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光秀「ともに信長を殺しましょうぞ」
因縁の二人。元大名と配下の国衆の再会です。
もしや今川氏真の隠し子かな、と思っていると衝撃の展開が待っています。
氏真は黙ってあの子を二月、三月預かって欲しいと言います。
おとわは子供に身元を吐かせるか、引き渡すこととも出来ると脅しをかけます。
「あれは……織田の家臣、明智の子供じゃ」
氏真は、徳川家の庇護に入ったあと、京都の歌会で明智光秀と出会い、意気投合。歌を贈り会う仲となったと説明します。
回想シーンの光秀は穏やかで、いかにも教養にあふれている雰囲気があります。
この、TPOに応じて印象の変わる光秀、絶品ですよ。
酒井忠次相手の時はあくまで冷酷で、この氏真の回想シーンでは、上品かつ教養にあふれている。
どこを切り取っても、光秀の一面ではないですか。
ここで光秀は、氏真に驚愕の計画を打ち明けます。
「太守様、ともに信長を殺しましょうぞ(殺しましょうぞ、とエコー)」
今回の富士山見物は、徳川の領内を視察し、徳川家康を誘い出すための口実であったのです。
さらに御礼ということで家康を招き、君臣ともども殺す気なのだと告げる光秀です。
というか、その計画を任されていたのが、光秀なのだと。
光秀はそれを実行に移される前に、裏を掻いて織田信長を殺そうと考えたのです。
「あの血も涙もない男が、天下を握ってしまうのですぞ!」
光秀は、氏真に家康が饗応に応じるよう説得して欲しいと言ってきたのです。
戸惑う氏真に、光秀は自然(じねん)という息子を人質に出すと行ってきたのです。
氏真はそこで井伊に放置したわけです。
氏真はおとわに、桶狭間で討たれた者(おとわの実父・直盛、小野政次の弟・玄蕃ら)、瀬名の仇を討ちたくないか?と持ちかけます。
いやぁ、驚きです。飄々としていたかのように見えた氏真の胸の奥、笑顔の底に、こんな復讐の炎がたぎっていたとは!
光秀は、その炎を燃え上がらせたわけです。
かつての主君であり仇でもある氏真と対峙する直虎
氏真はさらに、こう続けます。
「そうか。そなたからすれば、わしも仇か」
「ゆえに、仇は誰かと考えぬようにしております」
この一言の、あまりの重さ。
おとわは小野政次を死なせた近藤康用とすら、良好な関係を築いています。
あまりに大事な者を奪われ過ぎて、彼女は仇という概念を忘れるようにしてきたのです。
それで、その話に徳川は乗るのかと念押しするおとわ。
氏真としては、このままではいずれ信長に討たれる、逆風に乗るよりはその方がよいと言います。
「逆風に乗れば、仲間は裏切り、下につく国衆は裏切る。そなたも、よう知っておると思うがな」
この説得力。
本作を見るまで、桶狭間から今川の滅亡にこれほどの苦しみがあるなんて、考えてもみませんでした。
しかし本作には、滅びないようあがく苦しみがありました。
その苦しみがあればこそ、この台詞が心に染みます。
先ほどからたった一つの台詞で、私の心をエグるようなことばかりを言います。
家康に直接会って、その真意に迫り、そして託す
氏真の告白を聞き届け、おとわは井伊に帰ろうとしますが、途中で引き返します。
氏真と話したあと、呆然とする家康。そこへ本多正信が、万千代におとわからの書き付けを持って来ます。
家康はおとわと話し合うことにします。
おとわは今回の件を織田に申し出たいと言い出すのです。
そうすれば明智は成敗され、覚えもめでたくなる、そして家康は無傷だというのです。
家康は「いや、しかし」と口ごもります。
明智の策によって織田が討たれたらば、天下はさらに乱れるだけだとおとわは反対するのでした。
家康はおとわの言葉に「なにゆえそこまで言われねばならん!」と激昂します。
「私は、徳川とのにこの日の本をまとめる扇の要になって欲しいと。そう望んでおります」
おとわの力強い言葉。
困惑の表情の家康。
家康はいかにこの世の中が嫌いのかと吐き捨てます。
「昨日までの味方が今日は敵になる。一年かけて育てた稲が、一日で焼かれる。一体誰が望んでかようなことになっておるのかの。変えられるものならば、変えたいに決まっておる」
「戦をなくされたいと」
「戦という手立てがある限り、武勇が自慢のものはそこに訴える。ならばあらかじめ、戦が起こせぬよう仕組みを整えればいい。そんなことも考えたりするが、できると思うたことは……ない」
このやりとりは、昨年の『真田丸』でのやりとりへの最高の回答になっています。
何度も書きましたが、あのドラマで家康は武田旧臣の真田信繁に対して、「おぬしのように戦の中で輝く者は許さない!」と語っていたのです。
こういうことですよ。なぜ、家康がそう言ったのか。
今年はきっちりと答えを出しています。
「なれど、やってみねばわかりますまい。おやりになっては、くださいませぬか。私は、左様な世が見てみとうございます」
嗚呼……これが、一年掛けておとわが到達した境地です。
おとわが流した血と涙は、家康という流れに合流して時代が変わるのです。
こうも見事に、おとわという一人の人生を歴史に流れ込ませるとは。超絶技法です。
おとわは、子は預かっておく、決めたことをあとで教えて欲しいと告げます。
「さすればお力になれることもあるかと」
そう告げて、おとわは去るのです。
「お心遣い、御礼申し上げます」
立ち去ろうとする丁寧に頭を下げる康政。
この紳士的な所作が、クールガイですよね。康政の格好良さが止まらない。惚れてまうやろ。
「こちらこそ。夜分お騒がせ、申し訳ございませぬ」
そう頭を下げるおとわは、万千代と万福の方を見ます。
「万千代。万福。日の本一の殿に」
「はい」
流石に神妙な二人です。
井伊に戻ったおとわは、自然のことを抱きしめます。
自然は安心したのか、泣き出すのでした。
徳川家臣団は安土城へと旅立った
龍潭寺の皆に、おとわは言います。
井伊直親も、虎松も、よその寺で守られました。今度は自分たちが守る番だと。
満足そうな昊天。さて、家康の決断は?
家康は碁盤に瀬名の紅入れを乗せます。
脳裏に浮かぶのは、かつて「出る時は前に出ねば。好機を掴みかねまする!」という彼女の言葉。それが家康の決断に影響を与える熱い展開に、グッときます。
家康は万千代に命じ、主要家臣団に決意を述べるのでした。
酒井忠次「それがしは! 今ここで露と消えても後悔はありませぬ」
石川数正「お二人の仇を討ちましょう!」
本多忠勝「ええい、まさかの時は刺し違えましょう」
榊原康政「尋ねるまでも、なかったようでございますな」
このキャラ立ち。
皆、いきいきと躍動しています。
こうして、家康は安土城に旅立ちます。
井伊谷には、万千代、万福、六左衛門、直之、常慶がやって来て何事かを頼みます。
「殿、徳川様を日本一のするため、お願いがあります!」
果たして何でしょうか。
MVP:今川氏真
彼の生きてきたこれまでの道が、この最終回まであと少しというところで、こんな重大な役割を果たすとは。
彼の心の動きを考えると、ゾクゾクしてきあます。
朝比奈泰勝をたしなめて「根が暗いことを」と言った時は本心であったでしょう。
相撲の準備だって、自分の才能とセンスを発揮するチャンスだと考えていたし、恩義ある家康のために張り切っていたはずでしょう。
そんな氏真が、光秀から信長殺害計画を打ち明けられ、胸の奥にくすぶっていた埋み火のような思いが蘇った、と。
信長が父・今川義元を討ち取られねば。
奴は瀬名を殺した。
そして今、恩義があり、かつ自分を庇護している家康をも滅ぼそうとしている……。
ここからの氏真の行動は、かつて井伊を苦しめた策謀家の側面が垣間見えるものでした。
おとわを巻き込み、かつ桶狭間と瀬名の件で味方するはずだと算段をつけているところも、なかなかの策士です。
彼の祖母・寿桂尼を彷彿とさせる冴えです。
大名としては滅んでしまった氏真という人物が、ここまで活き活きと輝くとは想像すらできませんでした。彼もまた、幼い頃からずっと見守って来た人物でした。
そんな彼とおとわが、戦国最大のミステリ本能寺の変に絡んでいるとうこの構成。脱帽しました。
総評
今回はこのドラマでも神回ではないか。そんな風に畏れ入った次第です。
ここ数回は毎回、森下氏の脚本に脱帽の思いでしたが、今回は終わったあとしばらく頭を抱えて、呼吸すら荒くなるほど興奮しました。
随所で見る側を騙し、違和感を覚えさせ、そしてその謎解きをする極上のミステリ。
前述の通り、今川氏真という男をキーパーソンとして、彼の思いに火をつけて一枚噛ませる構成も見事です。
家康のこれまでの怨恨の積み重ねも、今回の動機として辻褄があうわけです。
今回は、森下氏の山田風太郎へのオマージュのような、歴史ミステリの色が濃くでた展開ではないでしょうか。
山田風太郎は本来ミステリ作家だけに、あっと驚くような仕掛けや解釈を加えた歴史小説を世に送り出しで来ました。そういうミステリと歴史の、高度で奇妙であっと驚くような融合を、本作では繰り広げてみせました。
力技だろうと、史実に反していようと、受け手に新鮮な驚きを与え、少しでも「それもあるかもしれない」と驚かせたら、この場合は大勝利です。
今年は竜宮小僧が登場したり、寿桂尼の亡霊が武田信玄にとどめを刺したり、随所で正統派歴史ものではない、伝奇的なアプローチを施してきました。
その頂点であり集大成が、今回の本能寺の変描写だと感じました。
今年の序盤、本作は生ハムメロンのような珍味だと書いた記憶があります。
その印象はやはり変わりません。
昨年の『真田丸』が極上の素材を、そのまま焼いて塩胡椒をして出すような、史実重視の堅実な作品であるとすれば、今年は思いも寄らぬ味付けと大胆な調理法を用いて、途中まではゲテモノではないかとハラハラさせながら、出てきたものは個性的かつ極上であるのです。
やはり森下氏……作劇センスが抜群だと思います。
私個人が、山田風太郎的伝奇トンデモ寄り歴史モノが大好物ということで、ひいき目になっているとは思いますが。
とんでもないですよ、本物ですよ、森下氏は。
昨年の『真田丸』とはまったく別のアプローチを選んでいるのも、評価が高い点です。
昨年の「伊賀越え」は、もうこれ以上は当分作れないと思うほど、面白いものでした。あの路線で上回ることは困難でしょう。
ならば、まったく違うアプローチで挑むのが森下氏の選択です。
昨年は不意打ちで混乱する家康主従が見物でした。
ならば今年は、覚悟を決めて大ばくちを仕掛ける家康主従という、昨年とは真逆の挑み方をするわけです。
その手腕、まるで魔法なり――。
今年は万千代というこれから伸びてゆく人物が中心にいるため、まだ続くような、終わらないような、そんな気持ちがしてきました。
それが今回で変わりました。
本能寺の変というクライマックスが今年に待ち受けているのだと、やっと理解できました。
とはいえ、極上の生ハムメロンなのが今年です。
実は、最終回でおとわが死なないのではないかと、私は思ってしまいます。
井伊谷の番人としてのおとわは消え去っても、堺で自由に生きる一人の女、龍雲丸の妻としてのおとわは、最終回以降も生きているのではないかと。
あと二回で終わるのは辛いようで、幸せなことです。
きっと最後の瞬間まで、本作は魔法のような輝きを、予想外かつ極上の珍味を、私の前に届けてくれることでしょう。
あと二回。ありがたく噛みしめたいと思います。ありがとう、本当にありがとう。
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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)