昭和25年(1950年)8月26日は狂犬病予防法が施行された日です。
狂犬病と聞き、心臓がバクバクとされた方、非常に正しい反応かと思われます。
なぜならこの病気、とにかく恐ろしいもので。
日本では人が1956年、猫が1957年を最後に国内発生は確認されておらず、もはや存在しないかのような印象すらあります。
しかし、海外では今も普通にあり、もし発症したらほぼ100%死に至るのです。
古くは718年に制定された『養老律令』にも記載がある狂犬病の歴史と怖さを見て参りましょう。
ギネスブックにも載るほど致死率が高い
狂犬病というと「ヨダレを垂らした凶暴な犬が襲いかかってくる」という、バイオハザードなイメージをお持ちの方。
残念ながら、正解です。
狂犬病とは、ウイルスが神経を侵す病気で、脳に達した犬は凶暴化し、麻痺をおこして死にます。まさに映画ばりのゾンビ化するのです。
しかもこの病気、名称から勘違いされがちですが、対象はイヌだけにとどまりません。

狂犬病にかかった犬/wikipediaより引用
猫や牛、アライグマ、そしてヒト、と全ての哺乳類に感染。
ウイルス保有動物に噛まれたり、傷や粘膜を舐められると、唾液に含まれるウイルスが体内に入りこんできます。
そこから先がまた怖いです。
体内に侵入したウイルスは、日に数ミリずつ進み、やがて脳へ……。
こうなると、もう施しようがなく数日で死に至ります。
しかも発症後はほぼ100%死亡するため、致死率の高い病気としてギネスブックに載るほど。
聞くだけで恐ろしいですが、発症の様子をもう少し詳しく見て参りましょう。
不安感や恐水症状も現れ、最後は呼吸筋の麻痺で死亡
狂犬病ウイルスは、まず傷を受けてから発症まで、噛まれた部位に依存します。
そこから先は脳への距離が影響し、たとえば傷口が顔など頭に近い部位ですと発症まで短く(2週間程度)、足先のように頭部から遠い場合は潜伏期が長く(数ヶ月)なります。
症状は風邪に似ており、噛まれた部位の痒みに続き、不安感や水を怖がる恐水症状が出現します。
なぜそんな状態に陥るか?
というと、液体を飲みこむと喉の筋肉が痙攣し、ものすご~く痛いため水を極端に怖がるようになるのです。
そして、その後は興奮や錯乱、麻痺などの神経症状が出現。数日で麻痺が進行し、昏睡状態となって最後は呼吸筋の麻痺で死に至ります。

電子顕微鏡写真で見た狂犬病ウイルス/wikipediaより引用
19世紀のアメリカで「エイダ・クレア」という女優が狂犬病で亡くなった記録が残っています。
彼女は1874年1月30日、代理人の事務所で飼い犬に顔を噛まれる事故に遭い、一時は傷が回復して舞台に復帰予定となったのですが、3月2日に狂犬病を発症、3月4日に亡くなってしまいました。
潜伏期は約1ヶ月、発症から死亡まで2日と典型症例ですね。
これに対し、狂犬病のワクチンは1884年にルイ・パスツールが開発しました。

ルイ・パスツール/wikipediaより引用
狂犬病ワクチンは噛まれた後でも発症前であれば効果を発揮するのですが、これを見出したのもパスツール。
さすが「近代細菌学の開祖」と呼ばれるだけあります。
「其れ狂犬有らば所在殺すことを聴せ」
日本史における最古の狂犬病記録は、718年に制定された『養老律令』 にあります(757年に施行)。
「其れ狂犬有らば所在殺すことを聴せ」
流行があったか否かは定かでないですが、狂犬が和名であることと、わざわざ法律にするということは、多少なりとも日本で発生していた可能性が考えられます。
ただし、984年の医学書に記載された狂犬病は、随、唐の原著を転記したと推測。
次に『狂犬』の言葉が出てくるのは、徳川綱吉でお馴染み『生類憐みの令(1692年)』です 。

徳川綱吉/Wikipediaより引用
平安時代から江戸時代まであまり記録が無かったということは、その間の発生はほとんどなかったのかもしれませんね。
ともかく生類憐みの令には「狂犬つなぎをかざる所は曲事たるべし」 、つまり「狂犬をつないでおかないのは違反ですよ」と書いてありました。
万が一、この時代に狂犬病が流行したら、『生類憐みの令』のため犬は殺せないわ、犬と関わるのを嫌がった人々が犬を捨て野犬だらけだったわで恐ろしいことになっていたと思います。
でも、平気だったんでしょ。なーんだ、日本で狂犬病の心配はないんじゃん!
と思われた方、安心できませんよ。というのも……。
江戸から昭和にかけ断続的に発生していた
1732年、長崎から狂犬病が伝播。
4年後に江戸へ到達し、約30年かけて本州最北端の下北半島に到達しました。
おそらく出島の外国船から入りこんで来たのでしょう。

シーボルト著『NIPPON』に掲載された出島/Wikipediaより引用
その頃、狂犬病は治療法が確立しておらず、
「傷口の血を絞り出し、傷を尿で洗い、その後に灸を施す。噛み付いてきた犬を殺し、その脳みそを傷に塗れればなお良い」
などという、非常に乱暴なものでした。
前半はウイルスが除去できそうな感もありますが、後半は絶対にアカンやつや……。
その後も日本で断続的に発生し、明治になって「獣疫予防法」が制定されると、法定伝染病に指定されました。
政府としても本気で撲滅対策を講じたのです。
が、その期待は見事に裏切られます。
1923年(大正12年)に関東大震災が発生、それを機に大流行したのでした。

関東大震災後に設置された靖国神社の仮設住宅/wikipediaより引用
ただし、このあたりから再度、野犬の駆除などを徹底し、昭和3年、狂犬病は激減しました。
インドでは今も毎年3万人が亡くなっている
これで一安心か――そう思いきや、昭和19年から戦後にかけてまたもや大流行しました。
なにせ敗戦後のことですから、犬にまで手を回す余裕などなかったのでしょう。
このときは犬だけでなく、牛、馬、羊、豚にも及び危険な状況に陥ったため、GHQが日本政府に「狂犬病単独の法律」を作るように指示したほど。
これを受け、獣医師で衆議院議員だった原田雪松が中心となり『狂犬病予防法』が制定されました。
以降、飼い犬登録、狂犬病ワクチンの義務化、野犬の徹底駆除が行われ、昭和31年を最後に国内での狂犬病発生はなくなりました……が、おとなり台湾では2013年に、日本でも2020年に海外渡航者による感染が確認されました(→link)。
狂犬病清浄国(緑色の地域、2010年)/wikipediaより引用
世界的規模で見ると、狂犬病はまだまだ猛威をふるっております。
例えばインドでは年間3万人がその犠牲となり、もしも流行地へ旅行に行く際は、あらかじめワクチンで基礎免疫をつけておくことをお勧めします。
また海外では、日本にいる感覚で気軽に動物に近づかないことも大切です。
可愛いシロクマが居てもナデナデしに行ってはいけませんよ! あ、それは違う意味で危ないですね。
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