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真田丸レビュー

『真田丸』感想レビュー第38回「昌幸」 時代遅れで愛すべき戦バカが逝っちまったぜ……

更新日:

 

こんばんは。今週は昌幸退場です。

草刈正雄 「真田丸」の真田昌幸を語る上で欠かせない重要シーンを語る
【真田丸】さらば昌幸…草刈正雄、1年に及ぶ撮影を完走 ブログのコメントが励みに | ORICON STYLE

今週は紀州の山奥、九度山村に配流となった昌幸・信繁父子の苦境を描きます。浅野家の監視のもと、皆は暮らしてゆくことになります。山菜を採り、薪を割り、皆が己の役割を果たす堅実な生活です。

信繁は村長に挨拶へ。ここできりが気を利かせて南蛮菓子の「ボーロ」を差しだします。
村長の長兵衛は厄介払いをしたいらしく、一日も早く赦免されるか、あの世に去って欲しい……と本音を面と向かって言うのでした。

村から出られないがそれなりに自由でボーッとできる、と信繁はプラス思考を見せます。
信繁ときりでのんびりと昔語りをしていると、何やら穏やかではない視線が背景から……。二人が振り向くと、春がじっと見つめています。どうやら春は、真田の郷という共通体験を夫と持っていないことにコンプレックスがあるようです。

佐助は離れに、あっという間に家を作ります。きりが気になるのか、彼女の肖像画を渡したりもします。建築も絵も、素ッ破は得意なのだとか。確かに任務で必要なスキルではあります。

真田丸真田昌幸霜月けい

 

九度山での蟄居生活が始まった

昌幸は信之から受け取った書状を見て、「幸」の字を捨てたことにショックを受けます。信之には彼なりの苦渋の決断がありましたが、昌幸には伝わらないわけです(第三十七回のレビューはコチラ)。昌幸は「兄が捨てた幸をお前が拾わんか? 幸信繁とか」と持ちかけますが、信繁は言葉を濁すのでした。

信之も、ただ手をこまねいているだけではありません。赦免を願い、さらには寝込んだ母・薫を気遣っています。

薫は信之の前では粥すらすすりませんが、見ていないところでこっそりと甘いものを食べています。彼女なりにショックは受けていますが、それでもちゃっかりしたところもあるわけです。

お姫様育ちの春は、薪割りがうまくできません。きりは薪を軽々と割れます。そういえば亡き梅も軽々と割っていました。きりは不安を吐露する春に「源次郎様は私みたいな垢抜けたシティガールより、あんたみたいなイモい子が好みだから自信を持って!」と励まします。
きりが去ったあと、鉈を叩きつける春。思い出して見ますと、地侍の妹である梅は薪割りが上手でした。薪割りでむっとした心情を示す演出は、第八回にも出てきました。

室内で信繁と二人きになった春は「きりみたいな雑魚に負ける気はしないけど、あなたの心の中で生きている梅には勝てない!」と言うと、襖に指をズブズブさしまくります。梅は懐妊後、「女の子から梅にする。そうしたらこの先梅はあなたにとって(亡妻ではなく)娘になるから」と言うのでした。

やはりこの人、以前、三成が指摘していたとおり、結構面倒臭いタイプですね……。

真田丸信繁&きり

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「赦免されるのではないか?」「赦免されるのではないか?」

上杉景勝は、会津百二十万石から上杉三十万石まで厳封処分。上杉を頼みにしていた昌幸の望みは、ここに潰えました。

そして慶長8年(1603)、徳川家康は征夷大将軍となります。
信繁は豊臣家の立場が軽んじられることを危惧する一方、昌幸はこの祝いモードで「赦免されるのではないか?」と喜びます。信之や本多正信も働きかけますが、家康はつっぱねます。

二年後、家康は秀忠に将軍位を譲ります。
信繁は豊臣家の立場が軽んじられることを危惧する一方、昌幸はこの祝いモードで「赦免されるのではないか?」と喜びます。信之や本多正信も働きかけますが、家康はつっぱねます(二度目)。
「あいつが九度山のことを離れるのは骨になってからだ」
ともかく強硬な姿勢なワケです。

真田丸徳川家康霜月けい

これには薫や松も、信之に対して「いつになったら赦免されるの! 私たちみんなで直訴してみましょう!」と迫ります。
が、そこに止めに入ったのは稲。真田のためにも二度と昌幸の話をするな、信之もしっかりしろ、と発破を掛けます。前妻・こうは、稲はこれ以上真田の印象を悪化させたら昌幸たちの命すら危ういのだから、とフォローします。

この頃から、昌幸は白髪がめっきり増え、信繁も無精髭が伸び、老け込んできます。

 

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立派な若武者に成長した豊臣秀頼 しかし、そのことが……

慶長十一年(1606)、豊臣秀頼は大規模な鷹狩りを開催。すっかり精悍な若武者に成長しております。

一方、九度山で引き続きくすぶっている信繁は、山中で板部岡江雪斎と再会します。江雪斎は、高野山まで北条氏政の慰霊に来ていたのでした。
出家らしく隠遁するつもりだと語る江雪斎に、信繁は私もそうしたいと言います。しかし江雪斎は、信繁の瞳の奥にくすぶる熾火を見いだし、「その日を楽しみにするぞ」と予言めいたことを口にして去るのでした。これで彼の出番は終わりとなります。

真田丸板部岡江雪斎霜月けい

ある日、村人たちが昌幸に助言を聞きに来ました。
どうやら薪をめぐって隣村と揉めており、これから喧嘩を仕掛けに行くので軍略を授けて欲しいとのこと。昌幸は「戦の仕方を教えていただきたい!」と持ち上げられ、目を一瞬輝かせます。
戦略を語り始めた昌幸ですが、途中で言葉を切り、うつむきます。勢いのよいBGMも止まります。ここで信繁が「村同士の私闘は太閤が禁じたはず。死者が出たら両方の村長が磔になる。浅野家に仲裁を頼むように」と助言します。

なんということはない場面ですが、序盤の第三回で信繁や梅たちが、隣村の人々と薪をめぐって争っていたことを思い出しますと、中世から近世にまで時代は変わったのだと思います。時代の変化とは、為政者やトップの人間だけではなく、民衆にまで及ぶものだと改めて思わされます。

 

本多忠勝に続き加藤清正も退場す

本多忠勝は、百助と仙千代に竹とんぼを作り遊んでいます。
母が違えど(百助は稲、仙千代はこう)、孫であることに変わりはないと上機嫌の忠勝ですが、竹とんぼを作っているときに指を傷つけてしまいます。手傷を負わぬことが自慢であった忠勝は、自らの衰えを悟って隠居を決意。
念珠を手にして家康にその決意を告げる忠勝は、完全燃焼しきった充実感にあふれています。彼は幸せなもののふとしての生き方を全うしたと言えるでしょう。大坂の陣を待たず、忠勝は世を去るのでした(忠勝の関連記事→「生涯無傷の猛将」も老いれば……ちょっとしんみり、本多忠勝の晩年)。

真田丸本多忠勝霜月けい

慶長十六年(1611)、信之は赦免のために北政所・寧と接触しようと試みます。ツテを求めて信之は寧の侍女たちの指南役であった才女・小野お通と面会。稲やこうにはない、才気と上品さが漂っています。

加藤清正は、立派に成長した豊臣秀頼と家康が会えば『もっと豊臣を尊重するのではないか』と片桐且元に提案します。家康は自らが立て直した己の城に秀頼を呼びつけ、世間に豊臣は徳川より下であると知らしめようとします。清正は条件に難色を示しますが、秀頼は承諾します。

清正の胸に去来するのは、「もし私が志半ばで倒れたら、お前が秀頼様を守れ」という石田三成の言葉です。第三十四回(レビューはコチラ)の時点では隠されていた言葉の中身がやっとここで判明しました。

二人きりで対面するはずが、しつこくついてくる清正。家康は追い払おうとしますが、清正は粘ります。
家康は秀頼の堂々たる態度に圧倒され、「ご無沙汰しておりまする」と頭を下げるのでした。

あれは本当に秀吉の子か、と驚愕する家康。
本多正信は「秀頼がもっと凡庸な二代目であれば生き延びられたものを」と皮肉な笑みを浮かべます。
同時に、家康にとって邪魔となった清正を暗殺したらどうかと正信は提案。そして二代目服部半蔵の毒針にかかり、加藤清正はこの会見後、帰国中の船中で発病し、二ヶ月後に死にます。

この二条城の会見は、史実寄りの作風が特徴の本作にしては、旧来のフィクションよりの設定が目立ちます。
加藤清正はあまりにタイミングよく亡くなったため暗殺説がありますが、史実かどうかは怪しい様子。あと、二代目服部半蔵は、史実ではあまり有能とは思えない人物です。秀頼を演じる中川大志さんは細身ですが、史実では長身のうえに肉付きがよく、レスラー体型だったようです。

 

「軍勢をひとつの塊と思うな、一人一人が生きておる……」

信繁と春の長男・大助はあっという間に成長しました。しかし、近隣の子からは「罪人の子」と馬鹿にされ、落ち込んでいます。

そんな我が子に、信繁は「徳川を二度撃退した祖父の血を引くのだ。誇りを持て」と励まします。昌幸は大助に、馬鹿にされたら謝るふりをして噛みつけ、拳に小枝を握って相手を攻撃しろと「策」を授けます。信繁は、兄はそのやり方を好まなかった、嫌がっていた、常に正々堂々としたがっていたと回想します。

その時、昌幸はついに倒れたのでした。

死の床に伏した昌幸は、信繁を枕元に呼ぶと彼が書き残した兵法書を託します。
さらに、もし豊臣と徳川が争った時に徳川を倒す唯一の策を語り出します。西日本を舞台にした壮大な構想です。ダイナミックで夢のある話ですが、これまでの彼の見通りと同じで、あまりに己の願望が入りすぎていて楽観的です。さらに、戦をできるだけ長引かせることを目的としており、民にとってはまるで優しくありません。せっかく太平の世が訪れたのに、それをひっくり返す策を昌幸は考えていたわけです。

信繁もそう思ったのか、父上であればまだしも自分でできるかわからないと言葉を濁します。
昌幸はさらにこう加えます。

「軍勢をひとつの塊と思うな、一人一人が生きておる……それをゆめゆめ忘れるな」

昌幸は最期まで、信濃に帰ること、上田城に戻ることを願っていました。
最期に聞いたのは、馬の嘶きと蹄の音。半身を起こすと「御屋形様!」と叫び、そのまま息絶えたのでした。最期の息を吐くまで、信玄の幻を追い、戦で活躍することを夢見ていた一生でした。

 

 

MVP:真田昌幸

ヤンデレが重症化した春、鮮烈なデビューを飾った豊臣秀頼、三成の言葉を守った加藤清正など、よい人はたくさんいましたが、やはりこの人でしょう。
歳月の中で虚しさに押しつぶされ、老い衰えてゆく哀しさがありました。

 

総評

前回(第三十七回)、家康は「戦が出来ないようにしてやる。生き地獄を味併せてやる」と哄笑しました。

しかし家康は、そんなことをただ昌幸への嫌がらせとして実行したのでしょうか?
答えは「否」です。
別に昌幸だけにそんな仕打ちをしたわけではなく、全国の大名から庶民まで牙を抜き、「武力で解決する時代=中世」を終わらせたわけです。中世とはどんな時代か。それは今まで描かれて来ました。農民同士が土地の権利をめぐって暴力沙汰におよび(第三回)、もめ事を「鉄火起請」で解決する(第十二回)、そんな世の中です。

暴力的で殺伐とした時代はもう終わりにすべき――そう思ったのは家康が初めてではありません。
今回、薪をめぐる争いで助言を求めた村長に、信繁はいかにして戦うかではなく、秀吉の定めた近世のルールを説明しました。家康が昌幸を生き地獄に落とす前に、豊臣秀吉が既にそうしていたのです。
あの短い場面には、父子の間で価値観が違うことも描いていました。

犬伏の別れで(第三十五回)、信繁は父相手にはっきりと「夢物語はもう終わりにしてください」と諭しておりました。昌幸が乱世に戻すプランを滔々と語るとき、信繁は「父上ならばできても自分ではできろうだろうか」と言葉を濁していました。信繁にとっては、今の世の中を再度乱世に戻すことは荒唐無稽な夢物語です。
その夢物語の中身は旧主・武田信玄への憧憬です。息子二人に全否定されたにも関わらず、昌幸は最期の瞬間まで、夢を忘れず追い続けました。

乱世を終焉に導くことは、家康と対立した石田三成や大谷吉継もはっきりと目指していた路線です。この二人は、北条氏康・氏政父子との戦を回避したがっていました。二人は北条との和解を阻み、戦で儲けるという中世的な手段で利益を得た千利休を憎み、死へと追いやっています。

こうした中世から「太平の世=近世」への歩みを阻んできたのが、他ならぬ真田昌幸でした。
夢物語を追うと言えばロマンチックですが、その夢はたっぷりと血を浴びたものでした。沼田問題で北条を合戦と滅亡に追い込み、関ヶ原でも昌幸は天下を乱す方向性に賭けていました。最期の最期まで、乱世を長引かせ、人々を巻き込み、戦を継続することを妄想していました。

この男は魅力的ですが、とんでもない危険人物です。
近世を受け入れられず、中世にしか生きられないという時点で、家康が手を下すまでもなく、昌幸はもう滅びるしかない男であり、危険人物でした。
現代的価値観から見ればそうなるというわけではなく、江戸時代初期の時点で昌幸は危険なのです。

昌幸を九度山に追放したのは家康という人間ですが、時代を変えてその生きてゆく場所をなくしたのは、時代の流れです。「戦のない時代」が昌幸にとって生き地獄であるならば、豊臣の世で泰平がおとずれた世でも地獄なのです。既に昌幸は、豊臣政権下で覇気を失っていました。
一時的にそれが甦ったのは、関ヶ原前夜に中世の残滓を嗅ぎ取ったからに過ぎません。骨の髄まで中世人の昌幸は前時代の遺物です。善悪正邪でわけるのであれば悪であり、邪です。主人公の父であり、魅力的な人物であるから彼の死が無念であり、不遇に思えますが、自業自得とも言えるでしょう。

が、しかし。
正しくないからなんなのだ、時代遅れだからなんなのだ、見果てぬ夢を見続けて世を去った真田昌幸はそれでも魅力的じゃないか、と言えるのが本作のよいところです。
真田昌幸は生ききった、三谷さんは書ききった、そして草刈りさんは演じきった、そう言えます。この、邪悪でも魅力的な昌幸像を作り上げてくれた皆さんにありがとうと言いたいです。

 

追記その一
「今週は忠勝、清正、昌幸がナレ死」という意見をちらほら見かけましたが、「ナレ死」とは死ぬところを写さずにナレーションだけで済ませる場合ではありませんでしたか。前者二名はともかく、昌幸は該当しないと思います。

追記その二
「真田丸」の関ヶ原の戦いが50秒で終了 カットになった撮影の裏事情
この媒体のあやしげな記事にいちいち突っ込むのもどうかと思いますが、本作のクライマックスは大坂の陣でしょう。大坂の陣は既に大規模な準備が開始されており、さらに十月から十二月まで時間をたっぷりと使います。三谷さんのことですので、政治劇もたっぷりと織り込まれることでしょうが、これだけ話数を使うのですから大坂の陣までショボいのではと心配するのは、杞憂かと思います。

 

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著:武者震之助
絵:霜月けい

 





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