青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第35回 感想あらすじレビュー「栄一、もてなす」

2021/11/15

前アメリカ大統領・グラントの来日が決定。

不平等条約を解消すると言い出すのは、さすがに話をデカくしすぎでしょう。

井上馨「えっ? 鹿鳴館外交って教科書に出てないの?」

津田梅子「私だってお札の顔になるのに」

山川捨松「こんなものは忘れて『エドの舞踏会』(→amazon)でも読んだ方がいいですよ……」

そんな疑念はすっ飛ばし、またも文化祭が始まりました。

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ハグとか花飾りとか

グラントの来日を前にして、渋沢家の女たちが西洋式の礼儀を習うことに。

ヒアウィーゴー!とかなんとか、演出のノリが昭和過ぎて戸惑うばかり。今週も共感性羞恥を刺激する大河の始まりです。

渋沢家では女性がマナー指導を受けていますが、そもそも和装の所作が曖昧だったので、どう変化をつけるのでしょう。やはり文化祭としか思えません。

それでも、千代とよしが西洋式の挨拶で握手にハグだ!

握手はともかくとして、いくら当時の西洋人でもそれほど頻繁にハグをするでしょうか。

英国を舞台にした『ダウントン・アビー』がNHKでも放映されてましたが、あのドラマでしょっちゅうハグをしておりましたっけ。

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確かにダウントン・アビーはイギリスです。しかし当時のアメリカはいかにイギリスに近づくかを模索していました。

そこで「アメリカ人は下品だな、すぐハグだとさ」なんてイギリス人から言われたら歯ぎしりしちゃう場面。

やはり今年のNHK大河は西洋人のイメージがおかしい。

第二次世界大戦後のカリフォルニア人みたいな漠然としたイメージでゴリ押ししている気がします。朝ドラでも雑な作品ではそういう傾向が顕著で、嫌気がさしていたものです。

彼女たちの会話にしても「イケメンにきゅんきゅん!」みたいな軽薄なことしか喋っておりません。まさに文化祭の女子高生ではないですか。

当時の女性に対するリスペクトがまるで感じられません。

栄一が歓迎文を読んでいます。

歌舞伎とか、明治天皇を招くとか、ワクワクと企画をしており、東京府民から寄付も集まっているそうです。

毎週くどいですが、屯田兵あたりからすれば無残な話です。

彼等が生きるか死ぬかの生活をしている最中に、

「外国からお客様来ちゃう! 皇族もお招きしなきゃ! レッツパーリー!」

と浮かれているのですから。しかも寄付で賄うんですね。国賓を招くのに寄付とは、明治政府のガタガタ財政が見えてきます。

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そうした政府の姿勢に反対する者もいて、壮士が反対演説しています。思わず彼らに感情移入してしまいます。

それに対し、渋沢の娘・うたが怒っています。

彼女の立場から怒るのは仕方ないにしても、手を振り回したり、大仰に立ち上がったり、行儀が悪くて明治のお嬢様に見えないのが辛い。

屏風の向こうでは、千代が頭に花つけていました。

洋の東西を問わず、装飾品は既婚や未婚、年齢が反映されます。設定が生花か、造花かも気になるところ。生花だと小型花瓶で水分補給をせねばなりません。

しかし根本的なこととして、既婚者で大きな娘がいる千代が、頭に花をさすでしょうか。

橋本愛さんが若くて美しいからでしょうけど、劇中の年齢を考えればお粗末な演出にしか見えません。

なぜ本作の人物は年相応の振る舞いにならないのでしょう。

 


グラント校長先生と文化祭

グラント一家がやってきました。

ショッカー岩崎がドン・キホーテで買ったような星条旗を振り回しつつ、悪だくらみをしています。

一方、生徒会代表の渋沢栄一くんは、グラント校長先生のおもてなし。

千代の花飾りだけでなく、栄一もすでに若くはなく、劇中では約40歳のはずです。

それがどうしたことでしょう。どう頑張っても三十過ぎには見えず、スピーチからも威厳が感じられません。

グラント校長が、鬼教師パークス先生みたいに怖くなくて良かったですね。

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文化祭は続きます。

ドレスに着飾った女性たちの衣装の出来が、とにかくお粗末。『八重の桜』の使い回しはできませんか?

しかもヘアメイクもおかしい。

『鬼滅の刃』の胡蝶しのぶさんだって夜会巻きにしているのに、なぜ大河でそれができないのでしょう。

この時代は男女ともに前髪を作らない方がそれらしく見えます。

明治村感満載のパーティ会場はもう仕方ないにしても、お粗末な小道具、安っぽい衣装でどんどん血の気が引いていきます。

もう恥ずかしくなってくる。これではグラントに三流国家扱いされてしまいますよ。

パーティ会場に入った栄一も、やはり生徒会長にしか見えません。

まさかそんなことはないと思いますが、千代たちの安っぽい和服はポリエステル着物ではありませんよね?

所作指導も相変わらずです。

「歯を見せて笑う」とは前フリがありましたが、ジュリア夫人があそこまでニッコリするものでしょうか。そもそも本作の女性は幕末から歯を全開にして笑っているのでなんとも。

オーケストラ音楽もなんだか音が軽く聞こえるし、ダンスにしても「時間ぎりぎり間に合わせました感」がすごい。体育祭のフォークダンスのようだ。

いっそ『ジンギスカン』をBGMにしたらよいのでは?

昭和ノリの再現でネットニュースで盛り上がるかもしれません。

※ウッハッ! ウッハッ!

ジュリアが虫に刺されていて、千代が手当をしています。

あれ? 千代は通訳なしで英語を理解できるのですかね。あれだけ足が腫れていれば、見たらわかるってことでしょうか?

と、その前に、こうした表現は根本的に間違っています。

洋の東西を問わず、当時は付き人・使用人が対応するもの。千代みたいに奥を仕切る人間には、あくまで主人サイドでの大事な役割があり、女中の仕事を奪ってはいけません。

『ダウントン・アビー』で伯爵夫人が虫刺されの対処をしますか?

 

栄一、不惑の40歳です

職員室では栄一がドヤ顔をしています。

コレラの蔓延は、千代の死の伏線でしょう。

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伊藤博文が栄一に何かを相談しています……と思ったら画面が切り替わり渋沢邸へ。

なんでもグラントは渋沢栄一の家にやって来ると言い出したようです。

大丈夫でしょうか。

渋沢邸の照明がやけに暗すぎます。

当時の雰囲気を再現したものなのか。それともただの手抜きなのか。その辺はわかりませんが、玄関でいきなり用件を話しだすと見ている方ですら「落ち着いて」と言いたくなる。

家に上がって食卓で説明すればよいのではありませんか。

しかし「やべえよ! 家庭訪問だよ!」と焦る栄一に絶望的です。

これが国賓を迎える成人男性の態度でしょうか。何度も言いますが彼はもう不惑の40歳ですよ。

慌てるばかりの栄一に対し、千代は落ち着いていました。

おもてなしの場所は、飛鳥山にしましょうと提案。

『デス・ノート』の「ジェバンニが一晩でやってくれました」急のチートです。

しかもチートコマンドは「ぐるぐる!」ときた。なんじゃ、そりゃ……。

まぁ脚本家からすれば便利ですよね。

場面の繋がりや歴史的な確認をせずとも、あの言葉さえ出しておけば勝手に話が進んでくれるのですから。

仮に現代人にしても、40歳で「ぐるぐる!」とか言っていたら、部下から相手にされないのでは?

本作は語彙力が低いだけでなく、尖っているワケでもないので、興をそがれるばかりです。

そもそも「急に訪問したい」だなんて、警備や予算の問題を考えたら大迷惑であり、美談でも何でもありません。

大津事件のことを踏まえると、ドラマスタッフは真面目に明治時代を学んだのか?と疑念ばかり湧いてくるんですよね。

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そして飛鳥山へ。

『いだてん』とほぼ同じセットを使い回しているように見え、まったくもって豪邸にも思えません。

なぜ、ここまでチープなのでしょう。

『アンという名の少女2』と比較すると本当に落差が厳しい。

 

栄一が、相変わらずの無能さを発揮して「フランスで覚えているのはおもてなしよりポトフ」とか言い出す。

現地滞在の折、予算を切り詰めて生活していたのは仕方ないにしても、思い出すのがポトフというのも辛い。

もちろん家庭の味が印象に残ってもよいとは思いますが、国賓をもてなす場面ですからね。それこそアントナン・カレーム考案の豪華なあれやこれや、思いつきませんか?

そして料理の場面へ。こういう無駄なことに金と手間はかけるけれど、考証はしていない。

それが今年の大河です。

 


外国人が和食に驚き!ただし……

急ごしらえで準備を整えた明治村……ではなく飛鳥山にグラントがきます。

栄一の子供たちがコーラスで出迎え。こんなおもてなしをされ、私がグラントだったらこう考えてしまうかも。

「全部渋沢さんの子でしょうか? それにしては年齢設定や数に疑念がある。なんだって? 私生児もいるだとっ!」

ゲスの勘ぐりですみません。もし渋沢栄一の子だとすれば、全員が嫡出とも思えないので、つい。当時のプロテスタントはそこのところに厳しいものですから。

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いざ、おもてなしの場面へ。

所作指導の時間がないんだろうなぁ、というシーンの連続で、文化祭の余興を延々と見せられている感じです。

グラントは、本当にこれを見て嬉しいのでしょうか。

日本スゴイ番組ではわからないものですが、日本人が考える「お・も・て・な・し!」って、実は外国人に退屈だと思われていたりするケースもしばしば。

相手が紳士的に合わせてくれているだけのことも多いのですが、畳み掛けるようにして渋沢成一郎が血洗島名物の「煮ぼうとう」を用意していました。

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大丈夫でしょうか……。

二日酔いの朝とか、徹夜麻雀の夜食に出てくるなら嬉しいのでしょうけど。

まんま家庭料理すぎて心配になるばかり。

当時の外国人が食べた和食評価は結構残っていて、確かに、細かい飾り彫りや何やらに感心した記録はあります。

しかし、それはあくまで贅と技術を尽くした一流の料理のこと。

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煮ぼうとうを出しても、喜んでいるのは深谷市民だけのような気がしてなりません。

例えば『八重の桜』では「こづゆ」が重要な使われ方をしていました。あれは会津出身者同士が「祝い事にはこづゆだべな」と食べるからよい。

国賓をもてなす場面で、それなりの菓子類やデザートではダメですか。

 

相撲

栄一は「お千代のあんな顔を見るのは初めてだ」とかなんとかカッコつけてますが、典型的な“ダメ男あるある”でしょう。

来客をもてなすことは精神的な疲労も大きいし、作り笑顔もしなくちゃいけない。

それを「心の底から笑ってる」と誤解するのは心理的決裂の第一歩。

このあと、ジュリア夫人が料理指導をする場面もワケがわからなかったなぁ。

それにしても物騒なおもてなしでした。

『真田丸』の真田昌幸や『麒麟がくる』の斎藤道三の思考回路をどうしても思い描いてしまいます。

真田昌幸「毒味もしないでホイホイ食う! こりゃアレですな」

斎藤道三「うむ。毒殺の好機到来だ!」

とにかく警備を考えてくれ!

要人が最も避けたいことは暗殺です。それが本作では場当たり的な展開ばかりで、渋沢邸でのパーティには何一つ警戒感がない。

そして“日本スゴイDEショー”のしめくくりは、これです。

「感動したね! 相撲とろう!」

今は終わってしまったフジテレビ『めちゃイケ』に、相撲取りが出てくるコーナーがありました。

今回、渋沢邸に出てきた力士とその姿がかぶり懐かしい気持ちに。

もっとも『めちゃイケ』はバラエティだからちょうど良かったけど、大河ドラマでこの相撲取りは弛緩しきっているように見えてしまい……。

ここは柔道で良かったのでは? 史実でも大河でおなじみの彼がグラントの前で披露していることですし。

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まぁ、相撲って、偉い人と若い人が身分の垣根を越えて友情を育む、わかりやすいシーンですもんね。

『西郷どん』でも西郷隆盛島津斉彬と組んでたしな。

しかし、あれだけ攘夷を連呼してた渋沢も、綺麗サッパリ忘れたものですね。

 

悪いのはショッカー岩崎と大隈

このあと夫婦の場面へ。

栄一は二人きりになっても、舞台役者のように過剰にハキハキと話します。そうしてハキハキと臭いセリフを吐いてハグ。

やはり地雷夫にしか見えなくて辛い。苦労をかけても妻にハーゲンダッツを買って、抱き寄せればリカバリできると思っている。典型的じゃないですか。

爽やかイケメンの吉沢亮さんだから絵になるだけです。

このあと、ショッカー岩崎と悪徳教頭・大隈がまた何か悪いことを企んでいるそうです。今週も早稲田に喧嘩を売るストロングスタイルは継続。

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北海道開拓のことを伏線として話してます。

彼等を悪人に見せたいのでしょう。いかにも北海道を搾取するスタンスで語ってはいますが、現地の惨状に一切触れないところを見ると、所詮は物語を展開させるネタでしかない。

しかも散々五代友厚を持ち上げてきただけに、後はこういう流れにするのでしょう。

「開拓使事件は五代様が悪いんじゃない! ショッカーとそれにそそのかされた大隈のせい!」

まぁ、次週以降の放送を見てからの判断ですが、そんな臭いがプンプン漂ってきますね。

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ここで自由民権運動が雑に入ります。

政府批判が悪いことだと言わんばかり話す赤い蝋燭好きな明治政治家のみなさん。

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そして栄一も睨み顔で語りかけてきます。

「ショッカー三菱が悪い! がっぽん、がっぽん、真っ向勝負だ!」

ファミコン8ビットで処理するRPGドラマだけに「おかしれぇ」と「がっぽん」、それに「ぐるぐる」の呪文を唱えておけば、最終的にはタップゲーのようにクエストがクリアできてしまします。

そして千代が新聞を読むのですが……小道具がおかしいため、もう何も頭に入ってきません。

 

総評

毎週毎週、文化祭だと言ってきましたが、今週こそまさにスペシャルな文化祭でした。

海外ドラマを見た後に本作をみると、柱に頭を打ち付けてそのままぶっ倒れたくなります。

もう、外交も、何もかもが、高校生が考えたみたい。いや、高校生でもない。

これをきっかけにして、外交交渉がうまくいった!

まさか、そんな馬鹿げた展開にするつもりはありませんよね?

外交というのは、偉い人と偉い人がご飯を食べたり、ゴルフをしたり、そういうことではない。

国同士のパワーバランスやら何やら、とにかくあらゆる要素が絡んでくる。

会食だの記念撮影だのなんて、腹の探り合いを覆う薄い膜程度のもの。

そういう膜を「すごい!」とでも言いたげだから、文化祭大河なのです。

グラントが、渋沢に対して「なんか、がんばれ」的に誤魔化していますが、こんなもん所詮はおべんちゃらって歴史が証明しています。

第二次世界大戦時、対戦国の人間だからと日系人は強制収容されました。しかしドイツ系とイタリア系はそうならない。

アメリカでのアジア人差別が払拭されていないことは、2020年代だって明白でしょう。

現地で暮らしている日本人に聞くと、白人が黒人を差別し、黒人がアジア人を差別する、まさに「弱い者がさらに弱い者を叩く」構造は、誰でも感じられるはずと言っています。

そんなグラントと栄一が文化祭で焼きそば食べたところで何なんですか?

貴重な大河枠を使って、日本人に伝えたいことって、こんなことなんですか?

さすがに渋沢栄一のおかげ(あるいは縁の下の力持ち)で不平等条約解消なんて持っていき方はしませんよね?

岩瀬忠震、川路聖謨小栗忠順栗本鋤雲永井尚志らの功績をまるっと無視し、徳川慶喜の手柄にした本作だけに、それが怖い。

そういや近藤勇永倉新八榎本武揚らの活躍も土方歳三に吸収させていただけに、本作ならやりかねないですね。

井上馨「鹿鳴館外交より渋沢邸宅外交なんだな……」

陸奥宗光「えっ? 俺の外交活躍吸収されるってマジ?」

小村寿太郎「そんなことをして司馬遼太郎ファンが許すと思っているのか?」

黒田清隆「オイの悪事はむしろ消えててありがたかっ! まあ功績が五代どんに吸い取られてるけど」

一体どんな明治時代を描いているのでしょうか。

そんな本作もクランクアップです。

◆吉沢亮「いきなり終わったので気持ち悪い」大河撮影終了 思わずネタバレも(→link

◆吉沢亮、1年4か月の撮影終え笑顔 NHK大河「青天を衝け」クランクアップ報告(→link

老けメイクが半端だなぁ。そして、ある意味本作は初志貫徹だと思いました。

本作の役者さんは、『麒麟がくる』とは違い、史実についてあまり調べていないような発言が目立ちました。

もしかして制作サイドが資料を渡していない?そんな疑念が湧いてきたほどです。

過去の大河では「史実と照らし合わせて脚本がおかしい」という発言をする役者さんもいましたので、もしかしてそういった事態を未然に防ごうとしたとか?

特に渋沢栄一は、経済の話で登場するキラキラした経歴と、私生活における激しい女遊びで、あまりに落差があるため、役者さんがうっかり発言してしまうと、炎上しかねませんので。

 

グラントにありのままの家庭見せてみたら?

今週は残酷だと思いました。

何がって、くにのことです。

千代がキラキラとしたスポットライトを浴びる中、くには一体どこにいるのでしょう?

プロテスタント国からすれば妻妾同居なんてとんでもない話。

くにとその子は隠蔽されるわけです。

2010年代を代表するドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の序盤は、スターク家が王家をもてなすところから始まります。

着飾った一族が王たちをもてなす中、ジョン・スノウという少年だけはひっそりと表に出ないでいる。

彼は庶子。

ゆえに一家の恥として、他の皆が盛り上がっている中、使用人のようにしているしかない。

華やかな宮廷絵巻の背後には、彼のような光が当たらない人物がいた。

そう示されて物語は動き始めます。

 

そんな歴史の裏にある部分を見せてこそ、陰影のある物語になるのではないか。

それが2010年代以降のトレンドとなりました。

先程触れました『アンという名の少女(NHKで放映中)』は、まさにこうした世界基準のドラマです。

『赤毛のアン』の原作では描かれない、黒人、ヤングケアラー、差別されるフランス系、先住民、LGBTQなど。

そうした人だって当時生きていたはずだ。そう描いているのです。

明治維新ならば、負けた会津藩、屯田兵、それにアイヌや琉球人。そういう姿を見せないでどうするんですか?

このドラマはむしろ会津藩の影を徹底的に薄くしています。

そのくせ幕臣の目線で明治維新を見たと言うのですから、開いた口が塞がらないとはこのことです。

そうそう、謝ることがあります。

くにの戦争未亡人設定が改悪としてきましたが、あれも諸説にあるようでして。ただ、それならばドラマでぼかした方がよかったのではないかとますます混乱しました。

渋沢栄一が望み、徳川慶喜の無責任さゆえに起きた戊辰戦争の悲劇。

そのせいで夫が消えた女を、妾にできてウハウハ!

それってあまりに酷い話ではありませんか。

 

これぞ鳳凰のいない国のドラマ

このドラマは時代考証をする気があるのかどうか。

明治の女がわちゃわちゃ集まって文化祭準備をしているようですが、あまりに浅すぎて絶句。

西洋ではホステス――女主人のおもてなしが必須。西洋に渡った幕臣たちはびっくりしたものです。

「女房もろ肌脱ぎ(肩が出たドレスのこと)、旦那襷掛け(サッシュのこと)だぁ!」

一方で、日本では渋沢栄一も好きだった(ということに世間ではなっている)儒教規範がある。

男女七歳にして席を同じゅうせず――。

『礼記』「内則」ですね。

渋沢栄一の後妻・兼子の言葉を引いて「儒教には性的な規範がないんですよ〜」と仰る人もいますが、『礼記』も目を通しておいたほうが良いと思います。

そもそも渋沢栄一の儒教規範などはアテにならないもので。

本当は怖い渋沢栄一 テロに傾倒し 友を見捨て 労働者に厳しく 論語解釈も怪しい

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栄一が家族でおもてなしをするのはいいでしょう。

しかし、武家の妻となると、そうは簡単ではありません。

儒教規範との葛藤があり、ホステス役など到底できないものです。

一方、明治元勲の夫人に芸者出身者が多いことのメリットとして、おもてなしホステス役を嫌がらなかったことが挙げられます。

『青天を衝け』では、そういう心理的障壁が一切描かれない。

時折思い出したかのように儒教アピールして、いざとなると「綺麗な女優がしゃべってりゃいーでしょ!」とぶん投げているようです。

ドラマではゲス言動ばかりで嫌になってくる大隈重信夫人の綾子なんて、史実では和装を好むシッカリした女性で、夫の邪魔なんてしそうにありません。

ましてや誰かの手紙を赤の他人の前で読み上げるなんて、そんな酷いことしないでしょう。

栄一のセリフも悪質でした。

「西洋では奥もなにもない」

一見すると「内側にこもってないで出てこい!」というものですが、このセリフで本作の栄一は儒教を重視していないことが明らかになり呆れました。

漢籍教養のある明治の人物は、西洋礼賛に対してもっと慎重であったはずです。

この「西洋では奥も~」発言は、一見、男女平等のようで裏があります。

東洋の伝統では皇帝が龍ならば、皇后は鳳凰。陰陽が揃ってこそ世が成立する。

そういう思考があるから、奥むきを支配する女性にはそれなりの発言権が確保されていたのです。

江戸時代にも「奥」がありました。

それを明治政府が潰した。家庭空間を女性が支配する制度を徹底的に壊したのです。

なぜ、そんなことをしたのか? 幕末の篤姫和宮が面倒だったんですかね。大奥、大名家、宮中、と女性の職場をなくしました。

文明国にするという名目で、東洋由来の発言権を奪う。それでいて西洋由来の教育や権利からは締め出す。

それが明治政府の女性政策です。

表に出てこいって引っ張りだしておいて、やらせたのは歓迎だけ。発言権はありません。

女性の権利は、むしろ明治維新によって後退したことがたくさんあります。

そういうことをかすりもしないのが本作。ジェンダー観からいくと、ここ数年の大河でもワースト候補に入ります。

女性脚本家であることがアリバイ的で、余計にたちが悪い。

明治以来の「日本の伝統」は疑うべきことが多いのです。

今一番ホットな例が夫婦別姓制度ですね。

ただ……心配することはないのかもしれない。日本は東洋的な道徳を明治以降どんどん失いました。

だから「奥」と聞いても、こういう発想になる。典型例として引用します。

◆ 『青天を衝け』妻・千代の存在の大きさ 幼い頃から大事な言葉を栄一に (2) (→link

栄一は欧米と同じく女性を仕事の場に列席させようと考える。外国から来た要人をもてなす場に一緒に出席してほしいと千代や娘の歌子(小野莉奈)、喜作の妻・よし(成海璃子)に持ちかける。それが「新しい日本の力」になると。「一等国では男と女が表と奥で分かれたりしてねえ。公の場に夫人を同伴すんのは当ったりめえなんだよ」

「奥さん」「奥方」「奥様」は皆、尊敬語である。元は「奥の間に住む」という意味から来た言葉。「奥の間」は家の奥で、ある意味、特別な場所でもあるのだろうけれど、奥から表に出て来られない意味にもとることができる。奥にいるだけではなく、女性も表に出て、つまり「表さん」になることを望んでいいはずなのだ。

「表さん」になることなんて、渋沢栄一はじめ、明治の偉い人はさして考えていなかった。

「奥」の権力を取り上げ、「表」には出さない。そんな明治の卑劣さすら、日本人は気付けなくなってしまった。嘆かわしい話です。

と、このように「奥」のことを西洋目線の誤解ありきで見て、単純な明治礼賛に陥る。

ちなみに東洋の道徳と教養が残っているのか。

華流や韓流は、時代ものでも女性の活躍を描くものが多い。

そりゃディズニーも東洋代表として、鳳凰がヒロインの頭上を飛ぶ『ムーラン』を作るわけです。

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ファイナルオヤジファンタジーでバッチリだ

今週は、ジェンダー観最低な「ファイナルオヤジファンタジー」っぷりが凄まじいことになっていました。

昭和平成を生きたおじさま世代を慰撫する描写がみっちり。

外国人に褒められてウハウハ。

思いつきで計画したら大当たり。

誰もが俺の言うことを聞く。

女房に色々ぶん投げたけど、まあ、ハグすれば俺への愛でメロメロになるだろ。

本作の時代考証はお粗末極まりないけれど、オヤジファンタジーのツボを攻略すれば「ウケる」ことになります。

時間もねえし、めんどくさいけど、歴史通ってことにしたい。

大河を誉めていればそうなるか。

そんなニーズを満たすためにも、みんな頷き合って「今年の大河はいいよね」と言い続ければいい。楽ですね。

大手新聞だって礼賛路線です。例えばこちら。

 

水戸学礼賛の危険性

例えばこちら。

◆余録:水戸学の大家で…(→link

「崔杼弑君」や文天祥をひき、中国共産党批判につなげる展開。

気になるのは、その記事の本題ではなく、話の枕に藤田東湖と渋沢栄一が引き合いにだされているところです。

新札は渋沢栄一で良いのか。受信料で作る大河に相応しいのか。そんな根本的疑問もなく水戸学の大家である藤田東湖を礼賛しています。

無茶苦茶なテロ(攘夷)を推奨した後期水戸学。

東湖の子孫や子弟が引き起こした天狗党の乱。

それをロンダリングした大河描写。

そんな危険な思想にまみれた人物たちを話の枕にホイホイ使うのはいかがなものでしょう。

お札や大河に選ばれた、という表層だけ見て、本質は気にしていないんですかね。

水戸学に染まりきった結末が天狗党の乱ですよ。

大手紙で、簡単に見本としていい存在ではないと思うのです。

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口蜜腹剣――口に蜜有り腹に剣有り

今日も漢籍タイムです。

口に蜜有り腹に剣有り。『新唐書』「李林甫伝」

トークスキル抜群で人当たりはよい。すごくうれしいことを言ってくれる。でも腹の底には剣がある。こういうタイプが危険ですぞ!

こんな人物を指す言葉として中国語圏で有名なものに「偽君子」というものもあります。

こういう二面性のある人物は、若者にまで人気のある華流ドラマ、小説、ゲームにも定番造形。

あちらの皆さんは、ホイホイこのタイプにひっかからない傾向を感じます。

『陳情令』と『魔道祖士』にもアイツがいるじゃないですか。声優キャスティングの時点でなんとなくわかっちゃう彼ですよ。

造形として「偽君子」は定番です。

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なぜそんな話をするのか?というと、『青天を衝け』の渋沢栄一がまさにこのタイプ。

要は「口蜜腹剣」であり「偽君子」だと思うのです。

偽君子はキャラクター造形として秀逸といっても、あくまで脇役、悪役の話。

偽君子ロンダリングを大河でやられたら困るのです。

そしてこの「偽君子」スタイルはドラマそのものとも言えます。

朝日新聞系列の大手媒体telling人気レビューのこちらをどうぞ。

◆ 『青天を衝け』34話。「貧しい者が多いのは政治のせいだ!」NHKは報道番組でもコレを言ってくれ(→link

この風潮を憂えた栄一の発言も、モロに現代対応していた。

「(ばらまき政策に対し)この世におとぎ話の打ち出の小づちはない。紙幣を刷って増やしたところで信用が落ちれば価値が下がる!」

「今の政府は、貧しい者は己の努力が足りぬのだから政府は一切関わりないと言っている。しかし、貧しい者が多いのは政治のせいだ!」

明治時代を描きながら、現代日本の問題にも斬り込む大森美香の脚本力はさすが。……ただ、NHKは大河ドラマのセリフじゃなくて、報道番組でコレを言ってくれ!

確かに現代的といえる。

こういうテレビ受けしそうな言葉を流せば「そうだそうだ、いいぞいいぞ!」と盛り上がってくれる観客はいる。

いわば露骨なガス抜きとして機能しているのです。

しかし、口先の言葉だけでなく、腹の底まで見抜かねばなりません。

先週、私は、

・栄一とその家族が袖の下を平然ともらい

・栄一が芸者のいる席で岩崎と話す場面

で、なんとまぁ裏表のある人物なのか……と呆れ果てたものです。

なんだかんで言ってて、本気で思ってはいないから、そんな思慮浅く、思いやりのない行動ができるわけです。

表層だけで語る偽君子の言動に感動するのが危険なことは、こうした行動からも見えてきます。

今の時代だって、本質を見抜くこと求められているのではありませんか?

三十年間給与も上がらず「失われた三十年」といわれる日本。

いったい日本経済はどうなっているのか?と国際的に突っ込まれている。

にもかかわらず150年も前の経済人を大河で持ち上げ、日本経済はスゴイと現実逃避。

もう本質――つまりは現実から目を背けている場合でないと、焦りばかりが湧き上がってきます。

 

漱石沈流―石に漱(くちすす)ぎ流に枕す

あの夏目漱石の筆名由来です。

石に漱(くちすす)ぎ流に枕す。『世説新語』「排調」

トリビアとしても実用的ですね。

ざっと説明しておきますと……。

孫楚がもういっそエンジョイ引きこもりライフをしたいと思いました。

「やってらんない。石に枕して、流れに口をすすぐような、そんな暮らしをしたいなぁ」

そう言いたかったのに、こう言い間違いました。

「流を枕にして、石で口をすすぎたいよね」

すると突っ込まれました。

「どういう状況だか、ちょっとわからないな。言い間違ったでしょ?」

「いや! 石で口をすすげば歯が綺麗になるし! 流れを枕にしたらしょうもないことを聞いた耳が洗えるでしょ! めっちゃわかりみあるよね!」

「お、おう……」

負け惜しみをして、自分の過ちを認めない。こういう人、どこかに必ずいますよね。

それが転じて「苦しい負け惜しみしないでくれ。こじつけで言い逃れするのはどうかと思う」という意味になりました。

なぜ、こんな言葉を取り上げたかというと、以下のニュースがあろうとこの大河を誉められるか興味がありまして。

◆ NHK大河「青天を衝け」 三つの国旗を上下逆さで放送し謝罪(→link

7日の放送では、「安政の五カ国条約」を説明する場面で、黒衣の掲げていた五つの国旗のうち、オランダ、ロシア、英国の国旗が上下逆さまになっていた。

NHKによると、放送後に国旗検証の担当者から指摘があり判明。

13日の再放送では、国旗を掲げる黒衣の姿はなく、五つの国旗の正しい画像を放送した。

なんで、こんなしょーもないことでミスしてしまうのか。

「黒衣」とは、あの徳川家康の脇で働いている黒子のことですね。

そもそも家康にくだらない解説なんてさせず、CGで説明していればよかっただけの話なのです。

それを、こんな基本なチェックすらできていないということは、時間が足りてないのでしょう。

おそらく脚本が遅いんですね。

このミスだって、見るに見かねた考証担当者が指摘したからこそ謝罪しましたが、本作はレベルの低いミスが毎週のようにあります。

心臓発作で急死した斉昭が、死ぬ間際に妻にキスをする。

家康の後世捏造された遺訓を本物のように扱う。

「である」という言い方が定着する前から、大隈重信が連発する。

スタッフと思われるSNSアカウントが、ぼそっと釈明をしているようなこともあった。

NHKの視聴者の意見には、どっさりと抗議の声が届いていることくらい想像はつきます。

痛ましいのは、このドラマに関わった人々が得意満面であることでしょうか。

◆ 吉沢亮『青天を衝け』第28話は「神回中の神回」“慶喜”草なぎ剛に「心を揺さぶられた」(→link

ここでも漢籍を出しますと「桃李成蹊」という言葉があります。

桃やスモモのように、美しい花を咲かせ、甘い実をつける樹木には道を作らなくても自然とできる。ほんとうに人徳や功績がある人は、むやみにアピールしない奥ゆかしさがあるということ。

『史記』が出典で、松坂桃李さんの名前の由来でもあります。

本作には、こういう奥ゆかしさがない。

自分が主演のドラマは神回だ!

しかも神回中の神回はこれ!

そんなタイトルだけで脂汗が滲みました。

謙虚さって、必要ないですか?

昨年の長谷川博己さんのインタビューと比較した時の差があまりに厳しくて、吉沢さんの将来が心配になってきます。

脚本家さんはもっと謙虚……かどうか。

◆「青天を衝け」脚本家・大森美香さん、登場人物への思い 家族旅行した深谷は心遣いの街、埼玉全体にも感謝(→link

これも教科書通り。好感度を落とさない答えを紙に書いて読んでいるよう。

それにどこか信憑性が怪しいこともあります。

そもそも家族旅行のことなんで作品に関係ありません。そういうプライベートのことを言い出し、善人アピールして、褒めてもらう。そう言いたげなコメントって、一体どういうことかと思います。

例えば海外だと、インタビュアーは厳しいことも聞きます。

「後半脚本の質が落ちたとされますが」

「あの描写は女性蔑視ではありませんか?」

こういう会話のキャッチボールをしないと、本音は引き出せません。

しかし日本のメディアの場合、褒めることが事前に決まっているような退屈なやりとりしかできないので、どうしても予定調和でつまらない記事になってしまう。

こういう甘やかしをしていると、偽君子が天下をとりやすくなるので感心できません。

大河でストレス溜まってしまった方は、華流ドラマでも見ましょう。

華流ドラマでは、偽君子が討伐されると決まっているので、スッキリしますよ。

偽君子とは、媚びへつらう相手ではなく、倒すべき敵だ!

※偽君子退治のテーマソング『滄海一声笑』でも


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【参考】
青天を衝け/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-青天を衝け感想あらすじ
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