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【麒麟がくる第12回】
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ギスギスした謀略が当然のような戦国の世。殺伐としている。叱責してもよい。絶望を伝えてもよい。
それなのに、信秀は優しい嘘を与えました。信長にとって一番必要なことかもしれない。
純粋だからこそ、自分のしていることが正しいのかどうかわからない。そんな信長にとって、父の肯定があれば大きな励みとなったことでしょう。
美濃の斎藤利政と高政がこじれていく一方で、この尾張の父子は素晴らしい贈り物をしました。
ぶっとんでいなくて、むしろ優れているようで普通。そんな戦国大名が、謀略ではなく優しい嘘をつく。
戦国大名の素晴らしさを、こんなふうに表現することができるのか! 圧倒されました。
そんな脚本を演じ切った高橋克典さんはお見事でした(※編集部注:信秀が実際に帰蝶へそう語る場面がなかったため、帰蝶が咄嗟に信長へ話を盛ったという見方もあるようですが、そのまま受け取って進めております)。
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総評
視聴率がブレるためか、評価までブレていた本作。
「ジジババ好みの古臭い大河かと思っていて、すっとろい感じがあって、アバンギャルドな作品になれた、そんな通の私でも納得できる……おもしろい!」
みたいな論調が、定着してきたようですが。
本作は初回から盤石でしょう。思考回路が最新の知見準拠でみっちりしているから、斬新かつ手堅いと思っていました。
テーマ(この場合は戦術でも可)は王道。けれどもセオリー(理論、この場合は戦略でも可)は大胆。セオリー更新をNHKは2010年代半ばにしたのでしょう。
こんな大変なご時世の中、本作の制作にも様々な影響がありそうです。
ドラマを作っている場合か?
ドラマの感想を書いている場合か?
そういう気持ちは常にありますが、本作はじっくり鑑賞すればするほど、危機管理への対処があがるようなところはあると思えてきました。
それというのも、何度か指摘していますが、本作は登場人物の思考回路が明瞭でしっかりしている。
そこを意識して、このレビューを読むことでそのことがわかり、かつ危機への対処力を若干であれどあげるようなことを指摘していきたいとは思います。
馬鹿馬鹿しいと思えばご自由になされば結構です。ただのほっこりきゅんきゅんネタだけではないことを、考えてゆきたい。
じゃあ、まずは今週の感想前にこのことでも。
信長は【サイコバス】か?
本作の信長について探っていくと、三分後には出くわす【サイコパス】というもの。
気になって、専門書を調べてしまった。
日本史の本以外を調べることは苦痛ではないのですけれども、今後【信長=サイコパス】と言われたら、分厚い本を持って反撃したいところです。
本作主演の長谷川博己さんが演じたキャラクターで【サイコパス】の概念にあてはまる人物なら、思い出せますけどね。
2018年朝ドラヒロイン夫だ。理由は各自お調べください。彼のモデルは、史実において被害者のいる事件を起こし、複数回収監されております。ついでに付け加えますと、ヒロインのモデルとの婚姻関係も法律上不成立です。
それはさておき【サイコパス】だ!
この作品の信長の場合、高い攻撃性、無謀さ、ルール違反、他人の生命や権利を軽視する傾向はあります。
ただし【サイコパス】が持つという以下のような要素はない。
・口が達者で魅力的な自己PRができる
むしろ鉄砲トークをして、光秀を困惑させていた。本作の信長を演じる上での要素を、染谷さんは完璧にこなしているとは思います。
大胆不敵か、臆病か。自信満々か、不安げか。常に極端で、中間値を取れないのです。
変な顔をする、イライラして何かを叩いてしまう、一気にガーッとしゃべる、同じ単語を繰り返す。そういうピュアなゆえの情緒不安定さを彼は出してしまうのです。
・自己愛が強烈だ
むしろ愛を求めているようですが。
・表面的には魅力的だ
両親、平手政秀すら呆れておりますね。
こうしたサイコパス気質を持つ人物を探してみますと、むしろ土岐頼芸が該当するのではないかと思います。
マムシの道三に国を追われ 信玄に拾われた土岐頼芸~美濃の戦国大名83年の生涯
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彼は臆病なようで、斎藤利政を殺したい欲求は持っているわけでして。無害な人物ではありません。
信長は残酷です。
それでも、松平広忠は自分の手で討ち果たす。人任せにはしない。それだけでも公平だとも思える。これは蝮もそう。
人間は【皆やっているから】という意識でろくでもないことをします。
SNSに投稿された少女の絵に、こんなキャプションがついている。
「“いいね!”ごとにスカートが1ミリ短くなります」
これに面白がって“いいね!”をつける。
スカートが短くなって下着が見えたことで、死ぬわけじゃありません。ましてや実在の少女が被害を受けるわけじゃない。ただ、ポチッと。みんなやってておもしろいし、ネタだし。うん、無害な遊びですね。
でも……心理的には危険です。
ちょっとした心の動きでも、積もり積もれば、危険なものになる。絵、画面の向こうの人、目の前の人。そのスカートを短くするノリに、心理的ハードルが低くなっていったらどうでしょう?
二次元だの三次元だの、そんな話じゃない。
そもそも写真の発明前、劣情を煽るものは全て二次元でしたからね。それでも罰則は当然ありました。
【皆やっているから】という空気に流される。その危険性は認識していきたいところです。
本作の信長がやらないこと。けれども、人間がやらかしがちなことがあります。
・婉曲する:典型例が「いじめではなく悪ふざけのつもりだった」。
・漸進(エスカレート)する:からかっている、悪ふざけのつもりが、あんなことになるなんて………。
・責任のすり替え:みんながそうしていたから。その場のノリで……。
・距離を取る:以前書いた「殺すなら私たちがわからないところでしてください」と抗議した、ナチスの強制収容所近所の住民が典型例。残虐行為は自分の見ていないところでするのであれば、見逃せることがあるのです。
・被害者が悪いということにする:あんな短いスカートを履いているからだ! そういう類のこと。
ゲスだなあ。そういう気持ちになりますよね。
けれども、人間はやらかしてしまう。どんな人間であれ、目の前で誰かの掌に金槌が振り下ろされるようなことがあれば、目を逸らしたくなるものです。
近代の徴兵制が明らかにした人間の本性。兵士は敵に銃弾を命中させられない。訓練なり、心理的な何かが必要になってきます。
でも、信長は?
信長と斎藤利政は、本作の中で自ら手を汚し、標的を殺害した人物です。暗殺にせよ、他の人物は人に任せていた。殺す瞬間は見ていない。
殺したいけど、距離を取る。相手が悪いことにして、成敗だのなんだの言い換える――。
そうするのが普通のまっとうな人間で、自ら手を下すのが【サイコパス】ということですか? それってどうなんでしょうね。
『ゲーム・オブ・スローンズ』では、スターク家の人物は処刑の際、自らの手で斬首します。彼らは斬首大好きサディストではない。人の命を奪う重みから逃げないためにそうするのです。
信長も、ある意味、人の死から逃げないという意味ではピュアなのです。
人の死から逃げないということ。それはある意味、とても公正な態度です。
いくら人が危機に陥ろうと、遠いどこかのことで知らないと現実逃避できる人間は、鈍感さゆえに惨劇を招きかねない。そこを考えていきたい。
認識の問題
本作はおもしろいという評価が固まりつつあるものの、困惑もあるようです。
でも、これは説明できるとは思う。
蜀犬吠日(しょっけんはいじつ)で説明がつくかな。
日照時間が短い蜀(現在の四川省)の犬は、お日様が出ると吠えるという意味です。これは認識の問題。自分が認識したことがないものが出てくると「ありえない!」と言ってしまうということです。
今回は出てきませんでしたが、竹千代のこと。
彼みたいな子はいると思う。こんな子どもがいないと思うのであれば、それはあなたがああいう子どもではなかったか。あるいは、これまでの人生で出会ったことがないのか。気づかなかったかだけの話。
こういうことを「蜀犬日に吠ゆ」と言うんですね。
そうでなかった。出会ったことがない。それはまだよいとして「気づかなかった」可能性が一番危険だとは思う。
ああいう子どもの言動を、こうは言っていなかったかどうか。
「ありえない」
「かわいくない」
「生意気」
「うそつき」
そういうことをすれば、松千代のような子は「この大人は話してもしょうがない」と自己防衛に回って黙り込むか、嘘をつくしかないのです。そして相手は「こんな子はいない、ありえない」と言い切るまでのことです。
信長の【サイコパス】問題もそうかな。
ああいう人はいます。くれぐれも、ドラマの中ではなく現実にいる人を差別しないで欲しいと願うばかりです。
相互理解が解決法
そういう愚痴っぽいことを踏まえた上で、今週ですが。
信秀を演じた高橋克典さんは、暴れ足りないと語っているそうです。
気持ちはわかります。けれども、MVPでさんざん書いたように、信秀は暴れるだけではない人物像でした。
理解。
愛情。
あるがままの我が子を愛すると、最期の最期で託すこと。
慈愛の人です。それだけでなく、やっとここで我が子に理解を示した。いや、理解できないけど、そういうポーズだけでも取りました。
もちろんそこは戦国大名。
いろいろ損得感情はあるのでしょうが、愛がこの時点での信長の救いになったことは考えてゆきたいところ。
織田信長はすごいとわかっているけれども、そんな人物でも肯定感を求めてしまうのです。そこが、本作の生々しさで、ひき込まれてしまうところなのでしょう。
秀吉はコミュ力の達人
そう示された今週。光秀の結婚? それはすんなりいくわけです。光秀は相手の感情にするっとコミットできて、心を動かす達人です。共鳴する相手がいれば、結婚なんて即座にしてしまうのでしょう。
そういう心の動きが示されて、来週予告で秀吉が出てくる。
笑顔です。
この秀吉は、20世紀型のヒーローというか。最大公約数のナイスガイになりそうな予感がします。
彼は自分をどうPRできるか考えている。でかく見せる。セレブとして演出できないなら死んだほうがまし。
だからこそ、命を失うことなんてどうでもいい。名誉欲が命を上回るタイプ。営業職向きです。
彼と出会った瞬間、自分と気が合ってしまい、運命を感じる。それは運命ではなく、彼が考えに考え抜いた技術ゆえなのだけれども。そういうコミニケーション能力の化け物じみた人物なのでしょう。
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この作品は、現時点で最新の知見をもとに、戦国時代の英雄を洗い直すドラマです。
見れば確実に得られるものがある。そういうドラマで目が離せない。
本作をじっくり見ることで、得られることは大きいはずです。紛れもなく見逃せないドラマです。
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文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
麒麟がくる/公式サイト