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【後藤象二郎】
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藩閥政治から脱落する土佐
明治の世が始まったとき、後藤象二郎はまだ三十になったばかりの青年でした。
象二郎からすれば、政府の上層部にいる連中は遠回りをしたように思えてもおかしくはありません。
明治政府が採用した商業重視にせよ、開国にせよ、吉田東洋が唱え、山内容堂も採用した政策です。
明治政府というと、やる気にあふれた人物が颯爽と仕事をしていたようで、そうでもありません。
藩閥政治でポストを得たものの、実務能力がない官僚たちがプカプカとタバコを蒸してボケーッとしているような、滅茶苦茶な幕開けでした。
外交にせよそうです。
パークスと気脈を通じ合い認められていた象二郎。これは他の人物の回想と比較すると、実に驚異的だとわかります。
それというのも、伊藤博文、木戸孝允、大隈重信ですら、パークスに怒鳴り散らされると縮こまるばかりであったというのです。
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象二郎は華麗な職を歴任します。
ただちに参与となり、大阪府知事、左院議長、参議、工部大輔などなど。
それでも不満が燻っていたことでしょう。
薩長土肥のうち、時間を経ると薩長ばかりが大きな顔をする。
その藩閥政治で無能な連中ものさばっている。
そうした不満を抱いていた象二郎は、明治6年(1873年)の【征韓論争】に巻き込まれ下野しました。
中心にいた西郷隆盛、彼の親友である板垣退助も政府を辞しています。いわゆる【明治六年政変】です。
その後の後藤象二郎は、非常に掴みどころがない人生を歩みます。
時に実業家。
あるいは板垣退助と共に自由民権運動で立ち上がる。
政府の外から目を光らせるようで、入閣する。
やることなすこと多岐に渡りすぎ、くだけた言い方をすればキャラクターが掴めません。
このことは当時から言われていたことでした。
見果てぬ夢を抱いた気宇壮大な人物
後藤象二郎は何者なのか――。
陸奥宗光はこう語りました。
「明治時代の人物だろうか? 魏晋南北朝か唐のあとの五代十国時代に名をあげそうな英傑が、何かの間違いで我が国に出てきたように思える」
魏晋南北朝とは『三国志』後の舞台です。
五代十国時代も混沌としています。
こんな時代に名を残した人物は、相当濃厚で奇妙に思える。
しかも日本ではなく中国。得体の知れぬ巨大さを感じていたことがわかります。
中岡慎太郎とパークスは、象二郎と西郷隆盛を比較しています。
中岡慎太郎は後藤象二郎、パークスは西郷隆盛を、僅差でやや上回ると評している。
その当時の人々が感じたスケールの大きさや、得体の知れなさが、後世において彼の名が表に出て来ない要因にも思えます。
スケールの大きさゆえに恨みを捨て、象二郎が免罪した坂本龍馬。
彼はフィクションで人気が出過ぎたせいか、後藤象二郎の個性を食った感はあります。
坂本龍馬だったらどう問題を解決するのか?
そういった問いかけはよく見かけますし、尊敬する人物に龍馬の名をあげる人も多い。
この龍馬像は実在した一人の人物というよりも、何かスケールの大きな“もや”のかかった像にも思えてくる。
志半ばにして生涯を追え、明治を生きていないからこそ、いくらでも夢がふくらむ。織田信長が本能寺で斃れたようなもので、途中で終わった物語はいくらでも膨らませることができます。
しかし、後藤象二郎の場合はそうではありません。
彼の目指した理想の断片はつかめます。
武力倒幕なしでの政権交代。
憲法や国会の制定。
議会政治の実現。
活発な外交。
経済活動。
どれも断片的にしか実現できていない。
スケールが大きすぎて理解されず、したがって実行に移せないビジョンが後藤象二郎の頭の中には詰まっていた。
明治以降はメインコースから弾かれた土佐閥の者として、どうしても限界があったのです。
スケールが大きい人物が、それに似合うだけの権力を持てない――それが後藤象二郎の生涯だったのではないでしょうか。
明治30年(1897年)8月4日、後藤象二郎は心臓病により亡くなりました。
享年60。
彼の理解にしにくさ、影の薄さは、土佐藩が背負った命運の象徴のようにも思えます。
いまだに幕末土佐藩を追うとなると、坂本龍馬の青春像と見果てぬ夢で止まってしまう。
そんな限界の影に、後藤象二郎の像はあるのです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
橋川文三『幕末明治人物誌』(→amazon)
平尾道雄『吉田東洋』(→amazon)
泉秀樹『幕末維新人名事典』(→amazon)
松岡司『武市半平太伝』(→amazon)
他