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マタギの信仰とヘビーな通過儀礼
「コレヨリノチノ ヨニウマレテ ヨイオトキケ」
谷垣は、死にゆくものにそう声を掛けます。
実在するマタギたちも、山に入れば「里言葉」を捨て、独特の「山言葉」で会話しました。
一例:イタズ出た! シルベ・タダゲー!(熊が出たぞ、鉄砲を撃て!)
彼らは醜い女神とされる「山神様」を信じ、厳密に掟を守っていました。
醜く嫉妬深いから、山は「女人禁制」。イケメンと接する機会がないから、マタギのいやらしいアピールが効く。山の中でなぜマタギがむんむんと色気を発するかというと、信仰心ゆえです。
セクシーな谷垣は、さぞかし山の神に祝福されていることでしょう。
破るようなことがあれば、冷水で穢れを落とさねばなりません。
山では、酒や煙草、猥談や女の話は一切禁止。実にストイックな生活なのです。
留守宅でも、マタギの妻は夫が山に居る間、化粧もせず、着飾ることもなく、体を丸めて寝ること等、様々な決まりがありました。
山神様の機嫌を取るためには、若いマタギは様々な試練を行わねばなりませんでした。
【クライドリ】
山小屋で全員が車座となって座ります。
そこで若いマタギを素っ裸にし、サタテ(男性器)に薪の燃えさしを麻紐でくくりつけ、左右に振ります。
熱さと煙で悲鳴をあげたら、皆で笑います。
この儀式をすませることで、マタギは一人前とみなされました。
【熊舞い】
若いマタギに熊の毛皮を着せて「イタズだ!」と言い、皆で棒でつつきます。
若者は熊の真似をして「ウオウオ」と鳴くのです。
そういえば谷垣って、劇中で「小熊ちゃん」と呼ばれていたような……。
【サンゾク・ダマリ】
初めて狩猟に出た若いマタギに、「サンゾク・ダマリを知らねばマタギになれね」と言い、裸で外へ出します。
若者が死にそうになったところを小屋に入れ、感想を聞きます。
「うんとひどかった」というと、それが「サンゾク・ダマリだ」と教えるのです。
なぜこんなヘビーなことをするか?
というと、山神様はグロテスクで滑稽なことを喜ぶと考えられていたこと、教育的指導の意味があるようです。
作中の谷垣も、やたらと裸にされたり、セクシーポーズを取らされたりしていますが……。
実は“狙撃兵”だった!秋田藩のマタギ部隊
戊辰戦争において、秋田藩は奥羽越列藩同盟に参加せず、西軍側として戦いました。
対戦相手となった庄内藩は、幕末最強クラスの強さ。
そのため秋田藩は、藩主・佐竹義堯ですら死の覚悟をするほど大敗を喫しています。
秋田藩はろくな準備もないまま戊辰戦争に突入したとされています。
ただし、まったく準備をしていなかったわけではなく、文久3年(1863年)にマタギを士分に取り立て「新組鉄炮方」として、狙撃に特化した特別部隊を作っていました。
翌元治元年(1864年)に藩主が上洛した際には、このマタギ部隊も同行していました。
山から下り、大小の刀を腰につけ、鉄砲を担いだマタギたちが、幕末の京都を歩いていたのです。なんか夢がありますよね。
そして迎えた慶応4年(1868年)。
秋田藩は装備面で出遅れていました。庄内藩士が最新式のスペンサーライフルまで装備していたのに対して、彼らは火縄銃だったのです。
マタギ部隊が当たった敵は、庄内藩士ではなく、南部藩士でした。
これは彼らにとってかなり運が良かったとは言えます。
マタギは活躍しました。
山に慣れており、体力も十分。しかも狙撃と団体行動に優れています。
彼らは一発撃っては身を伏せ、その間に装填し、また撃つという、そんな戦闘法を会得して、敵を苦しめます。
マタギ部隊の戦死者は、佐藤松五郎(享年33)。
佐竹義堯は、武士以上の戦功を立てながら亡くなった松五郎の死を大層嘆き、松五郎の父の目通りを許した、と伝わります。
この活躍によりマタギは名声が高まり、武士ですら彼らとすれ違う時は、頭を下げたと伝わります。
谷垣の祖父あたりが、マタギ部隊として戦っていたと思うとロマンがありますし、マタギの谷垣が強いのも納得ですよね!
そしてこの彼の戦闘スタイルは、尾形上等兵との戦いで見られた「一撃での勝負」に引き継がれていますな。
単行本5巻を読み返してみると胸熱――こうしてみてくると、谷垣源次郎はまさにマタギだということがわかります!
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
長田雅彦『最後の狩人たち─阿仁マタギと羽後鷹匠─』(→amazon)
工藤隆雄『マタギ奇談 狩人たちの奇妙な語り』(→amazon)