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【『べらぼう』感想あらすじレビュー第33回打壊演太女功徳】
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百鬼夜行の江戸城
田沼意次は煙管をくゆらせつつ、米の手配が進んでいることを三浦庄司から聞いて安堵しています。
そこへ水野忠友の来訪し、大奥が松平定信の老中起用を認めたと伝えられます。
さしもの意次にも意外なことだったのでしょう。
高岳が認めたと聞かされ、異変を察知する意次。
その高岳は手袋を手にして、悔しそうに唇をかすかに噛み締めています。

月岡芳年『新形三十六怪撰 清姫日高川に蛇体と成る図』/wikipediaより引用
こうなっては一橋と御三家を背後につけた老中が生まれると、見通しを語る意次。
松平定信ですね。
彼に嫌われていることも意次はよく理解しています。
三浦庄司が、なんとか老中の力で止められないか?と声をかけるも、意次は、そもそも“大奥の後ろ盾が建前であった”と覚悟を決めたようです。
それに治済の子は、西の丸様どころかもはや上様になっている。
「忘れておったわ、お城の魔物どものことを」
これまた百鬼夜行、浮世絵の妖怪画を連想してしまいまさ。
鳥山石燕が描いていた頃はまだ妖怪絵も素朴で、人と共に暮らす不思議な生き物といった風情です。
それが鶴屋南北の派手な仕掛けの芝居が流行り、人間の怨恨が恐ろしいという認識になってゆくと、だんだんと陰惨になってゆくものです。

東海道四谷怪談 『神谷伊右エ門 於岩のばうこん』歌川国芳/wikipediaより引用

喜多川歌麿『百物語』/wikipediaより引用
田安十万石を差し出せばのぅ
そうした魔物の頂点に立つ治済が、松平定信を前にこう言います。
「大奥が反対を取り下げてなぁ。月が替わればそなたはめでたく老中じゃ」
「その儀、謹んでお断りしたく。それがしは若輩、御公儀のお役目をつとめたこともございませぬ。老中にはなれど、その内にては軽んじられ、政をなす力などございませぬかと」
定信はキッパリとそう言います。己の政治的駆け引きを恥じたんですかね。しかしもう手遅れですよ。
「何を……今さら何をいうておるのじゃ?」
「首座ならば! 首座の老中であるならば、若輩でも徳川をお支えすることができるかもしれませぬ」
「そなたの言い分はわかるが、それは流石に難しかろう」
「なんとかなりませぬか? 一橋様のお力で」
そうきましたか。やろうとしていることはわかる。ただ起用するのではなく、権限を持たせることまで求めてきました。
定信は己の賢さを信じ切っているようですが。
「あ! あ、いや、さすがに……田安の家を、上様に献じる気はあるか?」
そう戸惑いつつも、治済はそう言います。眉毛をひきつらせる定信。
「何故、然様な話になるのでございますか!」
「田安十万石を差し出せば、幕府の御金蔵を大いに手助けすることになろう? それはそなたの抜きん出た忠義を示し、いかにも首座にふさわしいと上様も周囲も……ならんか」
そう弄ぶようにいう治済に対し、策士策に溺れてしまった定信。
いつかこの妖怪は定信を喰らうことでしょう。
あやかしの力を頼ったものは、その代償を払うことになるのです。

中判錦絵揃物『百物語』「さらやしき」葛飾北斎/wikipediaより引用
命を写し取ってこそ、俺ならではの絵になる
久々に喜多川歌麿が耕書堂に顔を出しました。
蔦重に絵を見せに来たようですが、ていの暗い顔を見て、何かあったのかと察しています。
歌麿は、土饅頭の前で座り込む蔦重のもとへ向かいました。
下には新さんが眠っています。
歌麿に声をかけられ、虚な顔を向ける蔦重。
歌麿は土饅頭に合掌し、描き上げた絵を差し出します。
繊細な植物と虫の姿が描かれているではありませんか。眺めていた蔦重の顔に次第に生気が蘇ってきて、花が咲くように明るくなった顔を歌麿に向けます。
「生きてるみてえだな……」
「絵ってのは、命を写し取るようなもんだなって。いつかは消えてく命を神の上に残す。命を写すことが俺のできる償いなのかもしれねえって思いだして、近頃は少し、心も軽くなってきたんだ」
そう微笑む歌麿。
「歌……新さんが死んだ。俺を庇って死んだんだよ。俺、ここに穴掘って埋めて……」
やっと蔦重はそう言います。皮肉にも蔦重は己のせいで人の命が奪われてゆくという、幼い唐丸が体験したことをなぞってしまったのでした。
「俺ゃ、この人たちを墓穴掘って叩き込んだんだって……」
「新さんはどんな顔して死んだ? いい顔しちゃいなかった?」
歌麿が微笑んでそういうと、蔦重はハッとします。
「攫いてえほど惚れた女がいて。その女と一緒になって。苦労もあったろうけど、きっと楽しいことも山ほどあって。最後は世に向かって、てめえの思いをぶつけて貫いて。だから、とびきりいい顔しちゃいなかったかい?」
蔦重は新之助の死に顔を思い出しました。
「いい顔だったよ……今までで一番いい顔で、男前で……なあ、お前に……写してもらいたかった。写してもらいたかったよ!」
そう泣き叫び、蔦重は歌麿の胸に顔を埋めるのでした。
おていさんならばこう言うかもしれません、
朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり。『論語』
朝に生きる道を見出せたのならば、その日の夕方に死んでも本望であると、おていさんなら漢籍引用で道を示しますが、歌麿は絵筆でそうします。
新之助は確かに幸せだったでしょう。
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