どうする家康感想あらすじレビュー

どうする家康感想あらすじ

『どうする家康』感想あらすじレビュー最終回「神の君へ」

2023/12/18

ついに2023年大河ドラマ『どうする家康』も最終回。

今回は、絶望感で頭を抱えたくなる、主役による子供時代の回想シーンから始まりました。

いい大人が人形を持って走り回るって、どう見てもバカっぽくて……なぜ子役を使わなかったのか、しみじみと切なくなります。

そして字幕が入る。

人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し――。

最近は、後世の創作として知られますが、

◆ 家康の遺訓「人の一生は重荷を負て遠き道を行くが如し」は後世の創作だった!(→link

むしろ家康の偉業を出さなくて正解だったかもしれませんね。穢されてしまいそうなので。

 


もはや穢れ

最終回のタイトルは「神の君へ」。

次作へのエールだそうで……いやいや、来年の関係者さんは『呪いになるので近づかないで!』と思っているのでは? 今年の大河ドラマって、推しが強くて鬱陶しい『源氏物語』の髭黒みたいな態度を取りますよね。

援軍というのは、強い軍勢が味方をしてくれるからこそ意味がある。

こんな視聴率ワースト2位の大駄作に応援されたって、足を引っ張られるだけでしょう。燃え盛った船が自軍に近づいてくるようなもの。全力で追い返しましょう!

特に来年は「穢れ」を気にする平安時代の人々ですから、追い返すための祈祷でもするのではないでしょうか。

来年こそは……と大河に期待をされている視聴者の皆さまも、初詣の前に気合を入れた方がよいかもしれませんね。

今年の穢れ、今年のうちに退散だ!

 


最後まで結局女、女、女……

女を三つ重ねて書くと「姦(かしま)しい」となります。

性差別的ではあるものの、今回は使いたい。

女が集団でいることが「姦しい」のではありません。女、女、女……と、そういう話ばかりをしている男が「姦しい」のです。

この作品の家康は「姦しい」英雄でした。

最終回でも、自称“男勝り”な阿茶の前でカッコつけています。

晩年の死を覚悟した演技がこれ?

本当にいつもいつも女といる場面ばかりですね。阿茶に塩対応をされながら、あの話を聞かせて欲しいと言われます。

鯉――どうでもええ……心の底からどうでもええ……。

このドラマはつくづく色恋沙汰しか頭にない。なぜ阿茶がしょうもない話を聞き出すことが最終回のハイライトになってしまうのだろう。

 

どうしようもない大坂の陣フィナーレ

無駄に鯉を引っ張ってから、夏の陣を迎えている大坂城へ。

本作はゴチャゴチャと時系列をいじくるのが大好きで、それが全く効果的でないのが特徴ですね。

セリフ処理で説明されるばかりの大坂方の苦戦。

真田信繁は、無駄に父・真田昌幸の言葉を思い出していますが、2人の部屋が違和感ある。

なぜこんなにも灯りをつけているのでしょう。当時の油代は、まだ高いものですよね。

今年の大河ドラマと認定したい『大奥』では、綱吉時代から夜間の娯楽が増えてゆきます。油代を贅沢に使えるようになるほど泰平の世になった証といえる。

そういうことすら、この名ばかり大河は表現できない。

なぜ『大奥』で緻密な物語を作り上げることは可能なのに、大河ではできないのか? 思えば今年はそればかりでした。

 


恥を知らないパクリセンス

本作の特徴に“恥ずかしげもなくネタパクリ”というのがあります。

「愉快な乱世を泳ぎ続けよ」

これは要するに、乱世を渡っていく様を船・真田丸にたとえた“パクリ”ですね。

三谷さんの足元にも及ばないのは明白すぎるのに、よくもこういうことをしますよね。

そうやって狡猾に大河ファンに目配せするのがたまらなく嫌だ。

 

どうしたのかこのヘアメイクは

それにしても、このドラマのヘアメイクはどうなりましたか?

無駄に汚らしい信繁。

やりすぎアイラインの秀頼。

厚化粧の茶々。

秀頼の甲冑の質感もおかしい。

こんなペナペナした甲冑はみとうなかった。

兜に映り込む白い斑点(スタジオの天井照明)は、もう紋様と思うことにしましょう!

最終回まで映り込み続けたこの白い斑点については、さすがにNHKへご意見申してもよろしいかもしれません。

◆NHK みなさまの声(→link

 

どうかしているぞ! このVFXは!

相変わらず青空がないVFX。

『大奥』のラストシーンは爽快な青空だったのに、どこかのゲームで見たようなショボい背景しか描けない本作は何なのか。

視聴者をバカにしているとも思えてくるし、以下の記事のような

◆「大奥」ラストシーン制作秘話!VFXチームが届けたかった“未来”のこと(→link

◆ 『どうする家康』新技術“バーチャルプロダクション”本格導入でロケ最小限に 背景に働き方&つくり方“改革”(→link

小賢しい言い訳にも虫唾が走ります。ここは結果が全ての世界ではないんですか?

 

史上最低の合戦シーンだった

その後の合戦シーンも最低でした。

誤魔化すためのスモークがもうもうと立ち込めていますが、本作スタッフは、現実世界の物理を思い出していただきたい。

剥き出しの刀身で切り掛かる連中。鎧に当たったら折れます。

甲冑の重さを意識しないで駆け巡る兵士。関節の動きもおかしい。ナンバ走りなんてできるわけもない。

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もちろん戦闘シーンを大袈裟に誇張して、派手に見せるのは問題ありませんよ。

しかし、本作はその逆をいってしまうからバカバカしい。

信繁が下馬して戦うとは何事ですか。機動力が落ちて自殺行為ですから、武将はそうそう下馬しないでしょ。

なのに馬から落ちて叫ぶってなんなのか……知略の底が完全に抜けている。

 

だが、家康もどうかしていた

徳川家康がぬぼーっと座っている。

すぐ側で激闘が行われている気配はあるはずなのに、大丈夫なのか。メイクとは関係なく、うっすらむくんだ顔。二日酔い?

年老いた総大将が一人で座っているのに、チンタラとしている真田信繁はなんなのか。

馬上疾走して切り掛かればいいのに、信繁役は乗馬ができないのでしょうか?

ちなみに秀忠は、大坂の陣で奇襲に遭い、危うく討ち取られかけています。柳生宗矩が敵を即座に斬り捨てた。

そして家康は、信繁に向かってトンチンカンなことを言う。

「家康はここじゃあ! さあこい! 共に行こうぞ!」

敵に囲まれても動じず、むしろ乱世の亡霊たちと一緒に死のうではないか!とカッコつけているわけですね。

ここでようやく家康の周囲に護衛がやってきて銃を構える。

しかし、そこへ突入していく信繁。

馬も乗らずに歩いて向かってくるなら、何か信繁に決めゼリフでもあると、まだ画面がピリッとしそうなものですが、そうはならない。

この家康は、何より若いイケメンが目立つことを嫌いますからね。

そういやダリ髭の井伊直政は最終回欠席でしたね。別に見たいワケではないですが、なぜいなかったのか?という点は気になる。徳川四天王が不在な方が不自然でしょう。

それよりスタンド能力でも発揮しそうな家康のポーズはなんなのでしょう。

直後に乱世の亡霊どもの回想シーンへ。

岡田信長が、しょうもないボーイズラブ要員で史上最低ならば、もこもこ衣装の阿部信玄も、単なるチンピラ風情にしか見えなかったムロ秀吉も、できれば思い出したくなかった。

彼らが『首』で上書きされたことは不幸中の幸いであり、勝頼と信繁は来年に配信が再開される『真田丸』があります。

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どうするマザーセナ直伝の供養儀式

それにしても、家康の奇妙な手の動き、ポーズは何なのか?

NHKプラスでトップ画像に持ってきていることから(→link)、お気に入りのカットではありそうです。ジョジョ辺りでも意識しているんですかね?

いや、乱世の亡霊たちとチャネリングして、あの世に送るための儀式かな。

全てはマザーセナの教え……儀式の後、六文銭マスコットが落ちて、死体がゴロゴロで、スピリチュアルパワーは永遠に不滅です。

家康と正信は座り込んでいる。

相も変わらぬムカつく口調で「生き延びちゃった〜」と舐め腐ったことを言う正信。松山ケンイチさんご本人が考えた口調のようですが、制作陣の皆さんも納得されていたんですかね?

理論立てて戦略や戦術を語れるならば、言葉で知謀を見せられるなら、下手な小細工は不要だと思うのです。今更ながら、彼らの首が取られなかったことが不思議です。

そして気がつけば、大坂城が一気に燃え盛っとる!

あんだけ燃えるには相当な時間がかかりそうですけど!

正信が変な呪文を唱えていて、もはや合戦というより、カルトの教義対決。

城内では凄まじいまでの説明セリフが続きますし、何より秀頼さん、結局あなたは出陣しないんですか!!

あれだけ戦いを煽っておいて、結局、自分はメイクを濃くして、ダイナミック拡大自殺宣言をしただけじゃないですか。

 

どうかしている千姫

千姫もどうかしていると思います。

茶々と共に鉢金つきの鉢巻を巻いていますが、いかにも銀紙を貼り付けたようで格好よろしくない。

そんな千姫まで洗脳宣言じみたことを言い出しました。

秀頼は棒読みで何かしゃべっている。大坂城が落ちる場面で、ここまで空虚なセリフと演出とは……。

ここで千姫が秀頼の手を取る。

マザーセナ&家康といい、何度このポーズを使い回すつもりなのでしょう。ロマンチックなポーズはいつも同じ。

そしてお初が千姫をなんだかんだで連れ出した、と。これだけ派手に火が回っているのに随分と余裕を感じさせます。

坂崎直盛もいないのに、千姫があっさり家康のもとへ。

必死な命乞いを始めますが、あれだけ啖呵切っておいて、全てが遅い、遅すぎる。もう死んでいるのでは?

できることなら、まだ若い千姫の女優に発声指導をして欲しかった。まぁ、発声がおかしいのは彼女だけではありませんが。

 

どうしようもない命乞い

家康が千姫を助け起こすセリフも演出も、祖父と孫娘というより、イケメンと美少女なんですよね。

しかも、千姫が助命を頼む理由が「秀頼まじイケメン! 推してる人多いし、ファンがいるから貶さないで!」というような趣旨のようで、彼女の必死さが無駄になっている。

もっと他に言葉はなかったのか……。

それに対して家康がボソボソと意味がわからないことをいうと、秀忠が泥を被ると言い出す。

その際、父の言葉を遮るのが見ていられません。あまりに無礼ではありませんか。まぁ、今回に限ったことではなく、本作の脚本家って、人の言葉をぶった斬るのが本当に好きですよね。

秀忠の理由にしても、ただカッコつけたいからのようで、千姫は「父上もおじじ様も鬼!」とか言い出す。そして豊臣の天下を盗み取った化け物だとキンキン喚いています。

お初からも雑なフォローが入り、いつものしょーもないピアノが流れ、家康がカッコつけて手を合わせる。マザーセナの位牌の前で祈る場面もなかったのに、急にどうしたのでしょう。

 

どういう炎なの?

大坂城が燃えています。

一体どういう世界観なのか、炎が都合よく燃え、熱も感じさせないようだ。

豊臣秀頼はカッコつけて自害。

今まで見てきた切腹シーンの中でも、これほど“お芝居”に見えるものはなかった。刀を刺した瞬間の「ぶしゃ!」というサウンドエフェクトがあまりにも安っぽい。

ここで近づく茶々も意味がわかりません。

最愛の我が子の介錯を邪魔して、彼女も十分鬼です。血を浴びて変な顔をする様子が、しみじみとくだらない。

そして一斉の切腹タイム!

酷いサウンドエフェクトと斬首三昧。

わけのわからんセリフを吐く大野治長

本作脚本家のモットーは「歴史なんて、どうせ史実かわからない」ですから、自己流アレンジが蔓延する。はっきり言うと、アレンジしない方が秀逸だから、批判が起こるのではないでしょうか。

そして切腹タイムの最後は、ピロピロしたストリングスと酷いサウンドエフェクトで、茶々と治長の自害を彩ります。

 

またかよ、死ぬ死ぬ詐欺!

茶々はなかなか死にません。

『西郷どん』のラストで、無駄にタイトルロールのヒットポイントが高かった演出を思い出します。

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茶々が不貞腐れたように吐く台詞も酷い。

「日ノ本はつまらぬ国になる! 人目ばかりを気にし、陰でのみ妬み嘲る」

とかなんとか、このドラマの何が嫌かって、脚本家が、批判者に対してあてつけるようなセリフを入れることですね。

劇中のセリフに乗せて「なんでこんなにがんばった私を叩くの!」と愚痴るようなことを言う。

まずは、長すぎるから端的にまとめてください。これだけ炎が燃え盛っている中で延々と喋れないでしょ? 煙で喉をやられる可能性もありそうですし、酸欠にもなりそうだ。

それでも翌日のスポーツ紙系メディアには「北川景子さんの最期が神々しい」だのなんだの、しょうもない記事が出るんでしょうね。

そして茶々も、マザーセナと同じく頸動脈を切って終わる。

BGMはくだらないストリングス。

家康が手を合わせる……いや、もう、しつこいって!

 

日本史知識がないなら、なぜ、大河を書いた?

それにしても、無駄に長い茶々の台詞はなんだったのでしょう。

ネットのエコーチェンバー現象と重ね、海禁政策といった家光時代以降の政策まで批判しているように見受けられました。

明治以降、家康を貶めるためにこうした物言いは往々にしてありましたが、今時、こういうスタンスはいかがなものか。

「ねぇ、家康って大奥作ったんでしょ、きもーい」(大奥は家光以降)

雑談でこういうことを言う人がいれば、まだ良いでしょう。その程度は仕方ない。

しかしこれは大河ドラマです。そこで間違える弊害をNHKでもわかっているのか。

NHKスペシャルでは海禁政策強化前、家康はむしろ海外交易を推進していたとする「家康の世界地図」を放送しました。

番宣というよりも、大河で汚染された知識のリカバリ対策に思えます。NHKスペシャル内ドラマの家康描写は真っ当でした。この路線で一年描くだけで十分でしたね。

『青天を衝け』でも、オープニングでしばしば家康が、自分の世代以降の政策を自分のもののように語っていました。劇中では徳川慶喜も、徳川家茂やその他別人の功績を掠め取っていました。

どこまで徳川幕府が嫌いなのか。まぁ『大奥』では持ち直されていますが。

まるで「悪いことはアンチのせい。よいことは推しと私のおかげ」のような思考回路ですが、脚本家は「歴史はフィクション」「興味がない」とか明言してしまう前に、今からでも勉強をおすすめしたい。

日本史ではありませんが、例えば本年ベストセラーの一冊などいかがでしょう。

小野寺拓也先生と田野大輔先生による『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(→amazon)です。

なぜ、この一冊なのか?

と申しますと、同書に出てくるプロパガンダと似た手法が用いられるドラマがあるからです。作り手にそんな意識など無くても結果そうなってしまうことがある。

大河ドラマで使用されるとNHKの影響力の大きさから社会悪化のリスクがありますので、ぜひとも酔いから醒めて欲しい。

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そしてここであの酷いナレーションが神の君を褒める

「かくして戦なき安寧の世が訪れました」と富士山と江戸の町のようなアニメーションが流れます。

何が嫌か?って「全ては神の君のおかげ」とキンキンナレーションで何やら押し付けてくところ。

肝心のアニメにしても、その安っぽさときたら、無料で入手できる画像素材から引っ張ってきたような色合いで、精巧さのカケラも感じられません。

日本画の技法や効果なども意識されてないのでしょう。歴史や伝統に敬意を払わない様子が伝わってきて嘆かわしいばかりです。

茶店の老婆も鬱陶しいだけ。

その老婆に対して、雑な関西弁で絡み、家康の悪口を喋る連中も見てられない。

このドラマは陰口を叩く場面が本当に多かった。

光秀が討たれた後、レーシックお愛がいやらしい顔をして、光秀の容姿を揶揄していました。登場人物の根性が悪く見えて仕方ない。真っ当な人格者っていました?

 

もう麒麟には近寄らないでください

小栗旬さんの南光坊天海が出てきました。

無駄使いとはまさにこのこと。

それは小栗旬さん自身も感じていたようで、こちらのインタビュー(→link)に滲み出ています。

以下の部分です。

ただ実を言うと、天海がこの時代にはかなりの高齢だということを、僕がいまいちわかってなくて。

かつらやメークを合わせていくうちに「果たしてこれは、私であるべき役なんだろか?」っていうクエスチョンが浮かんだまま、撮影当日にたどり着きました(笑)。

(笑)で誤魔化していますけど、要は、これ「俺でなきゃダメなの?誰でもよくない?」と思っていた証であり、よくぞ公式サイトに掲載したなぁ、と思います。

最後の最後で話題作りのためだけに小栗さんを登場させるなんて失礼極まりない話であり、今年の制作陣には真っ当に作品を仕上げる矜持がないのかと問いたくもなる。

そもそも本作は小栗さんを引っ張り出して良かったのですかね。

家康と比較すると加齢演技の差があまりに開きすぎで……。

ここはもう長谷川博己さんが泥舟に乗らずに済んだだけでよしとすべきかもしれません。

 

どうするサプライズ

一年という長丁場の大河ドラマで、サプライズに頼るしかなかった本作。

同じサプライズにせよ『大奥』の方がはるかに上出来です。

アニメ版『大奥』で有功を演じる宮野真守さんが、シーズン1で有功を演じた福士蒼汰さんと会話する。

アニメと実写の有功が向き合ったような素晴らしいサプライズでした。

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『どうする家康』の場合、松本潤さんが強引に頼み込んだようなサプライズばかりで、しかも露骨に『鎌倉殿の13人』を意識している。

佐藤浩市さん。

大竹しのぶさん。

小栗旬さん。

こんな調子だから「主演がキャスティングを左右する」という文春砲の信憑性が増してゆくのです。

土台が腐っていたら、そこに何を載せようが意味がありません。せせこましい“策”ばかりで中身は空っぽです。

 

小道具班はもう……

あの和綴の『吾妻鏡』『源氏物語』の薄っぺらさはどうしましたか。

あれだけの長編物語が、一冊だけペロっと出てくる点も意味不明。いやわかりますよ、去年と来年への目配せでしょう? どうせ提灯記事が絶賛するんでしょう?

そういう浅薄なネット受け、コタツ記事の材料ばかり狙いますよね。

小道具班はもう疲弊しきっているんだろうなぁ。

ニコライ・バーグマン押し花が呪いのアイテムとなって、小道具班のHPを奪ったのかもしれませんね。

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どうしようもない、春日局の格差

春日局も出てきました。

有能な乳母というよりも、すっかりマザーセナ教団の女ですね。

それにしても、神田伯山さんを意識したなんてよくも言えますね。だったら神田さん本人にナレーションを依頼したら良かったのではないですか。

ナレーターの正体をラストで明かすサプライズは、朝ドラ『らんまん』の方が遥かに上。

本当に上っ面をパクるしかできないドラマです。

春日局当人の描き方にしても、『大奥』の斉藤由貴さんとの格差に失笑しかない。

別に他の誰でも良いんでは?という印象すら受けます。彼女である必要性を感じないのです。

まぁ、当たり前ですよね。急に出てきて「はい、私がナレーションの春日局です」と言われたって、『そうなの?どこが?』となってしまうのが普通の感覚でしょう。

ここでもまだ無駄に生きている本多正信が出てきて、ついでに竹千代も現れると、

「家康が死にかけている」

という突然の展開へ進みます。

神の君が死にそうだというのに、祈ることすらしない連中に、ほとほとゲンナリです。なぜ本作の登場人物は他人を思いやる行動を見せないのでしょう?

身勝手で自分本位。人を思いやる気持ちがまるで見えないから感情移入もできない。

阿茶は歳を取らない一方、正信は息子に背負われています。

女が歳を取らないのは、作り手の趣味でしょうかね。姦しいとはまさにこのことでは?

そして家康が病床につくと、正信が挨拶。

悪目立ちするBGMを受け、手を握ることでしか表現できないセンスがひどいです。

 

狸は雑食です

「天が遣わした神の君、あるいは狡猾でおそろしい狸!」

そんな語りも入りますが、狸はしょせん雑食。恐ろしいわけがない。

妖怪狸だってせいぜい、ぶんぶく茶釜ですよね。

「狡猾でおそろしい」のであれば「奸雄」あたりの言葉ではいけません?

こんな小中学生でも気づきそうな恥ずかしい言い回しをして、どうして平気な顔をしていられるのか。

結局、これも脚本家や主演の実感なんでしょうね。

大河ドラマで天下取ったぞ! でも世間には理解されない♪ くすん……とでも言いたいんだろうな。

本作は、最初から最後まで執拗なナルシシズムが非常に気持ち悪かった。

不愉快なハラスメント気質の上司に付き合わされたカラオケのよう。

そんなバカみたいなノリについていける人もいますけど。悪徳宦官みたいなムーブは、個人的に近寄りたくありません。

 

セーブポイントでアイテムを使うと怨霊が出てくるシステム

もはや主役が死ぬだけ。にもかかわらず執拗に引っ張る展開があまりにもダルい。

家康は病床で何かを削っているし、放送時間は残り何分なんだ?

と、気にしていたら、光が差し込み、襖が開き、マザーセナと松平信康がでてきたぁああ!!!

やっぱり、やりよった。

あの木彫りはマザーセナを呼ぶアイテムだったんですね。

セーブポイントでアイテムを使うと、霊を召喚できるシステムを実装しているのが駄作の典型。

といっても、そこまでの駄作はそうそう存在せず、記憶に新しいところでは朝ドラ『わろてんか』ですね。

あの作品も、史実では不仲だった夫妻が愛し合っていた捏造をかました。

そしてセーブポイント前の仏壇でアイテムを使うと、夫の亡霊が出てきたものでした。夫を演じる松坂桃李さんすら困惑していたことが印象的です。

そんなNHK史上に残る駄作要素を引っ張ってくる。さすが本作の制作陣はセンスが一味違います。

 

マザーセナ教団よ、永遠に

他の大河でも、この手の“お迎えが来る”というセンスはありました。

今さら何の驚きもない。あるのは圧倒的なカルト感と姦しさ。女優と近づきたい主演が呼んだのか?と、またもや文春砲が頭に浮かんできます。

文春砲によれば松本さんに対し、有村さんはそっけなかったとか。感謝祭にも出ておりません。それも納得できる報道が放映日翌日にありました。

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死にかけている家康は、ちょっとボソボソしているだけ。

「望んでしたことはひとつもない」なんて言いますけれど、側室オーディションなんてノリノリでしたよね。

蒸し風呂でわいせつ行為に及んだ時も望んでなかった?

たまたま尻に手が当たったと言い張る痴漢みたいな言い様ですね。しみじみと気色悪いんですよ。

なぜ、そんな簡単にバレる嘘をつくのか。それとも本音ですかね。こんなもんしたくなかったのに、って?

本作は、小悪党かいじめっ子じみた弁解まみれなのも特徴。脚本家の素が出ているのですかね?

 

どうする柳生十兵衛

竹千代が出てくるときの照明とBGMが酷い。

松平信康に尋ねられると、当人は後継ぎだそうで、なんでも家康そっくりなんだとか。

それはろくでもない奴ですね。

まともな大河ならば、主役の子役を使い回すところ。それをこのマヌケ駄作は、初っ端からデカすぎる竹千代として本役が走り回ったから、それすらできない。

無計画の極みです。

もう、この時点で柳生十兵衛を呼んできて欲しい。竹千代相手に剣術指導をビシバシとして欲しい。

マザーセナはどこかやる気のないような顔で、褒める臭いセリフを言います。

ラストシーンまで所作があやふや。で、結局はマザーセナ教団名物である白ウサギを持ち出します。

しかし、死にかけた神のもとに孫も自由に出入りできるんですね。

そんなゆるい警備だから『柳生一族の陰謀』ラストで、十兵衛が家光を生首にできるんですよ!

これは夢じゃ、夢でござーーーーーるーーーーーー!

すみません、錯乱してしまいました。ほんとうにこんな大河、夢だったらどれだけよかったか。

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鯉、心の底からどうでもいい

そして夢オチのような話が始まります

名前も覚えたくないどうでもいい家臣Aと Bが若君御祝言の日だと言い出す。

目覚めたら若返っていたという作りが、転生もの漫画のようでいかにも安っぽい。

そしてどうでもいい鯉の話になる。

信長から贈られた鯉を木下藤吉郎が運んでくる。その大事な鯉をなくしちゃった♪ で、それでドタバタしている。

もう腐った鯉を口に詰めて始末したくなる連中だ! くそたわけが!

まさか、本作の光秀を肯定的に思い出してしまうなんて一生の不覚です。

それにしても、制作者たちは、こんな話が本気で面白いとでも思っているんですかね?

実際に、鯉を食べた家臣をかばった逸話はあるそうです。それを素直に流せばよいのに、古臭いセンスで長引かせる。

どうにも三谷幸喜さんや宮藤官九郎さんと同世代の男性脚本家には、何か思い違いをしているのではないかと思えることがあります。

彼らのように軽妙な会話劇で笑わせられるとお考えなのかもしれませんが、あれほどの技巧を持つとなるとかなり難しい。

くだらない会話でクスリと笑わせられるのは、研ぎ澄まされたセンスと努力あってのこと。

穴埋めにダラダラと台詞を書かれたところで、誰の胸にも全く響きません。

こんなくだらないことを放送するための最終回延長でしょうか?

延長する意義が全くない。

ただ若い松潤フェイスを見せつけて流したいだけに思えます。

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教祖を讃えよ!

要するに教祖・家康を讃えたいらしい。

家臣団が蘇ってどんちゃん騒ぎ。

一体このドラマはなんだったのか?

結局、アイドルのプロモビデオだったんですかね。セットもVFXも、衣装も改めてひどいと思う。

テンポも悪い。

長い原作をテキパキとつなげた『大奥』の後に本作を見るのは、ただただ苦行。

ひどいBGMを背景に、かっこつけた家康が死ぬ。

妙に光があたった状態で死ぬ。

そしてえびすくい。

しつけーーーーー!

なんでも磯CPがえびすくいをしつこく出したことが気合いを入れた証だったらしい。

そんなに好きなら、磯CPは自宅で踊ってTiktokにでもあげてください。

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大森南朋演じる酒井忠次の海老すくいの3連発とか、ラストシーンで家臣たちに「どうする!」を連呼されるシーンなどはこれまでの大河ドラマにはなかった演出だった。

磯CPの意気込みが、そんなところからも伝わってくる。

いま読むと、あらためてこんな文章にも失笑してしまいます。

そういえば、同じ古沢さん脚本の映画「レジェンド&バタフライ」も1月27日から公開される。

木村拓哉“信長”と岡田准一“信長”を見比べてみるのも一興かもしれない。

綾瀬はるか“濃姫”に対して、「どうする家康」の濃姫は誰なのかしらん。

映画もドラマも最低の信長でした。

本作に濃姫は出てこないどころか、自称男勝りの阿茶で似たようなキャラで使い回しされています。

阿月と強右衛門もマラソンもそうでしたが、本当に使い回しが好きな脚本家さんで。

立て続けによくもこんな信長を描けるものです。

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『麒麟がくる』の染谷信長のあとは『首』の加瀬信長で上書きされました。

思えば“えびすくい”の時点で、このドラマは終わっていたのです。

「なんてよき光景でしょう」

マザーセナがそう言います。

遠くに何らかのタワーのような塔とビル群が見える。

つくづく最低のお遊びでした。

結局のところ、今年の大河は国王になる夢を抱いたタレントのために、その野心をお膳立てした茶番だったのでしょう。

◆松本潤の大きすぎる夢に山田裕貴も大爆笑。「国王になりたい。通貨は“潤”でしょ!」(→link

もはや耐えきれず、『首』の予告編を見直しました。

「さっさと死ねよ」

「どうせお前、死ぬけどな」

そう口にする秀吉に同意します。

本作の口直しには北野映画『首』が最適です。駄作はとっとと記憶から焼き消し、次へ向かいましょう。

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七縦七擒

またしつこく『三国志』の話をします。

諸葛亮が頑張っている後半は、くどくて面白くないと思えることが増えてしまいます。

たとえば七縦七擒。南の勢力をおさめるために、孟獲を七度捕まえて、七度解放します。その過程で孟獲は、諸葛亮に心服する。

しかし、似たようなことを七度やられてもくどいのです。

なぜ、この話をするのか?

というと、結局このドラマは同じ話を使いまわしていると気づきました。

今川氏真

武田勝頼。

織田信長。

豊臣秀吉。

石田三成。

そして茶々と豊臣秀頼。

全員が、だいたい家康とわかりあっている設定です。

で、家康は悪くないのに、相手が何かやらかして自滅するように滅びる。そういう同じことの繰り返しよ。

なぜそうなるかというと、それしかパターンがないのでしょうね。

信じあって愛し合っているのに、戦になるなんて……それだけです。それしかありません。

それなのに、どうして大河を引き受けたのでしょうか?

 

どういう「コア層」なのか

今年の大河ドラマは何かに忖度しているのか?と思うほど、庇う記事が多い。

◆NHK大河「どうする家康」コア層に響いた画期的な演出 戦なき世へ邁進 北川景子と松本潤の最期で完結する「人間ドラマ」(→link

◆ 茶々の心を闇から光へと戻すには十分な言葉(→link

◆ 『どうする家康』効果的だった北川景子の一人二役 市と茶々を演じたことで伝わった武将たちの長く濃密な歴史(→link

この記事をあわせて読むと、本作の「心」とは結局、色恋沙汰だけなのだとわかります。

どうやら歴史好き(言外に退屈で堅苦しい隠キャと貶めたい欲求が滲んでいます)は嫌うが、人の心を読み取れる陽キャで、心優しく、センスがあって、イケてるドラマ通は見抜ける。

そういうファンの心をくすぐる記事を生産しているとわかります。

実際、そういう人はいるでしょう。

知識や教養、時事問題では、何か価値のあることは言えない。

そのくせドラマの見当違いな感想、ゴシップの類、どこぞで仕入れた下劣なネタをしゃべりまくることで、自分は世間ずれしていて賢いと主張したいタイプ。

本作は、そういう層をピンポイントに狙ったということでしょうか?

恋愛を含めた好悪感情で大局を決める。思えばこのドラマはそういうことばかりでした。

しかし、それって無責任ですよね。

『大奥』最終回を見ていて『どうする家康』は、なんてくだらないのかと改めて呆れてしまいました。

『大奥』では、激務の果てに夭折した家茂を思い、御台である和宮が嘆きます。

国も徳川もどうでもいい。綺麗な服を着て、カステラを食べて、お茶でも飲んでいたらそれでよかったのにと。

この言葉が胸に響くのは、和宮も、彼女にとって最愛の存在である家茂も、それができないとわかっているから。

和宮は嫌だという気持ちを封じてでも、世のために、徳川のために、危険を承知で西郷隆盛を説得する場に乗り込んでゆきます。

人の心に感動するというのは、そんな誠実で、責任感があり、美しいものと出逢った時ではありませんか?

それがこの『どうする家康』では、ただひたすら下卑ていて汚らしい感情ばかりが目につく。ニタニタしながら相手を見下し、マウントを取る時ばかりにリアリティがある。

たまにいい子ぶりっ子したことを言い出すものの、脚本家が学生時代に面接対策で捻り出したような偽善そのもの。心の底からそう思っていないと伝わってくる。

倫理。

道徳。

思想。

そうした話になると、ハラスメント上司が鼻をほじりながら書いているような不快感が押し寄せてきます。

 

学級委員長をからかいたい心理をどうする

『麒麟がくる』とは正反対だと思います。

あの作品を書いた池端俊策さんは、光秀は自分自身だと思いながら書くこともあったとか。堅物で、頑固で、融通がきかない。頼られると損なことでも引き受けてしまう。

そういう光秀には生々しさがありました。

脚本家自身の反映なのだとすれば、彼はなんて素晴らしい人なのかと思えました。

思想として根底にあった朱子学も、理解度がとても高い。

一本筋が通っている。筆を握り、スッと線を引く。そんな端正で爽快感のある美しさがありました。

けれども、だからこそか。『麒麟がくる』をどうしても認めたくない、しつこいアンチが一定数います。

「駒に耐えきれなくて切ったんやがおもしろかったんか?」

とかなんとか、いまだにネットで書き込んでは仲間集めをしているかのよう。

そんな脇役が目立つ程度で切る方がどうかしていますし、駒は別段、そこまでストーリーを引っ掻きまわすわけでもありません。

要するにミソジニーだろうと思います。男性が活躍する分野にいる女性を敵視し、やたらと叩く。典型的な心理ですね。

そんなミソジニーの影に「学級委員長タイプのいい子ちゃんw」を嫌う幼稚な心理も伺えます。

要するに光秀自身がカチンとくる。おちょくりたくなる。そう思われる言動をしています。

あの光秀は、駒と二人きりで過ごすことになっても手出ししない。遊女が袖を引こうとすれば断固断る。性に対し潔癖でした。

「男なんてみんなエロいでしょw」

こういうことを言いたい層にとっては、スカした気に食わねえ奴なんでしょうね。

けれども、そんな心理は大人になるまでに卒業してください。心の底から不愉快です。

それにNHKに問いたい。

そういう人物に迎合することはリスクでしかありません。

事件が先日ありましたね。ミソジニーにまみれてニヤニヤしている大河ドラマを、看板番組を流しているテレビ局です。こういう恥晒しは起こるべくして起きたのでしょう。

◆取材メモ流出 NHKが協力者に謝罪 「匿名情報公表で放送中止」(→link

◆NHKがColaboに謝罪 取材メモが批判する人物に流出していた(→link

今年は本当に異常でした。

どんな傑作だろうと、大河ドラマともなれば賛否両論が混じります。

しかし、ファンがアンチを嘲笑うような、幼稚でいじめっ子じみた口調でやたらと「wwww」を連発しながらおちょくってくる今年は際立って異常です。

冷笑的で煽る文章と、こんな調子の主張も混ざる。

発言者のプロフィールには紫色のハートマークだの、ジャニーズ冤罪だの。そんな文言が踊っていると。

・私は松潤が好きな純粋な人間です!

・徳川家康なんて何も知らなかったのに(日本史の授業中は寝ていましたか?)理解できるようになりました!

・それなのに、感想と言いつつ貶す人はひどぉい……くすん、きっと友達がいないからそーするのね♪(世間は広い。ジャニオタ以外に交友関係を広げられる人間も存在することを認識してください)

こういう界隈に忖度することがよいことでしょうか?

ここからの「いいね」欲しさに、無理矢理文章をこねくり回す歴史好きとは何でしょうか?

歴史ではなく、承認欲求が好きなだけではありませんか。

私は自分の感情を散々否定されてきました。

しかし、そんなことは今更どうでもいい。むしろ、相手はなぜそうするのか、まじまじと観察してしまいます。

悪い癖かもしれません。

人間は往々にして、強い言葉で語るときは何かを隠したいもの。口汚い言葉でこちらを罵る方は、もしかして、ストレスでも隠していませんか。

 

匹夫の勇

姦しく、小物臭が常に漂うこのドラマ周辺。

いい子ちゃんを嫌い、ワルい子ぶりものの、思い切って悪事を為す勇気もない。

ワルいことをするにもいちいちスケールが小さいのです。

『麒麟がくる』みたいな作品を、偽善だと切り捨てたいのであれば、それこそ『首』のような描き方がある。

あの映画ほどの残虐描写を大河ドラマで描くことは厳しいとはいえ、やりようはあるでしょう。

しかし『どうする家康』はせせこましい。

最終回まで、結局悪の尻拭いは秀忠に押し付けたようなもの。

家康はネチネチグチグチと、自分だって辛いんだもんと繰り返すばかり。自主的にできる悪事はせいぜい蒸し風呂で女に手を出すあたりが関の山。

人の痛みに鈍感なのに、自分が辛いことがあるとしつこく愚痴る。嫌なことがあるとすぐ逃避しようとする。

最終回の家康のぼやきは、脚本家と主演自身の声に聞こえました。

天下を取る話なんてやりたくねーけど、なんかそういうことになっちゃって……そうくどくどと、ビールをちびちび啜りながらぼやく。そんなおっさんが目の前に出てきました。

悪党には悪党の魅力がある。姦雄だって突き抜ければそれはそれでよろしい。

そういう素敵な悪役が曹操だとすれば、『どうする家康』はせいぜいが袁術なんですよ。

甘い水を求めて力尽きる。そういう末路がお似合いです。

 

袁術は玉璽を持っても駄目なんだ

『パリピ孔明』のオーナー小林がそう語っていました。

このドラマは、やたらと絶賛も多い。

SNSのハッシュタグで検索すうと、大仰な絶賛ばかりだとか。

しかし、それは結局のところ玉璽だ。

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忖度なしなら、こうなるでしょう。

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このランキングでは票数が重要です。1位と2位がかなり獲得しています。

時代の流れでしょうか。主演はどちらもジャニーズです。

そうそう、こんな時こそよいニュースでも。

◆ 風間俊介、旧ジャニーズ事務所から独立「この度の問題で多くの事を考え…」今後はフリー(→link

『麒麟がくる』の家康を好演した風間さんが、ついにフリーとなりました。

ジャニーズ問題では常に被害者のことを思うコメントを出していた風間さん。確かな演技力と知性、透き通った美しい声があります。

彼はいつジャニーズを退社するのかと心待ちにしていました。本当によかったと思います。

先ほどのランクを再考しますと、ジャニーズ主演がワースト上位にいます。もうジャニーズの時代は終わりつつある。

沈む船から降りた生田斗真さん、岡田准一さん、そして風間俊介さん。

大河でまた見たい俳優がケジメをつけたことは、私にとって朗報です。

これからもどうかご活躍ください。大河にもまた戻ってきてください。

 

兵形象水

夫(そ)れ兵の形は水に象(かたど)る。『孫子』

兵士は水のように変化する。

このドラマは教養が嫌いです。

真面目に勉強している学級委員長をからかいたい。そんな悪ガキスピリットが満ちています。

しかし、若いうちはそれでいいとしても、中高年となると頭がいいと思われたい。お勉強や小難しい理屈は嫌いだけど、そうなりたい!

中身空っぽな自分だけど、若者に尊敬されたいんダナ♪

そういうニーズを刺激する商機はありますとも。

聞くだけで英会話がペラペラになるとか。

パズルで遊ぶだけで脳年齢が若返るとか。

そういうしょうもない広告じみた世界が、今年の大河ドラマでは展開されました。

「このドラマを見れば徳川家康の生涯を学べるんだ! だってえらい先生もそう言ってたもんw」

こう主張できるよう、兵士の心が流れる仕組みが作られてゆきます。

◆ NHK大河に歴史学者が大満足のワケ…最新研究でわかった家康の生涯と江戸期に作られた家康像の決定的ちがい(→link

この記事なんてまさしく典型的で、聞き手は歴史好きという演出まで為されています。

◆『どうする家康』ついに最終回…最新の研究成果はどこまで生かされたか 時代考証に聞く<上>(→link

◆『どうする家康』ついに最終回…最新の研究成果はどこまで生かされたか 時代考証に聞く<下>(→link

それにしても、一体どういうことなのかと混乱してきます。

例えば、関ヶ原での小早川秀秋への「問鉄砲」は後世の創作なので却下とあります。

それなのに、それを前倒ししてスライドさせた、姉川でも信長から家康への問鉄砲はよいと。

何が駄目で、何がよいのか?

光秀については、またも『麒麟がくる』が出てきます。

一体どれだけ、あの優等生が嫌いなのか。宣教師は光秀を貶しているのだから、こちらの方がむしろ近いという。

それはどうでしょう。このドラマの光秀は、下劣で、愚かで、小狡く、死者への敬意すらない。

どうしてこんなに魅力のない人間を、不惑すぎてから信長はわざわざ重用するのかサッパリ理解できません。リアリティがあまりに乏しい。

優等生ぶっていて実は狡猾な光秀像であれば、『首』なら理解できます。

あの西島秀俊さんの光秀は折目正しい人格者でありながら、残虐行為を働く。そんな二面性のある人物でした。

それに宣教師の言うことは、異教徒への悪意や偏見があるから、全て受け止められるかどうか、史料批判も必要に思えます。

そもそも最新の説をつまみ食いしたところで、城が異国情緒たっぷりではどうしようもありません。

映像作品でそこを間違えてどうするのでしょう。このトンデモ城については「威圧感の表現だ!」だのなんだの擁護もありましたが、結局間違いであることが上記の記事にも記されまいた。

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まぁ、私如きがこんなことを申したところで意味がありません。

なぜか?

それが兵法でいうところの「兵形象水」です。

あるインスタント食品の広告が、あまりにくだらなくてむしろ買う気が失せたことがあります。こんな調子でした。

あの和食の達人が褒めた!

あのイタリアンのシェフも絶賛!

伝説の中華の鉄人までもが降参!

何がどう美味しいのかさっぱりわからない。

しかし、広告としてはこれが通じてしまう。肩書きの偉い人が何か言うと、信じたくなる方向へと心理は誘導されます。

軍事心理学の古典である『孫子』は、まさにそうした現象を「兵形水象」と表しました。

インターネットの普及は、こうした心理を加速させます。

みんなが好きなものはともかく褒めよう、取り入ろう。否定する奴はめんどくせー。嘲笑ってやる。

そんな、ことなかれの冷笑主義をこじらせた結果、先回りして忖度する。

私の見るところ、今年は大物大河クラスタが褒めるモードにいるようです。ならば褒める方がイージーなんです。紫ハートマーク乱舞させる人々も、味方につきますから。

そうすると、満足感が得られる。いいねも稼げる。批判者をクズだと貶める瞬間はとても楽しい。ハッピーなことしかありません。

そうして団結する自分たちを、善良で正義を掲げた桃園三兄弟だと言わんばかりの振る舞いをしますが、私に言わせれば十常侍ですかね。

まぁ、それはいいのか。十常侍には十常侍なりの正義があるわけですし、そこは尊重すべきですね。

群れるというのは、そんなに楽しいことなのでしょうか?

どうにもわからない。私はこれまでも、これからも、“ぼっちクソレビュアー”で結構です。

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探求心よりも、承認欲求が強くなる。

オタクが陥りがちなドツボに、大河界隈もまとめて落ちる。そんな一年でした。

結局、我々は人の子。鯉のように滝登りをすることで、竜になろうなぞ、そうそうできぬものなのでしょう。

 

登竜門

歌川広重『名所江戸百景』/wikipediaより引用

今年、私は、深刻な「武士成分不足」に陥りました。

何を言っているのかわかりませんよね。自分自身、正直驚いています。

何が起きたか。浮世絵のジャンルである武者絵を定期的に見なければ精神的に安定しなくなりました。

あの構図。色。真剣なまなざし。命をかけた戦いぶり。

そういうものがどれだけ好きなのか、武者絵を見て再確認する作業が必須となっていったのです。

大河を見れば、武士は目に入る。それが今年は欠けていたのでしょう。

『大奥』や『首』で補えたことは幸いでした。『パリピ孔明』は兵法不足を補給できました。そうしてしみじみと考えてしまいました。

私はなぜ、歴史や武士が好きなのだろう?

苦難に立ち向かう姿。侮辱を許さぬ断固たる気概。文化を愛でる器量。そんな姿に心惹かれたのだと。

ちょうど朝ドラ『らんまん』で、ヒロインが『八犬伝』の話をしていました。

気持ちはわかります。遠い昔、あの芳流閣から転げ落ちる信乃と現八に驚かされました。

その勇気。落ちるという衝撃的な展開がすさまじかった。度肝を抜かれ、こんな面白いものはないと夢中になったのです。

そうして転げ落ちて、二人はお互いの痣を認め、決して裏切らぬ英雄同士としてわかりあう。

感情のめまぐるしい動き。そして高潔さに魅了されました。

『八犬伝』は史実云々ではない。最新研究も何もあったものではない。

ドラマとはそもそもフィクションであるからには、史実や最新の研究がどこまで反映されているのか、それは裁量次第でしょう。

だから最新研究を反映しているから喜ぶという心理もわかりません。

物語は人の心を動かすもの。

途方もない困難、それに立ち向かう勇気。

歴史物語にはそんな場面があるから、心が動かされる。だから好きなのです。

『鎌倉殿の13人』の畠山重忠は、月岡芳年の武者絵に重なって見えました。

月岡芳年画「芳年武者无類」/wikipediaより引用

なぜ、こんな目に遭うのか?

その無念がヒリヒリと伝わってくる。そんな凄絶さがある。

イケメン同士が殴り合うから話題性がバッチリ♪ そういうことで組み立てたドラマじゃない。最新の説がどうこうでもない。

人の心を動かすとはどういうことか。去年はわかっていた。長い積み重ねを踏まえてそうしてきた。

三谷さんはコメディタッチだと言われます。けれども私はそうは思わない。彼は極めて真面目なのだと思います。誠意は伝わってきます。

今年はそうではない……ここまで考えてきた時、ある苦い思いが蘇りました。

京都の修学旅行でのこと。

当時の私は新選組推しなので、ともかくその縁の地巡りをしたくてしかたなかった。

それが同じ班の一人が、ニヤニヤしながらジャニーズ巡りをしたいと言いだしました。

修学旅行の意味をわかっているのか? 学問を修めるという意味があるからこその旅行だぞ!

そう主張したいものの、新選組巡りなんて「キモっw」とでも言われるだろう。そう察しました。

歴史の本を読んでいると本当に小馬鹿にされる。そのことは身に染みてわかっていましたから。

その苦い思い出の修学旅行を、まさか大河ドラマで思い出すことになろうとは。

長い歳月を経て、私も言いたいことは山ほど増えましたが、あれ以来、ジャニーズファンとは距離を置いています。

私が彼らを嫌うというよりも、彼らがこちらを小馬鹿にすることが察知できました。

むろん全員ではありませんが、ジャニーズファンの方がたは、私の不快感と怒りを刺激する才能をお持ちの方が実に多い。

けれども、そうして目を逸らし続けた結果が、この帰結かと思うとやるせない。

自分に何かできたとは思えないけれども、結果的に組織的犯罪を見過ごしたことになったようで怒りが募るばかりです。

それを踏まえれば、恥ずかしげもなくジャニーズを押し出す今年の大河は褒められるわけがありません。

私にとっては、駄作でむしろ助かったのかもしれません。

そうしてみると、なおのこと理解できません。2023年末と言うのは、象徴的な出来事があります。

長いこと権力の座についたものは腐敗する。

悪だとわかっていようが、利益で釣られて加担するものはいる。

半世紀以上の年月を経た大河は、残念ながらそうした薄汚れたコンテンツになりました。

『どうする家康』を曖昧な、キラキラワードで褒めるということは、悪に加担することではないでしょうか?

どうしてそんな、長い目で見れば確実にマイナスとなるようなことを、人はするのでしょう?

今だけよければよい?

『どうする家康』は何かの未来を確実に潰したと思います。それが何かは、もう少し様子を見てから言えることなのかもしれません。

先ほど、人間とは偉い肩書きの先生が言うことを信じると書きました。

残念ながら日本では泥舟とわかっていても『どうする家康』を褒める忖度の空気が漂っています。

それはなぜか?

結局はお金ではありませんか。どうしたって戦国時代は金になる定番コンテンツですからね。そこに群がれば甘い汁は吸える。

戦国時代をモチーフにしたキラーコンテンツを作れば、金が回るシステムはあるとみてよいのでしょう。

私は驚いたことがあります。こんな言葉がネットにあった。

「大河ドラマの記事を書いて金を儲けているくせに、批判するとは何事だ!」

一体なんなのでしょう。批評家の存在意義すら理解できないのか。

そう苦々しく思ったところで、気付きました。

相手を罵倒するようで、実は己の与している状況をうっかり明かしてしまったのでは? なかなか興味深いことです。

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こういうとき兵法はどうするか?

外部の目線による率直な意見を求めることもひとつの手。

日本史ではない、歴史研究者のオンライン講義でのことです。

大河ドラマの話題が出ました。その先生は明らかに苦々しい、苛立った口調で話していました。

そして中国で教鞭をとる日本史研究者と、そのフォロワーでのやり取りにこんな内容がありました。

「講義で大河ドラマを教材に使おうかと思っています」

「えー、でも、『どうする家康』を使ったらむしろ学生の知識が落ちますよ」

「むろん、まともな大河ドラマだけを使います!」

忖度がない意見ならば、こうなるわけですね。

海外の日本史ファンは相当冷たい目でこの駄作を眺めています。

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それはそうでしょう。当たり前です。国内でコタツ提灯記事をビカビカ光らせたところで、何の意味もない。

私はそんな意味のないことに加担したくありません。今だけではなく、一手先、二手先を見てゆけば、こんなものを褒めれば後悔すると予測できます。

逆に問い掛けたい。

忖度してどうする?

この中高年の薄汚い弁明、妄想、痴漢じみたわいせつ心理、金儲けシステムを垂れ流したドラマを、若い世代が面白いと思うことは稀でしょう。

昨年、ニュースに『鎌倉殿の13人』を楽しみにしていると語っていた目つきの鋭い少年が出てきました。

彼は今年はどうしているのでしょう?

答えは想像がつきます。私が今年、まだ子どもであったならば、こんなドラマは初回冒頭で鼻で笑って見ることをやめます。

ドラマを話の枕として、気取った顔でうんちくを語る大人がいたら、軽蔑が顔に出る。

そのうえで大人が語ったミスを訂正し、根性の悪いクソガキだと嫌われたことでしょう。

「ねえ先生、どうして大人って、あんな嘘くせーバカドラマを褒めんの? 馬なんてどう見たって偽物じゃね?」

こう語っていたかもしれません。

若い心が、今年の大河ドラマを見て日本史に興味を持つとは思えません。

今年は一年かけて、未来の日本史好き、研究者を減らしました。その代償をどうするのでしょう。

駄作を褒めることで利益は得られるかもしれません。しかし、そんなものは所詮、未来の前借りです。

私はそんなことには加担できない。そんな恥ずかしいことだけは御免です。

こんな大河は忘れましょう……と言いつつ、色々とまとめることはあるので、後日、あらためて記事を出させていただきます。

とりあえず、辰年の大河ドラマ『光る君へ』が天翔る竜の加護を得られるよう、神社にでも参拝してきます。

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【参考】
どうする家康/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-どうする家康感想あらすじ

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