現代の科学で解明されていて、うまく付き合っていくことができればまだマシですが、そういう観念のない時代、まさに病気は死神そのものであっただろうことは想像に難くありません。
しかし、技術の進歩によって、人類はさまざまな病気を克服してきました。本日はその一例のお話です。
1823年(日本では江戸時代・文政六年)1月26日は、エドワード・ジェンナーというイギリスの医師が亡くなった日です。
「誰それ?」という声が聞こえてきそうですが、実は彼は人類を長年苦しめてきた、とある病気根絶のきっかけを作った人でもあります。
「根絶」のあたりでピンと来た方もいらっしゃるかもしれませんね。
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漫画『大奥』にも、その名が登場、ジェンナーさん
ジェンナーは、天然痘ウイルスのワクチンの原型を作った人です。
よしながふみ先生の『大奥』でも、作中のキーとなる「赤面疱瘡」の解決方法を探る過程で、彼の名がチラっと出てきますね。具体的にいうと10巻です(単行本派→Kindle版もあります)。
まぁ、それはさておき、ジェンナーが天然痘と闘うまでの経緯から見ていきましょう。
まず、当時のイギリスでは天然痘がたびたび流行していました。
中世の暗黒時代ほどではなかったにせよ「お偉いさんの肖像画を描くときに、天然痘の痕を描かない」のが常識になっていたくらいですから、”たまに流行る病気”くらいの身近さではあったのでしょう。
年頃の女性にとっては、結婚に関わることという意味でも脅威でした。
未婚であれば嫁ぎ先を見つけることも難しくなりますし、既婚であっても愛想を尽かされてしまうかもしれません。
メアリー・モンタギューという女性も、その一人でした。
軽症の患者から膿を採取し皮膚に塗れば大丈夫!?
彼女はオスマン帝国駐在大使の夫人で、イギリスにいる間に天然痘にかかり、運良く生き残りました。
親族を天然痘で亡くしたこともあったので、彼女にとってこの病気は心底恨めしく思えたことでしょう。
幸い夫は彼女を見限ることはなく、赴任先にも連れて行ってくれました。
彼女の手紙には、オスマン帝国の女性の美しさや気配りについても書かれているそうですので、痘痕を気にせず外出することもできたのでしょう。
そんな中で、メアリーはオスマン帝国で行われている、天然痘への対策法を知ります。
「軽症の天然痘患者の発疹から膿を採取し、感染していない人の皮膚につける」というものです。
これを知ったメアリーは、さっそく自分の子供にこの「人痘」を受けさせました。そしてロンドンへ戻った後、人痘を積極的に広めようとします。
しかし、医学界からは「東洋の野蛮な民族のやることなんて、アテにならないに決まってるだろwww」(※イメージです)と言われて、なかなか信用や協力を得られませんでした。
わずかな医師がメアリーに賛同し、7人の囚人へ人痘を受けさせる治験を実施。今やったら人体実験として大問題になるところですね。
運良く、このときの7人は全員生存します。
また、この方法にときのイギリス王妃・キャロラインが賛同し、自らの娘、つまり王女たちに人痘を受けさせます。
これにより一般の人々も人痘への恐怖感が薄れ、少しずつ広まっていきました。
牛痘ならばもっと多くの人を救えるのでは?
ジェンナーが生まれた1749年頃には、既に世間一般で人痘への抵抗感は少なくなっていたものと思われます。
しかし、人痘は完全な予防法ではなく、数%の確率で通常通り発症してしまうことがあり、命を落とす人もいました。
ジェンナーはこの数%をなくすべく、新たな方法を考えます。
そこで耳に入ったのが「牛痘」という天然痘によく似た病気でした。
文字通り牛の病気なのですが、牛の世話を農家の人がたびたびかかるもので、しかも「一度牛痘になると、天然痘にかからずに済む」といわれていたのです。
ジェンナーは「これ、うまくやれば天然痘の予防に使えるんじゃないか」と考え、研究を始めます。
そして18年もの間あれこれと試行錯誤し、1796年に初めて使用人の子供に摂取しました。
若干症状は出たものの、その子供は無事治りました。さらにその後、同じ子供へわざと天然痘ウイルスを接種しましたが、発病することはありませんでした。
牛痘が安全かつ効果があるということが証明されたのです。
1798年にジェンナーはこれを発表し、4年ほどでイギリス議会から賞金を贈られるほど認められました。
が、やっぱり医学界ではなかなか認めようとしませんでした。頭が固いなあ(´・ω・`)
この時点でも、イギリスの天然痘による死者は4万5000人くらいいたなんですけどね。
「牛になっちまう!」「それでも死ぬよりマシだろ!」
当時は「牛痘が牛の病気を利用している」ことから「そんなもんやったら牛になっちまうだよ、おっかねえよ!」という人もおり、説得に苦労した地域もあったようです。
さらに、医師の中でも中途半端に牛痘のやり方を聞いた人が、ウイルスの入っていない牛の体液を使って失敗し、「やっぱインチキじゃねーかwww」(※イメージです)と中傷してくることもあったそうです。
しかし、その後史上何度めかの天然痘大流行が起こると、「死ぬよりマシ」と考えた人が増えたのか、正しい牛痘接種が急速に広まりました。
ジェンナーは1801年に、「牛痘を接種した人は、イギリスだけで10万人に達した」という報告をしています。
そして牛痘を元に、より発病する可能性の低い天然痘ワクチンが作られ、そちらの接種も広まった結果、1980年に天然痘は撲滅されました。
ちなみに、ジェンナーは以前人工授精の成功者としてご紹介したジョン・ハンターの弟子でした。
「一般人とは違った着眼点が、その後多くの人を救った」という点ではよく似た師弟ですね。
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生物兵器テロとして使われるおそれも!?
現在、自然界には天然痘ウイルスが存在しないといわれています。
ただ、ごく限られた一部の研究所にはありますし、そこから漏洩して発症した例は度々あるので、「この世に存在しない」とはいいきれません。
最悪の事態としては、生物兵器としてテロに利用される恐れもあります。自衛隊のイラク派遣時には、天然痘ワクチンの集団接種が行われました。
日本の法律では天然痘は「1類感染症」に分類され、「全ての患者を国に報告しなければならない」とされているので、万が一それらしき症状が出た場合には、電話で一報入れてから速やかに医療機関を受診してくださいね。
電話しておかないと、病院がリアルバイオハザードになってしまいますので重要です。
最寄りの保健所に電話して、指示を仰ぐのもいいでしょう。
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長月 七紀・記
【参考】
東京都感染症情報センター
国立感染症研究所
エドワード・ジェンナー/wikipedia
牛痘/wikipedia
種痘/wikipedia
Lady Mary Wortley Montagu/wikipedia
BD