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【谷垣源次郎】
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運命に光をもたらす存在
谷垣は関わった者たちに死や破壊ではなく、新しい命や世界をもたらします。
インカㇻマッは、自らが死ぬ運命を占ってしまいました。
しかし、その運命を谷垣は変え、新たな命を与えます。
樺太の旅の最後に訪れるチカパシとの別れは、感動的な場面でした。ドタバタした映画撮影を背景にコメディタッチで描かれるものの、感動的な話です。
天然痘でコタンが全滅してしまったチカパシが、谷垣と樺太を旅することでエノノカと出会い、新たな家族を見つけたのです。
二瓶の愛犬であったリュウも、チカパシともども新天地を見つけました。
チカパシが谷垣を見て流した涙は、本物の感謝のあかしでしょう。彼はチカパシとエノノカ、そしてリュウに新たな人生を与えました。
谷垣とインカㇻマッの間に子ができていた。そう明かされる樺太からの帰還後は、またも谷垣が運命を明るい方向へと導きます。
インカㇻマッが囚われた病院へ向かいに行くと、インカㇻマッの側には家永がいました。
刺青人皮の一人であり、殺人ホテルで悪の限りを尽くしてきた家永。
彼はインカㇻマッの大きな腹を見て、生きる意味を思い出します。完璧な母となる彼女を守ることで、自分の使命を果たそうとするのです。
この悪人はインカㇻマッを守ることで善行を為したのでした。
病院の警護にあたっていた第七師団の一員は、月島でした。
月島は谷垣を第七師団を裏切った男だと憎んでいます。それのみならず、彼の暗い目には嫉妬も感じられます。
かつて、いご草ちゃんという愛した女性を諦めた月島。
彼からすれば、愛する女性との間に子を成した谷垣は憎い相手に思えても不思議ではありません。
谷垣を逃そうとする家永を射殺した月島は、谷垣とインカㇻマッを執拗に追い続けます。
ここでまた奇跡が起こるところが、谷垣のすごいところです。
谷垣を追いかける月島を、さらに鯉登が追跡してきました。そして月島を上官命令だとして止めるのです。
ここでインカㇻマッが破水し、谷垣、月島、鯉登は出産の手伝いをするうちに、だんだんと幸せな空気が満ちてきて争いは終わります。
生み出される命が生んだ奇跡といえますし、アイヌの伝統的出産を知らしめる重要な機会です。
この場面では出産を手伝う月島と鯉登は、別の赤ん坊を抱いていることが確認できます。
この赤ん坊は、二人が鶴見の命令により殺した稲妻強盗と、蝮のお銀の遺児であると推察できます。あのあと、鶴見は赤ん坊をフチのいるコタンに託していたのです。
月島は暗い目で「悪人の子は悪人になるだけだ」とつぶやいたものでした。殺人犯という噂のある父を持つ、月島の自虐とも言える言葉です。
谷垣とインカㇻマッの子をめぐり、月島と鯉登の運命まで明るい方向へ向かってゆきます。
鯉登はこの親子たちを殺すことは義に悖ると考え、月島を止めました。
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このことを契機に二人の運命は明るく陽のさす方へ向かってゆき、彼らなりの目的達成へ歩み始めると思えます。
谷垣の子が生まれた瞬間、別の明るい運命も生まれてゆくのです。
かれらの愛は、現実にも明るい光をもたらすかもしれない
長女を抱き、そのままどこかへと向かってゆく谷垣とインカㇻマッ。
物語は殺伐とした様相を深めてゆきます。
そんな殺し合いと騙し合いから谷垣は距離を置いています。
それが最終決戦の場に現れたのは、函館で偶然馬に乗る永倉新八を見つけたからでした。
フチのもとにアシㇼパを返すために、彼は救いの手を伸ばすのです。
ただし、そこから先の出番は決して多くなく、目立つこともありません。最終決戦だけに命を引き換えに目的を達成するもの、失敗するものが溢れてゆきます。
そのため、生命を司どる谷垣は役目を終えたようにも思えました。
すべての戦いが終わったあと、谷垣はインカㇻマッとともに故郷の阿仁へ戻ったと語られます。
そして15人の子の父となりました。長女以外は男であったと語られています。
谷垣とインカㇻマッ夫妻の子は、戦争と向き合います。当時の状況から察するに、彼らが全員天寿を全うしたとは考えにくい年代です。
『ゴールデンカムイ』という作品の性質上、語られていないこともあります。
谷垣とインカㇻマッはなぜ結ばれたのか?
二人とも魅力的であるし、ラッコ鍋やチカパシという二人を結ぶ縁もありました。
それだけでなく、かれらの境遇も重要です。
もしも谷垣が、次男でなかったら。故郷を捨てていなかったら。
継ぐ家があり、家族の介入により結婚するのであれば、結ばれなかった可能性はあるのです。
日本は人種差別がないと誤解されることがあります。
しかし、それはあくまでそう思いたいだけの願望に過ぎません。
アイヌが和人と結婚する際、周囲の反対が生じることはしばしばありました。
それがどれほど愚かしいことか、谷垣とインカㇻマッの見つめ合う瞳を見れば、漫画を通して伝わってくると思えます。
そんな無益なことはこの先あってはならないことです。
そのことを語る人の口を塞いでも何の解決にもなりません。
谷垣のように人の幸せを願い、邪魔しないことならば、読者である私たちにもできるはずです。
そうやって自分たちの命をどう使うか。皆が考えることで、世の中は少しづつよくなるはず。
谷垣のようにセクシーになることはできないけれども、誰かを救おうと手を伸ばし、人を笑顔にしようと心がけることはできるはず。
谷垣は作中の人物の運命を、ことごとく明るい方向に変える、豊穣の神様のようなニシパに思えます。それは小さな心がけ、命の使い方と向き合うことでできるはず。
谷垣はそういう真面目な役割を読み解けるほど善良な人物像です。
でも、それを真正面から持ち出すと照れ臭いから、あえてセクシーマタギにしているのかと思えてきます。
考えるだけで笑顔をもたらす――谷垣は肉体以外も豊かな男です。
実写版でも大谷亮平さんが豊かなパンプアップされた演技を見せてくれることでしょう。期待したいと思います。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【TOP画像】
『ゴールデンカムイ 5巻』(→amazon)
【参考文献】
北原モコットゥナシ・田房永子『アイヌもやもや』(→amazon)
他