久松長家

久松長家の再婚相手・於大の方(左)と徳川家康/wikipediaより引用

徳川家

家康生母の再婚相手・久松俊勝(長家)が織田や松平に飜弄されて迎えた結末とは

こちらは3ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
久松俊勝
をクリックお願いします。

 

そもそもヒモなのか 恥ずかしいのか

事実、久松俊勝は、先妻との間にできた子と孫、義兄を失っています。

『どうする家康』で彼の生き方が“適当”に見えるのだとすれば、家康が天下人になるという結果を知っている現代人ならではの感性です。

・再婚相手が美人(松嶋菜々子さん演じる於大の方

・しかも、その再婚相手の子(徳川家康)が優秀だから、おこぼれにあずかった

・それを「ヒモ」とたとえてしまう

こんな認識でしょう。それを戦国時代の世界観に練り込んで、しかもドラマにおけるキャッチコピーにするのは、やはり問題があるはず。

そもそも「ヒモ」とは、女性に働かせ、金銭を貢がせる情夫を指すスラングです。

於大の場合は彼女自身が労働者ではありませんので、この言葉が適切かどうか。

仮に、女性側の財産で男性が養われるとしても、この状態を恥ずかしいとするのは、歴史的にはごく最近の話です。

『鎌倉殿の13人』での源頼朝は、妻・政子の北条一族や、乳母の比企一族を頼りにしていました。

あの作品では、そうした状態を「ヒモ」とは形容していません。女系の力を借りることを恥ずかしいと思う価値観そのものが、中世の日本にはないのです。

慈円はそうした状況を『愚管抄』に「女人入眼」と記すほどでした。

なぜ北条政子は時代によってこうも描き方が違う?尼将軍の評価の変遷

続きを見る

比企尼
頼朝を救い育てた乳母・比企尼~なぜ比企一族が悲惨な最期を迎えねばならんのか

続きを見る

鎌倉時代北条泰時が定めた御成敗式目からもわかります。

この法律では、女性による財産や家督の継承が規定されていました。

井伊直虎が井伊家当主となった根拠のひとつでもあります。

御成敗式目
北条泰時はなぜ『御成敗式目』を作ったか?それはどんな法律だった?

続きを見る

 

歴史劇のタブーとは

江戸時代以降、女性の大名は消えてゆきます。

それでも当時の女性には、自力で稼ぐ手段はありました。

幕末に来日した外国人の目からすると、自分の技能を教えて稼ぐ女性の姿は興味深いものとして映ったほど。

それが明治時代となると、西洋由来の家制度、家父長制が持ちこまれ、女性が稼ぐ手段が無くなってしまいます。

法律的にも女性は判断能力がないと見なされました。

たしかに、朝の連続テレビ小説『あさが来た』ヒロインのモデルとなった実業家・広岡浅子のような女性もいます。

彼女のような有能な女性ですら、男性名義で取引や契約をせねば事業を回せなかったのです。

明治維新が作った女の不幸
渋沢栄一の妾たちはどんな境遇で生まれた?明治維新が作った女の不幸

続きを見る

広岡浅子
あさが来たモデル・広岡浅子はドラマより史実の生涯69年の方が豪快だ

続きを見る

こうした制度のもとで、根付いてしまった偏見は根深い。

女の稼ぎや財産で養われる男はみっともない。

適当に生きている。

あいつらは異常で不自然、男らしくなくて情けない、「ヒモ」なのだ――。

『どうする家康』の久松俊勝は、そんな歴史の浅い偏見を元に描かれていたように思えてなりません。

どうするジェンダー観――。

2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟』は再び戦国時代が舞台になります。

久松俊勝のような知名度の低い国衆たちにも出番があれば、栄誉ある描かれ方を期待したいと思います。

あわせて読みたい関連記事

徳川家康
徳川家康はなぜ天下人になれたのか?人質時代から荒波に揉まれた生涯75年

続きを見る

於大の方(伝通院)
家康の母「於大の方」はなぜ出産後すぐに離縁となった?75年の生涯

続きを見る

鵜殿長照
鵜殿長照は義元の甥で今川期待の武将~上ノ郷城で家康を迎え撃つが

続きを見る

コメントはFacebookへ

源実朝は男色なのか?
史実の源実朝は男色ゆえに子供ができなかった?鎌倉殿の13人考察

続きを見る

水野信元
家康の伯父 水野信元は織田徳川同盟のキーマン 最期は切腹を命じられ

続きを見る

織田信長
史実の織田信長はどんな人物?麒麟がくる・どうする家康との違いは?

続きを見る

文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
大石泰史『全国国衆ガイド』(→amazon
柴裕之『青年家康 松平元康の実像』(→amazon
『新書版 性差の日本史』(→amazon

TOPページへ

 



-徳川家
-

×