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【禰豆子】
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大正少女の命の値段
読者は、禰豆子を大事な存在だと理解できる。
炭治郎が命より大事だと語るその愛がわかる。
けれども、周囲からすればそうでないことは考えなくてはなりません。
鬼滅隊からすれば、敵対する鬼です。
何度も何度も、炭治郎は妹の助命嘆願をします。
人間に戻せば、禰豆子は生きていくことができる――炭治郎の強固な願いであることを、読者は理解しています。
けれども、残酷なことを考えてみます。
あの大正という時代において、あの年齢の、貧しい家の少女の命がどれほど大事にされたか。
明治から大正という時代において、人間の命は残酷なまでに値段をつけられました。
当時、禰豆子と同年代の少女たちが、極めて軽い存在として扱われた事例があります。
「女工」です。
人権意識がまだ高まらない時代に、西洋から技術革命がもたらされ、労働力として女性の命にも値段がつくようになってゆきます。
それまでも、家事育児の手伝いや農作業、縫い物をして女性が金銭を稼ぐ手立てはありました。
それが技術進歩により、女性工員としての道が開かれたのです。
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その待遇は劣悪そのものでした。
大正時代に発生した関東大震災では、女工たちが逃げ遅れて多数犠牲になっています。
地震が発生した際に逃げたら助かった命も、金を出して雇ったからにはとどまれと強制され、焼死した例があるのです。
当時の人々にとって、少女の命は安いもの。
出産を奨励した政策のもとで、人間は余っています。貧しい家から、僅かばかりの金で買われていった少女たちが死んでも、また連れてくればいい。そう思われていたのです。
大正時代の貧しい家で生まれた、禰豆子という少女。
その命を、炭治郎たち周囲が守り抜き、大切にしたいという気持ちは、特別な輝きがあります。
禰豆子のような少女が、極めて安く扱われていたと思えば、きっと心ゆさぶられる読者は多いと思うのです。
大正時代を生きた女の子の命が、こんなにも大切に扱われていることには、大きな意味があります。
和製【スチームパンク】と【優生思想】
禰豆子の命が軽視されるとしたら、それは性別だけの問題でもありません。
意思の疎通ができないこと。
そして20世紀を迎えたばかりという時代背景には、おそろしい思想も見えてくるのです。
禰豆子はしゃべれない。幼くなってしまったようにも思える。
これは鬼に共通する資質ではなく、彼女特有のものです。
彼女に代わって炭治郎は、周囲に妹は大事だから殺さないで欲しいと頼み続けます。役立つ、生かしていてもよいと訴えるのです。
助命嘆願の時、炭治郎は家族としての愛情よりも、集団の中で役立つことを訴えますが、これも極めて重要かつ残酷な話。
物語の舞台となる20世紀初頭は、科学が大きく進歩した時代でした。
18世紀の産業革命は、第二次科学革命とも称されます。
日本は、江戸時代の海禁政策があったため、明治維新で第一次(17世紀)、そして第二次の科学革命が一気に押し寄せたことになります。
科学の進歩は、人類の思想にも変化をもたらしました。
珠世にせよ、無惨にせよ、鬼の因縁を終わらせる契機を見出している背景には、そんな大きな科学の進歩があるのです。
科学は進歩した。けれども、人間の意識がまだ追いついていない――フィクションにおいて、こんな歪んだ時代をモチーフにしたジャンルがあります。
【スチームパンク】です。
イギリスならばヴィクトリア朝後期からエドワード朝時代を背景としていて、時代錯誤的なガジェットを出す。
おもしろいだけではありません。
そこには現実において待ち受けていた二度の世界大戦という悲劇を回避できないか考える、そんな思考実験も感じさせます。
『鬼滅の刃』にも、おもしろいガジェットが出てきます。
和製【スチームパンク】の流れを汲んでいると言えるのではないでしょうか。
そういうガジェットを楽しむだけであれば、明るい側面を見ていると言えるのですが……話を禰豆子が意思疎通ができないところまで戻します。
科学の進歩は、人間に危険な思想も植え付けました。
優れた科学によって、人間の優劣を先天性の特徴として証明できるはずだ――そんな考えのもと、差別思想とエセ科学が融合した「骨相学」のような危険思想が生まれてゆきます。
日本では、アイヌや琉球人の骨が研究のためと称して盗難され、現在も返還されていないものがあります。
明治36年(1903年)の【人類館事件】のように、異なる人種を見世物にする「人間動物園」というおぞましい娯楽がありました。
当時の人々は、差別を学問だと言い張っていたのです。
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こうした考え方は現在全否定されています。
人種によってDNAから異なり優劣がある等吹聴している人がいたら否定し、かつ距離をおいたほうがよいでしょう。
もうそんな時代ではありません。
科学による人種の選別が頂点を迎える時代が、禰豆子たちの前に待ち受けています。
意思の疎通ができなければ、鬼ではない人であろうと、命を奪うことが合理的とされる、そんな時代です。
ナチスドイツが行った「T4作戦」(精神障害者や身体障害者に対する強制安楽死)の背景にあったものが【優生思想】でした。
人類に貢献できない命は不要であるとみなし、始末することこそが進歩につながるというものです。ナチスドイツのみならず、多くの国で強制不妊等の残酷な命の選別が行われました。
現代を生きる人々は、そんな邪悪な異物である【優生思想】とは決別しなければなりません。
自分の意思を伝えられないだけで、殺されそうになる禰豆子。
妹は役に立つから殺さないでくれと頼み続ける炭治郎。
ただの少年漫画のキャラクター?
ええ、そうです。けれども彼らを通して、生きること、生命、その存続を誰かに委ねることの残酷さや危険性も見えてきます。
妹の助命を嘆願する炭治郎に、義勇は怒り、こう言いました。
生殺与奪の権を他人に握らせるな!!
これは炭治郎だけではなく、読者も考えるべき言葉ではないでしょうか。
その命がそこにあるべきかどうか、その判断を周囲や社会に委ねてはならない。
そんなことをしたら、守るべき命が、いつか消えてしまうかもしれない。
そこまで考えさせる禰豆子は、まさしく本作の奥深さを象徴するヒロインなのでしょう。
禰豆子には、いろいろな言葉があてはまります。
かわいい。
強い。
守らなくちゃ。守ってくれる!
役に立たない? いや、ちゃんと役立っている!
意思の疎通ができない? いいえ、ちゃんとできる!
複雑な要素があるからこそ、彼女について問いかけられたら、炭治郎もキッパリと答えられます。
禰豆子は生きるべきですか? はい、生きるべきです!
禰豆子のことをきっかけに、いろいろな命のことを考えてゆきたい。
そう思える彼女は、少年漫画の歴史に名を刻む特別なヒロインなのです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
吾峠呼世晴『鬼滅の刃』1巻(→amazon)
吾峠呼世晴『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)