人取り・刈田・七尺返し

三河一向一揆を描いた錦絵(月岡芳年)/wikipediaより引用

合戦・軍事

戦国時代はリアル北斗の拳ワールド! 食料を奪い人身売買も日常だった

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「黒土」「七尺返し」……農地は台無しだー!

せっかく植えた苗を踏みつけ、実った稲や麦を台無しにしてゆく戦国武士たち。

これだけででも十分酷いのですが、さらに彼らは徹底的に農地を破壊します。

戦国大名の書状には

「黒土にしてやった」

「辺り一面黒土になってしまう」

なる表現があります。

どういうことかというと、土の上にあるものをすべて破壊し、掘り返してしまうということです。

掘り返したばかりの水分を含んだ土の色を「黒土」と表現しているわけです。

武士が合戦に持っていくものといえば鉄砲や槍を思い浮かべるでしょうが、鋤や鍬といった農機具も持参していました。そうしたものを用いて土を掘り返すわけです。

「七尺返し」という表現もあります。

「七尺」というのは2メートルを越えるわけですが、実際にそれだけ掘り返したというよりも、ともかく徹底的な深さまで掘り返したという表現だと思います。

実際に農作業を経験した方はわかるかと思いますが、石やゴミも埋め戻してしまうような無茶苦茶な土の掘り返し方をされたあと、きれいに耕し直して畑に整備するのは大変な手間がかかります。

既に収穫した作物、植えた苗だけではなく、植えるための農地まで徹底的に破壊してゆく戦国時代。非情な時代です。

 

破壊行為を禁止した大名もいますが……

こうして見ていくと戦国大名は民を何だと思っているのか、あまりにひどいのではないかと思う人もいるでしょう。

もちろん、すべての大名がそうではありません。

では心優しい大名も存在したのか?と問われたら、それほど単純な話でもありません。

合戦後に統治するような場所でインフラを破壊してしまっては、その後、治めることも難しくなります。ゆえに味方となるような土地で荒らすことは極力控えます(禁止のお触れが出たりします)。

反対に、ともかく相手に打撃を与えることが目的で、統治を考えていなければ破壊も辞さないわけです。

具体的にあげますと、武田信玄・上杉謙信・北条氏康の三者が絶え間なく争っていたような状況下では、こうした破壊行為を互いに行い、牽制しあっていました。

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こうなるともう、食料が少ないから奪い合ったのか、奪い合い&潰し合っていたから食料が少なくなったのか、因果関係の前後がわからなくなってくるほどです。

さて、最後に人身売買である「人取り」についても触れておきましょう。

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