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【柳生宗矩】
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家光が敬愛した将軍指南役
柳生宗矩の慧眼は、晩年になっても発揮されています。
寛永14年(1637年)に【島原の乱】が勃発。
家光は、鎮圧上使として板倉重昌を派遣することとしましたが、それを知らされた宗矩はこう言いました。
「地位が低いあのような者では、無理を重ねて討ち死にするは必定……」
そうして諫めながらも品川まで馬で追うも、板倉重昌はすでに島原へ向かってしまうのでした。
このあと、重昌の討ち死に聞いた家光は「宗矩の言う通りであった……」と悔やんだとされます。
正保3年(1646年)、宗矩は病み、自邸で療養しているときに、家光自ら見舞いに訪れたともされます。
宗矩は、病床で新陰流の奥義を伝えつつ、世を去りました。
享年76。
彼を描いた作品が『春の坂道』という題名であることは、納得ができます。
殺人剣から活人剣へ向かう柳生宗矩の人生は、春の日差しを浴びながら坂道を登るような、泰平を目指すものでした。
柳生の芳徳寺には、世を見つめる宗矩の像があります。
正木坂剣禅道場が隣接しており、今日も竹刀の音が響いているのです。
伝奇ものでドス黒く染まる宗矩
柳生宗矩は立派な人物です。
海外でも評価が高く、剣禅一如の精神性は今なお尊敬を集めている。
それなのになぜ、柳生宗矩はドス黒い悪役イメージが先行してしまうのか。
『春の坂道』で主演を務めた萬屋錦之介は、映画『柳生一族の陰謀』で同じ宗矩役を演じました。
この宗矩が大きな話題をさらいました。
ラストシーンで家光の首を抱えると、錯乱しながらこう叫んだのです。
「これは夢じゃ、夢でござぁあるぅう!」
『春の坂道』は映像化ソフトが残っていませんが、『柳生一族の陰謀』は存在します。
海外でもタランティーノはじめ、ファンが多い名作で、かつリメイク版もあり、2020年代になってからはNHK版も制作されました。
こうなると宗矩のイメージは、ますます固定されてゆきます。
「ああ、あの夢でござるの人か」
かくして時代ものの定番である家光と秀忠の争いにも欠かせない存在として定着した柳生一族。
家光擁立のためならば手段を選ばぬ集団として、柳生一族は印象付けられました。
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『柳生一族の陰謀』を監督した深作欣二は、またも柳生宗矩像を印象付ける映画を撮影します。
『魔界転生』です。
この映画では天草四郎の印象が強いものの、宗矩も悪役として登場。
原作は山田風太郎です。原作では宗矩は「魔界転生」という究極の闇堕ちをする過程が生々しく描かれています。
『魔界転生』は人気が高く、『Fate/Grand Order』にも強い影響を与えていますね。
当然のことながら、このゲームにも柳生宗矩は悪い顔で登場する。
戦中派の南條範夫が原作であり、若先生の名で知られる山口貴由が漫画化した『シグルイ』でも、宗矩は陰険な定番悪役として登場しました。
このように近年の作品でもコンスタントに登場するため、宗矩の黒さは更新されるばかりで衰えを知りません。
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乗り越えるべき父としての宗矩
深作欣二にせよ、山田風太郎にせよ、なぜ柳生宗矩をこうも毒々しく描いたのか?
これにはなかなか深い理由があると感じます。
彼らは若い頃、アジア太平洋戦争を経験しました。
当時の青少年は、武士道を徹底的に叩き込まれ、日本国民全体が武士としての誇りを抱けと刷り込まれていました。
中でも別格と言える作品が、吉川英治『宮本武蔵』です。
武蔵のように生きるべきだ――何人の青年がそう思い、戦場に命を散らしていったことか。
生き延びた戦中派の胸中には、宮本武蔵を筆頭に、武士道の鑑とされた武士への複雑な思いが醸成されてゆきます。
アジア太平洋戦争のあと、日本を支配したGHQはそうしたチャンバラの洗脳効果を理解していました。
そのためしばらく時代劇そのものの制作が禁じられます。
その禁が解かれたとき――当時、脂の乗り切っていたクリエイターたちは、武士道への憎悪や嫌悪感を炸裂させます。
別に実際の江戸時代や剣豪が憎いわけではなく、それを刷り込んだ権力への憎しみが炸裂したのです。
そのため、昭和中期から後期の作品では宮本武蔵が極悪非道扱いされることがしばしばありました。
『魔界転生』でも原作最大の敵は宮本武蔵です。
柳生宗矩は武蔵と異なり、体制に順応する狡猾な大人として描かれます。子のない武蔵とは異なり、倒すべき父として機能するのです。
宗矩には隻眼伝説のある嫡男・柳生十兵衛もいます。
彼は奔放過ぎて家光に嫌われた伝説もあり、父という権威への対向者として最適、『スターウォーズ』におけるダースベイダーとルークのような関係ですね。
結果、柳生宗矩と十兵衛という父と子は、昭和高度経済成長期に戦中派が抱いた感情を載せて、さまざまな作品で描かれることとなるのでした。
また、宗矩の子供たちが秀逸なキャラクター揃いということもあります。
三男以降は魔改造の結果にせよ、兄二人は史実や伝承の時点でキャラ立ちしているのです。
嫡男・十兵衛:奔放すぎて家光に嫌われた伝説のある自由人・隻眼伝説がある
二男・友矩:家光の寵愛を受け夭折
三男・宗冬:兄の急死により家督を継いだ常識人・なぜかフィクションではよく殺される
四男・列堂義仙:側室の子であり、芳徳寺の住職となる・フィクションでは柳生一族というだけで魔改造される
柳生一族はキャラクター性が本当に素晴らしい。
『花の慶次』原作者である隆慶一郎『柳生非情剣』は、家光と友矩のボーイズラブにして、漫画化もされました。
さらには宗矩の系統が【江戸柳生】ならば、尾張徳川家に仕えた柳生利厳(としよし)の【尾張柳生】もいます。
利厳の子・厳包(兵庫・連也斎)も兵法家として名高く、宗冬を圧倒したという伝承もあるほど。
それがフィクションではやたらと誇張され、江戸と尾張の柳生一族が死闘を繰り広げる展開も定番化しました。
さらには発想の自由さで定評のある伝奇小説の大家・荒山徹は自作に「朝鮮柳生」を登場させるのですから、いや、もう、なんでもありですね。
フィクションにおける柳生の自由さは、類を見ないものがあります。
しかし、そうした毒々しい印象を拭いたいのであれば、奈良県の柳生を訪れてみましょう。
染み入るように鮮やかな緑の中に、柳生ゆかりの寺や道場があります。
「柳生一刀石」は『鬼滅の刃』の聖地巡礼としても人気が出ていました。
静かな剣禅一如を極めた実像と、毒々しい伝奇ものでの姿。
その違いを楽しめることこそ、柳生宗矩の魅力なのかもしれません。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
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他