戦国史を現代風に大胆アレンジして楽しむマンガ『戦国ブギウギNEO』の第27話。
今回の舞台は長篠城です。
天正三年(1575年)5月、武田勝頼に包囲された城主の奥平信昌は、配下の足軽・鳥居強右衛門(とりい すねえもん)を岡崎の家康のもとへ送り出します。
そして家康と信長に援軍の要請をした強右衛門は、その後、城へと戻ってくる……というわけで本編の漫画へGO!
スネえもん

◆長篠城へ戻ってきた鳥居強右衛門は運悪く武田軍に捕獲されてしまいます。
往路で抜け出すことに成功したこと自体が奇跡みたいなものだったのでしょう。
ちなみにここにいる真田信綱は、真田幸綱(幸隆)の嫡男であり、前年に家督を継いだばかりでした。
つまり真田昌幸の前の真田家当主となりますね。
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真田信綱の生涯|武田二十四将にも選ばれる昌幸の兄は真田家の跡取りだった
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長篠城攻略

◆城を包囲する2年前の天正元年(1573年)9月。
武田方から徳川方へ寝返った奥平家は、すでに3名の人質を勝頼に処分されています。
そうなると……。
勝頼の企て

◆勝頼は、強右衛門に「援軍は来ない!」と言わせようとします。
城内の士気を落とし、織田徳川連合軍が来る前に落城させてしまおう、と考えたんですね。しかし……。
鳥居の意地

◆自分の命を捨てようとも、城の仲間を助けるため――武田軍に包囲・磔されていた強右衛門は叫びました。
「援軍は来る!」
これで城内の将兵が奮い立たないわけがなく、逆に、武田勝頼は精神的に追い込まれてしまったのでしょう。
強右衛門を武田軍の眼前で刺し殺してしまいます。
すでに城内には「援軍は来る」と伝えられた以上、もはや落城することはなく、結局、この後、武田軍は設楽原の戦い(長篠の戦い)で織田徳川連合軍と激突することに。
リスペクト

◆たった一人の足軽により救われた長篠城。
その後、鳥居強右衛門は伝説的存在となり、落合佐平次という武将の背旗(せばた)に描かれるようになりました。
それがコチラ。

落合左平次道次背旗(おちあいさへいじみちつぐせばた)/wikipediaより引用
「落合左平次道次背旗(おちあいさへいじみちつぐせばた)」と言い、めちゃくちゃインパクトありますね。
かつては逆磔(画像右側)だと思われていましたが、通常の磔だったと判明。
いずれにせよ凄まじい存在感であり、現代まで鳥居強右衛門の名が残っていることに一役買っているでしょう。
強右衛門さんについて、もっと詳しく知りたい!という方は以下の記事へ。
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鳥居強右衛門の生涯|長篠城を救い最期は武田軍の磔で処刑された徳川の足軽
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※著者・アニィたかはしの『大河ブギウギ豊臣兄弟編Youtube』はこちらから👇️
文:五十嵐利休



