軍師連盟

軍師連盟/amazonより引用

歴史ドラマ映画レビュー

三国志長編ドラマの傑作『三国志〜司馬懿 軍師連盟〜』は鎌倉殿ファンにもオススメ

2024/09/26

北条義時が主役はアリなのか?

2022年の大河ドラマが『鎌倉殿の13人』に決まったとき、そんな声があがりました。

義時の事績を考えれば、どう描いたって悪役ではないか?

視聴者の支持を得られるのか?

しかし、そんな疑問が呈されると同時に「意表を突かれた」という意見もありました。

これは国際的な流れかもしれません。

お隣・中国では、司馬仲達の字(あざな)で知られる司馬懿が主役のドラマが作られました。

劉備が建国した蜀は滅びてしまう上に、曹操の魏ですら乗っ取られて終わる『三国志』の憂鬱な幕引き――その簒奪を実行に移した司馬懿は、中国でもほとんど人気がありません。

そんな腹立たしい奴を主役にしてどうするのか?

まさに義時と同様のポジションで忌み嫌われていた……はずなのに、いざドラマ『三国志〜司馬懿 軍師連盟〜』が始まると、大いにヒットしたのです。

 

同作の名前を初めて聞く方、あるいは中国作品に興味のない方は、いぶかしがるかもしれません。

なんじゃこの作品は?と。

しかし『鎌倉殿の13人』を大いに楽しまれた方、あるいは『三国志』ファンの皆様に自信を持ってオススメできます。

これまで険悪で好かれないタイプの悪役が主人公として歴史を新たな視点から提供してくれる。

その魅力を北条義時と司馬懿という主人公の立場から考察していきたいと思います。

 


北条義時と司馬懿の特徴比較

北条義時と司馬懿――より悪辣な簒奪者は果たしてどちらか?

そんな話を始めたら「もっと建設的な議論をしてくれ」と返されそうな気がします。

強さや賢さを比較するならともかく、スカッとしない悪役対決なんて悪趣味だ。

そう言われてしまいそうですが、単純な英雄気質でない二人だけに面白味もあります。

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まず二人がドラマでどんな描き方をされているか?

両作品を比べてみたいと思います。

◆二人とも青年期は野心家ではない

両者の性格は似ていると言えます。

どちらもさしたる野心はなく「好きなことをして生きていければよい」と謙虚に考えている人物です。

それを義時の場合は義兄となった頼朝に仕える。

司馬懿の場合は曹操に脅迫まがいのスカウトを受ける。

積極的に何かをしたくてスタートを切るわけではありません。

◆問題を片づけ、身を保とうとすると、周りが斃れていく

野心家でもない以上、積極的に上を目指したいワケでもありません。

それだけに為政者からは使い勝手が良く重用され、そのせいで嫉妬や政治闘争に巻き込まれ、火の粉を振り払っていると、気がつけば周りが死屍累々。

本人も望まず、はたから見ても到底憧れない、シチュエーションが続きます。

◆実は性格もそこまで悪くない

結果的に政権の簒奪者となるため悪しき様が語られがちですが、本来は野心的でなく、それゆえ性格もそこまで悪くありません。

明るく陽気なパリピ気質ではない。しかし堅実で常識的と言いましょうか。自ら積極的に悪事を働きに向かうわけではありません。

友人or配偶者or部下にしたいか?と問われれば、どちらでもよさそうに見える。

むしろ彼らの周囲にいる脇役の方がトラブルメーカー揃いですね。

◆主君の代替わりで苦しむ

義時の場合は頼朝時代。

司馬懿の場合は曹操と曹丕時代。

このころはまだ悪くありません。

問題は義時にとっての頼家時代、司馬懿にとっての曹叡時代です。

代替わりで騒動に巻き込まれるのは不可抗力であり、そこまで悪くないのでは?と思えます。

◆わけのわからないユーモアセンスを発揮する

北条義時と司馬懿のドラマにユーモアがあります。

そんなことで笑ったところで、あくどいことには変わりはないかもしれない。

メンタルケアのつもりか、ただの手癖かわかりませんが、どちらもすっとぼけたユーモアセンスがあります。

そのせいで義時と司馬懿にはかわいげすらあるのですが、だからどうしたんだ?とも言いたくなったりします。

司馬懿が女物の着物を諸葛亮から贈られ、それを堂々と着る場面は必見です。なぜか笑えるのです。

◆強いのか、弱いのか? 賢いのか、抜けているのか?

史実の北条義時は武勇では目立つことがなく、強さがわかりにくいと評されます。

ドラマでも踏襲しており、戦場では別の人物の方が目立ちます。

司馬懿は魏では強い部類に入るとはいえ、本人も妻も、本来は文官だから戦いたくないと嘆くほど。

諸葛亮に勝てないこともあり、そこまで強いようには思えません。損な役回りと言えるでしょう。

戦場での華やかさではないものを持ち合わせているのが、この二人といえます。

『軍師連盟』は、結局、最終回までスカッとしないドラマであり、むしろジワジワと不快感のような感情が広がりました。

それでも面白い――そんな境地に至ることができます。

 


日中の歴史の違いを学ぶ

作劇的な共通点はある一方、当然ながら両者の歴史は異なります。

二作を見ることで、その違いを認識することも興味深いものがあります。

『軍師連盟』の五条原の戦いは3世紀。

『鎌倉殿の13人』の承久の乱は13世紀。

ざっと千年の差があります。

◆都市の構造と防衛

「上洛」という言葉があります。

京都を中国の「洛陽」になぞらえた呼び方であり、かつて中国の長安や洛陽をめざして都を作って来た日本の歴史の特徴です。

では、長安や洛陽とはどんな都市だったのか?

そんな想像に応えてくれるのが『軍師連盟』であり、VFXを駆使して表示される洛陽や成都は壮麗です。

あの映像を見ながら、平安~鎌倉時代の人々の気持ちを想像するのもまた一興。

とはいえ実際の都市構造は両国で大きく異なり、都市防衛の設計にも差があります。

最近、中国産の戦国時代ゲームが増えていますが、広告動画を見ていると日本のものではないとわかる。

その大きな特徴が、都市を城壁で囲んでいることでしょう。

漫画アニメ『キングダム』でお馴染みですね。日本は中国ほど強固な城壁都市ではありません。

その差に気づいてないのでしょう。高い城壁で囲まれた戦国時代の街並みがゲームに出てしまうのです。

『軍師連盟』を見てから『鎌倉殿の13人』を映すと、都市防衛の甘さが理解できます。

しかしだからこそ「これではいけない」と考え、その後、日本の「城技術」は進んでゆきます。

◆兵器

兵器にも国ごとの違いがあります。

中国にはあって日本にはない武器として「弩」があげられます。

油を入れた壺を投石器で敵陣に投げ入れ火矢を放つような戦術は迫力満点。

個人の武勇よりも技術を重視する――そんな中国の兵法をふまえることで、日本の戦い方の特質がわかってきます。

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◆地形の差

船を用いた水上船も異なります。

技術的な問題だけではなく、河川の流れや幅により違いが発生します。

【赤壁の戦い】の再現となると、日本ではかなり困難でしょう。

◆筆記具

『軍師連盟』では主に竹簡が使われます。

紙が普及する前の姿がわかります。

日本の木簡との違いも興味深かったり。

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◆社会制度や成熟度

始皇帝により中国は統一されますが、秦は長続きせず。

その後、漢はおよそ四世紀に渡り続き、中国の基礎を作り上げたとされます。

しかし、その支配に限界があるのではないか? だからこその乱世ではないか?

それが『軍師連盟』の時代です。

日本は中国をお手本とし、国家を作り上げてきました。

とはいえ、それも京都での話。『鎌倉殿の13人』における坂東は異なります。

教育の普及度。衣食住。言語能力。そうしたものが洗練されていく過程です。

なんだ『軍師連盟』の方が千年も前なのに、『鎌倉殿の13人』より進んでないか?

そう思って調べ、考えることが歴史作品のおもしろさでしょう。

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国の発展速度が異なることは歴史では当然のことであり、日本史を学ぶためには、他国との比較が重要になります。

そうした学びや気付きをドラマを通して得て、さらに掘り下げていく。

それが歴史劇の持つ役割でしょう。

『軍師連盟』にせよ、『鎌倉殿の13人』にせよ。

登場人物に感情移入して「俺ってあの主役みたいなんだよね、気持ちわかる」とは言いにくい作品です。

結果的に自分と一族を守るためとはいえ、あまりにエゲつない策を実行に移してゆく主人公。

はつらつとしていた青年の顔色が徐々に悪くなってゆき、目から光が消えていく。

歴史劇とは、もしかしたら「人間のあやまちや窮地を分析するためにあるのかもしれない」という思いが浮かんできます。

全くスカッとしないドラマで何か得られるとすれば、それは人類の成長かもしれません。

 

それでも義時がマシに思える

『鎌倉殿の13人』を見ていて、回が進んで最終回を迎えるにあたりメンタルが疲れた――という方は少なくないでしょう。

信頼してきた人物が理不尽に斬られ、斬首されてしまう。

もう嫌だ……と考える方にこそ『軍師連盟』はオススメできます。

どれだけ北条義時とその周辺がドス黒くなっていこうと、司馬懿よりはマシだと思えるのです。

ネタバレも含みながら、その辺の要素をピックアップしてゆきましょう。

◆妻没後がマシだ

北条義時は不可抗力により、愛する妻を複数回失ってしまいます。

そうはいっても妻に辛く当たったりはません。

一方『軍師連盟』の司馬懿は愛妻家です。妻である張春華をこよなく愛しています。

張春華は、義時の妻よりも長寿ですが、そのぶん先立たれた司馬懿が加速度的に闇堕ちし、見るものの心をエグります。

義時はそこまで急激に落ち込むことはないでしょう。そのぶんは『鎌倉殿の13人』の方が安心できます。

◆息子がマシだ

司馬懿の息子として『軍師連盟』には司馬師、司馬昭、司馬倫が登場します。

このうち司馬師はそこまで悪くないものの、弟二人は史実に輪をかけて極悪非道の性格をしています。

あんな愛のある家庭で育って、なぜここまで腐りきっているのか?

最終盤、司馬懿の息子の下劣さを見ていると気分がどこまでも暗く沈んでゆきます。

それと比較すると、義時の嫡男は“堯舜”に喩えられた北条泰時です。

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泰時の聡明さと善良さが一筋の光となる――そう見出すためにも、司馬懿の息子のドス黒さを味わっていただきたい。

ドラマの後、まだマシな司馬師は、極悪弟よりも早く没してしまいます。どこまでも救いがありません。

◆政権簒奪の過程がまだマシ

三代目鎌倉殿・源実朝の暗殺は、義時にとっては予想外のトラブルでした。

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結果的に北条一族が執権として幕府を担うことになったものの、最初からそれを望んだわけではありません。

司馬懿は追い詰められてのこととはいえ、自発的に根回しして魏を食い潰します。

司馬懿と比較すれば、義時の裏切りはマシです。

◆頼りになる筆頭ヒロインが死なないからマシだ

義時は姉・政子と二人で難局を乗り切ります。

『軍師連盟』は、司馬懿は妻である張春華と二人三脚で困難に立ち向かいます。

前述の通り、この張春華は夫より先に亡くなり、そこから司馬懿は人としての心を捨ててゆきます。

義時は政子より早く亡くなります。

司馬懿ほどの転落はないでしょう。

『鎌倉殿の13人』を見て、

『こんな不愉快な歴史劇は誰が求めているのか?』

『なぜこうもしょうもない謀略を繰り返すのか?』

と悲しくなってしまったら、そんな時こそ『軍師連盟』です。

 


失敗を繰り返し、人は進歩する

鎌倉時代と同時代の宋は、忠義心の美しさが称揚されてきました。

南宋に殉じた文天祥『正気歌』は日本でも敬愛されています。

なぜ、宋の人々はこれほどまでに高潔であったか?

様々な理由が考えられますが、その一つ挙げるとすれば、魏から晋への不快極まりない歴史を経て、それを阻止する仕組みを考え抜いた結果であるとも言えるでしょう。

トライアンドエラーを重ねて、人は進化します。

特定の国や民族だから高潔というものではありません。

別に鎌倉幕府がことさら邪悪ということもなく、坂東武者の経験値が不足していただけでしょう。時代がくだると、関東の水戸藩は、宋の忠臣が抱いていた忠義心に深い敬愛を寄せています。

文天祥の『正気歌』のような忠義心は、我が国にもあるはずだ――そう藤田東湖は日本版の『正気歌』を作詩したのです。

この詩は維新を担う志士たちに愛されました。

忠義の心は、さまざまな悲劇と失敗を経由し、どちらの国にも根付いたのです。

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人々は歴史を学び、痛感してきました。

「司馬懿の政権簒奪過程は本当にどうしようもない。忠義も何もないではないか!」

「それを言うなら北条義時もけしからん!」

そう怒り、眉をしかめ、批判してきた。

しかし、それだけでは足りないとも思えます。

彼らには、彼らなりに悪を為す理由があったのではないか?

悪に突き進み、止まれない理由もあったのではないか?

周りに問題はなかったのか?

彼らだって純度100の悪ではなく、美点もあったのではないか?

そうしたことも踏まえて初めて歴史は教訓となりましょう。

それが日本と中国の歴史作品で、しかも最近はVODですぐに視聴できるのですから、我々は幸せかもしれません。

ただし、鑑賞後の後味の悪さに疲れ果てること、人間不信が生じかねないことは、注意点としてあげておきます。

他ならぬ『軍師連盟』の製作者も疲弊したのでしょうか。

司馬懿を主役としながらどこか救いのある『三国志 Secret of Three Kingdoms』(→amazon)が、共通するキャストとスタッフで作られています。

疲弊しきったら、こちらを見ることもオススメです。

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相州簒奪つながりの両雄

最後に、ドラマだけではない歴史的な司馬懿と北条義時のつながりをみてゆきましょう。それは……

「相州の簒奪つながり」です。

どういうことか?

◆魏の首都圏が「相州」と呼ばれるようになった

洛陽や鄴(ぎょう)があった魏の本拠地は、南北朝時代から金代にかけて「相州」と称されました。現在の河南省安陽市近辺です。

◆相模国は「相州」と略される

そんなダジャレめいたつながりなんて話を作っていない?

そう疑念に思うとすればもっともなことです。

しかし、鎌倉を鄴と結びつける発想は実際にあったのです。

鎌倉公方である足利基氏が、天下の名宝「銅雀硯」を愛用していたとか。

この銅雀とは、曹操が鄴に築いた「銅雀台」を示します。

「鎌倉公方には、相州の英雄・曹操ゆかりの銅雀硯がふさわしい」

そういう発想があってもおかしくはありません。

戦乱で崩壊したものの、廃墟にはこの高層建築に用いられた瓦が残っていました。

これを「銅雀瓦」と呼び、実に硯に向いている。材質もよいうえに、歴史的な意義もある。

厳密に銅雀瓦は少なく、近い時代の瓦を代用した贋作も横行したとされますが、ともあれ「銅雀硯」は英雄ゆかりの名宝として垂涎の的となったのです。

それがめぐりめぐって鎌倉へ渡った。

なんでも徳川家康も愛用したとかで、ロマン溢れる伝説ですね。

※原題『銅雀台』

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このことを踏まえますと、ダジャレとはいえ、司馬懿と義時をこう呼んでもよいのです。

相州にて、主家簒奪を成し遂げた梟雄――。

まぁ、それで二人の名声があがるかどうかの判断はみなさまにお任せします。


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【参考文献】
杉原たく哉『中国図像遊覧』(→amazon

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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