武士ではない貴重な戯作者に対して、えげつない脅しをかけていました。
「日本橋を敵に回して書いていけると思うなよ……」
時に吉原で恩を着せ、また別の時には日本橋を仕切っているような態度を取る。すっかり邪悪になっています。
でも忘れちゃいねえかい?
山東京伝にも家業はあるんですよ。そっちに戻って筆を折ったらどうするんでえ?
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鶴喜、蔦重を叱る
案の定、この件で蔦重は鶴屋喜衛門に怒られる場面から始まります。
山東京伝は蔦重専属ではないし、日本橋中の本屋が断るようなことを言われたら、そりゃ困るわけです。
蔦重はここで『心学早染草』を鶴喜に返し、大和田という本屋は何者かと訪ねると、なんでも上方の本屋だそうです。
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鶴喜が「いまや江戸の方が商いが大きくなりましたからねえ」というところが実は重要。
鶴屋も元々は上方の本屋でした。
鱗形屋世代が出てくる前は、上方が江戸進出することが当然のことであり、地本とはそもそも“上方ではない地本=江戸の本”という意味となります。
この西高東低が逆転したというのが、日本史上における重大なターニングポイントでもありました。
『光る君へ』と『鎌倉殿の13人』を思い出してみましょう。
源平合戦の平家=上方と、坂東=関東では、知性教養のレベルにおいて大きな差がありました。
『光る君へ』の藤原行成の美しい書状と、和田義盛の無茶苦茶な書状を比較するとわかりやすいですね。

和田義盛/Wikipediaより引用
ドラマなので誇張はあるにせよ、圧倒的な開きがありました。
それが長い年月をかけて逆転した。江戸っ子にとっては実に誇らしいことです。
だから彼らは同じ東国の鎌倉武士作品が大好きですし、作品のタイトルやジャンルに「あづま」(東だけでなく吾妻といった表記もあり)とつくことが多い。
浮世絵にも「吾妻錦絵」という呼び方があります。
平賀源内の発明により、鈴木春信以降、多色刷りとなった浮世絵をこう呼ぶ。
文化において東が西を圧倒していく、そのターニングポイントが『べらぼう』の時代なのです。
このあと、蔦重が迂闊なのか、なんなのか。鶴屋に西の出の本屋が江戸で幅利かせていることが不快だと言い出します。だから鶴屋のルーツは上方だっての!
鶴喜はさらりと「うちほどの商いに育つには五十年はかかると……」と答えます。
腹の底では蔦重にムッとしているかもしれませんが、嫌味で抑えているようですね。
しかし、この鈍感相手にどこまで効いているのやら。蔦重は、まだ政演(山東京伝)を引っこ抜かれるかもしれないと言ってきます。
鶴喜は蔦重よりも器が大きい
そこで鶴喜はこう来た。
「いえ、そもそも京伝先生は面白ければどこでも書く人ですし」
もうこれだけで、蔦重より器が上だとわかりますね。蔦重はいまだに絵師名義の呼び慣れた“政演”を使い、しかも呼び捨てにしています。
鶴喜は“京伝先生”と、戯作者としての名前に敬称をつけて呼んでいる。
蔦重みたいな態度をとる人間は、信ずるに値しないと私は思う。きっと、おていさんならこう言うでしょう。
「必ずや名を正さんか、と申します」
『論語』の一節です。何をするにせよ、まずは正しい名前で呼ばなければならないということ。わざと間違った名前で呼ぶことは侮辱でもあるのです。
そして鶴喜は満面の笑みを浮かべ、こう言います。
「ええ、実に面白いですね! あの蔦重が、かつての己のような輩を潰そうとするのは、ハハハ!」
こりゃ心底むかついてますね。
山東京伝のことを日本橋名義で脅すわ。西出身の鶴屋にとって侮辱的なことを言うわ。
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『べらぼう』風間俊介が演じる鶴屋喜右衛門~なぜあれほど蔦重を目の敵にした?
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それでいて蔦重は鈍感バカなので通じちゃいない。前回のおていさんの諫言も通じちゃいなかった。
鶴喜にこう言われて、自分の時みたいに潰して欲しいと言い出しました。
「おや懐かしい」
相変わらず余裕の鶴喜に対し、蔦重は「懐かしいじゃねえですよ」と凄む。鶴喜は考えてみるというものの、どうなんでしょうね。
蔦重は調子こいてますね。
そろそろ曲亭馬琴が出てきますので、津田健次郎さんのイケボ嫌味に期待したいところ。

曲亭馬琴(滝沢馬琴)/国立国会図書館蔵
馬琴は、鶴喜やおていさんと違って直接刺してくるし、相手がバカだとわかったら容赦はないでしょう。
ここで蔦重のもとに何か知らせが届きます。
歌麿の弟子である菊麿でした。
きよは不治の病である梅毒末期だった
歌麿の妻であるきよは、病に倒れていました。
医者に診せると「瘡毒」(そうどく)とのこと。梅毒です。
歌麿が、引くまでにどのくらいかかるのかと尋ねると、医者はあのできものの具合だと回復は難しいと答えます。
九郎助稲荷が解説します。
梅毒には治療法がなく、独特の長い潜伏期間が回復したように誤認されてしまうとのこと。それだけでなく、別の性病を「梅毒」と誤認することもあるので要注意です。
そろそろ出てくる曲亭馬琴も、若い頃に梅毒で治療に専念したことがあります。馬琴の場合は回復し長生きしているので、別の病気との混同かと思われます。
歌麿は、最愛の妻が死の淵に立たされていることを知ってしまいました。
きよがここで目覚めると、蔦重を指差し、怯えて歌麿に泣きついてきます。
梅毒による錯乱でした。
歌麿はきよを宥め抑えつけつつ、蔦重に帰宅を促します。
歌麿ときよの話を聞き、耕書堂の面々は暗い顔をしています。みの吉はこんな時だと前置きしつつ、歌麿に仕事が頼めるのかと不安がっています。
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