規格外の英雄その名は曹操!乱世の奸雄は66年の生涯で何を夢見ていたか?

綺麗は汚い、汚いは綺麗 曹操のラブ&ヘイトとは?

ヘレナ:
愛とは、目ではなくて心で見るもの
だから翼を持つキューピッドは、目隠しをして描かれている
『真夏の夜の夢』第一幕第一場

曹操は割と情緒不安定だと、さんざん突っ込んできましたが。
鋼メンタリティの持ち主は、ライバルの中におりまして。

あの劉備です。

曹操の呂布討伐の際。劉備は曹操に保護を求めておりました。
呂布の猛攻に耐えかねて、逃げ込んだ状況です。この劉備救援の最中、夏侯惇は矢によって片目を失明しております。

ここでこの両者の関係を、復習しましょう。

興平2年(195年)には、曹操は劉備の態度に激怒し、「あいつは殺す!」と息巻いておりました。
このときは、荀彧のとりなしで攻撃対象リスト外されております。

そのあと、建安3年(198年)の呂布討伐の際に、庇護された劉備です。
実はこのとき、程昱はこう助言していました。

「こいつはくせえッー! 今のうちに処断しておきましょう」

しかし、曹操はこうきた。

「いや、こういう英雄を殺すとよくないよ。天下の人心が離れちゃう。豫州牧(長官)に決めた!」

なんと、名目上のものとはいえ、地位まで与えているんですね。
こうして呂布を倒したあと、曹操は許に劉備を迎えました。

曹操はそんな劉備の前で、お腹を見せちゃう犬状態でリラックスをしていたことがあります。

孟徳さん、何をしているんですか?
そう突っ込みたくはなりますが、曹操はそういうところがある。そのあらわれとして、ここまで言うのです。

「天下には、英雄っていっぱいいるけど。本物は俺と君だと思うんだよね! 本初(袁紹)とか、ダメっしょ」

このとき、二人は食事中。
劉備は驚き、箸を思わず落としてしまいます。

ちょうど雷が鳴ったので、こうごまかします。

「うひょおぉ〜、すごい雷っすね! びびったわ〜!」

はい、さて劉備は、どうしてここまでびっくりしたのでしょう?
その答えは、最悪の形で発揮されます。

このちょっと愉快な会話は、曹操が劉備のことを探っていたという解釈もあるようですが、曹操はそういうことができるようで、できない性格ではありませんかな。
真偽のほどは確かめようもありませんが、真剣に劉備とお友達になりたかったのかもしれませんよ。

試すにしろ、もっと効率的な確認があるでしょうに。
お食事しながら、そんなややこしいインタビューをする必要性は感じられません。

さて、この劉備。
このとき、彼は一体何を考えていたのか?
なぜ、そこまで焦ったのか?

建安4年(199年)、劉備は許を離れると徐州へ向かいます。
そこで曹操が任命していた徐州刺史(長官)・車冑を殺害して、徐州でデビューを果たすのです。

彼を忠義溢れる性格であると解釈した場合には、こうなりますかね。

「曹操め、献帝を圧迫していて許せない! 漢王朝を取り戻さなければ!」

計画性はあります。
狙いが、大虐殺で曹操アンチが多い徐州ですから、そこはきっちりと踏まえているのです。

劉備の脱出劇は、董承の動きと連動性があります。
董承は、献帝の董貴人(側室)の父であり、いわば外戚でした。献帝と行動をともにし、この頃曹操の暗殺計画を立てていたのです。
それが発覚し、妊娠中であった董貴人ともども、一族もろとも誅殺されております。

曹操は激怒!
それはそうでしょう。恩を仇で返したことに他なりません。程昱と呂布の言葉を思い出せば、悔しさ百倍でしょう。

劉備を猛攻し、妻子を確保。
劉備は身一つで袁紹の元へと逃げ込みました。
うーんこれは……はじめから劉備の人質をとっておけばよかったかもしれませんね。呂布も忠告したのに。

極めて不愉快な事態ではありますが、曹操は心の慰めをゲットしました。

関羽です。

これも曹操のよくわからないところですが『三国志演義』で一番濃い愛は、曹操の関羽へのものじゃないかと突っ込みたくなるほどでして。
吉川英治版でも、【恋】とズバリ断言されていたものです。
映画化もされました。

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※この映画も、曹操のストーキングぶりがすごかった……

今は中国でも盛んなBLですが、この界隈に詳しい方にちょっと聞いてみました。

「『三国志』BLってどうですかね? 例えば曹操と関羽ですが」
「それは史実が公式なので、言うまでもないことですねッ!」

はい、出た。
【史実が公式】。

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フィクションでの誇張はあるにせよ、曹操は関羽を極めて情熱的に大事にしたことは確かなのです。
羽は、交流のある張遼に本音を語っています。

「劉備将軍は、義兄弟で生死をともにすると誓っておりますからね。曹公の親切は、ありがたいとは思いますが、仕官するわけにはいかないんです! 絶対に、この親切の恩返しはしてから、帰りますよ」

史実でも関羽を悩ませるほど、情熱的アプローチを繰り返していた曹操。
劉備を見逃したことといい、関羽へのアプローチといい。

曹操は「大好き❤︎」か「大嫌い! ぶちのめす!!」の二択しかない、極端な性格だと思えるのです。

BLまで出してしまい、どうにも曹操をどうしたいのかわからなくなってきました。
ここで、曹操のラブ&ヘイトについて、ちょっと考えてみましょうか。

Q:曹操は女好き、下半身がだらしないんでしょう?
A:フィクションでの誇張は、脇に置きまして。これは中国史全体で見ますと、そこまで深刻な性的依存症傾向はありません。妾や子供の数は、必ずしも問題ではありません。

深刻な依存症状態とは?
ちょっと考えてみましょう。

・女にかまけて、政治を放棄する
・性生活の特質が原因で、後継者ができない
・健康を害するほど、性生活が激しい。漢方医学では、酒色の節制は基礎中の基礎! 極め付けは腹上死
・寵愛する者の一族を、重用しすぎる(外戚)

これが正常範囲外であり、この点において曹操はそこまで悪くありません。
ゲスな性欲ランキングに入るとも思えません。

・趙飛燕・合徳を寵愛しすぎて腹上死を遂げたともされる、前漢・成帝
・ボーイフレンド・董賢を愛しすぎて政務を停滞させた、前漢・哀帝
・楊貴妃を愛しすぎて国を破綻させかけた、唐・玄宗
・特殊性癖施設入り浸りで政務放棄した、明・武宗

もっとダメな君主はおります。

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ただ、真面目ではない。これも確か。
そのあたりも考えましょう。

Q:そうはいっても、横暴で彼氏にしたくない三国志の人物ナンバーワンでしょ?
A:曹操の性格から分析しますと、この点もそうではないと思えます。好みは人それぞれではありますけれどね。

実は妻にかなり低姿勢になることもあれば、性格面で愛することもあるのです。
前述の丁夫人との離婚騒動も、力づくで連れ戻すようなことはしておりません。

卞夫人とは、こんな会話が残されています。

「ねえねえ、お土産にイヤリングがあるんだ〜。セレブな高級品、無難、コスパ重視。三種類あるんだけど、どれにする?」
「じゃあ、無難なのにしようかな」
「ねえねえ、どうしてそれにするの? 理由があるなら知りたい!」
「高級品だと、贅沢好きって感じでしょ。かといって、コスパ重視だと、それはそれで清貧アピールがあざとすぎ。やっぱりバランスをとって、ここは無難なのがいいかな、って」
「すごいッ、やっぱり頭いい! あなたのそういうところ、大好き❤︎」

相手の性格を重視するし、自分の趣味を押し付けないで選んでもらう。
そもそも、プレゼントは欠かさない、曹操はそういう奴なんです。

このやりとりは、空気を読まない曹操にはない、世間体を気にした理想の回答でもあります。
曹操は、彼女から自分にないものを見出していたのかもしれませんね。

卞夫人は、賢明、落ち着いた性格、世間体をしっかり気にするタイプです。
メンタル不安定な曹操にとって、ありがたい存在であったのでしょう。

Q:でも派手に遊んだんでしょ?
A:曹操の下半身事情を、そこまで詮索するつもりもありませんが……傍証はありまして。

曹操は、グルメや薬学知識にこだわるほど、博識で合理的な性格でした。
これを踏まえますと、性生活の知識も身につけていたと考えられます。

古代中国における性生活のTIPSを、簡単にまとめましょう。

・双方の気持ちを重視しないと、よい性生活になりません。ムード作りを怠るなよ!
・男だけが独りよがりでどうするんですか? ダメです、そういうのはダメ!
・ほどほどにしないと、健康に害があるのでバランスを取りましょう!

博識、マニアック、合理的と揃った曹操が、このあたりを無視したとはあまり思えないんですね。
曹操による健康重視性生活マニュアルが今後発掘されても、そこまで驚きませんよ。彼ならありうる。

Q:でもやっぱり、なんかいちいちエロスを感じる!
A:それは曹操個人単位の問題ではないのですね。黄巾族のような道教は、修行の一環として性行為もカウントしておりまして。あいつらどういうことなんだ……と驚かれています。

社会秩序大転換期であった後漢から魏晋南北朝の時代は、性的逸脱もしばしば確認できるのです。

新しい時代には新しいセックス!
(=夫婦間、男女間以外、その他諸々)

一体何を言っているんだ?
そうつっこまれそうですが、史実としてそういう傾向があるのだから、もうそこは諦めてください。

以下、性的な記述があります。苦手な方は飛ばしましょう。
18歳以下の方は、くれぐれも注意して読み進めてください。

曹操よりやや時代がくだりまして。
こんな話があります。

山濤(205ー283)は、阮籍(210ー263)と嵆康(224ー262または263)と仲良くしていました。

山濤は、あの二人の友情がイケてて、普通じゃなくて、ともかくすごいことを妻に熱心に語っていました。
それを聞いていた山濤の妻・韓夫人は、夫にこう返すのです。

「昔、僖負覊の妻は狐偃と趙衰の入浴を確認したってね」

一体何のことでしょうか。これは重耳の逸話です。
彼が曹に逃れた際、共公は重耳の肋骨が特殊な形状(駢脅)であると知って、真偽を確認したがったのです。

身体のこうした特殊性は、才能と直結するという思想がありました。
『三国志演義』はじめフィクションにおいて、劉備の福耳が強調されることもその一例です。

共公は僖負覊とその妻に、重耳が狐偃と趙衰と入浴している所をのぞかせたのです。
妻は、あの二人は只者ではないと確信をもって報告したとのこと。

「つまり、二人の全裸が見たいと?」
「あなたが力説する二人のスペシャルな友情なんて、そのうえでなければ判断できないッ!」

理論武装が激しいのですが、要するに二人が全裸でいるところを見せろという要求です。

かくして夫の許可を得て、自宅に二人を泊まらせると酒と食事でもてなし、壁に穴を開けて監視したのです。
そして翌朝、山濤と韓夫人はこんな会話をするのです。

「どう思った? あいつらの友情を」
「あの二人の才能はあなたよりも尊いッ、全力で推せるッ! あなたの友になったのはあなたの知識のためだッ!」

これはどういうことでしょうか。
わかりやすくまとめしましょう。

・山濤から話を聞くうちに、韓夫人の推しカップリングは【阮籍×嵆康】(リバーシブル)になった。ともかく気になって仕方ない。そして、そのことを確認したいと訴える
・そんな妻の腐女子ぶりを理解した山濤は、妻に推しカプ監視を許可した
・韓夫人、覗き見した推しカプライブが尊すぎて大興奮。全力で推す宣言をする
・この逸話は『世説新語』「賢媛」(賢い女)に収録
・妻に推しカプライブを見せた山濤、推しカプの阮籍、嵆康は【竹林の七賢】メンバー

結論:当時、腐女子は賢い女。腐女子を理解してこそ、イケてて最高に賢い男

登場人物全員がおかしくて、脳が破裂しませんか?
ちょっと深呼吸しましょうか。

いや、ネタじゃないんです。
朝から夜まで友情を監視して、見守って大興奮しているんです。
そういうことでしょう。全裸で同じ部屋にいて、熱い友情があって、大興奮で覗き見する腐女子がいる。
何があったか……語るだけ野暮ではありませんか!

つまり、この時代は【史実が公式】がデフォルトです。BL、がんばってください!!

「セックス!(=バラエティ溢れる性行為)ドラッグ!(=五石散、当時のドラッグ)ロックンロール!(=日がな一日楽器演奏、詩作)」も然り。
それが史実なので、そう認識しましょう。

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曹操がただのゲスだったら、橋玄が妻子を託すとも思えませんし。曹操は、ラブ&ヘイトのどちらも強烈だっただけで、下半身破綻者ではないと思うのです。

曹操と女性で言いますと、彼女のことを持ち出さないわけにはいきません。
蔡琰(字・文姫、177?ー249)です。

彼女は、彼女自身に非がないにも関わらず、苦しい人生を送ることになりました。

・父の蔡邕が、董卓政権のブレーンとなる
・戦乱の中、匈奴の劉豹に拉致され妻とされ、二児の母となる
・再婚相手の董祀が死罪となりかける

彼女に罪はない。
けれども、当時の価値観においては社会から疎外されても、おかしくない要素がたくさんあります。

父のこと、夫のこと……彼女の意思でなく、強制されたにも関わらず、異民族に拉致されて子まで孕むということ。
恥知らずと罵られても仕方のないことでした。

現代社会でも、性がからむ犯罪は、被害者側の落ち度が厳しい目で見られます。
貞操を守るために自害することこそ、女の理想である【貞女】とすらされてきました。

それでも、曹操からすればそんなことは関係ないのです。
父の著作を知っている。
彼女自身にも文才がある。
ならば、手元にそのきらめく才知を置きたい。そう願い、帰還に尽力したのでした。

そればかりではなく、蔡琰が夫の弁護をした際には、訴えを聞き入れました。

儒教の理想では、女性には発言権があってないようなもの。黙殺がむしろ常識でした。
けれども、曹操は訴えに聞くべきところがあれば、発言者の性別すら無視したのです。

これがいかに、規格外であったことか。

曹操より時代が下った晩唐の時代、女流詩人の魚玄機(844ー871)はこんな句を詠みました。

挙頭空羨榜中名 頭を挙げ空しく羨ましむ榜中の名
私は頭をあげて虚しく見ているしかないんだ、科挙合格者名簿を

家柄じゃない、実力で登用する道。
そんな科挙であっても、女には受験資格がない。

私の才能は、男に負けないのに!
どうして私は女なんだ、どうして? どうして!

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「わかりみあるわ……句にもセンスあるし、あんたじゃなくて、埋もれさす世の中が悪いわな!」
曹操なら、魚玄機のことをそう評価するんじゃないか。そう思ってしまうのです。

曹操のこうした一連の言動を評して【フェミニスト】と呼ぶ意見もありますが。
そこはむしろ【ヒューマニスト】ではありませんか。
人間が大好きで、大嫌いなんです。

我が子への愛情も、彼には残されております。
曹操は夭折した才知溢れる曹沖のことを、折に触れて嘆いていたのです。

老若男女、隔たりなくラブ&ヘイトを捧げる性格なのでしょう。
曹操は、バランスが極端におかしくなるだけなんです。

はい、締めくくりとして。
孟徳さんの意見をちょっと代弁しましょうか。

「しょっちゅう妻子を見捨てて逃亡している劉備、およびそのファンどもッ! お前らから、夫として父として失格だのなんだと、ジャッジされる筋合いはねえし!!」

はい、曹操と仲間たちによる、濃密な愛と憎ワールドから、話を戻しましょうか。
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