きます。
都で軍勢が動いたのは義経が義仲を追い払って以来、これ以上好きにさせてはならない――藤原兼子が苦く、強い口調で伝えます。
シルビア・グラブさんの声は、ともかくよく通り、美しいですね。
北条政子・小池栄子さんの声は常にどこか温かいのに対し、彼女は凛然としている。
女性の声だけでも鎌倉代表と京都代表という感があって、この二人の対決が楽しみです。
慈円の読経もそこは山寺宏一さんですから、当然ながらいい声です。むろん、声が素晴らしいだけでなく、ご利益がありそうと思える説得力があります。
平賀朝雅の殺害に関し、後鳥羽院は実朝の考えではないと見抜きました。
時政が執権の座を追われたから、その跡取りのせいだと慈円が答えると、後鳥羽院が食いつく。
「名は何という?」
「北条義時……」
後鳥羽院が逆臣の名として胸に刻んでいる。
一方、そのころ鎌倉では、義時が御家人の前で時政に代わって政を取り仕切ると宣言していました。
もみあげの目立つ長沼宗政が、そのために執権を追い出したのか?と問うと、義村が私利私欲のため時政を追い出したのかとさらに問い詰めます。
「そうではなく、時政に成り代わりこの鎌倉を守る」
義時がそう宣言すると、義村が、確かにその通りだ!と同調します。
しかも、義時以外に御家人たちの筆頭になれる者を俺は知らないと言い切り、あまりに見えすいた工作ながら、その場は収まります。果たして長く続くかどうかは不明ですが。
「決して私利私欲で申しているのではない!」
あらためてそう宣言する義時。
京都では、後鳥羽院が悔しそうに口を歪めています。
「義時……調子に乗りおって許さん」
この帝王の中の帝王、ありとあらゆる才能に恵まれた人物が、顔の筋肉をピクピクさせながら怒っている。
こういう顔が見たかった。
自信に満ちた人物が顔を引き攣らせるのはよいもの。
思えば彼は鎌倉を散々見下していました。
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朝雅に毒薬を渡したのだって、元を辿れば彼です。それが祟ってお気に入りの“愛玩犬”だった平賀朝雅を殺されてしまい、怒っている。
せいぜいが犬の喧嘩だと笑っていた相手に怒り始めた。
歴史はこうして変わってゆきます。
MVP:時政とりく
前漢武帝の寵姫である李夫人は、兄・李延年がこう歌って妹を皇帝に勧められたことをきっかけに愛されました。
「傾城傾国」という言葉の語源です。
北方に 佳人 有り
絶世にして 独立す
一顧すれば 人の城を傾け、
再顧すれば 人の国を傾く
寧(いづく)んぞ 傾城と傾国とを 知らざらんや
佳人は 再び得難(がた)し
北に美人がいる
絶世の美女で抜きん出ている
ひとたび振り返れば、人の城を傾けて、
ふたたび振り返れば、人の国を傾けてしまう
私がどうしてそんな美女を知らないわけがありましょうか?
あんな美女は二度と得られないでしょう
りくはまさにこの傾城傾国でした。
あのころころとした笑み、妖艶さに溺れたら、色々台無しになってしまう。傾城傾国という概念を見事に表現していたでしょう。
褒姒(ほうじ)も思い出しました。
西周幽王の寵姫である褒姒は、なかなか笑いません。
あるとき間違って狼煙をあげ、緊急事態だと知らせてしまった。
集まった将兵は、間違っただけだと知ると、困惑しがっかりしながら去っていきます。
すると褒姒は笑った!
幽王は褒姒の笑顔みたさに狼煙をあげ続け、それが反発を招いて国が滅んだ。
ウグイスのことを語り出す時政は、傾城傾国に溺れた男の哀れな鳴き声そのものでした。
愛が欲しくて鳴き続ける。
背伸びする。
そして滅んでしまう。
時政は知りませんでした。りくだって北条に馴染むべく努力し、誇りに思い、ついには立派な坂東の女になっていたことを。
時政はりくの心を傾け、酔わせていたのです。
そういう愚かな愛のせいでどれだけ犠牲者を出したのか。
そう考えると、義時の気持ちもわかる。
あんた方は破滅的な愛によって気持ちいいだろうけど、それがどれだけ迷惑なのか考えてみろとも言いたくなる。
しかし、憎しみきれはしない、絶妙な位置に落とし込んできました。
醜くバカだと言いたいようで、そう突き放せない。これはこれでありで、幸せだったんじゃないかと思ってしまう。
そういう着地点で、お見事としか言いようがありません。
総評
登竜門という言葉があります。鯉の滝登りでもよい。
鯉が必死で滝を登っていくと、竜になる――そういうおめでたいモチーフですね。
義時はこの登竜門を登る鯉のように思えてきます。
竜になって下を見下ろすと、鯉がちっぽけに見えてしまう。
あんな泥くさい水で泳いでなんなのか。そう思った後、あの背中を追いかけていた頃の方が幸せだったと思ってしまう。
そういう圧巻の寂しさがありました。
同時にこのドラマは、政治劇として秀逸に思えました。
東洋の伝統的価値観では、あえて身内に厳しく突き放すことが美徳とされます。
我が子が人質になっても脅迫犯の要求を突っぱねるとか。
我が子の死よりも、家臣の死を深く悲しむとか。
もちろん心の底では嘆き悲しんでいるけれども、そういう為政者の態度が美徳とされました。
ですので身内がルール違反したとき、目を怒らせ、周囲から止められつつ厳しい処分をする。そういう流れが約束です。
むしろ身内は、他人より倍程に厳しくすると言いはり、周囲が止めておさまる、と。
今回の義時は、自分の感情の優先度を最低にまで落としています。
そこが東洋伝統の政治的リアリズムであるし、ポーズであるともわかる。
義時が険しい顔で時政絶対殺すという態度だからこそ、それはやめようと周囲が勝手に言い出します。
義時が「やはりそこは父上は殺したくない。忖度しろよ」と言ったらぶち壊しでしょう。
結果、義時は冷たいと思われるし、何より自分が苦しくてたまらない。人の上に立つって全然楽しくない。そう体現していて素晴らしいと思えました。
引き合いに出すのが我ながらしつこいと思うのですが、この真逆であったのが『青天を衝け』の【天狗党の乱】です。
あれは慶喜が苦渋の決断で関係者を大量処刑しました。
渋沢栄一は天狗党処断を言い渡した慶喜の苦衷を思い、同情しています。
それがドラマでは「慶喜は殺したくなかったのに、田村意尊が勝手に殺しちゃったの!」と、わけのわからない展開にした。
これでは幕府の指揮系統がどうなっているかわからない。そんな現場の勝手な判断で大量処刑ができるわけがない。
史実通りにすれば、むしろ慶喜苦渋の決断が描けて迫力があったのに、それをただの責任回避にしてしまった。
ドラマだから史実通りにしなくていい、それはその通りです。しかし、改変してつまらなくするのはいかがなものでしょうか。
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なぜ、そんな展開になってしまったのか?
あのドラマは放送前から、こんな意見をSNSで見かけました。
「徳川慶喜ってどういう人か知らないけど、つよぽんが演じるならきっといい人だよね」
そういうファンへの忖度でしょうか。
あるいは苦渋の決断を下す過程を描く、余裕なり技量がなかったか。
好感度を極端に重視すると、波風が立たぬよう、無難なことだけさせていきたい、そんな展開になってしまう。
史実における、政治的な判断とか、東洋の美徳や価値観とか、そんなことはどうでもよく、登場人物が「半径数メートル範囲にいてよい人かどうか」だけで判断するということですね。
確かにそうでしょう。
ご近所あるいは同僚、友人に、どんな人物がいて欲しいか?
昨年の毒にも薬もならない徳川慶喜か、それとも今年の毒々しい北条義時か?
日常を近くで過ごすとなれば、確実に前者でしょう。
しかし、です。
大河ドラマは、歴史劇であると同時に政治劇なんですね。令和を生きる我々の好感度より、もっと大事な何かがあるはずです。
古臭い青春ドラマの延長みたいな、極端な好感度重視は、政治劇になりません。
今年は、そんな懸念を吹き飛ばしました。
義時が険しい顔をして嗚咽を漏らすと勇気が湧いてきます。
彼は権力を得る苦渋を体現している。苦しめば苦しむほどいい。冷酷なようで美徳があって、ひねくれているようで愛情深くて、こういう人がいてよかったと毎回噛み締めています。
そしてそれはおそらく三浦義村目線もありまして。懐に飛び込んで操るには、義時は最高!という思いも湧いてきます。
今年は本当にもう、憎たらしくなるほど巧みです。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト




















