皆さん、三週に渡って大丈夫ですか。武者震之助です。
政次ロスが話題を呼んだ一方、「小野政次がいなくなったら視聴率落ちるでしょ? どうせ高橋一生めあてでしょ?」なんて調子の記事も多く、少々イラ立ちが……。
中には、視聴率目当てで生き返らせるなんて荒唐無稽な記事もあり、もはやドラマを見ずに原稿を書いているとしか思えません。
あのシチュエーションから実は生きていた――なんて展開になったら平日昼間にテレ東で流れるC級映画より痛いではないですか。
政次は、本懐を遂げたんですよ!
一方でこんなうれしいニュースも。
◆直虎効果は大、奥浜名湖の旅へ 静岡県浜松市(→link)
ディープなファンは、ゆかりの地めぐりをしたくなるだけの魅力があるということですね。
本作はむしろ、五年や十年先取りしたドラマだと私は信じています。
視聴率の伸び悩みはむしろ時代を先取りしたからこそ。
十年後、二十年後、本作はきっと名作として語り継がれ、高橋一生さんや柳楽優弥さんは大河主演を果たしている可能性も高いと思います。
柴咲コウさんもあの挑むような眼力で、かつての岩下志麻さんが演じていた北条政子あたりの役柄をこなせるはずです。
私は本作にどっぷりとはまっております。最終回まで見届け、ファンで居続けます。
今後もきっと期待を裏切らない。そう信じています!!
殺戮の舞台・堀川城で龍雲丸は生きていた!
さて今週は、殺戮の舞台となった堀川城(堀川城の戦い)から始まります。そこは泥の中に屍がいくつも転がる地獄絵図でした。
「吾が気賀に城など建てるから……(第26回)」
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あまりの惨状を見て苦しむ井伊直虎。あの希望に満ちた城の様子がこの結末です。
ここまで計算してドラマを組み立ててきたのだとすれば、あまりに惨いことをします。
南渓和尚、傑山宗俊、昊天宗建ら龍潭寺の僧たちは「生きている者はおらぬか!」と叫び、生存者を探し回ります。
「次郎、前後際断(今この時を生きる)ですよ」
そう直虎に声を掛ける昊天。
直虎も声をふり絞り「生きておる者はおらぬか!」と叫びます。
泥に落ちた何かに脚をとられ転ぶ直虎。それはかつて直虎が龍雲丸に、話の流れであげることになっていた水筒です(第16回)。
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その近くに、瀕死の重傷を負った龍雲丸が倒れていたのでした。
意識のない龍雲丸に口移しで薬を飲ませる直虎
やっと見つけたかすかな希望を生かすべく、直虎たちは奔走します。
まずは看病のために龍潭寺へ。
苦悶の声をあげ、意識すら戻らない龍雲丸を、直虎は懸命にケアします。
泥に汚れた白い袖は、前回頭巾についていた政次の“血のしずく”とは対称的で、今度は生きるための希望のように見えます。
片口を使っても薬を飲み込めない龍雲丸のため、口移しで飲ませる直虎。
予告編ではドキッとさせられましたが、本編で見ると懸命な雰囲気であって、色っぽさはあまり感じさせません。
南渓は瀬戸方久に問いただしました。
「なぜ気賀があれほどの目に遭わされたのか?」
これに対し苦しげな表情で、酒井忠次が提案した「見せしめ」のためだったと語る方久。
確かに効果は発揮されました。この「撫で斬り」の結果、浜名湖で粘っていた大沢基胤は降伏に至ったのです。
簡単に殺される者たちとて一つ一つの死は簡単ではない
撫で斬りとは、敵や逃げ惑う相手を次々に斬り倒していく行為です。
このような戦国時代における「撫で斬り」の効能もきっちりと描くわけですが、本作は「見せしめの意図や効能があるにせよ、だからといって殺された側は納得するのだろうか?」と問いかけているように思えます。
(※気賀・堀川城での撫で斬りは史実であり、戦国未来氏の記事に詳細が・興味深い内容です↓)。
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従来の作品ならば「それも戦国時代だから仕方ない」となりそうなところに、きっちりと「それはそうだろうか? 殺される側はそれで納得するのだろうか?」と問いかける。
それが本作の真摯さでしょう
そしてまた、この場面で徳川家康は納得できていないのです。
発案者の忠次はもちろん、信心深いことでも知られる本多忠勝も、撫で斬りとその成果に納得しているのも関わらず、家康はそうではない。
そして家康は、石川数正経由で松下常慶を呼び出すことにします。
松下常慶とは、山伏の格好をした家康の密使役で、諸国との密かな連絡・橋渡しに重宝している存在ですね。
直虎による井伊家傘下入りの密約のときにも活躍しておりました(結果的に小野政次は近藤康用に裏切られるワケですが……)。
「父は殿の謡うような経を聞きたがっていました」
龍雲丸の容態は一進一退です。
直虎まで体調を崩し、フラフラ。そんな直虎を見て昊天が「次郎にできることは私にもできます!」と休ませます。
「いいから休め」ではなく、ちゃんと直虎がする看病をすると言うところが実に賢く、優しい。昊天さんは癒しです。
直虎が休もうとしていると、まだあどけない少年がやって来ます。
鈴木重時の子・重好でした。
重時は徳川に従い今川攻めに向かい、命を落としていたと語ります。

まだ幼い子の口から語らせることで、死の重たさを出します。父が命を落とした場所に、こんな幼い子が向かわざるをえないのです。
前回の重時は、小野政次の辞世を届け、詫びていたわけで。いい人ほど亡くなってしまうのか、と思ってしまいます。
亡父のために経を上げて欲しいという重好の願いを一端は断る直虎ですが、「父は殿の謡うような経を聞きたがっていました」と再度請われ、読経するのでした。
柴咲さんの美しい声が流れます。この美しい経はサントラ盤でも聞けます。
「美しい経でした。父もさぞ喜んでおられましょう」
そう礼を言う重好。その幼さに直虎は哀れを感じています。
ゴクウ、力也、モグラ以外は、死ぬ場面が描かれていない
直虎の経が龍雲丸を呼び戻したのか、やっと意識を取り戻しました。
「よう戻ってきてくれた……」
喜びの涙を流す直虎。
政次の死で凍り付いた心がやっと蘇えり始めたのです。龍雲丸を癒す過程で、直虎自身も自らを癒していたのでした。
龍雲丸は南渓に仲間の生死を尋ねます。
が、南渓は言葉を濁します。
ゴクウ、力也、モグラ以外は、はっきりと死ぬ場面が描かれておらず、死体も見つかっていません。公式サイトの登場人物欄も、龍雲党はグレーアウトしていません。気になるところです。
龍雲丸は生き延びたのが俺みたいなのでよかったのか、と言います。
そして幼い頃の落城した経験を思い出し「また……かね」とつぶやくのでした。
一方、掛川城では家康の密命を帯びた常慶が、和睦の申し入れをしていました。
今川方は驚いています。
南渓が口移しで飲ませた……ってマジか!?
直虎に、薬を差し出される龍雲丸。
渋々それを口に含み、さらにムリに飲み込むと、薬の苦さに「これは人が口にするもんじゃねえでしょう」と思わずぼやいてしまいます。
とはいえこれは元気が出つつある証拠でもあり、方久から「やっと自分で飲めるようになりましたねえ」と言われ、そこで思わず聞き返すのです。
「片口でなけりゃ、俺はどうやって飲んだんですかねぇ?」
そう疑問をつぶやく龍雲丸に、自分ではなく南渓が飲ませたと嘘をつく直虎。
「ええっ、和尚様が!?」
当惑する龍雲丸のもとにタイミング良く南渓がやってきて、しかも和尚はなぜか距離をつめてスキンシップをはかります。

思わずたじろぐ龍雲丸に、噴き出す直虎。
背景でのんびりと過ごす猫の“にゃんけい”もあわせて、のどかな雰囲気が漂っています。
そこに近藤の家臣(主君同様もみあげが濃い)が何かを頼みにやって来て、緊迫した空気が流れるのでした。
「近藤の者など一人残らずのたれ死ねばよいのじゃ!」
近藤の使者によりますと、館に負傷者がいるようで、看病して欲しいとのこと。
直虎は昊天だけでいいと主張するのですが、龍雲丸は恩を売るためには直虎が行けばいいと言い張ります。
「近藤の者など一人残らずのたれ死ねばよいのじゃ!」
たまらす言い返す直虎。
龍雲丸は直虎の傷の深さを知ったのか「そりゃそうですね」と納得しかけます。
しかし、次の場面では結局直虎も昊天とともに近藤の館へ。
そこには、脚に深い怪我を負い、脂汗を流し、苦悶の表情を浮かべる近藤康用がいました。
もはや二度と馬にも乗れないほどの重傷です。
近藤は自分の治療に来た者の正体を知り、怯えます。
「何故この者たちが……ヒッ、わしを殺す気か!」
直虎は小刀を握り、鋭い眼光で近藤をにらみ付けます。
ほんの一瞬ですが、このまま直虎が刺し殺すのではないかと思うほどの殺気。
「殺すつもりならば、このまま捨て置きます」
直虎はそう言うと近藤の治療にあたります。
少々手荒にしようが、脅そうが、視聴者はむしろ溜飲が下がる展開でしょうね。
傷口に死なない程度に塩をすり込むくらいしてもよいかも。あれだけ脅せたのならば十分かもしれませんが。
近藤もまた苦しみ、憎しみは憐憫に化学変化し
直虎は龍雲丸相手に、近藤がむしろ哀れだと語ります。
憎しみは憐憫に変わりました。
近藤の脚負傷は史実よりもあとにずらされているわけですが、秀逸な改変だと思います。
この当惑ぶりからすれば、近藤も良心の呵責に悩まされています。身の丈にあわぬ策を弄して心を痛め、復讐に怯えているのでしょう。
視聴者の憎しみを一身に集めた近藤ですが、彼もまた苦しんでいます。
その姿を見せることで、直虎も見ている側も、怒りが憐れみに変わるのです。うまいやり方だと思います。
近藤は、我が子・義信を死に追いやっても動じない武田信玄、策のために同じ主君に仕えた春日信達を殺してもひとっ風呂浴びて平然としていた昨年の真田昌幸とは違います。
策を弄し、そのことで苦しむ近藤は弱い人間でもあるのです。
近藤を憐れんだ直虎は、さらに龍雲丸に語りかけます。
戦に勝つということはどういうことなのか。勝っても次の戦いがある。戦死して声変わりもしていない跡継ぎを戦に出すことになる者もいれば、負傷して馬に乗れなくなる者もいる……と。
「大名は蹴鞠で雌雄を決すればいいと思うのじゃ!」
掛川城では、家康と氏真の対話が実現しました。
なぜ和睦するのかと尋ねる氏真に、家康は自分たちもすり減っているから、好きで戦をしているわけではないから、と語ります。
この家康像は、昨年真田信繁相手にしみじみと「戦は嫌いじゃ」と語っていた家康像と連続性があります。
戦は嫌い。それでも戦は得意。
そんな家康だからこそ泰平の世をのちにもたらすこととなるのでしょう。彼の人格形成の一端が見てとれます。
戦が嫌いだ。
それは氏真も同じ気持ちでした。
「大名は蹴鞠で雌雄を決すればいいと思うのじゃ! よいと思わぬか? 揉め事があれば戦のかわりに蹴鞠で勝負を決するのじゃ。それならば人は死なぬ、馬も死なぬ、兵糧もいらぬ。人も銭もかからん」
と、突拍子もないことを言い出す氏真。
笑いを取るつもりかと思っていると、なかなか深い言葉が続きます。
「ところがそれでも戦になる。蹴鞠のうまい者をめぐり争いが起こり……また同じことが起こる」
いやあ、シビれますね。この台詞。自分の得意分野なら一番になれるという強がりかと思ったら、「何故人類は戦争をやめられないのか?」というような根源的な話に流れてゆきます。
素晴らしい。森下氏のセンスに脱帽しかありません。
それに現在のワールドカップのようなスポーツイベントには国威発揚という代理戦争のような部分もあるわけです。
本質を突いた台詞をボディブローのようにかます森下氏。素晴らしいと何度言っても足りません。
そして氏真は感激し、家康に感謝の意を示します。
「和睦はありがたいぞ、三河守殿!」
「はい、太守様」
幼なじみならではのヤリトリですよね。いやぁ、本当に、掛川城まで氏真を追い詰めたのが家康で本当によかったですね。
これが武田信玄だったらどうなっていたか……。
こういう家康の姿勢は、昨年の『真田丸』で「武田が滅びたというのに、ちっとも嬉しくないのは何故じゃ」とぼやく家康とも連続性を感じさせるのでした。
子供たちが囲碁をスタート! その打ち筋は政次であった
そのころ、龍潭寺では昊天が薬作りに励んでいました。癒やし系僧侶ですね。
昊天は西国で薬学を学んだのだと、傑山が方久に説明します。
薬研で薬を作る昊天を見て、方久は何かひらめいたようです。
「カーン……」
製薬ビジネスに活路を見いだしたのでしょうか。
龍雲丸は直虎に体を洗ってもらいながら、実はさして井伊は負けてはいないのではないかと語ります。家名と土地は失ったものの、皆は生きているし、民百姓は戦に動員されていない、と。
「しかし、但馬を失うてしまった」
そうつぶやく直虎。
そこへ中野直之が顔を出します。隠し里の皆から手紙を預かってきたという直之です。
なんだか今では彼の顔を見るとホッとしますね。
井伊の皆は節約しつつもなんとか暮らしていました。
祐椿尼は薪割り、なつは台所仕事に励んでいるとのこと。
小野政次の甥・亥之助と中野直之の弟・直久は小石を拾い、囲碁をしだしたそうです。二人とも手筋が政次と同じため、勝負がなかなかつかないのです。
囲碁を通じて政次がそこにいるようで、なつたちは泣き出しました。悲しくて、嬉しい。そんな復活です。
政次のモノマネブーム到来 少しずつ回復していく井伊家の人々
それからは井伊の人々の間で政次ブームが起こります。
不謹慎ながらモノマネが流行しているとのこと。悲しみを笑えるようになった、たくましい姿がそこにありました。
まあ、ネタにされている小野政次はちょっと可哀相な気がしますが、おまえら秘かにどんだけ政次をガン見してたのよ……真似できるほどかよ、好き過ぎるだろ、という突っ込みが。
これも高橋一生さんの特徴的な演技あってのことですね。
こんな形で政次ロスを癒す本作、凄すぎませんかね。
「なんだ、但馬は生きておったのか」
涙をはらはらとこぼし、微笑む直虎。
「残念ながら、皆の中にも、虎松殿の中にも、しぶとく生き続けましょう」
ツンツンしながらデレデレとそうフォローする直之です。
「そうか……そうか……」
これは視聴者もそう言いたいところでしょう。政次が遺した生きた軌跡を見る楽しみが私たちには遺されました。
なぜ自分が生き残ってしまうのだろう……と共感しあう直虎と龍雲丸
方久と辰はいつの間にか剃髪しており、龍雲丸を驚かせます。
戦道具を売る「死の商人」ではなく、薬を売る「生の商人」になると宣言する方久。
ないところにはバラ撒き、あるところからはふんだくる。そして巨万の富を得るという方久。こういう復活の形もあるわけです。
「頭はこのあとどうするのですか?」
と、方久らから尋ねられ、「そうでさあねえ」と遠くを見る龍雲丸。
その姿が見えなくなったと聞いた直虎は、慌てて探し歩きます。そして気賀の龍雲党アジトにたどり着くのでした。
病み上がりの龍雲丸は倒れ込んでおりました。
「誰か戻って来てるかと思ったんですがね……悪運が強いというか、どうしていつも、俺だけ生き残っちまうんですかね」
珍しく弱音を吐く龍雲丸。
ふてぶてしさだけではなく、弱さも表現できる柳楽優弥さんの演技力が光ります。
直虎はこう返します。
「吾もじゃ。吾ばかりが生き残る。此度もなぜ但馬ではなく、役立たずの吾が生き残ってしまったのじゃと思う。なれど、そなたを助けることだけはできてよかった。そなたが生きておってくれてよかった」
涙ながらにそう語る直虎。思えば似た境遇同士の二人なのでした。
文才や風雅等の長所を生かして長寿をまっとうする氏真
掛川城では、晴れやかな顔をした氏真が酒を飲んでいます。彼は、妻の春にこう語ります。
「肩の荷が下りた気がする。桶狭間から十年。わしは身の丈にあわぬ鎧をつけられておったような気がするのじゃ。これからはわしのやり方でも、梶が取れるような気がするのじゃ」
よかったなあ、氏真。愚将だの何だの言われる氏真ですが、十年間もよくぞ頑張ったと思います。
凡庸な器量なのに、「大今川」という大きな荷を背負わされて、よくぞここまでしのぎました。その顔は本当に晴れ晴れとしていて、見ているこちらもお疲れ様と肩を叩きたくなるくらいです。
「頼りにしております」
春はそう返します。
氏真は彼本来の才能である文才や風雅に長けた長所を生かして長く生きることになります。その傍らには春がいました。
敗者かもしれませんが、幸せで充実した人生を送ったのが今川氏真です。
勝者が幸せなのでしょうか。
そう問いかけた直虎。氏真の生き方は、その問いに対する「敗者でも幸せである」というひとつの答えです。
こうして掛川城には徳川家康が入り、遠江は徳川領となりました。満足げな家康ですが、忠次はこう言います。
「これで済むと思いますか? 武田は怒り狂いましょう」
「なんとなるであろう。きっとなんとかなる」
楽観的な家康。しかし、場面が切り替わると信玄が登場するわけです。
「徳川が遠江を?」
激怒し書状をくしゃくしゃに丸める信玄。
「おのれぇ!」
そう叫び、刀を抜くと竹を切ります。
怖いって! 怖いよ信玄! コミカルなのに恐ろしさも出す松平健さんの武田信玄、最高ではないですか。
今週のラストシーンは龍雲党のアジトです。
そこには「井伊にて待つ」と書いた旗がはためいているのでした。
MVP:井伊直虎
本作の出演者は磨き上げるように演技が素晴らしくなっていくと思います。今週もどの役者さんも輝いていました。
柴咲さんの眼力やたたずまいの素晴らしさ。
治療しているときの凛とした佇まい。
そして近藤相手に小刀を握りしめた時の迫力!
刃物を握っただけでこの人は殺すつもりかもしれない、という殺気を出せるのは流石だと思います。
タランティーノが『バトル・ロワイアル』での柴咲さんを見てその目力にほれぼれしたという話がありますが、それも納得です。猫のような目力を最大限生かしています。
謡い経の美しい響きも魅力的です。まさに直虎は柴咲さんのための役で、彼女の魅力を最大限に引き出すように脚本と演出が組み立てられていると思います。
龍雲丸も素晴らしい。
今までの飄々としたところやふてぶてしさだけではなく、傷つきトラウマに悩まされる弱さや脆さが描かれました。
ホッと肩の重たい荷がおりた氏真夫妻の笑顔。
迷いつつも進む家康。
短い出番で凶暴性をあらわにする信玄。
まだあどけない鈴木重好の健気さ。
脂汗を流しながら焦る近藤康用。
そっと皆を包み込み癒す龍潭寺の面々。
隠し里で政次を偲ぶ井伊の人々。
ここ数回、あるべきものがぴったりと位置におさまるような、そんな素晴らしさがあります。
総評
政次ロスの前々回、堀川城での惨劇を描いた前回。その衝撃的な展開から、今回はやっと一息つけます。
すべてが燃えてしまった森の中に若芽が顔を出すような安らぎがありました。
直虎、龍雲丸、瀬戸方久、龍潭寺や川名で暮らす井伊の人々、今川氏真。
彼らだけではなく小野政次すらこの「蘇えりし者たち」に入っているとは。
どこが「嫌われ政次」だ、「愛され政次」じゃないか。
あれほどの非業の死を遂げておきながら、それなりに彼は幸せではなかったかと思わせるようなこの描写。感服します。
政次はもう出てこないのに、確かにそこにいると感じました。
それぞれが復活するかたちにも理由がきっちりあるのも丁寧な仕事ぶりです。
直虎が龍雲丸を癒す過程で自らも癒してゆく描写もよいし、氏真が「大今川」という荷をおろすことでつきものが落ちたような顔になるのもグッときましたよ。
近藤も憐れみを感じさせました。政次を死に追いやった近藤康用や、傍観した鈴木重時にすら、憐れみを感じさせる。それが本作の凄さですね。
乱世を生きる人々の愚かさや器の小ささまで、愛おしさや生命のぬくもりに変えてしまう、そんな魔法も宿っているのです。
そして今週は、戦国の争いはむなしい、と喝破したのも凄かった。
蹴鞠で勝敗を決めればいいから、という氏真の台詞の奥深さときたらありません。
ここのところ毎週、魔法がかかったような展開を見せてくれる本作。
むろん、細部をつつけば粗があるかもしれません。
ただ私は、その粗を上回る魔法にクラクラしてしまいます。
とんでもない、そして素晴らしい。本作には魔力が宿っています。
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絵:霜月けい
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【参考】
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)
























