『おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]』/amazonより引用

おんな城主直虎感想あらすじ

『おんな城主 直虎』感想レビュー第12回「おんな城主直虎」生ハムメロンは風変わりなれど美味だった

 

黒ずくめのダーク政次が井伊谷に乗り込んできた

この次の場面で、井伊直平、新井左馬助、中野直由が出陣していき、そのまま高速三連続ナレ死を遂げます。
それと入れ替わるように、黒ずくめの一団が馬にまたがり、井伊谷に乗り込んできます。『指輪物語』の「指輪の幽鬼」や、『スター・ウォーズ フォースの覚醒』のファーストオーダーを思い出しました。
この先頭に立つのが、闇を身にまとった小野政次バージョン2.0です。
亡父・小野政直と同じ髪型、口調まで吹越満さんそっくりになってしまった政次。

さらに政次は、のちに「井伊谷三人衆」と呼ばれる鈴木重時(温厚そう)、近藤康用(昨年の加藤清正以来のもみあげ天然パーマ、熱血体育会系)、菅沼忠久(髭、この中で最も知将ぽいクール系)の三名を連れて来ます。
井伊谷から減ってしまった人材を、今川の息がかかった人物で埋めるわけです。さらに政次は、今川から虎松の後見を任されたと言います。弱り目に祟り目、転んだ相手を蹴り飛ばすかのような今川の所業。激震が井伊谷に走ります。

しかしここで考えたいのが、政次の本心です。
ひょっとしたら虎松の後見となることで、実は庇うつもりではないのだろうか、敢えて悪役を演じているのではないかと思わされます。暗い瞳に隠された、政次の本心はわかりません。

その頃、次郎はアルコール依存症気味になり、井戸の横で飲んだくれていました。そこへ小野政次がやって来ます。
コンタクトレンズでもつけているのか、照明のせいなのか、それとも純粋な演技なのか。先週まで時に光り輝いていた政次の瞳から光が消えています。
井戸の横で次郎を見て一瞬だけ目に光が戻ったかに見えた政次ですが、ここで次郎が政次を突き放します。

「皆死んでしまったのに、政次だけ助かったのだな。何故じゃ、どうやって助かった? 裏切らざるを得なかったのか、裏切るつもりだったのか?」

容赦なく政次の心を抉り踏みにじる次郎。もし彼の心に一筋の光のように良心があったとしても消え失せたことでしょう。このとき視聴者は、次郎にこう叫びたいと思ったことでしょう。
違うんだ、政次は井伊を救うため罠にからめとられる道を選んだのだと。
直親が父・直満と同じ道を歩んだように、政次も父・政直を同じ道を選んだように思えますが、事情はそんなに単純ではありません。政直の生きていた頃、今川は義元の時代であり安泰でした。今川に取り入ることで出世も望めました。
ところが今は違います。駿府にいたからこそ、政次には今の今川の危うさ、氏真のもろさを知っているはずです。今の今川につくということは、巻き込まれる可能性があるのです。

政次だって辛いんだよ。なぜわかってやれないんだ次郎よ、そう私は言いたいのですが、届くはずもありません。
「恨むなら直親を恨め。下手をうったのはあいつだ。何度も同じことを繰り返し、井伊は終わるべくして終わったのだ」
政次はかすかな良心すら鋭く冷たい刃に変えて、次郎の心を抉る言葉を吐きます。これも次郎を攻撃するとみせかけて「お前だけのせいで井伊谷が災厄に見舞われたはずがない。直親、そしてそんな直親を止められなかった俺のせいでもあるんだよ」という意味があるかもしれません。政次の言動は常にダブルミーニングに思えてくるのですが、それもこれまでの脚本と演技の積み重ねゆえであると思います。

 

北斗神拳究極奥義「無想転生」パターン、発動

佑椿尼は南渓和尚を後見にするしかないと頼みこみますが、南渓は隠し球として次郎を持ち出します。
南渓は次郎の大胆な発想と行動に賭けます。

やさぐれ次郎は暴力路線に走り、昊天宗建の槍を持ち出します。
酒に溺れて、今度は暴力沙汰を辞さないヒロイン。斬新です。あわてて止めようとする昊天ですが、南渓と傑山は「小野の屋敷に殴り込みをかけるなら一緒に行くぜ!」と暴力僧侶ぶりを発揮。

しかし次郎は流石に無理と悟ったのか、地面に槍を叩きつけヘシ折ります。
「私の槍……」
唖然とする昊天。はい、ココが今週最大の笑いどころです。ありがとう、昊天さん、癒やしと笑いをありがとう!

「どうしろというのか! 私のせいで皆死んでしまった! 我は災厄をもたらすだけじゃ! 我には災厄をもたらす力だけがある! ならばこれ意外に、我に何ができるというのじゃ!」

昊天の槍に八つ当たりをして泣き崩れる次郎。

そこで一人の小僧が「竜宮小僧ではありませんでしたか」とおずおずと言います。
南渓は、己を責めたとて死んだ者は帰らない、だが生きていれば死んだ者をその中に生かすことができると諭します。こういう死者の思いを背負って戦うパターンは、古い少年漫画だと『北斗の拳』の哀しみを背負った者のみが習得できる北斗神拳究極奥義「無想転生」パターンですね。
『真田丸』の最終回でも、真田幸村が先に死んでいった者や志を全うできなかったものの思いを背負い、戦場を疾駆していました。今年もまた、志半ばに散ったものたちの思いを背負い、主人公は立ち上がります。

頭巾を外し、佑椿尼から深紅の裲襠を着せかけられるヒロイン。
直親と夫婦約束のときに作っていたという、辻が花の裲襠です。冬に雪に耐えて咲く椿の花弁のような、あるいは血のような深い紅。墨染めの衣を脱ぎ捨て、彼女は身にまといます。

直盛も直親も、彼女のこの姿をどれだけ見たかったことでしょう。
直親は最期に旅立つ前、戻ったら一緒になろうと言っていた、それはこういうかたちであったかもしれない、と彼女はつぶやきます。

 

「我が井伊直虎である。これより井伊は、我が治めるところとなる」

水垢離のあと高熱を出して手を宙に伸ばしていたとき、佑椿尼は見えない直親の魂に娘を連れて行こうとするなと語りかけました。

今、それとは違うかたちで直親の魂がそこにある気がします。
彼は直親を死の淵にひきずりこむのではなく、背後に立ちともに歩もうとしています。多くの死で闇に覆われかけた井伊谷に光が差し込んできます。彼女も彼も一人ではありません。井伊谷にとって希望の光であった直親は、かたちを変えてまたこの場に戻り、愛する人とともに谷を照らし出します。

代替わりした家臣たちの席の前で、南渓がこう告げます。
次期当主は「井伊直虎」であると。
家臣たちも知らない「直虎」の名。隠し子でもいたのかと皆が首をひねる中、政次だけが「まさか」とつぶやきます。鶴と呼ばれていたころから、政次は彼女の可能性と力を知っているのです。

そしてここへ、直虎がやって来ます。

「我が井伊直虎である。これより井伊は、我が治めるところとなる」

志半ばで斃れた魂を背負い、井伊直虎誕生! 直虎と政次は、目線で火花を散らします。主君として政次をみおろす直虎、血走った目で見返す政次。井伊谷は新たな戦いへと向かってゆきます。

 

特別枠スーパーヴィラン賞:冥暗の波動に墜ちた小野政次(闇)

血迷ってソシャゲーのキャラクター名のような形容をつけてしまいましたが、完全に彼は墜ちました。

目に光がない。先週までの小動物のような善良さ、ちょっと屈折した愛嬌は全て消え失せ、つや消しの黒で塗りつぶしたような黒さです。
それでも全ての言動に「本当は井伊家をかばいたいのでは」と思わせるところもまた見事です。

高橋一生さんはいつか明智光秀を演じて欲しいと思います。
あの夢も希望も愛も何もかも捨てた目で、「敵は本能寺にあり」と口走っていただきたい!

 

MVP:井伊直虎

竜宮小僧として健気に頑張っていた姿もよかったとは思いますが、何か物足りないものがありました。
それがやっと今週化けました。この変貌は、大坂の陣前に覚醒した昨年の真田幸村と重なるものがあります。

ありとあらゆる思いを背負い、立ち上がった凛々しさは言うまでもなく素晴らしいのですが、私がぐっときたのは優等生ぶりを捨てた去った斬新なヒロインぶりですね。
ヒロイン、しかも出家の身にあるまじき酔態、暴力沙汰に及ぼうとした挙げ句八つ当たりで昊天の槍をヘシ折るやさぐれぶり、そういう駄目な部分にむしろ魅力を感じました。

柴咲コウさんは目力が強烈なのに声は高めでちょっと裏返り気味なのですが、その欠点にもなりかねないところが「強気なようで実は駄目なヒロイン」という、キャラクターに合ってきたような気がします。来週も城主の役目に早くも嫌気がさしてしまうようで、こういう優等生ではなく、欠点のある主人公というのもいいですね。

凛々しさ、強さ、健気さ、そして放っておけない欠点。死に覆われた暗い展開の中、ヒロイン自身がキラキラと輝きだし、物語を引っ張ります。

 

総評

春の終わり、年度末というのは大河でもターニングポイントですが、今年のこのカーブの周り方はかなり乱暴なコースラインを突っ走ったと思います。
スピードをまったく落とさず、片側のタイヤをコースアウトさせながら、荒々しくも豪快なハンドルさばきで突っ走ってゆきました。昨年の『真田丸』が複雑な史実を扱いながら綺麗なコースラインを描いていたのとは違い、今年は荒削りながら引きずり込む運転で、私たちを次のコーナーへと連れて行こうとしています。

井伊直親の非業の死、遺体の帰還、葬式、次郎の嘆きが次から次へと描かれる前半。
さらに虎松を守ろうとして新野左馬助が失敗した挙げ句、今川からさらなる出馬を要請される展開。
虎松を抱いた井伊直平、新野左馬助、中野直由が酒をくみかわしている場面で「こんなに人がいないのか」と唖然としていると、そこから容赦なくナレ死でこの三人が散るという「超高速井伊家関係者死亡」展開。
さらに入れ替わるように、小野政次一行が戻ってくる不吉極まりない場面。
今川が井伊家乗っ取りをすすめているのに、肝心の次郎は飲んだくれている始末。
そこから次郎な暗黒化した幼なじみの政次に容赦ない言葉でドン底まで突き落とされ、立ち上がり、「我が城主じゃ!」と宣言するこのスピード感。
この情報量、この容赦のなさ、『真田丸』終盤の九度山編を一回に凝縮したような濃さでした。

直親の魂が次郎の周囲を飛んでいるような、そう錯覚させる脚本も独特なんですね。
竜宮小僧伝説の取り入れた方といい、人と人ではない何かの境が曖昧な、今年ならではの個性を感じさせます。オカルト風味ではなくて、人ではないものが生きている人々をそっと包んで守る、あたたかい毛布のような居心地の良さがあります。

容赦がないようで、どこかあたたかい。死と闇にまみれているようで、光があふれだす。荒い運転、ジェットコースター、見る側をゆさぶり続けるような魅力が本作にはあります。
直親の死という哀しみから始まったのに、直虎がたちあがるラストシーンは希望と光にあふれています。

今年のはじめ、本作を珍味「生ハムメロンのようだ」(第1回)と評しました。

『おんな城主 直虎』感想レビュー第1回「井伊谷の少女」 何かが珍妙「生ハムメロン」のような味を受け入れられるか

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そして何度も味わった結果、風変わりだけど本作は美味であると確信しました。一言では表現できない風変わりで複雑な味わいが、本作を噛みしめると広がります。
メルヘン調の序盤に脱落した方は、是非お戻りください。損はさせませんよ。

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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link

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