鎌倉殿の13人感想あらすじ

禍々しい鎌倉がなぜ大河の舞台になったのか?シェイクスピアから考察

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シェイクスピアと鎌倉殿の13人
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『ゲーム・オブ・スローンズ』との関連性

『鎌倉殿の13人』の執筆にあたり、かねてから三谷さんが「お手本」と明かしていた『ゲーム・オブ・スローンズ』。

2010年代に世界で大ヒットしたこのドラマは、中世的な世界観が漂っており、イギリスの【薔薇戦争】がモチーフの一つとされたりします。

そんな『ゲーム・オブ・スローンズ』の中にも「シェイクスピアからの人物」がいます。

例えば、作中随一の悪女とされるサーセイ・ラニスターは、マーガレット・オブ・アンジューがモチーフの一人とされます。

卑劣な謀略を駆使して、敵を屠る。暗殺を見ながらワインを飲む姿が禍々しい。サーセイこそ悪女の中の悪女でした。

そこには執筆年代にあった偏見も反映されています。

フランス人であること、そして女性であること。彼女は弱気な夫・ヘンリー6世にかわって奮闘する気の毒な女性といえます。

しかし、女性でありながら男のものであるはずの政治や戦争にまで絡むこと、イギリスが嫌うフランス出身であることから、わかりやすい悪役として造型されているのです。

サーセイは嫁ぎ先の王家を乗っ取り、先立たれた我が子に代わって王座に座る。

北条政子は、こうした悪女像に近い立ち位置でありながら、そうとは見えない人物に描かれています。性格としては、むしろスターク家のキャトリンに似ているでしょうか。

夫と我が子を次から次へと失い立ち向かう点ではサーセイと同じ立場なのですが、キャトリンは強さに加えて優しさもある女性です。

こうして、権力に近いからこそ悲劇に見舞われる女性像を深く描くという点で、『鎌倉殿の13人』はシェイクスピアを踏まえ、さらに『ゲーム・オブ・スローンズ』をも踏まえ、新境地を目指しているともいえそうです。

 

「神秘的」な中世

シェイクスピア作品は、イギリス文学における古典中の古典。

実際に読み進めていくと、現代のイギリスにはなかった現象も出てきます。

その最たる例が宗教改革です。

シェイクスピアの生きた時代は、カトリックからプロテスタントへ移る真っ只中であり、イギリスを舞台にした史劇の登場人物はカトリックの価値観で動いています。

カトリックとプロテスタントの価値観は異なります。

日本史であれば【踏み絵】がわかりやすいでしょう。

カトリックならば、踏むことはできない。ためらってしまう。

一方、プロテスタントは「こんなのただの絵でしょ」と笑いながら踏める。

キリスト教徒でも、物事への考え方が異なっていて、同じイギリスでも、シェイクスピア劇中と、ナポレオン戦争時の軍人では言動が大きく異なります。彼らは守護聖人や聖遺物に頼ることはありません。

英国国教会信徒にとって、カトリックの信じていることは迷信じみていておかしい――そんな風に肩をすくめたくなるものがあり、しばしば厄介な差別意識にまでつながっていたものです。

宗教的特徴で時代が分かれる――この状況は、日本史にもあてはまります。

東洋では、複数の宗教が並列して存在し、例えば日本であれば同じ家に神棚と仏壇が並んでいても全くおかしくありません。

しかし中世から近世にかけて、ある意識が生まれました。

シャーマニズムに結びついたものは「古臭く迷信じみている」と見なされるようになったのです。

『鎌倉殿の13人』では、仏僧である文覚が呪詛を引き受け、阿野全成は嵐を呼ぼうと祈祷しました。

天変地異を起こす術の類は、本来、仏教ではなく、道教由来のものが多い。日本の仏教は、中国を経由する過程で、そういう道教要素を含めて伝播されてきました。

しかし仏教も時代と共に洗練されてゆきます。

あやしい妖術じみだ要素は徐々に取り除かれ、江戸時代に、幕府が儒教を本格的に取り入れると、教養人の間ではこんな言葉が根づくほどでした。

子、怪力乱神を語らず。『論語』「述而」

【意訳】まっとうな人間はオカルト話をしないものです。

庶民ならば狐に化かされただの。幽霊に祟られただの。そんな話をする一方、武士、儒学者、教養があると自負する人たちは「そんな話をするわけにはいかぬ」と眉をしかめる。祈祷や祟りを語るにせよ、先祖供養といった言い訳をするようになったのです。

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イギリスでプロテンスタントが国教になったのは、織田信長と同世代であるエリザベス1世の時代。

日本で儒教が国教として本格的に取り入れられるのは、徳川家康の開いた江戸時代です。

イギリス人も日本人も、17世紀に向かう中で意識改革が起き、おとぎ話を信じきるばかりではなくなりました。

だからこそ、です。

こうした状況を逆手にとり、現代作品に敢えてオカルト的な話を取り入れると、中世らしい空気が一気に出てくる。

中世と近世の違いは何か?

武器であれば弓と鉄砲ですが、それだけでなく幽霊や妖怪、呪詛の扱い方でも醸し出せる。

近世のエンタメから失われていった毒々しい要素を、敢えて取り戻したい――。

そんな風に創作者が考えたとき、西洋史であればシェイクスピア、そして日本史ならば鎌倉時代へ向かうのは必然の流れだったのでしょう。

前述の通り、2010年代に『ゲーム・オブ・スローンズ』が世界的に大ヒットをおさめました。

アメリカ製作のこのドラマは、イギリス史の【薔薇戦争】がモチーフのひとつとされております。中世の西洋を模した世界観があればこそヒットしたと分析されています。

中世を象徴するような暴力、魔法、残虐、権力闘争の熾烈さ等の諸要素へ回帰したことが、かえって斬新に思えたのですね。

ならば、それは日本だって同じこと。

我が国は素晴らしいとか、こんな英雄がいたとか、そういうプラス面だけでなく、敢えて熾烈な権力闘争をドス黒く描くことにも意義があるのではないか?

大河ドラマにおいて、そう挑んだ結果、北条義時が選ばれ、シェイクスピアを意識できる三谷幸喜さんに脚本が任される――これは必然の流れと言えるのかもしれません。

明治時代の文人が挑んだものと共通するアプローチがある。

世界の潮流から選ばれた『鎌倉殿の13人』は、大河の歴史を一歩前に進めた作品として記憶されることでしょう。

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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
北村紗衣『不真面目な批評家、文学・文化の英語をマジメに語る シェイクスピアはなぜ「儲かる」のか?』(→amazon
細川重男『鎌倉幕府抗争史: 御家人間抗争の二十七年』(→amazon
森和也『神道・儒教・仏教』(→amazon
星亮一/一坂太郎『大河ドラマと日本人』(→amazon
スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』(→amazon
Bookwise(→link

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