日本初の歴史・戦国ポータルサイト

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

スポンサーリンク

その日、歴史が動いた 伊達家

日本で初めて食したのは支倉常長 バレンタインデーにチョコの歴史を調べたッス!

更新日:

2月14日はバレンタインデーですね。

人によって悲喜こもごもになる例の行事ですが、最近は自分用に高級チョコを買ったり、友人同士でネタが仕込まれたチョコを交換するなんてのも珍しくなくなりました。
チョコではありませんが、ワタクシも先日スーパーの催事場で「壁丼」なるレトルトのどんぶりの具を見つけて、笑いを抑えるのに必死でした。座布団一枚!

まあそれはさておき、本日はチョコレートの歴史を振り返ってみましょう。

 

紀元前1900年ごろから“商品価値”があった

チョコの原材料であるカカオは、アメリカ大陸原産です。
中央アメリカでは紀元前1900年ごろにはもう商品価値が認められており、各地の遺跡から通貨や税金、そして食品として利用されていたことがわかっています。
この時点で既にニセモノもあったそうで。人間いつの時代も考えることは一緒ですね。

といっても今のように固形のチョコが出てきたのはずっと後の話で、長い間チョコレートといえば飲み物のことでした。
カカオ豆をひいた粉とコーンミールや唐辛子を水に溶いて飲んでいたそうです。今で言えば柿の種チョコの液体版みたいな感じですかね。やってみたいとは思いませんが。

チョコレートを飲むミシュテカ(アメリカ大陸先住民)の王/wikipediaより引用

チョコレートを飲むミシュテカ(アメリカ大陸先住民)の王/wikipediaより引用

味もそんなにいいものではなかったようで、滋養強壮など薬として用いることがほとんどだったようです。
「良薬口に苦し」という言葉もありますし、昔は世界中どこでも「苦いものは薬だ!」って感じだったんですかね。
塗り薬として肌に塗ることもあったそうです。塗っても飲んでもおkな薬ってちょっと思いつかないですが、RPGの薬草とかポーションってそういう風に使われてるんでしょうか。

 

スポンサーリンク

お菓子としての発祥はスペイン 

ヨーロッパに伝わったのは、コロンブスがアメリカ大陸へやってきてからです。彼が飲んだかどうかははっきりわかりませんが、ヨーロッパ人で最初にカカオ豆やチョコレートを見たといわれています。

その後スペインの修道士たちがヨーロッパにカカオを持ち帰り、どうにかして美味しくしようとして砂糖や牛乳、バニラなどを入れ始めます。
つまり、お菓子としてのチョコレートはスペイン生まれなんですね。

これがヨーロッパに広まったのは、スペイン王女が数回フランスに嫁いだからです。彼女らは今で言うショコラティエも連れて輿入れしたそうで、余程好きだったことがうかがえます。この頃はまだホットチョコレートが主流でした。
「昼起きて夜中までパーティーをする生活だったので朝食をあまり食べず、ホットチョコレートを朝食代わりに飲んでいた」という記述をどこかで見たんですが出典を忘れましたテヘペロ。

精度はさほど良くなかったでしょうが、ある程度限られた範囲ではそれなりに広まっていたと思われます。

近世ヨーロッパでスペインから広まった/wikipediaより引用

近世ヨーロッパではスペインから広まった/wikipediaより引用

 

スポンサーリンク

岩倉使節団も仏国で大絶賛! 戦時中はカカオが入らず

固形状のチョコが流通するようになったのは産業革命以降で、チョコバーやチョコを使ったケーキなどが次々と誕生。
その後、各国の職人がより甘く、美味しくしようと牛乳を入れたり、粒子を均一にするコンチングという機械を作ったりと、さまざまな工夫がなされて現在のようなチョコレートができたというわけです。

日本人で初めて食べたのは支倉常長だったといわれています。伊達政宗が超ド級のお使いを頼んだ人ですね。1617年に薬として口にしたそうです。

その後、江戸時代に長崎の遊女がオランダ人客の土産でもらったという記録がありますが、彼女が口に出来たかどうかはわかりません。多分娼館の主人とかが食べちゃったでしょうね。カワイソス(´・ω・`)

支倉常長(仙台市博物館特別展パンフより)

最初に食したのは、なんと支倉常長さんでしたか!(仙台市博物館特別展パンフより)

 

明治時代には、岩倉使節団がフランスで工場を見学・試食し大絶賛したことを自ら書き残しています。甘いものは果物か砂糖かあんこくらいしか知らなかったでしょうから、さぞ大きなカルチャーショックだったんじゃないでしょうか。

そしてその後、日本でも作られるようになりました。が、戦時中はカカオの輸入ができず、幻の菓子とされております。これはチョコだけの問題じゃないんですけどね。戦後よく叫ばれたという「ギブミーチョコレート」はそういう意味もあったのです。

 

マーブルチョコにポッキー、たけのこの里、パイの実・・・

さて、先日某デラックスさんの番組で高級チョコのお話が出ていましたね。

対抗するわけではないというかいろいろ恐ろしくてそんなことはできませんが、当コーナーは庶民の味方ですので、お馴染みのチョコレート菓子がいつ発売されたのか調べてみました。

板チョコまで入れるとキリがないので除外してあります。

◆60年代
マーブルチョコレート 1961年
チョコベビー 1965年
ポッキー 1966年
アポロ 1969年

◆70年代
きのこの山 1975年
たけのこの里・パイの実 1979年

◆80年代
チョコパイ 1983年
コアラのマーチ 1984年
すぎのこ村 1987年

◆90年代
メルティーキッス 1993年
アルフォート・ブラックサンダー 1994年
ガルボ 1996年
トッポ 1997年
フラン 1999年

ざっと調べたところこんな感じでした。好きなお菓子がなかった方スイマセン。こうして並べてみると、意外にバラけてるんですねえ。

最近流行りの?擬人化でもしたら、さぞ幅広い年代のキャラクターが揃うんでしょう。もうマスコットがいるものも多いですし、いろいろめんどくさそうなので実現はしないと思いますけども、我らがニッポンは八百万の神の国ですのでね。それぞれに神様がついててもおかしくはありません。

発売までの紆余曲折があったお菓子もありますので、それはまた改めて機会を設けて書きたいなあと思っております(予定は未定)。

 

ホワイトチョコは手作りが大変ですので、貰った時はご注意を

ちなみに、ホワイトチョコは20世紀半ばにできたもので、カカオ豆の中から苦味の元である茶色い部分を取り除く、という結構高度な技術が使われています。
ただし茶色い部分に含まれる成分がなくなってしまうため、保存や取り扱いがやや難しくなってしまうのだとか。

もし、手作りチョコがホワイトチョコメインだったらかなり気合入ってるかもしれませんねえ。真心とお返しには細心の注意が必要……かも?

今の時代に「十倍返し」を期待する人はさすがに多くはないでしょうが、相手の好きなものやちょっとおいしいお菓子・お茶なんかをあげるとフラグが立つかもしれません。

うまく行かなくても責任は負えませんので、悪しからずご了承くださいNE!

 

 

長月 七紀・記

TOP画像:sayot@flicker

スポンサーリンク

参考:チョコレートの歴史/wikipedia

 

 





1位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


2位 わろてんか主人公
吉本せい波乱の一生


3位 西郷隆盛49年の生涯!


4位 史実の真田幸村とは?


5位 最上義光 名将の証明


6位 ホントは熱い!徳川家康


7位 意外と優しい!? 織田信長さん


8位 毛利元就の中国制覇物語


9位 伊達政宗さんは史実も最高!


10位 最期は切ない豊臣秀吉


注目! 史実の井伊直虎とは?


注目 わろてんか伊能栞
(高橋一生さん)のモデル
小林一三とは?





井伊家 井伊直虎 井伊直政 小野政次 龍雲丸
織田家 織田信長 濃姫 織田信忠 織田信雄 織田信孝 三法師 平手政秀
徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
豊臣家 豊臣秀吉 豊臣秀長 豊臣秀次 福島正則 加藤清正 豊臣秀頼
伊達家 伊達政宗 伊達成実 義姫
最上家 最上義光 鮭延秀綱 山形城 大宝寺義氏 山野辺義忠
毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
島津家 島津義弘 島津の退き口
真田家 真田幸村 真田信之
立花&高橋家 立花宗茂 立花道雪 立花誾千代 吉弘統幸
浅井・朝倉家 朝倉宗滴 姉川の戦い 金ヶ崎の退き口
前田家 まつ 豪姫 前田利長 前田利常
黒田家 官兵衛が長政を叱責の真相
北条家 河越夜戦 小田原征伐 のぼうの城の真実
細川家
仙石家
長宗我部家
武田・上杉家
諸家 足利義輝
剣豪・武術・忍者 宮本武蔵
キリシタン ルイス・フロイス
合戦 桶狭間の戦い 長篠の戦い 手取川の戦い 厳島の戦い 月山冨田城の戦い

◆薩摩藩 西郷隆盛 島津斉彬 大久保利通 小松帯刀 西郷従道
◆長州藩 木戸孝允 木戸松子 高杉晋作 山県有朋


◆古代 安倍晴明
◆江戸 葛飾北斎
◆世界史 クレオパトラ ルイ16世 チェ・ゲバラ


わろてんか毎日の感想レビュー

-その日、歴史が動いた, 伊達家

Copyright© BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) , 2017 AllRights Reserved.