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【横山光輝『三国志』考察】
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中国にはない「日式中華」にございます
本場には存在せず、日本人が考えた不思議な中華料理もあります。
その最たる例が「冷やし中華」でしょう。
漢方医学では、(特に女性は)体を冷やすようなものを食べないことが健康維持の秘訣とされています。キュウリやナスといった夏野菜の栄養素で冷やすことが基本であって、麺を茹でて冷やす時点で違和感があります。
冷やす中華料理がないわけではないものの、冷やし中華は「日本人が涼拌面(リャンバンミエン)にヒントを得てアレンジしてを作ったもの」という認識になる。
中国ですと「日式冷麺」です。
天津飯も不思議なものです。
そもそも、なぜ天津なのか?
天津にはこういう料理は存在しません。
これまた日本人が考えた洋食であるオムライスを、中華料理に使う材料でアレンジしたものではないか……という推察ができます。
そして最も人気のあるラーメン全般についても同じことが言えるでしょう。
ルーツは中国でも、アレンジの結果「日式拉麺」になっています。
ラーメンの歴史は明治維新後に始まった~日本食と歩み世界へ拡散する最強食
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そんな中で台湾ラーメンもかなり不思議です。この激辛は、あまり台湾らしくない味付けなのです。
台湾ラーメンは、台湾系華僑の郭明優氏が担仔麺(タンツーメン)を基にして作り上げたとされています。
あれほど辛いのは、郭氏の好みによるもの。台湾料理でもなく、中華料理でもなく「名古屋めし」という認識が正しく、台湾では「名古屋拉麺」と呼ばれているそうです。
しかも名古屋ラーメンは「アメリカン」「イタリアン」「アフリカン」という呼び名もあるそうで、もうわけがわかりません。
では中国の人は怒っているのかと思えば、そうでもありません。
中国料理はアレンジされて根付いてゆくもの。好きにしてええよぉ……そんなおおらかさがあるようです。
日本の伝統ルーツが、中国の伝統とされたものもありまして。
フォーチューンクッキーです。
元は江戸時代にあったおみくじ入りの菓子を、日系移民がアメリカやカナダでアレンジして販売しました。それが太平洋戦争時の苦境等によって途切れていったものを、同じアジア系の華僑が引き継いだわけです。
アジア系の区別はつけにくいし、中華料理を注文するとついてくるし。
アメリカやカナダに住んでいる人からすれば、
「中華料理についてくるフォーチューンクッキー。きっと中国の伝統だね」
と認識されてしまうわけです。
諸説あって混沌としていますが、アジアの文化が海外で混じり合う典型例です。
※そしてJ-POPの題材になった
なんで横光三国志なのに、中華料理の話になっているんだ!
そうツッコミたい気持ちはわかりますが、少し考えてみてください。
中華街にせよ、町中華にせよ、横光三国志に似ていませんか?
本国にはない、日本人が考えた中国らしいもの。
何かおかしいようで、とても美味しい。
うほっ!
そんな世界観こそ、横光三国志に似ていると思うのです。
ジャーンジャーン! 横光『三国志』登場
戦争は、子ども向けのエンタメにも影を落としていました。
『のらくろ』も、かつては『のらくろ二等兵』であったものです。
戦争から解き放たれた子どもたちは、少年少女向け雑誌、ジュブナイル、紙芝居、そしてマンガを楽しむようになります。
純粋にワクワク楽しめればよいけれど、どうせなら教育の役に立てばなおのことよろしい。
そう考える戦後漫画界の巨匠の一人に、横光先生がいたのです。
手塚治虫、石ノ森章太郎と並ぶ彼には、中国への憧れと知識がありました。
神戸の中華街を見て育ち、吉川英治の『三国志』を読んだ、そんな横光先生。
彼は『水滸伝』で成功すると、昭和46年(1971年)からライフワークのように『三国志』へ取り組みます。
掲載紙は漫画雑誌ではなく、潮出版社『希望の友』でした。
中国共産党が政権を握った中国とは、冷戦のもとで交流もできません。
とはいえ、長年の付き合いもあるし、満洲や大陸での記憶を抱える日本人もいる。
戦争の混乱の中で、妻子を中国大陸に置き去りにしてしまった日本人もいる。
国共内戦に動員された日本人兵士もいる。
そんな複雑な、昭和日本の中国感が形成されてゆく中、子どものみならず、大人までもが横光『三国志』を読むようになりました。
子どもが楽しむだけではなく、大人も楽しむ『三国志』――。
昨今の国民感情を考えると不思議なことが、なぜ当時起きていたか?
第二次世界大戦が終わり、日本にアメリカ軍がやってきました。
GHQは、武士道を危険視。
日本人の思想に影響を与えたものではないか?として、武道や武士のフィクションに制限を加えました。
読者としては時代モノも楽しみたい。けれども、日本の歴史はよろしくない。
そんな制限に苦しんだ作家は、中国の古典を題材にした作品を生み出します。戦後のある時期まで、それまで日本史を題材としていた作家が中国古典を題材にした背景には、そうした政治的な事情がありました。
冷戦下では、共産主義の中国は敵である。鉄のカーテンの向こうにある。
けれども、中国文化への憧れや飢餓感は残っている。
それが昭和の日本人でした。
昭和33年(1958年)アニメ長編映画として『白蛇伝』が作られたのも、そうした背景があります。
近いようで遠い国、神秘の国・中国――。
なまじ国交がないだけに、蓄積した知識や憧れの目を通して、日本人は中国を舞台とした作品を作り続けます。
実は横光版『三国志』は、資料集めに限界があったのか、突っ込みどころが結構あります。
・甲冑や武器が後漢や三国時代のものではない
・服装は唐代あたりも混ざっているような印象……
・げえっ、伝国の玉璽が印鑑サイズです
・張飛と董卓がスリム体型
・曹操が赤くてイケメンだとおっ!
・吉川英治の創作要素を取り入れている
・諸葛亮は、青少年への悪影響をふまえて腹黒さを薄めた
細かいところをいちいち突っ込むと、かなりキリがありません。
やはり、横光『三国志』は“町中華”のような味わいだとしみじみと思えてきます。
『蒼天航路』やコーエーテクモの『三国志』は、時代考証のレベルが上がっており、今時のものです。
でも、本格的かどうか――それは大した問題ではない。
あのレトロな食器、味わい、本場の人からみてら得体の知れない何か。そこまでひっくるめて、懐かしさとともに味わうもの。
日本人が限られた知識や環境の中、あふれるあこがれと情熱で作り上げた、そんな味が横光三国志にはあるのです。
むむむ…漫画にあふれる“町中華”中国像
横光三国志を起点にして、日本の少年漫画やエンタメにあふれる謎と神秘の中国像もまとめてみましょう。
いわば読んで楽しむ“町中華”です。
・『Dr.スランプ』
摘一家。
妻の名前が摘詰角田野廷遊豪(つん・つんつのだのていゆうごう)という時点でもう凄い。
中国語圏では夫妻で別の姓ですので、そういうことも吹っ飛ばしています。
・『ドラゴンボール』
ベースに『西遊記』がありますし、初期はなんちゃって中華ファンタジー。
ファンレター募集も、こうでした。
「見る夢はすべてオールカラー!の鳥山明先生に励ましの信(てがみ、中国ではこう書く)を送ろう!」
・『北斗の拳』
ケンシロウのモデルはブルース・リーで、秘孔の元ネタは武侠ものの「点穴」です。
必殺技名やストーリープロットは、武侠ものの影響が濃いものでした。
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・『魁!!男塾』
王大人。“おう・おとな”ではなく“ワン・ターレン”ですね。
あの作品の民明書房は、万物のルーツを中国認定していました。
・『キン肉マン』
ラーメンマン。『闘将‼︎拉麺男』というスピンオフもありました。
対戦相手をラーメンにする悪役のはずが、大人気超人になり、ついには主役にまでなったわけです。
・『聖闘士星矢』
古代ギリシャ神話由来なのに、いきなり中国要素が入る。「廬山昇龍覇」を使う紫龍がぶちこまれてくる。
黄金聖闘士でもあった老師は童虎。中国人です。
あの李白がベースになっているのだから、なんだかすごいことになっております。李白って、武術家ですらない。中国を代表する詩人です。
・『るろうに剣心』
雪代縁の倭刀術が有名ですね。
『るろうに剣心』倭刀術とは一体何なのか ルーツは倭寇の日本刀だった?
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・『銀魂』
神楽。宇宙人設定とはいえ、その外見は典型的なチャイナ娘です。
・『らんま1/2』
中国には、主人公父子が落ちると特殊体質になる泉がある。典型的です。
中国服を着ておりましたし
・『刃牙』
烈海王。3000年前に通過しているッ! この人は漢族なのか? それとも満州族なのか? そういうツッコミはいいんです。
漫画のみならず、格闘ゲームも定番です。
『ストリートファイター』シリーズの春麗。
『キング・オブ・ファイターズ』シリーズの椎拳崇、鎮元斎。
そして『サムライスピリッツ』の王虎。
もう、ジャンルとして「中国人キャラクター」が成立しています。
昭和47年(1972年)に国交成立して、平成3年(1991年)に冷戦終結。それからインターネットが普及しようが、エンタメではかなりゆる〜く“町中華”状態でした。そこは認めた方が楽でしょう。
だってそもそも名前からして、天津飯とか、餃子(チャオズ)とか、鎮元斎(ちんげんさい)とか、シャンプーとか。
天津飯はそもそもが中国にない、天津と無関係だと考えると、もう“町中華”だと言い切りたくなるのです。
ここまで大雑把で、必ずしも正しくない、あいまいな知識と憧れと、これまでの蓄積によって作り上げられてきた。
日本のエンタメが作り上げてきた中国像。
そんな“町中華”状態の作品の中でも、ひときわ強く輝いているのが、横光三国志です。
横光三国志のあと、もっと正確に時代考証をした『三国志』ものは生み出されました。
それでも横光は輝きが色あせない。
その味わいは、まるで町の中華料理屋さんで食べる天津飯のように、素朴で、懐かしくて、そういう時代があったと思いながら食べたくなるもの。
横光三国志について語るはずが、長い日中文化交流の話になりました。
どうしてそうしたのか?
そこまで考えていかねば、この偉大でノスタルジーあふれる、不思議な作品を語ることはできないと思ったからなのです。
長くなりましたし、関係ないこともたくさん書きました。それも、この作品の背景にある日中文化交流をたどらねば、わかりにくいものもあると思えばこそなのです。
時代や歴史がつまったこの作品は、今後二度と現れることがない――そんな不滅の輝きをこれからも放ち続けるのでしょう。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
横山光輝『三国志』1巻(→amazon)