13代将軍の御台所は薩摩からやってくる――大奥では、むくつけき薩摩隼人をで迎えるべく、瀧山も気合を入れています。
と、そこにいたのは薩摩切子のように透き通った美貌の持ち主。
瀧山もあまりのことに動揺してしまいます。
薩摩はなぜ野蛮とされるのか?
むくつけき薩摩隼人――。
薩摩はなぜそう言われるのでしょうか。
古来より、日本人は和人以外の民族を野蛮だとする日本版中華思想があります。「隼人」という呼び方にもそんな名残がある。
考えたいのは食文化です。
和人には米以外の主食を一段下に見る傾向があります。例えば“うどん”が名物の土地ですと、
「あのうどん野郎が!」
なんて言われたそうです。理不尽ですよね。
鹿児島は火山噴火により稲作が育ちにくく、サツマイモ(現地では唐芋と呼ぶ)で補っていました。そのため「あの芋(いも)がよー!」と馬鹿にされてしまったのです。
さらには肉食もあります。
薩摩では、栄養豊富な豚は「歩く野菜」とされるほど頻繁に食べられていました。そこから「犬もよく食べる」という印象が強くありました。
犬を食べるのは薩摩だけでもなかったのですが、徳川綱吉による【生類憐れみの令】以降、犬食へのタブー意識が強くなります。
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結果、江戸では「むくつけき薩摩隼人」という印象が強くなり、それは戊辰戦争でリアルな悪夢となります。
さらに明治時代ともなれば、薩摩閥政治家のワイルドすぎる振る舞いにより、イメージは確固たるものとされたのでした。
「チェスト関ヶ原!」は『衛府の七忍』由来のインターネットミームになり、現在に至ります。
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美しき御台との閨
大奥では早速、御台の美貌が噂の的に。
あの瀧山様以上か?と囁き合う場面に遭遇し、思わず引き返してまで聞き耳を立てています。
「伝説のお万の方のようだ……」
そんな言葉を聞いた瀧山は、もう黙ってられず、噂話に興じる若者たちをたしなめます。
顔貌だけでなく、心映えまで美しかったのだと。美貌に釣られてはしゃぐ連中の引き締めにかかっているわけですね。
瀧山は、家定と阿部正弘にも早速報告。
すると「瀧山とどちらが上(美男)か?」と逆に聞かれて困惑しています。
これは意図的にそうしているとも思えますが、同じ美男でもタイプが違いますよね。
白皙(はくせき・色白)で、甘く濃い麝香(じゃこう)の香りが似合いそうな瀧山。
日に焼けた肌が精悍で、さっぱりした柑橘系の香りが似合いそうな御台。
家定は「顔貌にはまど惑わされぬ!」と言い切っています。同時にどこか楽しそうにもしている。
そしていよいよ婚儀へ。
まるで生きた雛人形のような二人――衣装も照明も劇伴も、これでもか、とばかりに新たな夫婦を美しく引き立てています。
どれだけ冷静であろうとしても、家定は思わず御台の美貌に見惚れてしまいそうになる。
視聴者にとってもまさに僥倖、こんなに美しい映像が見られるとは……と、瀧山も家定の動きに気付いた様子です。
かくして新婚の二人は閨へ。
緊張感を滲ませつつ頭を下げる胤篤の前を、家定はそっけなく通りすぎて一言。
「疲れたからもう休む」
呆気にとられつつも、胤篤はおとなしく従うだけです。
しかし、眠りにつこうとした家定の脳裏でで、父・徳川家慶による虐待が蘇ってしまう。
「無礼者! 何をいたすか!」
夜具を跳ね除け、思わず叫んでしまう家定。
一つの床では足に触れてしまうこともあると胤篤は詫び、今宵は休むと告げるのでした。
ニヤリとしながら家定は、今宵だけではなくずっとじゃと返す。驚く胤篤。
虚弱で妊娠など耐えられない。房事も好かぬ。
家定はそう言い切ると、さらには「閨で籠絡し、慶喜を次の将軍にするなど無駄だ」と、薩摩の思惑を見抜いて、言い切ります。
胤篤は動じず、慶喜でなければ誰がよいか?と逆に尋ねます。
家定は、慶喜だけは世継ぎにしない、諦めよ、とキッパリ返答。その筋書きだけは、はなから成り立たぬとまで言い切るのです。
他人を思う心がない者は将軍の器ではない
薩摩の意を受け、慶喜を将軍にすべく江戸へやってきた胤篤は、粘り強く家定に尋ねます。
慶喜以外なら紀州の福子姫あたりか?
血統や家格からすれば、実は紀州が断然正統性があります。ついでにいうと慶喜のように「生母が皇族」というのも、朝廷による政治介入の糸口にもなり、幕府にとっては危険です。
とにかく頑なな姿勢である家定に対し、胤篤が、慶喜はずいぶんと切れるお方だと言うと……。
「慶喜には他人を思う心がないのだ! さような者はどれほど頭がよかろうが、将軍の器ではない。慶喜を将軍にすれば国が滅ぶ。よって後釜にはせぬ!」
ついには家定がそう言い切りました。
この台詞、実は、幕臣や佐幕藩、新選組隊士らの言い分の核心を突いています。
なぜ慶喜は、そんな酷いことができるのか、薄情なのか! という嘆きであり。
慶喜、テメエのことばっか考えてんじゃねえぞ! という怒りであり。
貴人情けを知らずっていうのは、慶喜のことよな……という諦め。
徳川斉昭という毒親に育てられたとか、政権の都合上とか、慶喜にも言い分はあるかもしれませんが、そうした縛りがなくなった明治以降も相変わらず冷淡な性格をしていたので、おそらく先天的な性分だったのでしょう。
「以上、明日にでも島津の斉彬に知らせておけ!」
そう言われると、胤篤は「はい」とあっさり答えます。
これには家定も驚いた様子。
胤篤は、彼なりに理屈を理解したようです。実に薩摩隼人らしい切り替えの良さは、後ほど説明されます。
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瀧山は翌朝、胤篤のもとへ伺いに来ています。
あの絵のように美しい、無双の美貌にちょっと翳りが……月にさっと叢雲がかかったようで、焦りですかね。
胤篤はしみじみと、上様は素晴らしいお方だと納得し、白い歯を見せて笑います。
日焼けした顔からのぞく白い肌。精悍で、お万の方の繊細さとは異なる美貌なのでしょう。
家定は瀧山の報告を受け、「上様のご慧眼に感服した」という言葉に驚いています。よりよい国づくりに力添えしたいとまで言ったとか。
そう考えた経緯を話したいとのことで、家定は夜伽の折に聞くと答えます。
向こうの手に乗ることでは……と瀧山は動揺していますが、家定はおもしろくなってきたと不敵な笑みを見せている。
瀧山はますます驚いてしまいますが、はたして。
薩摩の郷中教育は「解」を見出す
夜伽の時間――胤篤は薩摩藩「郷中教育」の説明を始めました。
“問答”について。
年上の先輩からこう聞かれます。
道の端を歩いていて、ある屋敷にいた武士から唾を吐きかけられたらどげんする?
薩摩ことばでそう問いかける胤篤。
不埒もんの屋敷に押し入って成敗する。もしも、そう答えたとすると、家定は返り討ちにされると言います。
すると胤篤は、他の手を考えねばならないと言います。
「ぐっとこらえて我慢しもす!」
薩摩ことばが混じりつつそう返す家定。すると胤篤は同じことが起こるという。
そこで家定が「次からは道の真ん中を通りもす!」と返すと……よき「解」だと認める胤篤。
こうした対話から、よき「解」を見出すのが薩摩の郷中教育だと彼は語ります。
いわば臨機応変であり、それは現(うつし)に即して考えるとのことです。
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家定はすっかり感心。胤篤は家定が賢いという「現(うつし)」により考えを改めたのでした。
これで薩摩は、水戸を介することなく、将軍家と直に手を組む「解」に至った。薩摩の狙いは政に食い込むことであり、その一点が叶えられるのならば……と答えを促す篤胤。
家定は、薩摩が水戸から梯子を外すという狙いに気付きます。
微笑んで認める胤篤。
「はい。そのために私をうまく使って下さいということです」
この会話は、水戸藩と薩摩藩の立ち位置が端的にあらわれていて素晴らしい。幕末史の理解が深まりますね。
水戸藩と長州藩はイデオロギー先行型です。
薩摩藩は立ち回りがうまい。幕府と足並みを揃えていて、それが途中で転換する。その変わり身の速さの根源はどこか。そこまで端的に表しているともいえる。
そうした対応が汚いとか、卑怯とか、許せないとは言われます。しかし、よい方向に出れば過去を一切水に流して、協力して手を貸すスタンスでもあります。
瀧山は御台が妬ましい
身支度をしていた瀧山は、部屋子の仲野が持っている“しゃれた懐紙入れ”に目を留めます。
なんでも御台様の素敵なものを褒めたところ、くださったとのこと。
「御台様?」
何やら懸念の表情を浮かべる瀧山。
胤篤のもとへ行くと、彼は西洋の懐中時計を巻いていました。堂々たる振る舞いに瀧山がちくりと釘を刺します。
薩摩はまことに裕福。密貿易さまさまだと。
江戸幕府の海禁政策により、玄関口は長崎に絞られました。シーズン2の医療編では平賀源内が訪れ浮かれていたものです。
そうしたルールをぬけぬけと破っているのが薩摩藩です。
琉球~清を経由して、西洋のものを手にしてしまう――そんなルール違反を大奥で堂々と見せつけるとはなんということか! と瀧山は苛立っているわけです。
一方、指摘をされた胤篤は、茶目っ気のある少年のような笑みを見せています。
瀧山は仲野の懐紙入れを胤篤に返します。
御台本人ならば目を瞑る。しかし、将軍に仕える大奥の男衆に密貿易の品を下賜してはならん!
そうキッパリ言い切ると、一瞬目を泳がせ考えた胤篤は、交換条件のように「添い寝を遠慮して欲しい」と答えます。
添い寝はしきたりだと瀧山が返しても、それは側室とのことだけだと胤篤は引かない。そもそもは側室が不届きなおねだりをすることから始まったはずだと食い下がります。
瀧山の呆気に取られた顔よ。悔しがる顔が絶品ですね。
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さっそく瀧山は「隠密がいるはずだ」と阿部正弘に報告。そこまで油断ならぬのか?と言うと、瀧山はこう来ました。
「あの隙のないかわいげのなさは、陰間茶屋でも天下をとりましょうぞ」
本音が出てしまいますね。強敵だぞ、という悔しさが漏れてしまっている。
阿部はその嫉妬を受け流しつつ、上様に相談する折にでも話しておくと返します。
一方の胤篤は、中澤という薩摩の隠密に、襖越しに「首尾よくいった」と告げています。
中澤は中澤で、胤篤の部屋子が入れ替わるから、そこに自分が入れるように図っていると報告。胤篤様の命令は太守様の命――これからもなんなりと申しつけて欲しいとのこと。
「で、徳川の寝首を掻くのはいつごろで?」
と中澤に言われ、「そうだなぁ」と答える胤篤。
この腕を組み、立っている姿と鳴り響く効果音で、彼の心のうちは見えてきます。
寝首を掻くつもりでここにきた。しかし、上様の現(うつし)をみて、その気持ちは変わったのだと。
日本が向き合う西洋列強の思惑
家定立ち会いのもと、阿部と向き合う胤篤。
表の話になるからと立ち去ろうとすると、薩摩は密貿易の達人だろと家定が引き止めます。
これが胤篤の素晴らしさですね。表向きは謙虚で警戒させません。
家定も、公然の秘密として密貿易を持ち出してきました。そこで阿部も堂々と聞ける。
メリケンは再び通商を求めてくるつもりか? だとすれば、留め置いた方が良いことは何か?
胤篤は阿片(アヘン)に対する懸念を口にします。
阿片について、少し詳しく説明しておきますと……清が阿片貿易を拒否した結果、阿片戦争に持ち込まれ大敗を喫してしまいます。
そもそもイギリスはなぜ清に阿片を売りつけたのか?
イギリスでは紅茶ブームが起き、茶葉の輸入が超過しました。それに対し清に「何か買いたいものはないですか?」と持ちかけても、「ない」と返されてしまう。
そこで阿片を売りつけた。
茶葉が欲しいから阿片を売るとは極悪非道。そもそも自分で茶を栽培すればよいではないか? インドでも作っているだろう?
そう思われるかもしれませんが、中国大陸の茶葉である中国種は、インドでは気候的に不可能でした。
インドで栽培可能な茶葉はアッサム種となり、その発見まで時間がかかります。
そう考えてみると、清の前例をふまえた日本の姿勢は、正しいようで足りないところもある。
次に、かなり重要なことを胤篤は言います。
「武器取引は幕府のみとすべきである、水戸藩や攘夷派が勝手に武器を入手すると危険である」
これです。日本が直面する問題の核心に迫っていますね。
日本と清では状況が異なる。
不凍港が欲しいロシアは、すでに樺太へ進出してきている。
蚕が伝染病で壊滅していたフランスは、なんとしても生糸が欲しい。
イギリスとアメリカは、南北戦争終結で余った武器を売りたい。
2013年大河ドラマ『八重の桜』は初回冒頭が南北戦争でした。八重の持つスペンサー銃も、南北戦争で猛威を振るったライフルです。
武器を売りたいとなれば、どうすりゃよいか?
内戦を起こせばよい。
胤篤がこの時点でそこまで踏まえていたかではなく、歴史を考えるうえで伏線になっているといえます。
そしてここでキッパリと、薩摩は水戸とは同調しないと家定は言い切ります。
目を細め、お似合いの二人だと認める阿部。
そのことを瀧山に報告します。阿部は、篤胤が慶喜を断念したことで安心しているのですね。
しかし、瀧山は甘いと食ってかかる。従順に見せかけて懐に入る魂胆ではないか?そう懸念を示しても否定する。
阿部は、家定が頼りにある相手を見つけて欲しいのでしょう。瀧山はそれが妬ましいけれど、阿部は安堵しているのです。
そこで瀧山は「(家定の)頼りになる相手は阿部ではないか」と返すのですが、阿部はそれをあしらいます。なぜなのか?
阿部は病に苦しんでいました。
もう先が長くはないと思えばこそ、自分の死後を考えているのでした。
攘夷論者・徳川斉昭が幕政を掻き乱す
阿部のもとへ、堀田正睦が大慌てでやってきました。
疫病が発生したようです。
急死者も続出する病気で「コロリ」と呼ばれているとか。異国船が持ち込んだコレラですね。
人が行き来する近代へ向かう時代、パンデミックも素早く広まるように……すると時代の流れについていけないポピュリストが怒鳴り散らし始めます。
「天罰じゃあ!」
ちょび髭を蓄えた暑苦しい男、徳川斉昭です。
『青天を衝け』の竹中直人さんが似ていると話題でしたが、このうわずった声と見ているだけでイライラする演技をふまえると、それを上回った感はあります。
もう、見た瞬間に帰ってくれと言いたくなるこの暑苦しさ。なんと素晴らしい再現度でしょう!
だいたい理論の組み立てが無茶苦茶なんですよね。
開国する
↓
天が怒る
↓
疫病が流行る
↓
だからとっとと夷狄を追い払え!
一体なんなんだよ……と頭を抱えたくなるでしょうが、史実だからこそ恐ろしい。
開国の結果コロリが持ち込まれたとはいえ、それを今更やめればどうにかなるわけでもない。
阿部が正論を返すと、今度はこう来た。
我が国は赤面を克服した!
↓
つまり神の国だ!
↓
よいことをしていれば神がお助けくださる!
↓
なのに政治が悪いからこうなる!
↓
とにかく打ち払え!
絶望的なまでに話が通じません。
史実の斉昭のぶっ壊れっぷりをよくこの短時間で収めたものです。彼はもう本当に話になりませんでした。
大河ドラマ『青天を衝け』では、江戸市中でまで斉昭待望論があると描かれていました。確かに一部ではそうかもしれません。しかし、そこを肯定的に見るのは危険です。
人間の最も原始的な感情の一つとして、排外主義があります。
人類が狩猟採集で生きていたころ、他の部族は自分たちの獲物を奪い、時に傷つけようとしてきます。
よそ者を排除しろ!
そう言われると感情が動かされてしまう。こういう原始的な排外感情に訴えると、ある一定の支持は得られる。
しかし人間は進化し、農耕牧畜をするようになって財産も貯めるようになる。
すると今度は外部との交易が視野に入り、うちの村の作物とあの村で取れる綺麗な石を交換しようか、うちの村の野菜とあの村の羊肉を交換しようか、となる。
こうなると外部の相手は憎むべき敵ではなく、親しむべき交易相手となりましょう。
そういう人間の進化段階を踏まえてこのやりとりを見ると、なかなか興味深い。
交易を見据えた阿部が文明化されていて正しいのだけれども、斉昭の原始的なヘイトスピーチも心に届く人はいる。
そんな原始的なヘイト政治家斉昭が出ていくと、文明的な阿部正弘は堀田にコロリ対策を頼みます。
剛腕大老・井伊直弼登場
するとそこへ、低く鋭い声が響きます。
「だから早々に手を切れと言ったのだ、攘夷派のバカどもなど」
井伊直弼です。
堀田は「井伊掃部頭様!」と言いますが、この掃部頭こそ、井伊家代々の役職。
特別です。徳川の守り刀です。
井伊は阿部に、この責をどう負うつもりかと追及しています。
井伊からすれば、深く考えずに大名や旗本を政治に引き込んだことが悪いとなる。そのせいで徳川の威光は血に落ちてしまったと。
「そなた、その座を退け。この国難をナヨナヨと女のやり方で乗り切るのは無理じゃ!」
そう迫る相手に、阿部は退きません。
「だからダメなのです。あなたのようなお考えがこの国を滅ぼすのです!」
笑い飛ばす井伊。阿部ごときが井伊にさような口をきいたと言い、畳み掛けます。
「そなたは家格を何と心得る!」
それでも阿部は引かず、家格に縛られている余裕はないと返すのですが、阿部だって先祖の働きあってここにいるのではないかと突っ込まれてしまう。
理論武装しているようで崩れたのか。あまりにしょうもない話といえばそうかもしれない。
井伊直弼の心中を考えると、なかなか奥深いものがあります。
というのも彼は、井伊家の男子とはいえ生まれ順が遅く、一生を部屋住みで終わると思いながら生きてきました。生まれ順だけで何もできない籠の鳥だったのです。
それが巡り合わせによりここまで上り詰めてきた。
阿部は、近代日本のグランドデザインを語ります。
国難に立ち向かうためには、新たな仕組みが必要だ。そのために国中から人を集めている。誰かがそれをやり遂げるのであれば、いつでもこの座を退くと。
そして穏やかに、忙しい中ここに来た相手に礼を告げ、頭を下げるのでした。
ここのやりとりも非常に興味深いですね。
明治維新もとい日本の近代化は、実はこの時点で阿部が作り上げた構想に由来します。
海外と交易する。広く意見を求める(言路洞開)。それを行うものは誰でもよい。
けれども、井伊の言い分にも理がないわけでもありません。
斉昭のような攘夷派のバカどもは、偏見で差別する。異人はダメ。異国かぶれもダメ。言うこと聞かないなら殺してしまえ。そういうヘイトスピーチとヘイトクライムを肯定してしまう。
「テロリストの言い分に耳を傾けるな」とはよく言われます。これを幕末に適用すると攘夷派は肯定できなくなるんですね。
阿部のいう言論の自由は大事です。
けれども、それを盾に無茶をやらかす相手は、井伊の言うように「バカどもは黙れ」と制限しなくてはいけないのではないか?
そんな難しい問いを突きつけています。
それに阿部のいう通りの国が実現したか?というと現実にはそうなっていない。
明治時代は藩閥政治が跋扈しました。
現在でも日本の世襲重視は疑念を抱かれています。
このドラマをみて、現(うつし)を考える。篤胤と家定のように語り合い、よりよき「解」を求める。それもまた、ドラマを見る楽しみであり意義でしょう。
勉強になる素晴らしいドラマです。
阿部の夢を家定が考え胤篤も聞く
実のところ阿部正弘は退くまでもありません。既に体が限界を迎えつつあります。
家定は、そんな阿部の志を理解し、閨で胤篤に語ります。
当然ジレンマはある。阿部の理論を突き詰めれば、徳川の血を引く者だけが国の舵取りをできなくなる。
同じことは、世界史的にも直面していました。
啓蒙君主と呼ばれる人々がいます。彼らは国のためにはもっと人々が政治参加すべきだと考えます。
しかし、それをやったら王室の意味がなくなるのでは?
そのモヤモヤした状況にフランス革命が直撃し、反動的な流れも出てくる。日本だってそんな西洋の事情を知らなかったわけでもありません。
胤篤は、家定の考えを聞きます。
徳川は太古から国を治めているわけでもないし、メリケンは入れ札(選挙)で国の主を決めているではないか。
となると、阿部は徳川への忠誠心に、邪魔されてしまうのではないか。私が邪魔なのではないか。そう悩む家定。
確かに聡明で、優しい。それに彼女は相手を思う優しい心があります。そりゃ胤篤も惚れますよね。
胤篤は「入れ札をしても徳川に集まって終わる」と、微笑んで言います。家定は現(うつし)を見る薩摩ものだと返すのですが、これは先例があります。
ナポレオンの政治に疲れ果てて、ブルボン王朝復古を喜んだフランスの民。
しかし、選挙で君主を決めるとなると、その者の資質をろくに見ず、ナポレオン3世を選びます。
1世の血すら引いていない、1世の甥を選んでしまった。要するにネームバリューだけで選挙は左右されるということですね。
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胤篤は悩む家定に、阿部のためにそぞろ歩きをしようと提案します。
日光のもとで歩き回る家定は、体が熱ったことすら未経験。歩いて食欲も湧いてきて、元気になってきました。
食事もおいしくなり、おかわりもする。ここでおいしそうに食べる家定の愛くるしさ。それを見守る胤篤の優しさ。
瀧山もこれには驚きつつ、納得するしかないのでしょう。
家定という鳥が籠から羽ばたく日が近づいているようです。
次の将軍は慶喜か? 福子か?
家定と胤篤が、祭りを見学しています。
なんでもあの桂昌院が「民と共に楽しめ」として始めたとか。
活発な胤篤は、自分も担ぎたいと笑います。この明るいやんちゃなところは、お万にはない彼の個性ですね。
そして二人は、将軍候補である慶喜と福子に会うこととなります。
一人目は一橋慶喜。あの治済以来、一橋という時点で嫌になりますね。
胤篤は養父・島津斉彬から聡明な方だと聞いているとにこやかに話しかけます。
すると慶喜は謙遜しつつ、英明とは御台にこそふさわしいと返す。分家筋でありながら斉彬に抜擢され御台になったという慶喜。
胤篤は顔が少しこわばっています。まぁ、当てこすりですよね。せっかく斉彬に抜擢されたんだから、あんたの役目を果たせよ。そんな水戸からのメッセージを伝えてきます。
ここで嫌味そのものの顔をして、ちょっと首を傾けているところが、なんという慶喜でしょうか。嗚呼、腹立つなぁ~!
家定は単刀直入に聞きます。メリケンとの通商条約調印はどうすべきであるか。
「特にございません」
ほんと、なんなんだこいつは。胤篤と比べるとわかりますが、慶喜は問答を遮るんですよ。キャッチボールせず、暴投するか、球をわざと落として「論破w」と言い張るようなことをするタイプ。
なんの考えもないわけがない、次の将軍とも噂されているだろうと家定が返しても「将軍につくのは女ばかりだ」と嫌味で返答してくる。
ニチャア……そんな笑みを浮かべつつ「ご勘弁を」と頭を下げる慶喜。家定は呆れはて、胤篤も苦い顔をします。
このあと、家定が驚いただろうと言うと、胤篤も不快感を口にします。
「慇懃無礼が衣を着て歩いているようなものだ」
慶喜は水戸学どっぷりの尊王論者であり、帝と同じ血が流れていることを誇りと思っているような男だと家定が説明します。
水戸学を危険思想扱いしていますが、実際その通りでしょう。当時、全国一過激とされたのが水戸です。
それを青春の一ページのように曖昧に扱い、否定しなかった『青天を衝け』は忘れた方がよい。
さらに家定は、慶喜のミソジニーも暴きます。女である自分をバカにしていると。
実際の斉昭と慶喜もそう思えます。
斉昭は「大奥なんてあるから軟弱になる!」と暴論を振りかざし、狩りで仕留めた動物の死体を持ち込むという低劣な嫌がらせをしていました。
ヴィーガンのSNSアカウントに焼肉画像を貼り付けて「www」とはしゃぐとか。「ヴィーガンの前でステーキを食べてやりたいww」と語るとか。
そういう低劣な発想は、時代を超えて存在するんですね。
さらに斉昭は、大奥女中に対して性的暴行を加えています。現代からみても既視感のあるどうしようもないミソジニストであり、そんな父に育てられた慶喜は、当然のことながら大奥から嫌われました。
この慶喜は、カステラには口をつけておりませんが……。
それにしても本作の慶喜は、言葉にできない素晴らしさがある。
幕末の浮世絵師・月岡芳年に「魁題百撰相(かいだいひゃくせんそう)」というリアルタッチの傑作があります。
別の時代の人物に託し、幕末の人々を描いたとされ、「足利義輝公」は、慶喜がモデルと推察されています。
この顔のニチャアとした微笑みが実にいやらしい!
本作の慶喜は、あの絵そのものの表情でしびれました。
ちなみに幕末明治の肖像写真は、モデルもすましてカチコチになるものでして。人柄や表情までついた後期浮世絵の方がキャラクターを捉えているのではないか、とも言われております。
月岡芳年は西郷隆盛の絵もありますが、その鬼気迫る表情は上野の銅像よりも、ずっと実物に近いのではないかと個人的には思います。
慶喜の後、次に紀州の福子がやってきました。
笑顔がほころぶ花のように愛くるしい。素直な笑顔で、祭りは楽しかったと語る。皆と一緒に担ぎたいというと、胤篤は「おお!」と声をあげてしまいます。
そんな福子に、家定はメリケンとの通商条約締結について尋ねます。胤篤が難しいと制するも、福子は素直に返します。
「もし断ればどうなるのですか?」
家定は力ずくでくると返すと、福子は「まことにそうなるのか……」と疑念を示します。力ずくは相手にとっても骨折りのことではないか、と考えています。
思わず家定もハッとします。
力づくは骨折りならば、それは腹のうちに留め置き、話し合い、よき落とし所を探ってはどうか。
福子は、考え足らずだとして謙遜するも、家定はためになったと感心し、礼を述べます。
大正解。完璧ですよね。
というのも、当時の列強は必ずしも植民地を手にしようとは考えていなかった。費用と利益、つまりはコストパフォーマンスを踏まえて行動しています。
清にせよ、本格的な進出は日清戦争の敗北以降であり、それまでは様子を見ているところがありました。
日本に対して戦争を仕掛けるメリットはまだわかりません。
これはアメリカだけでなくイギリスもそう。生麦事件で自国民が殺傷されるとヴィクトリア女王が激怒し、攻撃案まで練りつつも、なんとか方針転換しています。
そこを踏まえると「明治維新がなければ日本は欧米の植民地にされていた」という理論は疑った方がよい。
そんな研究をバッチリふまえた秀逸な問答です。
本作は、原作のよしながふみさんも、脚本の森下佳子さんも、幕末史を読み込んで綺麗につなげてゆくから素晴らしい。
歴史フィクションの中に、結果を知った未来人視線を入れすぎるのは禁じ手ですが、こうも縫い目を感じさせず、綺麗に仕上げればむしろ超絶技巧となります。
本作は、水鳥が足を激しく動かしているのに、滑るように水面を泳いでいくような美しさがあります。
満足した家定は、福子にカステラを勧めます。
それを美味しそうに頬張る福子。その様子を見て、家定も胤篤も、器の確認ができてうれしそうにしています。
しかし福子は、カステラに異変を感じ、吐き出し、倒れこんでしまいます。
毒でした。
胤篤の出した最適解と阿部正弘の折れた翼
家定と胤篤は、乗馬の用意をしています。
大事には至らず、紀州も大事にはしたくないと言ってきたそうです。
しかし、慶喜が口をつけていないことを考えると、どうにもあやしい。紀州の中にも水戸の手がいるのかもしれないと二人は話し合っています。
胤篤はここでお願いがあると言います。
「私とのお子を、お考え願えませぬか」
家定が病弱で、子を望めぬことが諸藩と幕閣に思惑を巡らせている。それを吹っ飛ばすためにも、子を作る。今の丈夫な家定ならそれができると言い出します。
そこを踏まえての胤篤の深慮遠謀かと思うと、おそろしいような気もします。
家定は、どんな子が生まれるかわからぬというものの、人とは教育だと答える胤篤。
家定が国を、民を思う心を。胤篤は現に即し、物を考える術を。その子が後継ならば、阿部正弘の目指す国に近づけると語りかけるのです。
「これは、最もよい解ではありませぬか?」
そう語っていると、瀧山が駆け付けます。阿部が急病で明日から登城が叶わぬというのです。
阿部は瀧山を前にした病床で、カステラを手にして嬉しそうな声をあげています。家定自らの手作りだと見抜き、心の底から喜んでいる様子です。
瀧山に家定の様子を聞くと、目に見えるほどに元気になっているとのこと。
お散歩が肝。散歩して空腹になり、食事をよく食べて、元気になっているとか。するとますます散歩をし、ますます腹が減る。
阿部は喜び、うれしそうにカステラを見つめます。そして瀧山と初めて会った日のことを振り返ります。
お役目に疲れ愚痴を聞いてもらった。
愚痴など言っていないと返す瀧山。彼は花魁としての生い立ち、学問をしたいということを語ったと言います。
「あそこを出たら、今度こそ己の翼で飛びたいと言って……私はその通りじゃと勝手に合点し」
瀧山はやめるように頼みます。まだ思い出話などしたくない!と……。
「そう申すな、瀧山。私だって悔しいのだ」
あのころの阿部は、広い空さえあればどこまでも羽ばたいていけると考えていた。
「まさか己の翼が折れて、飛べぬようになる日が来るなど夢にも思わなんだ……」
カステラを抱きしめ涙をこぼす阿部でした。
天翔る鳥は託された夢を抱く
瀧山は、そんな阿部を抱きかかえて、広い庭へと連れてゆきます。
「正弘!」
そこへ、胤篤に導かれ馬に揺られる家定の姿が。
「正弘、見ておれ!」
そう声をあげると、家定は馬で駆け抜けてゆきます。
「あの上様が……馬に……」
瀧山が、あの日、阿部が上様を救ったからだ、あの素晴らしい上様は阿部が作ったと語ります。
目を細め、そんな上様を見つめる阿部。
馬に揺られる家定は、己の翼で天翔る美しい鳥でした。
障害を飛ぶと曲芸になると笑う家定。家定は、阿部の身代わりを務める、じっくりと治し、戻って来いと労います。
その手を取り、微笑む阿部。
「いいえ。いいえ、上様。身代わりは阿部のお役目。最後まで私にお役目を全うさせてくださいませ。上様の過去も、病も、私が全てあの世に、私にお運びさせてくださいませ」
阿部は実のところ、病になってから恨んでばかりだったのだと。
なぜ私が? 何一つ成し遂げられぬまま一体何のために生まれてきたのか?
けれど、やっとわかった。思い出した。
瀧山の支えを断り、平伏する阿部。そもそも上様を生かすための者であったと。
「ありがとうございました、上様。私と巡り合ってくださって……思いきり、空を飛ばせてくださって。上様、どうかこれよりは誰よりもお幸せになってくださいませ。阿部正弘、最後の願いにございます」
涙を流す君臣でした。しかし……。
ここでちょっと補足でも。原作でこの場面の阿部は、髪を結っておりません。しかしドラマでは結いあげています。
時代考証をした結果、いくら病人であろうと髪をおろしては主君に会うことはないだろうと考えた結果と推察します。
原作でも十分素晴らしい。それをドラマにするうえでさらに磨いてゆく。実に素晴らしい配慮です。
閨に戻ると、家定は荒れています。
何が身代わりか!
暴れ出す家定を胤篤は宥めようとします。
ここで家定は、父に虐待され、そのせいで母に毒を盛られていた過去を語ります。
身も心も病み、いつ死んでもおかしくない。自分でも死んでもいいと思っていた。それを救い出してくれたのが正弘だった。
だからこそ、己の命をよこしたのだと理解し、泣くしかないのです。
「人は悲しいにせよ、楽しいにせよ、己の来し方を一つの物語に編めたとき、どこか心が安らぐものです」
そう語りかけ、阿部正弘はみちがえるように元気になった家定を見て、自分の一生を美しい物語にできたと胤篤は言います。
「詭弁じゃ! 正弘、正弘……」
そう泣きじゃくりながら、誰よりも幸せになって欲しいという阿部正弘の願いを思い出す家定。
「もし、私に、あやつにしてやれることがあるとするならば、それは私が誰よりも幸せになることだ! 私にとって幸せとは! 今度は私が……あやつの身代わりになって飛ぶことじゃ!」
家定を愛おしそうに見つめ、唇を寄せる胤篤でした。
堀田正睦、痛恨の過ち
しかし、とんでもないことが起きていました。
堀田正睦がアメリカとの交渉で「勅許を得なければならない」と言ってしまった。
「バカか!」
激怒する家定。これでは朝廷の政治介入ができてしまうではないか! そう危機を察知する慧眼を発揮します。
堀田はそこを見落としていました。
では勅許はいつ出るのかというと、京都の公家は猛反発。
条約は結べない。
勅許は降りない。
最悪の袋小路に突っ込んでしまいました。
井伊直弼はこの失策は重要だと言います。
かくして堀田正睦の沙汰を言い渡すと告げた家定は、そのまま倒れてしまうのでした。
未完の明治維新
未完の明治維新――日本の近代化はまだ終わっていないのではないか?
そんな問題提起がよくなされます。
証左としては、坂本龍馬の人気があげられるかと思います。
彼は幕末史きっての人気者。彼が亡くならずにいたら、もっと別の明治時代があったかもしれない。
そうロマンを感じてしまうのは、実際のところ明治政府に関与せずに命を散らした点にあるとも分析できる。
坂本龍馬の思想は彼一人のものでもなく、土佐藩上層部が考えていたことでもある。そういう無念が明治の自由民権運動にも繋がった可能性が指摘される。
ミロのヴィーナスは腕がないからこそ美しいとも言われます。未完成であればこそ、無限の可能性を見出せる、と。
本当に明治時代に満足していれば、それこそ伊藤博文が人気定番であってもよいはず。
実際のところ、明治維新後の日本は一世紀もたず、アジア太平洋戦争で国家ごと崩壊しています。
当然ながら「どこかに過ちがあったのではないか?」という疑念も募る。
それを日露戦争まではよかったのに崩れたとするのが、司馬遼太郎の司馬史観とされています。
明治維新の時点で無理があるとシニカルな見方をするのが、山田風太郎です。
『大奥』はどうか?というと、また別の見方が見えてきます。
日本の近代化は明治維新というやり方でなくてもできたのではないか? 幕政からもっとソフトランディングをして変えられたのではないかと示唆しています。
阿部正弘の夢見た未来
キーパーソンは、今回退場した阿部正弘です。
阿部正弘が抜擢した勝海舟は、坂本龍馬と出会い、彼に国づくりの夢をみた。その坂本龍馬も斃れてしまったけれども、夢は果たしてそこで終わったのでしょうか?
これは『大奥』だけの見方でもなく、阿部の構想こそが近代日本へのグランドデザインであったとみなす意見もあります。
その中身が、今回は明確になりました。
前回の時点で、籠を出て己の力で飛ぶことが示唆されています。
阿部正弘の願いとは、家定だけでなく、天下万民が己の翼で飛ぶ世界だと示されている。
そんな白い鳥のような阿部だけでなく、黒い翼を持つ鳥たちも見えてきます。
井伊直弼――鴉の化身のようなこの人物は、前述の通り籠の中で朽ち果ててゆく運命でした。
それが翼を広げている。彼は単純な悪役でもなく、使命感もあると思いますが、それは次回に考えましょう。
徳川斉昭――我が子を思うがままにしようとし、かわいがるようで羽を切り、自由に飛ぶことを制限し続けました。
胤篤は教育の重要性を語りましたが、ある意味、斉昭は教育の失敗者です。これは彼の子だけの問題でもなく、水戸学を吸収した水戸藩士たちは血で血を洗い、滅びてゆきます。
教育の失敗例として斉昭周辺を再度ふりかえってみると、おそろそしくなってきます。
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そんな斉昭による教育失敗例の最たる人物が慶喜です。
毒親のもとで育てられたせいか、彼は狡猾さを身につけました。
せっかくの聡明さを自己保身にしか用いない下劣さを今後は見ることになるでしょう。
相手を思い合う家定と阿部正弘との対比として、慶喜と勝海舟が見られるかと思います。
今回示された家定と阿部正弘、そして胤篤の抱く夢とは、ごくごく単純でした。
互いを思い合うこと。
教育を受ける機会をもたらすこと。
現実と向き合い、話し合うことで物事を解決すること。
こんなに単純なことなのに、どうして私たちの明治維新はまだ未完で、この夢は叶っていないのか?
そう思えてきて悲しいようで、だからこそ希望もあるような……ここまで深く考えさせるドラマはそうそうないと思えます。
来週が待ち遠しい。素晴らしい傑作です。
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【参考・TOP画像】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)













