長徳4年(998年)10月――日蝕と地震が同時に都を襲いました。
まひろの家も壁や屋根が崩れ、総出で片付けをしています。
夫となった藤原宣孝の援助があるおかげで物資は届いたようで、順調に進んでいるようです。
しかし、いとは福丸に不満そう。なんでも自分たちを放置して逃げたそうで……宣孝はまひろをかばったそうです。
そこへタイミング悪くやってきた福丸を見て、いとが怒っております。
宣孝は理想の夫?
片付けを進めていると、宣孝が贈り物を手にやってきました。
まひろは「もういい」と言うものの、宣孝は贈り物がしたのだと返します。これは相当遊び慣れていますな。
贈り物とは、お高い鏡です。宋のものでしょうか。
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まひろはまじまじと顔を見たことがないと覗き込み、嬉しい、と素直に喜んでいるようです。
宣孝が「我ながらかわいいであろう」とからかうと、思った通りだと返すまひろ。
自信があったのかと問われ、お戯れだと返すものの、宣孝は「もっと戯れよう」とまひろを押し倒します。
御簾の裏では、睦言が繰り広げられているのでしょう。まったく、のっけからお熱いことですわ。
道長の清らかな宝とは一の姫・彰子
藤原行成が帝に、安倍晴明の「天文密奏」を持ち込んできました。
不吉な占いの結果が書かれていて、天皇しか読めないものです。
「朕のせいなのか……」
そう嘆く帝。「天譴論(てんけんろん)」ですね(詳細は後述)。
水害の死者は百を超えており、藤原道長は堤の修繕を急がせ、山城守と検非違使に伝えよと指示を出しております。
道長は目の前の課題に取り組むことと、人脈を築くことを得意とします。
ただし、発想に合理性が乏しいところが欠点。
というのも、安倍晴明を呼び「天変地異はいつまで続くのか?」と尋ねてしまっている。これが道長の限界で、物理的な防災手段へ思いが至らないのです。道長は「既に帝を諌めている」とも付け加えました。
晴明は天地の流れを変え帝の心を戻すと言い出した。
いったい何を意図しているのか?というと、晴明は「よきものをお持ちである」と切り出し、その正体を明かします。
道長の一の姫・藤原彰子のことでした。
晴明は、中宮定子が出家したことを問題視します。
彼女はもはや后たりえぬ。その穢れた中宮により帝は乱心したのだから、いまこそ穢れなき姫が必要だという理屈です。
帝のもとには既に二人の女御がいると困惑する道長。
しかし、現実問題、二人の女御にも、その父にも何の力もないと晴明が却下し、左大臣の姫君であらねばならぬと断言するのですが……。
「できぬ」
苦しそうに言い返す道長。
晴明は、彰子様こそ朝廷の、この先を背負って立つ方だと断言します。
「そのような娘ではない! 引っ込み思案で口数も少なく、何よりまだ子どもだ!」
「おそれながら……入内は、彰子様が背負われた宿命にございます」
晴明はふてぶてしくそう言いました。
この「子どもである」というのは肉体面での話なのか、あるいは精神面なのか。そこが重要に思えます。
実際の年齢よりも幼く、年相応に思えないというのはあるのでしょう。
道長も身を切るときがきた
藤原道長は、姉の詮子に相談することにしました。
すると「お前もそろそろそのくらいのことをしたらよい」と無下に返されます。
思わずムッとする道長。
「身を切れということだ」と詮子は畳み掛けます。
いつも綺麗なところにいて、あくせくしていない。むしろ今までうまくいきすぎていたのだと彼女は説明するのです。
そして「身を切る覚悟はあるのか?」とあらためて問うと、彰子はまだ子どもだとして踏ん切りがつかない道長。すかさず詮子は「子どもだろうと使命があればやりぬく」と返します。
本当に父の藤原兼家そっくりですね。
「酷いことを仰せになる」と道長が困っていると、詮子は「そういう娘を庇うよい父の顔をして、宮中に争いから逃げている」とまで言ってしまいます。
確かに彼女は、父に裏切られ、帝の寵愛を失い、息子を中宮に奪われ、兄に内裏から追われた――。
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相当辛い思いをしてきており、それを考えれば「道長も血を流す時がきた」と断言。
朝廷の混乱をおさめるために彰子を差し出すように念を押します。
道長は、姉上がそんなふうに自分を見ていたとは知らなかったと返しますが……大好きな弟だからよく見ていただけだと詮子。
なかなか辛辣ですね。
あんな幼い娘を入内させるなんて…
源倫子のもとで道長の長男である田鶴が遊んでいます。
そこへ道長がやってくると、「迦陵頻の舞を習った」として踊り始めます。今度、ゆっくり見るから、と息子を遠ざける道長。
「彰子は何をしていたのか?」と尋ねると、彼女は黙っています。
「姉上は何もしていない」
父にかまってほしいのか、田鶴が姉に代わって答えると、倫子に促されてようやく引き離されてゆく。
こうした会話の積み重ねで、彰子の幼さが強調されてゆきますね。
夫婦だけになると、倫子は道長のやつれた様子を見て、激務に追われていると気遣い、道長から「相談がある」と切り出されると「嬉しい」と喜んでいます。
あまり仕事のことで相談されることがないのでしょう。
しかし、その中身はとても嬉しいとは言い難いもの。
道長は「彰子を入内させたい」と告げました。天変地異をおさえるためには彰子の入内が必要だというのです。
「入内して幸せな姫などいない」と語ってきた道長ですから、当然、倫子は嫌がります。
彼女には優しい婿を迎え、穏やかに過ごして欲しいと願ってきたのです。道長も、同じ思いでしょう。
それでも入内やむなしと道長はすでに心に決めている。
中宮は出家しても帝を操っている。負けの見えている勝負だと倫子が拒絶すると、「勝負ではなく生贄だ」と語る道長。手塩にかけた尊い娘だからこそ生贄に出す値打ちがある。
これ以上帝のわがままを許すわけにはいかない。何もしなければ朝廷の力が失われると道長は続けます。
しかし、倫子にとって朝廷の力などどうでもいいこと。
自分は左大臣であるゆえ、倫子が不承知だとしても、やらねばらなぬと道長は言います。
「相談でございませんでしたの?」
「ゆるせ」
「殿、どうしても彰子を生贄になさるのなら、私を殺してからにしてくださいませ。私が生きているかぎり、彰子を政の道具になどさせませぬ」
倫子は凛然としてそう言い放ちます。
強い女性ですね。黒木華さんだからこそできる、そんな意志の強さがみえます。
しかし、倫子が母の穆子に相談すると、拍子抜けするような対応が返ってきました。
「やってみなければ、わからないわよ」
思い返せば、倫子自身も、先の帝に入内するかしないか、という時期がありました。
当時の貴族なら、誰でも姫を入内させたいように思えますが、それも帝次第だとわかったのが、倫子の父である源雅信が苦悩する姿です。
入内させて権力を安定させたい。しかし、愛する可愛い娘を花山天皇にはやりたくない。そんな苦悩があったものです。
だからこそ倫子も、入内しなかったことが正解だと考えているし、彰子にも同じ幸せを与えてあげたいと願う。
そうした条件を踏まえて、母の藤原穆子から出てきた意外な言葉。
「入内したら不幸になると決まったわけではない」
として穆子は、飄々と「ひょっこり中宮が亡くなったりしたら……」とまで言葉に出して、さすがに倫子からたしなめられてしまいます。
ともかく先のことはわからないのは事実。
なんせ中宮は帝より四歳年上ですし、今はくびったけでも「そのうちお飽きになる」と冷静に分析しているのでした。
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彰子は事態を理解できているのか?
道長は「改元すべきだ」と言い出しました。
そこで挙げられた三案とは?
延世
長保
恒久
藤原実資は「長保」がいいとプッシュします。
左大臣の御代が長く保たれるという解釈のようで、道長は「帝の御代」と訂正。
もしもここで道長が喜んだりすれば、実資は内心「俗物が!」と舌打ちしそうなところですが、道長はそうしません。実資は続けます。
帝は傾国の中宮に誑かされているけれど、左大臣の姫君が入内すれば後宮がまとまり、帝も上向いて保たれる。
「中納言殿は、まことにそう思うのか?」
道長が重ねて確認すると、実資は「もちろんでございまする」と返答。
実資ほど前例にうるさい男がそう言い出すのであれば、まずは大きく異例ではないことがわかります。
道長と倫子という、彰子に距離が近い両親が「まだ幼い」と判断している。
一方で、距離が遠く、彼女の人となりを知らない晴明や実資は入内を勧めてくる。
つまり、肉体の年齢としてはそこまで早いわけではないことがわかります。
実資は聡明で観察眼はあります。
日記には「入内はない」と記し、オウムが覚えるまで「ないないないない……」と口にしてはいました。
道長の反応がいま一つだったため、まだ機が熟していないと判断したのでしょう。
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彰子は「仰せのままに」と受け止める
田鶴と妍子が毱遊びをしています。
二人の姉である彰子はぼんやり。琴も覚えていないと田鶴が言うと、師匠が怒っていたとまで付け加えます。
倫子はそんな田鶴を嫡男なのだからしっかりするようにと嗜め、姉上は帝の后となるような尊い姫だと言います。
自分でそう口にして思わず呆然としてしまう倫子。田鶴はそんな母に、父上と喧嘩しているのか?と尋ねます。なんでも倫子はいつもプンプンしているのだとか。
苛立ちつつ、倫子の心も揺れ動いているようです。
道長はその彰子と向き合っています。
「彰子、父はそなたを帝の后にしたいと考えておる。驚かぬのか?」
「仰せのままに」
「母上は固く不承知なのだが、お前はまことによいのか」
「仰せのままに」
「内裏にあがれば、母上や田鶴とも気軽に会えない。されどこの国の全ての女子の上に立つことは晴れがましきことでもある。父の言っていることがわかるか?」
「仰せのままに」
「わかるかと聞いておるのだ」
「……」
「ああ、今日はもうよい。また話そう」
彰子は何も考えていないように思えますが……果たしてそうでしょうか?
俯き、目を伏せているけれど、何か考えているようにも見える。
考えているけれども、そのことに口が追いつかないか。どうせ説明しても聞いてもらえないと諦めているか。
もっとじっくりと心を開かせればよいけれども、道長にはできないのでしょう。
心の声でこう言うくらいですから。
「あのような何もわからぬ娘を入内させられるのか……」
しかし、考えてみてください。弟からも、師匠からも、そして親からもうっすらと「頭が悪いから」と思われているとして、そういう相手に、自分の心情を話す気になれます?
どうせ小馬鹿にしたり、哀れんだ目で見てくる相手に、心を開いて話そうと思えるかどうか。
この父と娘は、信頼関係が構築できていません。
彰子は読んで書くとなると、饒舌になるかもしれないですよ。
宣孝とすれちがうまひろの心
宣孝が、まひろの膝枕で寝ています。
彼女がくしゃみをすると、おもむろに起き出し、気持ちよく寝てしまったという。
まひろが「お風邪を召しますよ」というと、まひろを抱き寄せてこうです。
「ああ、こうしておれば風邪などひかぬ」
セクシーにそう言うわけですが、ここでもう宣孝はマイナス一点つけました。
まひろがくしゃみをしたということは、相手に風邪を引かせかねなかった状況だったとも言える。
贈り物はどんどんあげるのに、どこか思いやりが欠けているような……。
なんでもかんでもセクシーさに持ち込めばよいと思ってないか?
過去の大河にも、こういうダメ男はいました。
『青天を衝け』の渋沢栄一です。
彼は長いこと留守をさせていた妻の千代に再会すると、笑顔で「子作りするべえ!」と語りかけました。
女の不満はエロいことをすればおさまるとでも言いたげな様子で……演じるのがイケメンならば許されると考えたのでしょうか。
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「留守中、苦労をかけてすまなかった」
最初に一言そう言えば良いだけなのに、しみじみと、人の心がないドラマだと呆れたものです。
『どうする家康』もそうで、お市もその娘である茶々も、家康に惚れているという無茶苦茶な設定でした。
まるで恋バナを絡めたら悲劇がロンダリングできると信じているかのようで。ジャニーズ主演ならばそれが通じるとでも考えたのですかね。
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その点、今年は「こういう男はクズだぞ!」と不穏さを滲ませるから良心的だと思います。
『青天を衝け』で千代を演じた橋本愛さんは、来年の『べらぼう』でも主人公の妻を演じます。
あの年齢でもう四度も大河に出て、しかも主人公の妻は三度目。
江戸の女性は気が強い。
役柄的には読書家で内向的なようですが、そうはいっても江戸女です。意志が強く、パンチの効いた妻を演じる、そんな彼女の本領発揮を期待したいところです。
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帝は嘆き、行成は説得する
帝は嘆いています。
政治を疎かにしたせいで多くの民を失ってしまった。このままではよいはずがない。
そう行成相手に嘆き、「譲位して中宮と静かに暮らしたい」とまで言い始めました。
行成は「畏れながら」と切り出しつつ、一生懸命説得します。
仮に譲位しても今のままのように中宮を寵愛したら、中宮も内親王も危うくなる。
ご譲位でなく在位のまま、政治に専念する姿を皆に見せなければならないと。
さらに帝に皇子がいなければ、東宮(のちの三条天皇)の皇子が次の東宮となり、円融院の血が途絶えてしまう。女院様(詮子)はそれを望まない。
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結局、帝は行成の説得に従い、譲位しないと言います。
そして我が皇子は中宮が産むことを望むと言い切るのです。
行成はことの成り行きを道長に伝えています。
譲位は阻止できたものの、中宮を遠ざけることはできなかったと報告。それでも道長は、一歩進んだ、行成のおかげだと労います。
道長の魅力は、この人当たりの良さが大きいと思います。
愛嬌があるので、重い役目を背負わされた行成にしても、やり甲斐を感じるのでしょう。
行成は、公卿たちは左大臣の姫(藤原彰子)の入内を喜ぶと言い、公にすればわかると言います。
しかし、それには時期尚早だと判断する道長。これからも行成の力添えが欠かせぬのだとますます頼りにしています。
せっかくだから、文房四宝でも現物支給してあげていただきたいところです。
中宮定子の懐妊、彰子の入内決定
年があけ、長保元年(999年)となりました。
この正月、帝は秘密裏に、内裏にまで中宮を呼び寄せました。
結果、懐妊したようで、11月には皇子が生まれると晴明が断言します。敦康親王のことですね。
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「皇子なのか」
「呪詛いたしますか?」
愕然とする道長に、晴明はそう言いますが……。
道長が「父上のようなことはしたくない」と断ると、納得する晴明。
試されたのかとムッとする道長に対し、晴明はさらりと、呪詛せよと命じられたらそうしたと言います。
彰子は入内したら幸せになれるのだろうか。続けて道長が不安げに問いかけると、晴明はしれっとこう答えます。
「私の使命は、一国の命運を見定めること。人一人の幸せなど、預かり知らぬことでございます」
思わず舌打ちする道長。
そのうえで「わかった」と告げると、“中宮が子を産む月に彰子の入内をぶつける”と決心し、晴明に日取りを決めさせます。
晴明にせよ、先の実資にせよ、道長を値踏みしているようだ。
あえて道長を突き放すことで、自分で頭を使わせ、効果が出るように誘導したのでしょう。
晴明は人の幸せなど踏み潰してでも、天道を正す使命を果たそうとしているようです。つくづく仕事ができる有能な人物です。
ただ、それにしても、道長は晴明のいいようにされすぎでは……。
かくして11月1日が彰子の入内と決まりました。
道長にそう聞かされた倫子は「中宮様のお加減が悪い、まさかご懐妊だろうか」と尋ねます。
ご懐妊であろうとも入内すると言い切る道長。
ご懐妊ならその子を呪詛してくれと倫子は真顔で伝え、呪詛は殿の御一家の得手であるという、手厳しいことも言い出しました。
「そのようなことはせずとも、彰子が内裏も帝もお清めいたす」
「生贄として?」
「そうだ」
そう言われ、ついには倫子も肝を据えると言い出しました。
中宮様の邪気を祓いのけ、内裏にあでやかな後宮を作る。気弱な彰子が強くなれるよう、力をつける。
こうして彰子の両親が覚悟を固めることで、最高の家庭教師としての座が見えてきました。
人柄と教養を良心と共に熟知しているまひろが選ばれるのも、納得できるわけです。
道長は、彰子の入内を帝に申し入れると、帝も、鴨川の堤の決壊以来、未熟さゆえに左大臣に苦労をかけたと弱気。
左大臣としての務めを果たしたとする道長に対し、帝はその働きに報いるためにも、娘の入内を許すと言います。
「わが舅として末長くよろしく頼む」
「もったいなきお言葉、痛み入ります」
そう語り合う二人は、円融院と兼家の時よりも関係は良好に思えます。
道長としても、娘を姉・詮子のような目に遭わせたくないのでしょう。
彰子の盛大な裳着
入内が決まれば、後はそこへ目がけて突き進むだけ――かくして道長は裳着を盛大に執り行いました。
まひろの裳着とはスケールが違う。
大勢の公卿が居並ぶ中、粛々と進行していく儀式であり、きらびやかで豪華なシーンです。
公卿が居並ぶ中、道長は神仏の守護があり、皆のおかげだと礼を述べる。
その後、源俊賢が「見事な裳着であった」と感想を語っています。
藤原斉信は一番ぼーっとしていた道長が左大臣で、俺らはまだ参議だとぼやいています。
このドラマでは、斉信が話を大きくしたことで長徳の変に発展し、藤原伊周と藤原隆家、そして定子が失脚しました。
そんな事件の糸を引いておきながら、しれっとしていてなかなか恐ろしい男です。
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そして道長は、まんまと人にはめられた経験があるのに、いまだに流されやすいんですね。
藤原公任はむすっと「人の世はそういうものだ」と諦念の表情。
俊賢が「帝の父になるやもしれぬ」と言うと、公任は、そういうことをいうと中宮側に邪魔立てされかねないと警戒心を露わにします。
そして、しみじみと言う。
「左大臣は己のために生きていない、それが俺らと違う、道長には叶わぬ」
聡明な公任が感服するほどに道長は何らかの人徳があるのでしょう。
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行成もしみじみとこれに同意し、俊賢も続きます。斉信はあくびをしておりますが。
太陽のように輝く定子
さて、その中宮側はどうしているか?
藤原伊周が同席していて、左大臣の姫の裳着のことを話しています。
「まだ子どもゆえに入内しても恐ることはない」
そう語ると、定子も恐れていないようで、帝の御心は揺るがぬと信じていると言い切ります。
なぜ伊周は余裕があるのか?
というと、裳着に参列した者が、藤原彰子は挨拶もろくにできぬうつけだと語っていたというのです。
そんなことを漏らすのはいったい誰なのか。斉信辺りが怪しいですかね。
定子が伊周を嗜めつつ、内裏の安寧をはかる帝の御覚悟だと理解を示すと、伊周は「ずいぶん中宮様らしくなったな」と清少納言に同意を求めます。
清少納言は、茶目っ気たっぷりにこう返します。
「唐の国で皇帝は太陽、中宮は月だけれども、私にとっては中宮様こそ太陽です。軽々しく近づくと火傷しますよ」
こうも自信満々のセリフが出さえるのも『枕草子』により己の地位を高めたからのように思えますが、この先、その太陽が消えたら、彼女はどうなってしまうのでしょうか。
広がるまひろと宣孝の距離
まひろが、いとと共に子どもたちへ握り飯をふるまっています。
腕から血を流し、怪我をしている子供もいて、その手当てをしようとしていると、そこに藤原宣孝がやってきて「何事だ」と憮然としています。
大水や地震の影響で孤児となった子供たちを助けている。まひろがそう説明すると、宣孝は吐き捨てるように言い放つ。
「穢らわしい」
まひろはムッとして、親のいない子はこのままでは飢え死にすると言います。
「それも致し方ない。子どもの命はそういうものだ」
そして、何事もなかったかのように、丹波の栗を土産に渡すのです。
まひろが皆に配ろうとすると、皆ではなくお前に持ってきたと、遮る宣孝。
ここの場面を見ていて『鎌倉殿の13人』の北条政子を思い出しました。
人を救うにはどうすればよいのか――政子が御家人一の知恵者である大江広元に相談すると、施餓鬼(せがき)を名目に施しができると教えられたものです。
施しをする政子の横には、北条泰時と平盛綱がいました。
盛綱は、北条義時の妻であった八重が慈しみ育てていた孤児の出です。
つまり、あそこまで時代がくだっていると、仏教がより深く浸透し、人を助けたいと願う発想が出てくるのですね。
そして撫民を掲げたことが、泰時以降、北条氏政権の特徴となりました。
優しく先進的なまひろは自然とそれができるけれど、宣孝はそうではないのです。
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まひろが難しいのか? 宣孝が単純すぎるのか?
宣孝は、ある女にまひろの文を見せたと言います。
猜疑心旺盛なまひろは、どんな女なのかと問い詰め、二人だけの秘密を知らぬ方に見られるのは恥辱だと言います。
さらには、見せられた方もいい気分はしない、そういうことをお考えにならないのか?と藤原宣孝に詰め寄る。
「お考えにならないどころか、ほめとった」
そう軽く答える宣孝は、鈍感だから気づいていないだけでしょう。
さらに宣孝は、まひろのような優れた女を自慢したいから、みんなに文を見せているとまで言い始めます。
思わず、送った文を全部返せ、そうでなければ別れる!と言い切るまひろ。
何を言っているかわからぬとトボける宣孝。
戯れかかろうとすると、まひろは「おやめください!」と断固拒みます。
「難しい女だ。せっかく褒めておるのに。またな」
そうぼやいて帰ろうとする宣孝に対し、「また」というときは、これまで送った文を全て持って来い、そうでなければお目にかからぬとまひろは返します。
宣孝の贈り物に囲まれて、どこか悄然としているまひろ。
宣孝は他の女と同じようにまひろを見ていた。贈り物を与え、セクシーに迫れば落とせる――そんな目で見ていた。そう悟り切った侘しさがあります。
彼は、自分の心など見ていないのだと。
まひろは宣孝を許す気はない
まひろが洗濯をこなし、いとが厨(台所)へ向かってゆきます。
たとえ金持ちと結婚しようと家事をこなすまひろようです。そこへ弟の惟規がやってきて「どう?」と聞いてきます。
逆にそっちはどうなのか?とまひろが聞き返すと、惟規はあっけらかんと官職は得られそうもないと答えます。
父が戻る前には頼むとまひろがお願いすると、惟規は素直に聞く。
ただ、聞くだけ素直で実際はやらない。
まひろがそういうと、惟規は姉のそんな辛辣さが心配なようで、男の痛いところは突かない方がいいと指摘します。宣孝はそういうプンッとしたところがいいのだと返答するのですが……。
実のところ、放って置かれているとまひろは打ち明けます。
「それ、新しい女ができたからだよ」
「えっ?」
惟規がえらいことを切り出してきました。
なんでも清水の市で、まひろよりずっと若い女に絹の反物を買ってニヤけていたとか。
まひろは自分だって宣孝よりずっと若いのに、そんな自分よりずっと若い女とは……呆れて「お盛んね〜」と言います。
怒っていないのかと聞かれると、怒っているけれども惟規から聞いたとは言えないから黙っておくとまひろ。
策士というか、素直に突っかかればいいというか。
惟規は「家はいい」とくつろぎ、姉上がつつがないならいいと帰ろうとします。
去り際に「宣孝を一度ひっぱたけ。それでも姉上のことは手放さない」とだけ告げて、惟規は去ってゆきました。
それまでは微かに余裕ある微笑みがあったまひろの表情が急速に冷え込み、殺気が溢れてきます。
これが般若の顔か。
そうしみじみと思えるほどおそろしい顔ですね。吉高由里子さんの演技力が炸裂しております。
許す、許さない。
別れる、別れない。
それから、そんな文のやりとりが繰り返されたのだとか。そして……。
「これを見たとたん、まひろに似合うと思うてなぁ」
宣孝がそう言いながら、反物を持ってまひろのもとへきました。
清水の市で見つけたと言ってしまい、まひろの逆鱗に触れます。
若い女子に買ったついでに私にも買ったのか。多淫は体によろしくない。
まひろが宣孝に嫌味を言います。
酒と色は男の寿命と健康を損なう二大悪とされます。
これまた渋沢栄一絡みで変な誤解をしている方を時折みかけますが、儒教文化圏では多淫への戒めがないというのは違います。西洋由来のプロテスタントほど厳密ではないというだけです。
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渋沢兼子は妾として渋沢栄一に選ばれ後妻となった?斡旋業者の複雑な事情
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「かわいくないのう、誰に聞いた?」
「誰でもよろしいでしょう」
気まずい空気が流れ、宣孝はこう切り出しました。
「あの宋の医師か」
そして宣孝は久々にきたのだからもっと甘えるように言うものの、まひろは甘えたくらいでごまかせないとキッパリ返します。
「お前のそういうかわいげのないところに左大臣も嫌気がさしたのではないか? わかるなぁ」
ついにはド級の嫌味を放ってしまう宣孝。
まひろの怒りも限界点を超えました。灰を掴んで、宣孝に投げつけます。
『源氏物語』では、髭黒が北の方に灰を撒かれる場面があります。髭黒が北の方を放置し、若い玉鬘に夢中になったせいで、北の方が怒ったのです。
もう、腹を立てても無駄だから
いとはそんなまひろに、宣孝へお詫びの文を出すよう促します。
悪いのはあちらだとそっけないまひろに対し、さらに続ける。
「自分を通すのは立派だけど、殿様の気持ちも少しは思いやるべきですよ」
どう思いやれというのか。まひろがさらに憮然としていると、いとが丁寧に説明します。
まひろは賢いので、おっしゃることはいつも正しい。そのうえで、殿様にも逃げ場を作らなければならない。
確かに彼女は、理路整然と理論武装して閉じ込めるようなところがあります。
それでも納得しないまひろに、夫婦はそういう想いを抱くもので、己を貫くばかりでは誰ともやっていけないと言います。
まひろは「己を変えてまで誰かと寄り添えというのか?」と、さらにこじれて、面倒なことを言い出しました。
しかし、それこそが愛おしいということだと、いとは語ります。
後日、まひろのもとに、宣孝から嫌味たらしい歌が送られてきます。
たけからぬ 人数なみは わきかへり みはらの池に 立てどかひ無し
どうせ俺なんか人数にも入ってないだろ? イライラして腹を立ててもしょうがない。降参しますよ。
宣孝がうれしそうに読み上げておりますが、「ごめんなさい」とも「許します」でもない。なんなんですかね。
全てを投げたようにも思える。
まひろが逃げ場を作る前に、宣孝は腹を見せて降参してきたように見えます。
宣孝には別の女もいることだし、どこか投げやりにも思えますね。
まひろは道長にはまだ心を掴まれています。だからこそ、宣孝から道長がらみで何か言われれば怒るのです。
でも、もう宣孝にはそうしない。するだけ無駄。実は宣孝のほうこそ、まひろの脳内男性リストから脱落しつつあるのではないでしょうか。
まひろは、いとと福丸、乙丸ときぬを連れて、石山寺に参詣すると言い出しました。
いとは殿が留守中に来たらどうするのかと焦っていますが、そのときはそのときとそっけない。やはり気持ちは相当冷めているのか。
もう、まひろは宣孝とのことをアリバイに利用しています。
宣孝がつっかかってきたら「あなたとの仲を修復できるように神仏にお願いしたの」とでも言えば騙せるでしょう。
だいたいが「不実」であることを前提条件に結婚したんだし、別によいのです。
そして寺で誦経していると、なんとそこに藤原道長が来ました。
トンデモナイ展開になりつつあります。
昔「子宝祈願」で寺に参詣した女が願いが叶って妊娠することがありました。
神仏のおかげ?
いやいや、その寺には美青年僧侶がいて……といった伝説の類ですね。
しかも次回予告でまひろは懐妊しているうえに「この子は私一人で育てます」と思い詰めた顔で言い放っている。
一体どうなることやら。
MVP:藤原彰子
鏡がなければ人は自分の顔すら、はっきりと認識できない――冒頭でそう示されました。
今の彰子は歪んだ鏡しかないような状態です。
誰も理解してくれない。そう心を閉ざしています。
父母ですら理解していない。
弟は小馬鹿にしてくる。
そんな彰子は鏡を見つけることで、自分の可能性や持っているものを見出すのかもしれません。
彰子を映す鏡となり、彰子を閉じた扉から連れ出すのがまひろなのでしょう。
彰子とまひろをあわせ鏡にするような作りが見られます。
まひろは宣孝と心がすれ違っていく。
他の女相手には通じる贈り物だの色香ばかりを押し付けてくる。
そのくせ、まひろが孤児や他者を思いやる気持ちに寄り添うことはない。
もうこんな相手とはやっていけない。そう何かを投げたまひろは、相手を突き放すような態度をとっています。
まひろの心は閉ざされてゆきました。
まひろも、彰子も、賢いのです。でもその賢さは、彼女たちが心を開かなければ見えてきません。
まひろは父の為時がそばにいて、己の才知を伸ばす環境があった。
一方で彰子の父の道長は、実はそうでもない。教育熱心ともいえなかった。
『鬼滅の刃』のキャラクターでたとえると、まひろは胡蝶しのぶ、彰子は栗花落カナヲでしょう。
しのぶは彼女に理解ある家で育てられ、自らの価値を知った。頭の良さをアピールでき、仲間のためにそれを生かしている。言うことは辛辣。
カナヲは自分を押し殺す幼少期を送った。カナエとしのぶに引き取られてからも受け身で、ぼーっとしているように見えます。自分の意思を発揮することがなかなかできないのです。己を解き放つことができるようになると、十分賢く、怒らせると相当の毒舌であることも判明します。
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彰子は覚醒したら、手がつけられないほど強く、賢く、したたかになります。意思強固です。そしてそれを叶えられる鏡が紫式部です。
周囲の無理解を忌避するためか、紫式部は彰子と二人きりになって教育を施したとされます。
その様子が楽しみになってきました。
周囲どころか視聴者が唖然とするほど高度なやりとりを繰り広げるのかもしれません。
なまじ地味だの、ボンクラだの思われているから、こういうタイプが本領発揮すると周囲が困惑するんですよね。
そんなの本質を見抜けなかった側が迂闊なだけなのですが……人間を見抜くことはなかなか難しいようです。
天譴論と生贄
今回は難解に思えます。
帝のせいで天変地異が起こるとはどういうことか。
「天譴論」(てんけんろん)が背景にあります。
天譴論とは儒教思想で、天命を受けて世を治める君主が不届なことをすると、天が罰を与えるという考え方です。
これについては『青天を衝け』の渋沢栄一が曲解をしており、芥川龍之介が反論しています。詳しくはこちらの記事をご覧ください。
それにしても、こういうことを語る人物が、大河ドラマ主役に値したのかどうか。
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次に、穢れなき姫を入内させて浄めるという発想です。
なかなかぶっ飛んだ話ですが、来年の『べらぼう』に関係あるかもしれません。
いよいよプロットがあらわになってきたあの作品では、曲亭馬琴が大きく取り上げられるることになります。馬琴の代表作である『南総里見八犬伝』は、冒頭で衝撃的な展開が起こります。
里見義実は、安西景連により攻められ、滅亡寸前に追い詰められる。
義実は、愛娘である伏姫の愛犬の八房にこう語りかけた。
「もしも憎き敵の首を取ってくれば、お前に伏姫をくれてやろう」
すると八房は姿を消し、景連の首を取って戻ってくる。
伏姫は犬であろうが約束は約束だとして、八房と姿を消す。
と、姫は懐妊の兆しを察知。
まさか八房との間の子なのかと驚いた伏姫は、覚悟の自害。
すると光る八つの玉が飛び出し、八犬士の元へ飛んでゆく。
『南総里見八犬伝』は、日本版『水滸伝』という位置付けの作品です。
『水滸伝』では世を乱す魔星が、英雄豪傑女侠のもとへ散ってゆくのですが、馬琴は八犬士を聖戦士にしたい。
その媒介として、穢れなき伏姫の肉体が用いられています。
彰子を伏姫と見立てるとすると、帝が怪物ということになります。帝その人というよりも、操る女妖が悪だということでしょう。
『南総里見八犬伝』では、玉梓という究極の悪女がおります。
清少納言からすれば論外でしょうが、定子はこの玉梓の位置付けでしょう。
伏姫が犠牲となる話は、中国の怪異伝説を記した『捜神記』にある話を元にしています。
敵に攻められた高辛氏が、敵将を討った者に娘を娶せると御触れを出すと、盤瓠という犬が首を取ってきたのです。
ちなみに安倍晴明の母・葛の葉が狐だという伝説も、『捜神記』はじめ中国の伝説にたどりつけます。
漢籍教養の豊かな馬琴がそうしたように、清らかな娘を生贄にすることで浄化を図るというシナリオを、安倍晴明ならば作り上げることができたのかもしれません。
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起きた事件の経緯や主体者は変えられないけれども、動機を変えてゆくのは歴史ものの定番技法です。
道長がまだ幼い彰子を入内させることは動かせない。
「彰子がかわいそうだから、年齢をいじろう」
「道長でなくて、詮子のゴリ押しにしてしまおう」
こういう時系列をいじることや、行った人物を変えることは禁じ手です。
この範囲内のアレンジでは、『麒麟がくる』の本能寺の変があります。
光秀は信長の膨れ上がる野望についていけず、このままでは麒麟が到来する世にならないから討ち果たすという動機にしました。
配信開始された映画『首』は、武将同士の性的関係を絡めて、ものすごい着地点にしてきています。
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今回もその一例で、道長が野心のためにそうしたのではなく、世直しのためにそうすることにしました。
この改変、私としては許容範囲です。
では許容範囲外だとどういう例があるのか?というと、『青天を衝け』での天狗党の乱です。
史実では、徳川慶喜の決断によって大量処刑された天狗党。それをドラマでは、田沼意尊が無断で勝手に殺したことになっていました。
無理にでも慶喜を“イイ人”として描こうとしたからでしょう。
その結果、慶喜は命令指揮系統すら把握できない無能にも見えてしまいました。慶喜の長所である聡明さを潰してまで、いい人アピールをして……つくづく、あの大河は何だったのかと思います。
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【参考】
光る君へ/公式サイト























