官職と二官八省

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官職と二官八省を知れば『光る君へ』も戦国作品も楽しくなる!基礎知識まとめ

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八省【右弁官局管轄】

兵部省(ひょうぶしょう)著名な武士多し

武官の人事や軍事を担当しています。現代だと防衛省や自衛隊でしょうか。

歴史上で内乱の話が取り上げられやすいためか、トップである「兵部卿」には有名な人がたくさんいます。

ほんの少しご紹介すると、

坂上田村麻呂(後に征夷大将軍)

坂上田村麻呂(菊池容斎『前賢故実』)/wikipediaより引用

・阿保親王(在原行平・在原業平兄弟の父)

平清盛(の全盛期)

護良親王後醍醐天皇の皇子・大塔宮)

大内義隆戦国大名・金で買った)

などが兵部卿の経験者です。

刑部省(ぎょうぶしょう)三成の盟友・吉継

現代だと法務省+裁判所にあたる、司法や訴訟を扱う役所です。

しかし、しばらくしてから検非違使(けびいし)など他にも治安維持や刑事事件を担当する職が増えたため、実際の仕事量は……。

「刑部」と呼ばれていた人物としては、戦国武将の大谷吉継が有名でしょうか。

吉継もやはり、三成と同じタイミングで正式に叙任されています(位階は三成と同じく従五位下)。

吉継の性格などを察するに、刑部省のような仕事はピッタリだったでしょう。

絵・富永商太

また、2人が等しく豊臣秀吉に重用されていたことも窺えます。

真田丸』で演じられた片岡愛之助さんが印象的でしたよね。

大蔵省(おおくらしょう)経済部門を担当

現代で例えるのは難しいところですが、経済産業省が近そうです。

度量衡や朝廷の出納などを担当していました。

全く同じ名前のお役所が近年まで存在していましたが、明治時代に一度再編されているので、ずっとそのままというわけでもないのが面倒なところです。

宮内省(くないしょう)皇室のプライベート

ある意味、ここが一番やっかいかもしれません。

現代は宮内“庁”、二官八省のほうは宮内“省”です。受験生の方はご注意ください。

年代でいえば、昭和二十四年(1949年)以降が宮内“庁”です。

実は途中で宮内“府”なんて名前になったこともあります。

名前が同じだけあって職務も似ており、現代の宮内庁の侍従職や東宮職などが宮内省に相当すると思われます。

中務省との区別がややこしくなるところですが、二官八省においては「中務省が皇室の公的面、宮内省が私的生活をサポートしていた」と考えれば良いかと。

 


戦国時代の官職は実態を伴わないけど

これで古代の官位はバッチリ!

しかしそう思って戦国時代や江戸時代を眺めてみれば、名称は同じでも実態が大きく異なるものもあるので注意が必要です。

エンタメ的な見方で、戦国大名の官位(自称も含めて)と、実際の仕事内容を比較すると楽しいかもしれません。

例えば上記のように三成と吉継は、それぞれにピッタリなイメージでした。

また、戦国武将などによくみられる「国名+守(かみ)」というのは本来、国司(地方の長官、現在の知事に相当)を意味する官職です。

戦国時代に官職は、単なるお飾りではありましたが、ときに他国へ攻め込むための口実にも使えた――ゆえに官職を自称する武将も多かったのです。

さらに、武将は自ら好き勝手に官職を名乗るだけでなく、配下の武士に「◯◯守」とつけてあげました。

「国名」はざっと68(66国と2島)あるので、自分をのぞいて67人の部下にもっともらしい呼び名を与えることができる、便利な称号だったのです。

いちいち、名乗るのに朝廷の許可はいりません。

なんせ戦国時代の朝廷には地方に及ぶ実権がなかったからです。ただ、より権威をつけるため、正式に朝廷から入手する例もあります。

例えば三河を支配した徳川家康

今川氏に対抗するため、室町幕府を通じて朝廷へ工作(つまるところ献金)し、1566年に「三河守」を正式に手に入れてます(それに合わせて松平から徳川に改姓)。

徳川家康/wikipediaより引用

もともと今川氏は三河出身の足利一族です。

今川義元の時には、室町幕府の正式な官職である駿河守護に加え、三河の隣の遠江(とおとうみ)守護に任命されておりました。

室町時代は、実態のない古代の「守」より、幕府の組織である「守護」のほうが上。

当時の家康も、本音を言えば「三河守護」が欲しかったのでしょう。

しかし、落ち目とはいえ、足利一族の今川氏真が健在である以上、なんぼ金をつまれても家康に「三河守護」を与えるわけにはいきません。

そこで幕府の「伝奏」を使い、幕府とは関係なく朝廷が今はなき「守」を与えたという形にしたと考えられます。

すっかり戦国時代の説明も長くなってしまいましたが、古代の官職については、源氏物語などの古文で楽しむことができます。

二官八省の役職名で呼ばれている人がたくさんおりますので。

受験勉強にせよ、大人になってから嗜むにせよ、そうやって楽しんでこそ歴史の醍醐味ではないでしょうか……って、なんだか偉そうでスミマセン^^;

なお、位階については下記の記事リンクからご確認どうぞ~。


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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典「位階」「官職」

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