生麦事件

生麦事件のイメージ/国立国会図書館蔵

幕末・維新

生麦事件でイギリス人奥さんは頭髪を剃られ 英国vs薩摩に発展する

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元祖「ライバルと書いて友と読む」

このときの奮戦を見て、イギリス側は「幕府は腰抜けだが、薩摩ってヤツらはなかなかやるじゃねーか」と見直したのでしょうか。

その後イギリスの役人が頻繁に薩摩を訪問するようになります。

薩摩藩も「やっぱり攘夷なんて無理だ、これからは外国に学ばなければ……」ということで両者は急速に親しくなっていくのでした。

ジャンプの漫画か夕焼け番長だかのように、殴り合って友情でも芽生えたんでしょうか。

こうして、日本列島の南端から、技術的・人材的に倒幕への流れができていきます。

それは如何なる展開だったのか?

詳細については、以下の関連記事からご覧ください。

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長月 七紀・記

 

おまけ:大名行列で庶民は土下座しなくてOKなときもある?

参勤交代などにおける大名の移動で薩摩に対して、庶民は土下座の必要なく、御三家御三卿だけが土下座された――そんなご指摘をいただきました。

しかし、安藤優一郎氏のご著書『参勤交代の真相』(→amazon)あたりを参照しますと、庶民の土下座が免除されたのは

【江戸御府内(江戸の市域で南は品川あたりまで)】

であり、横浜にある生麦は土下座の必要な地域だと思います。

歴史の授業で習う参勤交代には、知らないことがたくさんありますね。

『参勤交代の真相 (徳間文庫カレッジ)』は非常に読みやすい一冊ですので、ご興味を持たれた方はぜひ。

【参考】
『参勤交代の真相 (徳間文庫カレッジ)』(→amazon
国史大辞典
生麦事件/wikipedia

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