光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第22回「越前の出会い」

2024/06/03

藤原為時とまひろは越前へ向かい、まず松原客館に立ち寄りました。

そこには大勢の宋人がおり、なにやら争いが起きています。

と、朱仁聡という男が出てきて、「何者か?」と問うてくる。

為時がたどたどしい宋語で、越前の新しい国守だと名乗ると、相手は嬉しそうに宋語で話しかけてきました。

思わず目が泳いでしまう為時。

どうやらヒアリングまではできないようで、通詞(通訳)の三国若麻呂が出てきます。助かりましたね。朱はお礼を述べているとか。

宋人は珍しい動物も連れてきました。オウムに羊です。

平安京にはない。瑠璃灯籠(るりどうろう)が青い光を放っている。

 


宋にあこがれる父と娘

父と二人きりになると、まひろはいきいきと語り始めます。

朱仁聡は堂々としていて礼儀正しい!

“長”になるとはそういうものだと返す為時。人の上に立つ者は「礼」があるべきだと考えているのでしょう。

しかし為時は宋人の対応で頭がいっぱいです。

彼らは帰国が長引いている。乗ってきた船が壊れて帰れず、国守に頼んだものの、まだ出来てこないそうです。

国府に入ったらすぐに対処しなければならないと決意を固める為時。

宋人も長期滞在に不満がある者もいれば、残りたいものもいるようだと為時は認識しています。

彼らの言いたいことが理解できた様子の父を、まひろが尊敬のまなざして見つめています。父が宋の言葉を話す様に感激すらしていました。

まひろはクールなようで、興奮すると相手への態度がきっぱり出るところがありますね。

為時が若いころ、宋へ密航しようとしたことがあった話を始めるまひろ。為時は困惑しながら、宣孝殿から聞いたのかと答えています。

博学で物知りで、破天荒なこともやってのけると嬉しそうな彼女は、自身が父から似たところを確認しているようでもあります。

まひろはなかなか、大胆で突拍子もない言動があります。そして、宋人に触れてかなり舞いあがっていますね。

※以下は朱仁聡の関連記事となります

朱仁聡(浩歌 ハオゴー)
宋の商人・朱仁聡(浩歌)は実在した?為時と紫式部の恩人と言える?

続きを見る

 


宋に領土拡張思考はない

通詞の三国は、宋人は得体の知れないところもあるけれど、悪いものではないと為時に説明していますます。

彼らは戦が嫌いである、と聞いて驚く為時。

唐の世とは違い、戦をして領土を広げないと三国が補足します。

これは日本にとって重要でしょう。

かつて倭(日本)は百済と同盟し、唐・新羅連合軍に大敗しました。(白村江の戦い)それが大きなトラウマとなって残っているのです。

三国の認識は中国史の知識としてバッチリです。一方で、そのことすら知らない平安京の認識不足も感じます。

為時は、宋人たちは皆商人なのかと三国にあらためて確認すると、漕ぎ手以外はそうだという返答。

これからも色々教えて欲しいと為時がお願いすると、三国は「なんなりと」と自信を持って答えます。

この場面で、都に引きこもっていて妄想気味の藤原道長と、実際に宋人と接している三国の違いが明らかになりますね。

先週の道長の理解度は落第。今回の三国は素晴らしい。

それにしても、なぜ三国は宋語ができるのか。

聞けば、宋に渡来した僧の下人としてついていったそうです。

これは日本人が気付きにくい、日本史の特色といえます。

戦国武将の師を務める者は、仏僧が多かった。なぜかというと、【遣唐使】が終わって以降、わざわざ中国に渡って学ぶほど情熱がある職業は仏僧となります。

最新の漢籍に触れ、持ち帰り、自国でも学ぶため、最高の教養を持つに至ったのです。

宋や明では、科挙用の予備校が各地にあります。その教師がいるわけで、仏僧から勉強を学ぶことはまずありません。

日本各地に藩校が置かれるようになったのは、江戸時代中期以降です。中国が日本の制度を先取りする状況が長いこと続いてゆきます。

越前編の面白いところは、日本史の外交にあった課題を時代を超えるように見せてくるところだと思います。

 

彼の名はヂョウミン

まひろは乙丸を連れ、海辺を歩いています。

乙丸が、近江の湖と同じように見えると伝えると、この海の向こうは宋、近江の湖とは違うと返すまひろ。

すると一人の宋人が歩いてきました。

乙丸が戻ろうと止めても、まひろは「ご機嫌よろしゅう」と挨拶します。

「私の名前はまひろ。まひろ」

そう名乗るまひろ。男は浜辺で枝を拾い、“周明”と書きます。ちなみにまひろは、中国語圏で“真尋”の表記が広まっています。

「しゅうめい? あなたの名前はしゅうめい?」

「ヂョウミン」

「ジョーミン?」

「ヂョウミン」

そう言葉を交わす二人です。宋の言葉は難しいと言いつつ、まひろは興味津々で嬉しそう。

朱仁聡のことも聞こうと筆談すると、周明は別の宋人に呼ばれ、丁寧に供手をしながら「ザイチェン!」と告げて去ってゆきました。

まひろは帰宅後、父に「ザイチェン」の意味を尋ねます。

「また会おうという意味だ」

「また会おう……」

何か縁を感じている様子です。

乙丸が不安げにしていましたが、まひろも父と同じで破天荒な性格ですから警戒して当然でしょう。

海辺では、日中間の伝統的な意思疎通手段である筆談が出てきました。

幕末では上海に密航した高杉晋作が使った手段として知られます

現代ならばアプリがありますので、使ってみてはいかがでしょうか。

最近は観光地等で多国語表示の手書き文を見かけますが、アプリを用いることで改善が期待できる。

伝統と技術を生かしていきましょう。

拱手はじめ、宋人は所作が大変美しい。日本京劇振興協会の代表である張春祥さんが所作指導を務め、朱の側近である林庭幹を京劇俳優の侯偉さんが演じています。

 


羊肉は最高のおもてなしだ

三国が為時に「明日は前任者が国府を出立する宴がある」と告げてきます。

宴では宋の音楽が奏でられ、宋の料理がふるまわれます。

日本では調達できない食材は宋から運んできたようで、最高のおもてなし料理として、焼いた羊肉が出てきました。船で連れてきた羊を潰したそうです。

羊を潰すことは最高のもてなしだと言われ、まひろが口に運びます。

為時も、まひろも、漢籍で羊肉のことは知識としては知っていたでしょう。

しかし、いざ食べるとなると勝手が違いますよね。

現代の日本でも、羊肉のクセのある風味に戸惑う人もいるでしょう。

日本は羊肉が定着しにくい地域です。

明治時代は軍服に用いるウールのため、各地で羊の飼育が盛んになり、マトンが食べられるようになりました。しかし、定着したのは北海道くらいです。

現在は火鍋料理チェーン店が日本で展開するようになっています。まひろの気分を味わうために、訪れてみるのもよいかもしれませんね。

それでもまひろが「美味しい」と口にすると、宋人たちも盛り上がっています。

中国では羊肉が最高級の食材であったものです。

羊の羹(スープ)をけちられただけで、相手への復讐を誓ったという話もあるほど。

中国料理(中華料理)の歴史
下手すりゃスープ一杯で国が滅亡|中国料理(中華料理)の歴史は凄まじい

続きを見る

ちなみに和菓子の羊羹は「羊肉のスープ」というのが本来の意味です。

まひろたちの生きた時代よりくだりまして、鎌倉時代のころ、禅僧が中国で最高級料理である羊のスープを目にしました。

しかし仏僧は肉食が禁じられているため、羊肉のかわりに大豆を用い、名前と一致しない食べ物の名前として定着したのです。

中国語圏の人が日本の「羊羹」を見ると混乱することもあるとか。

為時は漢詩も披露し、褒められています。

宋側の本音は「軽薄なものだ」として、あまり良く思わなかったようですが、外交として成立しているのであれば問題ありません。

まひろが外に行くと、周明がいました。

正直に言うと羊肉はあまりおいしくなかったとまひろが打ち明けつつ「シェシェ」とお礼を言います。ありがとうという意味かと確認しつつ、拱手します。

為時が「あぁ、もう飲めぬ……」とふらつきながら外に出てきました。

強い白酒をたくさん飲まされたようです。

まひろは周明に「ザイチェン」と別れを告げるのでした。

 

落ち着かぬ浮舟のような越前守

松原客館から国府へやってきた為時。

介(すけ)の源光雅と大掾(だいじょう)の大野国勝が出迎えてきます。

国司と受領と遙任の違い
平安時代の国司と受領と遙任の違いは?伊周が飛ばされた大宰府とは?

続きを見る

船の修理はどうなっているのか?と為時が問いかけると、予定より遅れているものの、粛々と進めているとのこと。

しかし、船の様子を見たいと告げると、着任早々そのようなことはせずともよいと遠ざけようとします。

生真面目な為時は、左大臣から宋人の扱いを任された以上、信用を落とすことはできないと引き下がりません。

源光雅も大野国勝も船の修理具合を教えたくないようです。

まひろも自室へ案内されます。

越前名物の越前紙が用意されていました。

かき曇(くも)り夕だつ浪(なみ)のあらければ うきたる舟ぞしづ心(こころ)なき

空が一面に曇り、夕立が来そうになっている。立つ波は荒く、浮いている舟は落ちつかないようだ

さっそく歌を記すまひろ。

紫式部の歌として伝わっているもので、情景を詠んでいるようであり、不安を抱える為時の心境を眺めているようにも思えます。

光雅は、越前のことは自分たちに任せるようにと為時に言い、国守は任せておけばよい。懐を肥やし都に戻ればよいとして、袋に入れた金を渡してくるのです。

「そなたはわしを愚弄する気か? 帰れ!」

すぐさま突き返す為時。

金による買収を拒む大河ドラマ主人公といえば、『麒麟がくる』の光秀がいます。為時と光秀の共通点は、儒教倫理を真面目に信奉しているということでしょう。

贈収賄で立場を変えていたのは、『鎌倉殿の13人』の北条時政があげられます。こちらは儒教教典を読みこなしているとは考えにくい人物でした。

『青天を衝け』の渋沢栄一は、『論語と算盤』という書籍を刊行していますが、日本史上、贈収賄が最悪であった明治の長州閥と親しくしております。

彼が清廉潔白であったとは考えられません。本音と建前が一致しない人物です。

 

新任者が疲弊する

為時は激務に追われます。

民衆の陳情を聞くことになったのですが、長蛇の列ができていて、とても捌ききれないように見える。

橋の修繕。

米が不作だから別の品をおさめてよいかどうか。

流れ着いたものを独り占めにしているものがいる。

妻が狐に取り憑かれてしまった。

などなど、実に雑多な内容であり、光雅は手伝おうとすらしません。

「嫌がらせではないか?」とまひろが疑っていると、為時も「おそらくそうだ、光雅がはかったことだ」と察知しています。

それでも彼女は「おそれることはない、父の考え通りになさればよい、私がお側にいる」と励まします。

ここの場面は日本の時代劇というよりも、華流ドラマを思い出しました。

科挙に合格して地方赴任した行政の長である知府が、清廉潔白ゆえに民衆の要望を立て続けに聞いて疲れてしまうというお約束の展開です。

明清時代には「幕友」という私設秘書がいて、フィクションでばしばしば知府を見守り励ます役目を果たします。まひろはこの幕友の役割を果たしているように思えます。

今回の『光る君へ』は、細かいところがアジア時代劇のようで興味深く、政治のありようへの理想の違いも見えてきます。

日本の時代ものだと、悪事を嗅ぎつけた水戸黄門や桃太郎侍のようなヒーローが、悪党を武力成敗する方向へ向かいがちです。

しかし、三国は宋人は戦を好まないと言いましたよね。

中国で人の上に立つ行政官は、武力行使しません。地道に民の声を聞いて、善政で救うことが活躍とされます。

武力で悪を倒す英雄女侠もおりますが、【江湖】と呼ばれる民間の世界であくまで行うものです。

そうしたジャンルは【武侠】といい、

武侠
中国エンタメ「武侠」は北斗の拳やドラゴンボールにも影響大!

続きを見る

政治ドラマとは別物となります。

 

朱仁聡の献上品と、周明の医術

朱仁聡が「お願いしたいことがある」として、三国が取り次いできます。

なんでも朝廷に献上したいものがあるとか。松原客館でのもてなしに対するお礼だそうです。

どうしたものかと迷った為時は、左大臣に文を書いて確認すると言います。

しかし過労のせいか、何か痛みが起きている為時。

すると朱仁聡が宋の医師を呼ぶと言い、周明が連れてこられました。

「この人は医師だったのか」と驚く様子のまひろと、そんな娘が気がかりな為時。

漢方医らしく、周明はまず舌の色を見て脈をとり、うつぶせにさせて、服を脱がせます。そして鍼(はり)を取り出す様子を見て、まひろは驚いています。

周明が鍼をうつと、為時は悲鳴をあげました。

さて、平安時代の人々は鍼灸を知っていたのか?

というと、日本にもその存在が伝えられてはいます。

しかし、灸が広まりながら鍼は限定的でした。かなり高度な治療法であり、貧しい貴族である為時は試す機会がなかったのでしょう。

「よくなったかもしれぬ……」と不思議そうな顔をしている為時。どうやら効いたようです。

周明は頭のあたりを診察し、「心が張り詰め、頭が凝っているのだ」と診断します。

この場面は周明の手つきが素晴らしく、これぞ宋の医者だと思えました。

鍼を打つ時は迷いがない。脈をとる手つきは優しい。彼は根が善良で優しいと伝わってくる、松下洸平さんの魅力あふれる場面です。

朱仁聡も、彼の治療を五日に一回は受けていて、そのため息災なんだとか。

「これが宋の医学なのか……」

そう驚きながら感謝する為時に、朱仁聡は貢物の件を念押しするのでした。

献上品が都に到着したようです。

藤原実資は「ニーハオ」と鳴く鸚鵡に興味津々。公任は宋の言葉を話しているのかもしれないと言います。

宋人は、見返りもなしに献上品を贈ってただ置いてきたのか?と、公任は「不可解だ」と言います。

「不可解、不可解……」

鸚鵡にそう話しかける可愛らしい実資の姿がそこにあります。

この鸚鵡は平安貴族の間でペットとしてブームになりました。『平清盛』では藤原頼長が白い鸚鵡を飼っていましたね。

平安時代のペット事情|猫は愛され鶏は神秘的で死体処理の犬は忌み嫌われ

続きを見る

 

三国若麻呂殺人事件発生

藤原為時は、献上品が無事に届いて、感謝している旨を朱仁聡に伝えています。

しかし、いつもの通詞がいません。どうしたのか……と訝しんでいると、なんと三国若麻呂が殺されたとの報告があり、その場で朱仁聡が捕えられてしまいました。

困惑する為時。

あいつ(朱仁聡)は三国と口論していた――そんなあやふやな根拠が示され、為時は咎人(犯罪者)に近づいてはならぬと遠ざけられます。

これは一大事、異国人となると難しいと困惑しきっている為時です。

左大臣に判断を仰ごうと言いながら、まひろが文をしたためます。彼女の用いる円面硯(えんめんちん)はこの国府から発掘されたものを元にしているそうです。

しかし、いちいち左大臣に確認するというのも、歯がゆい話。

やはり道長の指示が曖昧だったのでは……?

実際、その書状が中央に届けられると、道長が陣定で話し合います。

異国の者を裁けるのか?と迷う藤原実資は、得意の前例を持ち出せない。

藤原公任が、追い返すか?と発言すると、藤原斉信は為時に任せろと言う。

しかし式部省にいた為時では殺人を裁けないだろうと源俊賢

わが国の者が殺されておいて、放置できないだろう……と、皆で意見を出している最中、いちいち「だよね」しか言えない道綱はなんなのか。そんなことだから実資に日記で罵倒されるのでしょう。

道長は、明法博士に調べさせてからお上に判断を仰ぎ、その判断次第でもう一度陣定で議論すると結論づけます。

それにしても、当時の犯罪対応はこんなことでよいのでしょうか。

あまりにスピード感に乏しく、無茶苦茶な話に思えます。時代に合わせた律令が必要でしょうに。

 

まひろが揉め事を、明子が愛を押し付けてくる

道長はため息をつきながら、まひろの字で書かれた書状を見返しています。

最愛の相手がこんな厄介ごとを告げてくるとは、困ったものです。

帰宅すると道長は左大臣・源高明の娘である源明子に「左大臣とはどういうものか?」と問いかけます。

幼くてよく覚えていない、兄が左大臣になれたかもしれないと答えますが、同時に今の兄では務まらないと考えているようです。陣定ではなかなか良い意見を出していましたけどね。

道長は、俺にも務まらない、己の決断が国の決断かと思うと辛いと打ち明けます。

殿に務まらないなら誰にもできないと慰める明子。

「口がうまくなったな」と道長が言うと、明子は変わったのだそうです。敵である藤原の殿を心からお慕いしてしまった。

こうなったら殿の悩みも苦しみも、私が全て忘れさせてあげる。

「いつか明子なしに生きてはいけぬ」と言わせてみせるといいながら、妖艶に道長へ近づき、迫り、身を重ねるように押し倒すのでした。

明子は、兄・俊賢に対する評価が厳しい。今回についていえば、道長より俊賢の方が頼りになる気がしなくもありませんが。

 

母の死に目にあえぬ伊周

藤原公任は、藤原実資の後任者として、検非違使別当になりました。

その公任が「藤原伊周が母に会いに戻った」と道長に告げます。

驚く道長。公任は左大臣に聞かずさっさと高階明順の屋敷をあらためてしまえばよいと言いながら、それでも優しいから、道長に聞いたのだと。

そして道長から「公任に任せる」という発言を引き出します。

「苦手だな、こういうの」

苦い顔でそう呟く公任。

彼も為時と同じく学究肌で真面目な人物ですので、罪人逮捕は向いていないのでしょう。

まるで内裏を追い出された犬のような、そんな姿の伊周が高階の屋敷にいました。

「母上!」

最期に一目だけでも会おうとする伊周の前に、公任が立ち塞がり、速やかに太宰府へ向かえと言い放ちます。

ここまで来たのに! せめて顔だけでも見せたい! 母は俺に会いたがっておる! と訴える伊周。

「ならぬ」

「頼む!」

そんなやりとりのあと、公任は深くため息をつきます。

「わかった。別れを告げて参れ」

すると清少納言が現れ、こう告げます。

「只今、御母君はお隠れになりました」

伊周はよろめき、がっくりと庭に膝をつきました。彼を愛していた母は、ついに会うことなく亡くなったのです。

伊周はまだ若く、未熟で、子どものまま権力に上り詰めようとした――それがわかる悲しい場面でした。

 

定子の腹には帝の子がいる

鈍色の喪服を身につけた道長は、高階邸を訪れます。

お悔やみの言の葉もないと丁寧に声をかける道長に、藤原定子が御簾の奥から礼を言います。

「亡き義姉上には幼いころからお世話になりましたゆえ」

そう誠意をもって語る道長。

ここまで対立したとはいえ、もとをたどれば兄の妻です。定子は帝の御心に背き続けた伊周の所業を許してほしいと訴えます。

そして道長をそばに呼び寄せます。

清少納言もこれには驚いているものの、定子の決意は固いものがありました。

「帝の子を身籠もっております」

父も母もいない。兄と弟も遠くにいる。高階の力は弱い。

帝の子をこの先どうやって産み育てていけばいいのか――そう途方に暮れているのだと。

「左大臣どの、どうか、どうか、この子をあなたの力で守ってください。私はどうなってもよいのです。されどこの子だけは……」

そう頼み込む定子の奇策です。

これがもしも兼家や詮子ならば、胎児を水にしようと呪詛でも毒でも用いかねません。

まひろならば、

窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。『顔氏家訓』

と説明しそうなところです。

弱った鳥が自ら懐に飛び込んでくれば、猟師とて殺さない。道長にはそんな人としての優しさがあるとわかる場面です。

藤原定子
藤原定子の生涯と辞世の句|最期まで一条天皇に愛され一族に翻弄され

続きを見る

帝が、道長からこのことを聞き、動揺しています。それも間もなく誕生だと聞き、高階の屋敷に行くと言い出す。

「お上、なりませぬ!」

道長は制します。勅命に背き、自ら出家した定子に会いに行っては、示しがつかない。

同じ行動をするにせよ、動機や心理背景を変えることで見方が変わってくる、そんな歴史劇の技法です。

ここで道長が兼家のような笑みを浮かべ、あえて邪魔しているようにしたら、悪いヤツだと思えます。

詮子のように冷たく毅然と言い放てば、冷酷に思えます。

道長の場合、根は優しいので、本当はこんなことをしたくないと伝わってきます。

帝は内裏に呼び戻すと言いだすものの、道長としては朝廷の安定を第一に考えて欲しい。

言葉はしっかりしているようで、顔が歪み、どれほど道長が苦しいのかが伝わってくる。柄本佑さんの演技が見事ですね。

「我が子まで宿している中宮に、朕は生涯会えぬのか! 朕は会えぬのか!」

「遠くからお見守りいただくことしかできませぬ」

そう告げるしかない道長です。

こう見ていると、道長を持ち上げているようで、次の瞬間、失望しているまひろの顔を映し、いきなり落としてきます。

一条天皇
史実の一条天皇はどんな人物だった?彰子や道長とはどんな関係を築いていたのか

続きを見る

 

周明は何ものだ?

「越前のことは、越前でなんとかしろと……」

為時が絶望的な表情を浮かべ、まひろも「左大臣は随分頼りない」と呆れています。

彼女は一途なようで、どうなのでしょうか。

道長とあの廃邸で再会した際、告げることは何もないと無言で去って行ったこともあります。

彼女も薄々わかっているのでしょう。

父と道長の会話を横で聞いていたわけではないけれど、父がこうも悩むということは道長の密命がある。

そんな重要な密命なら、もっと細かく具体的に指示してよ! と、イライラしているのでしょう。

「左大臣としたことが、随分頼りにならないものでございますね……」

「そのようなことを申すな」

為時が嗜めると、周明が人に止められようとしながらも、強引に誰か引っ張ってきます。

「話があって来た! 朱様は通詞を殺してない! 証人だ!」

そうはっきりと日本語で話す周明。

彼は一体何者なのでしょうか?

 

MVP:周明

周明は魅惑的で、直秀に次ぐ期待の枠――そんなドラマとしての彩りだけでなく、宋という国家が持つ技術力も見せてきます。

まず、東洋医学のもつ力。

東アジアドラマにおける医師の重要性がよくわかります。

医者は重要人物の側近くに行くことができる。精神的な悩みを打ち明けられる。時代劇では動かしやすい職業です。

『麒麟がくる』の望月東庵と駒はかなり高度な技術を持つ医者という設定でした。

「実在しない、たかが医者のくせに、なぜあんなに重要人物のそばをうろついているのか?」という意見もありましたが、むしろ医者だからこそできた役割です。

そんな時代劇上の設定だけでなく、今回は東洋医学の効能も伝わる場面でした。

体調を整え、症状を軽減する分には、むしろ西洋医学にはない治療もできるのが東洋医学の特徴。

周明に治療されたい視聴者も大勢でてきそうな素晴らしい場面でしたね。

しかし、そんな周明がどうして殺人事件の捜査ができたのか、そこも気になってきます。

これも医師であるということが関係していると思えなくもありません。

ドラマよりやや時代が降った南宋の時代、宋慈が『洗冤集録』(せんえんしゅうろく)という書籍を刊行しました。

世界最古の法医学書とされています。

宋慈は官僚として、医学知識を駆使して、それを事件解決に活かすという発想を生み出したのです。

この宋慈のように、周明も三国の屍を見て、何か異変に気づき、さらに証人を見つけ出したのかもしれません。

藤原伊周が、呪詛の件で証拠不十分のまま罪に問われたこととの比較として、来週は名探偵・周明の姿が見られるかもしれません。

予告では、まひろが周明は宋人なのか、日本人なのかと問いかける姿が映りました。

これも重要な問いかけで、そもそも国籍やルーツとは何か、そんな問いかけになりそうです。

そしてそんな周明は、大河ドラマの進化の象徴にも思えます。

『鎌倉殿の13人』は、『ゲーム・オブ・スローンズ』を意識して作られたドラマです。

それが『光る君へ』では、アジアドラマの影響が見て取れます。

数年前、大河に関わってきた方が「東アジア唯一の本格的な歴史ドラマ」と自画自賛する姿を見て、危うさを感じました。

隣国の時代劇がどれだけの速さで伸びているか――その現実を踏まえねばむしろ危ういと私は思っていたのです。

しかし今年は、大河チームもそのことを把握しているようで、高い安心感を覚えます。

少し前まで「まるで韓流ドラマ」というと、茶化して揶揄するようなニュアンスがありました。

それはもう古い。

むしろ斬新な取り組みある他国の作品にある要素ををこう呼ぶようになりました。

意識的にこういうドラマを作られることに、大河ドラマの進歩を見る思いがします。

 

あまりに無責任な平安京

あの定子が懐妊している――これは政治的な局面がひっくりかねない大事件です。

藤原道長が越前を放置するのも、無理のないことだと思えるようで、それではあまりに無責任であると思わせるのは凄いことでしょう。

宋との貿易は莫大な利益が動く。

最新鋭の技術を学ぶ好機だ。

そんな国力をあげるチャンスよりも、朝廷のパワーゲームを優先するとは一体何事か。無責任ではないか。そう思えてきます。

直秀が「平安京は鳥籠だ」と語った意味を、周明が補強するような流れと言えました。

平安京のあいまいな国際認識は、現場に立つものからすれば大迷惑であることが為時の姿から伝わって来ます。

知識がないのに、ともかく異国のものを毛嫌いして、現実逃避ばかりしている。

この平安京のひきこもり気質は、幕末にまで残り、日本史に大きなマイナスの影響を与えました。

政治的な実権は武家政権が担ってきた。

特に徳川家康は、京都から徹底して政治を排除するようにしました。それが幕末になって参与する隙を与えたことで、政局は大混乱を迎えたものです。

この無知ゆえに外国人を過剰に恐れる害悪は、現在も進行しております。

ともかく連日、中国への警戒心をあおるような報道がでています。本当にそうなのかと思い、自分で調べてみると大仰なデマであることが少なくありません。

そんな間違った情報で誰かを攻撃するとなれば、それこそ国際問題になりかねないでしょう。

平安京の道長は、根は優しいけれども、現実の把握が甘く、無責任な人だと思えます。

こういう道長タイプが多いのではないでしょうか。

善良だけど、業務に対しては有能とは言えない。普通の人、悪意のない人。差別したり、デマを拡散してしまうのはそういう人かもしれません。

まひろのように恐れず声をかけて、話してみれば、何か別のものが見えてくるかもしれないのに。

 

「歴史総合」に配慮ある大河ドラマを

2022年に設置された高等学校科目として「歴史総合」があります。

扱う時代は近現代であるものの、日本史と世界史を組み合わせてみていく視点は、遡って取り入れることもできます。

2010年代以降、大河ドラマでも「歴史総合」的な視線を取り入れた作品が入り混じっているようで、むしろ引きこもりガラパゴス歴史観をみせる作品もあったものです。

2013年『八重の桜』は、「歴史総合」にふさわしい導入部から始まります。

初回冒頭が南北戦争で、あれには重大な意味があります。

戊辰戦争の背景には、南北戦争で余った武器を売り捌くことで儲けたい――そんな欧米列強の思惑があったと示しているのです。

それが後半になると別の脚本家が導入され、前半部の問題提起が生かされていないように思えました。

このあと、2015年以降の近代史大河は、最新鋭研究が都合よく持ち出されるアリバイ的な使われ方をするようになっています。

『セクシー田中さん』の報告書報道を見ていて大河のこともふと思い出しました。

2015年『花燃ゆ』は脚本家が何度も交代しています。

それで面白くなったのか?というと、全くそうではありません。むしろ最初期のほうが史実をプロットに取り込む気概が残っていました。

あまりにひどいドラマのため、呆れられてネタ扱いされていましたが、スタッフやキャストは適正な扱いを受けていたのでしょうか。検証の必要があるのかもしれません。

戦国時代が舞台でも「歴史総合」の視点は取り入れられます。

2020年『麒麟がくる』は、「歴史総合」目線でそれまでの歴史理解を修正するような描写でした。

織田信長は海外との貿易思考が一貫して強いものの、その相手先は明です。

宣教師が登場しながら南蛮服を身につけるのは信長でなく、それを贈られた光秀という設定でした。

信長が宣教師に出会ってから交易思考になったという像を修正してきたのです。

そういう信長像を、悪化させた上で陳腐な像へまで引き戻したのが2023年『どうする家康』でした。

 

君子豹変す

周明が日本語を話し出した瞬間、「豹変」という言葉を思い出しました。

今は悪い意味で使われることが多いものの、本来の『詩経』ではこうなります。

君子は豹変す。 小人は面を革む。

君子はヒョウの毛皮が抜け替わるように態度を入れ替える。小人はその場を取り繕うだけ。

周明だけでなく、大河も豹変したと思えます。昨年からここまで変わるとは!

我ながらしつこく蒸し返しているとは思いますが、昨年と今年を比較すると、中国史関連考証が同じ大河枠とは到底思えません。

昨年は「清洲城が紫禁城のようだ」という困惑が広がりました。

私はあんな彩度の低い紫禁城はありえないと思いました。朱塗りの柱がないはずがありません。あの清洲城は地球上に存在しない、AIが描いたデタラメな絵のようでした。

清州城(清須城)
清須城が紫禁城のようだ?大河『どうする家康』の描写は過剰か否か

続きを見る

そして滅敬の衣装の残念さ。

あの横光三国志のような衣装は何だったのでしょうか。

滅敬
滅敬って一体何者なんだ!武田の穴山が扮する唐人医は実在したのか?

続きを見る

正体が武田家臣にしても、あんな手抜きでよかったのでしょうか。

記事を読み返してみると、「せめて鍼治療でもすれば説得力がある」と書いていました。昨年の不備が今年で補われる格好ですが、ともかく良かった。

今年の宋人衣装、医療考証は格段に進歩しています。

去年と今年が同じ枠のドラマで、制作費も似たようなものだとすれば、去年は一体どこへ受信料が落ちていたのでしょう?

会長人事のあらわれか、NHKは何かこれまでとは違う風が吹いていると思えます。部門ごとに、その強度は異なるものの、確実に変わって来ていると感じます。

歴史番組についていえば、やっと正常な動きに戻ってきたという印象を受けます。

Eテレの『歴史総合』や総合『3ヶ月でマスターする世界史』は、大河のお供としても参考になる。

NHKスペシャルとして放映された『新・幕末史』は番組内容が新書として発売中です。

手に取れば、2015年以降の幕末を扱う大河ドラマが、アップデートをあえて止めていたことが理解できるかと思います。

どうやら局内で「日本スゴイ!」に誘導したい勢力と、それに対抗する勢力がいて、綱を引き合っているように思います。

人間の大半は、平均値に近づくことで己は正しいのだと思おうとします。

この平均値が変動する変わり目にぶつかると、人間は混乱し、怒りと苦痛を感じます。八つ当たりをする人もいます。

「今はこの程度でセクハラなのぉ? 会話できないじゃん!」

「この程度の二次元画像に目くじら立てるんですかぁ? 表現の自由はどうするんですかぁ?」

そんなことを言っている時間があれば、認識を改めればよいではないですか。

今までの普通をコロリと投げ捨て「私もずっとそう思ってきたんだよね!」と言いだしてこそ多数派の本質です。

誰しもみんな鮫島伝次郎(『はだしのゲン』に出てくる人物/戦前は熱心に戦争協力し、戦後はずっと平和が大事だと訴えてきたと語る)なのです。

変わればいい。それだけです。

『真田丸』の真田昌幸はこう語っていたじゃないですか。

朝令暮改の何が悪い! より良い案が浮かんだのに、 己の体面のために前の案に固執するとは愚か者のすることじゃ!

今、絶賛豹変中なのは朝ドラもそうです。

『虎に翼』のヒロインはとても気が強い。

「こういう女性の権利をきっぱり主張する主人公が、ずっと見たいと思っていた!」

そんな意見が毎朝SNSやニュースに流れてきます。

よいことだと思う反面、苦い気持ちはあります。

ここ数年、特にNHK東京はきっぱりと反論するヒロインを描いて来ました。

彼女ら、さらにはそんなヒロインを描いた脚本家が人格否定までされ、袋叩きにあい、支持を表明したファンまでアンチにしつこくつきまとわれた様を思い出すと「はて?」と首をひねりたくもなるのです。

けれども、これはきっとよいことなのでしょう。

寅子は素晴らしい。彼女は今までさんざん叩かれてきた強気朝ドラヒロインの屍の上に立っている。

そのうえで、認められるようになってきた。世の中はやっと変わってきた! 試行錯誤は無駄ではなかった!

流れに追いつけていない人も、もちろん出てきます。その攻防も楽しめるといえばそうかもしれません。

◆朝ドラ『虎に翼』は「感じ悪い」という感想に「はて?」 “エンタメと社会性の両立”について考える(→link

NHK朝ドラや大河は、時代の流れに追いつくのが最も早い枠かもしれません。

ゆえに攻防も激しくなる。

朝ドラも大河も、時代に追いついているかどうか、作品ごとに大きく異なります。

『虎に翼』に感銘を受けた誰かが『ブギウギ』を見返しても楽しめるとはあまり思えませんし、『光る君へ』と『どうする家康』についてもそれが言えます。

今さら蒸し返すなと言われるかもしれませんが、『どうする家康』についてはそうもいかない。平安貴族じゃあるまいし、任せきりは無責任です。私はあの作品の罪を問いたい。

今年になってからのNHKの動きを見ると、去年の時点でNHKも問題を把握できていたと思えます。

それではなぜ、放置したのか?

◆STARTO所属の不起用を継続 NHK(→link

◆嵐・松本潤がSTARTO社から独立、「嵐5人での復帰舞台」プロデュースを期待されるも、『どうする家康』舞台裏の“暴走”報道には不安(→link

◆ジャニーズ問題「依然深い憂慮」 国連人権理作業部会が報告書公表(→link

検証は必要でしょう。受信料をおさめる身としては、そう主張したい。

諸葛亮は信賞必罰を示すために馬謖を斬らせました。NHKにもそんな果断が必要ではありませんか?

💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅


あわせて読みたい関連記事

朱仁聡(浩歌 ハオゴー)
宋の商人・朱仁聡(浩歌)は実在した?為時と紫式部の恩人と言える?

続きを見る

紫式部
紫式部は道長とどんな関係を築いていた?日記から見る素顔と生涯とは

続きを見る

藤原道長
藤原道長は出世の見込み薄い五男|なのになぜ最強の権力者になれたのか

続きを見る

藤原彰子
藤原彰子は紫式部や一条天皇と共に父・道長を盤石にした功労者だった?

続きを見る

【参考】
光る君へ/公式サイト

TOPページへ


 



リンクフリー 本サイトはリンク報告不要で大歓迎です。
記事やイラストの無断転載は固くお断りいたします。
引用・転載をご希望の際は お問い合わせ よりご一報ください。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-光る君へ感想あらすじ

右クリックのご使用はできません
目次