天文18年(1549年)夏、京都――。
失恋してしまって、気が抜けている駒。これには望月東庵も困っています。
すると、伊呂波太夫の一行がその前を通り過ぎようとしていくのです。
「じゅんやく踊りをひと踊り〜じゅんやく踊りをひと踊り〜参られよ 参られよ〜」
紙吹雪が舞い、扇で顔を隠し、鈴が鳴ります。
戦乱で苦しむ京都に、妖しげな花が咲くよう。こういう折りたたみ式の舞扇は日本独自由来とされており、その性能、動きの面白さが高い評価を得たものでした。
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伊呂波太夫の踊りが参る
「参られよ、参られよ」
東庵は、道ゆく商人に駒を見なかったか聞いております。
芸人一座を見ていたそうです。東庵は、出て行ったまま帰ってこないとぼやいております。
「何を考えておるのやら……」
そうぼやいていると、芸人一座がやって来ます。
「踊りが参る、踊りが参る。一の門開け、二の門開け、皆一様にお並びあれよ〜」
今日もお見事。この芸人の舞を再現するだけで、どれだけ労力をかけたことやら。受信料のよい使い方ですね。屏風絵が動き出したような、ものすごいものを見ていると感じられます。
伊呂波太夫のような、民衆に属する架空人物は一段と低く見られるものだそうです。でも、それってどうなんですかね。
これは世界の歴史劇トレンドからはむしろ遅れていることをご理解いただければと。あの屏風絵に入り込んだような体験なんて、夢のような気がしてきます。『タイムスクープハンター』で培った経験が大河に使われているような印象も受けます。
芸人一座は、縄を張っております。それをじっと見ている駒。スルスルと縄の上まで来ると、なんと綱渡りを始めてしまうのです。
舞扇を持ち、ゆっくりと歩き、手にした扇を放ち、空中で一回転! そして着地!
歓声が響き、一座のメンバーはこう盛り上がっています。
「お〜娘さんやるねぇ!」
「お前よりうまいぞ!」
「はははははっ!」
これには東庵もびっくり。
ちなみに日本伝統のこうした芸能は、明治時代になると世界的に見てもファンタスティックだと話題になりまして。海外巡業をする芸人もいたそうです。
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そんな駒を見つけたのが、伊呂波太夫です。
「お駒ちゃん!」
成長した駒を見違えたと笑顔になります。
尾野真千子さんは流石ですね。
出てきた瞬間から、プロのプライド、気の強さ、聡明さが伝わってきます。戦乱の最中で、図太く生きるのであればこうならなければならないのでしょう。
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伊呂波太夫は、東庵と駒と屋内で喋ることに。
あのスーパースターが帰ってきた、5年ぶりの京都公演!「伊呂波太夫一座」ってわけですね。
さて、ここ5年間何をしていました?
と聞けば、東は常陸(有名な大名は佐竹氏)から西は薩摩(有名な大名は島津氏)まで巡業していたとか。すごいですねぇ。
それだけ需要もあるんでしょうね。
京都の美女が最新の踊り!
それだけで戦乱があろうと、ウキウキワクワクみんな見に来てしまうのです。
東庵は、尾張に行ったか?と尋ねます。信秀は「美しい都の踊りを見せてもらった」と語っておりました。伊呂波太夫は「双六好きの面白いお殿様」と返答します。直々に話したのかと驚く東庵に対し、伊呂波太夫は「(信秀が)東庵から十貫巻き上げたと話していた」とも言います。東庵は去年取り返してきたのだと返答します。
「おや、それはよござんした」
特報動画でも見た、この伊呂波太夫のあだっぽい喋り方が絶品です!
尾野真千子さんは、絶世の美女タイプではないようで、そうじゃないかと思わせるものがあります。
モノクロ写真ができたころ、19世紀の美女の写真。王様や富豪を虜ににした、『シャーロック・ホームズ』シリーズのアイリーン・アドラーみたいな。そういう女性の写真って、あるじゃないですか。
どれだけ美人なのかと思って見てみると、顔そのものはそこまで綺麗でもない。むしろ、その美女に王の寵愛をとられた妃の方がずっと美しかったりするのです。
どういうことかと思って記録を読んでいくと、話し方、仕草、ポーズ、知性、大胆さ。そういうもので虜にしていたとわかる。伊呂波太夫は、そういうトータルにおいて色気のある、傾国の美女だと思えます。
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そして、こういう女性が一番危険なんですよ!
どういうシチュエーションで伊呂波太夫と信秀が話したのか、それは語られませんけれども、色気のある状態かもしれないわけです。
そしてそれこそ、蝮(斎藤道三)が監視していた状況です。
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あいつは「信秀の閨(=寝室)のことまで知っている」と言っておりましたからね。彼女のことを知っていても、不思議はありません。ましてや妻でもなく、相手が綺麗で異国情緒あふれていて、諸国事情に詳しいお姉さんならば、口が軽くなっちゃうかもしれないでしょ。蝮チェックが外せないぞ。
蝮はのぞき趣味のある変態ではなく、あくまで実務的に信秀寝室チェックをしているのです。当たり前ですが。
そんな伊呂波太夫は、美濃へは行ったかと聞かれます。野盗が出るから、行かずじまいだとか。どんだけ治安が悪いんだ。
駒は、去年先生と半年以上行ってきたと、声を弾ませて言います。
ほんとうに駒ちゃんって、帰蝶や伊呂波太夫と比べると、普通の女の子だなと。そこがいいんですよね。戦に巻き込まれて往生したと、東庵はぼやいております。
ここで伊呂波太夫は、美濃に明智十兵衛という若い家臣がいる、お会いになりましたかと聞いてきます。
なんでも、松永久秀から聞いたそうです。
トレンドに敏感な久秀は、伊呂波太夫のパフォーマンスを楽しんでいる、ご贔屓なんだとか。
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東庵は「今、都を動かしているのはあのお方(久秀)じゃ」としみじみと言います。そのうえで、駒にこう言います。
「太夫はこういうお人だ、おそろしく顔が広い、滅多なことは喋れぬぞ」
ほんとうにね。傾城傾国だの、結局なんだって話じゃないですか。なまじ、こういう美女は諸国を怪しまれずに行き来できるし、口も軽くなるし、危険ではあるのです。別にくノ一でなくてもそういうものです。
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伊呂波太夫は、東庵にこう返します。
「そういう東庵先生こそ、あちこちでお名前をお聞きしますよ。お公家の中では、知らぬ者がいないと聞いております」
その割に声がかからず貧乏しておるとぼやく東庵に、気難しいお方だからと伊呂波太夫は言うのでした。
そのうえで、駒をこう誘います。
「お駒ちゃん、あとでお団子食べに行かない? いいお店見つけたんだよ」
この時代の飲食物が見られるなんて、豪華ですねえ。さて、どんなものでしょうか?
食べ物への態度も、駒と帰蝶で比べると面白いものがあります。
水飴に喜びつつ、食欲を恥ずかしがる駒。信長に空腹を訴え、干し蛸を食べる帰蝶。
やはり帰蝶は変わっているのです。
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身分だけではなくて、性格的にもお駒こそが等身大ヒロインであることは考えてゆきましょう。乙女ゲーの主人公ポジションですね。
東庵は、伊呂波太夫に訴えます。
このところ、どうも元気がない。美濃から帰ってきてから、ずっとあの調子だ。生返事でな。そうぼやくのでした。
桔梗紋が示す奇跡
かくして女二人はお団子屋へ。
綺麗に丸めて三つか四つさしてある、あのお団子とはまるで違います。
甘いもの、饅頭、団子の類が日本全国に広がり、観光地でお土産を買うようになるのは、江戸時代になってからのこと。この団子は、甘いわけでもないのでしょう。
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「見て、きれいきれい、帰ったら兄上にもお見せしてやろう」
ここで二人の前を、無邪気な子どもとその連れが歩いてゆきます。
「見てごらん、昔お駒ちゃんが初めて一座に来た時はあんな風だったんだよ」
先代の母は、伊呂波太夫に告げました。これからはこの子を妹だと思いなされ。この子が悲しい時は、一緒に泣いておやりと。
「そんなことを先代が……」
「でも、お駒ちゃん、我慢強くて滅多に泣かないの」
一座に芸を仕込まれて、綱渡りをしくじっても泣きやしない。なんだ、いいお姉さんになりそこねたって。伊呂波太夫はそう言います。それほど我慢強い駒が、ここまでショックを受けている。それだけ光秀は大きいということです。
で、また考えたくなります。そんな駒と比べて、帰蝶はショックを受けていたか? なんだかんだで、あの人は生まれながらにアイアンハートを持っているんですよね。
駒は、かわいがっていただいたことをよく覚えていると言います。先代にもかわいがられていたとか。
「ねえ、東庵先生が案じていたよ」
そんな妹のような駒を、伊呂波太夫は案じています。このところ、元気がないみたい。美濃を出る時、辛いことでもあったの? 駒は悲しそうな顔になっています。
「好きなお方が、遠くへ、ずっと遠くへ……」
「そうか。手の届かぬお方だったのね」
「こういう時、どうすればよいのかわからなくて」
「世の中はね、つらいことがあると必ずいいこともあるものですよ」
うん、駒が求めていた女子トークって、これだと思うんですよね。
帰蝶ともそういうことを喋りたかっただろうに、なんかあの人、一人で勝手に思いをふっきっていたじゃないですか。
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カッコいいとか、乙女心があるとか。そういうもんを超えた何かが、帰蝶にはあると思いますよ。
みんなは伊呂波太夫から恋愛相談トークスキルを学ぼう! まぁ、普通はできると思うんですけどね。
「美濃ではつらいことだけだったの?」
「いいこと。一つありました。そういいことが」
「何?」
駒はここで、あの火事のことを語ります。
子どもの頃、戦があって家が焼けた。家事の中に残された私を助けてくれたお侍さんがいたと語るのです。
伊呂波太夫も覚えていました。
お駒ちゃんを抱いて、先代と一緒に一座に連れてきたのです。
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そのお侍さんが、美濃の方だとわかった。美濃の方だとわかった。少し手掛かり掴めた命の恩人――。
ここで伊呂波太夫は言います。
「美濃の方? じゃあ、どういう方かわかったも同然ね。そのお侍の御紋は、桔梗の御紋だった。それを覚えてる」
駒を巻いていた布にも、きれいな御紋があった。綺麗な花だと思ったの。そう語られ、駒はハッとします。
「桔梗!」
駒は地面に桔梗を描き、確認します。
伊呂波太夫は「そう、それ」と認めます。駒は「どうしよう!」と驚き、どこかへ走ってゆきます。
これも明智ならではの話になりまる。
明智の桔梗紋って、かなり珍しいのです。巴とか、引両紋でなくてよかったですね。図案そのものも珍しいのですが、日本の家紋で色指定があるものは珍しい。
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駒は自宅に戻り、明智荘でもらった扇を広げていますそこにあるのは桔梗紋。
感極まってしまう駒。
「明智家の御紋だ。十兵衛様の。私の命の恩人は 明智家の……!」
これぞまさしく運命でした。
男女としては結ばれなくとも、ある意味では結ばれていた。これも運命です。そんなロマンチックなところもあるのですが、それだけではありません。
小さな女の子の命でも、見捨てない。危険を冒してでも、助けてしまう。そんな光秀の性格は、父から受け継いだ可能性もあるのです。
教育だけではない、先天性のもの。誰かを救うためならば、一切の危険すら忘れてしまうこと。
それが生まれながらにしてある。
往年の少年漫画だとか、いい子ちゃんすぎるとか、そういう単純なことではない。生まれ持った何かが、光秀の中に流れているのです。
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これを受け、叔父上こと明智光安はぼやいております。
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解決手段に暗殺がある戦国武将をやたらと現代のサラリーマンに例えるのって、適切かどうかわかりませんけれども。
光秀が中間管理職であるかどうかはともかく、この光安のぼやきには、生々しいものがあるとは思います。
彼が特別愚かなわけでもないとは思う。むしろ普通なのです。
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目の前の仕事があれば、真面目にこなします。ただ、対局的に点と点をつないで、仮説形成をするような考え方はしないのでしょう。
彼の役割として、それで悪いわけでもありません。光安はこの戦いのインパクトが理解できていなくて、わけがわからないのです。
じゃあ、どうして彼の上司である蝮こと斎藤利政(斎藤道三)は、彼を呼び出すのでしょう。
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先週の水野忠政もそうですが、会話を反射板にして考えをまとめたいのでしょう。
自分とはタイプの違う相手と喋って、対比させると考えがまとまる。それと光安以上に光秀目当てということもあります。
光安からすればムカつく話ではあるんですよ。
上司が「こいつの意見は平凡だわ。でも、俺の意見の素晴らしさを確認するためにも会話したいなあ」という態度満々ですからね。普通に考えれば嫌なものですよ。
鬼の尾張出張命令に困惑する光秀
その蝮ですが……。
槍を振り回してターゲットに当てる練習をしています。
彼は本当に、何か単純作業をしていることが多い。
数珠の玉カウントだの、足の爪切りだの。このことはちょっと気にしておきたい。槍はさておき、足の爪切りは訓練でもありませんよね。そんなもん、小姓に切らせればいいのに、そうしない。彼なりに小さな作業をこなして、満足感を得たいとか。
こう切り出されて、光安は適当な相槌を打っております。
利政の意見を理解し、賛同しているわけではなく、目上の立場だから肯定しているだけでしょう。だからこそ、ああいうぼやきが前段として出ているのです。
利政は意見を求めているようでそうでもないので、状況を整理します。
竹千代は、松平家を継ぐ身。今川に渡せば、三河全土を支配されたも同然である。そうなれば、三河の隣国尾張は、虎の側で暮らす猫のようなものであろう。そんな猫と同盟を結んでどうなるのか。そういう話です。
光安は理解できてきたのか。ひとたまりもなく食い殺される、猫を守るために虎と戦うとは……と、やっと事態の深刻さを理解したようです。
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