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【焼き味噌伝説】
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歴史上の確実な脱糞話といえば
家康の「焼き味噌」が怪しいことはわかった。
では大河ドラマでは、著名人の脱糞エピソードはできないのか?
というと、そんなことはありません。確たる話として残っている有名人がいます。
薩摩藩出身の初代警視総監・川路利良です。
川路はフランス旅行中、列車内で堪えきれず脱糞。新聞にくるんで窓から投げ、それがなんとも間の悪いことに線路脇にいた保線夫に命中してしまいます。
包んだ新聞が日本のものであったため、「日本人が列車で脱糞して投げた」と大々的に報道されました。
川路は幕末明治立志伝中の人物です。大河ドラマ『翔ぶが如く』と『西郷どん』にも出演しています。
大河でどうしても脱糞を見せたいなら、川路利良こそ最有力候補でしょう。
こんな面白い出来事なのにあまり知られていないのは、川路に徳川家康ほどの知名度がないためか、あるいは隠したかったのでしょう。
明治時代の逸話となると、検証がしやすく、証拠も残ってしまうのです。
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『青天を衝け』の主役である渋沢栄一にも、おもしろい逸話があります。
パリで高級娼婦を口説き、妾として日本に来ないかと誘ったというのです。自ら振り返っているため、実際にあったのでしょう。
こうした面白いエピソードであっても、取捨選択は作り手に委ねらる。それが大河ドラマといえます。
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そもそも面白い話でしょうか?
人間は極限状態になると、失禁や脱糞してしまうことはよくあります。持病や体質によっては、避けられないことも。
現代人でも、移動時や自由時間の限られた環境ですと、排泄の悩みはあるもの。
そうしたことを笑いものにするのはいかがなものでしょうか。
小学生向けの学習教材として『うんこドリル』がヒットしましたが、家康の「焼き味噌」にはしゃいでしまう心理は、こうしたドリルを喜ぶ童心に戻るようなものかもしれません。
SNSで大盛り上がりをしていれば、一体感もあり、楽しいとは思いますが、歴史そして大河ドラマを楽しむ姿勢としてはどうなのか。
ただし、本作を見ている限りは仕方ないことかもしれません。
側室が同性愛者だったという話。
「小豆袋」を擬人化した阿月のマラソン。
家康と信長のボーイズラブ。
こうした史実とは無関係のブツ切りエピソードが展開されるのが『どうする家康』ですので、楽しみ方を模索するうちに「焼き味噌」に注目が集まるのも自然なことでしょう。
上記の関連記事を末尾に掲載しておきましたので、ご興味をお持ちでしたらあわせてご覧ください。
歴史上の逸話全般に要注意
地元で伝えられた伝説から、2000年代以降はインターネットで投稿されて広まった逸話まで。
歴史上の人物や出来事には、さまざまなものがあります。
実際にはなかったことであっても、おもしろいとなれば拡散するところが要注意。
隣国であり、日本も史書編纂の参考にした中国から、『正史三国志』(ちくま学芸文庫全8巻)を例に見てみましょう。
「曹操は若い頃、鷹狩りだのドッグレースにハマってて、どうしようもない遊び人のクズだったんだって」
こんなゴシップめいた話でも、注釈を入れた裴松之(はいしょうし)が出典『曹瞞伝』から引いていると示している。
要は、読む側も、その引用元の信頼度を確認しつつ取捨選択できる。
一方、日本の史書はここまでしっかりしていません。
『鎌倉殿の13人』で三谷幸喜さんが原作のつもりだと語った『吾妻鏡』にせよ、慈円の『愚管抄』あたりとつきあわせて、さらに研究者が推理しつつ読み解いていかねばならない。
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歴史上の逸話は扱いが難しいものです。
「うまい話には裏がある」とは言いますが、これは歴史人物の逸話にもあてはまります。
徳川家康の場合、毀誉褒貶が激しいため、特に注意が必要でしょう。
江戸時代までは神君伝説として顕彰されながら、明治以降は貶めるための話がおもしろおかしく取り上げられ、叩かれる傾向が強かった。
ゆえに世界を見渡しても、徳川家康の評価が最も低いのは、他ならぬ日本かもしれません。
イギリスの公共放送であるBBCは、『ウォリアーズ』において「シーザーやナポレオンと並び称される英雄」として紹介。
中国語圏では山岡荘八『徳川家康』がベストセラーとなるほど支持されました。
世界中の君主を操作する人気ゲーム『シヴィライゼーション』でも、三英傑では家康が戦国日本代表として最も早くに登場しています。
三英傑のうち世界史人物辞典に掲載される頻度が高いのも、徳川家康です。
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このように世界的には高い評価である中、日本では三英傑のうち最も人気がなく、かつ「焼き味噌」で嘲笑され。
大河ドラマ『どうする家康』が放送されたかと思ったら、冒頭のナレーションでは「我らが神の君!」と茶化すように紹介されてしまう。
一体なぜそうなってしまうのか。
歴史上の人物の評価とは何なのか。
「焼き味噌」ではしゃぐだけではなく、そう考えてみることこそ、歴史を学ぶ醍醐味かもしれません。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
平山優『徳川家康と武田信玄』(→amazon)
柴裕之『徳川家康: 境界の領主から天下人へ』(→amazon)
歴史読本『甲斐の虎 信玄と武田一族』(→amazon)
他