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【麒麟がくる第9回】
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妻木城では、暑い折によう来てくださったと感謝しております。光秀は、幼いころ父に連れられてよく来ていたからと案内を断り、中を見て回っております。
廊下を歩いてゆくと、子どもの笑い声がします。あたりには花びらが落ちております。その花びらを拾い、彼は何かを考え込んでいます。
部屋に入ってゆくと、こんな女性の声がしました。
「もし、戸を閉めてくださいませ。鬼に見つかってしまいます」
「鬼?」
「かわいい小鬼三匹が私を探しているのです。かくれんぼにございます」
そう彼女は言い、手を引っ張って一緒に隠れるのでした。
光秀は優しくこう言います。
「しかし、表には花びらが落ちておりましたよ。あれでは小鬼たちも気付いてしまう。その花びらをどうなさいます?」
「私を見つけたら、花吹雪を浴びせてやるのです」
ここで光秀は、何か思い出したようです。
「覚えがあります。わしもここで鬼となり、かくれんぼを。隠れていた女子をみつけて、花吹雪を浴び……そうかあれはそなたか。煕子殿じゃ!」
「はい! またお会いできて嬉しく思います」
光秀も、この城の花びらに麗しい思い出はあるとうっすら感じていたのでしょう。だからこそ花びらを追いかけて、彼女と出会った。帰蝶との態度と明らかに違います。
帰蝶の光秀への思いは、恋心であったかもしれませんが、少なくとも光秀側はうれしいわけでもないようです。
モテモテがありがたいという【常識】はもううんざりさせられます。好きでもない相手に思われることは、人によってはただ重たいだけ。光秀はそういうタイプなのでしょう。
煕子は明るく語ります。
「里も屋敷も、何もかも昔のままにございます」
「うむ、この庭も懐かしい」
ここで煕子は、城下の祭りの思い出を言い出します。最初に光秀がここへ来たのは、祭りの日。笛の音がかすかに響く中、廊下を歩きながら光秀は煕子に告げていました。大きくなったら、十兵衛のお嫁におなり、って。
「そんな……ことを」
「子どもの頃の話にございます」
ここで軽く流せず、困惑するわけでもない光秀。いけますね。なまじ鈍いだけに、これは好感触だとわかります。
子どもたちがやって来ました。
「みつけたぞ、みつけたぞ!」
「なんと、鬼に見つかってしもうたぞ」
「もう逃しませぬ!」
「逃げてみせようぞ、それー! こっちじゃこっちじゃ」
ここで光秀は、花吹雪を巻く煕子を見ています。
長谷川博己さんの本領が発揮されています。
相手が駒でも、帰蝶でも。こんな明るく花が咲くように微笑む顔にはなっていない。これはいけます。スローモーションで煕子を目で追いかける映像になるあたり、完全に恋に落ちてますわ。
色気だの艶だのやたらとうるさい光秀ですが、今まではなんだったのかと思えるほど、キラキラしております。
これはわざとベタにしているのでは?
キャストビジュアルの時点で、煕子はピンク色の着物、しかも花を持っております。
例えば帰蝶が花を持つでしょうか?
食べられないのに?
彼女が人の心を癒す、素直で優しい人物であるとわかります。ある意味ここまでベタなヒロインだと、かえって難しいかもしれない。帰蝶あたりと比較してつまらない、地味という声もあるかもしれませんが。
でも、近くにいたらありがたいのは、こういう女性ではありませんか。
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光安の【十兵衛結婚大作戦】
さて、明智荘では光安がソワソワしております。牧と囲碁をするものの、気もそぞろ。
はい、ここで明かされました。
光安の計画「十兵衛結婚大作戦!」
光安:妻木殿にはもう伝えてある。そろそろ十兵衛も、結婚適齢期。照子殿もよい年頃。出会いをセッテイングしてみました!
牧:雲を掴むようでは……?
光安:麗しい煕子殿がいる! あとは妻木殿がよろしくとりはからってくださる。
牧:どう取り図るのです?
光安:それはわかりませぬ。十兵衛がその気になってくれればめでたいのじゃ!
光安の計画も雑と言えばそうです。しかも、十兵衛の硬さを甘くみているのでしょう。母である牧は、そこを理解していて半信半疑であると。
ただ、目の付け所はよい。
光秀と煕子のロマンスはベタではあります。信長と帰蝶と比較するとわかりやすいですし、こちらで十分よいだろうとは思います。
もう見なくていいんだ……木登りしたり、暴れ馬を止めるヒロインと、それに惚れるヒーローは。
明智光安なりに考えてきました。
亡き兄に、光秀が身を固め、一家の主になったとき、この城を返す。その時まで守る。そして兄上がそうであったように、立派な城主になってもらう。それまであともう一息じゃ。
光秀の父・明智光綱は本当に父親か?詐称疑惑もある謎多き出自とは
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牧は、明智がながらえたのも光安殿のおかげと感謝しております。
「牧殿にそのようなことを言われると……」
そう謙遜する善人。それが明智光安です。
甥を殺害してまでトップに立とうとする叔父は、古今東西いるものでして。土岐家もそうでしたね。明の永楽帝のよる「靖難の変」もその一例です。光安はそういう野心家ではないと。
そしてその光秀が帰ってきます。
なんでも妻木殿に酒を勧められ、庭や山の話で盛り上がったそうです。
光安は、妻木殿の立派な姫君のことを持ち出そうとしますが、光秀は酒を飲まされつつ、庭や山の話をしたというばかりです。
「今日は館へ戻り休みます。では」
これには光安も牧もがっかりしてしまいます。でも、失敗ではないようですよ。
光秀は、廊下であの花びらをじっと見つめています。その心にまで、煕子が花びらを撒いていったようです。ハセヒロさん本気の恋愛演技です。
清らかですねぇ。情熱的というよりも、ゆっくり花開くようなものを感じます。
かくいう私も、光安には全面賛成じゃ。毎週、光秀と恋愛してほっこりきゅんきゅん感想ばかりで、流石にもっと暗殺トークが見とうなってきた。
光秀が身を固めれば、もっとそういう感想巡りができるのではあるまいか?
駒は傷心を癒せるのか
さて、京都では。望月東庵が壁に向かって叫んでおります。
「一服一銭、よい茶でござる。茶はいかがかな」
そこへ茶を売る商人が。彼に何をしているのかと問われると、鼠が出るから壁の穴を塞いでやろうとしていると言います。茶売りも「うちも夜中になると鼠がうるさいのなんの」と愚痴を言うのです。
東庵は、うちは飾った花まで食われると言います。花なんか食って腹の足しになるんですかね、そう返す商人。
そうそう、花は腹の足しにはならない。東庵は彼なりの鼠増加論を語ります。
「わしらも鼠も、恨めしいのは戦じゃ。戦の度に人が減って空き家が増え、空き家には食うものがないから引っ越して来る」
「人が減ってわしらの商売もあがったり」
「そうか、じゃあ一服もらおう」
かくして東庵は茶を飲むのです。何気ない会話のようで、戦争による傷痕について語られております。
そのころ、駒は針治療をしておりますが調子が出ない。
「いたたたたたっ!」
「ごめんなさい!」
「何やってんだよー」
駒ちゃんではだめだ。先生呼んでくれと言われるのでした。
茶を飲んでいる東庵に、駒は自分では針治療ができないとこぼすのです。
「私駄目です、駄目みたいです……」
「ああ、そうか……」
東庵も思うところはあるようですね。
「駒はこのところこうなのじゃ。困ったもんじゃ」
東庵は茶売りにそう打ち明けます。
駒のことを「うざい」だのなんだの言わないでおきましょう。帰蝶とのよい対比です。ふっきって、信長と鉄砲を撃っている帰蝶は、乙女心がないわけではないにせよ、変わっているのです。
するとそこへ、賑やかな声がしてきます。
「参られよ、参られよ、参られよ。伊呂波太夫がひと踊り、伊呂波太夫がひと踊り」
見たい!
そう思いますが、伊呂波太夫の姿は来週までおあずけです。
MVP:織田信長
豪華な登場でした。
前々回が一瞬だけ、前回がかわいいだけでよくわからない。
そして今回、一気に彼の本質まで迫る言動が見られました。
個人的な感想としましては、事前予想通りです。ただ、寛大な編集さんからボツを喰らうくらいよくわからん予想だったので、まぁ、なんとも言いようがないかな。
光秀の長谷川博己さんも毎回素晴らしい。
そして染谷将太さんの信長は、打てば響く想定どおりの演技をしていて、作り手としてはたまらんものがあると思います。
セリフがない時でも彼は動いている。飽きて途端にやる気のない顔になるとか。機嫌の悪い時はドスドスと歩くとか。側にこいつがいたら嫌だ……しみじみそう思えるのがすごい。
信長については「私が読んできた信長像とは違うようです」という声は毎週どこかで見かけます。作り手は「誰も知らない信長像」と言い切っているのに、それを毎回「違う」と言ってどうするのか、って話です。
人間の認識は進歩をしております。
それは夢を壊すということでもある。
成功したリーダー、カリスマ性のある人物は、きっと道徳心があるはずだ――。
これは所詮嘘だと、21世紀になればわかってくる話なのです。
スティーブ・ジョブスの作った製品は素晴らしい。けれども、ジョブスの人間性は素晴らしいの? そういう話です。
※ジョブスの性格は、各自お調べください……
そういう人物像への幻想から目覚め、最新鋭の研究を踏まえて歴史上の人物を踏まえてゆくと、おもしろいものが見えて来る。
それを踏まえて「新しい信長像」にするわけです。それをじっくり見ていきたい。絶望することには、なるでしょうけれども……。
総評
うつけとは何か?
愛想とは?
人間そのものがおもしろい。そこに到達しつつある本作ですが。
本作の信長にせよ、家康にせよ、光秀にせよ。現代で進路相談した場合に何と言えばいいのか、だいたい想像はつきます。各々の特徴はこんな感じです。
信長は、作業効率に関係ないスーツやネクタイ着用に反発する。ランチに同僚と行くと空気をぶち壊す。
家康は、じっと見つめて観察していて、なんとなくキモい奴と同僚に好かれない。
光秀は、お人好しなのだがマルチタスクができず、パニックに陥るかもしれない。
パーティションで区切れる。ヘッドフォンをつけてもいい。フレックスタイム。いっそのことテレワークで、プログラミングでもやればよいのではないかということです。
飲みにケーション? それは秀吉さんに任せましょう。
内閣総理大臣に向いているかどうか? そこはわかりません。
今週は素晴らしいところがありました。
「今作での織田信長は、うつけな描写は控えめなのかな? 見ていてもうつけかどうかわからない」
これも、今回の生首サプライズギフトで終わりでしょうか。
うつけとは?
人間の知能判断基準って、そもそも何なんでしょうね?
前述の通り、IQだのEQだの出身校偏差値だの、いろいろありますが。
空気を読めない。口が悪い。意に沿わない。そういうタイプは“うつけ”だの“クソ”だのと評価される。そのことは実体験を通して理解しています。
自分の意に沿わぬ意見、知らないことを言う人間がいたら?
理論と関係ないところで馬鹿にして、威張り散らせばそれだけで優位に立てる。そのうえで相手をバカと言い切る。ありがちなパターンです。
女性研究者に「ブス!」と言えば勝てると思っている男性が典型例ですかね。
※こういう感じ
本作の光秀は、恋心に反応しないから「鈍感」で「ツッコミどころ満載」と言われる。同意が曖昧だろうと、一緒に寝た駒を襲わないからおかしいとすら言われる。
信長は、もはやわけのわからない誹謗中傷にツッコミつつある。
家康は、かわいい子役。今のところは。
本作のおもしろいところは、人間の主観的な評価がどれほど一方的であるか痛感できるところだと思えてきます。
人間そのものがどれほどおもしろく、悲しい存在か。そういう吸引力がある。
まだ信長のことを書けるので書きますが。
信長は、別に二面性はない。
いつでも自分自身の感情に素直で、激しく出してしまうところだとは思う。
かわいい顔をして怖いことをすると言われたところで、なにがかわいいのか、なにが怖いのか、本人は全然理解できていない。
気がつけば、嫌われていて。
好きな親にも、周囲にも、嫌われてしまっていて。
犬の群れの中に生まれてしまった猫のような、そういう戸惑いを感じる。
猫には猫のやり方がある。
それなのに、爪を引っ込めるのが気持ち悪いだの、喉を鳴らすのが不吉だの、目がそもそも不気味だの、気がつけば生きることそのものを否定されてしまう。
圧倒的な孤独があるんでしょう。
そんな犬の中の猫として生まれて、できればこんなふうに生まれたくなかったと悩む。自分はどうしてこうなのか、みんなとどうして違うのか? 何のために生まれてきたのか?
自分が何者なのかすら、理解できない。
だからこそ、目の前の興味を持ったことは全力で取り組むだけ。そう戸惑う信長が、光秀という理想の膝であたたまることを覚える。
けれども、光秀はやがて気付く。この猫は、人を食い殺す虎なのだと……。
結局のところ、人間像をおもしろく描かなければ、手癖や芸で盛り上げるにせよ限界がある。
そう確認できた、今週も濃密な時間でした。
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文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
麒麟がくる/公式サイト