源頼家が遺した子・公暁(こうぎょう)が京都から戻って来ました。
鎌倉を案内するのは三浦義村。
御所で鎌倉殿(源実朝)と尼御台(北条政子)に挨拶すると伝え、さらには公暁が鎌倉殿にとって子にも等しい唯一の男子であり、後を継ぐのは他にはいないとおだてています。
他ならぬ公暁もその気です。
必ず鎌倉殿になる。そのために戻ってきたのだと決意を新たにすると、義村も後に続きます。
「必ず、その願い叶えて御覧にいれます」
恭しく公暁に返事をする義村ですが、果たしてその胸中は?
ともかく公暁は絵に描いたような麗しき美僧に見える。父である頼家にも似ている。
-

風呂場で急所を斬られた源頼家|なぜ鎌倉幕府二代将軍は粛清されたのか
続きを見る
僧侶は頭の形の美しさが大事ですが、その点、演じられる寛一郎さんは理想的。
袈裟にもご注目ください。
ドラマに登場したばかりの文覚は言うに及ばず、阿野全成や義円よりも美しく繊細なものとなっています。国家と仏教の興隆が明らかですね。
むろん地位の影響もあります。
二代目将軍・源頼家の息子である公暁ですから、彼は京都の寺院でもそれなりの好待遇を受けてきたのでしょう。
本人にもそんなエリート意識はあったはずですが、例によって長澤まさみさんの不穏なナレーションへ。
嫡男なき実朝。
後継者をめぐって思惑が入り乱れる。
もっとも鎌倉殿にふさわしいのは一体誰なのか――。
鎌倉殿の跡継ぎはほぼ決まっている。
すっかりその気になっている公暁や義村に対し、何一つ定まっていないことがナレーションで念押しされています。
公暁は源氏のいいとこ取りか
公暁が御所を訪れました。
出迎えた北条義時が、何年ぶりに戻ったのかと尋ねると、実に6年ぶりとのこと。立派な僧侶姿になっていて、鎌倉殿も喜ばれると如才なく言います。
すると、血筋も良く、智勇兼備だと義村も続く。
なんでも剣の腕前も確かなものだそうで、公暁本人は「悪僧だ」と笑い飛ばしています。
そして早く尼御台に会いたいと言い出すのですが……それにしても日本の仏僧は一体何なのか。
仏に仕える身で、なぜ武術を鍛えねばならんのか、と不思議に思いません?
他国の仏僧からしたら「違う違う」と突っ込まれることでしょう。
修行のため粗末であるはずの袈裟はキラキラだわ。妻帯もするわ。呪詛もやるわ。道教要素も混ざっているわ。
これではいかんと栄西たちが努力して、仏教も変わり始めるのが鎌倉時代です。
なんせ僧兵という強力な軍事力を有していて、武装解除が本格的に進められるのは戦国時代が終わった江戸時代以降となります。
そんな日本史の流れも彷彿とさせる秀逸な描写ですね。
-

源平時代に最盛期を迎えた「僧兵」なぜ仏に仕える者が武装するんだ?
続きを見る
では実際、公暁のスペックはどうなのか?
品定めを始める義時が、まず初めに頼家の面影を見出すと、すかさず義村が「頼家より賢い」とフォロー。
鼻筋の通ったところは頼朝に似ている。
しかも出家しているので女子で問題も起こさない。
まるで源氏のよいところどりだと義時も返しますが、義村の狙い通りでしょう。
このまま実朝に子ができず、側室も持たれないのであれば、次の鎌倉殿は若君こと公暁で決まりだ。
と、義村が意気揚々としていると、義時が神妙な面持ちで「話がある」と誘うのでした。
後継のことを知り反発する義村
公暁が祖母である北条政子に挨拶。
息子と孫の成長を見守ることが生き甲斐だと、彼女が語ると、自身が跡継ぎだと疑わない公暁が満面の笑みで答える。
「尼御台のおかげで心身ともに鍛えられました。いずれは亡き父の思いを継ぎ立派な鎌倉殿になる所存です」
言葉に詰まる政子。
同じように、別室では義村が義時の言葉に衝撃を受けていました。
後継は京都から迎える――それが実朝の意向だと聞かされたのです。
若君はどうなるのか?
露骨に不満げな義村ですが、源頼家は鎌倉を乱した者であり、公暁はその子でるから跡を継がせるべきではないという、実朝の考えを伝えます。
義村は「おかしいだろ!」と反発し、義時も「それでいいとは思っていない」と続きます。
こんな調子では、いずれ鎌倉は西から来た連中に乗っ取られる。
義村は盛大に反発しますが、これは彼の終始一貫した姿勢でもありますね。かつて義時が源頼朝の取扱をどうするかと相談した際、義村は首を取って差し出せばいいと言い切っていました。
表面上、源氏に従うけれども、心酔する気配はないし、そもそも好きでない。
義時にも心服していません。
彼は、義時の亡き兄・北条宗時と同じく、坂東武者の自治を重視する人物です。
器用な性格ですので、それをうまく隠し通してきましたが、そんな本音をぶちまけた瞬間でした。
-

時政の嫡男で義時の兄だった北条宗時|最期は祖父・伊東祐親の軍に囲まれ
続きを見る
二人が言い合っているところに政子も現れ、公暁に何も伝わっていないことを狼狽しています。
きちんと説明すべきだ。政子がそう訴えると、義時は「そもそも話す謂れはない」とふてぶてしく返しますが、政子も「公暁は還俗する気だ」としてことの重大さを懸念しています。
還俗まで覚悟を決めていると義村も同意。
それなのに実朝が京都から後継を呼ぶ気でいることが公暁の耳に入ったらどうなるか。
事は慎重に進めなければまずそうですが、すでに公暁は実朝と対面しているとのこと。
「実朝から聞かされることだけは避けたい」と政子が不安がっています。
鎌倉殿は賢いから軽々しく話すまいと義時はフォローするのですが……。
公暁「話が違う!」
義時の希望的観測は大外れ。
実朝は公暁に後継ぎのことを話していました。
京都から迎えた者を鎌倉殿にする。
実朝は大御所になる。
そして公暁は鶴岡八幡宮別当になる。
決まってもいないのにペラペラ話すべきではないと実衣が釘を刺す一方、話しておくことで周りに示しているのだと北条泰時が理解を示します。
心中穏やかではないでしょう。公暁は、動揺を抑えつつも、理解したとしか言えない。
「話が違う!」
実朝との面会を終えた公暁が、義村に憤っています。そして京都へ戻ると言い出す。
しかし、そうなっては三浦の権力を向上させる野望が叶わない義村は、公暁に予定通り千日参籠をさせ、その間に自分が説き伏せると強引に留めさせます。
むろん公暁は半信半疑ですが、「お任せください」と請け負うしかない義村。
そのころ実朝は後鳥羽院の返信を受け取っていました。
次の鎌倉殿が決まりそうだと無邪気に喜んでいる。
源仲章も、これほど素晴らしい知らせはないとホクホク顔。
さっそく皆を集めて実朝の口から伝えると言い出す。
こうした状況を受けて、義時、義村、実衣の三人が話し合い。
実衣は苛立ちながら、どこの馬の骨かわからない奴が来たらどうするのか!と不満をぶちまけています。
貧乏貴族の倅なら目も当てられないと嘆けば、義村も「帝の御子ならわかる」と憮然としている。
同じ懸念を抱く義時も、この話は困るから止める協力をして欲しいと実衣に伝えると、義村は、あらためて「公暁がその気になっている」と主張します。
実衣が阿野全成との間にできた息子の阿野時元を鎌倉殿に据えようとしている野心を見抜き、牽制しているのですね。
二人は競争心をみせ、互いに袖を叩き合っています。性格的に似た者同士なのでしょう。
そしてこの二人のやりとりから、日本ではまだ儒教思想が根付いていないとわかります。
叔父よりも子が上になる――そんな常識があれば、実朝だって公暁に譲っていたでしょうし、義村が実衣を黙らせることもできたはず。
2020年大河ドラマ『麒麟がくる』では、叔父と甥の継承がありました。
明智光安は兄の子である光秀が若いため、一時的に家を継ぐも、自分は中継ぎと理解していて自らを犠牲にしてでも光秀を生かした。
あれは明智一族が儒教由来の道徳心を身につけているという描き方にも思えます。
そういう教養と道徳心が当時の鎌倉にはまだまだ足りない。ゆえに罪悪感が生じようもない。
-

仁義なき鎌倉殿の13人~実録ヤクザ映画と中世大河がリンクするのは当然のこと?
続きを見る
困ったことだ。
で、それをどうにかしようと努力を重ねるのが北条泰時という人物です。
大江広元の心酔が重い
政子が大江広元に尋ねています。実朝の後継に京都の者を据える。本当にこれでよかったのか。
視力を失い目を閉じたままの広元は、答えます。
「これからも尼御台は思った通りの道を突き進むべきだ」
頼りにしていると言われ、広元はあの酔いしれた口調で告白します。
頼朝様に呼ばれて鎌倉にきた。その後、頼家様、実朝様に仕えたけれど、私が仕えた人はただ一人――尼御台だと。
政子が驚いていると、広元はもう目が見えないけれども、心の目ではあのお姿を見ていると陶酔しきって言います。
「重すぎます……」
「失礼しました」
突然の告白は政子の困惑で終わり、本題に入ります。広元としても、京都から鎌倉殿を迎えれば諍いはなくなり、よいと思うとのこと。
-

頼朝の参謀で鎌倉幕府の中枢だった大江広元|朝廷から下向した貴族の才覚
続きを見る
それにしても大江広元が、ちょっと気持ち悪いくらい酔っ払っていますね。
この冷酷な文士は、その狡猾さゆえの救いを見出そうとしていると思えました。
頼朝にせよ、頼家にせよ。広元はこの主君たちに忠誠を尽くしているとは言えません。
彼らの血を引く者を殺すことに賛同してしまっています。
となると自身をどう正統化するか?
-

鎌倉幕府の設立・運営に欠かせなかった広元や親能たち「文士はどこへ消えた?」
続きを見る
鎌倉の社稷(しゃしょく)、要するに人間でなく国家基盤に仕えたという誤魔化し方はできます。
それが表向きだとすれば、政子だけに伝えたのが本音ですね。
彼女という存在こそ主人だから、裏切ってはいませんよ。私は忠臣ですよ。そういう自己正統化と愛を絡めてうっとりしているわけですね。
まあ、本人が幸せそうだからよいと思えますが、凄いことになってますね。
忠臣でありながら、親鳥に抱かれる雛鳥になっているような。しかもその親鳥は鳳凰であるかのような。
そんな政子に甘えたい気持ちもあるようで、すごい場面。
栗原英雄さんの極致をみた気がします。
血の中にある熱さを、全部政子に注いでいるよう。そりゃ重いわ。困るわ。
十三人の合議制
腰痛を患っているという三善康信が、脇で支えられ、御所までやってきます。
周囲に気遣われると、大事なことだから寝ていられないとのこと。
-

頼朝挙兵のキッカケとなった三善康信|鎌倉幕府を支えた良識派文官の生涯
続きを見る
実朝が全員揃ったかと確認しています。
その様子が、頼家が鎌倉殿となったときと似通っていました。十三人の宿老たちが並んだことが思い出として語られます。
北条時房が、今は十二人、一人足りないと余計なツッコミをしていると……政子が始めると宣言をし、場に緊張感が走る。
それにしても、ここで「十三人の合議制」を持ち出すとは、まるで呪いのような制度でしたね。
ようやくタイトルを回収したと思ったら、次から次へと死んでしまい、すぐにガタガタと崩れてしまった。
十三人をモチーフにした土産菓子なんて、見ちゃいられませんでしたよ。いくらなんでも不吉過ぎますってば。
そしてもうひとつ重要なことが。
当初の十三人に政子は入っておらず、今回は人選に関わったという見方もできる。表立って見えないようで、実はしっかり彼女の力が及んでいる。そんな女性の権力も重要でしょう。
そんな緊張した場面はさらに緊張の度合いを増します。公暁が入ってきたのです。
先代に似ている……康信がそう驚いていると、公暁も評議の場に加わりたいとか。
千日参籠は百日で出たので最初からやり直すとのことで、勝手に八幡宮を出たことを指摘されると、自分は別当だ、何が悪いとムスッとしながら開き直っています。
かくして実朝が「京都から鎌倉殿を迎える」と発表し始めると、言葉を遮るように義時が反対します。
「大事なことは宿老たちと話し合って決めるべきだ」
「しかし、先代からそれで揉めている」
静かな声でバチバチとやりあっていると、横から公暁が苛立ったように口を挟んできます。
「なぜ先代なのか? 頼家様と言わぬのか?」
瞬間、冷たい空気が場に流れます。
「鎌倉殿ならうちの息子もいる」と実衣までカットインしてくると、その息子である時元が「悔しい」と放つ。
親王様が鎌倉殿になる
北条勢の主張は、実朝によって一刀両断されます。
上皇様から返事が届き、親王様のうち誰かが次の鎌倉殿になる――。
御台所とも血が繋がっていて、千世の姉の子にあたるとのこと。
こうなると反対する御家人はいないと義時も義村も実衣も認めざるを得ません。
後は一日も早く上皇様と話をつけること。
実朝自身が上洛して直接面会するとなると手間も日数もかかる。そこで政子が行くと言い出しました。熊野詣のついでだといえばよいという提案に、大江広元も賛同します。
実際は、京都から卿二位の藤原兼子が出てくるとも予測。
女性同士の話し合いもありということで、北条政子が京都へ出向くこととなりました。
源仲章がお供をしたいと言いますと、政子は即却下。母に任せるようにと言い切ります。
ここでの政子は日本中世史を考える上でも重要な視点を提示しているように思えます。
彼女は、夫の頼朝から「女子のくせに政治には口を出すな」と言われて、従ってきました。その教えを活用しているともいえます。
女子なので半人前ということをうまく使い、かえって軽く動く。
「男は体裁を気にするけれど、女は身軽なので」というのは定番の言い訳です。
戦国時代ですと、出羽の戦国大名・最上義光の妹で、伊達政宗の母である義姫がこの言い訳をよく使います。
書状には「男である彼はプライドが邪魔して言えないけど、私は女なのでズバリ言います」といったことが書かれているのです。
-

義姫の生涯|伊達政宗の母で義光の妹 最上家の危機を救った抜群の交渉術とは
続きを見る
実際の交渉は女性が行い、権限や名義は男性のものと用いることもあります。
中世の女性は政治を動かしていたと学べる今年の大河は、やはり秀逸ですね。
政子が干し蛸を差し出せば
三浦義村と三浦胤義の兄弟が廊下にいます。
兄の義村が、これでは若君は鎌倉殿になれないと悔しがると、弟の胤義は上皇様の子なら諦めるとあっさりいいます。
しかし義村はそうはならない。
三浦が這い上がる最後の好機だからなんとかせねばならないと焦っています。
-

「バカと話しても無駄」と突き放された三浦胤義|なぜ鎌倉を裏切った?
続きを見る
政子は京都にいます。
一人では心細いらしく、弟の北条時房も連れていました。
その時房は「都の人々は坂東を下に見ている、気が重い」とぶつくさ。政子は「都で馬鹿にされないために蹴鞠を練習してきたではないか」と返します。
政子と対峙する予定の藤原兼子は、慈円に声をかけられています。
征夷大将軍の妻とはいえ伊豆の田舎娘。侮られてはならない。
そんな慈円の言葉に対し、鼻をへし折ってやると兼子。
へし折った上でうまくあしらうようにと慈円が助言する。
-

摂関家出身の高僧・慈円|武者の世を嘆きながら後鳥羽院に重宝された理由
続きを見る
一方で政子も大江広元から対策を聞いていました。
兼子にとっても頼仁親王を鎌倉殿にすることは願ってもないことのはず。そこを指摘しつつ、談判をうまく運ぶようにと。
いよいよ女性政治家二人の対面――。
兼子がしずしずと政子の前に来ると、政子は恭しく実朝に後継のことで骨折っていただいたことに感謝します。
そしてつまらないものだと言いつつ、差し出したのが干し蛸。
お口汚しだと謙遜して言うと、兼子は「坂東では口が汚れるものを差し出すのか」とジャブにしては強烈な一撃を繰り出してきました。
しかし政子もある程度は想定したようで、全く動じた気配もないまま、たまには口を汚すのもよいという。日々の食事がいかにおいしいか、改めて思い出すことができると。
頼仁親王が天皇になれないならば
政子と兼子――何気ない贈り物のやりとりですが、実は非常に高度な意味合いを含んでいるかもしれません。
もしも前回、唐船の渡海が成功し、日宋貿易が実現していたら?
京都に、鎌倉を経由した宋渡来の品を献上できたでしょう。
それができないから、干し蛸というなんともつまらないものになった。兼子も容赦なくそこを突いてくるわけですが、政子は負けていない。相手が贅沢な暮らしをしていると揶揄しています。
彼女の言い分だと、鎌倉の方が「民の暮らしを考えている」と解釈できなくもない。
この点は歴史的にも重要なはず。
それというのも、天皇と上皇を流罪にするという逆臣そのもののことをしながら、執権としての北条は仁政を心掛けていたことが評価されます。
「撫民」(民を思いやる)は北条が掲げたひとつの到達点。
北条政子が藤原兼子に返すことで、後に北条政治が到達するものも見えてくる。
思い起こせば頼朝は、上洛時にもっと立派な贈収賄をしていたものです。
頼朝の方が財力をかけることはできるけれども、贈収賄は道徳心がない。源氏に欠けたものを北条は補い、それを政治信条にしていくのではないかとも思える。
ゆえに高度な会話ではないでしょうか。
兼子も相手をみくびれないと思ったか。
政子が遠い坂東からきたことを労うと、地の果ての鎌倉からきたといなす政子。
かくして女性政治家二人は本題に入ります。
-

藤原兼子は後鳥羽上皇の乳母から出世して政子と対談|鎌倉と京都を動かす
続きを見る
親王が鎌倉へ来ることに政子が感謝をすると、兼子は揺さぶりをかけたいのか、その件については悩んでいると言い始めます。
確かに上皇様と鎌倉殿は和歌を通じて昵懇(じっこん)の仲だけど、物騒な鎌倉は何かと不安。
そこに大事な親王様を送り出すのはためらわれる。
ようやく鎌倉は落ち着いたと政子が返しても、言葉尻を取るかのように「ようやく」だと兼子も返す。
彼女にとって親王は、手塩にかけた我が子も同然であり、そんな親王が鎌倉に行くのは心配だと言うのです。
硬直しそうな話し合い。
打開を期する政子は、頼仁親王の兄である帝の后が懐妊したことを持ち出します。
つまり頼仁親王は次の天皇になれない。ならば代わりに鎌倉殿になることは悪くないと持ち出します。
さらに政子は付け加える。
頼仁親王が鎌倉殿になれば、兼子のことを鎌倉を上げて大事な方であると思うと。
「あら」と心を動かされる兼子。
この聡明な女性も、権力には甘かった。
トキューサの蹴鞠技がキッカケかい
北条政子と藤原兼子という二人の女性政治家で行われている話し合い。
後鳥羽院はその行方が気になると同時に、「自分と会いたくない」という政子には、いささかご機嫌斜めの様子です。
慈円が「自分如きは釣り合わないと言っていた」とフォローするかのように伝えると、そういう卑屈さが腹が立つと苛立っています。
しかし、ここで面白い情報が。
鎌倉一の蹴鞠名手である北条時房が来ていると聞かされ、後鳥羽院は興味津々になっています。
どうやらこのお方、蹴鞠でも一番にならないと気に入らないようでして。
時房がぼんやりと佇んでいると、そこへ突然、蹴鞠の球が投げられてきました。
「ああ、すまぬがこちらに蹴ってくれぬか」
普通の貴族を装った後鳥羽院がそう言いながら時房に近づき、その腕前を確認しています。
球をつま先で回転させたり、つま先とスネで挟んだり、あるいはまたいだり……蹴鞠の場面をじっくり見る機会はなかなかないので、これは非常に面白いですね。
現代ですとサッカーのリフティング、それを進化させた「フリースタイルフットボール」にかなり近いんではないでしょうか(むろん現代のほうが技ははるかに進歩していますが……)。
想像以上に後鳥羽院が上手だったからか。
時房はニコニコと、形ばかりを気にする都の人にしては大したものだと満足げで、そう言われた後鳥羽院も東夷にしては筋がよいと返します。
そして後鳥羽院を親しげにバシッと小突く時房。あーっ、いけません!
ドヤドヤと警備が駆けつけ、たちまち時房は取り押さえられます。
「あんたいったい……」
「上皇様であらせられる!」
「ご無礼をお許しください!」
「トキューサと申したな」
「トキューサでございます!」
「いずれまた勝負しようぞ、トキューサ」
よかったな、時房。平知康のすすめで、佐原義連由来の「時連」を捨ててまで改名して。トキューサとして親しまれてよいではないですか。
しかも、これでスッキリしたのか。後鳥羽院は親王を鎌倉に送る話を早く決めてやれと、慈円に促しています。
トキューサで笑ってごまかされそうだけれども、後鳥羽院が敗北する理由がわかりました。
このトキューサが泰時ともども都に乗り込むと思うと皮肉なんですよね。
何が駄目か?
・感情由来で物事を決める
→後鳥羽院が上機嫌になったのは、自分の権力にトキューサが平伏したということにスッキリしたからに思えます。戦というのはそんな感情ではなく、利害を考えて起こさなければ危険。
・ワンマンでやる
→そういう感情的な人物を止める人が周囲にいればいい。しかし、なまじ才知溢れる後鳥羽院は自分一人で決めてしまう。蹴鞠ですら一番出ないと気が済まないという感情由来で戦おうとしても、誰も止めない。
・「東夷(あずまえびす)」
→ハッキリと言ってしまいましたね、「夷」と。
このドラマは北条宗時が序盤に「坂東武者の世を作る」宣言をして以来、個人的にはずっと脳内に「華夷」という言葉がよぎってなりません。
高橋昌明先生のご著書『都鄙大乱 「源平合戦」の真実』(→amazon)のカバーと中身も同時に思い浮かびます。
「都鄙」も、「華夷」と似た言葉です。
「華」とは朝廷で、「夷」は坂東。この本来は華が勝る秩序をひっくり返す。そんな運命が流れていて、義時という人間はただその巨大な運命に引き摺られているだけに思える。
日本だけのことでもなく、中国大陸でも同じで、南宋が滅び、元が成立して華夷秩序が逆転します。
そうして逆転した「夷」同士、元と鎌倉幕府がぶつかり合う。そういう流れが興味深い。
後鳥羽院が時房を「東夷」と呼んだことで、そんな流れがますます加速したように思えました。
東大寺の大仏様似
兼子はすっかりご機嫌になっていまして、世の中では政子のことを悪く言うものもいると語りかけます。
稀代の悪女とか。きっと鬼のような顔だろうとか。
しかし兼子は、政子には政子ならではの考えがあったと理解を示します。
「どこが鬼ですか。むしろ東大寺の大仏様に似ておられるわ」
そう褒められ、政子は「ありがとうございます」と返しています。
現代人は、仏像に似ていると言われても嬉しくないかもしれませんが、昔は仏像に権力者の顔が反映されたと言います。
武則天は龍門石窟の盧舎那仏を、自分の顔に似せたそうですよ。
兼子はすっかりご機嫌で、酒は飲めるのかと政子に語りかけます。ほんの嗜むほどだと返されると、お近づきの印に一杯誘います。
「ぜひ……」
「持って参れ」
かくして大河では珍しい女性同士の飲酒が始まるようです。飲む場面までは入りませんが。
それにしても、この女優二人の素晴らしさよ。
シルビア・グラブさんは外見や所作も素晴らしいのですが、なんといっても声が絶品ですね。絹の上で玉をコロコロと転がすような、そんな美しさがあります。
そして小池栄子さんが北条政子というのはわかった気がする。
頭巾姿が似合いますし、仏像に似ていると言われたら納得できる。
時代を超えた普遍的な美貌で、ただ美しいのではなく、豊かさをもたらすように思えます。古今東西女神像にありそうなお顔立ちなんですよね。
そりゃ大江広元も酔いしれますよ。風格が違う。
私が執権になるよ、ははははははは!
かくして実朝の将軍後継者には頼仁親王が決まりました。
御台所に知らせねばと張り切る実朝。
源仲章は実朝が左大将に任じられたことを祝っています。右大将の頼朝をも超え、しかも尼御台は従三位になった。
上皇様がいかに鎌倉殿を大事にされているかの証だと仲章は言います。
実朝はこうなったら太郎泰時にも官位が欲しいと言い出します。
菅原道真と同じ讃岐守はどうか?
仲章がそう提案すると、泰時は畏れ多いと答え、義時も国司は早いと牽制しています。
それでもなって欲しいと実朝。上皇様ならば聞いてくれる、自分が頼めば必ずだと仲章は意気揚々です。
はぁ……なんだこの実朝は。もしも和田義盛の亡霊がいたら「ウリン、それはねえぜ!」とでも地団駄を踏みそうな流れだ。
実績でなくて上皇との距離感で官位やら国司がもらえるというのは、明らかにおかしいでしょうよ。危ういですってば。
なおも仲章はいやらしく、北条はめでたいこと尽くしだと義時に迫ります。
しかも頼仁親王が鎌倉殿になったら、関白として政治を進めるとか言い出す。いや、そないに思ったことをペラペラ喋らんでもなぁ。
さすがに苛ついたのか、義時が「決まっているような言い方だ」と答えると、「朝廷と鎌倉を結ぶ役に私より適任がいるか」と仲章は完全に調子に乗っています。
執権殿は伊豆に帰ればいいとまで言い出した。
すっかり暗い顔になった義時は、沈んだ声で、それがかねてより望んでいたことだと返します。
「そうなったら私が執権になろうかなぁ、ははははははは!」
むかつく笑いを繰り返す源仲章。
-

源仲章は義時の代わりに殺された?実朝暗殺に巻き込まれた後鳥羽院の忠臣
続きを見る
なんて清々しい嫌味顔なんでしょう。開き直った下劣な笑顔で、演じる生田斗真さんが楽しそうでなによりです。
若い頃からイケメンと言われ尽くしで、もう飽きましたもんね。こんなトリカブトの妖精みたいな役をできて素晴らしいことじゃないですか。
義時が目指してたものとは?
さて、北条泰時は自宅でぼやきタイムです。
弟の北条朝時から讃岐守はすごいと言われ、妻の初からまさか断らないだろうと念押しされますが、表情は浮かない。朝時は断ったら俺がなるってよ。今週もダメな弟だな。
と、そこへ闇の物体そのもののような義時がやってきます。
初が、また夫が何かやらかしたのかと心配していると、朝時が「ちぐさ」という女と揉めたことを詫び出している。いや、だから、お前は本当にダメな奴か。
-

義時の二男・北条朝時は史実でもダメ人間?ラブレター事件を振り返る
続きを見る
冷たい表情のままの義時。
太郎と話があるから外せとあっさり言い切ります。
そして単刀直入に、讃岐守を断るように迫ると、泰時は「わけ」、理由を知りたがります。
義時は、自分がよく思われてないと知った上で、泰時のことは認めていると言い、だからこそと説明します。
泰時は讃岐守は辞退しようと思っていると言います。
「気が合いましたね」
「帰る」
話が通じたことを理解したらアッサリと帰り支度を始める義時。親王将軍を受け入れるのは人質になると真意を明かします。
そんな父を引き留め、泰時は「なろうとしてなれなかったものは何か」と尋ねます。
-

人格者として称えられた三代執権・北条泰時|父の義時とは何が違うのか
続きを見る
義時は無言のままでしたが、答えはおおよそ浮かんできます。
義時は「守成の英雄」になりたかったはず。
創業の英雄は、乱世の奸雄として悪事に手を染めねばならず、義時は自分がそうではないと思いたかった。頼朝の悪辣さに憤る側の人間だと思いたかった。
しかし、思った以上に乱世が長い。
清廉潔白であれば畠山重忠のように滅びてしまう。生き延びるために汚く染まってしまった自分が悲しくなる。
でも泰時はそうではない生き方ができる。よりよい世を作れるはずだ。
そう信じているのでしょう。
京のイケメン貴族にのえウルウル
実衣が、桜の花見からうきうきした顔で御所に戻っています。
姉がいないだけでこんなに伸び伸びできるなんて!
そう言い、のえに話しかける。
実衣は夫・阿野全成の言葉を忘れたのかもしれない。権力に酔いしれ、あわよくば時元を次の鎌倉殿にしようと企み、迷走しているように思えます。
そしてこれまた危険なのえ。
ため息をついていると、向こうから仲章が歩いてきます。
「執権殿の奥方でいらっしゃいますね」
「そうですけど」
なんだ、この人妻のよろめきじみたけしからん展開は。
二人は桜を見ています。何がけしからんって、のえはこんなロマンチックな時間を義時とは一切過ごしたように思えないところですよ。
彼女は「永福寺が素敵だった」とか語り始める。
仲章は「嵐山の桜も見頃かもしれない」などと言い出す。
向こうにずっといたのか?と、ときめくのえ。仲章はここだけの話と言いつつ、未だに坂東の水が合わないと打ち明けると、私もそうだとのえ。
彼女は遠江(静岡県西部)の生まれだけど、東国の水がなじまないと気取っています。前世はきっと帝に仕えていたってよ。
そんな彼女に仲章が「佇まいが雅だ」と褒めると、「よく言われる」とニヤけ顔ののえは、京の話を続けたがります。
いつでもつきあうと言い残し、去っていく仲章……って、一体なんなんだよ、きみたち本当になんなんだよ!
三谷さんは腕を上げられたと思うところがあって、それはいやらしい会話術の気がします。ここの二人の会話は実にいやらしい。
のえの浅はかな見栄っ張りぶりよ。本物の京都育ちである千世にはないワナビー感が痛々しい。
そういう背伸びした女を転がすなんて、仲輝からすれば簡単コロリ。実質的に不貞としか言いようがない目線をビシビシと送っていて、これはあんまりだと唸ってしまいましたね。
こういう色気のある作風だとは思っていなかったので、ただただ驚いています。古典春本の口説き場面じみた粘りがありますよね。
まったく、けしからんドラマだ。
-

なぜ義時の妻・伊賀の方は「伊賀氏の変」を起こした?政子が幕府を守る
続きを見る
そして仲章は、平賀朝雅に毒薬を渡した前科があるわけでして。
仲章経由でのえが毒を手に入れられるのではないか?という期待すら抱いてしまいます。
まぁ、そんな期待をされる北条義時も、一体どういう主人公なのかと思いますけれども……。
仲章との会話で、かえって義時には伊豆に戻って穏やかに過ごす時政ルートはないと示されたようなものでしょう。
どんな酷い最期になるのか、本当に期待です。
義村の告白に揺れる公暁
公暁は読経に励んでいます。
そこで息子の駒王丸を連れてやってきたのが三浦義村。
千日の間は誰ともあってはならいのではなかったのか?と尋ねると、公暁は性懲りもなく「また明日はじめからやり直す」とのことです。
そんなことよりも公暁が気になるのは頼仁親王の件であり、進んでいるのかどうか問いかけると、義村はお耳が早いと感心していますが……。
外界から遮断されることも意義である、そんな千日参篭の意味がないのでは? もっと真面目に仏事をして欲しいところです。
「私が鎌倉殿になる芽は摘まれた。そういうことか、そういうことか?」
「無念にございます」
なぜ自分は鎌倉に戻らねばならなかったのか。
公暁が悔しそうにその意味を問うと、義村は、意味深なことを語り始めます。
「鎌倉殿になれば必ず災いがふりかかるから、これでよかった」
「どういうことか?」
煮え切らない義村に対しイライラを隠せないつ公暁。母上から何も聞いていないのか?と義村がわざとらしく驚く。
公暁は父が無念の病死だと母から聞かされていました。
しかし、それは真実にあらず。つつじ殿が平穏に暮らしたいからこそついた嘘であり、その思いには逆らえないと渋ります。
義時は長年の友だからこれ以上は言えないとまで引っ張る。
散々ジラされ、いよいよ我慢できなくなったのでしょう。
公暁が強く迫ると、義村は頼家が北条の手によって殺害されたと内情をバラします。
それで公暁の記憶がつながった――。
幼いころ、見知らぬ老婆が言った。北条を許すな、北条を許すな。その老婆は比企尼です。
-

頼朝を救い育てた乳母・比企尼|なぜ一族が悲惨な最期を迎えねばならんのか
続きを見る
義村はさらに畳み掛けます。北条は貴方の家族を殺した。わずか6歳の兄上も殺された。北条を許してはならない。北条の助けで鎌倉殿となった実朝もまた、真の鎌倉殿にあらず。
そう吹き込むと「許せぬ!」と怒り心頭の公暁。
さて、この場面からして、今後の惨劇の黒幕を三浦義村とみなすことはできるのか?
難しいところです。
これは『麒麟がくる』の正親町天皇と光秀の関係もそうでしたが、動機を煽っただけで黒幕とみなすことには少々無理があります。
あくまで決めるのは公暁の意志。
比企尼にせよ、義村にせよ、煽っただけとも言える。
義村は黒幕になりきるとか。積極的に何かやり遂げるとか。そういう確信はなく、ただ状況を見出すために策をばら撒いている感があります。むろん悪どいことには変わりませんが。
義村にせよ。実衣にせよ。藤原兼子にせよ。
自分が権力を得るチャンスに鼻をひくつかせている――そういう軽薄さがあるといえばそう。一直線に目標に向かう公暁とは違う軽さがあって、実にいやらしい。
「じゅさんみッ♪」
建保6年(1218年) 4月29日、政子が鎌倉に戻りました。
出迎えた実朝に「従三位!」とはしゃいでいます。
実朝の頬をぺちぺちと叩き笑うところは、頼朝が征夷大将軍になったと政子と喜びあった場面と似ていますね。
そして、部屋に戻るやゴロリと寝転がり「はあー」と一息つく。気取らない、そんな姿勢が魅力的です。
しかし仲章が「まずはおめでとうございます」というと一気に胡散臭くなる。
一日も早く親王様に譲り、父上も見ることがなかった景色を見るべきだとか言い出しましたよ。
しかし、その前にやるべきこともあります。
左大将拝賀式、その後に直衣始(のうしはじめ)が盛大に執り行われる。
鶴岡八幡宮の絵図面には「大銀杏」との表記が……。
7月8日、左大将となった実朝が初めて直衣を着て参拝する直衣始が行われます。
半年後に同じ場所で繰り広げられる惨劇を、誰も知らないと語られ今回は終わります。
そこには様子を伺う公暁の姿が……。
MVP:北条政子と藤原兼子
以前から楽しみにしていた、二人の女性政治家の談判。
日本中世において女性がどう権力を持ち、行使できたか。そこを語る上で大事な場面に思えました。
男性同士である後鳥羽院と時房の場面とも対照的に思えます。
むしろ感情的で気まぐれ、思いつきで進めるのは後鳥羽院の方に見えます。
そして兼子が政子に酒を飲もうと誘う。
些細なようでこれもすごく重要に思えました。
女性の飲酒というのは、儒教文化圏ではタブーです。韓流ドラマや小説だと、女性が酒を飲むことがいかに大変であるかがじっくりと描かれることがあります。
これは日本でもそうで、女性が堂々と酒を飲めるようになるまでいろいろ乗り越えるべき壁がありました。
男性相手にお酌をしつつ。男性と差しつ差されつつ。
そういう局面ではなく、女性同士が親睦を深めるために飲酒する。
大河で描くのは画期的に思えます。飲むところまでは入りませんでしたが、果敢な挑戦が見られました。
総評
奇妙な仕上がりになってきています。
義時は主人公なのにセリフと動きが少ない。最終章突入後その傾向はありましたが、今回は特にそうでした。
一方で、北条氏の政治を示す要素も増えてきました。
干し蛸を貶された政子は、かつてだったら引っ込めていたかもしれない。
それが民衆の暮らしを考えるべきではないかと提示するようなもっていき方で反論。
こういう言い方は、「あなたとちがって私たちは民衆の生活を見ている」という確信なしではそうそう言えないことでしょう。
義時は泰時の前で、自分にはなりたかったがなれなかったものがあると示す。その上で泰時ならばできると託すかのようだった。
彼らの理想像を探り、泰時が成し遂げたことをみていくと、北条氏の政治が見えてきます。
一方で、後鳥羽院から「東夷」と呼ばれたのが時房であり、ここで坂東武者の属性が再度確認される。
坂東武者の政とは?
「撫民」であり、それを成し遂げるのであれば華も夷も関係ない。そんな政治思想を持ち込む北条には義があると。
このドラマの北条義時は確かに悪どくて、のえに一服毒を盛られて苦しみ抜くのが相応にも思えます。
しかし、そんな悪党というだけでも仕方ない。
ゆえに、北条氏の歴史における役割や、政の意義をきちんと見せるようにまとめてきている気がします。
最終章はみどころが実に多いと感じるのです。
あわせて読みたい関連記事
-

藤原兼子は後鳥羽上皇の乳母から出世して政子と対談|鎌倉と京都を動かす
続きを見る
-

殺伐とした武家社会を乗り切った北条義時|どうやって鎌倉幕府を支えたか
続きを見る
【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト


















