麒麟がくる感想あらすじ

麒麟がくる第42回 感想あらすじ視聴率「離れゆく心」

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荒木に嫁いだ光秀の娘は離縁され

摂津・織田方の陣に、光秀が戻ります。

秀吉が「今までどこに行っておられた?」と問い詰めてくる。

光秀が「羽柴殿こそどこに行っておられた?」と返すと、細川殿に聞いていなかったか?と言い、信長様に荒木の様子を伝えてきたと答えます。

信長いわく、もう一度秀吉と光秀で荒木の説得にあたり、それでも駄目ならば信長自身が討伐するとのこと。それなのに肝心の光秀がいない。細川藤孝も行方を知らない。どこに行っていたのか?とあらためて問うてきます。

思いのほか光秀はあっさり備後の鞆に行ってきたことを認めます。

鯛を一匹釣ってきた、他に得たものはない無駄足だと。

光秀はそのまま荒木村重の説得に出向き、秀吉が同行しようとします。

それを光秀は止める。

「来るな。お主は説得の妨げになる」

「来るなとは何事じゃ!」

秀吉は怒る。荒木の頭であり、信長の命令を受けているというのに……そう怒る秀吉に、頭であるのであれば監督不行き届きで叱責を受けるべきだろうと言い返します。

そしてこうも指摘する。

ひとかどの武将の顔に唾を吐くべきではない。

かくして光秀単身で説得に向かうものの失敗してしまい、荒木村重は籠城を続けるのでした。

後日――お岸が戻っていると、左馬助が光秀に告げます。村重の子・村次に嫁いでいた彼女は離縁されて戻ってきたのです。

それを詫びる岸。理不尽なように思えますが、嫁として説得できず、役に立てなかったという思いはあるのでしょう。

光秀はそんな愛娘に、己の力不足で荒木殿を説得できなかったと詫びるのです。

荒木の家で死にたかったと嘆く娘と、そんな娘に詫びる父。そんな父娘を左馬助は見守っているのでした。

光秀と岸の姿を見れば、信長が明智家も傷つけていることがわかります。

本能寺の変】における「怨恨説」は色々ありますが、殴られたとか、母が磔刑にされたとか、このあたりはゴシップのような持った空気感と後世の創作を感じるところです。

けれども、史実を積み重ねてゆくと、光秀が怒る理由は十分にありましょう。

 

女子供を一人残らず殺せ

信長は二条の館で怒り狂っていました。

寝返った者がいかなる目に遭うか、白日の元に晒す! 明朝にも出陣し、荒木の城を一飲みにしてやると息巻いているのです。

信長は、見せしめに荒木の城中にいる女子供を一人残らず殺すとも宣言。

「憐れみはいらぬ!」

そう語気を強めます。

必要以上に強硬な手段に出れば、かえって抵抗が頑強になるため悪手と言えるのですが……このとき信長は光秀の不満を感じたようです。

「十兵衛、何か申すことはあるか?」

光秀は反論します。

毛利。本願寺。丹波の赤井、波多野。東には武田勝頼。そして此度の荒木。皆一つに繋がったと見るべきである。

その輪に囲まれたからには、戦を続けねばならない。荒木とは話し合って決着をつけるべきだと諭すのです。

対する信長は、なんだか雑な返答をします。なんでも、本願寺と毛利は朝廷にお願いして、和議を結ぶ目論見があり、秀吉が手筈をつけているというのです。

ここで秀吉が、あの下品な口調で言う。手筈は着々と、困った時は神頼み、このようなことは帝に頼む!というのです。

なんだかすごいことを今年はやらかします。

日本史を見ていけば、時の権力者は皇室への敬意など大して抱いていないとわかる。けれども、それをこうも露骨に押し出すあたりが興味深い。

信長は、丹波は光秀に任せ、武田は家康がなんとかすると言う。そうなれば荒木は丸裸になる。

ここで佐久間信盛が、本願寺もなかなか強気で和議に応じるかどうかと、懸念を口にします。

すると信長は「聞き捨てならぬ!」と怒る。

そもそも本願寺はそなたに任せた、強気にさせたのはそなたはないか! うつけ者が! そう怒鳴り散らすのです。

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荒木の籠城は持久戦となる

かくして天正6年(1578年)末、有岡城は力攻めをされました。

が、堅牢な城と勇猛果敢な荒木勢の前に苦戦し、戦は一年にわたる持久戦へ。

このあたりをじっくりと描かれると「信長が戦闘の天才である」という評価に疑念が湧いてきたりします。

「桶狭間」や「長篠」での天才性ばかりが強調されますが、果たしてどうなのか?

勝率、損耗率、そうしたデータを整合して検証したほうが良さそうです。

実は海外では、こうした武将としての能力に対しては、もはや最終結論があるとも言えなくもない。

戦国武将で一番の名勝負をおさえた人物といえば?

そう問われたら答えは徳川家康。2023年の大河に期待ですね!

なぜ家康なのか?

というと【関ヶ原の戦い】は世界史レベルで見ても当時最大級の会戦に当たる。それを半日で決着をつけただけでも、日本どころか世界史上でもトップクラスの将にランクインできるというわけですね。

「その偉業は、あのシーザーやナポレオンにも匹敵する――」

というのは私の意見ではありません。BBC『ウォリアーズ』における見解です。

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あと、NHKもそうですね。

本作において最強演出をされているのは、徳川家康なのだそうです。

 

菊丸に呼ばれて家康と密会

光秀の館にあの男が現れました。

菊丸です。よかった、生き延びた!

彼は前触れもなくお参りしたことを平にご容赦願いたいと言いつつ、家康が会いたいと伝えてきます。

3日か4日後に、摂津までおいでくだされ、と。

「ご無理を承知でお願いします、何卒、何卒!」

そう頼まれて、断らないところが光秀です。

果たして摂津沖には、徳川家康を乗せた船がいるのでした。

家康は丁重に光秀を迎えます。驚かれたであろうと言いつつ、無礼を詫びる。

三河からこの船で来たのかと驚く光秀には、陸路は危険なので、遠回りして来たと答えます。

二人は船室へ。家康にはやわらかい表情を見せる光秀です。

幼い竹千代を見ているから?

戦をともに戦ってきたから?

それとも、何か別の理由なのでしょうか?

家康は、過去を振り返ります。

光秀との初対面は7つのとき。あのときは織田の館に人質として留め置かれ、そこから逃げ出したくて四苦八苦していた。

あれから30年。あいも変わらず何かに囚われ、そこから逃げ出したい。己が思うままに生きてみたい。そう願い暮らしていると語ります。

光秀は、家康ほどの大大名を束縛するものは何かと返すのです。

「たとえば、織田信長様」

「私はその信長様に仕える家臣でございますが」

そう言い返す光秀ですけれども、家康の気持ちはわかるかもしれない。光秀は幼い竹千代を救い出せはしないけれど、甘い干し柿を渡してくれた。

 

長男・妻を殺せという難題

家康は今川の人質だった駿河時代のことを語ります。

三条西実澄より和歌を習い、以来相談し、心の師としてきたと。そして此度の難題は、ぜひぜひ明智様を頼りにすべしと言われたのだとか。

難題とは?

嫡男・信康を殺せと命じられたこと。さらにその母・築山殿をも殺せと。

二人は武田に通じて三河を乗っ取る企みがあるのだ言うのだそうです。

たとえそれが事実だったとしても、我が子の不始末は私が然るべき措置をとる。信長にどうこう言われるものではないと家康は怒りを見せる。

武田と戦うために手を結んでいるとはいえ、武田を討ち果たしたあとでどのように扱われるか、疑う者も家中に多いと家康は言います。

織田政権の継承路線を否定しているとも取れますね。

家康は、信長がわずかな供と三河で鷹狩りをした際、今なら討てると申す者もいたとハッキリ言う。

「おわかりですか。今の信長様は味方を遠ざけてしまわれている。公方様然り、松永殿、荒木殿……これでは天下はひとつにまとまりませぬ」

家康はコトを構えるつもりはないとしながらも、ついにはこんな言葉を紡ぎます。

「あまりに理不尽なことを申されるのであれば、己を貫く他ありませぬ。これには三河の誇りがかかっておりまする」

光秀は何も言い返せません。

帝は、信長を見届けるように告げた。

公方様は、信長がいる京には帰れぬと告げた。

そして家康は、これでは天下はまとまらぬ、己を貫く他ないと述べた。

麒麟の道筋が見えて来ました――。

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