寛和元年(985年)、藤原道長は打毱を見ていたまひろのことを思い出しています。
まひろも、颯爽と馬を操り杖を振るっていた道長の姿を頭に浮かべながら決意を固めます。
もう、あの人への思いは断ち切れたのだから――。
心の中は己だけのもの
前回、雨の中を放り出されてしまった源倫子の愛猫・小麻呂は無事に姫君サロンにいました! よかったよかった。
姫君サロンは打毱の話題で持ちきり。
まひろは風邪気味で、打毱で雨に打たれたからだと赤染衛門が心配していますが、彼女が乗り気でないのは、風邪のせいだけではないようでして。
姫君たちは公任推しか、道長推しか、斉信推しか、それぞれ盛り上がっています。
なんでも公任はおとなしかったとか。これが彼らしいところで、当人たちは公任の策によって勝ったと振り返っています。派手さのない知将タイプのようです。
おっとりしている倫子は、道長に心を掴まれたようで、どこかポーッとしています。
そんな中、赤染衛門はちょっと違う。道長の弟が、猛々しく美しいとコメントしている。
姫君たちが「人妻なのにいいのか」とざわついています。
彼女たちにも処世術はあります。直秀のような身分の低い男と結ばれても先はないし、そんな男とどこか遠くへ逃げるような度胸もないから、あえて見落とすようにしたのかもしれませんよ。
赤染衛門は、むしろ人妻だからこそ純粋に男の魅力を見つめた。
人妻であろうとも、心の中は己だけのもの、そういう自在さがあればこそ、生き生きとしていられる。そう言い切りました!
いいですね。まるで推し活を語る令和にもビシビシと響く言葉です。
しかし、まひろは聞いてしまった……男どものゲスなロッカールームトークを。
もしも男どもがそのことを知ったら、藤原斉信は取り繕うとするけれども、公任は開き直りそうな気もします。
それでも公任は間違ってはいないと思います。
愛だの恋だの言ってみたところで、身分の低い女を相手にしようとすれば、周囲がゴタゴタ言います。なまじ情けをかけて苦しめるより、最初から選ばないことも慈悲なのでは?
そんな公任の見解に間違いはないとも思えます。理できっちり割り切っていますから。
その代わり、一度情をかけたら捨てずに面倒は見るかもしれない。
光源氏はなかなかサイテーな男ではありますが、彼もいったん情をかけた相手は捨てませんからね。そういうタイプかもしれませんよ。
公任みたいなタイプって、情を軽視しすぎていますからね。ものごとをスムーズに進めるうえで、歯車に引っかかる砂粒程度にしか思っていない。
しかし、いざ情を抱いてしまうと混乱して爆発したり、奇行にはしりがちなので、そこを楽しみにしておきましょう。
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直秀は“兄上”の屋敷が知りたい
F4たちは右大臣・藤原兼家の邸宅である東三条にいます。
藤原行成の急病により、道長の弟と知り合えたと盛り上がるのは斉信と公任。
行成は体を使うのが苦手だから、いなかったことがよかったのかも、と謙遜しています。いつも控えめですね。
直秀がこれみよがしに「兄上〜」と甘えながら、身分の低い母親の子なのでこのようなお屋敷は初めてとか言っている。続けざまに中を拝見したいと言い出すと、案内してもらえと周囲は無邪気に盛り上がっています。
公任は直秀がやっと笑ったことに喜んでいます。しかし、道長にはどうしても気になることがあるようでして。
道長と二人きりになっても、直秀は「兄上」と呼びかけます。もう二人きりだと困惑しながらも、なぜ案内して欲しいのかと訝しがっています。
今日の直秀は別人みたいだと突っ込むと、芸人は何にだって化けると直秀がサラリと言ってのける。
道長は苦笑して受け応えつつ、左腕の“傷”を問いただします。
散楽の稽古でできた傷だとシラを切る直秀。
矢傷に見えると粘る道長。
小枝が刺さったと誤魔化しながら、東宮様の御座所はどこかと言い出す直秀がふてぶてしい。
「藤原を嘲笑いながら興味を持つ直秀とは何なのか」と問いかける道長に対し、「よく知ればより嘲笑える」とそれっぽく開き直る直秀。
疑いつつ探る道長もなかなかのものですが、敢えて敵の中に飛び込む直秀も大したものです。緊張感が高まります。
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都の中にいるなんて、籠の中の鳥だ
散楽の稽古を見ながら、まひろは直秀がなぜ打毱に出たのか尋ねています。
頼まれたからだとそっけなく返しながら、まひろを気遣う直秀。彼は、まひろがロッカールームから走り去る後ろ姿を見ていました。
「別にどうでもいいけど」
そっけなく返すまひろに対し、同じくそっけない直秀は、どうやら間もなく都を去るとか。
まひろが驚くと、人はいつかは別れるさだめ、嘆くことはないと淡々と答える直秀。そのうえで、こう言います。
「都の外は面白い」
「直秀は都の外を知っているの?」
なんでも丹後、播磨、筑紫にいたことがあるとか。
「都の外はどんなところ?」
「海がある」
「海? 見たことないわ」
「海の向こうには彼の国がある」
晴れた日には彼の国の陸地が見えると続ける直秀。彼の国とは「唐」(から・中国大陸)と「高麗」(こま・朝鮮半島)のこと。おそらく対馬でも見たのでしょう。
直秀はなおも続けます。
海には漁師がいる。山には木こりがいる。彼の国と商いする商人もいる。
都のお偉方はふんぞりかえっているが、所詮、都は山に囲まれた鳥籠。そんな鳥籠から出て山を越え、海のあるところへ行くと直秀は語るのです。
「一緒に行くか?」
「行っちゃおうかな」
「ふふっ、行かねえよな」
まひろの目は生き生きとしていて、行きたそうに見えます。
直秀への恋心というよりも、純粋な好奇心からでしょうか。この会話も後の伏線になりそうです。
当時、都の人にとって、そこから離れることは絶望的とされました。確かに出世レースから脱落してしまう。それでも、案外、気分転換になったのかもしれません。
日本中世史を考える上でも重要に思えます。
『源氏物語』で描かれるような世界は、ほんの一握りのもの。それ以外では、名もなき大勢の庶民が、生きては死に、歴史の中に消えてゆきました。
そんな消えた姿を想像させてくれる、直秀のような人物は重要でしょう。
こういう役割の人物を「オリキャラ」だのなんだの貶す意見もありますが、正史に対する庶民目線の稗史(はいし)も重要なはず。
本作は近代が舞台ではないけれど、歴史総合目線もある。
日本はずっと隣国と交易し、影響を互いに与え合ってこそ、成立してきました。
先日、驚いたことがあります。昆布とはアイヌ語ルーツだと初めて知った人が、激怒して日本伝統だと主張していたのです。
昆布は蝦夷との交易品であり、そのことをむしろ昔の人は自慢していました。
なぜなら交易するには権力が必要だったから。古来からアイヌルーツのものを取り入れていることは実際にありますし、それで純粋性が落ちることなどありえません。
海の中にある日本という国――その歴史を考える意義が、このドラマにはちゃんとあります。とても勉強になる作品です。
前にも書きましたが、本作は中国語圏でも注目を集めています。
漢詩の引用が多いことに注目されていますし、宮廷劇らしい要素もふんだんにある。
今年の大河は日本国内向けのみならず、世界を狙えるアジア代表枠として認識できると思います。
猫にしか興味がなかった倫子が!
右大臣・藤原兼家、左大臣・源雅信、そして関白・藤原頼忠のトリオが密会しています。
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ライバルの藤原義懐は従二位中納言になる。年末に宣旨がくだってしまう。帝はきっと義懐を関白にしてしまう!
もう終わりだと頼忠は弱っていると、兼家が励ましています。
三人で手を組めばよい、義懐になんか負けていられない!と雅信がチームワークを主張すると、すかさず兼家は道長を倫子に婿入れさせたいと提案する。
雅信は、渋っています。
道長の官位が、従五位下程度の右兵衛権佐(うひょうえごんのすけ)であり、婿にするには低すぎる。
ちなみにこれは「佐殿」であり、唐名(とうみょう)は「武衛」ですから、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の源頼朝でお馴染みですね。
平安京の中ではまだまだパッとしないけれど、都の外ではすごい人という扱いになります。
雅信は、倫子を大事にしすぎました。ただ可愛いというだけではなく、入内を視野に入れていたから、惜しんでしまうのです。
そんなわけで、雅信は妻の藤原穆子相手にもぼやいている。
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義懐が力を持てばどうなるかわからないし、右大臣家は嫌いなのだとか。関白家の藤原公任ならば良いって……。
確かに兼家はなぁ。道綱母の藤原寧子が、兼家のつれなさを詠んだ歌がバッチリ出回っていますからね。娘があんな歌を詠むかもしれないと思うと、そりゃ嫌ですよ。
しかし穆子は夫のあしらい方を身につけています。
確かに藤原公任は見目麗しく、賢い。しかしそのぶん遊びすぎて、倫子が寂しい思いをするのでは?
雅信はそれでも、道長だって打毱で大層騒がれたと赤染衛門から聞いたと言います。
柄本佑さんの使い方が見事なこの作品。道長って、パッとみたら冴えない。いわば淡い色の翡翠ですね。水晶のように澄み切った公任とはどこか違う。
しかし見ているうちに、なんだかこれはよい。もっと見たい、じっくり観察したいと思ってしまうような魅力があります。
すると穆子は、夫が赤染衛門と話したという点にチクリ。ただ話しただけだと雅信は慌てています。
穆子はかわいい嫉妬ができる女性ですね。『鎌倉殿の13人』の政子は、金剛力士像顔になって頼朝に怒っておりました。ああいうのは怖い。
でもスルーしてもかわいらしくない。拗ねる程度に嫉妬するのが、彼女の超絶技巧です。
するとそこへ、倫子が小麻呂を探して走ってきます。
どこにいるかと探し回っていると、穆子は猫にしか興味がないのかと呆れています。
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そして右大臣三男の婿入りについて聞いてみると、花が開くように微笑む倫子。
「なんだその、まんざらでもない顔は!」
「まんざらでもない顔などしておりませぬ」
そう言い、一人自室へ戻ってゆく倫子。
「道長様……」
そう打毱での彼の姿を思い出し、夢見心地となる倫子でした。
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黒木華さんが愛くるしいのは言うまでもない。
それにしても、この恋する顔の美しさはどうしたことか! 花の蕾がふくらんでほころんでゆくようで、甘ったるくてかわいらしくて素晴らしい!
こんな顔をさせた時点で道長は有罪なので、さっさと婿になりましょう。
まひろと結ばれて欲しい気持ちもないわけではありませんが、この倫子を見てしまうと難しい。
まひろは書く楽しみもあるし、ここはもう、倫子でよいのではありません?
ついでにいうと、雅信も穆子もかわいいですね。小麻呂も言うまでもない。ドロドロした右大臣家が嫌だというのは理解できますとも。あちらは全員可愛げがありませんから。
雅信の予感は当たるのかもしれない。今はまだ純朴な道長も、いずれは……。
右大臣兼家 倒れる
寛和2年(986年)になりました。
藤原義懐は帝からのお達しだとして、陣定(じんのさだめ)を当分の間開かぬことにすると告げます。
これまで出てきた帝の前での会議ですね。
帝の決定に異論があれば、書面で提出すること。よい意見と判断すれば上奏が許されるそうです。
これでは独裁だ!と反発されると、義懐は語気を強めて反論する。
「帝の叡慮に口を挟むは不忠の極み!」
すると兼家がやおら立ち上がります。
「不忠とはどちらだ!」
慣例を破り、帝だけで決めることは天意に叛く、世が乱れる。それを帝が理解していないのならばお諌めしろと訴えています。
世を治める為政者とは、天から選ばれている。それに背けば帝に禍が及ぶかもしれない。そんな東洋の考え方です。
彗星や白虹貫日(日暈)がその証とされ、こうした考えを【天譴論】と呼びますが、日本では関東大震災時の渋沢栄一による誤用が広まってしまいました。
大河ドラマの主役に選ばれた人物であろうと、過ちは犯すのでそうそう信じてはならないという悪例です。ご注意ください。
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天意に叛いていいのか?と脅しながら、兼家が
「これより帝をお諌めに参る!」
と、関白、左大臣に宣言すると、義懐が止めようとします。
するとここで、兼家が派手に倒れてしまいました。
一報を聞いた花山天皇はすっかり大喜び。きっと忯子の助けだと、うっとりとしている。義懐も天の佑けだと浮かれています。
倒れた後、寝込む兼家。医者の見立てによると、毒は盛られていないながら、命は危うい。
藤原道隆が手立てはないか?と聞けば「魂が去らぬよう呼びかけるのがよい」とのことです。中国の『礼記』にも記載がある風習ですね。
「父上! 父上! 父上!」
息子たちがそう呼ぶ中、吉田羊さん演じる藤原詮子だけは黙っています。
権力者の父親が倒れた以上、息子たちは対応策を考慮しておかねばならない。そこで藤原道隆が、家中では父の代理をつとめると宣言します。
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すると詮子が冷淡に口を開く。
兄の官位は義懐に負けている。参議になっていないから、父上に死なれたら困るだろう。
「それは詮子だって同じだ」と道隆が反論。父上がいなくばれば東宮様とて後ろ盾を失う。帝が義懐を寵愛すれば即位すらできないのではないかと訴えるのです。
弟の道兼も、四人で力を合わせるべきだと言い出しました。
しかし詮子には策がありましたね。自分にも東宮にも源雅信がついている! 大臣家に道長婿入りを勧めてもいる。そのうえで、道隆も源と手を組む覚悟を決めろと言い出します。
この場を凌ぐにはそうすべきだといい、文を書いたら道長に持たせると言います。
道隆はひとまず父を回復させるべきだとして、安倍晴明を呼び出しました。
晴明が呼び出したものは…
安倍晴明が「遅い!」と言われながら、兼家の眠る部屋へ出向き、「瘴気が強すぎる」と兄弟たちに言い放つと、兼家と二人きりになります。
ここからは平安中期らしい祈祷の場面です。
仏僧が気合を入れて読経する。陰陽師である安倍晴明は、四神(青龍・朱雀・白狐・玄武)に祈りを捧げる。
すると寄坐(よりまし)が倒れます。
「お前は誰だ? 何のためにここに降りてきたのだ?」
そう問われると、「……返せ……」と呻いている。
「何を返して欲しい?」
「命を返せ……子を返せ、子を返せ!」
「お前の名は?」
「忯子!」
弘徽殿の女御か! 驚愕する一同。道長が“忯子”に掴まれて倒されてしまいます。
晴明がパチンッと指を鳴らすと、ようやく鎮まる。
なぜ忯子が父を恨むのかというと、道隆の顔色が紙のように白くなっています。
父上にそんなつもりはなかった。腹の中の子だけ流れればよかったのに、忯子まで……と、罪の意識に苛まされています。
すっかり恐れ慄く兼家の息子たち。
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花山天皇も祈祷には興味津々でした。晴明が忯子が取り憑いていると語ったと聞くと、成仏できていないことに驚いています。
なぜ成仏できないのか。右大臣を恨んでいるからか。そう言い出し、花山天皇は忯子を憐れみ泣き出します。
「右大臣こそ死ねばよい、死ね、死ね、死ね、右大臣!」
そのような言葉を言うとますます忯子を世に留めてしまうと言われ、ようやく我に返る花山天皇。亡き忯子を思い、涙するほかありません。
精神状態がますます悪化しているようです。
右大臣家と為時
藤原為時の家では、まひろの弟・藤原惟規が「右大臣と手を切ってよかった」と浮かれています。
右大臣には世話になったと我が子を嗜める為時。
東宮時代の花山天皇に漢籍を教える仕事を世話してもらえなければ、お前たちだって飢え死にしていたかもしれないと言うのです。
「飢え死になんて大袈裟でしょ」
能天気な弟に、幼すぎて父と母の苦労も知らないのだと、まひろは呆れています。
「知らない方がいいでしょ、苦労なんて」
どこまでも愚かなことを口走る惟規。為時は暗い顔をして、右大臣は恐ろしいこともあったが政の名手だったと語る。
関白や左大臣ではああもできない。義懐は帝の寵愛を受けやりすぎであり、右大臣を追い詰めたと認識しています。
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同情したってもう倒れたんだし、義懐にくっついちゃえと語る惟規は、まひろにも同意を求めてきます。
そんなドロドロした政争には関わらず、ただ静かに学問で身を立てたいのであろう、とまひろが父の心中を察すると、惟規は、なぜ自分は学問が嫌いなのかとこぼします。
「本当に父上の子なのかな」
頭の良さも色々あり、為時も学問はできても、洞察力はそこまで高くないのかもしれません。
書庫の整理でもするという為時に対し、政争は父上に似合わないと理解を示すまひろ。
そのころ東三条では重い空気に沈んでいました。
道長は、父を見ながら、我々をどこに連れて行こうとしているのかと考えています。
我々の行先はどこなのか。生き延びてそれを教えて欲しいと願っています。詮子と東宮も、兼家を見守っている。
しかし、藤原道兼が一人残り、いざ兼家の枕元に近寄ると、カッと目を見開く。
倒れ続けていたのは芝居だったということでしょう。そこには何かしら思惑なり、策がありそうで……。
為時が書庫整理をしていると、道兼が入ってきました。
「ご苦労である」
驚く為時が、右大臣兼家の様子を尋ねると、ほとんど寝ていると返答する道兼。
すっかりしおらしい態度で、為時には世話になったと礼を言うと、世話になったのは私のほうだと為時が返す。
道兼は、仕事を終えたからとして手伝おうとすると、看病に戻るように為時は気遣います。
「父は私の顔を見るのを嫌がるがゆえによいのだ」
そう言う道兼の腕は痣だらけ。誰かに打たれたようで、その理由を聞くとこう来ました。
「父にやられた」
神妙に、父から愛されていないことを悲しむ道兼。小さい頃からそうだった。兄も弟も可愛がられているのに、殴られて、病に倒れて生死の境を彷徨う時でも嫌っているのだと。
「お辛いことでありますね」
しみじみと同情する為時。
道兼は寂しげに、どこに行っても嫌われるとこぼします。蔵人の務めをしていても、帝からは右大臣の子というだけで嫌われるのだと。
ため息をつくと、「邪魔をした」といい道兼は去ってゆくのでした。
道兼の来訪
藤原為時が帰宅すると、いとが慌てた様子で出迎えています。
「誰か来ておるのか? 顔が青いぞ」
酒を持参した藤原道兼様だと答えるいと。思わず為時が驚愕していると、まひろも帰宅するではありませんか。二人を鉢合わせてはマズイとばかりに、為時が「外におれ!」と追い返そうとすると
「為時殿!」
と、道兼が声をかけてきました。しかも「ご息女か」とめざとくまひろのことを見つけてしまいます。
ふらふらと挨拶もせず家に入り、母の形見の琵琶の前でへたりこんでしまうまひろ。
為時と道兼は酒を酌み交わしています。息子がそろそろ大学か、為時の息子ならば心配いらぬと語る道兼に対し、やんわりと否定しています。
道兼に酒を勧められるも断る為時。
「つまらぬな、せっかく訪ねて参ったのに」
そう道兼が言うと、まひろが琵琶を手にして歩いてきて、頭を下げます。
「このようなことしかできませぬが、お耳汚しに」
琵琶を弾くまひろ。
弦を弾くたびに、母の姿が思い浮かびます。
ここはかなり貴重な場面です。
雅楽の琵琶は他の楽器との合奏が多いため、進化した後世のものとはかなり違います。
中国琵琶や薩摩琵琶は縦に持ち、弦も増え、単独で弾き語りをし、かなりスピード感もあります。
けれども雅楽の琵琶は四弦でかなりゆったりしている。
「見事ではないか。身体中に響き渡った。琵琶は誰に習った?」
感心してそう語る道兼は、素直というか、気障ったらしいことを言わない性質なのでしょう。
兼家がどれほど兄と弟と差をつけたのか。道兼の言葉をどこまで信じるかはともかく、根は真面目なのだと思います。
道隆のような崩れて出てくる艶っぽさ。道長の愛嬌。そういうものがない。素直に褒めるだけです。
「母に習いました」
「母御はいかがされた」
「母は……七年前に身罷りました」
「それは気の毒であったな。ご病気か」
「はい、失礼しました」
素っ気なく答えたまひろは、そのまま席を離れました。
会話のひとつひとつがヒリヒリする。道兼に刺し殺された母の姿がまひろの中に明滅します。
知ってか知らずか、
「麗しいが無愛想じゃな」
と返す道兼に詫びる為時。
道兼は、いとを酒に誘うものの、為時が捨て置くように言います。まひろの母が七年も前に身罷ったならば、いとは為時の実質的な妾だと道兼は思ったのかもしれません。
「楽しく飲もうと思うたが、はは、真面目な家じゃ、はははは!」
まひろは琵琶の前で考えています。
道長は言った。一族の罪を詫びる、許してくれと。
まひろは返した。兄はそのようなことをする人ではないと言わぬのかと。
道長は言った。まひろの言うことを信じると……。
目の前で見た母の仇は、どうということのない男だったのかもしれない。悪鬼でもなければ、羅刹でもなく……彼女なりに馬鹿馬鹿しくなってしまったのか。
そこへ為時が声をかけてきて、まひろは外に出ます。
「帰ったぞ」
「そうですか」
「すまなかった」
詫びる父に、まひろはこう問いかけます。
「なぜおわびなされるのですか?」
「よく辛抱してくれた」
「私は道兼を許することはありません。されどあの男に自分の気持ちを振り回されるのはもう嫌なの。それだけにございます」
まひろが淡々と答えると、鳥籠から小鳥が出ているのが映ります。
まひろは恩讐という籠から飛び立つ気持ちがあるのかもしれません。籠は右大臣家で、小鳥はまひろの運命でしょうか。
地獄に堕ちるのは誰だ?
花山天皇の前に藤原道兼がいます。
右大臣の子は去れと追い返そうとし、藤原義懐もそれに続いて道兼が去ってゆくと、藤原為時が言葉を挟みます。
「恐れながら……」
右大臣の子でありながら道兼は疎まれていると告げるのです。
途端に笑顔を浮かべる花山天皇。
「あいつ、父とうまくいってないのか!」
「打ち据えた傷さえあります」
そう聞いて面白がり、呼び戻すよう命じると、早速、その痣を確認しています。
「病に倒れてもお前を殴るのか! 地獄に堕ちるな右大臣は、はははは!」
高笑いする花山天皇ですが、そのころ右大臣兼家は地獄に堕ちるどころか、目を覚ましていました。
道長が月を見ていると、騒ぎ声がします。屋敷に盗賊が入っていました。
直秀は首尾よく逃げようとするも、仲間の窮地を見過ごせず引き返し、捕まってしまいます。
捕えられた盗賊を見て、道長は驚愕します。それは直秀だったのです。
MVP:安倍晴明
中国の人とこんなことを話していまして。
「なんだかんだで東洋人同士わかりあえるもんってあるよね。餡子はおいしいとか。でも、西洋の人って甘い豆は気持ち悪いっていうんだよね。豆はしょっぱくないとおかしいと思っちゃうって」
「いやー、感覚がもう違うんだな。餡子なんて当たり前だ! あと諸葛孔明は賢いとか。いちいち説明するの面倒じゃない? でもお互いわかるでしょ。そういえば日本では諸葛孔明みたいな存在っている? すごく賢くてなんでもできる人」
日本の軍師といえば黒田官兵衛あたりでしょうか。
しかし諸葛孔明とは違う。
呪術的なモノを駆使するといえば誰か?
というと安倍晴明が割と近いのではないかと思いました。
諸葛孔明は道教を駆使する設定が後付けで膨れ上がり、安倍晴明もそういうところがある。
道教の祖とされるのが、黄巾の乱の首謀者である張角です。
『三国志』ファンからすれば黄色いバンダナをしたあやしい宗教おじさんかもしれませんが、思想史上では重要である教えは残ったのです。
根絶されるどころか、思想は大隆盛して道教となり、日本にも伝わった。
諸葛孔明は後世になると「道教由来の術だってマスターしていたんだぞ!」となる。
安倍晴明は道教由来の陰陽道の達人となる。
盛られる過程はある程度一致しています。
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一方で「伝説盛り過ぎでしょ」というツッコミもあります。
それを割り引いても凄い人物だったとなればどうなるのか――昨今のドラマはそういうアプローチから取り組まれています。
諸葛孔明のライバルである司馬懿を主役としたドラマ『軍師連盟』では、能吏としての諸葛孔明の姿が描かれました。すっきりと仕事ができる賢い像です。
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華流ドラマがそんな潮流であれば、日本はどうか?
本作から、その答えが見えてきたと感じます。
安倍晴明は、呪術で色々なことを実現したのではなく、抜群の観察眼、人身掌握術で全ての駒を動かした。
兼家とのやりとりが面白いというのは、相手の心の動きを見て、手玉に取ることが楽しくてたまらないのでしょう。
晴明が意図して忯子を殺したとは思いません。
けれども発想を切り替えればよい。
忯子が死ねば花山天皇の精神状態は悪化する。そうなれば陰陽師の出番も必然的に増える。そこで策を用いることができるのであれば、掌中で玉を転がすように何でもできるのではないか?
そう考えて、全て晴明の策通りだとすれば、彼はなんと恐ろしい存在なのか。
藤原為時は花山天皇への忠誠心をつけこまれました。藤原道兼はむろん騙すためにやってきた。痣をつけるほど手の込んだ策を用いて、いよいよ歴史的な事件へと話が動いてゆきます。
そして晴明の巧みさは、嘘の中に本当のことを混ぜること。
道兼が本当に父に殴られていたのか?
それは不明ですし、ありえたかもしれない。道兼は道長に暴力を振るっていましたし、ちやはのこともあります。殴られる辛さをより下の者にぶつけていたことはあったのかもしれません。
確かに晴明は呪術は使っていません。
しかし、人の心を翻弄すれば、憎しみや恨みは募ってゆく。
それも抱えて地獄へゆくことを踏まえつつ、晴明は楽しみながらいろいろ策をなしているのでしょう。
実にこの晴明は、大したもの。感服しました。
ユースケ・サンタマリアさんがピッタリですね!
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頭を挙げ空しく羨ましむ榜中の名
今週、ききょう(清少納言)は出てきませんでした。
彼女が得意げな顔をして持ち出してきそうな漢詩に注目してみたい。
◆魚玄機(ぎょげんき)「打毬作」
堅円浄滑一星流
堅円浄滑(けんえんじょうかつ)一星 流る
硬くて丸いボールが飛ぶ様はまるで流れ星
月杖争敲未擬休
月杖(げつじょう)争い敲(たたき 未だ休めんと擬(ほっ)せず
スティックを競って叩いて、休ませようとすらしない
無滞礙時従撥弄
滞礙(たいがい)する時なく 撥弄(はつろう)に従う
ボールは止まらず動き回って、弾かれるままになっているの
有遮欄処任鉤留
遮欄(しゃらん)する処ありて 鉤留(こうりゅう)に任す
柵があるからなんとか外には飛ばないでいるけど
不辞宛転長随手
宛転(えんてん)して 長く手に随(したが)うを辞せず
リフティングするみたいに動かしながらならいいけど、ずっと持ったままではダメね
却恐相将不到頭
却(かえ)って恐る 相い将いて頭に到らざるを
撃ち合いばかりでボールのそばに近づけないのもまずい
畢竟入門応始了
畢竟 門に入り まさに始めて了(おわ)るべし
結局、ゴールしないと決着がつかない!
願君争取最前籌
願わくは君 争い取るべし 最前籌(ちゅう)
あなたが最高得点あげてMVPになりますように!
打毱にはしゃぐ様は、唐の女子も同じ。
作者の魚玄機は、晩唐を生きた美貌の女流詩人です。
妓楼の養女となり、その類まれな才能と美貌を鍛えられ、評判の名妓となりました。
それが、さる身分ある男性にみそめられ妾となったものの、わずか二年で心変わりされ、捨てられてしまいます。
その後は女道士となったものの、恋人と侍女の密通疑惑にとらわれると、侍女を殺してしまい処刑されてしまいます。森鴎外の短編小説においてその生涯が描かれました。
美貌と才知があふれた彼女が描く打毱の場面は、こんなにも華やかなのです。
ききょうがこう説明したあと、まひろならば暗い顔で続けるであろう詩があります。
◆「崇真観の南楼に遊び新及第の題名の処を観(み)る」
雲峰満目放春晴
雲峰 満目 春晴を放つ
雲の峰が春の空に映えていて素敵な眺め
歴歴銀鈎指下生
歴歴たる銀鈎 指下に生ず
進士(科挙合格者)の名前がはっきりと道観に書かれていく
自恨羅衣掩詩句
自ら羅衣の詩句を掩(まとう)うを恨む
どうして私は絹の薄い衣を着ている女なのだろう?
挙頭空羨榜中名
頭を挙げ空しく羨ましむ榜中の名
ただ頭を上げて、合格者の名前を見ているだけなんて……
男に捨てられ、嫉妬のあまり罪を犯し、処刑された彼女。
けれども彼女が絶望したのは、はたして恋愛に対してだけだったのか?
この詩には、自分の才能を発揮できない彼女の絶望が描かれています。
まひろは失望と隣り合わせで生きているように思えます。
道長との恋が実らないことだけでなく、自分の想像力を発揮できないことも、彼女の不幸です。
魚玄機は、科挙受験資格がないことそのものが悔しい。まひろは弟よりずっと賢いにもかかわらず、女ゆえに大学すら行けないことが悔しい。
そこまで踏み込んだこのドラマは、大きな意義があります。
『SHOGUN』を引っ提げてきた真田広之さんは、日本の時代劇がアップデートされていかないことに対し苦言を呈していました。
今年はそこを前に進めていると思えます。
見る側も進めていかねばならない。
例えば、こんな記事があります。
◆“朝ドラ成分”多めの大河ドラマ「光る君へ」 視聴率は苦戦も「女子わかるわかる成分」で応援したくなる理由(→link)
朝ドラと一括りにされていますが、あれだけ作品数が多く、作風も個々に大きく異なるのに、一体どういうことなのかと疑問を感じてしまいます。
「女子わかるわかる成分」という語句も理解しがたい。
現在、映像作品の好みを振り分けるアルゴリズムでは、性差を外すことも増えているとされます。
「女の子ならかっこいい男にキュンキュンする!」
こういう決めつけは、有害なこともあるでしょう。
NHKで放映中の『作りたい女と食べたい女』には「女子」の枠にはめられることが辛い女性たちが出てきます。
ただし、上記の記事は「ちょっと古いんじゃないかな……」と思う程度で、大きな違和感はありません。
一方でおなじみの日刊ゲンダイさんです。
◆吉高由里子「光る君へ」は行き詰まる?家康がコケて「女性による女性のための大河」に賛否(→link)
安倍晴明じゃありませんが、私はゲンダイの「おじさん向け」大河記事を読むことが楽しくてならないのです……書き手の問題というよりも、読者層に特化したからこその目配りがすごいんですよね。
これは先にあげた魚玄機の嘆きの、逆バージョンなのです。
科挙合格者名簿のように、大河のスタッフロール上位にも男の名前だけがあるべきだ!そういう強固な意志を感じます。
それが崩れた作品だから気に入らないのでしょう。あるいは、そう書くことにより、喜ぶ読者が多い。
以下の部分など、実に興味深いものです。
オンナコドモ向きシーンが多いのも特徴だ。
第7話の「おかしきことこそ」の打毬シーン。ポロのように馬に乗って毬を打ち合うが、このシーンはいりますかねえというくらい長い。
あとで打毬はどうでもよくて、その後、雨に濡れ、上半身裸になって体を拭くところを見せたかったのかとわかった。
柄本佑の藤原道長、町田啓太の藤原公任、金田哲の藤原斉信、毎熊克哉の直秀が鍛え抜いた細マッチョな肉体をこれみよがしにさらす。
男の乳首はOKなのね。
こんな見方があるものか。さすが読者層特化型メディアは違うなぁ……と思いましたが、要はこれ、単なる私見ですよね。
それをいかにも「こうなる!」と言い切れるあたり、中高年男性が穿かされた下駄の高さが窺えて実に興味深い。要するに「俺がそうなんだからあいつらもそうだろ!」という心理です。
「男性誌の表紙がいやらしい」と批判されると、女性誌の性生活特集を持ち出すことが定番ですね。
打毱は技術として重要ですし、十分に見応えありました。
そして雨になって脱ぐ裸を見せたいからだという邪推には、ゲンダイが毎回大河にエロを期待しているからそうなるのでは?と思いました。
「エロは俺たちのもんだ! 女向けエロはゆるさん、けしからん!」とでも言いたげですが、それに対しては今回の赤染衛門がスッキリと反論しているのだから、このドラマは只者じゃありません。
それにしても、なぜゲンダイさんは、エロを独占したいと主張するのか?
やはり読者層なのでしょう。
昭和に青春を送った世代は、大河ドラマ鑑賞は司馬遼太郎を読むことと並び、教養醸成のために親や教師から推奨されました。
そういう大河ドラマで思わぬエッチな場面があると、ものすごくワクワクしたものです。
咳払いする父。台所に立つ母。ドキドキしながら見る俺……そんな昭和レトロなエロ記憶があるものだから、大河にエロがあるとはしゃいでしまうんですね。
「エロ動画なんてスマホでいくらでも見れるでしょ」
「歴史劇を楽しみながらエロを見たいなら『ゲーム・オブ・スローンズ』でよいのでは」
こういう反論は無駄なのです。ノスタルジーと結びついたエロは強い。
昭和の頃は「歴史が好きなのはおじさんだ」という思い込みもあり、歴史小説には脈絡なくエロシーンが挟まれました。
当時はそういうもんだとエクスキューズが入りますが、時代考証として正しいはずの男色は少ないんですね。
試しに、こういうことをいう人に往年の大河の良さを聞いてみればよろしい。
「『独眼竜政宗』で、おなごは黙っていろとビシッと義姫に言うところがいいんだよな!」(※実際の義姫には、政宗も最上義光も押されていたものです)
「そうそう『独眼竜政宗』といえば、側室と風呂に入ってムフフ……」
歴史としての描き方、プロットの巧みさ。そして俳優の熱演よりも、女を踏みつけにして楽しめた俺たちの青春を回顧するようなことを言い出す。
そんなことのダシにされる往年の大河ドラマが気の毒でなりません。
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しかし繰り返しますが、私はゲンダイさんの大河記事のファンですから。
打毱を出した意義を考えるうちに、魚玄機の漢詩を出せて感謝しています。
一方、こちらの記事は
◆【光る君へ】同じ創作でも『どうする家康』との決定的な違いとは(→link)
昨年と比較しつつ、歴史劇のルールをまとめていて素晴らしいと思います。3ページ目には歴史劇の手法を用いて解説しています。
ゲンダイさんは、小馬鹿にしたように「呪詛は韓国ドラマみたいだ」と記していました。もっと正確にいえば、東洋中世らしさになりますね。
けれどもアジアのドラマが受けているのは、それだけでもないと、先日中国ドラマに詳しい佐藤信弥先生のオンライン講義で語られておりました。
ましてやお色気でもイケメンでもない。フェミニズムです。歴史の影に消された女性の声を響かせるところが、心を惹きつけるのです。
ここでまた中国の方との会話を持ち出します。
「フェミニズムとか人権とか、西洋発の発想で本場っていうのはわかる。けどさ、どうしても西のものになってしまって、東に即したものにならないというかね。東ならではの問題がある」
「中国で上野千鶴子先生がブームなのも、その反映じゃないかな」
「日本でも韓国のフェミニズム小説やドラマがすごくウケてる!」
熱気を感じます。
配信が始まる華流ドラマ『花の告発』という作品は、女性同士の連帯やジェンダーについて更新しているところが見所です。
イケメンだの恋愛だのだけでなく、この時代に合わせて進んだ部分もドラマ評価に加わることを考えなければならないのではないでしょうか。
不適切だのなんだの、ガタガタ言っている場合じゃないでしょう。
今年の大河は、明らかにアジア枠代表を狙っています。
ナレーションが最低限で、かつ専門用語の解説を今年は飛ばしている。引き込む力があればよいと確信を持ってそうしているのでしょう。
賛否両論というけれども、海外でも受ける熱気はあると私は主張したい。
今年の大河は間違いなく進歩しています。このまま進んで欲しい。
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【参考】
光る君へ/公式サイト





















