九郎助稲荷の前で、花の井改め五代目瀬川が手を合わせています。
「重三の『細見』がうまくいきんすように……お頼みんす」
そこへ蔦重が、風呂敷だけを広げて持ってきました。
瀬川と蔦重こそ、吉原隆盛の立役者
「うっす! 花の井〜」
「なんなんだい? その風呂敷」
風呂敷の中身がすっからかんになったってことだぜ。やったな!
売り切れだと得意げに話し、この調子なら倍なんてお茶の子サイサイと自信満々の蔦重。
しかし、瀬川は心配しています。
本屋が仕入れただけで、町の人に売れたわけじゃない。そう心配すると、蔦重が言い返します。
「お前が喜ぶと思って、一番に言いにきたのによ」
すると瀬川が花の蕾が綻ぶような喜びを微かに浮かべつつ、こう答えます。
「まあわっちもせいぜい、助太刀いたしんすよ」
瀬川をぶらりと物見に来る客もいる。その客が思い出の品として『細見』を広めたくなるよう、気合を入れるってよ。
「無理すんなよ」と返す蔦重。
この幸福は儚いものでもあります。
もし、蔦重が本屋になったら吉原を離れるかもしれない。吉原が千客万来になったらなったで、瀬川は誰かに身請けされる可能性が高まる。泣けてくらぁ!
裁きがくだった鱗形屋
次に蔦重が向かうのは駿河屋のもとでした。
煙管の灰を落としつつ、どうだったのか?と親父がぶっきらぼうに尋ねてきます。
持ち込んだ分すべてが捌けたと答える蔦重。
駿河屋は「鱗形屋の話は出なかったか?」と気にしています。
すると目端の利く留四郎が、鱗形屋の裁きも出たから案じていたのではないか?とすかさずフォローの説明。この留四郎、江戸時代の商家も「理想的だ」と感心しそうな利発さがあっていいですね。
留四郎曰く、なんでも『節用集』の板木と、摺本2,800冊を召し上げられたそうで……案外と軽いモンですね。
一体なぜそのような軽い裁きとなったのか?
鶴屋に報告する鱗形屋の話によると、どうやら人格者の須原屋が間に入ったそうで……地本問屋じゃねえのかよ。
すると鶴屋が、蔦重の作った『吉原細見 籬(まがき)の花』を鱗形屋へ差し出します。
籬(まがき)というのは、吉原の見世にある格子状のもののこと。格があがるほど見えにくくなっていて、籬を見れば中にいる女郎のランクがわかる仕組み。
鱗形屋を焚き付けるように、鶴屋が「鱗形屋がいないうちに作った」と煽り、さらにこう続けました。
「鱗形屋さん。あれは吉原の引き札屋(チラシ屋)です。とても本屋なんてものじゃない」
ギリギリと『細見』を握りしめる鱗形屋でした。

引き札(歌川芳艶作)/wikipediaより引用
『新吉原細見』VS『籬の花』
三味線の音が響き、金屏風がキラキラと輝く様が見えてきます。
吉原のイベントのようで、西村屋版『新吉原細見』の販促でした。揃いの衣装を着た娘がニッコリしつつ、宣伝コピーを語っております。
西村屋と忠七は、案ずるほどでもないと安堵しているようでして、別に負けちゃいないと強気です。
するとそこに太鼓の音が響いてきた。
「細見! 細見! 新しい『吉原細見』!」
お、ありゃ蔦重じゃねえか。
橋の上で竿を立てると『新吉原細見』を模したデカい看板のような箱があります。パカっと割れ『籬(まがき)の花』が二冊飛び出す仕組みでさ。そこで半額アピールよ!
江戸っ子たちはどよめき、どーっと移動していきます。
瀬川襲名プレミア版だとそつなく語る蔦重。
ここの場面は、ここ数日、ネットでざわついているカップ麺のアニメ広報を思い出しましたぜ。
宣伝としてみていきますと、西村屋は女の色香でアピールしている。定番商品だし、そうすりゃ売れるってことだろ。
一方で蔦重は、ギュギュッと商品特性を埋め込んでますわな。半額。瀬川襲名のプレミア版。
広報としてどちらが上か?って話です。
今炎上しているカップ麺広告は、女の子がかわいいと言いたいことはわかった。
しかし、どうしてそのカップ麺の出汁がうまいのか。まったく伝わってこないわけでして。
一方で、炎上元の競合最大手は、アニメやゲームを使ってサブカル方面に目配せができているだけでなく、商品特性まで入れ込んでいる。ちゃんとうまそうだと思えるんです。
手癖だけじゃ、いかんってことだな。
さて、そんな広報で風に乗りますと、中身もよいので『籬の花』は売れます。倍もいけました。
そして瀬川目当てで客が増える。
まさに千客万来。
瀬川の花魁道中を、天女を見るような目で眺める客たち。
蔦重が細見を売り、瀬川が客を引き寄せる。朝顔のもとで出会った二人は、吉原繁昌の立役者となったのでした。
忘八親父、「耕書堂」を認める
耕書堂――そう掲げ、蔦重はそれを眺めます。
書をもって世を耕す。源内に託されたその志を叶えることができるのか。
あのドケチな忘八たちも、蔦重祝いの席を設けました。
褒められて、ケツの穴がムズムズすると照れる蔦重。みんな立派になったと喜び、あの駿河屋がこうきました。
「飲め」
くーっ、いいじゃねえか! すると蔦重はこう返す。
「全ては今日まで育ててくれた親父様のおかげです」
そうして酒を注ごうとすると、駿河屋は鋭い目でこうだ。
「おめえ、俺に喧嘩売ってんのか?」
「すみません、いただきます!」
素直に盃を差し出し、なみなみと注がれた酒をグイグイと飲み干す。これほど酒がうめえこともねえでしょうな。
二階から降りていくと、女将のふじが優しく声を掛けてきます。
みんな吉原が自前の地本問屋をもてるなんて思っていなかっただろうと、ふじは語る。
あの忘八が味方につきました。こんなことがあるなんてよう、よかったよかった。
するとそこへ、瀬川に会う攻略法を齧ったような客がきましたぜ。そんな奥の手はないとふじは言いつつ、瀬川のほかにもいい妓(こ)がいると勧めている。
と、蔦重の顔からスッと喜びの色が消え、心配そうな顔になります。
店から出ると、二人の客が瀬川の噂をしていました。瀬川は俺に首ったけだとホラを吹く男に「そりゃねえだろ」と小声で突っ込む蔦重です。
誰も彼もが瀬川目当てなのに、こいつは…
「お兄さん♡」
蔦重の背後から、女の声音で平賀源内が声をかけてきました。あの鬼の割付・校正をやらされた新之助もおります。
今日は何をしに?と問われると、源内はこうだ。
「もちろん瀬川よ♡」
一体どんな妓(こ)かと聞かれ、蔦重は花の井の襲名だと明かします。驚く新之助、納得する源内です。
その瀬川は、次から次へとお座敷に顔を出すような、実にハードなスケジュールをこなしていました。
平賀源内と新之助のもとには蔦重だけが来て、瀬川が会えないことを伝えます。それから新之助には、うつせみが会いたがっているのでこのままあがって欲しいと伝えます。
「かけもちにはなっちまうようですが……」
一晩で二人以上客をとることで、新之助はどうも肌が合わないと断ります。
彼女の過労を心配しているのでしょう。新さん、あんた、優しい男だよ。蔦重も「新さん」と呼んでいて、すっかり仲良しだね。
源内は窓から外を見て、人出の多さに驚いています。謙虚な蔦重が『細見』でなく瀬川のおかげだと答える。
「俺ァ何をすりゃあいつに報えんのか、考える時があります」
源内は、瀬川の言葉を思い出しています。
――重三が誰かに惚れることなどござんすのかねぇ。どの子も可愛や、誰にも惚れぬ。あれはそういう男でありんすよ――。
そして蔦重にこう告げました。
「んじゃいっそ、おめえさんが瀬川を身請けしてやりゃどうだい?」
ギョッとする蔦重。
身請けとは、女郎が客に身の上を引き受けてもらうことだと稲荷ナビが説明します。そして、相手の妻や妾になる。
女郎の幸せといえば身請けだと源内が蔦重の背中を押すのですが、「できるわけねえ」と即答します。
身請けの費用はいくらぐらいなのか?
新之助にそう尋ねられ、どんなに安くとも百両~二百両、瀬川ともなれば千両を超えるんじゃないかと蔦重が答える。
なんせ花魁の身請けには、花魁の体重と同じだけの黄金が必要になる、なんて話もあるくれえでして。
新之助は「そんなに!」と驚くばかりです。そりゃあ、彼も辛いよな……。
それでもなお「小せえ頃に大きくなったら一緒になろうね」なんて考えたことはなかったのかと源内に尋ねられ、蔦重は幼少期を思い出しています。
彼女の宝物であった根付けが井戸に落ち、それを掬おうとして、やっぱりダメだ……と柯理(からまる)が諦めようとすると、あざみが引っ叩いてきた。
「偉そうに。あんた誰の稼ぎで食ってんだい!」
昔から気の強い相手だったなぁと回想する蔦重に、どんな女に惚れるのか、今まで惚れたのはどんな女だったのか?と源内が深堀りしてきます。
「いや〜いねえっすね!」
否定する蔦重を見て、新之助は吉原にいて女に惚れたことがないことに驚いています。
「吉原もんは、その手の心根、抜かれちまうんですよ。女郎には死んでも手出しちゃなんねえって叩き込まれますし。誰かをてめえのもんにするとか、考えたこたねえっすね」
「虚しい話だねえ、どうも」
「そうっすよねえ」
「おめえさんじゃねえよ」
窓の外を眺めつつ、そうつぶやく源内。キョトンとして気づいていない蔦重。
吉原者は、女性だけでなく男性も何かを封じ込められて生きていることが見えてきますね。
そのころ瀬川は客の隣で目を覚ましています。
身体の痛みに呻きながら呟く。
「はぁ、ちくしょう……めちゃくちゃしやがって」
そして気だるげに煙管でタバコを吸いつつ、『細見』の表紙に目をやるのでした。
吉原から打開策を思いつく源内
平賀源内が田沼邸にいます。
炭の件の進捗を確認する意次に尋ねられ、順調な様子が伝わってきます。
田沼家では社参の準備中でした。
白眉毛子と松平武元がいちいちケチをつけてきて苦労したそうで……くだらんこの上ない!と吐き捨てる意次。

田沼意次/wikipediaより引用
すると源内が、吉原の瀬川のことを持ち出します。
花魁道中を見るために吉原に客が殺到する――これをヒントにして、社参も民衆向けのイベントにしたらどうか?と提案するのです。
「社参を見せものにして、金を得る場にせよと?」
源内はこれを機に、宿場の商いを盛り立てるなど、容易いことだと請け負います。かつ、そこでの儲けをうまく使って、二朱銀への置き換えも進められる、と。
さぁ、うまくいきますかね?
確かに武士の行事を町人が見物することは実際にありました。
福島県相馬市の「相馬野馬追」という行事がありますよね。
江戸時代ともなりますと、周辺諸藩から見物にくることが定番化。
神事だ、武士の鍛錬だなどとは言われますが、見ていて面白ければレジャーになるということですね。
社参もそんなイベントにできるのか?
千客万来でも、問題はある
蔦重が松葉屋に本を貸しにいくと、瀬川の姿が見当たりません。
なんでも昨夜の客がひどい「強蔵」だったんだとか。
それを聞いた蔦重が、松葉屋の女将のいねに「なんでそんな客つけてんすか!」と迫るも、あっさりシラを切られてしまう。
すると、その場にいた松の井がつっこむ。
「強蔵なんて女郎やってりゃ誰だって当たりんす。瀬川だって初めてでもござりんそう」
「けどあいつは今、誰より忙しいんすよ! 親父様、そんな客をつけないでくだせえ!」
そう松葉屋に懇願するのですが……ここで煙管を叩きつける松の井。
「ならば、わっちなら構わぬと? うつせみなら構わぬと? 瀬川でないのならよいと? 誰かが相手をせねばならぬのでありんす!」
二人の様子を見かねたのか、うつせみが止めようとするも、その彼女の首にも、絞められたような赤い筋が浮いています。
愕然とする蔦重に、松の井は冷たく続けます。
「自ら手を挙げた瀬川がきついのは自業自得。それより、その尻拭いをするわっちらの身にもなってほしいものでありんす」
本作は本当に画期的だと思います。
女たちはイケメンを取り合うどころか、嫌な相手をいかに避けるのかを考えている。地に足がついた吉原の残酷さがそこにはある。
光が眩ければ眩いほど、落ちる影は濃くなるものです。
つるべ蕎麦で、蔦重は次郎兵衛にこのことを話しています。
無粋な客が松の井に「瀬川か?」と話しかけたり。瀬川に会いにきたという野暮も山のようにいたり。
半次郎がこのことをまとめます。
「客がねえのも困りもん。来たら来たでも困りもんか」
「ああ……一体女郎ってなぁ、どうやりゃ報われんだ」
嘆く蔦重に対し、次郎兵衛が身請けだと答えると、すかさず半次郎は身請けよりマブだと言います。マブはつとめの憂さ晴らしだとよ。
「マブか。いなそうだな、あいつ」
煙管を吸いつつ、そう思う蔦重。そのころ“あいつ”こと瀬川は、赤本『塩売文太物語』を手にしていました。
これはかつて柯理(からまる)が、根付けをなくしたあざみにくれたもの。
そこへいねが来て、予定を告げていきます。休む暇もない激務が続いていました。
鱗形屋復活を画策する鶴屋
鱗形屋が鶴屋に新作を見せているようです。
しかし鶴屋は「まずはあえて少なくまきましょう」と、ムカつくことを言い出しておりやす。
流通量絞るたぁ、汚ねえ商売だよ。
鱗形屋は「売れそうもないのか……」と早合点しますが、むしろ逆、鶴屋は売れると踏んでいました。
本好きのファン心理を刺激するため煽りに煽る。そして頃合いを見て一気に売り出す。そうすることで、青本は鱗形屋さんだと評判を高めるというのです。本当にムカつく売り方だな。
鶴屋が裏もなく鱗形屋を助けようとは思っていない。復活させることで、新規参入しようとする蔦重を追い出そうという狙いですね。
「大事にすべきは鱗形屋さん。吉原の引き札屋ではないと」
最後の最後で、魂胆を明かすのでした。
関東の誇りと侠気のある須原屋
そんな企みも知らず、蔦重は鱗形屋が閉まっているのを見て、須原屋に来ました。
須原屋も、鱗形屋の重板は俺が漏らしたと聞いているのか?と確認すると、市原屋は即座に否定。なぜ?
「うん? 裏切ったのは手を組んでいた侍だ。鱗形屋に全ての罪をおっかぶせて逃げやがった」
事の真相を知って驚く蔦重です。しかし、なぜそんな話を知っているのか、不思議に思っていると、須原屋の方から説明が始まりました。
詳しく聞けば、この話を収めたのは須原屋というではないですか。上方に対し、それ以上騒ぐと、おめえたちのやってる偽板を訴え返すと怒鳴りつけたんだとよ。
「まァ上方はこっちのことは責めるくせに、てめえたちのことは何でも棚上げしやがるんだよ」
「本は上方から流れてくるもんだったからですか?」
そう返す蔦重。江戸で生まれた本屋は、須原屋と鱗形屋しかない。だからこそ須原屋は鱗形屋を見過ごせなかったんだとよ。
「おめえは面白くねえかもしれねえけど、俺の立場としちゃ、助ねえわけにはいかなかったんだよ」
「いえ、俺も鱗の旦那には潰れてほしかったわけじゃねえんで」
須原屋がその話を聞きに来たのかというと、蔦重は用件を告げます。なんでも本の相談に乗って欲しいんだってよ。ある女郎に本を贈りたいそうですぜ。
このシーンは、「上方」のマウントを須原屋が指摘したのが実に興味深い。こりゃァ日本史につきまとう宿命じゃねえかな。
東日本の関東が政権の中枢を握ったといえば、鎌倉時代と江戸時代ですね。
んで、ちっと考えてみりゃわかるんですけど、大河ドラマでここをじっくりと扱った作品って、どれだけありますか?
幕末ものの場合、新選組や会津藩目線であろうと、京都での政治情勢に時間が割かれる。
あれもおかしな話でして、京都でテロの嵐が吹き荒れる中、関東では幕臣たちがフル稼働して近代化を進めていたわけです。
どうしたって西日本目線が強いうえに、どこか見下しているんじゃないかというのは薄々感じてしまうところなんですね。
明治以降、現代に至るまで、日本は結局、西高東低なんです。
西日本でも衰退している地方はあるし、ピンとこないかもしれません。けれども明治以降のインフラ整備やら何やら、調べてみるとそうした傾向が見えてくる。
試しに今年は上野に花見にでも行ってみてくだせえ。今年は大河がらみのイベントもありますぜ。
その上野にでかい西郷隆盛像があるじゃないですか。あれこそ、日本の政治が持つ西高東低の象徴だと私は思います。
上野といえば寛永寺。徳川将軍家の菩提寺がある、由緒ある土地でした。そこが維新前夜、彰義隊が粉砕される上野戦争の戦地となりました。
よりにもよってその上野に、強引な武力討幕を推し進めた西郷隆盛の像を建てるって、慰霊どころか真逆のスタンス。そういうセンスが実に気持ち悪いのです。
そして西郷隆盛をやたらと明るい像で描いて大河ドラマにするんだから、時折、もうどういうことだか私にはサッパリ理解できなくなる。なんなんだよ。どういうセンスだよ。

大富豪の鳥山検校
瀬川は、大金をはたいてきた客相手に、初会に臨みます。
客は盲(めしい)の大親分で大層な金持ちだそうです。
稲荷ナビによる「当道座」制度の説明によると、朝廷および幕府は、盲人を保護する福祉制度を設けておりました。
「当道座」は男性の盲人に対する制度であり、この制度に属するキャラクターとして最も有名なのが「座頭市」でしょう。
「座頭」とは、盲人の位では一番下。その座頭の市がえれぇ抜刀術を支えたという、子母澤寛の短編が始まりでやんす。

座頭/wikipediaより引用
それが後に勝新太郎の演じる映画としてシリーズ化され、人気が爆発。
一体どれほどの人気だったのか?というと、ハンデ持ちの剣客という点に刺激を受けた香港や台湾で、「片腕カンフー」ものという映画が作られたほどです。
盲目でなく隻腕なのは、大人気作家・金庸の『神鵰俠侶』主人公が隻腕であったこともむろんあるのでしょう。
『べらぼう』の稲荷ナビをつとめる綾瀬はるかさんが、『ICHI』で演じたこともあります。
女は当道座とは組織が別なので、「瞽女」(ごぜ)になります。

葛飾北斎『北斎漫画』の座頭と瞽女/wikipediaより引用
座頭が一番下だとすると、一番上は検校となります。
座頭は按摩や鍼灸師といった職種が多く、その一方、検校までのぼりつめかつ瀬川を買えるほどとなると、稼業は見えてきます。
盲人の特権として認められていた、高利貸しですな。
さて、稲荷ナビはこの盲人の扱いをキチッと説明してきまして、検校のもとへ向かう女郎たちが口々にこう言います。
「わっち、盲は嫌いでありんす」
「やたらいばるのも多うありんすし」
「来世は地獄さ」
この言葉に、稲荷が「忌み嫌われる側面も持っておりました」と付け加えると、そういうのは得てして下っ端で検校ともなれば違うといねが突っ込みます。
瀬川は振り返り、こう呼びかけます。
「みな、金の山が座っていると思いんしょう」
綺麗事は言わねえでキッチリまとめてきたな。
この場面は実に意義があります。
まず「盲」(めしい)を差別的と取られかねないか?という論点が浮上しかねません。
具体例を挙げますと、山田風太郎の小説『甲賀忍法帖』があります。これが『バジリスク』として漫画化、アニメ化されると大ヒットしました。
この作品では瞳の力で敵の忍術を無効化できる朧というヒロインが登場し、彼女がその瞳の力を封じるために、七日間だけ目が開かなくなる薬を使います。
原作では「七夜盲」(なのよめくら)。
それが他のメディアで扱われると「七夜闇」(なのよやみ)に変更されたのです。
別に原作に差別的な意図はありません。時代背景を踏まえれば、そのままでよかったのは? なんともしょうもない変更だと思えたものです。
こういう学級委員みたいに、ルールを守ることばかりがいい子ちゃんだと思いたがる人っていますよね。
なんでそのルールがあるのか。どうしてそれが悪いのか。そういう経緯は無視して、ネチョネチョネチョネチョいい子ちゃん仕草をこねくり回す奴ァどこでもいんだよ。
でもそれでいいとは思いません。
どこが悪いか。どう説明すべきか。議論を重ね、必要によってはルールを変えてでも、守るべきところは守るのがやるべきことじゃないですかね。
『べらぼう』はそもそもが吉原者が主役です。
その時点で「けしからん」というものは出てくる。敢えてそういう要素に挑んできていると言う意図を感じます。
覚悟のないドラマだったら検校を出さないか、あるいは女郎を心清らかなだけの存在にすることでしょう。
差別とは何か考えさせられたぜ。女郎みてえに差別に遭ってりゃ、他のもんを差別することに敏感になっかなと思ったこともあるけど、世の中そんなこたないんだわな。
えれぇおもしろい青本があるぞ
蔦屋に蔦重がいくと、次郎兵衛が鼻をほじりながら「えへへへへ、へへへへ!」とバカ丸出しの風情で青本を読んでいます。いや、言い過ぎかもしれねえけど、賢そうには見えねえだろ。
「義兄さんが、本……」
驚く蔦重。だよな!
いったい何の本を読んでいるか?と尋ねると、三味仲間が教えてくれたという青本を見せてきました。三味仲間というのは、江戸のバンド活動みてえなもんだな。
すると蔦重は、鱗形屋の紋を見つけてハッとする。あの北条と同じなのがいいぜ。坂東の誇りを感じるぜ。
この三つ鱗は、北条時政が江ノ島に参詣し、弁財天から授かったことが由来とされます。
江ノ島は江戸っ子が大好きなありがてぇリゾート地ですから、この三つ鱗には特別な気持ちが湧いてきますよね。『鎌倉殿の13人』好きにとってもそうでは?
と、それはさておき、青本の中身とは?

北条家家紋三つ鱗の伝説を描いた月岡芳年の浮世絵/wikipediaより引用
鳥山検校の横に座る瀬川。
検校の方を見ようとして、初会だからと顔を逸らすと、その様子を察知してるのか、こう言ってきました。
「すまぬ。驚かすつもりはなかったのだが……」
どうして、そんなことまでわかるのか?と驚くいね。
聞けば、彼は目が見えないぶん聴覚が鋭敏だそうで、息を呑んだ音を聞き取ったのだとか。声、足音、衣擦れの音で大抵のことはわかる。
そして鳥山検校は、花魁に持ってきたものを見せます。
豪華絢爛な簪類に、本がズラリ。初会の花魁は座っているだけだから、退屈だろうと気遣ってのことのようです。
いねが許し、その場にいる女郎たちが簪や本に群がります。初会の掟をやぶり、瀬川はこう言う。
「もし、よろしければ、一冊読みんしょうか」
「しかし、それはしきたりを破ることになろう」
「常ならば、花魁の姿を楽しむのが初会。代わりに声をお楽しみいただいて、何の罰が当たりんしょう」
いねもこれには「本のお礼ということで」と付け加えます。
そして瀬川が手にした青本には、あの三つ鱗紋があるのでした。同じ本を蔦重も読んでいます。
瀬川の声で、青本の中身が伝わってきます。
江戸時代の文章なのでわかりにくいようで、ある程度はわかるでしょうか。
「邯鄲の夢」の故事が引かれ、かつ粟を炊いていることがわかります。
前々回、鱗形屋が奉行にひっ括られていったあと、長谷川平蔵が蔦重に渡していたのは粟餅でしたね。
稲荷ナビが『金々先生栄華之夢』の説明をします。
話の筋立てはありふれたものであり、それこそ「邯鄲の夢の江戸版ね」で終わる話よ。

「邯鄲の夢」が描かれた壁画/wikipediaより引用
しかし、ディテールがイイそうで。描かれた人の振る舞い、言葉、風俗がとてもリアルなんだってよ。
そこが画期的だったため、瀬川もときに口笛まで交えつつ読んでいます。
蔦重も夢中で読み漁っていました。
色町のトンチキなんてまるで見てきたようだ!と次郎兵衛が笑っていると、蔦重がこう返します。
「そりゃそうでしょう、見てきた話なんすから」
ハッと驚く次郎兵衛。相変わらずぬぼーっとしているうえに、指元を見ている感じがなんかアホっぽいんだよな。どういう所作と演技指導をしている大河ドラマなんだよ!
面白えからもっとやってくれ……と思って気がつきました。『金々先生栄華之夢』の原作にもこういう面白さがあるんだろうなぁ。

恋川春町『金々先生栄花夢』/国立国会図書館蔵
次郎兵衛がようやく気づいたのに対し、蔦重はわかってました。目ばかり頭巾のトンチキ客のネタは、自分が次郎兵衛から聞き取り、鱗形屋に話したもんだと。
「でもこれ、おめえが作ったんじゃねえよね?」
「俺が聞き回ったネタで、鱗形屋がめっぽう面白え本作ったってことっすよ」
次郎兵衛はとことん鈍感なので、こう言われてやっと鱗形屋の本だと気づきました。そしてこいつですら危ぶむ。
「ん? とすると、おめえの仲間入りって……」
暗い顔をする蔦重。嗚呼、どうなっちまうんだろうね。ネタパクリだけでもムカつくのに、これかよ。
んで、ここは江戸文学を考える上ですげえ大事なんすよ。
江戸文学ってあんまり翻訳されていない。されたとしてもダイジェストのことが多い。
というのも、話がぐだぐだ、長期連載でガタガタになっていても、江戸っ子読者が惰性で読む文学が量産されてるんですね。
浮世絵は人気絵師でも売れないとなりゃ打ち切りされるのに、本だと地獄のような引き延ばしやワンパターンもある。
こういうコメディ系は、往々にして江戸っ子あるあるネタと惰性で売れているもので、現代人にはピンと来なかったり、くだらなすぎたり、もう読まなくていいとなる。
別に教育にも役に立たんし、むしろイライラしたりすることもある。
例えば、目の見えない座頭が蹴躓いてコケるとか、足引っ掛けて笑うとか、ただのゲスで現代人はやってられねえじゃねえですか。
でも意識が低い当時は、座頭が盲目であることをギャグの仕込みにしちまったりするんですよ。
そういう江戸文化のクズなところも、見えてくる。
廓で失敗するトンチキを笑うなんて、全ッ然、雅でも上等でもないでしょ。そういうもんも世の中にはあるんすよ。
仲間が増えることは、嬉しいだけなのか?
アホ鈍感の次郎兵衛ですら気づいた、鱗形屋復活に伴う蔦重の苦境。
瀬川は当然のことながら不安なのか、稲荷に佇む蔦重の元へ向かいます。
「重三! これ見たかい!」
息を弾ませて蔦重に声をかける瀬川。青本を初めて面白いと思ったんだってよ。蔦重も認め、あっという間に読んじまったと言います。
「鱗形屋はそうそうに持ち直したのかい? あんたの仲間入りの約束は守ってもらえんのかい?」
「まあ落ち着けって」
「呑気なこと言ってる場合じゃないだろ!」
ここでガーッと喋る瀬川が、江戸の女らしくていい。
江戸の女はこういうもんでさ。それがどうにも明治以降、西からきた連中がそれを嫌ったようで、女言葉だのなんだのこしらえて、しょうもねえジェンダーの檻に嵌めちまったのさ。
明治の元勲さんら、幕末に吉原や岡場所の女郎が、西軍どもを袖にしたことを根に持ってたんすかね。あんときゃ「情夫(いろ)にするなら彰義隊」だったもんな。
蔦重は、瀬川にこう説明ます。
「そこは親父様たちと話をしてよ」
「話に乗ってくれんのかい?」
驚く瀬川。あの蔦重が、忘八親父どもと話をできるようになったんだから、そりゃ痛快だわな。
なんでも親父様たちは腹を括ったそうで、そうなったらさすがに商いをわかっているようで、妙案を出してきた。
それでも、瀬川は少し動揺しています。
仲間が増えた。扇屋の親父は、地本問屋をまとめて吉原漬けにすると言い出したとかなんとか。
吉原をなんとかしたいと孤軍奮闘していたけれど、そう思うのは二人きりではなくなったということ。瀬川の動揺に気づくはずもない蔦重は、仲間が増えたとただ無邪気に喜んでいます。
嗚呼、鈍感な蔦重
「お前のおかげだよ。今までお前が助けてくれたから、親父様たちもこうなったんだよ。ありがとな」
瀬川の心を踏み躙るようなことを、さらっと言ってしまう蔦重。
しかし彼女も、あんたを助けるためにやったわけじゃないと強がって返すしかない。
すると蔦重が、須原屋に頼んで買ってきた分厚い本を取り出しました。
『女重宝記』
「俺、お前にはとびきり幸せになってほしいんだよ」
要するにこの本はお江戸の花嫁修行の教科書であり、婦人の嗜みをまとめたものです。
瀬川には、身請けされて名のある武家の奥方やら、商家のお内儀になって欲しい。しかし往々にして吉原の女郎は、世間知らずで苦労したり、追い出されてしまうこともある。
そうなってしまわないようにまとめた一冊。
それだけの資質を持つ瀬川なんだから、この一冊がありゃ、鬼に金棒!……ってなところよ。
「……重三にとって、わっちは女郎なんだね。吉原に山といる、救ってやりたい女郎の一人」
「あ〜、けど、とりわけ幸せになって欲しいと思ってんだよ。ガキの頃からのつきあいだし、えらく世話になってるし。ああ、心から報いてえと思ってるよ」
そう言われ、乾いた笑いと共に、瀬川はこう吐き捨てます。
「馬鹿らしうありんす……」
立ち上がり、吹っ切るように瀬川が去ってゆく。
「ありがとうござりんす。せいぜい読み込みいたしんす」
ようやく何か察したのか、稲荷に語りかける蔦重。
「なあ、なんか、あいつ怒ってね?」
すると稲荷が、ナレーターどころか視聴者の代弁を始めます。
バ〜カ!
バカ! バカ!
豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ!
せ〜の!
このべらぼうめっ!
綾瀬はるかさんの愛くるしい声を存分に生かした見事な怒りです。
どんだけ鈍感かって話だ。
そこに悪意は一片もない。蔦重自身での身請けは無理となりゃ、現実的な最適解は、立派な他の誰かにそうされること。
といっても、やり方ってもんがありますよね。
マブにはなれなくても、もっと何かあるだろうよ。せめて思い出となる本を渡すとかあるだろうよ。切ねえな。
でも仕方ないんすよ。
蔦重だって忘八たちに恋心の芽すら積まれちまったんだ。ただの鈍感じゃないんだよな。
地本問屋、吉原に来る
蔦重が帳簿をつけています。江戸時代らしい筆の持ち方で眼福でやんす。
すると鱗形屋がやってきて声をかけてきた。
背後にいるのは地本問屋連中だ。鱗の旦那は赤い衣装から、渋い青灰色に変わり、渋みが増しておりますね。
弾かれたように立ち上がり「ご無事で何よりでございます」と挨拶をする蔦重。
この対応を見れば、鱗形屋のことを本気で心配していたとわかるはずですが……。
「久しぶりだな。息災で何よりだ」
鱗形屋は良くも悪くも真っ直ぐなので、こう低い声で言う時、敵意があるとわかります。
厄介なのは背後でニコニコ笑いつつ、こう言ってくる鶴屋だわ。
「いきなり大勢で申し訳ないが、少し話せますか?」
見ろよ、このツラ。隣の松村屋は「お仕事で吉原来ちゃった、えへっ♡」という微笑が滲んでいるのに対し、なんかこうドス黒いもんを感じるぜ。
さて、迎え討つのは忘八どもだ。
蔦重が大文字屋と話しています。策士の扇屋は、酒に持ち込もうと画策中だとか。
地本問屋と忘八が、膳を前に居並びました。
そこで扇屋が早速酒を飲ませようとすると、すかさず応じようとする西村屋に対し、鶴屋がキッパリと酒を断り、西村屋も飲まないよう釘を刺されています。
結局、西村屋は策士のようでボロを出す役回りなんですね。
扇屋がなおも勧めると、鶴屋はこうだ。
「女と博打は麹町の井戸。はまればそこが知れぬと聞きますので」
こいつは隙がねえ。忘八たちは鶴屋こそ強敵と察知しています。
鶴屋は自ら話に入ると断り、主導権を握りました。
鱗形屋はあの青本を差し出し、殊のほか評判が良いと語り始め、本屋としての完全復活宣言。
地本問屋としては長い付き合いのある鱗形屋を支えたいと鶴屋は言います。
それが仲間内の総意であるとし、蔦重の耕書堂の仲間入りはなかったことにすると言い出しました。
すかさず蔦重が、うちが出すのは吉原に関わるものだけだと譲歩。
青本、芝居絵本(芝居のノベライズ本)、往来物類(手紙のやりとりを模している・文中に名物や地名をふんだんに取り入れ、読むことで知識の底上げを図る効果もある)は出さないと宣言します。
共倒れはないと安心させるのが狙いですね。
そして陥落しやすいのはあの松村屋あたりだと浮かんでくる……そういや『籬の花』の買い付けにも積極的だったっけな。
しかし、蔦重を睨みつけながら鱗形屋が吐き捨てます。
「でも『細見』は出すんだろうが」
行く手を阻まれるかのように見えた蔦重ですが、さらにアイデアを隠し持っていました。
『細見』は作る!
それを地本問屋の仲間たちにタダで譲る!
前回の印刷製本の地獄っぷりを見ていれば、それがどんだけ太っ腹かわかるでしょう。
これにはチョロい松村屋だけでなく、村田屋も興味を持ち出したぜ。考えねえでもねえとか思い始めてやがる。
地本問屋の空気が一気に傾きかけた、その時につけこみ、扇屋も酒を勧めます。
しかし、どこまでも冷静なのが鶴屋です。
冷たい、底冷えのするような目つきで、他の地本問屋連中を下がらせると、たった一人であの忘八親父どもと対峙する。
なんでも、この場にいない連中から預かっている話もあるんだとよ。ったく、ペラペラと弁の立つやつだな!
鶴屋「これは差別じゃない、区別です」^_^
「随分とこちらにも儲けがある話をお考えいただいたようですが、この世には金で動くものと動かぬものがあるんですよ」
鶴屋はそう前置きしながら、匿名の相手の発言とした上で、こんな意見があると言います。
ネットの意見ぽくまとめてみましたので、よろしければご覧ください。
・「吉原者」でしょ。そんな連中仲間に入れてられないっていうかw
・「吉原者」は卑しい外道だし、一般市民と同列に扱えないよね。
・関わって欲しくない。吉原者を大河ドラマ主人公にしていることが、もう気持ち悪いw
・大河の品格を貶めている。いったいなぜ?
・女性を搾取する連中なんて、取り上げないで欲しい
・もう本当にありえない! #吉原者の地本問屋入り阻止を求めます
・海外ならまずないでしょw 日本の恥wwww
(※これについては反論させてくださえ。『シン・シティ』というアメコミ原作の映画がありましてね。これの「ビッグファットキル」というお話は娼婦街を舞台としておりまして、吉原を舞台にした『忘八武士道』のような時代劇へのオマージュとされます。吉原は日本独自制度だから、そりゃ海外の作品には出てこねえだろうがよ。んでも、吉原を舞台にした作品へのオマージュはあるんだよ。ちったぁ調べてものを言ってくんな。あ、ちなみに『忘八武士道』も『シン・シティ』もおもしれえ映画でやんす)
鶴屋の舐めた態度で、さすがに忘八たちも怒り始めました。
そもそも地本問屋がいる日本橋の辺りは【明暦の大火】の前は吉原だったと大文字屋が反論。
鶴屋はそれを認めながら「こんないかがわしいもの江戸にはいらぬと追い出されたのだろう」ときました。
りつが「こちとら天下御免だよ」と攻撃し返すと、それもまた認めつつ、そもそもお上が僻地へと追いやった者に市中の土を踏ませては、お上に逆らうことだと屁理屈をこねる。
策士の扇屋は「そういう方たちは女も買わないのか?」と言います。
ご立派なことほざいてやがるけど、よほど綺麗な身の上なんだろうな?と挑発してるんですね。
すると蔦重は、ここに来てもなお心優しい提案をします。
その吉原を毛嫌いしている旦那様たちと、話をしたいって。そうして互いに理解したい。忘八をわかってもらうためにも、話し合って親しみを持ってもらうしかねえと訴えます。
しかし鶴屋は、私もそう提案したけど断られたと言います。
「吉原の方々とは同じ座敷にもいたくないってな具合で」
愕然とする忘八。冷え冷えとした空気が漂います。
「へっ」
ここで黙っていた駿河屋が笑った。そして立ち上がった。
駿河屋「うるせえ、差別は差別だ!」
「ハハッ!」
駿河屋が突如、鶴屋を掴み上げました。
突然の横暴な振る舞いに対し、慌てて止めようとする蔦重。
ま、仕方ねえな! ここは連携プレーが素晴らしくて、扇屋は酒をクイっと飲み干して立ち上がる。大文字屋は障子を開ける。
そしてラスボス・駿河屋に躊躇はありません。
「嘘くせえんだわ、おめえ! グダグダグダグダ理屈並べやがって! うら〜!」
階段の前に来ると、拍子抜けするほど呆気なく鶴屋を階段から落としました。西村屋も巻き込みます。
いいね、いっそこのマシリト面が毎週痛い目に遭う流れを定番化して欲しい。
駿河屋はどさっと階段に腰掛けてこうきた。
「悪ィけど、俺だって、あんたらとおんなじ座敷にいたかねえんだわ!」
大文字屋はこうだ。
「出入り禁止な、あんたら!」
松葉屋はこう言いつつ、青本を投げ捨てます。
「おや? ってことは、もうみなさんは吉原の本は作れない」
りつはこう。
「あらまあ、じゃあ今後は重三しか作れないってことんなるねぇ」
大文字屋がさらに凄む。
「黙って大門潜りゃいいなんて考えんなよ!」
扇屋はこうだ。
「そうですよ。二度と出て行けなくなりますから」
吉原の特性を踏まえると怖ぇ脅しだ。大奥と吉原は公方様のお墨付きですからね。中で不審死するといなかなかややこしいことになりますからね。
「覚悟しろや、この赤子面!」
駿河屋がビシッと決めた。
「赤子面」と書いてある脚本を読んだ風間俊介さんは、森下佳子さんが「自分の特性を踏まえている」と感心したそうです。
そして鶴屋、西村屋、鱗形屋の顔がアップになります。ったく、それぞれの額に「偽・善・者」と彫りこみてえな!
もう無茶苦茶だと苦い顔の蔦重。
ま、仕方ねえよ。覆水盆に返らずっていうじゃないの。
MVP:忘八親父ども
まさかこいつらを褒め讃える羽目になるなんてよ!
鶴屋を蹴り落とし、下にいる連中まで巻き込むところはスカッとしました。
もう、あの場面では、ここでは書けない罵詈雑言と賞賛がわーっと頭の中をクルクル回っていったもんです。
そうなんですよね。差別主義者には、怒りを見せつけるしかないと思うんです。
あそこでガツンと言ってやんなきゃなりませんよ。
総評
先日、本作に関する意見を見て愕然としました。
要するに、吉原をキラキラしていて女の子が憧れる場所として描くとはけしからんってことです。
何を見てきたら、そうなるのでしょうか。いや本当は何も見てないのか。
初回の冒頭は、メイワク火事で生きながら焼死する女郎の悲鳴が聞こえてきました。
遺体を「投込寺」こと浄閑寺で葬られる朝顔の遺骸もあった。その横で蔦重は、吉原が酷い場所か、好き好んでくる女はいない!と嘆いていたものですが。
それだけに「いってぇこの人ァ、同じ番組見てんのか!」と呆れちまったんですね。
SNSなどでご高説垂れていらっしゃる方々は、往々にしてまともに見ていないか、あまりにも知識不足か。
世襲制度の江戸時代、吉原者は自ら選んだわけでなく、生まれついてなるもの――それを描いただけで過度に叩いて禁忌扱いするのって、要するに差別じゃねえですか。
だから、今年の大河に限っては、倫理面で叩いている側がかえって差別的なんじゃねえかと思っていたんです。
安心なのは、制作側に落ち着きがあることです。
初回の撮影がらみでデマが流れた際には説明する記事があったものの、せいぜいがその程度でして。
こりゃ策がある。隠し球がある。そういう相手はよくよく見ていかないと返り討ちに遭いまさぁ。
んで、今回すよ。見事じゃあねえですか!
鶴屋の言動って、あまりに差別主義者として出来がいいんですね。
自分ではなく他人の意見だと断った上でひでぇことを並べてくる。
相手の反論を受け止めつつも、ともかくお前らは下劣だと畳み掛けるように言ってくる。そしてニヤニヤして、余裕を見せてくるんだよな。
とあるフェミニズムに詳しいという方が、こんな論理で本作を叩いていました。
戦国時代は、戦争がないからには今とは状況が異なるからよい。
しかし吉原のような女性の搾取は現代にも繋がっている。だからけしからんと。
こいつァ、なんて冷血なんだ。テメエとその周囲数メートル程度しか見えてねえんだな!と思ったモンですよ。
戦争がないというのは、日本がそうだというだけの話。
しかしこの国でNHKを見ている中には、戦争のある国から逃れて来ていた人もいるでしょう。
隣国の朝鮮戦争なんて、本当は“休戦”であって、“終戦”ではありませんしね。そういう隣国からすれば、日本人は寝ぼけているとすら思われていそうだ。
子どもならまだしも、社会に責任ある大人の言動と思えない。
書く側も、載せる媒体も、なぜ事前に気づかないんですかね。
大河ドラマは、今までだって誰かしらを踏んづけてきましたよ。
特に幕末作品などに関して言いますと、いまだに薩長ルーツを自慢する現役政治家だっているのに、今と関係ないわけないでしょう。
幕末ものはサラッと「攘夷」だのなんだの言い出します。維新を成し遂げた連中が掲げていたからと、否定的に描かれるわけでもない。
しかし、あれは要するにヘイトでしょう。
海外がルーツの人が、攘夷を掲げる連中が英雄として描かれている様をみて、どう思うのか考えてみたことはないのでしょうか。
そういうがっかり感に対し、今回ドラマでバチンと答えを見せてきました。
「蔦屋重三郎を大河で描くな!」
という思考は、要するに差別です。ではなぜ差別と言えるのか。
たとえば、本作をやたらと批判するメディアで、蔦屋重三郎を扱った新作歌舞伎を絶賛するレビューがありました。出てくる遊女もバッチリ褒めていました。
大河ドラマで蔦重やら遊女を扱うのは駄目でも、歌舞伎だったらいいのかい……わけわかんねえな。
なんでか足りねえ頭で考えたんだけどよ、これって要するに、権力勾配ってやつか?
前にも指摘しましたが、性的搾取する人物を大河にしたといえば『青天を衝け』があります。
思想的にまずい。国際政治をふまえた上でも危険ということであれば、蔦屋重三郎よりも吉田松陰の方がはるかにまずい。
プロパガンダ臭ェといや、オリンピックを扱う大河も大概ですよね。
でも、歌舞伎や、こういう大河の時は見過ごされる。
となりゃ、題材云々でなく、叩きやすさてそうするかどうか、決めてんじゃねえのかと私は邪推しちまいますよ。
朝ドラでもそうなんですけど、モデルなし、低学歴、地方出身ヒロイン、脚本家が女性。
こういう要素が多ければ多いほど、朝ドラは酷評が増える傾向にある。
現実社会と同じで、言動やその中身云々でなく、背負っている権力で物事を判断する人は多いんじゃねえかってことだ。
蔦重は顕彰団体もないし、子孫もいない。安心して叩けるんすよ。
んで、こういう被差別者の話を覆い隠した結果が、今悪い意味で出てきてんじゃねえかと。
鶴屋だって自分が差別しているだなんて、毛ほども思っちゃいない。なんなら秩序を乱す蔦屋が悪いとでも考えているのでしょう。わきまえない愚か者を諭して阻止しただけだと。
このドラマを題材時点でやたらと叩いている人。
放送中止ハッシュタグまで作っている人らは、自分なりの正義を貫いているつもりで、差別しているなんて夢にも思っちゃいないんでしょうね。
私は差別したことがないなんて、口が裂けても言えません。
差別は大抵、悪意のない人がするという。私もきっと誰かを踏んづけていると思いますよ。
昔、左利きの人にこう言ってしまいました。
「左利きなんですね。なんかかっこいいイメージありますね」
貶していないし、差別だと気付かなかった。
しかし相手から、それは差別だと指摘されて、なんてこの人は素晴らしいんだと感動しました。
でもその同じ人が、あるとき私を罵倒するメールをぶつけてきまして。
それは相手を信じて私が明かした先天性の特性を貶し、「病院に行け」と書かれているものでした。
まあ、腑に落ちたっていやぁそうでした。目が冷たいっていうか、温厚な人格者ぶっているけど、言動の端々にどこか人を見下す嘘であるよう臭さがあって、そこが引っかかっていた相手なんで。
お利口さんの偽善者だったんだな、私も人を見る目がまだまだない。そう思ったもんです。
こういう鶴屋タイプはお利口さんてのが大事(でぇじ)だね。んだからこそっとターゲットを絞るわけ。
普段はすごく人格者ぽい投稿をしているので「さすが鶴屋さん!」みたいなフォロワーも大量についておりやす。
人間てぇのは、難しいもんですよね。
思い出してみてくだせえ。地本より上等な本を扱う須原屋は、蔦重を差別していないんですよ。
平賀源内や長谷川平蔵もそう。田沼意次が蔦重を吉原者だと知りつつ話を聞いた場面が、ありえないという批判もありましたね。
あの意図はここまで来ればハッキリしてくる。本当に上等な人間は、差別なんてしねえと言いたいのでは?
地本問屋という成り上がりで、上方から流れてきた半端なエリート気取りが、誰かを蹴落としてマウント取ろうとしてくる。インテリ気取りでさ。
おかしいことを指摘してものらりくらりと逃げ回り、グダグダグダグダ、話題を逸らす。
基本的にこっちを見下してんだわな。
でも、なんでそんなに人を見下して生きていきたいですかね。わけわかんねえな。
私も心に駿河屋を住ませようと思いました。
鶴屋タイプにどうしたら反論できるかとか。納得してもらえるのかとか。その見下す態度をやめてもらえるのかとか。なんなら話し合ったら理解できるんじゃないかとか。
そう考えていたけど、時間の無駄だとわかったぜ! ほんとうに役立つドラマを毎回ありがとうな!
あわせて読みたい関連記事
-

『べらぼう』恋川春町の最期は自害だった?生真面目な武士作家が追い込まれた理由
続きを見る
-

借金地獄から抜け出せない吉原の女郎たち|普段はどんな生活を送っていた?
続きを見る
-

江戸出版界を牽引した西村屋与八『雛形若菜の初模様』も手掛けた蔦重ライバル
続きを見る
-

吉原遊郭は江戸で唯一の遊び場ではない|では他にどんな店があったのか?
続きを見る
-

『べらぼう』唐丸少年の正体は喜多川歌麿か東洲斎写楽か?はたまた葛飾北斎か!
続きを見る
【参考】
べらぼう/公式サイト





