鎌倉殿の13人退場者リスト

鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人「全退場者」まとめました~残酷な粛清や謀殺ほぼ毎回

2022/10/09

罪なき罪をでっちあげられ、問答無用で殺される。

それも「法」が無く、権力者の意向でどうとでもなるから、犠牲者は一人や二人じゃない――そんな理不尽で殺伐とした世界がこれでもか!と毎週繰り広げられている大河ドラマ『鎌倉殿の13人』。

いったい何人の武人たちが殺されたのか?

どんな死に方だったのか?

本稿で、第1~38回放送までの「全退場者」をまとめました。

これが今思い返してもなんだか切なくて……第1回放送から振り返ってみましょう。

 


第1回「大いなる小競り合い」→千鶴丸

死亡者:千鶴丸

死因:善児による溺死

伊豆の流人である源頼朝と、伊東祐親の娘である八重との間にできた子。

平家の追及をおそれた伊東祐親の命により、伊藤家の家人・善児が川遊びに誘い出し、そのまま殺害されました。

千鶴丸の着物を手にした善児を北条義時が目撃しており、これが後に響いてくることに。

八重姫
鎌倉殿の13人で頼朝と義時の妻だった八重はどんな女性?そもそも実在する?

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第2回「佐殿の腹」→河津祐泰

誰も死んでいないようで……。

死亡者:河津祐泰

死因:工藤祐経が放った刺客による殺害

公式サイトの第二回登場人物には名前があり、第三回では消えていますので、このあたりで亡くなっています。

 

第3回「挙兵は慎重に」→以仁王

死亡者:以仁王と源頼政

死因:敗死

後になって思えば、皇族ですら死ぬ時代の幕開けかもしれません。

以仁王や安徳天皇を思えば、後鳥羽院や順徳院は寛大な処置といえるでしょうか。

 


第4回「矢のゆくえ」→無し

山木兼隆と堤信遠を殺すとウキウキワクワク決めましたが、続きは次回へ。

 

第5回「兄との約束」→北条宗時

死亡者:山木兼隆、堤信遠、他

死因:襲撃による殺害

記念すべき義時の初殺人です。あの頃はまだ怯えがありました。

死亡者:北条宗時、工藤茂光

死因:善児による暗殺

だんだんと善児がノリに乗ってくる状態になってきました。

史実ではこの二人は討死にとされています。

劇中では描かれないものの、岡崎美実の子・佐奈田義忠も石橋山で討死しました。

北条宗時
時政の嫡男で義時の兄だった北条宗時|最期は祖父・伊東祐親の軍に囲まれ

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第6回「悪い知らせ」→三浦義明

死亡者:三浦義明と将兵(劇中では台詞処理)

死因:外孫・畠山重忠に攻め滅ぼされた

劇中では台詞処理で済まされた、三浦義明の死は有名です。

高齢の身で、孫の畠山重忠に攻められ、凄絶な討死を遂げたとされます。

畠山重忠と、義明の孫である和田義盛・三浦義村の因縁もこれがきっかけで生じました。

三浦義明
孫の重忠に攻められ討死した三浦義明|超長寿な坂東武士の生き様とは

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第7回「敵かあるいは」→亀の夫(権三)

死亡者:長狭常伴、亀の夫・権三

死因:三浦義村による襲撃

頼朝と亀の前が密会。

そこへ長狭常伴は頼朝を討ちに、権三は妻を奪還しに来て、三浦義村に殺されました。

明確な死亡状況は無いですが、おそらく生きてはいないでしょう。

亀にしても「夫も討ちとって!」とホイホイ促す、お笑い要素のある演出で、なんとも酷い死に様でした。

亀の前イメージイラスト
なぜ亀の前は政子に襲撃されたのか?後妻打ちを喰らった頼朝の浮気相手

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第8回「いざ、鎌倉」→通りすがりの武者

死亡者:通りすがりの坂東武者

死因:源義経による騙し討ち射殺

出てきたと思ったら、いきなり罪のない民を殺す義経。勝てば何でもアリという、汚い策略ありきの姿を見せつけました。

源義経
戦の天才だった源義経の生涯|自ら破滅の道を突き進み奥州の地に果てる

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第9回「決戦前夜」→江間次郎

死亡者:江間次郎

死因:善児による殺害

伊東祐親に、その娘である八重を殺せと命じられますが、八重の夫である次郎はできない。

すると善児が殺しにくる。次郎は八重を逃がし、そのまま殺されました。

哀れな死でした。

 

第10回「根拠なき自信」→大庭景親

死亡者:大庭景親

死因:斬首刑

泣いて命乞いする山内首藤経俊が助かる一方、堂々たる武士の姿を見せた大庭景親が斬首されてしまう。

景親は死ぬ間際、いずれ頼朝に味方したことを悔やむと不吉なことを言い残しました。そしてそんな景親の首を刎ねた上総広常は……。

近年のNHK大河ドラマでは珍しい生首も登場。大庭景親の晒し首がアップになりました。

大庭景親
大庭景親は相模一の大物武士|なぜ一度は撃破した頼朝に敗北したのか

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死亡者:佐竹義政

死因:上総広常による斬殺

義政にちょっと挑発されただけで、キレやすい坂東武者である広常が殺してしまいました。

謀略や粛清だらけの後になって振り返ると、まだ牧歌的な殺戮でしたね。

佐竹義政
佐竹義政はなぜ広常に謀殺された?義光流の佐竹が河内源氏の頼朝と対立

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第11回「許されざる嘘」→伊東祐親

死亡者:平清盛

死因:自然死

部屋の中がまるでサウナの如く熱くなる熱病だった……とか、何かと大仰に強調されがちな清盛の死。

本作はそこまでアツアツ演出でもありませんでした。

栄華を極めた平清盛の手腕|各地で蜂起する源氏の軍勢にはどう対処した?

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死亡者:義円

死因:【墨俣川の戦い】で討死

討死は史実通りながら、そこに至る過程が重要。

弟である義経が義円を騙し、無謀な源行家の挙兵に送り込み、死へ追いやったようなものです。

ちなみに父母を同じくする源義朝と常盤御前の子である阿野全成・義円・義経が、成人してから揃い踏みする大河ドラマは今作が唯一にして初となります。

義円
なぜ義経の同母兄・義円は「墨俣川の戦い」で呆気なく討死したのか

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死亡者:伊東祐親、伊東祐清

死因:善児による殺害

牢の外にいる八重と運命は別れたようで、生きる希望を取り戻し、頼朝に頭を下げてでも新たな道を歩もうとしていた祐親。

しかし、全成が「千鶴丸の殺害を示唆した人物を殺した方がよい」と頼朝に告げてしまいます。

結果、伊東家から梶原景時の配下になっていた善児が始末することに……。

なお、史実では伊東祐親は自害、祐清は史実ではこの後、生きています。

伊東祐親
伊豆の武士・伊東祐親が孫(頼朝の子)を殺害|平家と頼朝に挟まれた苦悩

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第12回「亀の前事件」

特に無し

 

第13回「幼なじみの絆」

特に無し

 

第14回「都の義仲」

12~14回放送にかけては、珍しく誰も死んでいません。

しかし、ここから登場した大江広元により、鎌倉が変貌してゆきます。

劇中では誰も死なないようで、義仲快進撃の結果、流血は起きていました。

兵乱に巻き込まれた京都人が恐れ慄いています。

 

第15回「足固めの儀式」→上総広常

死亡者:上総広常

死因:梶原景時による殺害

12~14回放送で比較的穏やかな内容が続き、15回放送で作中屈指の酷い殺人場面が出てきました。

頼朝に忠誠を誓い、心の底から逆らう気もなかった広常。

それが謀反を企んだとして、御家人たちに前で惨殺されたのです

上総広常
なぜ上総広常は殺されたのか 頼朝を支えた千葉の大物武士が不憫な最期

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止めるに止められず、凍りついている義時が印象的で、以降、義時の顔色も段々と悪くなっていきます。

梶原景時も御家人から反発されることに。

義時は八重との間に長男が生まれていました。

北条泰時
人格者として称えられた三代執権・北条泰時|父の義時とは何が違うのか

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赤ん坊は「ぶえい、ぶえい」と泣き叫びます。武衛とは、広常が頼朝を呼んでいた言葉。

 

第16回「伝説の幕開け」→木曽義仲

死亡者:木曽義仲、今井兼平、他

死因:源義経に敗死

義仲の使者を殺して挑発。卑劣な手段を連発し、ついに義仲軍を滅ぼしたのが義経でした。

名のある将のみならず、義仲軍も平家も、それに巻き込まれた民も、大勢死んでいます。屍山血河(しざんけつが)です。

義仲は顔面に矢が当たる瞬間が映像化されていて、迫力がありました。

額に矢が刺さった義仲は即死したか?
顔面に矢がぶっ刺さった木曽義仲は即死だった?史実と現代医学から考察

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第17回「助命と宿命」→源義高

死亡者:源義高

死因:斬首

義高殺害にまつわる悲劇をじっくり描きました。

許嫁助命のために幼い大姫が懐剣を喉に突きつける場面は、頼朝や政子だけでなく、視聴者も参ったことでしょう。

頼朝は、大姫の心まで殺してしまったのです……。

木曽義高
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死亡者:藤内光澄

死因:斬首刑

義高の首を笑顔で持ち帰った藤内光澄は、理不尽にも斬首されてしまいます。

死ぬ理由がわからず叫び続け、その理不尽さもこれまた辛い。

死を見届けた義時の目は真っ暗でした。

死亡者:一条忠頼

死因:暗殺

宴会に招かれたと思ったら死ぬ……そんな鎌倉の狂気を体現したのが武田信義の子・一条忠頼でしょう。

源義高に続き、河内源氏二人を一気に抹殺する頼朝は効率的といえばそうだけど、いやいや違うでしょ!

 

第18回「壇ノ浦で舞った男」→安徳天皇

死亡者:安徳天皇

死因:溺死

あまりに幼い天皇が入水。

日本史のミステリとして、天皇を水に落とす義経が英雄視されていることがあるのかもしれない。やりすぎだ。

義経が舞うと、天皇が入水。恐ろしい。

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死亡者:平宗盛はじめ平氏一門多数

死因:一族滅亡

本作の平宗盛は非常に真っ当な方。

その反動もあってか、源氏の異常性が際立つようになりました。平知盛の奮戦と入水はもうちょっと見たかったかな。

ちなみに平家は全滅したわけでも、全員が逃げ散ったわけでもありません。

実は出家した者も結構います。これも重要です。

平宗盛
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第19回「果たせぬ凱旋」

死亡者:源行家

死因:逃走、捕縛、斬首

義円や義経を死に追いやった死神。ここで死んでも誰もロスにならない、惜しまれぬ人物でした。

いい味は出してましたね。

源行家
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第20回「帰ってきた義経」

死亡者:藤原秀衡

死因:自然死

この死を引き金に、藤原氏そのものが滅亡へ向かってゆきます。

藤原秀衡
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死亡者:藤原頼衡

死因:善児による殺害

ハッキリとした死因・死亡状況が史料になければ、善児が殺して問題ナシ――そんなシステムが活きましたね。

死亡者:義経と静御前の間に生まれた男児

死因:殺害

源義経の子を身ごもった静御前。

生まれて来る子が女児ならば助命、男児ならば殺害とされていました。

結果は果たして男児。由比ヶ浜で殺されたそうです。

我が子を連れ去られ泣き叫ぶ静御前で、このあまりにも惨い死を表現しました。

死亡者:里(郷御前)、義経と里の娘

死因:義経による殺害

義経の妻はおとなしく夫に従って殺害される描き方が多いのですが、本作では夫を挑発し、刺し殺される描き方でした。

義経は感情のコントロールがままならないのでしょう。

死亡者:義経、弁慶

死因:敗死

義経の死というと、大河ドラマ『義経』で御堂が爆発した珍場面が、昭和の歴史ファンには御馴染みですね。

弁慶の立ち往生はあまりにも有名。

しかし本作ではこの主従の死を直接的には描きません。

最期まで楽しそうに笑いながら戦っている姿が、義経目線で描かれました。

意図的に湿っぽくしない、そんな三谷さんたちの思いゆえにこうなったそうです。

弁慶
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義経の首桶を抱えて号泣する頼朝の姿は印象的でした。

帰ってきた義経は、首だったのです。

 

第21回「仏の眼差し」

死亡者:奥州藤原一族

死因:一族滅亡

義経を討ち取ったついでに、難癖をつけるようにして【奥州合戦】へ。

奥州合戦
なぜ頼朝は奥州合戦を仕掛けたのか 真の狙いは義経ではなかった?

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この合戦を契機に鎌倉と朝廷のパワーバランスが変わります。

一族を滅ぼしつつ、これからの武士について考える頼朝の姿にえげつなさがありましたね。

死亡者:河田次郎

死因:斬首刑

いいか、これからは主人を差し出す武士は殺すぞ!

そんなデモンストレーションのために斬首に。

死亡者:八重

死因:溺死

川に取り残された鶴丸を救おうとし、八重は流されてしまいます。

我が子・千鶴丸と名前が似ている子を救えた八重は、ある意味救われたのかもしれません。

義時は全く救われませんが……。

北条泰時の母が八重というのは史実的にありなのか
北条泰時の母はいったい誰なのか|八重と義時の結婚は史実的にあり?

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第22回「義時の生きる道」

死亡者:後白河院

死因:自然死

誰もロスにならないとネットニュースになっていたその死。まぁ、穏やかでしたね。

「楽しまれよ」と、孫の後鳥羽天皇に言葉を残して逝きました。

後白河法皇
頼朝に「日本一の大天狗」と警戒された後白河法皇|老獪な政治家の生涯

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第23回「狩りと獲物」

死亡者:工藤祐経

死因:源頼朝の影武者になっていたところを、誤認されて斬首

本作ならではの首なし死体がチラッと映りましたね。

這いずり回ったところを誤認で死ぬというあまりに理不尽な結末。

頼朝は、亀の時といい、今回といい、スケベ根性で命拾いをしているのです。

天に選ばれるって、こういうことですか?

ここで頼朝殺害の誤報を受け取った範頼が不幸でした。

兄に代わって鎌倉を守ろうとした結果、鎌倉殿になり代わるつもりか?と疑われてしまう。

死亡者:曽我兄弟

死因:兄・十郎は襲撃の際に討ち取られ、弟・五郎は斬首刑

本当は頼朝を殺すつもりだったのに、誤認して工藤祐経を殺してしまった!

そのうえ頼朝暗殺ではなく、親の仇討ちにされて斬首。

あまりに酷い死に様でした。

日本人におなじみの曽我兄弟の仇討ちが、史料をふまえて悲惨なことに。鎌倉はおそろしいところです……。

曾我兄弟の仇討ち
曾我兄弟の仇討ち|工藤祐経が討たれ源範頼にも累が及んだ事件当日

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第24回「変わらぬ人」

死亡者:大姫

死因:病死

源義高のあと、スピリチュアルにのめり込んだりして、何かと情緒不安定だった大姫。

後鳥羽天皇入内工作の過程でさらに心理的打撃を受け、ついには自ら選んだように、花が枯れるように散りました。

死亡者:源範頼

死因:善児による殺害

大姫の死は誰かの呪詛ではないか?

やけになった頼朝がそう言い出し、大江広元が範頼のせいだと言い出す最悪の展開へ。

頼朝により修善寺に流されていたところ、善児が来て殺されてしまいました。

史実では自害とされています。

源範頼
源範頼が殺害されるまでの哀しい経緯「頼朝討たれる」の誤報が最悪の結末へ

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死亡者:トウの両親

死因:善児による殺害

範頼の殺害現場には夫妻と幼い娘がいました。

夫妻を軽々と殺した善児は、娘が鎌を構えた姿を見て、どういう気まぐれか、あるいは資質を見抜いたのか、その娘を弟子とするのでした。

 

第25回「天が望んだ男」

死亡者:あき

死因:自然死

稲毛重成の妻で、北条時政の娘。

その死を悼んだ橋の落成に向かう途中、頼朝が落馬します。

 

第26回「悲しむ前に」

死亡者:源頼朝

死因:落馬以来寝込み、病死

すべて頼朝のせいだ! お前のせいでどんだけ死んだんだ!

そう憎んでいたみなさんも、いざ亡くなると切ない気分になったかもしれません。

源頼朝
源頼朝はどんな生涯だった?武家の御曹司が伊豆に流され鎌倉政権を樹立

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悪いことをしたわりには、穏やかな死であったことは確かで。

そして、ここから先が、ある意味本番だ!

 

第27回「鎌倉殿と十三人」

『鎌倉殿の13人』がこの回で揃います。

そして全員揃っていた登場したのはこの回だけでした。

 

第28回「名刀の主」

死亡者:三幡

死因:病死

頼朝と政子の二女が死亡。

これにショックを受けた中原親能は出家し、京都へ向かいます。

中原親能
中原親能は大江広元の兄?朝廷官吏から頼朝の代官に転じた幕府の重鎮

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早くも13人が揃わなくなりました。

死亡者:梶原景時とその一族

死因:敗死

「アイツ感じ悪くね?」

と、御家人にさんざん嫌われていた梶原景時

ドラマでは、三浦義村が主導者として実衣(阿波局)をこっそり抱き込み、追放することに成功しました。

新たな鎌倉殿・源頼家が激怒した理由には、景時を後鳥羽院がスカウトしていたことが発覚したことがある。

その経緯は義時が景時から聞かされ、密告しました。この頃にはもう、義時もすっかり黒光りしています。

梶原一族が討たれる場面はありませんが、次回の冒頭は、彼らの首桶が届くところから始まります。

 

第29回「ままならぬ玉」

死亡者:三浦義澄

死因:自然死

三浦義澄
三浦義澄(義村の父)は頼朝の挙兵を支えた鎌倉幕府の重鎮

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死亡者:安達盛長

死因:自然死

まぁ、結構、歳だったしな……そう思いたくなりますが、この時点で13人がもう10人を切りました。

義時の親世代はかなりの高齢になってきていますので、自然死はカウントしなくてもよい気分に。

安達盛長
疑り深い頼朝に信用された忠臣・安達盛長|鎌倉幕府ではどんな役割?

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第30回「全成の確率」

死亡者:阿野全成

死因:斬首刑

全成の嫌疑はハッキリしておらず、本作では呪詛のせいで殺されたとしています。

呪詛を依頼したのは、北条時政とりく(牧の方)夫妻。

この極悪コンビは、このあたりから悪事を積み重ねてゆきますね。

「祈祷なんて当たらない」と妻にからかわれていた全成。

その最期には雷雨が降る圧巻の場面に、怯える鎌倉武士たちもいました。

野生の坂東武者・八田知家には通じないんですけどね。他の者たちが身をすくめる中、知家が冷静に手を下しています。

 

第31回「諦めの悪い男」

死亡者:頼全

死因:誅殺

全成と実衣の子。かったるそうに殺す源仲章が印象的でした。

源仲章イメージイラスト
源仲章は義時の代わりに殺された?実朝暗殺に巻き込まれた後鳥羽院の忠臣

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死亡者:比企能員

死因:謀殺

北条時政のもとへ余裕こいて無防備に赴き、「あいたぁー!」と絶叫したところを斬られる。

本作屈指の潔くない死で、インパクト十分でした。

殺す側の時政も上機嫌に、手段なんて選ばねえと開き直っていて、それはもう後味が最悪です。

比企能員
比企能員はなぜ丸腰で北条に討たれた?頼朝を支えてきた比企一族の惨劇

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死亡者:道、せつ、比企一族

死因:一族滅亡、せつはトウによる殺害

能員が死んだと思ったら、北条軍が即座に攻め込み、比企一族を次々に討ち取ってゆきます。

善児の弟子であるトウがせつも素早く刺殺し、継承を印象付けました。

比企尼と一幡はこのとき死んでおりません。

比企尼
頼朝を救い育てた乳母・比企尼|なぜ一族が悲惨な最期を迎えねばならんのか

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第32回「災いの種」

死亡者:仁田忠常

死因:自害

時政の依頼で能員を殺した忠常。

そんな彼は、今度は頼家から、時政を殺すよう命令されます。

板挟みになった忠常は、苦しみの果てに、北条邸までやってきて自刃したのでした。忠義を知ったための死です。

史実では殺害である死因を、うまくアレンジしてきました。

仁田忠常イメージイラスト
頼朝古参の御家人だった仁田忠常|笑うに笑えない勘違いで迎えた切ない最期

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死亡者:一幡

死因:溺死

泰時が逃していた一幡。義時は善児のもとにいることをつきとめ、手を下すよう命じます。

しかし愛着が湧いた善児は断り、トウが師匠の代わりを果たしました。

義時は善児に「千鶴丸とは何が違うのだ?」と冷たく迫っていましたね。

 

第33回「修善寺」

死亡者:源頼家

死因:善児による殺害

風呂場で惨殺されたとされる頼家を、舞台で善児が殺すようにアレンジ。

剃髪し、鬼気迫る様子で息絶える頼家の様はあまりに酷い。それを目にしてしまった泰時の心は……。

源頼家
風呂場で急所を斬られた源頼家|なぜ鎌倉幕府二代将軍は粛清されたのか

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このとき、善児も負傷してしまいます。

死亡者:善児

死因:弟子・トウによる殺害

善児は鈍っていました。情にかられ、一幡を殺せなくなっていたのです。

仕事ができなくなった仕事人の運命は?

兄・宗時を殺したのが善児だと知った義時。

しかし、その仇討ちを果たしたのは義時ではなく、トウでした。腹を刺されよろめく師匠を、父と母の仇だとしてとどめをさしたのです。

殺し、殺される因果がめぐった回でした。

 

第34回「理想の結婚」

死亡者:北条政範

死因:平賀朝雅による毒殺

死因については次回判明。

史料では不審な点が多い政範の死を歴史ミステリにしました。

朝雅が使った毒薬は、後鳥羽院が源仲章経由で渡したものです。

そのせいで畠山重忠と重保が死ぬだけでなく、【承久の乱】への布石が打たれてゆきます。

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第35回「苦い盃」

大量死前にひとやすみ。

 

第36回「武士の鑑」

死亡者:畠山重忠・重保

死因:討死

政範を殺したのは平賀朝雅なのに、どういうわけかその鬱憤晴らしは、真相を突き詰めた畠山重保と重忠に向かいました。

あまりに理不尽な理由で討たれる重忠親子。

凛々しく清らかであるほど、悲劇が際立ちます。

磨き抜かれた玉――そんな武士が死んでしまう。大勢の死者がいるこのドラマでも屈指の理不尽で衝撃的な死でした。

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死亡者:稲毛重成

死因:斬首刑

不満が爆発する御家人をおさめるために、重成を殺せばいい――そう義時が時政に提案し、わけのわからぬまま斬首されてしまう重成。

あまりに酷い死に様に対し、御家人はおさまるどころか、時政だけは許せないと猛ります。

師匠である頼朝を超えるか?

そんな義時の陰謀への挑戦が続きます。謀略バディの三浦義村もノリノリだ!

 

第37回「オンベレブンビンバ」

前回が重すぎたせいか、殺人はひとやすみ。

 

第38回「時を継ぐ者」

死亡者:平賀朝雅

死因:義時の命による殺害

時政とりく(牧の方)は、首と胴がくっついているだけでも幸運だと思いましょうか。この怒涛の死亡ラッシュをふりかえると、どうしたってそう思えてきます。

朝雅はそこまで運がいいわけでもなく……討ち果たされました。

実際は、囲碁の目を数えてから後鳥羽院に退出すると告げていて、もっとクールではありますが。

斎藤利三・明智光秀・明智秀満の肖像画と浮世絵
光秀が率いた明智家臣団|なぜ利三や秀満は最期まで光秀に付き従ったのか

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まとめ

いかがでしょうか。

やはり、ぼちぼち死んでいるという結論でよい気がします。

毎回ではなく、途切れなくインパクトのある死が続いている。

ただし、省かれた死も少なくありません。

中世当時は医療も、食糧供給も、経済も不安定であり、人の命が簡単に失われていた。

よりにもよって源平合戦は、気候変動により食糧不足の最中に行われていて、戦い方も過酷だったとされています。

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なぜ私たちは歴史劇を見るのか?

現代は、中世よりまだマシ……と確認するためかもしれません。

現代人は、ちょっとカッとなったくらいで相手を斬り捨てないし、邪魔な同僚に刺客を派遣したりもしないし、夫の不倫相手を居場所ごと焼き討ちにすることもありません。

そう思うと、私たちはまだ平和なんだな……と、そう噛み締めるためにも『鎌倉殿の13人』を見守るのは良いことかもしれませんね。

殺伐とした世界観だからこそ、私達は日頃の平穏無事な生活に感謝することができる。

ドラマでは、これからも最終回まで憂鬱な死が続きます。

覚悟を決めて見守ってゆきましょう。


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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-鎌倉殿の13人感想あらすじ

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