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【『光る君へ』感想あらすじレビュー第8回「招かれざる者」】
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MVP:安倍晴明
中国の人とこんなことを話していまして。
「なんだかんだで東洋人同士わかりあえるもんってあるよね。餡子はおいしいとか。でも、西洋の人って甘い豆は気持ち悪いっていうんだよね。豆はしょっぱくないとおかしいと思っちゃうって」
「いやー、感覚がもう違うんだな。餡子なんて当たり前だ! あと諸葛孔明は賢いとか。いちいち説明するの面倒じゃない? でもお互いわかるでしょ。そういえば日本では諸葛孔明みたいな存在っている? すごく賢くてなんでもできる人」
日本の軍師といえば黒田官兵衛あたりでしょうか。
しかし諸葛孔明とは違う。
呪術的なモノを駆使するといえば誰か?
というと安倍晴明が割と近いのではないかと思いました。
諸葛孔明は道教を駆使する設定が後付けで膨れ上がり、安倍晴明もそういうところがある。
道教の祖とされるのが、黄巾の乱の首謀者である張角です。
『三国志』ファンからすれば黄色いバンダナをしたあやしい宗教おじさんかもしれませんが、思想史上では重要である教えは残ったのです。
根絶されるどころか、思想は大隆盛して道教となり、日本にも伝わった。
諸葛孔明は後世になると「道教由来の術だってマスターしていたんだぞ!」となる。
安倍晴明は道教由来の陰陽道の達人となる。
盛られる過程はある程度一致しています。
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一方で「伝説盛り過ぎでしょ」というツッコミもあります。
それを割り引いても凄い人物だったとなればどうなるのか――昨今のドラマはそういうアプローチから取り組まれています。
諸葛孔明のライバルである司馬懿を主役としたドラマ『軍師連盟』では、能吏としての諸葛孔明の姿が描かれました。すっきりと仕事ができる賢い像です。
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華流ドラマがそんな潮流であれば、日本はどうか?
本作から、その答えが見えてきたと感じます。
安倍晴明は、呪術で色々なことを実現したのではなく、抜群の観察眼、人身掌握術で全ての駒を動かした。
兼家とのやりとりが面白いというのは、相手の心の動きを見て、手玉に取ることが楽しくてたまらないのでしょう。
晴明が意図して忯子を殺したとは思いません。
けれども発想を切り替えればよい。
忯子が死ねば花山天皇の精神状態は悪化する。そうなれば陰陽師の出番も必然的に増える。そこで策を用いることができるのであれば、掌中で玉を転がすように何でもできるのではないか?
そう考えて、全て晴明の策通りだとすれば、彼はなんと恐ろしい存在なのか。
藤原為時は花山天皇への忠誠心をつけこまれました。藤原道兼はむろん騙すためにやってきた。痣をつけるほど手の込んだ策を用いて、いよいよ歴史的な事件へと話が動いてゆきます。
そして晴明の巧みさは、嘘の中に本当のことを混ぜること。
道兼が本当に父に殴られていたのか?
それは不明ですし、ありえたかもしれない。道兼は道長に暴力を振るっていましたし、ちやはのこともあります。殴られる辛さをより下の者にぶつけていたことはあったのかもしれません。
確かに晴明は呪術は使っていません。
しかし、人の心を翻弄すれば、憎しみや恨みは募ってゆく。
それも抱えて地獄へゆくことを踏まえつつ、晴明は楽しみながらいろいろ策をなしているのでしょう。
実にこの晴明は、大したもの。感服しました。
ユースケ・サンタマリアさんがピッタリですね!
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頭を挙げ空しく羨ましむ榜中の名
今週、ききょう(清少納言)は出てきませんでした。
彼女が得意げな顔をして持ち出してきそうな漢詩に注目してみたい。
◆魚玄機(ぎょげんき)「打毬作」
堅円浄滑一星流
堅円浄滑(けんえんじょうかつ)一星 流る
硬くて丸いボールが飛ぶ様はまるで流れ星
月杖争敲未擬休
月杖(げつじょう)争い敲(たたき 未だ休めんと擬(ほっ)せず
スティックを競って叩いて、休ませようとすらしない
無滞礙時従撥弄
滞礙(たいがい)する時なく 撥弄(はつろう)に従う
ボールは止まらず動き回って、弾かれるままになっているの
有遮欄処任鉤留
遮欄(しゃらん)する処ありて 鉤留(こうりゅう)に任す
柵があるからなんとか外には飛ばないでいるけど
不辞宛転長随手
宛転(えんてん)して 長く手に随(したが)うを辞せず
リフティングするみたいに動かしながらならいいけど、ずっと持ったままではダメね
却恐相将不到頭
却(かえ)って恐る 相い将いて頭に到らざるを
撃ち合いばかりでボールのそばに近づけないのもまずい
畢竟入門応始了
畢竟 門に入り まさに始めて了(おわ)るべし
結局、ゴールしないと決着がつかない!
願君争取最前籌
願わくは君 争い取るべし 最前籌(ちゅう)
あなたが最高得点あげてMVPになりますように!
打毱にはしゃぐ様は、唐の女子も同じ。
作者の魚玄機は、晩唐を生きた美貌の女流詩人です。
妓楼の養女となり、その類まれな才能と美貌を鍛えられ、評判の名妓となりました。
それが、さる身分ある男性にみそめられ妾となったものの、わずか二年で心変わりされ、捨てられてしまいます。
その後は女道士となったものの、恋人と侍女の密通疑惑にとらわれると、侍女を殺してしまい処刑されてしまいます。森鴎外の短編小説においてその生涯が描かれました。
美貌と才知があふれた彼女が描く打毱の場面は、こんなにも華やかなのです。
ききょうがこう説明したあと、まひろならば暗い顔で続けるであろう詩があります。
◆「崇真観の南楼に遊び新及第の題名の処を観(み)る」
雲峰満目放春晴
雲峰 満目 春晴を放つ
雲の峰が春の空に映えていて素敵な眺め
歴歴銀鈎指下生
歴歴たる銀鈎 指下に生ず
進士(科挙合格者)の名前がはっきりと道観に書かれていく
自恨羅衣掩詩句
自ら羅衣の詩句を掩(まとう)うを恨む
どうして私は絹の薄い衣を着ている女なのだろう?
挙頭空羨榜中名
頭を挙げ空しく羨ましむ榜中の名
ただ頭を上げて、合格者の名前を見ているだけなんて……
男に捨てられ、嫉妬のあまり罪を犯し、処刑された彼女。
けれども彼女が絶望したのは、はたして恋愛に対してだけだったのか?
この詩には、自分の才能を発揮できない彼女の絶望が描かれています。
まひろは失望と隣り合わせで生きているように思えます。
道長との恋が実らないことだけでなく、自分の想像力を発揮できないことも、彼女の不幸です。
魚玄機は、科挙受験資格がないことそのものが悔しい。まひろは弟よりずっと賢いにもかかわらず、女ゆえに大学すら行けないことが悔しい。
そこまで踏み込んだこのドラマは、大きな意義があります。
『SHOGUN』を引っ提げてきた真田広之さんは、日本の時代劇がアップデートされていかないことに対し苦言を呈していました。
今年はそこを前に進めていると思えます。
見る側も進めていかねばならない。
例えば、こんな記事があります。
◆“朝ドラ成分”多めの大河ドラマ「光る君へ」 視聴率は苦戦も「女子わかるわかる成分」で応援したくなる理由(→link)
朝ドラと一括りにされていますが、あれだけ作品数が多く、作風も個々に大きく異なるのに、一体どういうことなのかと疑問を感じてしまいます。
「女子わかるわかる成分」という語句も理解しがたい。
現在、映像作品の好みを振り分けるアルゴリズムでは、性差を外すことも増えているとされます。
「女の子ならかっこいい男にキュンキュンする!」
こういう決めつけは、有害なこともあるでしょう。
NHKで放映中の『作りたい女と食べたい女』には「女子」の枠にはめられることが辛い女性たちが出てきます。
ただし、上記の記事は「ちょっと古いんじゃないかな……」と思う程度で、大きな違和感はありません。
一方でおなじみの日刊ゲンダイさんです。
◆吉高由里子「光る君へ」は行き詰まる?家康がコケて「女性による女性のための大河」に賛否(→link)
安倍晴明じゃありませんが、私はゲンダイの「おじさん向け」大河記事を読むことが楽しくてならないのです……書き手の問題というよりも、読者層に特化したからこその目配りがすごいんですよね。
これは先にあげた魚玄機の嘆きの、逆バージョンなのです。
科挙合格者名簿のように、大河のスタッフロール上位にも男の名前だけがあるべきだ!そういう強固な意志を感じます。
それが崩れた作品だから気に入らないのでしょう。あるいは、そう書くことにより、喜ぶ読者が多い。
以下の部分など、実に興味深いものです。
オンナコドモ向きシーンが多いのも特徴だ。
第7話の「おかしきことこそ」の打毬シーン。ポロのように馬に乗って毬を打ち合うが、このシーンはいりますかねえというくらい長い。
あとで打毬はどうでもよくて、その後、雨に濡れ、上半身裸になって体を拭くところを見せたかったのかとわかった。
柄本佑の藤原道長、町田啓太の藤原公任、金田哲の藤原斉信、毎熊克哉の直秀が鍛え抜いた細マッチョな肉体をこれみよがしにさらす。
男の乳首はOKなのね。
こんな見方があるものか。さすが読者層特化型メディアは違うなぁ……と思いましたが、要はこれ、単なる私見ですよね。
それをいかにも「こうなる!」と言い切れるあたり、中高年男性が穿かされた下駄の高さが窺えて実に興味深い。要するに「俺がそうなんだからあいつらもそうだろ!」という心理です。
「男性誌の表紙がいやらしい」と批判されると、女性誌の性生活特集を持ち出すことが定番ですね。
打毱は技術として重要ですし、十分に見応えありました。
そして雨になって脱ぐ裸を見せたいからだという邪推には、ゲンダイが毎回大河にエロを期待しているからそうなるのでは?と思いました。
「エロは俺たちのもんだ! 女向けエロはゆるさん、けしからん!」とでも言いたげですが、それに対しては今回の赤染衛門がスッキリと反論しているのだから、このドラマは只者じゃありません。
それにしても、なぜゲンダイさんは、エロを独占したいと主張するのか?
やはり読者層なのでしょう。
昭和に青春を送った世代は、大河ドラマ鑑賞は司馬遼太郎を読むことと並び、教養醸成のために親や教師から推奨されました。
そういう大河ドラマで思わぬエッチな場面があると、ものすごくワクワクしたものです。
咳払いする父。台所に立つ母。ドキドキしながら見る俺……そんな昭和レトロなエロ記憶があるものだから、大河にエロがあるとはしゃいでしまうんですね。
「エロ動画なんてスマホでいくらでも見れるでしょ」
「歴史劇を楽しみながらエロを見たいなら『ゲーム・オブ・スローンズ』でよいのでは」
こういう反論は無駄なのです。ノスタルジーと結びついたエロは強い。
昭和の頃は「歴史が好きなのはおじさんだ」という思い込みもあり、歴史小説には脈絡なくエロシーンが挟まれました。
当時はそういうもんだとエクスキューズが入りますが、時代考証として正しいはずの男色は少ないんですね。
試しに、こういうことをいう人に往年の大河の良さを聞いてみればよろしい。
「『独眼竜政宗』で、おなごは黙っていろとビシッと義姫に言うところがいいんだよな!」(※実際の義姫には、政宗も最上義光も押されていたものです)
「そうそう『独眼竜政宗』といえば、側室と風呂に入ってムフフ……」
歴史としての描き方、プロットの巧みさ。そして俳優の熱演よりも、女を踏みつけにして楽しめた俺たちの青春を回顧するようなことを言い出す。
そんなことのダシにされる往年の大河ドラマが気の毒でなりません。
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しかし繰り返しますが、私はゲンダイさんの大河記事のファンですから。
打毱を出した意義を考えるうちに、魚玄機の漢詩を出せて感謝しています。
一方、こちらの記事は
◆【光る君へ】同じ創作でも『どうする家康』との決定的な違いとは(→link)
昨年と比較しつつ、歴史劇のルールをまとめていて素晴らしいと思います。3ページ目には歴史劇の手法を用いて解説しています。
ゲンダイさんは、小馬鹿にしたように「呪詛は韓国ドラマみたいだ」と記していました。もっと正確にいえば、東洋中世らしさになりますね。
けれどもアジアのドラマが受けているのは、それだけでもないと、先日中国ドラマに詳しい佐藤信弥先生のオンライン講義で語られておりました。
ましてやお色気でもイケメンでもない。フェミニズムです。歴史の影に消された女性の声を響かせるところが、心を惹きつけるのです。
ここでまた中国の方との会話を持ち出します。
「フェミニズムとか人権とか、西洋発の発想で本場っていうのはわかる。けどさ、どうしても西のものになってしまって、東に即したものにならないというかね。東ならではの問題がある」
「中国で上野千鶴子先生がブームなのも、その反映じゃないかな」
「日本でも韓国のフェミニズム小説やドラマがすごくウケてる!」
熱気を感じます。
配信が始まる華流ドラマ『花の告発』という作品は、女性同士の連帯やジェンダーについて更新しているところが見所です。
イケメンだの恋愛だのだけでなく、この時代に合わせて進んだ部分もドラマ評価に加わることを考えなければならないのではないでしょうか。
不適切だのなんだの、ガタガタ言っている場合じゃないでしょう。
今年の大河は、明らかにアジア枠代表を狙っています。
ナレーションが最低限で、かつ専門用語の解説を今年は飛ばしている。引き込む力があればよいと確信を持ってそうしているのでしょう。
賛否両論というけれども、海外でも受ける熱気はあると私は主張したい。
今年の大河は間違いなく進歩しています。このまま進んで欲しい。
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【参考】
光る君へ/公式サイト