べらぼう感想あらすじレビュー

背景は喜多川歌麿『ポッピンを吹く娘』/wikipediaより引用

べらぼう感想あらすじ

『べらぼう』感想あらすじレビュー第33回打壊演太女功徳~新さんはいい顔してただろ

2025/09/01

場所は南伝馬町――新之助は、賄(まいない)で役人と手を組み、米を買い占め売り惜しんだ商人・万屋作兵衛の家の前にいます。

そして世を救うためと称し、店の中に踏み込む。

「天誅だ!」

天明7年(1787年)5月、江戸で打ちこわしが発生。

深川でも、武家屋敷が多い赤坂でも、たちまち広まってゆきます。

江戸城の武士たちは「祭りで騒いでいるだけだろう?」と、どこかのんびりしており、「帰りに寄っていこうか」などと話す者もいるほど。

その背後を曲淵景漸(まがりぶち かげつぐ)が焦った様子で走ってゆきます。

松平康福も、阿部正倫も、祭りの季節ではないよな……と異変は察知しているようですが。

「打ちこわしにございます!」

「市中にて打ちこわしが起こりました!」

事態をようやく把握する幕僚たち。

かくして義挙が江戸の町でも広がってゆきます。

📘 『べらぼう』総合ガイド|登場人物・史実・浮世絵を網羅

 


公方様のお膝元での打ちこわし発生

田沼意次は、打ちこわしの報告を受けております。

なんでも深川から赤坂辺りへと広まっているようで、それを見聞きした者も加勢し、どんどん勢いは増しているようです。

この描写で興味深いのは、女性のナベも参加していることでしょう。

『べらぼう』に出てくる江戸の女は気が強い人が多く、これぞ江戸女の長所でもあります。

容姿やオシャレのセンスは京大阪に及ばずとも侠気では勝る――それが江戸の女の魅力でさ。

さらには時代を変える局面に女性がいたと示すことも重要でしょう。

打ちこわしの標的は、売り惜しみをした米屋であり、幕僚たちの御用商人も含まれているそうで。

蜂起した町民の中には「政を改めるよう」幟を立てている者もいて、単に米欲しさだけで闇雲に押し入っているわけではないとも報告されます。

曲淵景漸が「調べる」と返答すると、松平康福はイラ立ちながら「調べるなら捕らえよ!」と返す。

しかし、捕らえるなら城に押し寄せるという者もいるのだとか。

江戸城/wikipediaより引用

意次は、さすがに脅しだと推察し、打ちこわし蔓延防止のため町木戸を閉めるように指図します。

そのうえで「米屋と喧嘩した」という名目で召し捕ってはどうか?と提案します。

幕僚たちは打ちこわしがなぜ起きるのか、遅れたからか?と話し合っています。

米の手配はまだ済んでおらず、意次も困惑するばかり。するとそこへ意次宛に、家中からの呼び出しが届いたのでした。

 


神出鬼没の蔦重、田沼邸に現れる

急ぎの呼び出しとは……いったい田沼邸に誰が来ているのか?

蔦屋重三郎でした。

「打ちこわしに遭ったのか?」とまず意次は、耕書堂を気遣います。

どれだけの立場にあろうと、意次は人に対して根本的に思いやりがあり、かつ裏表もない。治済や定信と比べると実にさっぱりした人物です。

蔦重は、知らせたいことと、尋ねたいことがあるとか。

知らせたいこととは、奉行所の前で見かけた“石つぶての男”でした。

田沼意知の葬列に対して投石した男が、今回は長屋住まいの身なりをして、「奉行所が犬を食えと言ってたぞ!」と騒ぎ立て、打ちこわしの機運を煽り立てていたとか。

さらに蔦重は、昔のことなので断言はできないと断わりながらも、あの男が源内の屋敷にいたことも思い出しました。

意次は衝撃を受けながら承知し、尋ねたいことは何か?と問い返します。

それは出るはずだった米が出なかった理由でした。

いったいなぜ?というと、意次は頼んだ相手が手間取っていると返します。

すると、寝転びながら黄表紙を楽しそうに読んでいる定信の姿が映し出されます。わざと遅らせている様子を表しているわけですね。

意次は、いずれにせよ米がすぐ届くと思わぬ方がよいと返すしかありません。

すると蔦重が「素人考え」だと前置きを入れた上で、米不足の打開策を提案をします。

「米じゃなく、金は出せませんかね?」

とりあえず金を配り、それで米を買えるようにすれば、お上は無策でないということになるのではないか?

米の工面は課題として残るにしても、一定の時間稼ぎにはなりそうです。

「よかった……ああ、ようございました」

そう深々と語る蔦重。意次はそう案じてもらえたことに感激しています。

「こんなこと、早く収まるのが一等ようございましょう」

そう言われて意次は納得し、中身が決まったら伝えると告げます。

「またうちがやるんで?」

「当たり前だ」

当然のように言われてしまう蔦重。さらには「もう木戸が閉まっているから泊まっていけばよい」と勧めるのでした。

田沼意次/wikipediaより引用

意次は水野忠友と、お救い米の必要量を計算します。

一升の米を配布するには、いくらの銭が必要になるか、見積もりを出させるわけです。その上で、田沼派の大名と旗本を集めるように指示を出しました。

何のために?

忠友から理由を問われると、自分たちの御用商人が狙われていると答える意次。

今後さらに事態が切迫してくれば、身銭を切ってでも救うであろうという見通しがあるようです。

場面変わって、打ちこわしを煽るため物乞いの姿にまで扮していた一橋治済が、飯を食っています。

徳川家治と田沼意次体制の後に訪れる治済と松平定信の体制。

今からもう不穏であることが伝わってきますね。

治済が救いを求める書状を平気で破り捨て、定信は米の手配をわざと遅らせ黄表紙を読みながら笑っていた――彼らに人の痛みは伝わらないでしょう。

確かに白河藩には松平定信が民をよく治めた証がいくつも残されています。

南湖公園は実に風光明媚で素晴らしい場所です。

しかし、自領と江戸では意識が違うのか。

そもそも一橋治済には、治めてきた領地すらありませんでした。

 

蔦重、耕書堂に戻る

蔦屋重三郎が打ちこわしの現場を見ています。

大店の旦那らしいゆったりした着物ではなく、若い頃のような動きやすい服装ですね。

耕書堂ではたかが米を研ぎ、みの吉が「いま米を炊いたら打ちこわしを呼び寄せるようなものだ」と警戒しています。

かといって食わないわけにもいかない。

「水に漬けときゃ、ふやけて食えるんじゃないか?」と、いかにも空腹そうな蔦重の母・つよ。

打ちこわしを警戒するみの吉としては、危険は避けたい様子です。

それでも、やっぱり“たか”は米を炊きたい。

つよは「粉にすれば?」と、なんだか実際に使えそうなアイデア力も発揮します。

そんな三者のやりとりのなか、ていは米俵を一つ外に出す案を出しました。

李代桃僵(りだいとうきょう)――『兵法三十六計』です。

桃の代わりに李を僵(たお)す。

より価値のある桃を守るために、価値の劣る李(すもも)を犠牲にする。

そういう意味ですな。

今年は、ここ数年におけるダメ大河への不満を実にうまく拾っている。

兵法を知って使えるというのは、何も登場人物が暗唱すればいいってもんじゃねえんですね。

例えば『どうする家康』は、わざとらしく『孫子』なんかを引用して得意がって、見られたもんじゃなかった。

そういう暗記で試験を乗り切ってきたような幼稚なことでなく、登場人物がきちんと考え、引用し、プロットに適合することが大事です。その点、今回は実にいいですね。

つよが理解できずにいると、するとそこで戸を叩く音がします。すわ、打ちこわしか――と、そうではなく蔦重でした。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用

ていは安堵の表情を浮かべます。冷静なようで不安だったのでしょう。たかが米を炊き始めます。

蔦重は皆にこれまでの経緯を説明します。

新さんに幟のための布を差し入れる。さらに田沼邸では摺物を請け負う。そんな動きににつよは驚き、呆れています。あまりの八方美人ぶりに対し、つよもみの吉も呆れます。

打ちこわし側からすれば田沼の手先、お上からは、打ちこわしの手先と思われかねません。

蔦重は逆転の発想で「打ちこわし側にもお上にも恩を売った」と得意げな顔ですが……肝心なことを見落としちゃいねえか?

そのお上だって派閥ってもんがあり、田沼派は斜陽だぞ。

それでもつよが納得しないというと、蔦重はどちらにも肩入れしたくなったと答えます。打ちこわす側の気持ちもわかる。されたくない側もそう。

すると、ていが町の様子を聞き出します。耕書堂までは打ちこわしが来ておらず、実情はわからないようです。

そんな彼らに「もう無茶苦茶だ」と説明する蔦重。

店は壊されるし、道は米だらけ。米を持ち帰ると盗人になるので、そのまま捨てるしかねえんでさ。

本末転倒だと悩ましい表情になるてい。ただでさえ米がないのに、米を無駄にするなんておかしい。たかもこんなことではお百姓さんも泣くと、しみじみと言います。

こうなったら、とっとと打ちこわしを終わらせるべきだ――蔦重はそのために摺物を作る。しかし、打ちこわしの真っ只中で配るというのもかなり危険です。

果たして受け取ってもらえるのか。みの吉もそう気を揉んでおり、蔦重は一工夫必要だな、と考えているようです。

 


扇動する“丈右衛門”

物乞いに変装してまで民の不満を煽っていた一橋治済。

いざ打ちこわしが始まれば、後は眺めているだけ……というわけがなく、“丈右衛門”が煽りに煽ります。

「お〜い、いいもん見つけたぞ〜持ってけ泥棒!」

小判を掲げ、投げ出すと、たちまち群衆が群がります。さらには高そうな反物をばら撒き、暴徒化させていきます。

「盗みはやめてもらいたい! これは我らの想いを示すための打ちこわしだ!」

慌てて止めに入る新之助。

「誰が盗んだかなんて、分かっかよ!」

「やめてもらいたい!」

“丈右衛門”と言い争っていると、奉行所から与力と同心がやって来ました。誰が犯人かわからないなら連帯責任だ。そしてこう。

「こやつら全て召し捕ってしまえ!」

しかし、暴徒化した江戸っ子も迫力があり、奉行所の者たちも恐怖で足がすくんでしまいます。

と、“丈右衛門”が石を相手にぶつけて挑発する。

「ふだんなら皆様方を敬いもしますが、こちらも命懸け。食えなきゃ御陀仏なもので」

「うぬら、かようなことをしてどうなるか!」

「どうなるんです?」

相手が武士だろうと、“丈右衛門”は目を底光りさせて迫ってゆきます。

大崎もそうなのですが、治済の部下たちはどうにも目がおかしくなっていく……これまた浮世絵でこういう目つきを見たぜ。

月岡芳年『英名二十八衆句』/wikipediaより引用

浮世絵師は技術や世相を取り入れ、それを絵に反映させます。ゆえに世の中が殺伐としてくると、描かれる者もだんだんと顔つきがおそろしくなってくる。

絵師本人の資質どうこうではなく、世相がそうさせるのでしょう。矢野聖人さんの目には、妖気を吸い取った光があります。

そんな妖気にあおられ、打ちこわしはますます統制が崩壊してゆくのでした。

 

武士の刀は飾りゆえ

田沼意次の指示通り、水野忠明が田沼派を集め、一堂に介しておりました。

打ちこわしで自分たちの御用商人が狙われている。こうなった以上、もはやお救い米を出した方がよいのではないか?

そんな提案を意次は末席でジッと聞いています。

しかし彼らは暴れる町人に対して米を配布するなど不満でしかないようで、「片っ端から捕えればよい!」と言い出します。

タイミング悪く、そこへ曲淵景漸がやって来て、打ちこわしに死者が出たことを報告しました。

打ちこわしをする者、される者、止める者――いったいどちら側に死者が出たのか?松平康福が問うと……

「打ちこわしをした者、された者……同心も」

これには皆が動揺してしまいます。

武家が町人にやられたとは何事か! 無礼打ちにすればよい! そう憤る声もあるものの、曲淵景漸はこう返すしかありません。

「しかし、皆、日頃刀を抜くこともございませぬゆえ……」

そうなんですよね。同心たちが犯人を捕縛するにしても、刺股などを使っておりますからね。

刀を扱えないことを突っ込まれて、静まり返ってしまう武士たち。結局、自分らだって戦えないとわかってはいるんですね。

明治になってから福沢諭吉は「刀なんて使わない飾りだった」と皮肉ったものですが、ならば武士はやられっぱなしなのか?

若き日の福沢諭吉/wikipediaより引用

と、ここで意次がこう提案します。

「では、御先手組をお出しになってはいかがでございましょう?」

かくして、この策が上様に上申されることになりました。

御先手組とは、江戸城警護を任務とする特殊部隊です。

これもなかなか重要な場面でして、江戸幕府が開かれた当初、想定していた敵は他の武士でした。

それが身分を超えて町人の鎮圧が視野に入ってきて、幕末に向かうとより先鋭化してゆき、農兵部隊まで組織されるようになります。

もう一つの敵は海外勢力、ロシアです。それはまだ先の話となりまして。

意次は、さらにこう言い出ます。この騒動は御先手組だけでは抑えきれない。

「真にこの騒ぎを収められるのは、米! 米だけが民の怒りの刃を収める鞘にございまする。そのために身を切ったとあらば皆様の名は打ちこわしを収めた者として後世に残りまする。どうか! どうか、ご英断を願いたく! どうか!」

日本型ノブレス・オブリージュってぇ気がしてくる、そんな重要な場面です。

豪商にしてもそうで、幕末へ向かうとなると、ランキング大好き江戸っ子たちはお救い番付を作るようになりました。

打ちこわしに遭うより恩義を売っておく方が結果的にお得なんですね。

相模の田沼領では、田沼から幕領になった際、領民は駕籠訴までして田沼意次を惜しんだことを思い出します。

江戸時代の民衆は武士に支配されっぱなしというわけでもなく、評価を届ける手段もなかったとは言い切れません。

 

蔦重は打ちこわしを止められるのか?

そのころ耕書堂では、皆で布地を作っていました。

そして蔦重は実に珍しい袴姿。彼だけでなく、他にもその姿の男たちがいます。

幕末に来日した外国人は「あのスカート(袴のこと)は、サムライしか身につけられないんだな」と記録していますが、それ以外でも改まった際には履くことがあったんですね。

◆町人男性の普段着

『枕辺深閏梅』下巻口絵における国芳の自画像

『枕辺深閏梅』下巻口絵における歌川国芳の自画像/wikipedia

◆町人男性の羽織袴をつけた姿

落合芳幾による歌川国芳の死絵/wikipediaより引用

落合芳幾が描いた歌川国芳の死絵/wikipediaより引用

蔦重が、そんな袴姿で打ち合わせをしていると、誰かが戸を叩いてやってきます。

次郎兵衛でした。

彼が連れてきたのは斎宮太夫――次郎兵衛の三味仲間か、吉原人脈で動員したのでしょう。

蔦重が頭を下げて労わると、斎宮太夫は江戸っ子らしく応えます。

「なに、気にすんな」

義侠心のあるよい受け答えで、いったい蔦重の狙いとは?

斎宮太夫は、演歌界のスターである新浜レオンさんが演じることで、喜ばれている方も多いと思われます。

横浜流星さんと新浜レオンさんのやりとりを見ていると、髷は顔を損なうどころか、さらによく見せる効果もあると感じませんか?

日本では一時期、髷を回避する動きがあり、それが時代劇の低調にもつながったのではないかと思います。

髷だろうと日本髪だろうと、よいものはよい。既に中国時代劇でも弁髪回避は過去のこととなりました。

日本でも時代劇を復調させ、髷イケメンへの理解を深めるのはよいことですね。

江戸の市中では、さらに打ちこわしが進んでいました。

大きな陶器の壺が割られるシーンも流れますが、ここに江戸時代のブルジョア感が滲んでいますね。

日本史上、陶磁器は資産のバロメータであり、『光る君へ』の平安時代中期、『鎌倉殿の13人』の鎌倉時代では、上流階級の人物がこれみよがしに使っていたものです。

藤原兼家宅で背後の棚に並んだ陶磁器は圧巻でした。

室町幕府は日明貿易を行い、中国産の陶磁器が武士のおもてなしには欠かせないというルールを決めます。

実際それが武士の慣習となり、将軍も大名も、高い中国産陶磁器を集めるようになったのです。

町人もこうした陶磁器を欲しい。しかしさすがに手は出せない。となると国産で似たようなものを買うようになります。

日本と交易しているオランダにとっても魅力的な産品でして、これに目をつけた平賀源内も、陶磁器の改良生産に取り組んだことがあります。

てなわけで、ここで割られる壺も、そんな田沼時代の象徴かもしれねえわけだな。

壺の持ち主である商人が「私の家にもついに唐様(中国風)の壺が置けたヨ」とニコニコしながら眺めていたかもしれねえ。

それがこんなことになっちまってよ!

破壊と盗みはもう止まりません。新之助のいうことなど誰も聞かなくなってしまいました。

 

銀がふり、米が出る

暴徒化する江戸っ子たちの背後から、美声が流れてきます。

銀がふる
銀がふる
天からめぐみの
銀がふる
三匁二分
米一升
声は天に届いた
届いた
届いた

斎宮太夫です。

蔦重が扇子を広げながら「お救い銀が出るってさ!」と声を張り上げる。見れば扇子にも「お救ひ銀」の文字が記されているではありませんか。

次郎兵衛が太鼓を叩きつつ「米じゃなくて銀なのかい?」と相槌を打つと……。

「米に引き換えられるんでい! ここの幟にあるとおり!」

「ほう、三匁二分で、米一升!」

それを聞きつけ、江戸っ子たちはざわつきだします。

鈴が鳴る鳴る
太鼓が怒鳴る
米だ
米だ
腹が鳴るのはおしまいで

歌声にのせ、次郎兵衛が大きな声で呼びかけます。

「さあさあみなさんご一緒に!」

「銀がふる! 銀がふる!」

江戸っ子たちが踊りだし、打ちこわしがまるで祭のようだ。新之助は安堵してこう言いながら膝をつきます。

「米が出る……出るのか……」

すると“丈右衛門”が目を底光らせ、匕首を抜いて蔦重に迫るではありませんか。

そして蔦重の肩に触れ――というところで新之助が割って入り、蔦重を突き飛ばしました。倒れ込んでしまう二人。

新之助は立ち上がりながら、“丈右衛門”に向かって言います。

「これは打ちこわしだ! 人を殺める場ではない!」

“丈右衛門”の匕首に気付き、皆が驚いて逃げ出そうとします。そして“丈右衛門”があらためて蔦重を狙ったそのとき、胸に矢が突き立ちました。

弓を構えたあの男の姿が見えます。

「御先手組弓頭、長谷川平蔵宣以である! これより狼藉を働く者は容赦なく斬り捨てる! 見物しておる者は召し捕える! かような目に遭いたい者はおるか!」

弓を射つ姿が、まるで絵のように美しい。

あの長谷川平蔵がまた高みへ一段登りましたね。

平蔵が叫ぶと蜘蛛の子を散らすように人々が逃げ散ってゆきます。

その目線の先には、脇腹を刺されて苦しそうにする新之助がいました。

「医者に診せたほうがよいな。我らも共に回るゆえ、行け!」

平蔵はそう言い、あとは次郎兵衛に任せて蔦重と新之助の二人はお救い銀の行列から離脱。

苦しいはずの新之助は満足げな笑みを浮かべ、長七にこう返します。

「私は、大事ない。行け」

かくして平蔵を護衛につけ、行列は再出発。さすが中村隼人さん、腹の底から声が出ていますね。

平蔵の弓の腕前ですが、当時の武士の嗜みです。

そうはいっても得意不得意はありますので、朋誠堂喜三二や恋川春町、太田南畝あたりが得意とは思えません。平蔵は遊ぶだけでなく、真面目に鍛えていたのでしょう。

そしてこれが重大なんでえ!

このあとの松平定信は文武を鍛えるよう、奨励します。長谷川平蔵は性格的には陽キャのパリピで、田沼時代に向いている。しかし打ちこわしの対処が水際だっていたうえに文武両道。それゆえ火付盗賊改に抜擢されることになります。

ま、性格的に松平定信とその一派とそりが合わず、いろいろ苦労するんですけどね。

ところが、文武についていけねえ奴もいまさあ。これが江戸っ子にゃあ、ウザかった。文武、文武、うるせえ!……てなわけで、有名なこんな狂歌が詠まれます。

世の中に 蚊ほどうるさき ものはなし ぶんぶ(文武)というて 夜も眠れず

これは詠み人知らず……のはずが、どういうわけか太田南畝作という噂が立ちまして、大ピンチへ向かうわけでさ。この顛末は次回以降を待ちましょう。

さてそんな武の道ですが、旗本御家人の場合、将軍も目にする機会があります。

再来年の主役である小栗忠順は、武芸の将軍お披露目で褒められるほど優秀でした。松坂桃李さんが披露する場面があるかどうかわかりませんが、期待して待ちたいですね。

文武両道かつ血筋もよいのに、周囲と揉めてしまうほど個性的だったのが小栗の特徴です。

小栗忠順の写真

小栗忠順/wikipediaより引用

 

新之助は生きる意味を見出した

新之助は苦しんでいます。

どうやらただの刺し傷ではない様子。

刃に毒でも塗られていたのかもしれないと咳き込んでいます。

新之助は、米の到来を喜ぶ江戸っ子を背景にその場を去ることとなりました。

蔦重も元気づけるように声をかけます。

「やりましたねえ、これで米の値も下がりますよ! 米屋も、お上も、欲張るとこうなっちまうんだって、思い知りましたさ、へへへ!」

確かにそうです。米価の高騰に殺された妻子の仇討ちを、新之助は成し遂げました。

「蔦重……俺は何のために生まれてきたのか分からぬ男だった……貧乏侍の三男に生まれ、源内先生の門をたたくも……秀でた才もなく……おふくと坊のことも守れず……」

そう語りながら蔦重に捕まり歩く新之助は力が徐々に抜け、蔦重にその重みがのしかかっていることが見てとれます。

「何言ってんです! 新さんは字もうめえし、目の付け所もいい。すこぶる価値のある男でさ!」

「蔦重を、守れて……よかった。俺は世を明るくする男を守るために……生まれて……きた……」

「よしてくだせえよ、新さん。いきますよ!」

ついに新之助は歩けなくなり、蔦重は引きずるように歩こうとします。

しかし、二人は橋の上に倒れ込んでしまう。

「新さん……新さん……新さん!」

そう号泣する蔦重。

新之助は穏やかな顔のまま、ついに何も言わなくなりました。

 

大奥筆頭・高岳の陥落

新之助が命懸けで蔦重を守ったことにより、一橋治済の策のうち一つは阻害されました。

前回、物乞いに化けて“丈右衛門”と共に蔦重を見つめていた治済。

“丈右衛門”がなんとしてでも蔦重を排除しようとしたのは、治済の指図でもあるのでしょう。

しかし、治済にはまだ手持ちの駒があります。

大奥では高岳の前に、大崎が治済に見せていた箱を差し出しています。

「このようなものが私のところに送りつけられてきたのですが、気味が悪く……高岳様、何かご存知で?」

大崎は笑みを浮かべつつ、中身を取り出します。

あの手袋でした。高岳が誂え、種姫名義で徳川家基に贈られたもの。高岳はそう説明します。

「然様にございましたか。あれ、ここだけ色が」

そう言いつつ、その指先の部分を口に含む動作をする大崎。

高岳の顔色が変わります。

「何故かような」

「調べてみましょうか?」

そう言われ、さしもの高岳も怯んでおります。

こうして見ていると、あたかも高岳が家基毒殺に関与したように思えますが、それはどうでしょう。

手袋を見た時点で動揺してはおらず、変色と噛む仕草を見て脅迫だと理解したように見えます。

高岳がどこまで絡んでいるかどうかはともかく、彼女が関与した品でそうなったとあれば、それだけでもまずい。

知保が作った醍醐を食べ、徳川家治が斃れた時と同じアプローチと言えますね。

このあたりが江戸時代に出来上がった日本人らしい秩序意識といえます。

法と正義に照らし、関与していないと証明すればいい。そういう思考回路であれば、高岳はそう反論してもよい。

しかし日本では秩序を乱すことそのものに落ち度を見出します。

「喧嘩両成敗」

「火のないところに煙は立たず」

こうした言葉にもそれが表れているといえる。

何の落ち度もないと主張してそれが証明できる文化ならばこうならないとは考えられるのです。

江戸時代には経済政策を失敗した武士が切腹する事例も見られます。なんとも理不尽ですが、これも日本史の側面です。

ここは江戸時代の日本であり、高岳は大奥の頂点に立っています。ゆえに彼女は己の罪がないと証明するのではなく、大奥内の秩序を保つことを第一とせねばなりません。

大崎の口封じしか道はないのです。

なお『べらぼう』には仙台藩の七代藩主・伊達重村が出てきません。

伊達重村/wikipediaより引用

重村は一橋治済とも距離が近い外様大名であり、島津重豪や松前道廣の宴にいても不思議はない人物といえます。

ただし彼は高岳と親しい。

重村を出す場合、高岳との関係性を無視することもなかなか難しい。重村という味方がいるとなると、高岳はそちらに頼れないかとなってしまう。

そうしたパワーバランスを考慮し、伊達重村は出てこないのかと思われますが、もし見たい方は映画『殿、利息でござる!』をご覧ください。

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白河小峰城では、松平定信が打ちこわし収束の報を受けています。

報告しているのは服部半蔵。あの半蔵門の由来となった忍者の子孫です。

服部半蔵正成

服部半蔵正成/wikipediaより引用

先祖代々同じ名乗りをすることは、武士でも豪商でもよくあること。現在でも歌舞伎役者はじめ伝統芸能の世界がそうですね。

この半蔵から、田沼一派が自ら米を差し出していると聞かされ、定信は悔しがる。

「どこまで……粘りおるのだ! 足軽上がりが!」

定信の、実に嫌な面が見えてきましたね。

自領の民には優しくとも、パワーゲームのためならば江戸っ子を苦しめる定信。

それに対し、自腹を切って民を救う田沼意次。

定信は、普段から下劣だと馬鹿にしている意次に劣等感を抱かされ、もはや身分でマウントを取るしかできなくなっています。

服部半蔵についてもう少し見ておきましょう。

この半蔵は忍者ではありませんが、江戸時代に忍者が完全に居なくなったのか?というとそうでもありません。

「目付」「御庭番」という役職があり、監視活動をしています。

猜疑心旺盛な定信はこうした役目を大量に起き、目付にさらに目付をつけるようなことまでしていました。

松平定信/wikipediaより引用

なお、この目付ですが、万延元年遣米使節では小栗忠順が任命されました。

しかし「スパイ」と翻訳されてしまい、自ら名乗るスパイとは何か?と訝しがられたそうです。そりゃそうですね。

この場合は誤訳にせよ、小栗忠順の同僚に忍者にあたるものがいないかというと、実はおります。小栗と共に業務をこなしており、写真にも写っている。

そんな幕末の忍者にも、再来年は期待しましょう。

彼らはあまりにも忍びすぎたもんだから、歴史の中に埋没してしまったんですね。

 

百鬼夜行の江戸城

田沼意次は煙管をくゆらせつつ、米の手配が進んでいることを三浦庄司から聞いて安堵しています。

そこへ水野忠友の来訪し、大奥が松平定信の老中起用を認めたと伝えられます。

さしもの意次にも意外なことだったのでしょう。

高岳が認めたと聞かされ、異変を察知する意次。

その高岳は手袋を手にして、悔しそうに唇をかすかに噛み締めています。

月岡芳年『新形三十六怪撰 清姫日高川に蛇体と成る図』/wikipediaより引用

こうなっては一橋と御三家を背後につけた老中が生まれると、見通しを語る意次。

松平定信ですね。

彼に嫌われていることも意次はよく理解しています。

三浦庄司が、なんとか老中の力で止められないか?と声をかけるも、意次は、そもそも“大奥の後ろ盾が建前であった”と覚悟を決めたようです。

それに治済の子は、西の丸様どころかもはや上様になっている。

「忘れておったわ、お城の魔物どものことを」

これまた百鬼夜行、浮世絵の妖怪画を連想してしまいまさ。

鳥山石燕が描いていた頃はまだ妖怪絵も素朴で、人と共に暮らす不思議な生き物といった風情です。

それが鶴屋南北の派手な仕掛けの芝居が流行り、人間の怨恨が恐ろしいという認識になってゆくと、だんだんと陰惨になってゆくものです。

東海道四谷怪談 『神谷伊右エ門 於岩のばうこん』歌川国芳/wikipediaより引用

喜多川歌麿『百物語』/wikipediaより引用

 

田安十万石を差し出せばのぅ

そうした魔物の頂点に立つ治済が、松平定信を前にこう言います。

「大奥が反対を取り下げてなぁ。月が替わればそなたはめでたく老中じゃ」

「その儀、謹んでお断りしたく。それがしは若輩、御公儀のお役目をつとめたこともございませぬ。老中にはなれど、その内にては軽んじられ、政をなす力などございませぬかと」
定信はキッパリとそう言います。己の政治的駆け引きを恥じたんですかね。しかしもう手遅れですよ。

「何を……今さら何をいうておるのじゃ?」

「首座ならば! 首座の老中であるならば、若輩でも徳川をお支えすることができるかもしれませぬ」

「そなたの言い分はわかるが、それは流石に難しかろう」

「なんとかなりませぬか? 一橋様のお力で」

そうきましたか。やろうとしていることはわかる。ただ起用するのではなく、権限を持たせることまで求めてきました。

定信は己の賢さを信じ切っているようですが。

「あ! あ、いや、さすがに……田安の家を、上様に献じる気はあるか?」

そう戸惑いつつも、治済はそう言います。眉毛をひきつらせる定信。

「何故、然様な話になるのでございますか!」

「田安十万石を差し出せば、幕府の御金蔵を大いに手助けすることになろう? それはそなたの抜きん出た忠義を示し、いかにも首座にふさわしいと上様も周囲も……ならんか」

そう弄ぶようにいう治済に対し、策士策に溺れてしまった定信。

いつかこの妖怪は定信を喰らうことでしょう。

あやかしの力を頼ったものは、その代償を払うことになるのです。

中判錦絵揃物『百物語』「さらやしき」葛飾北斎/wikipediaより引用

 

命を写し取ってこそ、俺ならではの絵になる

久々に喜多川歌麿が耕書堂に顔を出しました。

蔦重に絵を見せに来たようですが、ていの暗い顔を見て、何かあったのかと察しています。

歌麿は、土饅頭の前で座り込む蔦重のもとへ向かいました。

下には新さんが眠っています。

歌麿に声をかけられ、虚な顔を向ける蔦重。

歌麿は土饅頭に合掌し、描き上げた絵を差し出します。

繊細な植物と虫の姿が描かれているではありませんか。眺めていた蔦重の顔に次第に生気が蘇ってきて、花が咲くように明るくなった顔を歌麿に向けます。

「生きてるみてえだな……」

「絵ってのは、命を写し取るようなもんだなって。いつかは消えてく命を神の上に残す。命を写すことが俺のできる償いなのかもしれねえって思いだして、近頃は少し、心も軽くなってきたんだ」

そう微笑む歌麿。

「歌……新さんが死んだ。俺を庇って死んだんだよ。俺、ここに穴掘って埋めて……」

やっと蔦重はそう言います。皮肉にも蔦重は己のせいで人の命が奪われてゆくという、幼い唐丸が体験したことをなぞってしまったのでした。

「俺ゃ、この人たちを墓穴掘って叩き込んだんだって……」

「新さんはどんな顔して死んだ? いい顔しちゃいなかった?」

歌麿が微笑んでそういうと、蔦重はハッとします。

「攫いてえほど惚れた女がいて。その女と一緒になって。苦労もあったろうけど、きっと楽しいことも山ほどあって。最後は世に向かって、てめえの思いをぶつけて貫いて。だから、とびきりいい顔しちゃいなかったかい?」

蔦重は新之助の死に顔を思い出しました。

「いい顔だったよ……今までで一番いい顔で、男前で……なあ、お前に……写してもらいたかった。写してもらいたかったよ!」

そう泣き叫び、蔦重は歌麿の胸に顔を埋めるのでした。

おていさんならばこう言うかもしれません、

朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり。『論語』

朝に生きる道を見出せたのならば、その日の夕方に死んでも本望であると、おていさんなら漢籍引用で道を示しますが、歌麿は絵筆でそうします。

新之助は確かに幸せだったでしょう。

 

MVP:喜多川歌麿

最後だけ出てきて浮世絵師の本質を語ってしまう――本作の喜多川歌麿は、一人の絵師というより、浮世絵師の本質に迫るような造形だと思えてなりません。

歌麿については気になる点はいくつもありました。

もう9月になるのに、彼が売れっ子になる兆しがそこまでない。美人画すら手掛けていません。

第二部となり、狂歌ブームとなったあたりで、夏には売れっ子になるのだろうとは思いました。

歌麿を売り出す戦術として、狂歌集の挿絵をつけるという段階があるのです。

それなのに天明の大飢饉と打ちこわしが描かれ、新之助の死のあとに歌麿が存在感を見せ始めます。

蔦重の偉大なるプロデュース力を見せつけるのであれば、流行している狂歌と結びつけ、デビューまでお膳立てしてもよいのです。

しかしそうせず、むしろ歌麿が挫折しながら命を紙に残す使命を見つけるところを本作は描きました。

そしてこれこそが、浮世絵の本質に迫る試みであると思えます。

浮世絵は百万都市の江戸で売り捌く、商品としての役割も当然のことながらあります。

しかし、本当にそれだけのことでしょうか?

まるで生きているような生々しさがあるからこそ、魅力あるものとしてとらえられ、今日まで残されたのではないか?

そんな浮世絵の魅力そのものを探るところまで本作は到達しつつある。

実は浮世絵は、江戸独自の文化として忘れ去られそうになったこともあります。

幕末に来日した外国人が買い漁ってゆき、どんどん海外へ流出しました。

そのことがもたらす損失が当時どう捉えられていたのか。

というと、明治維新は結局のところ西日本勢力によるクーデターであり、江戸文化の精髄たる浮世絵のことをそこまで真剣に考えていたとも思えません。

時代は西洋上等となっていくわけで、江戸のものは古く無価値なものとして蔑みの目線すら浴びせられたのです。

ところが西洋で浮世絵が再評価されたものだから、逆輸入として持ち込まれていったのではないか?と思える要素はあります。

作品そのものの魅力というより「日本スゴイ」という文脈で評価されているのではないか。

果たしてそれでよいのやら……そんな疑問はどうしたって考えてしまう。

そうした姿勢に対し、本作は、西洋フィルターを通さず、江戸っ子が愛でていたものとして取り戻すことに挑んでいるように思えるます。

そうする上で「命を映す」役目を提示したことは重要でしょう。

このことは今後の展開にもつながってきて、蔦重の成功どころか、失敗まで見えてきます。

歌麿は確かに命そのものを写し取ったのです。

彼の美人画には、微笑む美女だけではなく、最下層の暮らしの中で生き延びている女郎のものもあります。

『べらぼう』は蔦屋重三郎が主人公ということで、女性の性的搾取を美化するという批判がつきまとまいました。

しかし、吉原はじめ女郎の置かれていた境遇が酷いものであることは、当時から周知の事実です。それを憐れむ記録も残されています。

それはなぜかというと、女郎本人や周辺の記録もあります。それのみならず、喜多川歌麿のような絵師が、煌びやかな姿だけでなく悲惨な状況も残しているから。

蔦屋重三郎を主役とする。この時点で吉原を美化しているだけとみなすか、裏の暗いところまで描いていると理解できるか。

これは倫理というより日本史や江戸文化への愛着や知識次第だと思います。

その確信があればこそ、本作のスタッフは挑んできているのでしょう。

そしてこの一連のやりとりから、東洲斎写楽失敗の種も既に撒かれているともいえる。

写楽の絵に対し、江戸っ子はそっぽを向きました。結果的に失敗します。

この原因として、史実の歌麿は「役者の欠点ばかりを強調しているからだ」と言い、さらには「自分とは大違いだ」とも指摘しました。

生きる姿を映すにせよ、欠点ばかりを強調するのは間違っている――どうしてそんなことが蔦重はわからないのか? そういう顛末になることが見えてきます。

東洲斎写楽の過大評価を修正するという使命も、きちんと果たせそうだと私は期待しています。

ちゃんともうプロットに組み込まれておりやすね。

 

総評

興味深いことがいくつもある本作です。

米価高騰による政治不安が現実とリンクしていること。

”丈右衛門“のような邪悪なインフルエンサーが世の中を扇動すること。

自分の利益しか考えていない一橋治済の邪悪さなどなど……。

私には本作が、西洋の歴史を正しいとする従来の価値観や歴史観にも踏み込んできたと感じます。

なぜ、日本ではフランス革命が起きなかったのか?

このことはしばしば指摘されます。だから日本は駄目だともされる。

『西郷どん』のように強引に明治維新とフランス革命を同一視しようとする苦し紛れの取り組みもあります。

あの2018年の大河ドラマから、思えばここまで進んだのかと今週はしみじみと思ったものです。

確かにフランス革命と天明の打ちこわしは時期的に重なりますし、天候不順に伴う飢餓も背景にあります。

しかし「フランス革命のみが正しく、日本は誤った」とすることは果たして正しいのか。

現代の日本に問題があるにせよ、それはフランス革命のような歴史がないからと言い切ることは果たして正しいのかどうか?

日本には日本ならではのやり方があったということが、そこまで悪いことなのでしょうか?

今回の打ちこわしの顛末からは、江戸っ子と支配者たる武士との間にある信頼関係が見て取れます。

長谷川平蔵が颯爽と現れる様はとてつもなくかっこいい。安心感がある。江戸っ子も武士である彼を敬愛することはよく理解できます。

田沼一派は保身が根底にあるにせよ、自腹を切って米を分け与え、騒動をおさめようとする。

フランスほど「支配層と被支配層の断絶が無かったのではないか?」と思えるんですね。

そんな江戸のありようを考察していくと、興味深いことに再来年大河の予習もできてしまいます。

江戸での打ちこわしは暴力や略奪を避けようとしました。

しかし、時代が降るとこれがどんどん暴力的になります。治安が悪化し、俗に八州回りと呼ばれる関東取締出役といった役目も新設されたぐらい。

江戸近郊でも殺伐としてきますが、日本人が決定的に暴力的になってゆくのは、やはり幕末の西日本です。

西国の武士が上洛し、京都に血の雨を降らせるようになりました。これが呼び水となり、全国各地から暴力上等の「志士」が京都に集まります。

天明の打ちこわしでは殺人を解決手段とすることは、表向きは避けようとします。

しかし幕末京都では、むしろ殺人こそが手っ取り早い解決手段とされてゆく。

新選組が暴力集団として扱われがちですが、あれも因果関係に注意が必要です。

京都では、尊王攘夷を掲げた志士が思うがままに暴力テロを行使していたため、温厚な京都守護職・松平容保すら怒り、新選組の後ろ盾となったという順序になります。

これには様々な要素も絡んでいます。

桜田門外の変で井伊直弼を暗殺したことで、政治情勢が一変したこと。

島津久光が武力を用いて上洛したことで、パワーゲームの勝者となったこと。

禁門の変は、長州藩士が武装上洛し、孝明天皇に訴えかけることで形勢逆転を狙ったことにより、発生しています。なお池田屋事件は、この前後にテロの気配を察知した新選組が阻止するために発生しています。

そうはいっても、京都と江戸では距離がある。

連続凶悪事件を起こす悪徳旗本・青木弥太郎のような人物も江戸に出てくるとはいえ、京都ほどではありません。

しかし、慶応4年という最終段階となると、テロリズムで世直しをスムーズにしようという工作を京都を制圧した連中がやるようになります。

扇動された「ええじゃないか」。

相楽総三の赤報隊。

そして江戸市中で凶悪犯罪を立て続けに起こす薩摩御用盗。

徳川慶喜が逃げ帰ってきて無血開城となっても、彰義隊が犠牲となる上野戦争は発生しているわけです。

「桜田門外の変」を描いた様子/Wikipediaより引用

話を戻します。

日本人の暴力による解決という手段は、この後も長く続きます。

明治維新後も、西南戦争まで内乱は立て続けに勃発。

民衆の武装蜂起もしばしば起き、関東大震災のあとのように凄惨な犠牲者を出すこともありました。

天明の打ちこわしから一体なぜここまで変わってしまったのか?

明治維新を礼賛するだけでなく、そう振り返ることも、歴史を考えるということではないでしょうか。

さて、ここで別の大河ドラマのことをもう一度考えてみたい。

テロをさんざん起こした長州藩士が『花燃ゆ』で爽やかに描かれようとしたのはなぜだったのか?

ドラマがあまりにお粗末すぎて失敗したとはいえ、まるで部活動青春日記のように描かれた痕跡はあります。

それがある意味成功したのが、2021年『青天を衝け』であるかもしれません。

あのドラマでは渋沢栄一らのテロ計画がスカッと爽やかに描かれ、坂下門外の変天狗党の乱すら、青春の一ページのような誤魔化され方をされました。

そのくせ、渋沢成一郎があれだけ大きく扱われながら、彰義隊をろくに描くこともない。

幕府の役人がいかに農民を馬鹿にしているか、政治が酷いか。

そのことを強調するわりには、志士の暴力性や無茶苦茶さ、明治時代初期の政治的な失敗はとことんすっ飛ばす。

あれは一体なんだったのか……。それと比べ、今年は本当に真っ当になったものです。

過去の大河と今年を比べると、大きな疑問が浮かび上がってきます。

果たして明治維新は正しかったのか?

江戸幕府から明治政府になるのはよいにせよ、内戦は必要だったのか?

世論誘導のために暴力を使った連中を、いつまで称賛し続けねばならないのか?

今回の一橋治済と“丈右衛門”は確かに酷い。とはいえあくまでフィクションです。

しかし幕末の西郷隆盛と相楽総三は、実際にこれをさらに悪どくしたようなことを江戸でやらかしたわけです。その顛末はNHK正月時代劇『いちげき』で描かれましたね。

そんな対江戸暴力扇動者である西郷隆盛の銅像が、ノホホンと犬を連れて、将軍の菩提寺である寛永寺のある上野公園にある。実に悪趣味な話じゃねえか。

『べらぼう』を見て江戸時代の政治を考える。

浮世絵を眺めて、当時の江戸の命が映されたものを見て考えてゆくと、歴史観ごとひっくり返る感覚が胸に湧いてきます。

こんなことはそうそうねえんじゃないですかね。

今年の大河は紛れもなく傑作。ただのドラマを超越していると思えます。

ついでにいやあ、来年の『逆賊の幕臣』でも幕末浮世絵が登場することを願ってやみませんぜ。

📘 『べらぼう』総合ガイド|登場人物・史実・浮世絵を網羅


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【参考】
べらぼう/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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