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【鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第38回「時を継ぐ者」】
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犬の喧嘩に怒りを隠せない
都で軍勢が動いたのは義経が義仲を追い払って以来、これ以上好きにさせてはならない――藤原兼子が苦く、強い口調で伝えます。
シルビア・グラブさんの声は、ともかくよく通り、美しいですね。
北条政子・小池栄子さんの声は常にどこか温かいのに対し、彼女は凛然としている。
女性の声だけでも鎌倉代表と京都代表という感があって、この二人の対決が楽しみです。
慈円の読経もそこは山寺宏一さんですから、当然ながらいい声です。むろん、声が素晴らしいだけでなく、ご利益がありそうと思える説得力があります。
平賀朝雅の殺害に関し、後鳥羽院は実朝の考えではないと見抜きました。
時政が執権の座を追われたから、その跡取りのせいだと慈円が答えると、後鳥羽院が食いつく。
「名は何という?」
「北条義時……」
後鳥羽院が逆臣の名として胸に刻んでいる。
一方、そのころ鎌倉では、義時が御家人の前で時政に代わって政を取り仕切ると宣言していました。
もみあげの目立つ長沼宗政が、そのために執権を追い出したのか?と問うと、義村が私利私欲のため時政を追い出したのかとさらに問い詰めます。
「そうではなく、時政に成り代わりこの鎌倉を守る」
義時がそう宣言すると、義村が、確かにその通りだ!と同調します。
しかも、義時以外に御家人たちの筆頭になれる者を俺は知らないと言い切り、あまりに見えすいた工作ながら、その場は収まります。果たして長く続くかどうかは不明ですが。
「決して私利私欲で申しているのではない!」
あらためてそう宣言する義時。
京都では、後鳥羽院が悔しそうに口を歪めています。
「義時……調子に乗りおって許さん」
この帝王の中の帝王、ありとあらゆる才能に恵まれた人物が、顔の筋肉をピクピクさせながら怒っている。
こういう顔が見たかった。
自信に満ちた人物が顔を引き攣らせるのはよいもの。
思えば彼は鎌倉を散々見下していました。
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朝雅に毒薬を渡したのだって、元を辿れば彼です。それが祟ってお気に入りの“愛玩犬”だった平賀朝雅を殺されてしまい、怒っている。
せいぜいが犬の喧嘩だと笑っていた相手に怒り始めた。
歴史はこうして変わってゆきます。
MVP:時政とりく
前漢武帝の寵姫である李夫人は、兄・李延年がこう歌って妹を皇帝に勧められたことをきっかけに愛されました。
「傾城傾国」という言葉の語源です。
北方に 佳人 有り
絶世にして 独立す
一顧すれば 人の城を傾け、
再顧すれば 人の国を傾く
寧(いづく)んぞ 傾城と傾国とを 知らざらんや
佳人は 再び得難(がた)し
北に美人がいる
絶世の美女で抜きん出ている
ひとたび振り返れば、人の城を傾けて、
ふたたび振り返れば、人の国を傾けてしまう
私がどうしてそんな美女を知らないわけがありましょうか?
あんな美女は二度と得られないでしょう
りくはまさにこの傾城傾国でした。
あのころころとした笑み、妖艶さに溺れたら、色々台無しになってしまう。傾城傾国という概念を見事に表現していたでしょう。
褒姒(ほうじ)も思い出しました。
西周幽王の寵姫である褒姒は、なかなか笑いません。
あるとき間違って狼煙をあげ、緊急事態だと知らせてしまった。
集まった将兵は、間違っただけだと知ると、困惑しがっかりしながら去っていきます。
すると褒姒は笑った!
幽王は褒姒の笑顔みたさに狼煙をあげ続け、それが反発を招いて国が滅んだ。
ウグイスのことを語り出す時政は、傾城傾国に溺れた男の哀れな鳴き声そのものでした。
愛が欲しくて鳴き続ける。
背伸びする。
そして滅んでしまう。
時政は知りませんでした。りくだって北条に馴染むべく努力し、誇りに思い、ついには立派な坂東の女になっていたことを。
時政はりくの心を傾け、酔わせていたのです。
そういう愚かな愛のせいでどれだけ犠牲者を出したのか。
そう考えると、義時の気持ちもわかる。
あんた方は破滅的な愛によって気持ちいいだろうけど、それがどれだけ迷惑なのか考えてみろとも言いたくなる。
しかし、憎しみきれはしない、絶妙な位置に落とし込んできました。
醜くバカだと言いたいようで、そう突き放せない。これはこれでありで、幸せだったんじゃないかと思ってしまう。
そういう着地点で、お見事としか言いようがありません。
総評
登竜門という言葉があります。鯉の滝登りでもよい。
鯉が必死で滝を登っていくと、竜になる――そういうおめでたいモチーフですね。
義時はこの登竜門を登る鯉のように思えてきます。
竜になって下を見下ろすと、鯉がちっぽけに見えてしまう。
あんな泥くさい水で泳いでなんなのか。そう思った後、あの背中を追いかけていた頃の方が幸せだったと思ってしまう。
そういう圧巻の寂しさがありました。
同時にこのドラマは、政治劇として秀逸に思えました。
東洋の伝統的価値観では、あえて身内に厳しく突き放すことが美徳とされます。
我が子が人質になっても脅迫犯の要求を突っぱねるとか。
我が子の死よりも、家臣の死を深く悲しむとか。
もちろん心の底では嘆き悲しんでいるけれども、そういう為政者の態度が美徳とされました。
ですので身内がルール違反したとき、目を怒らせ、周囲から止められつつ厳しい処分をする。そういう流れが約束です。
むしろ身内は、他人より倍程に厳しくすると言いはり、周囲が止めておさまる、と。
今回の義時は、自分の感情の優先度を最低にまで落としています。
そこが東洋伝統の政治的リアリズムであるし、ポーズであるともわかる。
義時が険しい顔で時政絶対殺すという態度だからこそ、それはやめようと周囲が勝手に言い出します。
義時が「やはりそこは父上は殺したくない。忖度しろよ」と言ったらぶち壊しでしょう。
結果、義時は冷たいと思われるし、何より自分が苦しくてたまらない。人の上に立つって全然楽しくない。そう体現していて素晴らしいと思えました。
引き合いに出すのが我ながらしつこいと思うのですが、この真逆であったのが『青天を衝け』の【天狗党の乱】です。
あれは慶喜が苦渋の決断で関係者を大量処刑しました。
渋沢栄一は天狗党処断を言い渡した慶喜の苦衷を思い、同情しています。
それがドラマでは「慶喜は殺したくなかったのに、田村意尊が勝手に殺しちゃったの!」と、わけのわからない展開にした。
これでは幕府の指揮系統がどうなっているかわからない。そんな現場の勝手な判断で大量処刑ができるわけがない。
史実通りにすれば、むしろ慶喜苦渋の決断が描けて迫力があったのに、それをただの責任回避にしてしまった。
ドラマだから史実通りにしなくていい、それはその通りです。しかし、改変してつまらなくするのはいかがなものでしょうか。
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なぜ、そんな展開になってしまったのか?
あのドラマは放送前から、こんな意見をSNSで見かけました。
「徳川慶喜ってどういう人か知らないけど、つよぽんが演じるならきっといい人だよね」
そういうファンへの忖度でしょうか。
あるいは苦渋の決断を下す過程を描く、余裕なり技量がなかったか。
好感度を極端に重視すると、波風が立たぬよう、無難なことだけさせていきたい、そんな展開になってしまう。
史実における、政治的な判断とか、東洋の美徳や価値観とか、そんなことはどうでもよく、登場人物が「半径数メートル範囲にいてよい人かどうか」だけで判断するということですね。
確かにそうでしょう。
ご近所あるいは同僚、友人に、どんな人物がいて欲しいか?
昨年の毒にも薬もならない徳川慶喜か、それとも今年の毒々しい北条義時か?
日常を近くで過ごすとなれば、確実に前者でしょう。
しかし、です。
大河ドラマは、歴史劇であると同時に政治劇なんですね。令和を生きる我々の好感度より、もっと大事な何かがあるはずです。
古臭い青春ドラマの延長みたいな、極端な好感度重視は、政治劇になりません。
今年は、そんな懸念を吹き飛ばしました。
義時が険しい顔をして嗚咽を漏らすと勇気が湧いてきます。
彼は権力を得る苦渋を体現している。苦しめば苦しむほどいい。冷酷なようで美徳があって、ひねくれているようで愛情深くて、こういう人がいてよかったと毎回噛み締めています。
そしてそれはおそらく三浦義村目線もありまして。懐に飛び込んで操るには、義時は最高!という思いも湧いてきます。
今年は本当にもう、憎たらしくなるほど巧みです。
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
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文:武者震之助(note)
絵:小久ヒロ
【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト