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西郷どん特集 その日、歴史が動いた 幕末・維新

哀しき内乱・西南戦争がスッキリわかる 「視察」が「刺殺」で大久保は号泣した!?

更新日:

西南戦争と西郷隆盛

いつの時代も、乗れる人と乗り遅れてしまう人がいるもの。
今のように「新しい家電の使い方がわからない」程度ならまだしも、生活がかかっているとなればそうもいきません。

明治十年(1877年)9月24日、日本最後の内乱となった西南戦争が終わりました。

西南戦争といえば西郷隆盛
倒幕にも大きな役割を果たした彼が、なぜ自分も参加した政府に逆らうことになったのでしょうか?

田原坂の戦い・鹿児嶋暴徒追討記/国立国会図書館蔵

 

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西郷隆盛、新政権離脱の3つの理由

理由はいろいろありますが、大きなものは三つ。
薩摩がもともと遠隔地で、時の政権から物理的にも心理的にも遠かったことがまず挙げられます。
なんせ鎌倉時代からずっと同じ島津家が治めていたのですから、気風が固定化するのも当然のこと。鎌倉時代から続く家柄は他にもありますが、領地までほぼ同じというところはそうそうありません。

もう一つは、同じ薩摩出身者の中でも意見が分かれてしまったこと。
人間、共通の敵や目標があれば団結しやすいものですが、倒幕が叶った後は同じ藩の中でも様々な思惑が飛び交います。
西郷のように「ロシアに対抗するためには、西洋化だけじゃなく武士の気風も残していかんと!」という派閥もあれば、「西郷とか大久保みたいなポッと出にいつまでもデカい顔させるか!島津は新政府の中心になるんじゃ!」と企む島津家のお偉いさん方もいました。

 

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武士がもぎとった明治維新の結果「士族はクビ!」

そして最後に、新政府が士族(武士)に何の保障もしなかったことです。
おそらくこれが一番の原因でしょう。
それまで家柄の良さで優位に立ち、何よりお殿様から給料をもらって暮らしていたのに、いきなり「お前らの特権もうねーから働け!」と言われても、ほとんどの人はナ、ナンダッテー!状態。
中には河井継之助の最期を看取った外山脩造のように、学問や商売を始めて成功する人もいましたが……うまく行く人ばかりとは限りません。
元大奥の女性達もですが、言葉遣いが大仰過ぎてお客さんに通じないというケースが多かったそうです。
士族であればなおさら、今まで目上の人間以外に頭を下げるなんてしたことないですから、商売がうまくいかないのは当然といえば当然でしょう。

ここまで要因が積み重なると、いずれ爆発するのは時間の問題。
そこへ拍車をかけたのが、西郷たちの失脚です。
教科書的に言うと「明治六年の政変」ですね。

当時、新政府の内部は政策を巡って大きく二つに分かれていました。

板垣退助/国立国会図書館蔵

西郷や板垣退助(あのすごいヒゲの人)は「早く外国と通商条約を結び、経済を潤して強い国を作るべきだ!」という考え方。
対して大久保利通(実は麻生副総理のひいおじいさん)たちは「いやいや国内がまだ荒れてるから、そこを何とかするのが先でしょ」と慎重派。
結局明治天皇の意向で後者の意見が通るのですが、これに不服だった西郷たちは一斉に辞職してしまったのです。

 

西郷「スポーツでストレス発散でごわす!」若者「戦争するぞ!」

西郷は薩摩に戻り、武士の気風を教える私学校を開きました。
皮肉にも、西郷が戻ってきたことによって不満を持て余した士族たちが薩摩に集まってきていたからです。
そのまま放置しておいては暴動が起きるかもしれない、ということで、漢文の教育や軍事訓練を行い、統率しようとしたんですね。
しかし、これが結局西南戦争の原因を作ってしまうのでした。

同時期に、やはり新政府のやり方に反感を抱いた士族たちの反乱があっちこっちで起こります。
大久保たちはおそらくこれを見越して「内政が優先」だと考えたのでしょう。
事が起きてから対処するより防止策を考えておけよ、とツッコミたいですがゲフンゲフン。

大久保利通/国立国会図書館蔵

そして明治九年の廃刀令により、士族の特権は完全に奪われてしまいます。

加えて徴兵制により、今まで素人だった農民や町民が兵士として教育されることになりました。
これではたとえ軍に志願してもやる気が出ないというもの。

これで火がついてしまった士族たち、あっちこっちで反乱を起こします。
新政府は鎮圧に乗り出しますが、ここでふと気付きました。
「もし、薩摩で同じような反乱を起こされたら……」
統制が取れた集団は、軍隊として成り立ちます。
まして士族から人気の高い西郷が旗頭になれば、士気の高い軍になることは間違いありません。

「えらいこっちゃ」と考えた新政府、反乱を防ぐために薩摩の火薬庫から火薬を運び出します。
しかし薩摩の士族からすれば「ウチがいざってときのために用意したモンを、なんで勝手に持っていくんじゃい!!」ってなもの。
ここで士族と新政府の衝突が起こり、あれよあれよというまに西南戦争へなだれ込んでいってしまったのです。

 

新政府軍の指揮官・大久保利通は号泣

西郷は「士族たちを纏め上げ、新政府の中で新しい役割を与えてもらいたい」という考え方でしたので、戦争には当初積極的ではありませんでした。
しかし、不幸なことに本格的な戦闘開始までの間、連絡の不備や誤解による擦れ違いが多く起きてしまします。
例えば、新政府側は当初西郷や薩摩の意思を確かめるべく、「視察に行った」つもりでした。
しかしこれを薩摩側が「西郷どんを刺殺しに来た!」と勘違いした、という説があります。
日本語って難しい。

また、大久保からの使者が自白したことも輪をかけて薩摩側の不信を高めました。
これには西郷も「大久保もおい(俺)を殺そうとしていたのか……」と思わざるを得ません。
もし、ここで誤解だったことがわかっていたら、西南戦争の犠牲はもっと少なかったのではないでしょうか。

その後、薩摩側は健闘しますが、新しい装備・兵器を揃えていた新政府軍にあえなく追い詰められてしまいます。
それでも死者数は両軍ともほぼ同程度ですから、西郷の施した教育の成果が窺われますね。
9月19日には西郷を助けるための使者も出向いていますが、薩摩側が受け入れず捕虜になってしまいました。
恐らくこの時点で、西郷は自決の覚悟を決めていたのでしょう。
そして9月24日、新政府軍の総攻撃を迎え撃って倒れた人々を見届けた後、西郷は側近・別府晋介の介錯でその命を終えました。

西郷は天才肌とか極めて優秀というタイプの人間ではありませんでしたが、飾らない人柄とそこから生まれる機転で上は明治天皇、下は地元民まで広く愛されました。
結果的に敵対し、京都で新政府軍の指揮を取った大久保利通でさえ、西郷が死んだと聞かされて号泣したといいます。
大久保は身分が低かった頃から西郷と知り合いでしたし、戦争になる前には伊藤博文へ「西郷がいれば、薩摩は軽はずみなことをしないだろう」と書き送っていますから、その信頼のほどが窺えるというもの。

伊藤博文/国立国会図書館蔵

戦争が始まってからも何とか説得したかったようで、薩摩へ行きたいと主張していたのですが、伊藤に反対されたため会えませんでした。
鹿児島の皆さんの間だと大久保さんは不人気のようですが、西南戦争についてはどっちかというと伊藤さんの方がアレな気がしますねえ。
まあ、伊藤は長州だから、薩摩にとって怒りの矛先を向けにくいのかもしれませんね~。

長月 七紀:記

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