鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー第24回「変わらぬ人」

源頼朝の命を狙った曽我事件

夜這いをかけようとしていた本人は運良く無事で、現場では万寿も機転を見せました。

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北条政子は無事に戻った夫と我が子に安堵しています。

「案ずるな、わしはまだまだ死なん」

どこか暗い目で頼朝がそう言うと、側近である大江広元が、扇で口元を隠しながら咳払いをして、頼朝が軽く頷きます。

それが合図かのようにして政子と万寿たちは去ってゆきますが……残された主君と家臣に注目ください。

誰の意見で事態はどう動くのか?

義時が頼朝に呼ばれて前に進みます。

 

すでに書状は渡っていた

そのころ三善康信は激しく後悔していました。

頼朝の無事を確かめず源範頼を担いでしまったため、野心があると誤解されかねない。

早まって京都へ送った書状は急ぎ呼び戻していると康信は告げるのですが……範頼の顔が暗い。焦っている。そもそも野心が無いとわかる迫田孝也さんの温厚な顔です。

範頼は、木曽義仲を討つ際、先陣争いで揉め事を起こし、頼朝にきつく叱られたことがあります。

以来、石橋を叩いて渡る性格で、逆らわぬように生きてきました。

その辺、源義経とは違います。

範頼を養った藤原範季は公卿であり、京都とより深い人脈があり、教養もありました。

一方で義経にとっての子飼いにあたる弁慶のような者を側に置いていません。慎重に慎重を重ねた人物で人間的にも温厚なのです。

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しかし、範頼と康信が懸念していた書状はすでに頼朝の手にありました。

広元が重々しく「ご自分が鎌倉殿になるつもりだ」と頼朝に迫っています。

義時は眉間に皺を寄せつつ、混乱を収めるためだ!と庇うのですが……。

「範頼を連れて参れ!」

頼朝はそう言い切りました。

巻狩りで起こった頼朝の暗殺未遂。

その余波が鎌倉を揺るがしています。

野心を抱くものを、頼朝は許しません。

範頼の書状は、梶原景時によって奪われていたことが判明しました。頼朝にとっては非常に役に立つ存在ですな。

しかし範頼の行動も、元はといえば比企の口車に乗せられたもの。

かくなる上は頼朝への取りなしを頼むしかありません。

そうして比企の邸へ出向くものの、比企能員は妻の道に止められてしまいます。

「その気になった方が悪い!」だってさ。この夫妻は道が「マクベス夫人」の役割を果たしていますね。

マクベス夫人とは、シェイクスピアの悲劇『マクベス』に出てくる女性で、夫を焚きつけ悪事へ踏み込ませてゆきます。

明治維新を迎え、シェイクスピアに衝撃を受けた坪内逍遥は、このマクベス夫人を意識しつつ戯曲『牧の方』を書いたとか。

道は、実際、どんな人物かわかりません。三谷さんが彼なりのマクベス夫人として描いていると思うとなかなか興味深い場面ですね。

彼女は、助けを求めにきた範頼に対し、平然と「夫は風邪だ」とウソをつき、範頼もまた疑うことがありません。

「風邪は寝るのが一番。お大事に」

猜疑心旺盛な、三浦義村のような盟友が側にいれば違う結果になったでしょうなぁ。まぁ、それだったら最初から朝廷へ書状など出さなかったでしょうけど。

 

力なく諦める範頼

そんな範頼を呼び出し、義時がやってきます。

義時は髭を生やしましたね。メイクではなく小栗旬さんご自身の髭なのでしょう。

自然かつ、伸ばすことでどことなく陰鬱さが増しています。成長が顔に出ていると申しましょうか。

範頼は起請文を書き、頼朝に提出しました。

それをつまらなそうに見る頼朝。

「謀反ではないと申すか」

大江広元がここで曽我兄弟の関わりを聞いてきます。

「ない」

迷わずそう返す範頼。

頼朝はそれでも都へ送った文を取り出し、なぜかと問いただします。

野心ではなく、あくまで鎌倉を守るためです――と範頼が答えても、なぜ死を確かめなかった?とさらに頼朝が問い詰めます。

「死んで欲しいという願いが先に立ったのではないか?」

これは、あまりに酷い問いかけ。

範頼は、それでも健気に謝罪を続ける。

「すべては鎌倉を守るため。これからも忠義の心を忘れず、兄上と鎌倉のため、この身を捧げとうございます! この度のこと、どうかお許しください!」

深々と頭を下げる弟に対し、冷たい目線を投げかけ、広元に促す頼朝。

迷って涙ぐむわけでもない。

しずしずと広元が立ち上がり、起請文を広げます。

「蒲殿……人の本心とは思わぬところに現れるものですなぁ」

範頼の書いた起請文には、源氏一門に忠義を尽くす、御家人になるという内容です。しかし、署名が「源範頼」でした。

源範頼
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つまり、“御家人として”の内容を書きながら、署名は“源氏一門”のものになっている。

源氏一門の一員として、兄や甥の一族を守ると書くか。

御家人の一人として、そう名乗る署名にするか。

それが食い違っている。

思わず義時が「言いがかりでございます!」とキッとなりますし、多くの視聴者もそう思ったことでしょう。

しかし広元は扇を起請文に叩きつけつつ、こう言い切ります。

「源と名乗ってよいのは、鎌倉殿とその御子息のみ」

頼朝はこれを聞き、こう弟に焚きつけます。

「さあどう言い逃れる? わしを説き伏せてみよ、範頼!」

「もう結構にございます」

弱々しくそう返すしかない範頼。

「蒲殿!」

義時も呻くように声を絞り出しています。

 

顔に焼き印をつけ、目玉をくり抜け!

鎌倉も変わってきました。

大江広元らが京都から来て、文書の形式が変わったのです。

他にも礼儀作法や官僚としての仕事など。

坂東に持ち込まれてきた状況に対し、千葉常胤あたりは「よそよそしくてやってられんわ!」と不満を抱いております。

頼朝本人だって少し前なら「まぁそういう間違いもあろう」と受け流したのかもしれない。

しかし、大江広元が変えた。

ゆえに許さない。

ここでの君臣はもちろん頼朝が上位ですが、頭の中身は広元が支配しつつあるんですね。その広元は何を根拠にそうしているのか?

範頼の処遇決定に対し政子も庇いますが「もう決めたことだ」と取り合わない頼朝。

奥へ向かっていくと、そこには比企尼が座っていました。

「なぜここに……」

頼朝はそう言い、安達盛長に気付きます。

盛長の妻は比企の娘です。比企夫妻に代わり、盛長が呼んだのでしょう。

比企尼は深々と頭を下げつつ、蒲殿をどうするのかと問います。

一門だからと情けをかけたら誰もついてこない、だからこそ見せしめに顔に焼き印をつけ、目玉をくり抜け!と煽り始めました。

「そこまでせんでも……」

「あぁ?」

「血を分けた弟でございます」

この言葉を引き出すために、彼女は煽ったようです。

「そう、あなたの弟でした。忘れてるのかと思いました」

政子も、あらためて蒲殿は謀反を起こすような人ではないと庇います。しかし頼朝は疑われるようなことをしただけでも罪だと言う。

それでも声に動揺がこもっています。

「お立場は人間を変えますね」

比企尼は優しい子だったと振り返ります。

彼女があげた小さな観音様を髪に入れ、尼の思いを片時も忘れないと語った。あのときの頼朝はどこに行ってしまったのか?

比企尼が問いかけると、あの観音像は、源氏の棟梁として甘く見られてはいけないと捨ててしまったと頼朝が答えます(石橋山の大敗時には持っていましたが……)。

「こうやって私は命を繋いできたのです!」

そう言い切る頼朝の頬を、比企尼はかなり強めに叩きます。

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盛長と政子もこれには驚くばかり。

「……お見送りを」

そう立ち上がってしまう頼朝は、こうして慈悲の心を捨ててゆくのでしょう。

 

岡崎は出家

範頼は死罪を免れ、伊豆の修善寺に幽閉されました。

修善寺は伊豆ですので、北条時政にとっても馴染みがあります。

弘法大師が開いた由緒ある寺で、鎌倉殿のお計らいがあるのだとか。ほとぼりが冷めるまでだといい、戻ってくる日を心待ちにしていると言う時政。

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範頼はしみじみと語ります。

「今思うと背伸びしすぎていたのかもしれない」

兄上のもとで力を尽くそうとすることは、私の任ではなかったと振り返る。確かに木曽義仲に平家討伐と、ずっと張り切っていましたね。

時政も、その言葉に続きます。

今のわしは分不相応のことをしているんじゃねえか。伊豆の景色を眺めていると、無性にあの頃に戻りたくなるのだ。

そんな時政に兄のことを頼む範頼。なんだか良い場面ですが……いや、ちょっと待ってくださいよ。

時政は曽我五郎の烏帽子親で、【曽我事件】に関与していないわけがない。

頼朝とその周辺はスキャンダルを隠そうとしたのがわかるわけですが、処断が曖昧なのでわかりにくいことになっています。

時政および義時への処分が軽すぎることは考えたいところ。

そして処分はもう一人、岡崎義実が出家しました。

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そこへ梶原景時がやってきます。

首を刎ねられる前に鎌倉殿に会いたいと告げると、景時は命を取るなら出家はさせないと言います。

石橋山にも参戦した功を頼朝は汲んでいるとのことで、義実はそこで嫡男を失っています。

「そういうことも、あったな……」

武人としての温情が消えたわけでもない。

義実が鎌倉を去ったことで、事件はとりあえず決着したように思えるのですが……。

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