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もう信康様を処断するしかない
康政は、織田の策謀の全貌を悟り、見切って、家康に報告します。
しかし企みの全貌がつかめたところで、万事休すではあります。
ここで忠次は「もう信康様を処断するしかない」と口にしてしまいます。家康は「誰のせいでこうなったと思っているんだ!」と激怒。
「私の手落ちゆえ、敢えて皆の言いにくいことを申しておりまする!」
ああー……これは辛い。忠次は堀川城の件(第34回)等で、憎まれ役にされてきましたが、わざと泥をかぶる男だとここでわかります。
こんなところを見せられたら、もう彼のことを憎めません。
家康は忠次に対し、「そなたはもう、織田に馳せ参じよ」と完全に見放す発言をするのでした。
だから、辛い、辛いってば!
家康は、一人碁盤に向かい悩みます。
万千代は、徳川と織田は同盟を組んでいるのに何故このようなことに、と康政に尋ねます。
織田としては、同盟相手ではあっても徳川が大きくなり過ぎては好ましくないのだ、と言います。
既に於大の方の兄・水野信元(家康の叔父)も、織田からの言いがかりで、家康の手により処断されていました。この際、於大の方の再婚相手である久松俊勝が徳川家より出奔しています。
我が子・家康が、兄・信元を殺すという、彼女にとって辛い出来事でした。
「そなただけ逃れたいと言うのは通りませぬ、竹千代……」
その於大の方が、万千代たちの前へやって来ます。
家康は誰にも会わないと断ろうとすると、
「母が来た、と伝えなさい」
と有無を言わせない態度。康政が、於大の方を家康の部屋へ通します。
さすがに栗原小巻さん、美しい佇まいです。
寿桂尼の浅丘ルリ子さんといい、今年の大河はベテラン女優の使い方がいいですね。
於大の方は深々と頭を下げて、信康を斬りなさい、と言います。
目を潤ませて「仰せの意味がわかりかねます」と返す家康、意見を突っぱねようとします。
「人の子の母とは思えぬお言葉」
「人の子の母であるから言うております」
武家とはそういうもの。
家を守るためには親兄弟も、我が子の命すらも人柱として立たねばならない、その中で生かされてきたのだと。
「そなただけ逃れたいと言うのは、それは通りませぬ。それは、通らぬのです、竹千代……」
しぼり出すようにそう言う於大の方。
「わかりました、母上……信康を、斬ります」
それはあまりに惨い決断でした。
女性ドラマがスイーツ そんな固定観念をまたブチ壊す
徳川母子の場面、よかったですね。
今年は主役のおとわを始め、寿桂尼、祐椿尼が感情に流されない冷静な判断を下します。
「人の母として」という感情よりも、家のことを重視します。
同じく、我が子と別れて松下家に嫁いだ“しの”にも見られた覚悟でした(第29回)。
男は冷静な判断ができるけれども、女は家の利害よりも感情を重視する――そうした固定観念を覆す描写が随所にあります。
【女性中心のドラマはスイーツである】という前評判を良い意味でひっくり返したのも、こうした覚悟のシーンを真正面から取り組んだ結果でしょう。
一方で岡崎の瀬名は、これから訪れる災難を知りません。
そんな瀬名の元に、おとわがやって来ます。
おとわは活気溢れる岡崎の様子を見て、また石川数正からよい知らせがあると聞いて、跡継ぎができたのかと浮かれます。
それは早合点ですが、家康がこれから来るのだと瀬名は浮き浮きしているのです。
幼なじみは十五年ぶり以上を経て再会し、くだけた雰囲気で話し合います。
還俗しているのに、便利だから移動時は尼頭巾を被るとあっけらかんと語るおとわに、数正は戸惑います。
おとわと南渓は信康たちのために、子宝祈願をしたいと言い出します。
瀬名が喜んでいると、にわかに城内に怒声が聞こえてきました。
信康は捕らえられ、家臣団が絶叫
おとわと瀬名の前に漂う、尋常ではない気配。
何かと思えば、いち早く動いた家康と康政、万千代らが信康を捕縛に来ておりました。
「信康殿を大浜城に幽閉し、死罪にする」
康政の言葉を聞いて、瀬名は取り乱します。
「武田ゆかりの女を側室にすすめたのは私です、ならば私を処断してください!」
そう瀬名が訴えます。
しかし、そんな瀬名に家康は「奥は乱心した」と冷たく言い放ち、瀬名は捕らわれてしまうのでした。
あまりのことに呆然とするおとわ。
信康の傅役であった平岩親吉が、傅役の首で収めて欲しいと訴えます。他の家臣たちもここで腹を切ると叫び出しました。
一粒涙を流し、ここで信康が立ち上がります。
「私は内通などしておらぬ! これは何かの間違いだ。しばしすれば、疑いはきっと晴れる。殿が晴らしてくれるはずだ。短慮に奔るな、血気に逸るな、そのようなことをして良いことなど一つもない。それこそ真の敵の思うつぼだ。俺は必ず戻ってくる。その日まで必ず皆、待っていてくれ」
「若! 若ァーッ!」
家臣たちが絶叫する中、信康は捕らわれてゆきました。
家康……非情になりきれず、氏真を頼ったな!
そのころ、今川氏真の前に松下常慶がやって来ていました。
蹴鞠のあとでアスリートらしく汗をかいた氏真に、扇を差しだす常慶。扇を火であぶると、文字が浮かび上がりました。
それを読んだ氏真は、顔色を変えます。
家康……非情になりきれず、氏真を頼ったな!
「瀬名の父は、我が一門。信康は今川の血を引くものだ。かような話に、力添えせぬ理由がどこにあるのだ!」
本気になりました。氏真の本気で歴史を変えて、瀬名と信康を救ってくれーい!
かつてこんなに光り輝いた氏真がいたでしょうか。
放映開始前は「今川家は悪役で印象悪化するんでしょ?」と思われていましたが、本作を見た人はむしろ今川家を抱きしめたいほどの愛おしさを感じるようになるのではないかと思います。
私も今川氏真の墓参りしたいです!!
MVP:於大の方
次点は酒井忠次。近藤康用もそうですが、今までの憎たらしさが完全にひっくり返って今は愛おしさしかないです。
そりゃ信長にあそこまで追い詰められたら、仕方ないですよ。
本当に忠次が気の毒で涙しました。
そして於大の方。
この、圧倒的なレジェンド感。
寿桂尼の浅丘ルリ子さんといい、なんてベテラン女優の使い方がうまい大河なんでしょう。
全ての所作が優美で眼福そのものです。
美しいだけではなく、深い悲しみと慈愛がありまして。彼女の生きてきた辛さや味わった悲劇が、ひしひしと感じられました。
我が子に孫を殺せなんて、そんなことを言うなんて、想像を絶する話です。
その場面に説得力を与えた素晴らしい演技でした。
でも絞れないんですよ。
家康も、康政も、瀬名も、信康も、氏真も素晴らしくて。
カメラワーク、音楽、演出も素晴らしかったです。本当に、(内容は辛かったけど)その分楽しめた、ありがとう、と言いたいです。
総評
油断していました。
万千代編になって内容が比較的甘めでしたので、すっかり油断していました。
また三十回代の、あの毎週胃がキリキリして、やるせなさに頭を抱えて「この鬼ー! ひとでなしー!!」と絶叫させる、ブラック森下節の脚本が戻って来ました。
辛いです……久々の劇辛展開に呆然としております。
ちくしょう! 次から次へといいキャラだしやがって! そんでもって惨い退場をさせやがって!
視聴者の愛着が湧くところでこの退場のさせ方。鬼よ、森下さん、あんた鬼ね。
今週は容赦のなさに転げ回ったものの、演技や演出が重厚で、本格重厚大河な雰囲気がありました。
これぞ大河にしかない、正統派の重みです。
こういう展開になると「ほら、材木だのなんだのやらないで、井伊直虎ではなくて家康でやるべきだったじゃないか」と言いたくなる人もいるでしょうが、それはそれ、これはこれです。
傍観者として唖然とするおとわも、悲劇を見守るしかない万千代にも、彼らの苦しみがありました。
おとわが井伊から側室候補を出していれば、武田ゆかりの娘が信康側室にならなかったかもしれない。
万千代が啖呵を切るために近藤武助の件を堂々と言わなければ、こんなことにならなかったかもしれない。
二人とも、大きくはないもののこの悲劇の責任の一端を担っています。
それだけではなく。
二人にとって、今回の事件は小野政次を失った悲劇(第33回)の再現でもあります。
もう二度とあんな思いはしたくないと苦しみを思い出すおとわ。幼くて状況がよくわからなかったけれど、リアルとは、こういうことであったのかと実感するであろう万千代。
あの悲しみがもう一度蘇るのです(そう、視聴者の前にも!)。
本作の悲劇を見ていると、戦国時代なんて嫌だ、もうやめて欲しいと叫びたくなります。
ここまで乱世に感情移入して、嫌だと言いたくなるのは、本作が素晴らしい証拠だと思うんですよ。
それと今週は、一見すると徳川と織田だけの問題に思えるのですが、どこかで糸を引いて両者にひびを入れてほくそ笑んでいる奴がいると思うんですよ。
まだ息の根が止まっていない武田とか。
その武田家には、長篠の戦いで兄二人を失い、真田の家督を継いだ真田昌幸もいるのですね。
きっとアイツは、今頃、甲斐でしめしめと笑いながら、この悲劇を肴に酒かっくらっていても、おかしくない。
それをふまえて2016年『真田丸』を思い出すと、最終回で信康の弟・秀忠と家康が、昌幸の息子・真田幸村を追い詰めた場面が別の意味で見えてきたりしてですね。
あのとき家康が終わらせたかったのは、こういう殺伐とした、心を削られる世界なんだと。
そは、その「殺伐とした世界とはどういうものだったのか?」という問に対するアンサーを、きっちりと我々に見せつけている『おんな城主直虎』。
『真田丸』の翌年に、これほどふさわしい大河はありますまい。
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著:武者震之助
絵:霜月けい
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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)