弘治元年(1555年) ――。
斎藤道三は我が子二人を失いました。嫡男・斎藤高政によって殺されたのです。
「許さん!」
そのまま道三は、稲葉山城をでて大桑城に向かった。国を二分する戦の前触れであった――。
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私を尾張へ行かせてください
緊迫する美濃情勢が語られてゆく。そんな中、明智光安は、小鳥の籠を前にして光秀に意見を求めています。
戦になってもいおかしくない。そうなれば我らはどうなる? 大桑城に馳せ参じるか、高政様に味方するか?
「十兵衛どうする?」
意見を求められる光秀です。
叔父の光安は判断力がそこまで強固でないとも言えますし、あくまで嫡流の兄の子である光秀までの中継ぎだという意識もあるのでしょう。
十兵衛は、戦だけは避けたい。そうならぬよう手を尽くすほかありませぬ。
そう悩んだ末に、こう言います。
「叔父上……私を尾張へ行かせてください。戦になるかならぬか信長様、いや帰蝶様次第かもしれませぬ」
光秀はそう言います。彼は使い走りされてばかりだの、RPGだの、「くん付けで呼びたくなる」だの言われますが、極めて有能です。人を見た目や表層的に判断するのは危険ではないでしょうか。
そしてここが長谷川博己さんの真骨頂。彼ほどの知性と演技力とキャリアがありながら、初々しさすらにじませるのです。主役であっても局面を回す役どころではない。
この時点でも悪目立ちしていたとすれば、それはそれで失敗。自分の役を適切に演じています。
儀礼的な挨拶で冷淡な帰蝶
かくして光秀は、尾張清須城へ。
帰蝶は一応、叔母と叔父のことを聞くものの、どこかぶっきらぼうでテンプレをなぞっただけのような言動。硬い。儀礼的に挨拶するけれども、心はこもっていない。
ここが帰蝶の難しいところだ。
帰蝶が光秀に恋をしていたことが過大評価されがちではありますが、彼女はそこまで恋心を見せていません。吹っ切っていますね。
帰蝶から恋心を読み取っていたとすれば、誤読の可能性があります。似たような事例として、前期朝ドラの『スカーレット』があります。
ヒロインが離婚後に初恋の相手と再会した時、二人がくっつくのかもしれないという感想がありましたが。
当事者が独身前提で、かつ恋心は消えないという認識があって、ハラスメントに近い何かを感じたものです。これ以前より、帰蝶にも、光秀にも、相手への甘っちょろい気持ちがあるようには思えません。
重要なのは、帰蝶がここにきていきなり冷酷になったわけではないということです。
帰蝶の本質を考えてみますと……。
・幼少期、思う通りにならない光秀を、一方的に叱り付けていた
・父により毒殺された前夫・土岐頼純のことを思い出すわけでもない
・お供の者を叱り飛ばしていた
かなりキツイ性格です。川口春奈さんが美貌だから萌えるという意見はよく見かけましたが、本当にそうできるのかどうか。
むしろ『スカーレット』のヒロイン・喜美子のように根強い「生意気、自我のある女は許さない!」アンチが育っていく頃合いなのでは?とも思います。そこまで含めての帰蝶です。
道三の後押しをして高政と戦をさせるな
そんな強気な帰蝶は、ズバリと聞いてきます。
「誰の使いか? 孫四郎を殺した高政の使いか?」
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光秀は困惑しつつ「そうならお会いになりますまい」と言うのですが、帰蝶はそんな甘い性格でもなく……。
「会うて罵ってやる! 生き返らせろ、高政にそう伝えよ! 憎き高政、もはや兄とは思わぬ」
そう言い切る。ここでの光秀は「生意気な女だな!」とムカムカするのではなく、理詰めでの反論を試みます。
孫四郎の後押しをしていたのは帰蝶です。そのうえで明智も味方すると言いくるめた。結果、明智家も危険に晒されたわけですから、毒が滲んでいます。帰蝶の初恋を過大評価したらダメな理由が浮かび上がりますね。
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むしろそういう淡い恋心を利用するのはよろしくないこと。帰蝶にとっての初恋とは、その程度のことなのでしょう。女の子は初恋を大事にする❤︎ そんな思い込みをヘビーに粉砕する本作です。駒がいらないだのなんだの言われますが【社会が求める女の子像】はむしろ彼女なのでしょう。
そう釘を刺して、高政の怒りもわかると光秀。そのうえで、これ以上関わるなと言い含める。道三様の後押しをして、高政様との戦を願うなと言うわけです。美濃のことから手を引けと。
ここも本作の光秀らしさではあります。
「おなごは関わるな」
「初恋の十兵衛のおねがいっ!」
そういうニュアンスは一切ない。帰蝶には通じないとわかりきっているのでしょう。理詰めでないと、帰蝶は聞く耳を持たないとみた。
帰蝶に関することは、過去のドラマや漫画で培った恋愛認識や先入観をどこかに投げ捨てた方が良さそうです。高校生のラブコメ漫画ではありませんし、本作の人物像を年数が経過し過ぎたフィクションとすり合わせると、かえって理解が難しくなる可能性が高い。
一命を賭して高政を止める
帰蝶は理詰めで反論します。
尾張は海に開けている。手を組めば商業が発展する。美濃も豊かになる。
そういう父の思いを理解しています。
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ところが、兄・高政はそうではない。
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帰蝶は、父の計画を理解できず無視する兄が憎たらしい。愚かの極みに思えているのでしょう。
でもそれは意見が一致するかしないかのこと。後世の判断からすれば、帰蝶が正解になる。けれどもその時点で賢愚の問題ではないとも思えるのです。
光秀も反論します。
高政にはそうはさせない! 幼いころから付き合いがあるから知っていると言います。けれども、これが正しいのかどうか。そのうえで、一命を賭して高政を止めると言い切るのですが……。
「以前ならそなたの言葉を信じた……」
帰蝶は許せません。頼ってきた孫四郎を追い返した光秀は信じられない。そのうえで、これ以上話しては無駄だと追い返しました。
しつこいようですが、帰蝶は恋愛感情ではなくて、長期的な父と共通する戦略で判断しています。
帰蝶を降板した方に決めた理由もわかりますし、代役が川口春奈さんである理由もわかります。
見るからに悪女らしい帰蝶もよい。性別が関係ないような、気の強そうな帰蝶もよいのです。川口さんは後者ですね。そこは好みの問題でしょう。
親父殿は戦をしても勝てぬ そこは冷静に
光秀が去り、帰蝶が廊下へ出ると、隣室で織田信長がこのやりとりを聞いていました。
信長も光秀と同じで、女の判断力が低いとは思っていませんね。現に、彼女の策で道三との面会に成功したのは経験済み。何かの書物を手にして座っていて、帰蝶の怒りはわかると同意をするのです。
そのうえで、光秀のことも理解できると言います。
親父殿は戦をしても勝てぬ。放った間者の報告によると……。
斎藤道三の動員兵力:2,000〜3,000
斎藤高政の動員兵力:10,000以上
戦上手でも兵力差があれば勝てない。
そのうえで、清須を留守にすれば信賢に攻められるから加勢できないと言い切ります。身を守ることが大事だと言うわけです。
これは大事です。
桶狭間の戦いの印象が誇張され過ぎて、信長は奇襲名人のような誤解があります。
そういうことではありません。信長は事前準備をしっかりして、まず兵力差で勝とうとしています。
劣勢でありながら勝利したのは桶狭間だけ。こうした奇跡は二度と起こらないと知っている、リアリストであったわけです(わずかな伴を引き連れ、先頭切って戦場へ向かうケースはあっても、基本は敵を上回る兵力です)。
古今東西、名将とはそういうものでしょう。
さしたる理由もないのに、「奇襲すれば勝てるはず!」と言い切る大将は危険ですぞ。
【ハード・イージー効果】という言葉もあるほどでして、危機的な状況で「なんとかなるはずじゃあ!」とやたらと言い切る相手を見かけたら、冷静に分析した方が身を守れます。乱世に必要なスキルです。
夫を放置し、頭をフル回転させる帰蝶
そんな正直すぎる夫に、帰蝶は苛立ちながら言います。
「その兵力でどうやって守るのかと言います」
「わからぬ」
「わからぬ……」
そのうえで、手にしていた『古今和歌集』も理解できないと言い切る。
冬ながら 空より花の散りくるは(雲のあなたは春にやあるらむ 清原深養父)
冬なのになんで花が散るの? 意味わかんね。そういううつけみたいなことを言い出す。
帰蝶はイライラしつつ、雪を花にたとえていると言い切ります。
信長はいつものマイペースうつけタイムのようで、彼らしさが存分に出ていたと思います。
・比喩がわからない
雪を花にたとえる。そういうことがわからない。
「月が綺麗ですね」と言われてもそのまんま、言外の意味なんか読み取らないんですよ。そして、それを恥ずかしいとも思っていない。周囲とズレてるんですね。
そこがうつけ=バカっぽく見えるのでしょう。バカとはちょっと違うんだけれども。
今回、なんだ、またうつけっぽいな……と思われたのかもしれません。
でも、大事だと思うのです。子どもみたいに、いい歳こいた大人なら言えないようなことを、ズケズケと言い切り、小さなことから問題提起してゆく。アイデアとはそういうところにあるものではないでしょうか。
帰蝶も、信長も、側にいたら無茶苦茶ストレスは溜まりそうです。信長の方が強烈に出ておりますが、彼らの世界は【普通の人にとってのテレビ会議】がデフォルトかもしれません。
対面ならば理解できるはずが……
・対面よりも相手の表情やニュアンスがわかりにくい。ゆえに、集中しなければならない
逆に自分のムスッした声音、きつい言い回し、変な顔が相手にどういう影響を与えるかまで計算できない。
・相手の意図を読み取るのも難しいため、余分なエネルギーを使う
土田御前と信長。道三と高政。相手が嫌がっている意図を無視されても、反応されなくても、イライラが溜まっていることがわかります。
もちろん当時、Web会議はない。けれども、常時そういう状態であるがゆえに、なんだか疲れるわ、うつけ扱いされるとしたら、生きているだけで相当しんどいということをご想像いただければ。そういう人たちではないでしょうか。
そんな二人にカップル萌えをする視聴者は多いとは思いますが、そこまでほっこりきゅんきゅんする二人とも思えないんですよね。まぁ、その辺は見る側の自由かと。
帰蝶は、なんだかわけがわからない夫は放置し、頭をフル回転させています。
侍女頭に、旅の一座の伊呂波太夫を覚えているかと聞くのです。そのうえで、急ぎ現在地を調べるように言い渡しました。
雪斎が死に、寺へ閉じ込められる東庵と駒
同じころ、駿河の国にも異変がありました。
太原雪斎が病死したのです。
義元を支えた黒衣の宰相「太原雪斎」武田や北条と渡り合い今川を躍進させる
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高齢かつ病気持ちとはいえ、政治軍事外交面で今川義元を支えてきただけに、大変なことではあります。
そんな駿河の寺に、薬屋の春次(菊丸)が来ました。
面会相手は望月東庵。なんでもこの寺に閉じ込められてかなり経っているとか。
駒もイライラしている。足止めは理不尽だと苛立っておりますが、死を隠し通すためには仕方ないのです。隣国の大名に知られては危険なのだとか。
口止めのために医者を殺さないだけ、今川家は親切かも。でも、思えばこの時点で今川家は破滅するということもわかってしまう。
戦国時代の大名家だけでなく、現在の組織もそうですが。
「この人の代わりはいない!」
という話はよく言われます。これが出てくる時点で、その組織なり体制なりは、盤石からほど遠い。逆に、誰かが欠けても代わりがいるとか補える体制ならば、そうは言われないわけです。
本作も、帰蝶役の降板で危ういと言われました。
が、個人的にはそう思いませんでした。他のスタッフなり役者なりが盤石ならば、一人欠けてもカバーできるはず。事前に陣容を見ているだけでも、隙がないと思えていました。
主演の長谷川博己さんがあの騒動で激怒したという報道があり、それをご本人が否定しておりましたが、そうだろうとは思いました。制作陣がシッカリしていることを理解できていたのでしょう。
降板しかねない発言をしたメインキャストがもう一人おり、仮にそうなったとしてもそこまでの痛手とはならないと思います。
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