深芳野の遺骸と御霊を前に、利政から嫡男・高政(斎藤義龍)に譲られた家督。
天文23年(1554年)、斎藤利政は出家し、斎藤道三となったのでした。
家督を継いだ兄・高政のことを、どこか冷たい目で見つめる者がおります。
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道三の言う新しき血とは?
孫四郎と喜平次は、正室・小見の方から生まれました。
唐突にこの兄弟が出てくる。それだけでも、道三にとっての家督相続路線は高政にあったということはわかります。
ただ、その意思表示に曖昧さがあったことが、悲劇の原点にある。
【斎藤家と織田家の家督相続 どこで差がついた?】
織田信秀:正室の子である信長を嫡男としている。側室の子・信広は、信長より年長であっても相続権がないことを配置で示している
→それでも信長と信秀の対立はあり、信長は同族に責められ苦しめられてはいる(斎藤家よりはマシ)
斎藤道三:深芳野と高政すら、家督相続できるか不安に感じていた
→そのことが深芳野を酒浸りにし、高政が「母は慰み者だ」と思うほどの誤解を招く
深芳野:もともとは土岐頼芸の愛妾だった
→曰く付きの女性を妻にすると、問題が生じやすい
キリスト教圏では、君主の妻は処女性が求められるものです。そういう趣味だの性癖だの、そういう話でもない。
処女性に疑念が生じれば、強引な離婚が認められることもある。他の理由や不妊を処女性や異常な性欲のせいだと言い張れば、そんな無茶も通る。
ちょうどこの時代とかぶるイングランドのヘンリー8世は、この手の無茶ぶりを通しまくったことで有名です。
ヘンリー8世の離再離再婚でぐだぐだ~イングランドの宗教改革500年
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そういうことがよろしいとは思わないのですが、家督相続における揉め方を見ていると、理由あってのことだとは思えます。
そして生母の身分。これも大事です。
キリスト教圏では、そもそも庶子には相続権がない。
日本はそうではないため、生母の身分は関係ないようで、実はある。「劣り腹」という言葉もあるほど。
女系を辿れば平家も存続しているじゃない『女系図でみる驚きの日本史』大塚ひかり
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江戸幕府将軍の嫡子の母は、正室生まれでない者が多い。
それどころか、身分が低いシンデレラガールもおりました。そのため誤解が生じやすいのですが、母の身分は重要なのです。
道三は、国の政治を全て我が子に委ねると言い切ります。
「古きを脱し、新しき世を作るのは新しき血じゃ」
そう念押しすると、承知いたせと続けて、高政の声を我が声と思えと言い切るわけですが……。
「この儀承知いたしたか」
「はは〜っ」
それでも、こう言いたくはなるところではあるのです。
道三の言う新しき血とは、信長に流れているのではないか?
彼の言うところの血とは、生物学的な親子関係ではなく、考え方、思考回路の話ではないかと思える。それこそが悲劇を生みかねないのです。
光秀の思考力と知性
二月後、煕子が読書中の光秀の元へやって来ます。
ここでちょっと疑念が湧いてくるのですが、光秀は理想の夫なのかということなのです。結婚後も、ほっこりきゅんきゅんべたべたいちゃつきをしていない。
長谷川博己さんに、いやらしいほどのべちゃべちゃしたいちゃつきをさせれば「ナンチャラ砲」だのネットニュースで取り上げられることは証明済。それを敢えてしていないようには思える。
あの朝ドラの演技は、ハセヒロさんの魅力なんざ1ミリたりとも出ていないとは思います。
彼の持ち味は思考力と知性。あの役にはそれがなかった。世紀の発明? 図書館で文献一冊も読まずに発明と言われたところで、何を言うのやらとしか言いようがない。まあ、あの朝ドラの話はもういいんだッ!
で、光秀ですが。
読書をしているだけで、思考力と知性がキラリと光るからには、彼らしいよい役だとは思えるのです。
そんな読書姿が素晴らしい光秀は、煕子から聞いて不審に思っています。
どういうことか?
ここで光秀はこう言います。
「こんな夜更に何事じゃ?」
時間の時点で彼は不信感を抱く。ここでのライティングが素晴らしくて、光秀が光安の元へ向かう暗さが本当に濃い。
ライティングは課題だとは思っておりまして。
海外のドラマは、本当に画面が暗いんですよ。テレビやタブレットの画像設定が難しい。一方で日本のドラマが明るすぎるということだとは思いました。
本作は序盤、色彩がきついとされたものですが、そういう国内外の基準もふまえるとか、4K対応とか、そういう技術面でのことがあります。それに対してリアリティをどうするか?悩んだ証拠だとは思うのです。
試行錯誤がないと進歩もないから、マイナスよりもむしろ果敢な努力として、私は「いいね!」と押します。最近はこなれてきましたし。
孫四郎の背後に帰蝶が
さて、そこにいたのは孫四郎でした。
光秀は緊張を見せます。狼の遠吠えが聞こえるのがまたよいですね。そうそう、この時代なら狼はいたものです。
光安も、その嫡男の明智左馬助も、困惑し切った顔をしています。
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「夜分、前触れもなく押しかけあいすまぬ」
孫四郎は用件を切り出します。
兄・高政に不満があるのだと。これだけならば、家督相続できない異母弟の愚痴でとどまる。
厄介なのは、尾張の姉上・帰蝶の思惑です。高政では信長に敵対し、大きな争いを巻き起こすと危うんでいるのです。
帰蝶は孫四郎に、密かに明智と相談し、美濃の進べき道を間違えぬよう伝言があったというのです。
夫・信長を支えたい帰蝶の気持ちはわかる。ただ、危ういことではある。
それより何より、明智が大迷惑だ……。
帰蝶は幼少期から光秀に無茶振りをしているわけで、光秀はそんな帰蝶の感情を迷惑に思っていても不思議はない。嫌いにならない光秀は偉いと思う。まぁ、そのことが、ストレスになるんでしょうけれども。
孫四郎は、明智の一族の考えは父・道三に最も近いと言い切り、信長と争うことの是非を考えて欲しいと言ってきます。孫四郎本人で考えなさいよ。そう言いたくはなります。
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道三はどこまで察知しているかというと、孫四郎と喜平次が耳に入れても反応しないそうです。譲ってみてわかることがある。よろず見届けると言うばかり。
光安が孫四郎の意向を聞いてくると、このまま兄上に美濃を任せておくわけには参らぬと言います。志を同じくする国衆と共に国を守るのだと。
2016年以来、大河における国衆の扱いが実に洗練されていて、興味深いものがあります。そのうえで、明智に先陣に立ってもらいたいと言うわけですが……。
いい加減にしろよ、こいつら! そう言いたくなる。光安も左馬助も、困った顔で光秀を見てきます。この父子は決断力がそこまでないらしい。勇敢でないわけではないのです。
決断が下されれば存分に働く。ただ、自ら決断を下すタイプではないと。もっともこういう父子だからこそ、光秀が率いやすいところはある。
光秀はここで即座に言い切ります。
「その儀、お断り致しまする」
道三様は誰よりも高政様のことを知っている。その道三が、髪を下ろしてのこと。迂闊に決断できないというわけです。
ここが光秀の賢さではある。帰蝶と孫四郎が気にしている父・道三の意向を盾にしている。
光安も左馬助も、これには納得している。ただ、孫四郎は悔しそうではあります。愚挙は見過ごせぬ。その上で、兄上と同門であるから左様に悠長なのだと言い切ります。
「そうお思いならそもそもここに来るべきではなかった」と言い返す光秀。孫四郎が怒って去っていくと、光安も、左馬助も、嫌そうな顔になっています。
光秀も、顔がしわくちゃになってしまうのでした。
愚かでないし、迂闊でもなく、良い人でもない
後日、稲葉山城で――。
高政が祐筆とともにテキパキと仕事をこなしています。国衆同士の揉め事を解決しているようです。
ここで光秀が顔を出すと、つまらぬ訴えが山ほどくると言い、他国と戦をしている暇はないと苦笑しております。
高政はハッキリと言う。父上のような戦は好まない。日々平穏がよい。これには光秀も納得しています。
高政は、よい人物なのだろうとは思えます。こういう揉め事を解決してくれる。こまめにLINEを返してくる、そういう人を友達に持っているとよいとは思う。
ここで高政は、光秀を呼び出した件を聞いてきます。
高政は聞いた!
一昨日の夜、孫四郎と明智の城で会ったんでしょ? 背後にいるのは帰蝶でしょ? 盛んにやりとりして、わしと敵対する国衆をまとめようとしているくらい知っているんだからね! そなたに軽くあしらわれて帰ったんでしょ?
よかったですね。変なことを返答していたら、明智一族は今頃死んでいたかもしれません。高政の諜報技術、なかなかのものではないですか。
本作の高政は愚かでもないし、迂闊でもない。実はそこまでよい人でもないんですな。
知能となれば、父子でそこまで違いはないとは思う。あるとすれば、思考回路の使い方です。
高政は苦々しげに、父上の間違いは孫四郎を甘やかしたこと、織田のうつけを高く持ち上げたことだと言います。
「実にやりにくい……」
政治を展開しにくいと素直に考えればそうなりますが、彼の心の底にある渇望も見えてしまう。
十兵衛はわしの味方であろう?
愛情の伝え方が絶望的に下手な父のせいで、ずっと高政は飢えていた。
4月11日放送の『柳生一族の陰謀』では、父母に認められぬ家光がこう絶叫しました。※5月23日に再放送です!
「血を分けた母に捨てられたこの地獄が、どれほどのものか!」
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高政も、ずっとずっと、地獄にいたのでしょう。
でも、その地獄はちゃんと抜け出す方法はあったと思うんですよね。
自分という器に親の愛が足りなければ、自我をとことん鍛え上げてそこに満たせばどうにでもできる。
魚を釣ってあげたら母が喜んでくれた。織田信長はそれ以来、しつこいまでに魚を釣り続けてきた。
母は喜ばない。
けれども、魚を買える民は喜ぶ。ま、いっか♪
信長は一体なんなのかと突っ込みたくはなるのですが、彼は彼なりに、ひび割れた器に自我で蓋をして、民の笑顔と自己満足を注いで満たしたわけです。
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道三、帰蝶、そして信長は、自我で自分という器を修復できる。できるがゆえに、できない人間の「孤独を理解できない」ところがあるのかもしれませんが……。
光秀は、そんな高政に信長との盟約について確認します。
聖徳寺での会見は歴史の名場面であり、あの義理の父と子の意気投合するところは素晴らしいものがあった。けれども、そのことが高政の心をどれだけ傷つけたのやら。
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高政は、楽観的なことを言います。
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彦五郎とはそういう話をしていて、礼を尽くして参られたとも言います。碁を打ちに来ているとか。光秀との会見をセッテイングしようかと高政は言うのですが、光秀は「それには及びませぬ」と断ってしまいます。
ここで高政は不満をぶちまけます。帰蝶も、信長も、今日までわしに何の挨拶もない。この城を継いで二月、文のひとつもよこさぬ。そのうえ孫四郎にまで何かをしている。そこに怒っていると。
「十兵衛そなたはわしの味方じゃ。そうであろう」
高政はそう言ってきます。光秀が肯定すると、こう言ってくるのでした。
「うむ。ならば尾張へ行き、帰蝶へ釘を刺してきてもらいたい。孫四郎に近づくな さもなくばわしにも覚悟がある」
「何故……尾張へ……」
光秀は困惑します。このあと、廊下で織田彦五郎が来て、前を通ってゆくのでした。
常識人の高政と対比して浮かび上がってくる信長像
高政は、あくまで“普通”の人だとはしみじみと思いました。信長と帰蝶のやっちまったところも出てきてはいる。
高政は常識人です。
◆セレブと近づきたくない?
→この場合、彦五郎です。そういう大物と面会するってすごいでしょ! そう好意的に持ちかけてくる人はいるものです。悪いことでもないわけですし。ただ、光秀には通じない。高政自身、由緒正しき土岐頼芸にコロリと洗脳された感はある。
◆手紙くらいよこしなさい!
→信長と帰蝶が手紙をよこさないくらいで、イライラしている高政。ちっちぇ〜ダッセェ〜、って笑えますか? そういう人っていませんか?このご時世です。ホテルに行ったら、有力者からの手書きの手紙があって、感動を覚えたという体験談がSNSで見られます。そういう効能が手紙にあることは、古今東西確かなことなのです。
高政は誠意を見せて欲しいと願う。ごく“普通”の人なのです。
そんなもんどうでもいいから結果を出せばいいと突っ走るタイプとは違う。常識があります。例えば企業の採用試験の面接で高評価を得られるのは、こういうタイプでしょう。別に狂ってはいない。流されることはあるけれども。
そして信長のことも。史実での信長は、贈答外交をしてはいます。そこは頑張ってはいる。
ただ……そのやり方が気まぐれだったり、相手をカチンとさせるようなことが多くて、それがトラブルにつながったと思われる点も指摘されておりまして。
空気が読めない不器用信長というのは、近年確立されてきた像ではあるのです。本作は、歴史だけではない知見を駆使してそんな信長像を追っているので、その点も注目かと思います。
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そしてそういう信長によって、光秀筆頭に周囲がどれほど心を削られていくか。そこも大切ではないでしょうか。
寺を焼くとか。誰かを成敗するとか。そういうことだけでなくて、コミニケーションエラーを過激な形でバンバンやられると、人間とは耐えきれないものかと思います。
高政次第で再登板は「ない!」
光秀は、斎藤道三の館に行きます。
道三は鉄砲を撃ち、上達したとはしゃいでいます。感想を聞かれた光秀は、鉄砲組の足軽くらいまで腕があがったと正直に言います。
「やってみるか、わははははは!」
道三は上機嫌。隠居して、ちょっと子どもっぽくなりました。
彼は他の家臣や光安とすら違い、正直にズバズバ言うからこそ光秀を気に入っているのです。光秀は彼相手に「ハァ?」と言ってしまったり、「嫌い!」と言い切る。
それはありえない、現代っ子みたいだ、だらしがないという指摘はよく見かけます。
光秀はどの時代でも少数派で、個性があって、素直で、取り繕わずにバシバシと言う。
相手が取り繕う、籠絡しようとしても、通じにくい。そういう性格であることを『おかしい、ありえない』と感じるのだとしたら、観る側のタイプが違うのでしょう。
そしてこう言い切ります。
「今日はわざわざわしの腕前を見にきたのか? 何か申したいことがあるのならさっさと申せ」
ここで光秀は聞いてきます。
高政様から、尾張の帰蝶様の所へ参れと言われたこと。孫四郎様との妙なやりとりをやめさせろと。そしてお手上げだと言い切る。
帰蝶様に頼んでも丸く治められない。高政様の使いという時点で追い返されると。
光秀は光秀なりに、道三との会話にやりやすさを感じているところはあります。
だって、高政にはそんな本音を言えなかったわけじゃないですか。道三とは本音トークができるのです。
私個人が、道三や信長タイプが好きなのはこの点です。話題がすぐに飛ぶし、変なところで地雷踏みかねないし、きついことも言い合うでしょう。しかし本音をぶん投げられると、楽な人間だっておりますよね。
そんな道三に対し、だからこそ光秀はこう直言できる。
「おそれながら、かかる混乱は、殿がはっきりとのちの道筋をつけず家督を譲ったため、皆戸惑うておる……」
信長との盟約をどうするつもりだったのか? 高政の考えに全てを委ねるのか? 高政次第で再登板はありえるのか?
そう問い詰められ、道三は言い切ります。
「それはない」
そう、ここです。ここが本作のセオリーだ。
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