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【鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第23回「狩りと獲物」】
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「源頼朝、討ち取ったり!」
雷鳴が響く中、刺客がうずくまっています。
雨が降って来ました。
そして一行の中にいた仁田忠常は「道が違う」と指摘するのですが、曽我兄弟はこちらでいいと強行。
忠常が鎌倉殿のご寝所に向かっていると言い……ここで彼等の計画に気付きました。
刹那、斬り合いに。
雨が降る、夜間、甲冑をつけていて、複数名が斬り合う。そんな高度な乱闘が見えてきます。
忠常ってなんだかんだで強い。高岸宏行さんは雰囲気が柔らかいのに、さすがプロ野球クラスの運動能力、体格だけに、様になりますね。
頼朝古参の御家人だった仁田忠常~笑うに笑えない勘違いで迎えた切ない最期
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十郎役・田邊和也さんの五郎役・田中俊介さんも、常に殺気を帯びている剥き身の刃みたいな雰囲気だ。
殺し合いだ!という迫力がヒシヒシと伝わってきます。
一方で、畠山重忠はじっと待っている。そしてこうきた。
「ついに現れたか」
そう迎え討ち、家人を従え、スラリと刀を抜く姿がやはり今日も美しい。
美麗な武者絵が動くーーそんな中川大志さんの個性が光ります。
その姿は、武士でありながらなんとも優雅ですね。
平昌オリンピックで羽生結弦選手が中国の解説者にたとえられた、それと同じ出典を引用するとこんなところでしょう。顔形だけでなく、動きが優雅です。
其の形や、翩(へん)たること驚鴻の若く 婉(えん)たること遊寵の若し
その姿は、飛び立つ白鳥のようで、天翔る龍のように悠然としている
曹植『洛神賦』(らくしんふ)
かくして刺客たちの多くが討たれる中、兄の十郎に別れを告げ、五郎だけが標的に刃を振り下ろします。
寝所にいる男を追いかけ、背中を突き刺し、雄叫びをあげるーー。
「源頼朝、討ち取ったり!」
恐ろしい事件が起きました。
義時は万寿を確保すべく、弟・時連、父・時政、子・金剛と顔を突き合わせています。
鎌倉殿が討たれたとなれば、世の中ひっくり返るぞ! そう驚いている。
義時は金剛とともに万寿を探し出すと、彼は無事でこう言いました。
「甲斐の武田か? 平泉か?」
そこは警戒していましたが、足元の御家人には思いが及ばないようです。
万寿は落ち着き払って、母を心配しつつ、兵を率いて鎌倉に戻ると宣言します。
義時はハッとして、感銘を受けた顔でこう言います。
「お見事!」
この表情と声色が小栗旬さんの細やかさ。義時は万寿に幼いながらも見事な判断力を見出しました。
そして忠常は「鎌倉殿が! 鎌倉殿が!」と焦っています。
庭には首のない死体が。
しかし……。
曽我事件は鎌倉幕府の屋台骨を揺るがしかねない大騒動~仇討ちだけにあらず
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範頼に鎌倉殿を迫る比企
「これは何事じゃ!」
そこへ、討たれたはずの頼朝その人がやってきました。
この人は亀の時といい、夜這いをすると命拾いするようです。
混乱の中、襲撃の第一報が鎌倉へ届けられました。
詳しいことはわからないものの、寝所を襲われたことに衝撃を受ける一同。
猜疑心旺盛な実衣は、御家人が大勢いるのになぜ襲えるのか懐疑的で、政子は万寿のことを知りたがり、慌てています。
りくは落ち着き払い、心配なのはこの鎌倉だと言います。
兵を上げるのか? どうするのか?
とりあえず御台所の政子以下、逃げる支度をするようにと決まりました。
比企夫妻は喜んでいる……千載一遇のチャンス!
しかし、肝心要の万寿も討たれたらしいと聞き、何がどうなっているのかと焦り始めます。
頼朝と万寿が討たれたら、北条の千幡が鎌倉殿になってしまう……そうなるくらいならいっそ蒲殿だ!
そんな、しょうもないことを言い出したのどす。
万寿抜きにすれば、それしか比企が生き残る道はないという結論ですね。
【奥州合戦】で頼朝が、これからは忠義を大事にすると語っていましたっけ。
気持ちはわかる。この人たち、あまりに忠義がない……。
一方、実衣と全成は?
実衣は素早く結論づけます。頼朝が死に、万寿も死んだら、源氏の頭領は千幡。
実衣がそう口にすると、全成は怯えます。
「だって他に誰があるの? 乳母になった甲斐があるというもの」
「罪深いことを考えるのはよしなさい、実衣!」
そう嗜める全成。
この二人は、臆病な夫と野心家の妻という組み合わせのようです。
能員は範頼に鎌倉殿となるよう迫ります。
困惑する範頼ですが、他に誰がいるのかと迫られ、ドギマギしながら、本当に亡くなったのか?と確認しようとする範頼。
能員は残念ながら亡くなったといい、腹を括らねば鎌倉が滅びると迫ります。しかし……。
このあと、文官の大江広元は「なりませぬ!」と厳しく反対します。
頼朝の生死をきちんと確認してからです!と強硬な態度なのです。
しかし、どこか流されやすい三善康信は、折れてしまう。まずは帝に報告し認めていただかねばと、範頼への交替手続きを進めようとしています。
そのころ富士野では梶原景時が、縛られた五郎を尋問していました。
見事な仇討ちであった
五郎には、彼なりの世直し願望がありました。
頼朝に好かれた者だけが甘い汁を吸い、そうでなければ虐げられる。だから頼朝を討ったと言い切る。
それをじっと聞いていた景時は、冷たく言い放つ。
「血迷うたか、曽我五郎。鎌倉殿は生きておられる」
「嘘だ!」
あまりに酷い知らせです。
時政としては、烏帽子親として面倒を見ていた五郎を助けたい。
命だけでもなんとかならねえか?と義時に頼みますが、義時は諦めていただくしかないとそっけなく言います。
しかし、このまま殺せば梶原景時に事件の企みを嗅ぎつけられてしまう。困ったことになる。
そこで、義時は何か考え、頼朝に伝えます。
鎌倉殿の身代わりとして死んだ男は、曽我兄弟の父を殺した工藤祐経。
その工藤祐経を仇討ちするのが目的だった、ということにすり替える。
「確かに。わしが治めるこの坂東で、謀反など起こるはずがない」
かくして君臣は一芝居うつことになります。
縛られて死を待つ五郎の前で、景時が宣言します。
「曾我五郎時致、父・河津祐泰の敵を討ち工藤祐経を切ったこと、坂東武者としてまことに天晴れ」
五郎はそう言われ、愕然とします。
そして、そんな五郎に、巻狩りでしたことは許せないから斬首だと告げられます。
義時が重々しく「鎌倉殿のお言葉である」とつけます。
「曽我五郎、おぬし兄弟の討ち入り見事であった。稀なる美談として末代まで語り継ごう」
必死に「違う!」と叫ぶ五郎。
討ち取りたかったのは頼朝だ!
祖父・伊東祐親を死なせたのも、坂東をおかしくしたのも頼朝なんだ! 聞いてくれ!
そう叫んでも義時が話を片付けてしまいます。
このあと頼朝に労われ、首は鎌倉に晒すと報告する義時。
頼朝は祐経も丁重に葬るように伝えます。そして鎌倉へ戻るのでした。
それにしても頼朝も随分と人相が悪くなりました。
画面写真を見ていてゾッとしてしまう。大泉洋さんがこんなに恐ろしい顔になるとは想像できませんでした。見事です。
そんな人相の悪い頼朝は、時政は無縁であると聞いたと義時に言います。そして君臣はこう語り合います。
「時政は曽我五郎の烏帽子親だと聞いた」
「左様でございます」
「此度の一件、北条は関わりがないのだな。信じてよいな?」
「もちろんでございます」
「よかろう。小四郎、二度とわしの側を離れるな。わしの為でもあるが、お前の為でもある」
「かしこまりました」
そして義時が「やはり鎌倉殿は天に守られている」というと、頼朝は「そうだろうか」と疑念を呈します。
今回も命は助かったけれど、これまでとは違った。
今までははっきりと天の導きを感じたのに、声が聞こえたのに、昨日は何も聞こえなかった。
「たまたま助かっただけじゃ。次はもうない。小四郎、わしが為すべきことは、もうこの世に残ってないのか……」
そう笑い飛ばすと、富士山の裾野を歩いていくのでした。
義時は鎌倉へ去る前、比奈に挨拶に行きます。そして鎌倉に戻ったら世話は無用と告げる。そう御台所にも話すと。
比奈はご迷惑なのかと悔い下がります。
義時が言葉を濁すと、もう少しお側にいたいと言い出したので、義時は暗い顔で返します。
「私はあなたが思っているよりもずっと汚い。一族を守るためなら、手立てを選ばぬ男です。一緒にいても幸せにはなれぬ。そして何より、私は死んだ妻のことを忘れることができない。申し訳ない」
「私の方を向いてくれとは言いません。私が小四郎殿を見ていればそれでいいのです」
そう言い切る比奈。彼女は恋を追いかける矢のような女性でした。
義時がベタ惚れだった姫の前(比奈)北条と比企の争いにより引き裂かれた二人
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政子は頼朝が戻ってくると、抱きついて喜んでいます。
これで事件がめでたしめでたし……となるかというと、そうではありません。
大江広元が頼朝に「範頼が鎌倉殿に成り代わろうとしていた」と告げています。
広元は確認するように申し上げたのに、蒲殿はまるで鎌倉殿になったかのように振る舞っていたと。
源範頼が殺害されるまでの哀しい経緯 “頼朝が討たれた”の誤報が最悪の結末へ
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「信じられん、範頼め……」
そう憎悪をたぎらせる頼朝でした。
敵討ちと謀反の描き方
まずこれを書いておかねばならないでしょう。
敵討ちではなく、謀反だった――こういう描き方は、実は1979年『草燃える』でもあった展開です。
ただし、オマージュと言い切れるかどうかは保留。
というのも、時代考証の坂井孝一先生の説ありきで展開していると思えるのです。
どう考えても不審点が多すぎて、ただの敵討ちには見えない。
そして後世、東洋はとにかく敵討ちが大好きなので、それが受けたということもある。
富士の裾野でド派手な展開をするということは、特に江戸っ子にとっては最高に盛り上がる話でして。
「マジかよ! 江戸から見える富士の裾野で敵討ちか、半端ねえな、盛り上がるぜ!」
こういうニーズに合致して盛り上がったことも忘れてはいけません。
そういうフィクションの力ゆえに史実がわかりにくくなるから、先週説明した点と点をつなぐ【アブダクション】=仮説形成をしたということでしょう。
ですので、“三谷流”と、三谷幸喜さんが一から、今までになかったことを思いついたように誘導することには慎重になりたい。
揉める元ですので。こういう書き方はどうかと思います。
該当部分を引用します。
「今回の脚本、すごいとしか言いようがない。通説から俗説までをすべて取り込んでひとつの物語にしてしまった三谷さん。そして、前半のコミカルな内容と後半のシリアスな内容の落差。大河視聴歴40年で初めて涙がでるほど笑いました」「三谷さんは古畑任三郎を描いたミステリ作家でもある。それも倒叙ミステリ。歴史にifはないけど、その過程の不確かな部分のifはアリでしょ。曽我兄弟の謀反を敵討ちにすり替えて、北条時政というか北条家の関与を消し去り、曽我兄は討たれてるから、あとは弟を殺せば完全犯罪…」
許可を得てか、得ていないのか、わかりませんが。SNSの意見をそのまま切り貼りする是非をどうしたって問いかけたくもなります。
そもそもSNSユーザーが必ずしもきちんと証拠を揃えて語っているかもわかりません。
それでもネットニュースになると既知のこととして広まってしまう。
実際に書き込みが存在したのか不明の場合もあります。
この手の記事は楽でアクセスも稼げるから今後も続くでしょうが、いかがなものでしょうか。
今年はまだしも、昨年の場合はネットで明らかに間違った情報が盛り上がり、それが一人歩きして歴史知識が悪化するようなことがしばしばありました。
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