蔦屋重三郎を守るため、“丈右衛門”に刺されて小田新之助は亡くなりました。
ヤツは一体何者だったのか?
長谷川平蔵から知らせを受け調べたものの、ついぞその男の身元はわからなかった――三浦庄司がそう語ると、生け捕りにできなかったことを悔やしがる蔦重。
「あの手の者は捕まれば自ら命を断つのが常。気にするな」
三浦が慰めます。
そのうえでしばらくの間は食事に気をつけるよう釘を刺します。
田沼意次の恩返し
「町人のそなたをそれほど深追いするとも思えぬが、まぁしばらくはな」
三浦の心配は果たして杞憂なのか。
蔦重を確実に殺したいなら、路地裏で刺して川にでも叩き込むのが手っ取り早いかと思います。幕末であれば、京都だけでなく江戸でもそういうことがありました。
「しかし、とうとう巻き込んでしまったな」
「いや、私は自ら巻き込まれに行ったようなものでございますから」
すると三浦が、打ちこわしの折の礼として小判を差し出します。
当時の小判は一包み25枚。俗に“切り餅”とも呼ばれ、それが二包で計50枚となりますね。仮に小判一枚を現在の価値で10~20万円とすると、その合計は……500万円から1,000万円! 確かになかなかの金額ですね。
三浦が微笑みながら、田沼意次が蔦重に満足していると告げると、蔦重も小判を受け取り懐へ。
まぁ、腑に落ちる金額かもしれません。なんせ田沼のしていたことはメディアの買収とも言えます。
蔦重は、打ちこわしを治めた田沼意次の老中復帰時期について尋ねます。
田沼やその派閥の者たちが“銭”を用意して、打ちこわしを鎮静化させたことを知っているからこそ、蔦重がそう思うのは自然なことかもしれません。
しかし、江戸の民衆たちは露とも知りません。つまり世論は一切味方をしない、苦しい状況の中で意次はどうなるのか。
「いつごろかのう」
三浦は笑って誤魔化すようではあります。
これは新之助との対比になっているともいえます。
新之助を殺した“丈右衛門”にせよ。似た役回りの大崎にせよ。そしてこの蔦重にせよ。
裏でコソコソ動いているものだから、その成果を誇れることはない。そういう意味では虚しいものです。
新之助はお天道様のもと、大々的に義を掲げて世に知らしめたのだから、そりゃあ、幸せな男だったと思いやすぜ。
老中首座・松平越中守定信就任
みの吉が大慌てでスッ飛ぶように走ってきました。
何気ねえようでこれが大変なんですよね。
走り方がナンバ走りで今とは異なるうえに、裾がはだけるからインティマシーコーディネーターさんとも打ち合わせしているのでは? 草鞋だと足も痛くなる。
それにしても、なぜ、そこまで大慌てだったのか?
というと老中首座の人事でした。田沼意次ではなく松平定信だったのです。
思わず、大声でハッキリと悪態をつく蔦重。セキュリティ意識がちぃと低すぎやしねえか……。
打ちこわしの一ヶ月後、天明7年(1787年)6月19日――松平越中守定信は、老中首座となりました。

松平定信/wikipediaより引用
まだ若く三十になったばかりだけでなく、あの吉宗の孫。おまけに大飢饉の際、白河藩領から一人の餓死者も出していない。
期待するなという方が無理ですわな。
おまけに、白河の米をお救い米として江戸に送っていました。
実際は、それを遅配させ、打ちこわしになったことなど江戸っ子たちにはわかるはずもなく、皆が皆、浮かれ気分で盛り上がっています。戯作者の烏亭焉馬も、定信を誉めています。
もうおまんま食い上げはねえ! むしろたらふく!
極めて楽観的でやんす。
さらには「定信が柔術で大きな熊を倒した噂話」まで入るのが、実は日本的だったりします。
清や朝鮮ではまず出てこないであろう発想。
為政者や官僚は政治力や人徳で世を治めることが理想であり、個人的武勇伝は日本独特と言える。
さらには5歳で『論語』をそらんじたなんて話まで続き、ここにも日本文明の進歩を感じさせやすぜ!
『鎌倉殿の13人』の頃の武士は、まず『論語』を読めたかどうかというレベル。
ドラマでは、北条政子が京都出身のりく(牧の方)から漢籍を渡され、必死に読みこなそうとしておりました。
読み書き能力が圧倒的に低かったんですね。
『麒麟がくる』では、明智光秀が幼くして『論語』含めた四書五経を読みこなし、斎藤義龍の読解が遅いことを父の道三が指摘していました。
そこから太平の世が訪れた江戸中期になると、『論語』もその価値も江戸っ子がちゃんと理解しており、「知性のバロメータ」として使うまでになっているじゃありませんか。
知識のトリクルダウンが見えますね。
さて、江戸っ子たちの噂話が映るなか、それをじっと聞きつつ団子を食べている誰かの手元がアップになっておりますが……。
メディアに踊らされる民意
若きエリート政治家・松平定信の登場に喜び、無邪気に盛り上がる江戸っ子たち。
現代の私達は、果たしてこの状況をどう見るのか。
・名門世襲
・若さ
・刷新への期待感
そんな曖昧な情報だけで「ありがてえ、あのお方ならきっと世を救う!」なんて思っちゃいませんかね。
噂に踊らされる民衆の姿は、過去の大河ドラマでも出てきています。
『八重の桜』では、京都の警護を会津藩が担っていたのに、なぜ地元民たちに嫌われるのか、と会津藩士・山本覚馬が嘆いておりました。会津藩士は貧しく、金を落とさなかったことも響いていたようです。
反対に『花燃ゆ』では、長州藩士がいかに京都で人気だったか?という点を強調していました。
ただし、そう単純な話でもなく、長州藩士は確かに金をたっぷり落とす一方、常に暴力沙汰とは隣り合わせでした。
おまけに明治維新と共に天子様を東に連れて行き、果たして地元民たちは喜べたものでしょうか?
『青天を衝け』では、マッチョイズムを振り回し、ポピュリスト政治家の元祖といえる徳川斉昭が、江戸市中でも人気を集めていたと描かれていました。

徳川斉昭/wikipediaより引用
しかし、これもどうなのでしょう。水戸藩士は幕末当時飛び抜けて気が荒く、江戸っ子は警戒していたようです。
いずれにせよ、古今東西、民衆は目の前の何かよいものに飛びつきがち。そして後になって政治的背景やその結果を突きつけられ不満を募らせる。
こうした状況を針小棒大に取り上げることの是非を学んでこそ、歴史を学ぶ意義となりましょう。
例えば『西郷どん』終盤に出てきたような西南戦争における西郷隆盛期待論は、西郷がそこまで好かれていたというよりも、明治政府が江戸っ子から徹底的に嫌われていたことが反映された心情とも言えます。
今年の大河ドラマはそこまで学ぶ意義を掬い取ってくれて脱帽です。
松平定信のメディアコントロール術と思想統制
「黒ごまむすびの会」から順当に出世した水野為長は、松平定信に擦り寄りながら読売を提灯持ちにした妙策を褒めちぎっています。
もう吉宗の孫を超越して、生まれ変わり扱いまでされているんだってよ。
その水野から定信が受け取った紙には市中の噂――生の情報がぎっしりと書き込まれていました。
完璧主義で猜疑心旺盛。
ともかく情報集めに余念がない定信は、ある噂に目を留めます。
「私が賄賂を送り、老中になったのであろうと言っておるこの者……素性を確かめておけ」
定信がそう命じると、障子が開き、庭先で数名の男女がうずくまって待機していました。
「聞いたか」
無言で立ち上がり、去って行く“影”たち――隠密同心でやんすね。
ネタとして面白いので、正義を守るダークヒーロー扱いをされ、『大江戸捜査網』シリーズにもなっておりますが、果たしてそう言うものなのか。本作には、知識を訂正してくる役目があるかもしれません。
ついでに、ちぃと補足でも。
日本では明治以降、日本史を無理やり西洋史へ近づけようとし、その弊害が今にまで祟っているのではないでしょうか。高校の授業で「歴史総合」が新設されたのも、その修正を計るためかもしれませんぜ。
江戸時代を過小評価する動きも重なってくると、二重の効果でいよいよわかり辛くなってきます。
というのも、吉宗およびその再来を目指す定信政治は、明代をモデルとしていると考えられる点があるのです。
吉宗政治の結果、庶民にまで教育が及ぶ。これは明代初期の政治制度を参照にしている。
もうひとつは隠密捜査網です。
猜疑心の強い明の初代皇帝朱元璋は、錦衣衛という秘密警察を組織しました。

朱元璋/wikipediaより引用
思想統制、逮捕、拷問まで、実に悪名高いおそるべき組織であり、時代劇で出てくる時も、暗く恐ろしい連中として描かれます。
徳川吉宗もお庭番を増やして情報を集めたものですが、定信の場合は思想統制にまで踏み込むのですからタチが悪い。
迂闊な蔦重はそのことにいつ気づくのか……。
定信は、庭から出ていく隠密同心を見送ってから、読売に渡す書状を出します。
「私の世直しの第一歩を記したものである」
そう自信満々に語っておりますが、いいんですかい?
本物の魔物は、足元でなく背後におりやせんか?
隠密を一橋治済の手駒狩りに使う――そんな毒を以て毒を制する方向に向かわないなら、惜しまれることでして。

歌川国芳『相馬の古内裏』/wikipediaより引用
蔦重はふんどし野郎が気に入らねえ
耕書堂では、店の前で女将のていが水を撒いています。
するとそこへ2人の男が通りかかり、
「田沼贔屓の耕書堂はもう流行らない」
とせせら笑いながら過ぎてゆきます。
別の江戸っ子たちは、定信が百姓の直訴を駕籠から降りて聞いたと噂――そんな話を聞いて蔦重は相当イライラしている様子。
するとつよが、定信を男前に描いた錦絵でも出せばいいと提案し、みの吉は素性を隠した定信が悪を倒す、そんな暴れん坊将軍じみた黄表紙を提案してきます。
これは何もただの冗談でもなんでもなく、江戸時代の戯作定番がいまだに続いているといえる。
例えば『大岡越前』は、中国の名判事・狄仁傑を主役としたリーガルもの『狄公案』(狄仁傑事件簿)の主役を、吉宗のもとで活躍した名政治家・大岡忠相に入れ替えた翻案です。
「遠山の金さん」こと遠山景元も、江戸っ子の心情を汲み取った政治を行ったことで人気が沸騰し、彼を主役にした戯作が生まれたわけです。
私たちは実のところ、江戸以来の伝統の中に生きているわけですね。
「うさんくせえと思わねえのかよ、あの“ふんどし”野郎!」
苦々しく吐き捨てる蔦重。
江戸っ子の地口を使ったあだ名ですな。
・打ちこわしを収めたのは田沼様なのに自分の手柄にする=人の褌で相撲を取る
・越中守=越中褌
これと同様のものとして、以下は幕末明治に大流行したものです。
・ニシン=二心、コロコロ方針転換する一橋慶喜のこと
・豚一=豚を好んで食す一橋慶喜のこと。豚のような一橋という意味ではないので要注意
・おはぎ=萩に藩庁がある長州藩
・芋=薩摩芋を食べる薩摩藩
つよもみの吉も反論できず、ていだけがキッパリとこう言いきりました。
「なれど、打ちこわしを引き起こしたのもまた、田沼様かと。己で引き起こしたものを己で収めた。それはお手柄ではなく、帳尻合わせをしただけと見なされたのではないでしょうか」
蔦重が不満げながら認めると、彼女は、老中からの新たなお達しを差し出します。
田沼病蔓延を阻止せよ
江戸城ではその定信が、徳川家斉の許しを得て、他の老中へ政治方針を語っています。
皆が罹った「田沼病」を問題視するものであり、誰もが奢侈(しゃし)に溺れていることを徹底的に取り締まる!というスタンスですね。
武士はそのために賄賂を求める。
商人は徳を忘れ、儲けることばかりを考える。
百姓は分を忘れ、田畑を捨てて江戸に出てくる。

上から下まで己の欲を満たすことばかりを考え、わがまま放題に陥っている。その行き着いた先が先日の打ちこわしであると。
そんな人の心を蝕み、世の成り立ちさえ脅かす田沼病を、断固として取り締まりたいというのが定信の願いでした。
では具体的にどうすべきなのか?
答えは単純明快、万民が質素倹約を旨とした享保の世にならうこと――そう断言します。
どの階層も真面目に、遊興に励まず、己の努めを果たすべし。
武士は文武に務め、世を守る。
百姓は耕作につとめ、世を支える。
その他のものは世に尽くすべし。
そう熱弁を振るっております。
感銘を受けた幕僚もチラホラおりますが、肝心の上様は飽きているわ、その後ろ盾たる一橋治済はあくびを噛み殺すわ、なんなんでしょうね、この空転ぶりは。

徳川治済(一橋治済)/wikipediaより引用
蔦重は、その政治方針が「田沼退散」という挿絵と共に書かれたものを読み、呆れたようにこう吐き捨てます。
「とんでもねえな、ふんどしは」
しかし、ていはこうきた。
「倹約に励み、分をわきまえ働く。私には、至極まっとうなことをおっしゃってるように思えますが」
つよも同意する一方、蔦重はこうきました。
「正気で言ってんのかよ」
みの吉も、どのへんが正気でないのか疑問をぶつけてきます。
「あ? そいつはな、世のため死ぬまで働け、遊ぶな、贅沢すんなって言ってんだよ! んなのどう取ったって正気の沙汰じゃねえだろ」
「お言葉ですが、働くな、死ぬまで遊べ、贅沢しろでは世は成り立ちませぬかと」
「じゃあおていさんは死ぬまで働きづめでいいんですか?」
「放蕩の末、身を持ち崩すよりはましかと存じます」
「じゃあさ!」
ここでていに背を向けて前を歩いていた蔦重が振り向きます。
「派手に遊び回る方を通だの粋だのもてはやす。そもそも今までの世がとち狂っていた!……と、皆様言っておいででした」
「あ? 皆様って、どこの誰様なんだよ!」
声を凄ませる蔦重に対し、一歩も引かないていは、眼鏡を外すと、蔦重へさらに一歩迫り、こう言ってのけました。
蔦重とていの犬も食わねえ夫婦喧嘩
「世間様でございます!」
「何だよ、なんで眼鏡取んだよ!」
「旦那様!明鏡止水にございます」
澄み切った眼で言い切るていに「何だよそれ」と困惑するしかない蔦重。
「新しいご老中のお考えは、極めてまっとうで皆は喜んでいる。それは本屋にとり、大事なことではないでしょうか!」
そう言われ、しらけきってしまう蔦重。
このとき、蔦重はこう思ったのかも知れねえ。瀬川はよかったな……ってよ。
かつては好ましかった、日本橋での振る舞いを教えてくれたていの賢女ぶり。面白いと思えたところ。
それが疎ましくなってきているのがわかりまさ。江戸の女は気が強えからね。
さて、このおていさんをどう思います?
「こんなネットで見かけるフェミニストみたいな女、江戸時代にいるのかよw」
とイラっときた方、いい線、行ってますぜ。これが実在したんでさ。
劇中でも少し出てきた仙台藩医・工藤平助の娘に只野真葛(ただの まくず)がいます。
才知あふれる女性で、自分の考えを書き、出版し、曲亭馬琴と論争を繰り広げたほどの文人。
女性ならではの抑圧に異議を申し立てた素晴らしい人物で、現代では知名度が低いことが惜しまれるものです。
本作のていにはそんな只野真葛の要素も感じられます。
ここで、変わったオープニングが始まります。
ラストキービジュアルも発表され、いよいよ最終章へ。
狂歌師・四方赤良は筆は折るのか?
次郎兵衛が、イデオロギー対立で喧嘩したという蔦重夫妻の話を、つよから聞かされています。
蔦重は倹約拒否。
一方で、ていは徹底的に倹約――これみよがしに、子どもの差し出す筆に対し「まだ使えます」と返答している。
重三は意固地なタチじゃないと指摘する次郎兵衛は、田沼様への肩入れか?と分析。
耕書堂が田沼贔屓の店とみられていることを認めつつ、今は余計なことをしないほうがいいとつよがぼやくと、蔦重が何かを企画していると知り、次郎兵衛も驚いています。
蔦重は、歌麿売り出し計画を進めていました。
豪華な「狂歌絵本」企画を狂歌師仲間にお披露目中――紙も顔料も最高級品を使い、金銀雲英(きらら)も使うってよ。箔押しラミネートですな。しかも、彫り師は名手の藤一宗を使う。
その宣言に、狂歌師はざわついています。売れっ子なのでなかなか指名できないものの、相当金を積んでどうにかしたようで。
倹約令に背いてよいのか。豪華本なんて売れるのか。
そんな懸念も表明されております。『青楼美人合姿鏡』も失敗したっけなあ。
蔦重は自信たっぷりに、倹約なんて三日で飽きる。年が明ける頃には貯まっちまった宵越しの銭を使いたくてウズウズすると決めてかかっておりやす。
江戸っ子の三日法度ってやつだそうで、そんな風にワイワイ騒いでいる所へ暗い顔をした大田南畝、狂歌師としては四方赤良がやってきました。
「俺はもう、狂歌も戯作もやめる。筆を折る」

大田南畝(四方赤良)/国立国会図書館蔵
真顔でそう言っても、「またまた」と誰からも相手にされません。
土山宗次郎の金で見受けした“みほざき”の名前を出され、「みほざきからやめろと言われましたか?」と言われるのが辛いのなんのって。
「俺は、罰せられるかもしれんのだ……」
座り込んでしまった南畝の前に、皆集まってきます。
詳しく聞けば、折りいって話があると呼び出されたとのだとか。
政治批判狂歌を詠んだのか?と追及され…
大田南畝を呼び出したのは本多忠籌(ただかず)と松平信明でした。
大田南畝が別名で創作活動をしてきたことを指摘し、子どもまで知っている「四方赤良」をこちらが知らぬわけがないと言いたげな口ぶりです。
南畝は小禄ゆえの文筆業、いわば副業だと申し開きをし、許しを乞います。
本多忠籌もそこは理解があるように、歌、詩、文はふざけていても深い学識に裏打ちされていると続けます。松平定信からの評価でした。
意外だったのか、自身の作品を褒められ、礼を述べてしまう南畝。
すると本多忠籌が、ある歌の評価をするよう命じます。
世の中に 蚊ほどうるさき ものはなし ぶんぶ(文武)といふて 夜も寝(いね)られず
感心したように笑顔を見せ「なかなかにお上手でございます! 文武と蚊の羽音をかけられたので」と評価する南畝。てっきり相手の歌だと思っちまって、褒めたんですかねえ。
すると本多忠籌と松平信明は、何かを確信したような顔を見せます。
「これは、そなたの作だと噂になっておる」
「えっ!」
大慌てで否定する南畝。やっぱり本多忠籌の歌だと思っていたようで。
「わしがかような戯歌を作ると申すのか?」
南畝は慌てながら、あらためて自作ではないと否定し、そのうえで、自身はめでたい歌を詠むことが信条であり、人を貶める歌は詠まないと弁明しています。
「だが、その歌をうまいと申した。それは越中守様をぶんぶとうるさい蚊と思っているということであろう! その心根は由々しきものと断ぜざるを得ぬ」
苦い口調でそう付け加える松平信明。
「そなたの処遇については追って沙汰をする」
そう言い切る本多忠籌。
ハーッ、これじゃまるで、二人は地獄の牛頭馬頭じゃねえか!

『地獄草紙 断簡 咩声地獄」の馬頭/wikipediaより引用
ちなみに大田南畝が語った「幕臣が本業だけでは食っていけない問題」は本作ではすでに、鳥山検校の時に表面化していました。
借金を苦にした旗本御家人が株を売ってしまう。
新井美羽さんが演じる武家出身の女郎は、親が破産した幕臣でした。
結局、その対策は未だとられていないんですな。というか幕末まで続きます。
勝海舟も、幕臣株を買った検校の曾孫でした。

勝海舟/wikipediaより引用
大田南畝の狂歌師ライフは終わりました。
それを聞いてもなかなか信じない蔦重に対し、嘘をついて俺に何の得があるのか?と南畝は怯えきっています。
戯れ歌で処罰だなんて皆信じちゃいねえ。
見せしめ? 今までのように戯けたらお縄になるって? 狂歌を詠んだらお咎めになる?
皆そう半信半疑でいるのです。
蔦重を中心に大袈裟だと笑い飛ばそうとし、豪華絵入狂歌本だって「たかが虫の歌」だと笑い飛ばそうとします。
けれども、引っかかったのは蚊の歌なんですよね。
ここでさしもの陽気なやつらも、どこか不安げな顔になります。
田沼派見せしめ処罰が止まらない
蔦重が、ふんどし野郎を罵倒しながら江戸の街を歩いていると、読売の声が飛び込んできました。
「定信が田沼残党を討伐!」
田沼一派が泡を喰っているという記事を読み上げており、蔦重も慌てて一枚購入すると、田沼派の処罰リストが記されていました。
あの「土山宗次郎」の名前もあります。
そんな嫌な流れを受けながら耕書堂へ戻り、「吉原に寄ってくる」と告げると、先回りするかのように大文字屋市兵衛が来ていました。
土山の処罰について、大文字屋に確認すると、なんでも逐電(逃亡)したそうです。
手助けしたのは平秩東作です。
なぜ、逐電するのか?
処罰はもう下されたのではないか?
二人はそう言い合い、そのうえで大文字屋は見せしめだと結論づけます。
蔦重もさすがに蒼ざめていると、つよがうちまで巻き込まれないか?と不安がっています。
それに対し、土山様とは一緒に歌を詠んだだけだと蔦重も強がってはおりますが……。
「なれど、土山様の汚れたお金で共に遊興に耽ったとも言えますよ。それを罪とし“見せしめ”にということはありえるのではないでしょうか?」
ていがズバリとそう指摘します。
「なに他人事みたいに言ってんだよ! おていさんはこの店の女将だろ?」
「だからこそ、最も悪いことを申し上げております! 私は一度店を潰しております。二度目はごめんですから。お気持ちはわかります。ですが今は己の気持ちを押し通す手ではなく、店を守る手を打っていただきたく」
ていにそう言われ、蔦重も動揺しています。
ここが複雑なのは、豪華絵入狂歌本が喜多川歌麿ブレイクのための装置とされているところかもしれません。
無意識なのでしょうが、蔦重はおていさんと歌麿を、天秤にかけているようにも思えます。あるいは生活の安定と志か。
蔦重は自室で考え込んでいます。
心のあるがままに生きることも大事だ。
しかし、皆が喜ぶのはふんどしを上げて田沼様を下げるもの――ここで蔦重は、仲間の顔を思い浮かべてしまいます。
屁だと言い合い、笑い合っていた狂歌師たち。
吉原の俄祭りにいた連中。

『近世商賈尽狂歌合』に描かれた大文字屋/国立国会図書館公式サイト
そして平賀源内――かれらは田沼時代に咲き誇った徒花なのでしょうか。
ありがた山に、かたじけ茄子
蔦重が向かったのは、田沼屋敷でした。
意次は部屋に入るやいなや心配そうに声をかけてきます。
「何かあったのか? まさか、そなたにまで累が?」
蔦重は否定します。意次には、まず相手を気遣う優しさがあり、何度か同様のシーンがありましたね。

田沼意次/wikipediaより引用
「何かあれば遠慮のう申せ。今となっては力になれるかどうか怪しいが」
力なく笑う意次に対し、蔦重が続けます。
「田沼様。私は先の上様のもと、田沼様が作り出した世が好きでした。皆が欲まみれで、いいかげんで。でもだからこそ、分を超えて親しみ、心のままに生きられる隙間があった。吉原の引手茶屋の拾い子が、日本橋の本屋にもなれるような」
「俺も、お前と同じ成り上がりであるからな。持たざる者にはよかったのかもしれん。けれど、持てる側からしたら、憤懣やるかたない世でもあったはず。今度はそっちの方(かた)が正反対の世を目指すのは、まぁ、当然の流れだ」
「田沼様……私は書を以て、その流れに抗いたく存じます。最後の田沼様の一派として。田沼様の世の風を守りたいと思います。ただ、そのためには、田沼様の名を貶めてしまうかもしれません。いや……貶めます。そこはお許しいただけますでしょうか?」
そう覚悟を決めたように言う蔦重。
平賀源内の「書を以て世を耕す」からここまで到達しました。
「許さぬなどと申せるわけなかろう。もしそんなことをしたら、源内があの世から雷を落としてこよう」
そう理解し、笑い飛ばす意次。

平賀源内/wikipediaより引用
「好きにするがよい。自らを由(よし)として、“我が心のままに”じゃ」
「田沼様、ありがた山の寒がらすのございます」
そう深々と頭を下げる蔦重。
その手を執る意次。
「こちらこそ、かたじけ茄子(なすび)だ」
笑い合う二人。
初回の放送で二人が出会ったときは、ありえないだの身分差がないだの、意次が下劣だのなんだの言われていましたが、ここにこう繋げてきた。さすがの脚本ですね。
蔦重が部屋から出ると、別の部屋で見慣れない光景を目にしました。
田沼の家中の者が、箱の中に紙を投函しているのです。
一体あれはなんなのか?
聞けば、家中の役目を入れ札(投票)で決めようとしているようで、女性も参加しています。
「誰に役目を頼むか?というのは上が決めることだが、別に皆の考えで決めてもいいのではと思うてな。これを国を挙げてやったら、面白いことになると思わぬか? 世はひっくり返るかもしれぬ」
そういたずらっぽい目線で言われ、「田沼様ってなぁ」と蔦重は言いかけます。
「べらぼうでござろう?」
背後から三浦庄司が続けてきました。思えば三浦も農民出身でしたね。
「ではここで。楽しみにしておるぞ、ありがた山」
田沼意次が去ってゆきます。
このあと、本多忠籌が田沼意次を解任する沙汰が申し渡される場面が。二人の距離は隔たっていて、蔦重と意次の触れ合っていた距離とは大違いです。
【史実の三浦庄司解説記事】
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『べらぼう』原田泰造演じる三浦庄司とは何者か?元農民が意次の下で果たした役割
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ふざけられねえ世の中なんて無粋じゃねえか
蔦重が狂歌師や絵師を集めて席を設けています。
大田南畝の地味な服装をからかう朋誠堂喜三二。
大河ドラマ『麒麟がくる』の時、鮮やかな色使いの和装に対し、「衣装が派手だ!」という批判がありました。

『麒麟がくる』細川藤孝(左)と明智光秀イメージ
実は考証の結果、そうした色使いになっていたのですが「和装は地味な色合いだ」という思い込みがあるからこそ、戦国時代の衣装も派手だとおかしいと思ってしまったのでしょう。
日本人の色彩センスが落ち着いていくのは、江戸幕府の統制ゆえのことです。
そんな江戸の感覚から見ても、大田南畝の服装が地味になりすぎたわけですな。
蔦重が挨拶すると、皆ふざけだします。
金が欲しいのかい? 吉原に繰り出すのかい? 大文字屋と扇屋どっちがいい? そうふざけだすわけでさ。
「楽しいですよねぇ。ふざけるってなぁ。けど、これから先、ふざけりゃお縄になる世が来ると思ってます。新しいご老中、私ゃふんどしの守って呼んでんですが。そのふんどしが言うには、万民、倹約を心がけ、遊興に溺れず、分をわきまえつとめろと。そうすりゃいい世になるって話でさ。まぁまっとうだ、正しい、ごもっとも。けどその正しさからはみ出す奴は許さねえ。戯歌一つで沙汰を待てなんてなぁ、まぁ、頂けねえと思うんでさ。そりゃいくらなんでも野暮が過ぎる。そうは思いませんか?」
こりゃ確かに無粋だと同意する皆。
「ま、粋だの野暮だの、ふんどしにとっちゃどうでもいいんでしょ。恐らく世の大方にとっても。その証しに世の大方はふんどしのやることなすことに大喜びだ。ふんどしについてきゃ、てめえらにいい世を作ってくれると信じてる。けど、どうもまやかしにしか思えねえんでさ」
「まやかし?」
恋川春町が聞いてきます。
「ええ。倹約を心がけ、遊興に溺れず、分をわきまえつとめろってなぁ、裏を返しゃ死ぬまで働け、遊ぶな、贅沢すんなってことじゃねえですか。そんなの誰が楽しいんです? 面白えんです? 面白いのはただ一人だ。世をてめえの思う形にしてえふんどし野郎だけじゃねえですか! これから先、ふんどし以外はちってもよくねえ世がくると思ってまさ。遊ぶことも、戯けることも、よしとされねえ。正しくて、厳しくて、息の詰まるような。俺ゃそんなのごめんだし、遊ぶななんて言われりゃ、うちの商いは上がったりやのかんかん坊主! だから、この流れに書を以て抗いてえと思います! 皆様、力をお貸しくだせえ」
蔦重がこう語る間、ふざけることもなく、水を打ったように静まり返る一同。
ていがハッとした顔をしています。
ていの双眸が蔦重を見つめ直す
ていは、蔦重の何を信じたのか?
陶朱公を彼の中に見出したから。
陶朱公は皆を縛り付け、正しく生きるように説いたか?
否。民を笑顔にした人だった。そう敬愛の原点回帰にたどり着いたような顔です。
恋川春町が「書を以て抗う?」というと、喜三二はふざけだし、政演は吉原に遊びに行くよう促します。

『吾妻曲狂歌文庫』に描かれた恋川春町/wikipediaより引用
しかし真面目な春町は、蔦重にどんな書で抗うのかと尋ねます。ニッコリ笑ってこう返す蔦重。
「ふんどしのご政道をからかう黄表紙を出したいと考えています」
皆の顔色が変わり、大田南畝が叫びます。
「ありえぬ! 御公儀をからかうなど、首が飛ぶぞ!」
「そもそも、お上をネタにすることを禁じられてなかったか?」
そう動揺しますが、蔦重もそこは承知。
建て前はそのはずが、おかしな読売が野放しになっているところを突きました。
最近の読売はやたらとふんどしを持ち上げている。しかも読売とは思えねえほどネタが確か。こりゃ一体どういうことだ? お上自らの漏洩なのか?
そう疑った蔦重が調べた結果、案の定、松平定信はメディア工作をしていた。それを完全に掴んだんですね。
南畝は動揺しつつ、頼まれているから許される、ネタにするのとは違うのだと反論します。
そんなツッコミは想定の範囲内とばかりに蔦重は己のアイデアを広げます。
「表向きは“田沼叩き”とすればどうでしょう?」
自分のいい噂を金を払って書かせるような相手ならば、極悪人田沼を叩き、ふんどしの守を持ち上げればこれ幸いと見逃されるんじゃないか?
それを聞いて、つよは売れそうだと喜び、ていは目が醒めたような顔になっています。
おていさん、気づいたかい?
蔦重のやりてえこた、おていさんの好きな漢籍にもあることでさ。
まず、ふんどしの無粋なところは、江戸っ子目線でなく唐様文人から見ても下劣なんでさ。
『三国志』でおなじみの曹操は奸雄扱いが定番ですが、褒められるところもあり、その一つが陳琳(ちんりん)の助命と登用です。
陳琳は文才に恵まれていました。
曹操のライバルである袁紹に仕え、両者が対決する前に曹操を罵倒する檄文を執筆。
それを読んだ曹操は激怒し、陳琳は必ず殺す!と歯軋りしました。
しかし曹操にも文才があり、陳琳の文章を読んでいくうちに、この作者は素晴らしい才能の持ち主だと認めざるを得ません。
結果的に曹操は袁紹に勝利をおさめ、陳琳を捕縛すると目の前に連行させました。そのうえで「なんでこんな俺を貶す文を書いたんだ?」と問いかけます。
陳琳はこう返します。
「矢が弦の上にあれば、発射するしかありません」
要するに、自分の才能を発揮できる機会があれば、書いてしまうということ。
檄文作者だと認めた上での開き直りに、曹操は感心しました。そして陳琳を釈放し、自らの幕下に加えたのです。
このやりとりを踏まえた上で、大田南畝の尋問を思い出してくだせえよ。
定信の度量は、曹操に遠く及ばないと思いませんか?
中国では、こういう文人迫害の際、「あーあ、あの人は陳琳を認められないんだねえ」とこぼすことがあります。
おていさんなら、そういうことを読み解けても不思議はありゃしません。

月岡芳年『月百姿』シリーズ『南屏山昇月』/wikipediaより引用
もうひとつ、明末の顧炎武の言葉でも。
天下の興亡、匹夫に責あり。
これは、ふんどし流でいけば、庶民だろうと真面目に暮らして天下を保つようにということになりまさ。
でも、それだけですか?
天下が誤っているのであれば、それを民が指摘するという問いかけもあるのではないですか?
ふんどし流でいけば、あの新之助の義挙である打ちこわしも、民衆のわがままに収まってしまいます。
でもそういう流れに異議ありということだって、民衆の責任ではないですか?
おていさんの思考回路はあくまで私の想像ですが、彼女は考えに考えて、蔦重の中にもう一度光を見出してきたと思える。そんな眼鏡の奥の眼光でした。
贅を尽くすならば、四方赤良は欠かせない
といっても、ふんどしを持ち上げたいのか、からかいたいのかわかりません。そういう困惑もある。
持ち上げると見せかけてその実、からかうと言うことではないか?と北尾重政が指摘します。
その通り!だと蔦重。
そういう黄表紙を出すと言い、無邪気な子どものような歌麿に目線を向ける蔦重。驚く歌麿。
さて、どういうことか?
蔦重はおもむろに歌麿の絵を取り出します。

『画本虫撰(えほんむしえらみ)』蝶・蜻蛉/国立国会図書館蔵
倹約の世の中で、目玉が飛び出るほど豪華な狂歌絵本を出す!という宣言です。
歌麿は自分の絵がそうなることに驚いています。
蔦重が売り出したい気持ちはわかっていても、ここまで読めていなかったようです。
こんなサプライズ、痺れちまいまさ。
蔦重はかわいい弟の売り出しにぬかりはない。豪華本には南畝先生の作品が必要だと猛烈にオファーしてきます。
「俺はやらぬぞ。やらぬと言ったはずだ」
「俺は贅を尽くしたもんを作りてえんです。贅沢すんなって言われても、欲しくてたまんなくなるような。けど、四方赤良の狂歌がねえ狂歌絵本は、贅を尽くしたとは言えねえ。どうか一首、載せてもらえませんか。俺ゃ狂歌ってのは素晴らしい遊びだと思ってまさ。意味もねえ、くだらねえ、ただただ面白え。これぞ無駄、これぞ遊び、これぞ贅沢! しかも身一つでできる贅沢だ。だから上から下まで遊んだ。分を越えて遊べた。これぞ四方赤良が生み出した天明の歌狂いです。俺ゃ、それを守りてえと思ってます。南畝先生はどうです?」
そう言われ、目が泳ぐ南畝。心が揺れ動いているようです。
絵を手にして歌を読む四方赤良。
毛をふいて
傷やもとめん
さしつけて
君があたりに
はひかかりなば
下世話な恋の歌でさ。毛虫に寄せる恋。毛虫が勢い込んで夜這いをしたとしても失敗するってさ。
それだけでなく「毛を吹き疵(きず)を求むる」という『韓非子』からの引用と引っ掛けて、あえて人の欠点を求める定信を皮肉っているようにも思える。綺麗事を引っぺがして本性を暴く気合いも感じさせると。
「……屁だ」
大田南畝はそう言います。
「戯歌一つ詠めぬ世など、屁だ!」
へ! へ! へ! へ!
そう呼びかけだし、回り始める一同。ていも迷い、意を決したように踊りの輪に加わります。
こうやってやけっぱちになって、変な顔をして踊り回る皆には、覚悟が宿っています。
まさか屁の踊りでここまで感動するとは思いませんでした。
文武をおちょくり、歌麿を売り出せ
政治は動き続けています。
田沼意次は2万7千石を没収で相良城も取り壊し。
定信は、田沼を叩けば叩くほど己の人気に繋がると理解し、それを徹底してきました。
「文武出精」という幕臣評価一覧も提出されました。あれほどの弓を放てる長谷川平蔵も載っていることでしょう。
蔦重たちもこの「文武出精」の噂を知ります。
文武に秀でた者たちを集めようとしたところ、人が全然いない、弛緩しきっていた武士たちにそんな骨のある者などいないと話題になっているようで。
蔦重は何か思いついたようです。
鳥山石燕は歌麿の絵を見て感心しています。
「ちっぽけな虫の恋をお前、キンキンキラキラにして! 酔狂だねえ」
そう嬉しそうに語る石燕に、蔦重は本に載せる祝いの言葉を頼みたいと依頼します。
「そりゃちょいと、硯の魂に相談してみねえとなあ」
石燕が茶目っ気たっぷりに返答します。
そして12月、土山宗次郎が公金横領の罪で斬首されました。
妾の誰袖は「押込(拘禁)」の刑とされました。このあと誰袖は身寄りがないため大文字屋に戻され、消息は不明です。
ちなみに鳥山検校と連座させられた瀬川は「叱り」ですので、それよりもはるかに重い刑となりました。
松本秀持は、土山の監督不行き届きの罪にて百石没収のうえ、逼塞(自宅軟禁)。
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田沼派の粛清は止まりません。
そんな天明8年(1788年)、ふんどし政治をからかう黄表紙が出版されます。
朋誠堂喜三二作『文武二道万石通』(ぶんぶにどうまんごくどおし)
恋川春町『悦贔屓蝦夷押領』(よろこんでひいきのえぞおし)
山東京伝『時代世話二挺鼓』(じだいせわにちょうつづみ)
さらにかつてないほど豪華な狂歌絵本『画本虫撰』(えほんむしえらび)。
これが蔦屋の軒先を飾ったのです。
さっそく松平定信は、うれしそうな顔で『文武二道万石通』を受け取るのですが……。
MVP:田沼意次
田沼意次退場のとき、九郎助稲荷の言葉に胸打たれました。
軽輩から成り上がり、老中まで上り詰めた政治家、田沼意次。
進取の気性に富み、最後まで新しき政の仕組みを考え続けた人生であったと言われています。
ここまで思いやりにあふれた田沼意次退場になるとは思ってもいませんでした。
初回で蔦重と田沼意次が顔を合わせたことが回収され、なんとも趣のある退場です。
この退場においても挑発的であるのが、田沼意次が家中で入れ札という選挙の仕組みを取り入れ、それこそが政治を変えると喝破していたことでしょう。
何の進歩もなく、惰眠を貪っていた江戸時代。
そこへ黒船がやってくる。
世は乱れたものの、西洋からもたらされた政治理念により、近代国家へ駆け上がってゆく。坂の上の雲を目指すように――こんなシナリオが、長いこと日本では定番だったものです。
第二次世界大戦後は果たしてそうであったのか、疑念を抱く歴史観が形成されます。
他ならぬ大河ドラマがその証左。
第一作は当時のベストセラーである井伊直弼を再評価する『花の生涯』が原作でした。明治維新は果たして正しかったのか?と突きつける作品だったのです。
井伊直弼は安政の大獄で吉田松陰を処刑しました。そのせいで長らく長州から絶対悪とされ、顕彰すら妨害されかねない状況が続いてきたのです。
そんな彼を主役と据えた作品は、どうしたって薩長史観脱却の意図を感じさせたのです。
しかし、田中清玄が「薩長の提灯持ち」と喝破した司馬遼太郎作品がベストセラー定番になってくると、流れが変わってきます。
戦争に負けて自分たちを見つめ直すよりも、当時の日本人は自分たちの青春の焼き直しを選んだわけです。
高度経済成長期の日本の支配層は、幼い頃に武士道礼賛、薩長史観を叩き込まれて育ってきました。
人間は十代のころにどっぷり愛した趣味や嗜好からなかなか逃れることができません。
武士や支配者、明治維新を礼賛するコンテンツが懐かしくなっていったのでしょう。
そうなっては厄介だからアメリカも戦後しばらくは武士道礼賛エンタメは規制したものですが、解放されたらあとは回帰するわけですな。
そういうノスタルジー礼賛をした方が作品も売れる。
となりゃ、水は低い方に流れるということです。
これは今も続いていて、毎日のようにSNSでは高杉晋作のこんな歌を引用している投稿を目にします。
おもしろきこともなき世をおもしろく
なぜ、人は自分と高杉晋作を重ねるのか。やはり、明治礼賛は残ってはおりませんかね。
んじゃ、日本人がもう一度、歴史観を糺すには敗戦しかない? って、そんなわけはなく、別の流れがあります。
西洋のみが近代化を成し遂げる資質があったとみなすのは、白人やキリスト教徒を礼賛する古臭い価値観であると、見直されつつあります。
西洋を模倣せずとも、東洋だって民衆からの政治改革ができたのではないか?
その芽を示すのが、今回の入れ札場面と思えます。
田沼意次の再評価のみならず、再来年は小栗忠順も見直されます。
歴史観を変える先頭に、大河ドラマが立ってやるという流れを感じさせる。
『べらぼう』があと3年くらい続いても良いという意見には賛同しますが、再来年がありますので、来年は江戸後期の歴史でもおさらいしておくと良いかもしれません。
実は蔦重の没後、お上とふてぇ版元文人の攻防はますます苛烈になっていくのです。
そしてもうひとつ、本作には2010年代半ばあたりから歪んでいた大河ドラマのデトックス効果もあると思いやすぜ。
田沼意次再評価の機です。その子孫の名誉も回復したい。
慶喜免罪のために天狗党大量処刑の責任を田沼意尊に押し付けた『青天を衝け』は、本気で反省してください。あれは歴史修正もとい歴史捏造だった。
ついでにいえば、あの作品でなされた徳川慶喜の過大評価も再来年で修正されるでしょう。
『逆賊の幕臣』の慶喜は生田斗真さん再登板でもよいのではないかと思ってしまうほど。
彼に対して姑息な悪党イメージがつきすぎてしまうかもしれない……とはいえ、今年の一橋治済を超える不快感を発揮する、そんな豚一像の徳川慶喜を大いに期待したくなるのです。
総評
毎回大絶賛しかしてねえ!
我ながらそう感じていますが、こんなすごい大河ドラマがあっていいのかとありがた山なので仕方がない。
日本の伝統とされてきたモノそれに対する見方や、歴史の常識とされてきたこと、それらをひっくり返す力を感じさせてくれます。
今回の第34回放送は「エンタメに政治を持ち込むな」というSNSでよく見かける論をぶちのめしてきました。
長い歴史をたどりますと、そういう点は確かに日本の文芸にはあります。
『光る君へ』を思い出してみますと、定子と清少納言「香炉峰の雪」の映像化は実に感動的でしたが、意地悪な言い方をすると漢籍知識マウントになっているところはあります。
元となる白居易の詩は、左遷された鬱屈のもとで詠んでいるものです。
そういう詠んだ背景を無視して自分の知識をひけらかすなんて軽薄ではないかという批判はあっても無理はないところでしょう。
紫式部の『源氏物語』にもそういう箇所はあります。
光源氏は政治闘争の末に京都を離れ、須磨で暮らす展開があります。
このとき光源氏は「広陵散」という曲を弾いています。
一体どんな曲なの?というと、魏の嵆康(けいこう)という人物が処刑前に奏でたとされる伝説の曲でして。
嵆康は曹操の一族と姻戚関係にあり、そのせいで曹氏追い落としをはかる司馬氏一族に目をつけられ、政争の最中に言いがかりをつけられ、ほぼ冤罪で殺されました。
そんな嵆康と、朧月夜と密会を重ねて政治失脚を重ねた光源氏を重ねるってどうなのか。
これは清少納言や紫式部が軽薄ということでなく、実は日本人の文学許容における態度とされます。
中国から文学を学んだ日本では「風雅」を取り入れるべしと学びます。
この「風雅」が受け入れる過程で意味が異なってきたのです。
中国では、政治情勢や世の流れが自分に及ぼす影響をこう定義する。
一方で日本では、四季折々の花鳥風月を詠み込むと解釈されました。
そうはいっても、日本でも漢籍教養や唐様(中国式)から政治批判のニュアンスをまるきり無視できたわけでもない。
平安時代、公卿の日記は漢文で記されたものです。行政文書も漢文でした。
漢詩は政治的な主張を込めて詠むもので、恋心や日常生活のささやかな発見は和歌や俳句で詠むとされました。
それが時代がくだるにつれ、どういうわけか妙な変化が起きてきたのが『べらぼう』の時代なんでさ。
識字率が高まるうえに、狂歌は『べらぼう』でも言われる通り、ハードルが低い。
漢詩はルールが多くなかなか詠めませんが、狂歌はまったくそうではない。上から下まで自由に詠めます。
さらには政治批判をバンバン入れてこそ粋だ! という価値観が定着し、幅広い層が政治に物申すことが可能となってしまったのです。
同時代の清や朝鮮の場合、よき政治を志すとなれば、科挙を突破し官僚となることが道筋としてあります。
一方で日本の場合、世襲制度で政治には関与できないものだから、エンタメで物申すという妙なルートが出来上がったと思えなくもないんでさ。
いくつもの要素が結合し、日本なりの自由闊達な言論空間ができあがっていくわけです。
じゃあ、その流れを近代化に繋げられなかったのか?
これがどうにも頓挫します。
その第一の挫折が、田沼意次失脚である。
そうはいっても彼の政治姿勢は完全否定されたわけではなく、松平定信以降も引き継がれた部分も大きい。
ただし、その定信の政治生命もとある妖怪じみた人物の介入で頓挫してしまうわけですが。
その第二の挫折が、明治維新であると描くのが『逆賊の幕臣』だとあっしは見ますね。
今回、蔦重たちが江戸文化存続の危機に立ちあがろうとするわけですが、それこそ明治維新はその危機をもっと強烈に引き起こしているわけですから、セットにすることでより重みが増すのではないでしょうか。
そのためには、まず江戸文化の輝きを描いてこそでさ。
てなわけで、この大河ドラマは実質的に再来年とセットのように思えてきます。
それを意図した企画かどうかはわかりませんが、明治維新の意義を問い直すとなれば、江戸中期からの見直しが必須ともいえるのではないでしょうか。
「歴史総合」対応大河ドラマ第一弾として、本作は必ずや歴史に残ることでしょう。
最後に、喜多川歌麿の『画本虫撰』についてでも。
この素晴らしい絵も画集になっております。芸艸堂の豆本シリーズは和綴じで大変趣があります。気になる方はぜひどうぞ。
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【参考】
べらぼう/公式サイト





